02-25:虚ろなる影、深淵より
「オレを怒らせたことを……死んで後悔するんだなァ!! クソガキ共ッ!!!」
───異能の出力は、感情の振れ幅によって大きく変動、増大する。怒りや憎しみといった負の感情が熱源となって魔力を刺激する。感情の波に従って力を振るう異能者は、平時と比べても強く、激しく、恐ろしい破壊力を見せる。
その証拠とでもいうべきか、ジョムの砂の支配、全てを飲み込む流砂は激しさを増してゆき、工場内に残っていた機械類を軒並み破壊しながら敵を攻撃する。
飛び散る金属片は砂に溶けて混ざり合い、結合し、より強固な武器へと生まれ変わる。
やがて、それは弥勒の大鎌でも切断できない、恐るべき硬度を持ち始めた。
「んんっ……硬い…ッ、痛い……」
加えて、屋内で砂嵐を発生させることで場を悪化させ、異能部の2人を寄せ付けない。接近されては一溜りもないことがわかっているるのならば、最初から近付けないよう手札を切るのみ。
流動する砂と固定された砂の壁、壁内を荒れ狂う砂嵐。
技の並行使用は脳に多大な負担をかけるが、その痛みに慣れているジョムは、意図も容易く、なんの強化も無しで大量の砂を操ってみせる。
そこから更に砂の弾丸が撃ち出されれば、近寄る者を皆拒絶する防壁ができあがる。
「ん。無理」
「ハハッ、どーだよッ、オレの異能は! ザコだ無能だの、外野に好き勝手蔑まれたこの力ァ! この29年間、ずっと向き合い続けたオレの努力、その結晶ッ!!」
「んん……、どこが雑魚…?」
「これは、また……」
「オレの最強の異能ッ!それが【砂塵操作】だッ!」
高笑いするジョムは、気分を高揚させたまま砂を操る。二分された工場内の半分は、常に砂塵が舞い続けるという裂傷不可避の空間へと変貌していく。
肌を掠める砂粒は、2人を容易く傷つけ流血させる。
しかし、その程度の障害に2人は足を止めることなく、各々異能を駆使して立ち向かう。
蛇のようにうねる流砂に大鎌の一撃を食らわすも、一切ビクともせず、それどころか腕が流砂に持ってかれかけて死にかける弥勒。
呑み込まれれば命はないと判断し、鎌を犠牲に離脱。
追投された砂塊を切り裂き、叩き落とし、無力化してはまた追い立てられる。
「ん……やむを得ない。<分解>・<再構s───ん?」
攻防転々、一向に決まらない。弥勒の今の大鎌では……なんの《特性》も乗せていない鎌では、勝負すらできないもどかしさ。
このままでは埒が明かないと、弥勒は早速手札の一つを切ろうとするが……傍に降り立った声に止められる。
そう、砂の流れを睨んで、分析していた玲華に。
「玲華」
「なにを考えているかはわかる……それはやめろ。最悪、この製鉄所が壊れる。速い私たちならともかく、望橋くんたちは生き埋めになるぞ」
「ん? 助ければいい。玲華が」
「そういう問題じゃないんだがな……んんっ、とにかく。ここは私に任せてくれ」
「ん。んー、ん。仕方ない。そこまで言うなら、譲る」
「ありがとう」
なにか策を考えたのか。玲華は一歩、砂嵐が轟々と鳴く敵の攻撃範囲へ堂々と踏み入った。大人しく引き下がった弥勒も弥勒で、戦闘意欲はまだある為か玲華に追従する。
全身を鞭打つ砂粒を浴びても、ものともせずに前進する少女2人に、ジョムは顔を顰めるしかない。
歳頃の娘が、そこまで躊躇わないことがあるものかと。
「なにを企んでやがる……? いや、やられる前にやりゃーいいよなァ?」
決め手は一瞬、廃工場の砂粒全てを使った一撃を。
「ん。どうする?」
「迎え撃とう。なにをするのか、少し気になる」
「……ん、バトルジャンキー」
「ははは」
余裕をもって足を進める玲華は、ジョムの頭上に集まる砂粒の流動球体を仰ぎ見る。込められた魔力からも、その集合体が如何に高密度なのかがわかる。
落とされれば一溜りもない、人間程度なら削り殺せると確信できるその球体。
廃工場を拠点にする際、せっせと異能で掻き集めた砂。異能の力を最大限に引き出すには、砂がなければまず話にならない。
砂地、砂浜、砂漠。規模が膨れ上がる程、異能の規模は跳ね上がる。支配する砂が増えれば、その分脳にダメージがくるが……力に酔いしれるジョムが、そんなくだらない懸念に目を向けるわけもなく。
できるなら、やる。できないならやらない。
盤面が整っていれば、旧世界の日本にあった砂丘規模を自分の手足にすることができる、それがジョムの異能だ。
玲華と弥勒に影が落ちる。砂の巨塊が2人を見下ろす。
「ハッ、じゃーなクソガキ共! せいぜい死んで苦しんで、オレらの復讐の礎となれ!
───<アンモスメガ・ハンマー>ッ!!」
ジョムの砂槌が、2人を押し潰さんと振り下ろされた。
圧倒的質量が空より迫る。落とされれば死は確定、幾ら身体が頑丈でも、魔力で強化されているとしても、無事に生還できる保証はできない。
そんな殺意の打撃は渦巻く鉄砂を纏い、砂嵐を味方にし落下する。
「ん、玲華」
「あぁ、任せろ───確かに、貴方の異能は素晴らしい。この目に映る情報全てが、規格外だと訴えてくる。だが、まだ、まだ足りない。如何に圧倒的であろうと、超越的であろうと、この事象一つでは、私の歩みを止める障害にはなり得ない」
「なにを───、ッ!?」
「折角だ。私も異能自慢をさせてもらおう。これでも英雄などと持て囃される身でな……我が雷光、お見せしよう」
「くっ、なんだこの圧……ッ」
「ん。退避」
一歩前に出た玲華が、その日本刀に纏わせた雷を激しく脈動させる。より迸る紫電が目を焼き、鉄分を含んだ砂が電磁波に当てられ揺れ動く。
微振動。空間そのものが軋む。鉄を含んだ砂塵が、雷に干渉される。空間を埋め尽くす鉄砂の世界を、悠然と歩く玲華は、ジョムの異能に真っ向から立ち向かう。
その自信を、己の雷で踏み砕く為に。
「御布都式“壱号”───<雷火>」
───轟雷が、廃工場を貫いた。
「なっ!?」
縦に振り下ろされた雷刀の一閃が、轟音を立て廃工場の天井を突き破り、持ち上げられていた砂塊の槌を貫いた。球体の中心を射貫いた雷光は、圧倒的な異能出力をもってジョムの支配を打ち砕き、砂槌の結びを解き、ただの鉄が混ざった砂に戻す。
重力に従って落ちる砂塵が、3人の上に降りかかる。
同時に、雷の余波を浴びた砂の障壁が、仕込みも含めて垂直に崩れた。
自慢の一撃が、たった一振りで瓦解した信じ難い光景に唇を震わせるジョムに、玲華は勝ち誇った笑みを返した。
「どうやら、最強は私の方だったらしい」
もう一度刀を一閃すれば、重量で押し潰そうとしてきた砂の豪雨も霧散する。衝撃波で吹き飛ばされた砂が、壁に叩きつけられ、天井の穴から外へ吐き出される。
ジョムの支配下から遠ざけて、戦力補充ができないよう手を回して。
神室玲華は、ジョム・エルグーンを完封した。
「怒りに身を任せたのが失敗だったな」
「冗談キツイって……クソが、ここまで派手にやられたら文句なんてねェーよ。でも、でもだなァ……ここで、はい負けましたーって終われる程、余裕なんざねェんだわ!」
「む」
奥義を破られたジョムの、最後の一手。懐に手を入れ、ポケットから取り出したのは……マフィアの時代から長く使っていた、一丁の拳銃。
潜伏期間に弾は補充できたが、どうしてもこの状況では心許ない。
だが、ジョムは、その銃弾に一塁の望みを託す。
「勝つのはオレだッ……死ねッ!!」
「その意気は買うが、捨て鉢は感心しないな……弥勒!」
「ん───斬る…斬った」
「なっ!?」
弥勒の、死神の無慈悲な剣閃が、銃弾を切り裂いた。
己の身長よりも大きな鎌を横薙ぎに、飛んでくる銃弾を斬るという神業。異能をもってしても難しい技にジョムは空いた口が塞がらない。彼が動揺している隙に、瞬発力で飛びかかった弥勒がジョムに急接近。
焦るジョムの浅黒い首筋に、大鎌の刃を寸でのところで止めてみせる。
「……クソが」
「おまえの負けだ。このまま拘束させてもらう」
「ん」
「……こりゃ、逆転は無理か。あーあ、ついてねぇなぁ。コーサンコーサン」
更にジョムの隙をついた玲華が、後頭部に指を当てた。背後を取られた上に、紫電を纏った指が、いつでも玲華の意思で放電できる状態にある。
抵抗すれば撃つ。言外に脅迫する玲華と無表情の弥勒に挟まれたジョムは、恐る恐る銃を手放して、両手を静かにホールドアップ。
「煮るなり焼くなり好きにしやがれ。クソが」
「あぁ、そうさせてもらう。弥勒、鎖を」
「ん、んっ……はい、どうぞ」
「いな何処から出してるんだ??? んんっ……さておき。異能犯罪者ジョム・エルグーン。おまえを強盗罪、その他諸々の罪で逮捕する」
「チッ……ぅおっ!? ……な、なんだ、この鎖……力が、抜ける……?」
崩れた砂壁の向こう側で、何故か濡れた状態で気絶する部下を見て、ジョムは大人しく降伏を決める。もう戦意を持てるほどの気力はなく、無気力感に苛まれた。
居場所を割られ、傷も癒えぬまま戦わされ、例え調子がよくなっていても自分たちを捕まえてきそうな練度を持つアルカナのガキたちに、感嘆とした声を上げる。
敗北を認めたジョムは、着用者の基礎ステータスを数段下げて無力化する鎖に締められながら、呆気ない終わりを嘆いた。
「姉さん」
そのタイミングで、裏口に回っていた多世、雫、姫叶の3人が廃工場の奥から現れた。
その手に、戦力外として逃がされたオーケンを連れて。
「終わったようね」
「あぁ、そっちもな。ご苦労」
「えぇ」
『あ、兄貴ぃ……』
『……オーケン、テメェもか……』
『すいやせん……』
粘液化した雫の腕に掴まれ、宙に浮かされたオーケンが泣きべそをかいて謝罪する。粘液に四肢を包まれ、顔だけ外に出している状態な為、かなりシュールな光景だ。
……30を超えた大の大人の荷物持ちが泣く姿は、あまり見たいものではない。
『泣くんじゃねぇーよみっともねェ』
3人揃って捕まって、もう戦う力も気力も出し切った。精神的な疲労も相まって、これ以上の抵抗は最早不可能。時間も体力も、全てがジョムたちには足りない。
復讐を叶える手立ては、失われた。だが、それでも……たった3人でも、生き残れる光明が差す。
このまま捕まれば、もう、こんな苦しい生活をするのもさせるのも、なくなるだろうから。
そう自分に言い聞かせて、ジョムは己を納得させた。
「望橋くん、よくやったっ! 大勲章だな……傷が酷いな。すぐに手当しよう」
「あざす!」
『……クソコンボだったけどな』
「廻? ……望橋くん、一体なにをしたんだ……?」
「勝ったヤツが正しいんで。なんの問題もないです」
『それはそうなんだがな?』
「ん。勝ちは勝ち」
「でしょ?」
濡れたままのユンを背負って、一絆も仲間たちの元へと駆け寄る。一応腕を触れないよう、真宵に万が一の為だと持たされていたガムテープでグルグル巻きにした状態で。
ユンを地面に下ろして、玲華の指導の元、ジョムと同様身体に鎖を巻いていく。
流れで雫もオーケンの身体に鎖を巻いて、液体化を解き3人を少し離した状態で並べた。
この鎖は異世界エーテル産の代物で、前述のステータス低下だけでなく、異能までもを封じる特殊な波長を宿した魔導具である。
より正確に語るのであれば、大元の鎖を魔改造した……異能特務局浮舟柊真の異能情報と、魔王の側近ドミナこと仇白悦の思いつきによって作られた“異能封じ”。
どんな強力な異能者であろうと、鎖の力には抗えず。
一度巻かれてしまえば、自力で逃げることすら不可能になる捕縛武器。
布越しでも封印力が作用する、対異能犯罪者捕縛兵器。
勿論、所有者にも効力を発揮する為、特別製のカバンに収納して、手袋を嵌めて運用する必要がある。異能部及び異能特務局には基本装備として配布されている。
しっかりと鎖の鍵も閉めて、3人の拘束は完了された。
『ぐっ……ッ、いてて……あ? あー、ここは……ごほっ、おい、まさか』
『オレらの負けだ。ユン』
『ッ……すいやせん』
『気にすんな。生きてりゃ儲けもんだ』
『うぅぅ』
気絶から目覚めたユンも、チームの敗北を察して静かに溜息を吐いた。
「さて。早速で悪いが、一つ、聞きたいことがある」
「あ゛ぁ? なんだよ」
「……他の仲間はどこにいる? あと4人いると、私たちは聞いていたんだが」
玲華の質問。それはなにも知らなければ至極真っ当な、ここにいない残りの構成員の居場所。
その問に、3人は揃ってその相貌を歪めた。
ジョムは舌打ちを、オーケンは恐怖に震え、ユンもまた辛そうに。三者三様それぞれが、その会話を振られた方に拒絶の姿勢を取る。
「……話す義理も理由ねぇよ」
「む……それはそうなんだが……」
「納得しないで、姉さん」
詰問に答えない3人にほんの少し困った顔をする玲華。自分たちが来た時は外出していて、そのまま逃げたのか、それとも戦闘から逃げたのか、気付いて囮としてこの場に置いてかれたのか。思い浮かぶ限りの質問をしてみたが、彼らは何一つ答えやしなかった。
多世のスマホの電波を辿る探知でも見つからず、姫叶や廻の捜索でも周辺には人っ子一人、仲間の気配は確認できなかった。
「ふんっ。一緒に地獄見た仲間を売ってたまるか」
「ッ……いいから早く話しなさいよ!」
「神室さん神室さん、落ち着いて落ち着いて」
「ほ〜ら一万円あげっから。落ち着いてくれ。な? ほら、オマケにクーポン券もくれてやる。郵便に入ってたんだ。時成さんから許可は得てるぜ」
「望橋くん、私のこと大分ナメてるわね? 貰うけど」
「そそそそんなことねーぞ!?」
「ちゃっかりしてる……」
痺れを切らした雫を男2人が宥めるが、危うく大喧嘩に発展しかけた、その時。今の今までなにも言わず、恐怖で震えていたオーケンが、恐る恐る口を開いた。
拙い日本語で、嘘偽りのない真実を。
……その内容は、異能部にとっても青天の霹靂となる、 思いもよらぬ話であった。
「シ、死んだンだ。こっ、ころ、殺されたンだ……」
仲間の死を、目の前で無惨に散った同胞の最期を。
「……それは、本当か?」
「あ、あぁ……この、前……ミンナ、殺された」
「なんですって……」
「おいおい、マジか」
絶句し、唖然とする異能部。そして、ぺらぺらと情報を与えるオーケンにジョムが吼える。
『おい、オーケン!!』
『で、でもよぉジョムの兄貴ィ……こ、コイツらに言えばなんとかなったり……』
『しねーよ!』
『しねーだろーが』
『うぅ……』
敵に余計な情報を漏らす間抜けで、すぐ泣く荷物持ちにジョムは怒鳴って、最後は諦めの溜息を吐く。
ユンも軽く罵倒してから、疲れたように天を仰いだ。
上司と同僚からのお叱りをまた受けて、また泣きべそをかくオーケンの情けない姿を見て、異能部の面々もダメな大人を見る目になった。子供に舐められた態度を取られたオーケンは更に涙を流した。
……知られてしまった以上、もう隠しても意味は無いと悟ったジョムは、自分たち残党を脅かした3日前の襲撃を語り始める。
「……いきなり襲われたんだよ。カタナっつーの持った、黒いメスガキに」
「黒い……」
「メスガキ……」
一瞬、一同の脳裏にイメージが一致する黒いのがピースする姿が浮かんだが、剣はあれど刀は持っていなかった筈なのですぐに違うと除外した。
まず身内から疑う姿勢は、ある種の信頼の証だ。
「斬られた瞬間、全員死んだんだよ」
「……上半身と下半身が分かれでもしたのか?」
「や、ちげーよ。傷自体は浅かったんだ。腕とか腹とか、どう見ても致命傷にはならねー傷だった……掠っただけで死んだんだ」
「……まさかだけど、それで死んだってこと?」
「そうだっつてんだろ、しつけーな……チッ、たくよぉ、おたくの国の殺人鬼だぞ。なんとかしろよ」
「ううむ……」
普通、人間は浅い傷程度で死にやしない。例外として、治療が間に合わずに失血死や、傷口に病原菌、または毒が混入して命を落とす可能性は有り得るが……
ジョムの話を聞く限り、それとはまた違う様子。
異能部は知らないが、殺人鬼───黒伏斬音の異能は、言わば“致命傷の強制定義”なので、斬られた瞬間即絶命の結果となる。失血死ともまた違う死因で命を落とす。
加えて、裏部隊の隠蔽工作で死体も滅多に上がらない為知る者は限りなく少ない。
……筈なのだが。
「ぇ、ぁ…も、ももももしかして……なっ、七不思議の、斬殺怪異……!?」
異能部のサイバー担当、枢屋多世がなにか喚き出した。
「は? 七、不思議? なんで?」
「何言ってんのよ」
『枢屋、知ってるのか?』
「ま、まぁ……、はい。えと、あの、あー、2chで有名、なんです」
曰く、魔国アルカナ七不思議。
───影
───門
───妖神社の人喰い大鎌
───霧の中の12区
───彼方から聴こえる存在しない神の聖歌
───人面鳥
───深夜外に出ると、妖刀を持った少女怪異に斬られて殺される
何処か聞き覚えのある謎に一同耳を傾け、該当している死神のキョトンとした横顔を眺めながら多世に続きを催促する。
……死体を幾ら誤魔化そうが、不憫な目撃者をどれだけ減らそうが、何処からか派生した噂と結びついて本物に、且つ広まってしまう。
とある中間管理職が知らない間に殺した死体の発見から始まった、嘘偽りのない……怪異ではなく人であるという点を除けば真実である恐怖。
いつからか存在するのか、姿形もわからない……言わば現在のジャック・ザ・リッパー。
多世は何度もつっかえながら、己の知る情報を一つ一つ伝えていく。
「そ、その……興味半分、怖さ半分で調べたんです。そ、それで、その……個人的に調べたら、この前、実在してる人物だってわかったんですぅ……」
「へー」
『……怪異とか空想ではないのか』
「い、いい、今もご存命ですぅ……と、歳下の……」
「……えっ」
「えっ」
過去の殺人鬼を元ネタにした噂話だったのか〜と誤解し楽観視していた一絆は、現存を知って驚愕。まさかの現在進行形。他の面々も、恐怖で思わず身を竦ませた。
だって、それが本当なら……この事件の裏側には、その少女がいるわけで。
なにそれ怖い。軽率にマジモンの人殺しの噂を曲解して流さないでほしい。
そして歳下。多世は何処でなにを調べたのだろうか。
「……そのナナフシギとやらがなんなのかは知らねェが、オレらの仲間を殺したのは、ソイツだ」
『思い出したくもねェ……』
『ぅ、兄貴たち……オレが見つかったせいで……オレの、オレのせいでぇ……』
『うるせぇ!』
ジョム曰く。異能結社へ復讐する為、各地で盗みを働き資金集めに専念していた、あの日。その晩も金集めの為に襲撃予定地を選び、その地へ足を運んでいた……
のだが。
その時、月明かりに照らされて、路地の暗闇から一人の少女が現れたのだという。
足音もなく、気配もなく、静かに現れた。
最初に気付いたのは、暗がりに怯えて視線を配っていたオーケン。あまりの恐ろしさに悲鳴を上げ、同僚や上司が胡乱気な視線を向けた、その時……
「『 ───みぃつけた♡♡♡ 』」
聴いた人間の脳をとろりと溶かす、酷く甘えるような、蕩けるような、不可思議に脳を犯すおざましい声色で……裏社会を生きた男たちを見て、一鳴き。
決して、夜な夜な男漁りを趣味とする娼婦とは違う声。
ただただ、人を斬りたいナニカ。新品の試し斬りとか、大切なモノを取り返しに来たなどでもなく。ただ無作為に人を殺す為に夜を徘徊する、死に愛された一人の女の子。
フラフラと足取り悪く、殺意だけは濃厚な───…
「……え?」
ジョムの想起を遮るように、姫叶の悲鳴が小さく響く。もう諦めて、少しでも情報を落としてなんとか助かろうと画策していたジョムは、話の邪魔をしやがってと舌打ち、姫叶の方に目を向けて……
鋭利に細められていた瞳を、大きく開けた。
「な、ん……で……」
ジョムの脳裏には、3日前からこびりついたイヤな声がある。
笑いながら仲間を殺した、あの女の声が。
血混じりの死声が───茫然とするオーケンの眉間に、刀を突き刺すその姿が……
過去の想起と、現実にある景色と───リンクした。
『なっ……!?』
音もなく、気配もなく。異能部が周りにいて、隙もない囲いの真ん中で。
捕らえた異能犯罪者を殺すという、無音の殺人。
本来ならばありえない、不可能な所業をやってのけた、ざんばら髪の黒い少女。オーケンの頭蓋を綺麗に貫通する刃を、眉間から引き抜いて、笑う。
ただ作業的に。無言で、無表情で、少女は殺めた。
「あはっ♡」
絶句する有象無象の前で。お得意の無音接近と殺人技で獲物にすら気付かれることなく、最低最悪、魔剤で思考が吹っ飛んだ殺し屋。彼女は待ちに待った前菜を摘み食う。
趣味の一環、お遊びの感覚で。
刀の錆にならず、己の欲求の糧にもならない、一等一番つまらなくて、退屈な肉袋を刺し殺した。
声も出せずに絶命し、崩れるオーケンの死体を足蹴に。彼女はメインディッシュを平らげにやってきた。
「2人♡ 2人♡ あっとふったりぃ♡♡♡」
これからが楽しいのだと、斬殺を趣味と、快楽だとする狂人が、お目当ての敗残兵を見て心から嬉しそうに、もうたまらないといった笑顔を浮かべる。
虚無感に満ち溢れた無表情は、狂った笑みを描き。
血を浴びて、死を与えて、恍惚感に震える少女。愉悦に溺れる快楽殺人鬼。
七不思議にも数えられる、怪異の如き生き地獄。
「でもでも〜♡ なんか他にも、斬りがいありそうな人が、い〜っぱいいるなぁ〜♡ あはっ♡♡♡ わくわく♡ これは退屈しないかも〜、ねっ♡♡♡」
黒彼岸の懐刀、黒伏斬音が、血染めの夜を連れて来た。
◆◆◆
───同時刻。修羅場勃発中の廃工場屋根上にて。
「やばたにえん」
「ねぇ、こっち見て……ママってどういうこと?」
「落ち着いて。甘言に惑わされるな」
「うんうんそうだね。で、いつママになったの?」
「正気に戻れ勇者! オマエの理性はその程度か!?」
「それはそれ、これはこれ」
「誤解だから!!」
目をぐるぐる渦巻かせる勇者と、未だに解けない誤解で窮地に立たされ、全力否定する魔王が……
修羅場からなんとか戻ってくるまで、あと3分。




