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まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.1「死にたがりの悪役人生」
6/51

01-05:急募、百合を枯らす方法


 旧首都での空想狩りを終え、保護と延命を皆に望まれたウンディーネを学院随一の超危険地帯と言えるクソやばな研究室に送った後、異能部の部室に帰ってきた。

 血や死骸の後処理は、特務局の部署の一つ、環境保全室清掃課の人たちに任せた。

 ああいうのはプロに任せるに限る。なにせ掃除した後はルミノール反応で飛び血が検出できなくなるぐらい綺麗に後始末しちゃうんだもん。

 実は前職凄腕だった掃除屋()の集まりだったりする?


 ……そんなことより早く終わりにしたい。

 この後掃除屋の仕事あるから、さっさと部活終わらせて準備したいんだよね。


「ねぇー、まだ?」

「まーだ」


 報告会とかいう締めの時間……こんな夜にやらなくてもいいんじゃねぇーかなって毎回思うんだよね。時計見て? もう19時過ぎてんのよ。ウンディーネの運搬やら説明やら隔離の手伝いやらでこんなに時間かかってるのよ。

 ……やっぱり殺しておくべきだったか。


 精霊保護は異能特務局が超スピードで許可を出してた。その上学院に管理を押し付けてきやがった。

 なんでも学院には専門家がいるから、だとか。

 あと空想生物を隔離できる設備が最近壊されたばかりで受け入れができないって泣いてた。保護所を爆破されて、保護していた生き物が半減したらしい。今はそれの対処と新施設への輸送、手続きやらで手が回らないとのこと。

 そんなことがあったのかー、魔都コワイなー。


 ……最近、現行政府に反感を抱く革命家気取り共が色々やらかしてるって報告聞いたなぁ。まだ表社会には情報が出回ってない、裏社会での日常の一コマに過ぎないけど。

 うん、きっとそれとは関係ないな。気の所為でしょ。


「───おっ、雫ちゃんじゃーん。こんな時間に書類作業やってんの? 社畜? 社畜さんなの?」

「いいえ、暇だったから。授業の復習をしてるのよ」

「真面目すぎて眩しい」

「ぅっ、この私の目が……っ!? ダメだよ雫ちゃん、勉強なんてやめよう!!」

「いやよ」


 不真面目なボクたちの目を潰したのは、一足先に部室に帰ってきていた同級生。うちのポンコツ部長の神室玲華の実の妹、神室雫ちゃんである。

 部長よりも色素の薄い青色……や、毛先につれて藍色と水色がグラデーションになった青髪にウェーブをかけた、美しいロングの持ち主だ。ちなみに髪の先端はどこか水のような透明感を持っている。謎だ。魔力ってすげー。

 触っても質感は普通の髪だけど、見た目だけは水っぽいカラーリングになっているのがこの子の一番の特徴だろうか。


 冷たい態度で色々誤解されがちだけど、俗物的な発言が多いせいでかなり親しみをもって接されていることは当人以外が知っている。

 こんな外見高嶺の花が小声で「お金…お金欲しい…」と呟く姿は、酷い浅ましさよりもなんとも言えない背徳感を感じさせてくる。ボクは日葵みたいな変態()じゃないからイマイチわかんないんだけど、こういう子が界隈の人には人気らしい。

 後、この前詐欺に引っかかって危うく重い借金を背負う嵌めになりかけたらしい。ヤバくね?


 あと異能の内容も相まって、雫ちゃんは擬似マスコット扱いされている。


 ……それにしても、こんな夜遅くを勉強に費やすとか、筋金入りの真面目ちゃんだね。

 もっと肩の力抜こうよ。

 物理じゃ姉に勝率低いからって、学業に熱を入れるのは流石だと思うけど。


 でも部長、文武両道だから勝つのはかなり大変だろね。いやはや、コンプレックスほどめんどーなのはない。


「雫ちゃん雫ちゃん……勉強教えて」

「真宵に教えてもらいなさいよ」

「なんか無視されてるんだよね」

「そうなの?」

「え? ボクの知り合いに勉強乞う人は居ないけど……? だれですか?」

「私の存在抹消!?」


 うーん、雫ちゃん……なんだか元気ないな。青色の目が憂いを秘めておる。これは解決してあぎなきゃ……今からボクはカウンセラー。

 ずっと騒がしい淫乱ピンクは無視だ。永久無視だ。もうくたばれ。


「どしたん元気なくして」

「話聞くお?」

「……お姉様がほとんど消し飛ばしたのよ」

「わぁお。なるほどね」


 14区、臨海公園での戦い───オーガの群れとの乱戦を制したのは、勿論異能部の部長、神室玲華。あと少しだけおこぼれを預かった雫ちゃん。いくらオーガが空想の中で強力な方の位置づけだとしても、“現代の英雄”とまで豪語される剣士には叶わない。

 そして、雫ちゃんみたいな一定ラインよりかは上程度の実力者が置いてけぼりになるのも無理はない。

 弱いなりには頑張ったみたいだけど……何、雫ちゃんの討伐数は……たったの3体、か。


 他十数体は全部姉の手柄。お得意の雷速で一方的蹂躙を披露したようだ。


 これはズンと気落ちするのもわからなくもない。

 ……この子、任務の度に己と姉と比較して精神的不調を抱えてる気がしなくもないけど。


「ちな、ボクは6体。張り合ってあげようか?」

「遠慮するわ。それに……貴女のことよ。ほぼ見に徹してサボってたんでしょう?」

「なんのことやら」

「ん。図星」

「見抜かれちゃったねぇ」

「うるさいよそこ」


 心外だなぁ……

 長姉、神室玲華の強さに憧れ、拡がり続ける彼我の差に唇を噛み締める夜を送る少女。今日も今日とて雷神様への劣等感を募らせて、その本音を燻らせている。

 あこがれに少しでも近付きたくなる気持ち、多少だけどわかるよ。


 それはそれとしてもっと曇ってくれ。キミが抱いたその精神的負荷を、いつかボクに利用させてほしい。だれかの不幸は蜜の味っていうだろう?

 あと拗らせシスコンの我慢限界姉妹対決も見てみたい。

 ……なんか、性格最悪の愉悦野郎みたいだなボク。でも見てみたいのは事実なんだよなぁ。

 別に破滅の道に誘うわけでもなんでもないしね。


 うーん、やっぱり根は屑だ。流石だよボク。これだから魔王ってのは。


「真宵ちゃん、趣味悪いよ」

「黙れ変態。なんのことかわからないしまず近付くな……閉心術極めるよ」

「んもぅ、ごめんってば〜!」


 背中に抱きついて、腕を絡めてまで注意してくる日葵を無理矢理引き剥がす。

 ……あっ、無視できなかった。なんたる不覚。

 おいこら勝ち誇ったような顔すんな。グーで殴るぞ腹の大事なところ。


 んぃー、さ、気を取り直して。そろそろ雫ちゃんの弱弱お豆腐メンタルをケアしてあげますかね。まおー様直々にお悩み解決してもらえるとか、一生モノだぜ?

 ご存知の通り、お悩み相談なんてガラじゃないけど。


「神域到達者、だっけ───自然を司る異能持ちの中でもワンランク上なのがキミの姉だ。異能が肉体可変タイプの雫ちゃんじゃ、到底叶うわけないのはわかるだろ?」

「ごふっ」

「トドメ刺してるよ」

「ありゃ」


 言葉選びを間違えちゃったや。勿論故意だけど。


「眩しいよねぇ、色んな意味で」

「……えぇ、そうね。目が眩むわ……それでも、それでも諦めきれないのよ」

「だろうねぇ」

「……貴女、慰める気ある?」

「あるあるあるよ。んまぁ……今までキミのことをずっと見てきたけど、その努力の姿勢ややり方は、正しく万人に認められるモノだった。努力は実を結ぶって言うし、無駄なことなんて一欠片もないさ……実際、雫ちゃんの実力が成長してないわけじゃないしねぇ。ぇ? 余計に差を感じて沈むって? それはキミのメンタルの問題。取り敢えず……これは自論だけど、最後まで、死ぬまで歩みを止めなきゃどうとでもなる。だから安心して。キミは大丈夫だよ」

「……そう、かしら」


 事実だからねぇ……

 わぁーお、こんな長文で簡単に目に光灯ったんだけど。チョロくね?


 正味な話、前述の通り雫ちゃんの実力で追いつくなんて到底不可能だ。土台無理な憧れ、ってわけ。だって肉体を水の異形に変えられるのがこの子の強みだけど……結局はそれだけじゃないか。

 その異能故に“神速”と持て囃される英雄の実力は、このボクが見た当たり……魔王していた時代の世界でも上位に通じるぐらい。そんだけの力を神室玲華は持っている。

 それをわかっていても、この子は一緒に、大好きだった姉の傍にいたいのか。


 眩しいねぇ、この子も……精神性は勇者もかくやだ。


 それはそれとして、こんな中身のない薄っぺらな一言で慰めになるとか、今どきの若い子は単純で扱いやすいね。普段からもっと褒めてもらえてればもう少し強メンタルで育ってくれてたと思うんだけど。

 こんな雑褒めで内心舞い上がっちゃうぐらいにはこの子チョロいんだぞ。ほら、弱音を吐かせてみただけで顔色が良くなって……

 ちょっと肯定しただけでこれかぁ。

 なんてチョロインなんだ……これはカモになる……噂の借金取りに人気なわけだ。


「……ありがとう、真宵」

「どういたしまして」


 是非そのままシスコン拗らせてくれ。関係改善不可まで追い込まれてあの英雄と刺し違えてほしい。んでどんどん弱体化してくれれば御の字だ。

 そんときはキミのおかげだよって囁いてあげたい。

 いずれ敵対する関係なんだから。今のうちに打てる手は打っておきたい。


 異能部は正義の部活動だ。その中に邪なのが一匹内部に混ざっている状態なのが、今だ。その(ひず)みが正されないとこの部活はボクの手で終わる。

 いや、終わらせてみせる。

───だって、その方が楽しそうなんだもん。未来を守る正義の子供たちが、なにもかもを取り零す様は……きっと見ていて気持ちがいいのだろう。

 性根が腐った、不幸を飯の種にするクズの思考ですね。

 あはっ。ちょっと人生の展望が見えてきた。ぜーったいぶち壊してやるかんね。


 ……多分、そこの勇者にぶち壊されるんだろうけど。


 やられる前にやっとくかと勇者の暗殺計画を練る思考を読み取られたのか、真横でジーッと見つめてくる視線が、その、すごく気になってイヤだ。

 最早熱線。そのまま目からビームとか出せんじゃねーの知らんけど……

 そんな目でボクを見ないでくれるかなぁ? ……ん?


「私だけを見て?」

「ヒェッ……」


 なーんだ、ただのとち狂ったヤンデレかぁ。こわっ。


 まーたハイライトがフライアウェイしてるよ。こいつも定期的に病むよな……なんで一日に何回も光消すんだよ。精神性雑魚か?

 勇者なんだから光灯してろよ。それでも勇者か?

 人類の希望が魔王に一喜一憂してるの、控えめに言ってアウトだろ。信望してくれてた古代のエーテル人に謝れ。討伐されてあげたボクにも謝れ。


 困った気持ちになりながら意識を日葵から横にズラす。なーんも知らんけど、玲華先輩と廻先輩が窓際でこっそひ会話してるから、そっち聞きたい。

 このままだと雫ちゃんの勉強に巻き込まれそうだし。

 ふむふむ、さっきの任務の反省会かな。っと、ちょ……弥勒先輩? そのコーラどっから出したんです???


「ん」

「わーい。あざまるウマー」

「関節キス」

「オェ」


 ちょっと。アナタまでそーゆーこと言うのやめろ?


 コーラのお裾分けを頂きながら、意気消沈する廻先輩の懺悔に耳を傾ける。

 こっちもお悩み相談室か? メンタル脆弱かよ異能部。


「すまん、今回も俺の不手際だ……場所は特定できても、正確な数まで把握できなかったのはよくなかった……また精進だな」

「そう気落ちすることはない。そこから先は現場で生きる私たちの仕事だからな。それに、廻がいなければ私たちは満足に戦えん。少ない被害で生還できるのは、ほとんどがお前のおかげなんだ」

「でも最初出待ちなんて卑怯だなんだって言ってたよな」

「過去を蒸し返すのはやめないか」

「ははは」


 へー、二人にもそんな不仲時期あったんだ。若いね。


 まぁ確かにね。そーゆーのは今でも言われるもんなぁ。相手は空想っていう人類の大敵なのに、卑怯だとか人の心ないのかだとか。戦えない雑魚に限ってよく言う。

 アレだよ。真っ向勝負が大好きな前時代的なヤツ。

 あとは不公平だーっていう意見もある。廻先輩の予知は彼がいる場所を中心にした広範囲───つまりここ、魔都アルカナのみしか視ることができない。

 だから、他の街の異能部は《門》が界放しないと仕事ができないのさ。どうしても出動が遅れる。そういった対応不足の差の問題を解決する為に、魔導工学で廻先輩が持つ予知の異能の再現試験が行われてるんだけど……

 何回も言うけど、そう上手くはいかないもんだ。精度が欠片も完璧じゃない。大元の異能(オリジナル)がまだまだなんだしね。そんな都合のいい話があるわけない。

 努力をちゃんと認めないとか……世の中腐ってんね。


「この世に完璧なんて無いよ……廻は十分がんばってる。お前がいるから何百人もの人々を守れるんだ。自信をもて───な、皆もそう思うだろう?」

「………」

「………」

「………」


 そう一人世を儚んでいると、親友を励ましていた部長がボクたちにも同意を求めて「ほら励まして!」と目で強く訴えてきた。いや声にも出して呼びやがった。

 ふむ……言ってることは事実だからなぁ。

 悲観的というか、なんというか。そんなに気にせんでもいーだろうに……仕方ない。

 寝たフリしてボクの接近を待つワンパターン女は無視。コーラ三本目に突入した弥勒先輩と、シャーペンを置いた雫ちゃんと頷き合う。

 うん、やろっか。せーの。


「ん。廻のせい」

「廻先輩が悪いと思います」

「すぴー……」

「クソメガネ」


 「減給」


「ん。廻は最高」

「廻先輩のぶんもボクたち頑張ります!」

「尊敬してます!」

「良いセンスしてると思うわ」


 本日の教訓。給料袋の機嫌を損ねてはならない。


「はぁ……この女ども……」

「ふ、くふっ、ふふ……ははははは!!!」

「笑うな玲華!!」


 腹を抱えて笑う部長に釣られる様に、雫ちゃんと日葵も笑みを零す。表情が動かない弥勒先輩はわからないが……何処となく楽しそうな雰囲気だ。

 ……ボク? これの何が面白いのか全然わかんないけど、周りに合わせて笑ってる。

 同調圧力だ。でも協調性って大事だよねぇ。

 後、ぶちょーの爆笑具合にはびっくり仰天した。笑いの沸点低すぎかこの人?


「ふぅー……ん、んん。ところでなんだが」


 と、笑いが伝染したところで、シュンと真面目な空気を玲華部長は纏って、バッサリと緩い空気を断ち切った。

 うん、切り替えが早い。

 でもさっきの爆笑のイメージが強すぎて絵面がギャグにしかならない。


「例のウンディーネは、今魔法研究部にいるんだな?」

「あー、悦ちゃん不在だったんで顧問に任せました」

「そうか、了解した。会話は全て聴かせてもらったが……決めたのは私たちだ。ならばあちら(魔法研究部)に任せっきりにせず、私たちも救う手がかりを見つけ出そう。これも、異能部の業務の一環だからな」

「はーい! ほら、真宵ちゃんも」

「……はいはい」

「わかったわ」

「ん。任せて」

「資料庫の文献も探るだけ探るか?」

「そこは廻の采配に任せるさ」

「あぁ」


 あーあ仕事が増えた。本当やる気いっぱいなんだから。ただの汚いスライムですって嘘吐きゃよかったな……今更ながら後悔。なにやってんだ数時間前のボク。

 これからは精霊関係は厄ネタだな。地雷認定しました。


 ……異能部が、“不可能”という断崖絶壁に聳え立たれて絶望しなきゃいいけど。






◆◆◆






───部活動終了後の、学院からの帰り道。

 学院近くにある住宅街、電灯で照らされた夜道を日葵と歩く。ボクたちの住処はこの住宅街にある。家主というか養父が学院のトップだから、必然的に学院の近くにお家が建てられた。おかげで登下校は結構楽に済んでる。

 ……学院とか、異能部からの呼び出しが気安いってのが欠点だけど。


「ん?」


 足を止める。夕時の賑やかさもない閑静すぎる住宅街、その高台にある我が家の前で。明かりがなく、果てのない暗闇で静まった玄関を潜る前に、歩みを止めた。

 何故なら、一歩前にいた日葵が立ち止まって……後ろを振り向いたから。

 勿論その視線の───悲哀が入り交じった視線の先にはボクがいる。


「真宵ちゃん」

「なにかな、ひまちゃん。家、入らないの? 玄関目の前にあるんだけど」

「うん……あのね。ウンディーネ様いたじゃん」

「いたね。それが?」

「前世の恩人なんだよね。別個体だけど」

「……」


 ……成程。道理で。何故そこまで精霊に対して辛気臭い感情を抱いていたのかわからなかったが……今、ようやくわかった。

 恩人、いや恩精霊か。そんなことあったんだ。


「それ、勇者になる前?」

「ううん……なった後。色々と辛かったときにね。多分、あっちはそんなこと思ってないだろうけど……確かに私は助けてもらったんだ」

「ふーん」


 琴晴日葵の前世───リエラ・スカイハートという光の勇者になった女の子は、かつてはただの村娘だった。今時どこにでもいる、なんてことのない普通の女の子だった。

 だった。

 魔王軍の王国進撃に巻き込まれ、彼女の村は焼かれた。奇跡的にリエラだけが生還して、そのときに覚醒して……ボクの部下の一人を激闘の末に撃退した。

 零細鍛冶屋の叔父が作った、粗の目立つ鉄の剣で。

 その功績が、力が人類を守護する女神の目に留まって、リエラは勇者の資格を与えられたという。

 いや、実は生まれた時から稀有な存在だって見られてはいたんだっけ?


 詳しくは知らん。でもまあ、勇者として生きて死ぬのが使命とされていたのが、リエラだった。神に確定付られた戦いの未来───重たい使命を抱いていた勇者だったが、何の因果か今や魔王と同棲している。

 何故だ。

 どうしても前後の文がおかしくなる。使命の矛先だろ。ボクにぶつける感情じゃないぞ。


「だから助けたいって? 私の恩返し手伝ってーって話を、わざわざ聞かせたかったわけ? ここで?」

「うーん、うん。そんな感じかも。衝動的にね?」

「おいおい」


 人目を気にする外で語られた身にもなってよ。困る。


 一応、日葵が水の大精霊と縁のある人間だってのは……理解できた。助けたがってるのは勇者特有の善心だなんて思ってたけど、そんな単純な話でもなかった。

 ……これを聞いても、ボクの気持ちは変わんないけど。

 助ける必要性、意味を感じられない。ボクらが頑張って助けたとして、気紛れな性格が多い……自由奔放な精霊を無償で助けるのは、逆にリスクだ。お気に入り扱いで変な異空間に連れ去られても、助けに行かないし。

 メリットデメリットを強く提唱するつもりはないが……本当に興味がない。


 つきあえってか? かつてのキミの恩返しに? やだよ、めんどくさい。


「うーん、ダメかぁ」

「……打算ありきで語りやがって。これだからキミに  油断できないんだよ」

「えー、してよ」

「イヤだが?」


 精霊救護については、またの機会に。それまでにボクが気変わりすることを祈っててくれ……ほぼほぼないけど。

 そんなのよりも大事なこと、いっぱいあるからね。


「ところで話は変わるんだけど」


 なに。いつになくうるさいな……早く家入れろや。


「───まだ続けるの?」

「あ?」

「裏稼業。手を血に染めてまでさ。やりたくもないこと、ずーっとやってるけど……まだ、やるの?」

「……」


 あぁ……どっちかと言うと、そっちが本業なんだけど。


 夜な夜な裏でやってる悪業が気に食わない、そんな顔で問い質してくる日葵。まったく、こんな場所で話すような話題じゃないだろうに。理由なんてわかってるだろうに。

 再確認、か。そんなにボクが悪いことしてるのヤなの?

 心変わりしてくれれば、助けられるとでも思ってるのか思っていないのか。


 日葵には悪いけど……ボクの決意は、変わらない。


「やめないよ───ボクは、見届けないといけないから」


 ボクは魔王だ。元とはいえ、誰かの上に立っていたから魔王なんて呼ばれてるんだ。だからこそ、元魔王としてのやるべきことがある。

 それは、今この新世界を生きている家臣の処理。ボクが転生してるんだ。他のヤツらも転生、もしくは生き長らえている。

 そいつらを見届けるか、仲裁するか、処刑するか。

 なにをするかは相手によるが───こと今回に限っては見届けないといけない。


「今ボクがいるのは、ボクの一番の忠臣が作った組織だ。あの子が何を考えて作ったのかは、ある程度読めてる……なら、ボクはその結末を、あの子の願いの果てをこの目で見届けないといけないんだよ」

「魔王の責務、ってこと?」

「そう、務めだよ。キミの好きな指名ってヤツでもある」

「同じかなぁ」

「納得しろよ」


 やりたいからやる、ってのも大きいけど。


───この新世界が、地球と“エーテル世界”と衝突して、空想溢れるファンタジーになってから……凡そ300年。

 新日本の都には、古の時代から根付く“闇”が存在する。


「死にたいだけでしょ」

「否定はしない……それも事実だ。でも、どれもがボクの本音なんだよ?」


 異能結社“メーヴィスの方舟”───所属団員の大多数が強力な異能を有する国際犯罪シンジゲート。新世界全土に名を轟かせる、世界最古にして最新の闇組織。

 ボクが率いる“裏部隊”が席を置く、魔の巣窟の名だ。


 かつてボクが魔王になるよりも遥か昔の話。幼い頃からカーラを主と仰ぎ、従属していた後の四天王の一人。あのクセが強い連中の中で唯一、心から忠誠を誓っていた女。

 そんなあの子が作り上げたのが、この異能結社。

 魔王を想って彼女が築いた、あの子の崇拝、喪失感……あらゆる感情の集大成。


「そうだね。未来の話をしよう───もし、たらればだ。ボクの……いや、“私”の寵愛を一身に浴びたあの子が求む計画が成就した暁には。

 このくだらない世界に、きっと私は別れを告げられる」


───んまぁ、そんなことにはならないだろうけど。

 かつての一人称を使いながら、ボクは日葵に嘘偽りない本意を告げる。


 ボク、洞月真宵は死を願っている。死にたがっている。


 ずーっと昔から。それこそ前々世から、病に伏せていたあの時から。

 魔王に転生してからも、人間に戻ってからも。

 あの千年旅を経験してからは、より一層。転生もしない本当の死を求めている。


 今も尚、死んでも尚。魂の終焉を、閉幕を願っている。


 前世が終わった300年前、不本意な過程で死という夢は叶った願いになった。でも終わっていない。ガーラという害悪は洞月真宵となって生きている。

 死に損なった。まだこの想いは、切望は絶えていない。

 あぁ、呼吸をするだけで希死念慮の想いは湧き上がる。膿のように際限の無いそれは、ボクのアイデンティティと言っても差し支えない。

 将来の夢、願い、祈り。それらは無限で尽きぬものだ。

 ボクの場合、その大半が───己の死に帰結するというだけで。


「なぁ日葵───いや、リエラ。オマエは知ってるだろ。私が未来なんてツマラナイ話に期待しないことぐらい……夢想することもありえない。

 する必要がないんだ。最早無意味。全てが無価値。

 でも、あの子の計画だけは……この目で、見届けたい。300年も待たせたんだ。そうあるべしとあの忠義者が望むのであれば、私はそれを受け入れたい。

 例えこの世界が───エーテル諸共滅びようとも」


 方舟の表向きの最終目標───それは“楽園の創造”。

 もっと深入りした話はこっそりと秘匿されているが……新世界の全てをめちゃくちゃにすることに変わりはない。既存の世界をもう一度ぶち壊して、構成員たちの為だけの楽園を創造する。

 なんて夢のある話だろうか。異能や魔法がある分、変に信憑性が上がってしまっているのがヤバい。

 万が一の低確率で、あの子の計画が成功すれば……この地球はまた滅びる。いや、今度こそ完全に消し飛ぶかな。


 魔王として、ボクは、その終わりを、夢の果ての結末を見届けなければならない。

 馬鹿ふざけた話だが……受け入れてほしい。


 洞月真宵の終焉の引き金は、彼女が知らず握っている。


 例え、その計画がボクを殺すモノでなくとも。きっと、これが最適解。魔王だったボクが、部下だった彼女たちに贈れる最後の贈り物。

 もう一緒にいることはできない。

 それでも。それでも───闇組織なんか作ってまで主の復活を望む声を、私は受け入れ、そして拒む。


 矛盾を抱えたまま、正反対の想いを両立させている。


「オマエにならわかるだろう? 人類の夢を背負った勇者。聖女神の剣兵。死して尚、私を仕留める為に立ち上がった大馬鹿者───“明空(あけぞら)の勇者”、リエラ・スカイハート。」

 同胞の夢は台無しにしたくない……いつの日かオマエが言っていた言葉だ」


 世界を救う戦いの運命を課せられ、その使命を全うした歴史の生き証人。数え切れぬ犠牲を積み重ねて、最後まで滅びゆく運命に抗った英雄に問う。

 人の夢に殉じた、かつて世界を救った女へ。


 懇願に聞こえただろうか。魔王の転生体であるボクが、珍しくも弱さを見せていることを、キミは……勇者は侮るだろうか。嫌悪するのか、蔑視するのか。無いと思っても勘繰ってしまうのは、ボクが弱い証拠なのか。

 ……この苦しみを、想いを理解してくれないだろうか。


「……カーラちゃん」


 ……あぁ、やっぱりキミは。ボクの死を、今の終わりを肯定してくれやしないのか。


 悲しいかな、現実ってのは非常なモノだ。ボクたちの、特に生と死を題材とした意見ってのが、勇者と魔王の抱く信念が、合致することはない。そのことは、ボクの砕けた魂が身をもって知っている。

 答えのわかりきった問い掛けをすれば……いつもキミは悲しそうで、何故か苦しそうな顔をする。

 ほら、今も。


「私は、あんまり、わかりたくない───何がなんでも、カーラちゃんと幸せになりたいんだよ、私は。

 今世こそ何にも阻まれず……貴女と一緒に生きたい」


 ……いつだってキミは否定する。そうやってまたボクを生き地獄に堕とすんだ。

 確かに、リエラと生きるのは……悪くないけれど。

 それを肯定するのは、なんだか悔しい話で。

 認めがたい。認めたくない……絶対に、認めるわけにはいかないからこそ───ボクも彼女の心を否定する。内に秘めた想いも、キミへの感情も、全て全て無に塗り潰す。

 生きたいが為に抗った勇者と、死にたいが為に悪の道を歩み進んだ魔王。

 勇者と魔王の想いは、常に終わらぬ平行線。

 相反する生存欲求と希死念慮だけでなく、本質からしてボクたちは相容れない。


「くだらない。キミと生きてなんになると言うんだ」


───エーテルの地上世界の空を黒く染め上げ、終わりが定められた世界に、滅びの再定義を行った異形の神魔。

 “黒穹(こっきゅう)の魔王”カーラ。

 それがボク。黒色に濁った死の想いを内に隠す、今世は洞月真宵を名乗る女。


 時間も押しているので衣装チェンジして、ミリタリーな仕事着と、黒衣を羽織ってボクは否定する。

 キミのあたたかい想いを無碍にして、ボクは後退する。


「私がそれを望むから。そうでありたいと願うから」


───黒塗りの大天蓋を切り裂いて、空を奪われた世界に救いの光を齎して……挙句の果てには、世界の怨敵にすらその手を差し伸べようとした高潔な精神の持ち主。

 “明空の勇者”リエラ。

 それが彼女。清らかな想いをその身に宿した、今世では琴晴日葵と名付けられた少女。


 いつだって前進する、ボクとは全てが正反対な幼馴染。

 名前も性質も夢もやり方も、ここまで対極的な関係性はなかなかいないだろう。本ッ当に、前世もそうだけど……今世もなんでここたで長くつるめるんだか。

 我ながらわからない。

 ……加えて、この問答は今日が初めてじゃない。何度も何度も両者揃って否定しあって、互いの意見が変わらない現実を再確認して、変わっていることを期待して。それは今も尚。


 いつになっても終わらない、ボクたち二人の平行線。


 でもこの子は……バカ正直にこの手を掴んで離さない。イヤだイヤだと言ってるのに、さっさと突き放してボクを捨てて欲しいのに。こんなのからお別れして、また新しい出会いを初めて欲しいのに。

 ……ボクなんかに縛られてちゃ、満足に生きれるわけがないのに。


「それに、ね……もしまた本当に。カーラちゃんが心から死にたくなって。満足できない結末になって、なにもかもイヤになったら───」


 ……あぁ、本当に……なんでキミは、こんなにも……


「───今度も私が……貴女を殺してあげる」


 ボクが欲しい言葉を、そんなあっさりくれるんだ。









































「うん、ありがとう……それはそれとしてさ」

「うん?」

「この定期的なウザ問答やめてくんないかな? メンタルが死ぬんだけど」

「愛の再確認……かな」

「心の底からやめて欲しい。切に願う。マジで」

「必死でワロタ」

「オッケーわかった。枕元に新鮮な生首が欲しいんだね? いいぜ、任せてくれよ。今日の任務は殺しだからさぁ……是非朝を楽しみにしてくれよな!」

「ごめん!!! それだけは勘弁して!!!」

「いってきまーす」

「待って待って!! 待って!!! カーラちゃ、んんっ、ねぇ! 真宵ちゃーん!!」


 この後、引き止めるバカのせいで標的の余命が伸びた。


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