02-29:偽り重ねた空の色
───地下に埋まった秋葉原、その深奥に聳える魔蠍宮。
「最期に言い残す言葉はある?」
「ないよ〜♡♡♡ あ、でも……斬りたりな〜い、とかは、遺言に入るかなぁ♡♡♡?」
「クソガキ……」
「まぁまぁ落ち着けって」
「無理だが?」
上司様の隠れ家に勝手に乗り込み、部屋一室を占領した黒彼岸ことボクは、人様の目の前でやらかしやがったバカ辻斬りを亀甲縛りにして、吊し上げしていた。
鋭利な刃のやうに伸びた影でつんつん突いても、斬音は顔色一つ変えやしない。
怒りで爆発寸前イライラしているボクを宥める蓮儀には悪いけど、こいつは1回刺さなきゃだと思うんだ。
オラ、おめーのせいでボクの仕事が増えたんだぞ。
翡翠色に発光する魔石───エーテル産の魔力を帯びた拳大の結晶を埋め込んだ魔導機械。電気ではなく、魔力を原動力とする装置を使って斬音を治療した。
装置の形は……なんだろ、ポット型? うん。それ。
回復の異能持ちは悪の結社にいないから仕方ない。
肉体を治癒する効果を持つ回復液。それを生成するこの魔石のおかげで斬音の傷は癒せた。折れた肋骨も全て元に戻り。浸すだけで癒えるとか流石ファンタジー。
異能と空想が混ざった医療の神髄を見せられた気分だ。
……いや、これを造ったオルゲンがすごいのか。
「はぁ……僕の城で喧嘩するのはよしてくれないか」
ちなみに塔の主である八碑人もこの部屋にいたりする。前述の魔導機械をたった一人で作り、実は表社会でもその医術を振るっているお医者さんでもある。
頭ゆるゆる辻斬り娘を治療するにはもってこいだ。
第三団と第一団の垣根などには目を瞑る。
実を言うと、魔導機械を使う前に検診させろと八碑人に怒鳴られちゃって。機械にぶち込む前に何処がダメなのかハッキリさせて貰わないと困るらしい。
いや話はわかるけど、怒らなくても良くない?
終わった話だから別に構わないけど。斬音は使い捨ての駒扱いで十分だと思うぜ?
「ごめんね八碑人……でも安全面はダントツでここが良いでしょ? 悲鳴もここなら外に漏れないし」
「あぁ……その通りではあるね」
「待って? 私死ぬの? え? もう? 早くな〜い?」
「天誅でござる」
「死ぬことに疑問を持てよ」
「えー?」
自分の死にすら無頓着な、ある意味同類のマヌケを影でハエたたきのように叩いてやれば、吊るされている斬音は面白いぐらい激しく揺れる。
きゃー♡♡♡なんて悲鳴は癪だが。怖がれよ。
……そろそろ縄が千切れそうな音がするけど、気にせず折檻を続ける。
……心做しか嗜虐心が掻き立てられるな、これ。
「まよねぇ〜!」
だんだん鉄鞭とか針とか剣とか持ってきて虐めようかと本気で悩み始めた、その時。年端も行かない舌っ足らずな幼女の声に名を呼ばれた。
数秒の硬直の後、仕方なく振り向いてみれば……
「……走ったら危ないよ」
「うゅ!」
可愛らしい鴉の実験体、562番ことこーねちゃんが自動扉の向こう側からやって来ていた。
今日も特徴的な黒羽と鳥脚は健在のようだ。
……教育上に悪いからこの子の前で斬音を折檻するのはよそう。目に毒すぎる。こんな幼女が嗜虐趣味に目覚めてしまってはたまらない……個人的にイヤだ。
斬音を吊るしたまま影だけをしまって、とことこ鳥脚で駆け寄って来るこーねちゃんを迎え入れる。
「こんばんは、こーねちゃん」
「ばんわ! まよねぇ、らっこ! らっこして!」
「は? ……あー、はいはい。抱っこね」
「きゃー♪」
ド深夜なのにこのテンションかぁ。精神年齢が異常値なお婆ちゃんには無理だな……これが子供パワー?
というか催促激しいなおい。何故に抱っこ……
あれかな? そこに突っ立ってる男性陣よりも触り心地がいいってことを幼いながら察しているのか……?
なんてね。単純に温もりが欲しいだけだろう。
…々斬音の手が塞がっていなければ、きっとそっち側に行っていた筈だ。
そっちを選ぶのかってムカつくかもだけど。
「まだ起きてたのか、こーね」
「あ♡ こーねちゃんだぁ♡♡♡ 私もギュッする〜♡♡♡ 混ぜて混ぜてぇ〜♡♡♡」
「うわ、抜け出しやがった……」
「キモ」
待って、なにその動きは。芋虫みたいに揺れて縄斬って抜け出しやがったんだけど……
身体検査した筈では? どっから出したその短剣。
刀は壁に立て掛けてかあるからって油断してた。斬音に武器を持たせると普通に死ねるから危ないんだよね。
瞬、と風を切るように突撃されたせいでこーねちゃんが潰れかけるは、身体が仰け反りかけるはしたが……難なく二人分の体重をボクが受け止める。
背中から抱き着かれたこーねちゃんは嬉しそうだ。
こっちもこちで、よく手入れされた鴉羽のお陰で幸せな気分である。
「ギュ〜ッ♡♡♡」
「きゃっ〜♪ ぎゅ! ぎゅー!」
「暴れんといて……」
滅茶苦茶キャッキャしてるところ悪いんだけど、激しく暴れ動くキミたちを支えてんのボクなんだわ……
こーねちゃんは兎も角、斬音は落ち着きを覚えろ。
おまえもう時期15だろ。いつまでもガキの気分で生きていけると思うなよ。
「随分とまぁ……懐かれたものだね」
「父親なら助けて欲しい」
「恐れ多いなそれは。是非辞退させてもらおう」
「何言ってんの?」
いやいやオマエ保護者。八碑人くん? 責任もって育てた実験体をボクから引き取ってくれないかな?
なにを謙遜してのか畏怖してんのか知らんけどさぁ。
取り敢えずこーねちゃんを引き剥がせ。そんでもって、斬音に引き渡して満足させろ。低知能2人も世話するのは若輩者のボクには無理なようだから。
あとは任せた。骨と尾は拾っておく。
かつての部下、現上司へガキ2人の押し付けに成功したボクは、鳥脚に力強く締められたせいで痛む腰を叩いて、楽にしながら首も回す。
めっちゃボキボキ鳴る……年かな。
八碑人から哀れなモノを見る目で見られたので、いつかぶち殺すことにした。
魔王軍の中では若輩だろうけどさ、キミも爺だろ。年齢詐欺はよくないよ。
「あらぬ風評被害を受けた気がするよ」
「あぷー♪」
「……ん〜、砂臭ぁい」
「おや、お気に召さないかい?」
「別に〜?」
胸板に幼顔を擦りつけて嬉声を上げるこーねちゃんと、白衣についた匂いに顔を顰める斬音を眺めながら、ボクは机に置かれたジュースを呷る。
ん、ぶどうか。悪くない味だ……純度高いなこれ。
そのままグラスを片手に椅子に腰掛け、足を組んで……幼女との戯れに飽き始めた斬音を睨みつける。
お説教タイム、再開である。
「さ、斬音。ヤツらの前でわざわざ本名を名乗った理由を明確にどうぞ」
「……………えーっと、出来心で……てへ♡♡♡」
「蓮儀、心臓撃っていいよ」
「遠慮しておく。弾が勿体ない」
「酷くなぁい???」
「ばんばん?」
「そうそう」
反省する気ゼロにしか見えるが、一応その気はあるのか自発的に正座している。そんなんで帳消しになるわけではないが。まぁなにもしないよりかはマシだろう。
取り敢えず膝の上にこーねちゃんの頭でも乗っけとけ。
「ぷゆぅ」
「えっ……そこで寝られると困……えっ!?」
「秒殺じゃないか」
「最初っからお眠だったんでしよ」
「あ、あの〜こーねちゃんどけてくれると嬉しいな〜って思うんだけどぉ……ね?」
「続行します」
「はい」
「え〜っ!?」
そのまま長時間正座で足痺れさせてろ。
「まったく……蓮儀が居なかったら大変だったんだ。最悪どうするつもりだったわけ?」
「え〜っと、全力疾走? かなぁ……」
「無理に決まってんだろ」
「はぁ……おまえを回収しに出かけてて良かったよ」
「ナイスアシスト」
……最近、辻斬りの趣味に没頭する斬音を回収するのが蓮儀の仕事になりつつある。最早日課だ。彼女が殺すのに満足するまで決して近付かず、落ち着いてから傍に寄る。
毎夜人の死を見逃すのは、やさしい蓮儀にとってすれば心苦しいモノだろうに。その悲痛を我慢してまで、斬音に付き合う蓮儀は優しすぎると思う。
復讐に燃える傭兵の、僅かに残った優しさだ。
異能部とはまた別ベクトルの……自分自身の心を殺して明日を望んだ、彼なりの優しさ。
それを授かる斬音の心情はどういったモノなのか。
……彼女のことだ。案外なにも思ってないのかもね。
「ホントはね、見捨てても良かったんだけど。誰かさんの視線と良心の呵責で助けたあげたんだよ? 以降は危機感を持って行動するように」
「はぁ〜い……後で二人にお礼するね……」
「的と称して死体を寄越すのはやめろよ」
「そんなバカなことするわけ……え、まさか実話?」
「「…………」」
「成程、これが恐怖か」
その誰かさんとはいつも隣にいる茶髪少女である。まぁ中身は少女だなんて歳ではないが、あんまり言いすぎるとブーメランが返ってくるから口を紡ぐ。
……斬音のやらかし話にも目を逸らそう。
精神衛生上ね、気にしない、という行為も大切なのだ。その聞き覚えのある死体土産なんてボクは聞かなかった。いいね?
褒めて褒めて〜と言わんばかりのキラキラとした目で、ワイバーンの首を口に食んで近付いてきたペット枠の部下を思い出す。あの純粋さはすぐなくなってしまったけど。
あぁ懐かしや。再会したらサンドバッグしなきゃ。
要らぬ決意を新たに一つ、ボクは心に刻みつけた。
「んあーっ、とにかく。次から気をつけてね」
「はぁ〜い」
「返事を伸ばすな」
「……僕としても注意して欲しいものだ。君たち裏部隊の奇行で、我々の所在がバレたら……ねぇ?」
「善処しま〜す♡♡♡」
「うん、反省って言葉を覚えようか。黒彼岸、教育は?」
「諦めてポイッ」
「ダメだよ」
心配半分脅迫半分、いや脅し成分をいっぱい含んでいる八碑人のお小言も斬音には通じないのか、キュピっなんて愛くるしい擬音が付きそうな顔で応じやがった。
これには割と温厚な八碑人もにっこり。
見て見て、眉間にシワがよってるよ。超絶怒ってる証拠だね。
「そういえば、だが……リーダーの表向きの立場を、今日初めて知ったな」
「確かにぃ〜♡♡♡ もう昨日の話だけどね♡♡♡」
「揚げ足取るな」
「……不本意だけどね」
……猜疑心は含まれてない、か。
ヨシヨシ、完璧だーね。まー、聞かれないと答えなし、言うわけないよね。伝える必要性も感じないし。
キミたちに言ったとして、そこに危険はないし。
「あっ……これ、組織的に大丈夫なの?」
「ははは、良くはないね。ただ、責める馬鹿共を潰す算段なら充分できてるよ……味わってみる?」
「えぇ〜、やっ♡♡♡」
「遠慮しておく」
……んー? ちょ〜っとだけ“綻び”はあるみたいね。
実際異能部と黒彼岸の二足草鞋は正直言って褒められたモノじゃないし、なんだったら面倒なことでしかない。
表の立場で積み重ねる善行。
裏の立場で塗りたくる悪行。
両立し得ない善悪を均衡させていられるのは、もう偏にボクが優秀だから……では無い。
日葵と一緒にボクを保護したおじさんのお陰だ。
癪だけど、イヤだけど、彼は見て見ぬふりをすることでボクを支えてくれている。裏でなにをしているのか、なにをやらされているのか察していながら、そこまで深く詮索しないでいてくれている。それが助けになっている。
まぁ……なにかしら企んではいるみたいだけど……
恥ずかしながら、それが現状。バレたら飛ぶのは自分の首なのにね。
……不確かな支えに依るのも、悪くないなと思う。
えっ? 日葵は助けにならないのかって? うーん……いやならないけど。なるわけないけど。そもそもの話、ボクが異能部に入った原因あいつだからね。ふざけやがって。
拒否権も反対意見も承諾も無しに加入させられた。
……何度思い出しても腹が立つ。黒彼岸としての存在が不明瞭なままなのが唯一の救いである。小さな猜疑心からちょいちょいっと探りを入れてくる特務局も、まだボクの正体には気付いていない。
二重三重の真実に、彼らは決して辿り着けない。
「魔術師、アンタは知ってたのか?」
「ん〜? そら勿論だとも。スパイとして情報をそれなりに送ってきてもらっているからね。お陰で異能部と特務局に補足される痕跡が例年より少なくなってきているよ」
「……ちゃんと貢献してたんだな」
「そこ疑うところ?」
……どうやら、改変は上手くいっているようだ。
おかしな話だ。裏社会で生きる彼らにとって、表社会、それも正義に属するチームに入るボクは危険視すべき存在であり、排他すべき存在である。
なのに彼らは受け入れている。
やってもいないスパイ活動をボクがやっているだなんて誤認して勝手に頭の中で補完している。
ボクが寝返る可能性も、二重スパイになる危険性すらも何一つ、欠片の一つも考えていない。
そんな異常を方舟の彼らは当たり前だと認知する。
「ふふっ」
3人がボクを目と意識から外している隙にほくそ笑む。傍から見れば、好ましいモノを見て微笑んだ顔にも見えるだろう。もしくは愛くるしいモノを見た笑みだろう。
そうなるように、そう見えるように書き換える。
白は黒に、黒はより黒く……自分の都合のいいままに、彼らの理を塗り替えているから。
───ボクの3人分の人生において、二度目の生で神から授かった転生特典の数々。
【黒哭蝕絵】を筆頭とする不穏な文字の羅列たち。
魔界統一戦争から数百年後、恐慌した神々がとち狂って全てを犠牲にしてまで封印する道を選んだ、魔王の権能。
それは世界そのものに干渉する万物改変能力。
転生した今はあそこまでの絶対性は失われたが……過去今までにボクが関わってきたニンゲン全てを支配するなど容易い、簡単すぎる話である。
そんな物騒な力で今、彼らは支配されている。
世界規模の改変能力───その名は【否定虚法】。
この世を維持する理を、事象を、概念を。ありあらゆる基軸と基盤を覆す。誰かの記憶だって、誰かに向けた想いだって。仲間意識に当たり前の常識、不変な概念たる生死すらもがボクの思うがまま。
あらゆる全てを否定して、塗り替えてしまう力。
必要なのは口上と右手のみ。たったそれだけであまねく全ての色を変えてしまう。
恐れも憂いもなにもかも、自由自在に書き換える。
異常性の極み、そんな力をボクは持っている。
……一つ注意点として、あまりに頻繁に多用すると理の整合性が合わなくなって世界がぐちゃぐちゃになる、ってモノがあってね。だから使用頻度は程々に留めている。
尚、経験談。あの時はそれなりに焦った。
……や、ドミィとヴィに怒鳴られてやっと動いたから、そんなに焦ってなかったわ。無問題だろってナチュラルに思ってたんだったわボク。成程これがサイコパス。
ま、領域外の魔女と四天王最強の2人がビビる能力だと思ってくれれば。
「はぁ〜……さぁて。そろそろ解散といこうか」
「おや、説教は終わりかい?」
「あんまりやりすぎても逆効果でしょ。ねー?」
「さっすがリーダー、わかってるぅ〜♡♡♡」
「反省してないだろコイツ」
「それは言わないお約束♡♡♡」
「やっぱり絞めた方が良いかな」
やっぱり従順な人形に塗り替えた方がいいかな?
「すぴー……すぴー……」
「……おやすみ、こーねちゃん。他諸君は面倒事起こしてくたばらないようにね」
「要らん心配だな……じゃあな」
「ばいばーい♡♡♡」
「……やっと騒がしくなくなるねぇ」
八碑人の胸板に頭を乗せて、超熟睡するこーねちゃんの頭を撫でてから、転移装置に向かって歩く。
あの時に使い方は見て覚えたから自力でやれる。
影を伸ばしてボタンをポチッ! だ。斬音と蓮儀は塔内の休憩室に泊まるんだとか。
お家ないからね仕方ないね。その日暮らし共め。
……なんで居着いてんの?なに、占領した?キミたちのその度胸はなに?
2人とは通路で別れて、機械の重低音が静かに響く道を歩く。
予定外の彼是が多かったが、まぁ収穫はあった。
一応【否定虚法】が上手く作用しているのか確認できただけでも結界オーライ。因果律に干渉できる者にはあんま通じにくい、なんて欠点はあるが……
そんな物騒なヤツ滅多に現れないから大丈夫。
……フラグかな? これ。
今現在、恒常的に権能を発動させているのは三つ。
───【“洞月真宵”と“魔王カーラ“を、同一存在であると結びつけて思考すること】、【“洞月真宵”が異能部として活動することへの違和感や疑問を抱くこと】……
そして、【“琴晴日葵”と“勇者リエラ”の正体を同一だと気付き確定させる行動、思考すること】。この三つを常に否定するよう世界全体にかけられている。
決してボクたちの正体に気付けないよう、気付かせないように。
思考や言動すら無意識に阻害するように。
だから彼らは気付けない。
カーラがどんなスキルを使っていたのか知っていても、それをボクの異能と結びつけることは叶わず。
勇者リエラを知っていても、同一だとは思えない。
この世に生まれて自我を持ったとき、イヤ〜な予感から慌てて塗り続けたその二つと、日葵と再会したとき急いで塗り替えた一つ。
この改変が無ければ、正体なんぞバレていた筈だ。
……これだけやっていても、何処かしらに綻びができて違和感を抱くやべーのがいるんだろうけど。
経験上確かなそれは、流石にボクでも探れない。
思考を書き換えられるだけであって、思考を読み取れるわけではないのだから。
「……あぁ、そうだ。保険をかけておこう」
ふと思い当たったボクは、この場で新しいモノを否定し塗り替えることを決めた。
正確には塗り直し、もしくは塗り重ねになるが……
即決即断、やらない損よりやっての損。
ゆるりと歩きながら魔力を高めるボクは、自動扉の境を超えて転移装置の部屋に入ってから立ち止まり。
徐に、ダランと伸ばした右掌を空へと向けて…… 左から右へと横に、右手をスライドさせた。
瞬間、空間が波打つように不可思議な脈動をする。
振動が伝わる。ボク以外には感知できない、この世界に干渉する否定の魔力が虚ろな世界に満ちていく。
そして、歪み捻れた世界に向けて……言葉を紡ぐ。
「【否定虚法】───“その繋がりを否定する”」
空間に溶ける言葉は、3つの偽りをより強固なモノへ。ボク以外の誰もが認識されない内に、また新世界は新たな改変を受け入れる。
そう、全ては魔王の思うがまま。
下ろした右手を額に当て、指の隙間から空を覗く。
未だ朝日の昇らぬ深い夜、薄く広がる灰雲から姿を現す美しき月光の空。
今日も明日も明後日も。世界は静かに回っていく。
理を書き換えられようと、概念を塗り替えられようと、世界は今日も回っている。
視界とリンクした影から見た景色は、変わらない。
「───“其は世界を閉ざす者”……ってね」
最後に漏れた呟きも、虚空に溶けて消えていった。
「ぼく、使うなって言ったよね?」
「待ってなんでここに……え、気付……えっ」
「今の闇ちゃんさ、魂ボロボロなんだから世界改変しちゃダメってこの前言ったよね? 下手したら、魂砕けちゃって望まない死に方しちゃうって言ったよね……ねぇ?」
「えと……その……だって……」
「神サマの代わりに封印してあげよっか? それ」
「ごめんなさい」
転移先に悦がいて叱られた件。解せぬ……何故……




