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まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.2「ふたりぼっち+α」

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02-23:アナタの傍にきっと来る


「ん。多世、場所どこ」

「えっえーっと……ここ、ここです、ここ…ひっ、ひぇ、か、顔が近いいぃぃぃ……」

「ん。ありがとう」


 魔導具“立体機動六番兵装”で、ぴょんぴょん飛び跳ね、第2新日本都市の路地を駆け抜ける異能部一行。マフィア崩れの強盗団が潜むアジトに着々と近付いていく。

 運動不足で躓いて、弥勒先輩に抱えられることになった多世先輩はガチ恋距離に戸惑い、呻きながら端末で地図を広げて場所を示す。

 やっぱ素人は定期的に使わなきゃ怪我するよこの靴。

 でも先輩のできなさ具合はすごい。特例で異能部入りが強制されただけはある。あの一絆くんでさえ、ある程度は使いこなせるようになったのに。

 ……それにしても、万年無表情の多世先輩って、なんか昔のボクに、魔王時代の前世の顔と似てるよねぇ……

 知らん人が見たら生き写しと勘違いしそうだ。

 あんなほわほわ雰囲気見れば別人だってわかる程度には差異があるけど。


 ……差異、あるよね? そんな空気ボクは纏ってない筈。


「基本、琴晴くんと洞月くんには遊撃に回ってもらって、我々の意識の外からの攻撃の阻止、膠着状態に陥った時の強硬的打開策、第三者の乱入妨害……これは、2人が他のメンバーよりも突出しているのもあるが……まぁ、理由は言わないでおこう。敢えてな」

「成程、難があるってことっすね?」

「んんっ……ここだけの話、独断専行がすごくてな」

「聞こえてますけど」

「あはは……なんかごめんなさい」

「改める気は?」

「「ない」」


 学院から割と近い位置に沈んだ工場地帯を目指す傍ら、対異能犯罪の戦闘陣形を一絆くんに、玲華部長があれこれ教えている。フォーメーションを組む注意点や動き、敵の見方や誘導法、もしもの為の逃げの選択肢。

 実践で学ぶ形式になるが、基礎的な知識を短時間で彼の頭に叩き込んでいる。

 なんかさり気なく褒められた上にディスられたけど。


 勇者は兎も角、魔王を連携に組み込もうとするな。


 ……異能部は軍じゃないから、制約付きでも結構自由にやれるんだよね。だから部長の采配で好きに決められる。勿論ボクがそれに付き合うことはないんだけど。

 隣の地下帝国みたいに無理徴兵して戦力増やす強制も、軍隊みたいに足並み揃えて死にに行けなんて縛りもない、結構緩い国なのだ。

 締める時は締めろって感じ。

 何処ぞのアメリカはマジの軍隊風味だからね。

 日本……じゃなくて、アルカナももしそんなんだったらボクは笑顔で即抜けしてたけど。


 とにかく、部員みんなでカバーし合うから、ボクたちが好きに暴れたっていいってことだ。

 色々問題はあるけど、そういう感じで良いのだ。

 誰かが死にそうになったら、元勇者の日葵さんが全力で皆を助けに行くし。もう空飛んで、ビューンって来るよ。数キロ離れた距離を一瞬で来て皆をドン引きさせてたのは本当に苦い思い出だ。超人認識されるから隠せよ。

 ……もう手遅れな気がしなくもないけどさ。靴使わない移動方法やめなよね。


『───そろそろ座標周辺区域に入る、気を引き締めろ』

「ッ、了解!」


 と、いったところでドローンから副部長のアナウンス。もうじきアジト周辺に着くみたい。

 ……このドローン複数台用意して、爆弾乗せるか?

 特攻兵器として優秀な武器になると思うんだけど。もう中東の紛争では使われてたような気がしなくもないし……提案してみるか?


「ダメだよ」

「だから軽率に心読むな」

「えへへ」


 褒めてないぞ。照れるな。ええい鬱陶しいぞ離れろ。


「相手は手練、それも、チームでの集団戦を得意とする。故に今回もいつも通り……」

「ん。奇襲」

「そうだ。分断できれば各個撃破だ。いいな?」

「はい!」

「りょ〜」


 返事をしながらチームを3つにわける。まず真正面からアジトに突入する玲華、一絆、弥勒の第一チーム、伏兵を仕留める為に裏手から回る姫叶と雫、多世の第二チーム、そして遊撃のボクと日葵の第三チーム。

 毎度の事ながら廻先輩は学院で司令塔を務める。

 戦闘能力が高い三年生は初戦の一絆くんを守りながらの戦いになるけど、まぁ心配はいらないだろう。第二チームも心配はない。雑魚に見られがちな多世先輩も、やろうと思えば廃人作り放題な異能の持ち主だし、三年も異能部で戦っている下地があるから、死ぬような心配も不必要。

 怪我はするかもだけど。肉体強度は普通だし。

 んま、今回の相手は殆ど死んでるし、問題ないっしょ。信じてるよ先輩♡


 そんじゃ、ボクと日葵はいつも通り好きなように動いていきますよっと。

 ……日葵にだけは4人死んでるって話しとくか。


「わかった?」

「なにが?」

「こーゆー時に心読めよ」

「無理……」

「はぁ???」


 なんだこいつ……肝心な時に役立たねぇ……


 ちなみに、ここに来るまでちゃんとバス使ってきたよ。乗り捨ててきたけど。うそ、ちゃんと帰らせた。自動運転様様ってヤツだ。

 第2新日本都市に入ったら徒歩で移動になんの、ほんとめんどくさい。

 ……んー、まぁ跳ぶの楽しいからいいかな。取り敢えず楽しくやろう。


 そうだね、今日も今日とて高みの見物でもしますか。


「気分はフィクサー、ってね!」

「今の真宵ちゃんに黒幕要素ないよ……?」

「黙って」


 悪巧み、されるのは嫌いだけどするのは好きなんだよ。






◆◆◆






───その男たちは、生まれも育ちもなにもかも、なんの変哲もない普通の人間たちであった。ほんの少し普通との差異を上げるならば、裏社会に身分を置いていたことと、異能力を持っていたことだろう。

 それなりに悪巧みして、稼いで、昇進して。

 気付けば地元以外でも悪名を轟かせるマフィアに勧誘、功績を積んで幹部にまで成り上がった。

 順風満帆。結果を出せば文句無し、成功しか見えない。そんな毎日だった。


『平伏せよ。服従せよ───その身を引き裂き、貴様らの穢れた血肉を捧げよ。我らが方舟に、主たる“星杯”に』

『───さぁ、楽園の礎となれ』


 それは少年だった。身なりの整った富裕層の人間にしか見えない……それでいて、男たちを睥睨する紅い魔瞳に、底知れぬ力を輝かせる怪物であった。

 ただの若造とは到底思えない、支配者の如き来訪者。

 配下を引き連れ、物言わぬ骸となった頭目を足蹴りに、号令と共にその華奢な右手を天に掲げ……


───無慈悲に、無感動に、王の裁きを下した。


 殺戮の夜明けが地上を照らす。建物に生け花を咲かせる薔薇の刺突、大気に散布された爆発粉塵、夜空を覆い隠す黒染めの雨雲、あらゆるモノを食い尽くす紫煙の龍……

 血煙が立ち昇る戦場を飛び交う、千差万別、おぞましき異能の展覧会。

 周辺の反社会的勢力を吸収した挙句、国すらも飲み込む大進撃を魅せた老舗マフィアは、とある島国を拠点とする新世界最古の異能結社によって滅ぼされた。

 事前告知も、宣戦布告もない。無慈悲な血の夜に。


 異能結社“メーヴィスの方舟”。異国で勢力を増していたマフィア相手とはいえ、かの結社はこの組織のことなんて眼中にもなかった。無かった、のだが。

 ある日突然、マフィアである彼らを贄に選んだ。

 その経緯も、理由も、殺される側である無法者たちには知る必要も機会も与えられず。


 好きなだけ狩り尽くして、奪って、食い尽くして。


『……もういいや。どうせ取り零しがいても、全て些事』


 玩具に遊び飽きた小さな怪物は、配下たちの殺戮の宴に静止を入れて、搾取された無法者の血で彩られた瓦礫の山から立ち去った。

 かすり傷一つない配下を引き連れ、何事もなかったかのように。僅かに残された塵芥には興味を示さず、高貴なる手を下すまでもないと嗤い、血煙の向こうに消え去った。

 一方的な蹂躙は、王の気紛れで幕を閉じた。


 生き残ったのは、幹部を含め……たったの16人。


 恥も外聞もなく逃げ惑い、300を越える仲間を見捨てた敗者のみが、無様を晒して生き残った。

 彼らはある意味幸運だった。

 あの少年が帰還命令を下さなければ、更なる殺戮の中で無惨に殺されていただろう。少年が退屈を感じて、退去を選ばなければ死んでいた。生き残りの確認を怠ってくれたお陰で、彼らは生き延びた。

 ……命が無事であっただけだが。

 地位も財産も、居場所までも。その身以外の全てを男は失った。


 朝日を拝めた。泥だらけ傷だらけ、血だらけの男たちが明日もわからぬ恐怖に震える。

 そんな彼らを襲う悲劇、絶望はそれだけに終わらない。


 悲嘆に暮れ、絶望に沈むも、男たちに猶予など残されていない。逃げるようにその場を離れた。何故なら、崩落に崩落を重ねたアジト跡地に居続けるのは危険だったから。

 騒ぎを聞きつけた警察が駆けつけて来たのだ。

 脳裏に焼き付く亡き弱者の悲鳴が、残虐に、無差別に、監禁されていた女子供さえも、等しく殺していった方舟の殺戮者たちの笑い声が、逃げる男たちの脳裏を反響する。

 そう、地獄には更なる地獄を。

 犯罪組織同士の抗争と見立てた警察機関は、生き残りを捕らえて少しでも情報を搾り取らんと捜査を進め、無様に逃げ惑う男たちを執拗に追い詰める。

 捕まれば拷問、捕まらなくても生き地獄。

 逃げ場を失いつつあった男たちは、少しでもの可能性を求めて後者を選び、死力を尽くして国外逃亡を決行。

 そして。


『ハァ……ハァ……生き残りは、オレたちだけか』


 多大な犠牲を出して、7人の男が廃船で息を荒らげる。


『……ジョム、無事か?』

『なんとか……生きて、る、ぜ……死にそうだ……』

『腹、減った……』

『おいオーケン、なんか出せ』

『リンゴなら……ありやす……』

『でかした』

『───腐ってんじゃねェか!』

『すんませんッ!』


 生き延びれたのは、幹部3人と、彼らと深酒に付き合う関係にあった構成員4人のみ。偶然にも、異能を保有する者たちだけが生き残った。空間転移のロバーツ、砂を操るジョム、超再生のバオバブ、肉体硬化のライアット、空間収納のオーケン、気配を消せるカイム、鎌鼬のユン……

 組織の中でも腕利きの上澄みだった、異能使いたち。

 幹部だったロバーツ、ジョム、バオバブの3人は警察の追っ手を撒き、上手く生き残れた今を仲間たちと祝福して祝いながら、今後どうするのか会議する。

 はっきり言って、詰みも詰み。暗雲は常に立ち込めて、彼らの未来は閉ざされたまま。

 軽口を叩いてはいるが、皆心中穏やかではない。

 血と裂傷、土汚れで表の街を歩くこともままならない。かつて裏社会で名を馳せた身としては、後ろ指を指されて行動するのは癪に障る。

 罵詈雑言とスラングが飛び交う会議は、漂流されて島に流れ着くまで続いた。


『……なぁ、オマエら。このままやられっぱなしってのも悔しかねぇか?』

『あァ? 今更なにを……ロバーツテメェ、まさか』

『……アルカナに行く』

『!?』


 生き残りの中でも幹部の纏め役を担っていたロバーツの提案に、一同は目を瞬かせる。それは復讐。己らを破滅に追いやった、異能結社に捧げる怨念。若しくは、助かった命をドブに捨てる無意味な特攻。

 ただ逃げるだけはプライドが許さない、マフィアとして生きた男の結論。

 同調すべきか反対すべきか。仲間の決断は早かった。


『……しゃあねぇな。癪だし、一発ぶちかまそうぜ』

『お、オレは皆についてくぜ……!』

『震えてんじゃねぇか……ったく、いいぜ。やろう』

『かー! 死にたかねーけど、メンツがなァー!』

『取り敢えずあのクソガキは絞めたい』

『わかる』


 男たちは、『復讐』の道を選んだ。


 それからは海を渡った。何度も死にそうな目に遭って、悪運良く生き延びた。漂流して、漂着して、無人島脱出や食人街からの脱出、密航から密入国まで。飲みたくもない泥水を啜り、想いを一つに戦い続けた。

 男たちは裏社会での生き方しか知らない獣である。

 表で上手く生きていける自信もなく、考えを改めるなどありえなく、生き方を変える選択すらできない愚か者たちである。


 苦節3ヶ月、死にものぐるいで新日本アルカナ皇国へと男たちは辿り着いた。

 メーヴィスへの殺意と復讐心、恐怖のみを抱えて。


───金がなかった。

 覆面をして、施設を遅い、生きる為、戦う為の資金を。

───飯がなかった。

 奪って奪って、必死に食いつなぐ。

───家がなかった。

 空想の攻勢により一夜で崩壊した廃都に潜み、入り組む都市開発の名残を拠点に、復讐計画の決行を、今か今かと待っていた。


 全てが順調だった。天上に御座す神が、彼らの復讐心を肯定しているのではと錯覚する程に、事は上手く進んだ。

 進み過ぎた。

 彼らは気付かなかった。掴んだ選択肢が、毛色だけ違う地獄への片道切符だと。アルカナの、特に魔都の暗闇が、何処よりも血の気の濃い魔境であることを。

 知らず、気付かず、理解できず。

 最早死ぬ以外の道がないという運命を、彼らは最後まで気付けなかったのだ。


『ばぁ♡』


───あの日、人の形をした“死”に出会うまでは。






◆◆◆






「既視感強いな」


 組織崩れの強盗集団相手に、過剰と言ってもいい戦力。部員全員を導入して、旧首都圏を訪れた異能部は、一絆を中心に陣形を組んで前進する。

 今や裏社会を担う基軸と化した第2新日本都市は、国内国外問わずに多くの犯罪者や浮浪者が潜み、こっそり日夜生活する場となった。

 件の強盗は、廃都外周部にある廃工場にいるのだとか。

 複雑に入り組んだ急激な都市開発の名残を踏み越えて、迷宮を空から見下ろすように駆け抜ける。

 3つのチームに別れた異能部は、道を別れて別行動。

 正面突入チーム、裏口占拠チーム、自由遊撃チームに、戦力をできるだけ分散して振り分けた。既に日葵と真宵の居場所は司令室から確認することもできず、いつもの如く行方を晦ました。

 何故か2人は廃都に精通しているようで、6人が知らないルートで好き勝手に動いているらしい。連携とは。

 元とはいえ流石は勇者と魔王。自由すぎる。

 ……勇者がそれでいいのだろうか?


「見覚えが?」

「ありまくる……うわ、あんなんになるんだな」

「第2都市は旧特区、魔法震災が起きる前の東京の残骸をそのまま流用して、失敗したようなものだからな……君が既視感を感じるのも無理はないな」

「ん。諸行無常」

「そうだな」


 現在一絆たちが暮らす第3新日本都市の外周部に広がる旧関東平野の廃墟と海、そして第2新日本都市という別の空想災害によって廃棄・遷都された空想の狩場。

 どちらもそのまま残っている、という点では同じだが、その有り様は大きく異なる。


 旧東京二十三区の上に建てられた新都市である魔都は、二つの残骸の上に立っている。アルカナの平穏が守られているのは、特殊な結界ありきの話だ。

 守られている空間から一歩外に出るのだ。危険を承知で治安維持に回るのが、異能部の仕事。

 ……先日その結界の内部に空想が湧いたのは、近年稀にない前代未聞の珍事、大事件であった。やらかした元凶は世論を賑わせた大罪人として捕まるべきである。

 センセーショナルな事件として、連日討論番組が組まれ騒がれているのは言うまでもない。


 目を巡らせれば、廃屋や廃ビル、もう何十年と使われていないことがわかる景色が一絆の目に入る。

 首都圏の真横に廃墟が広がっていることが目新しい。

 先導する玲華と弥勒の背を置いながら、一絆はついつい廃墟を目で追ってしまう。


 別世界の東京の姿を知っている一絆は、その変わり様に驚嘆と、ほんの少しの悲しみを覚える。なにせ見たことがある景色がちらほらとあるのだ。観光や旅行で見た建物が残骸になっているのは、口には言えぬモノがある。

 記憶の建物と一致できる己の記憶力の高さを自賛して、ほんとはここに並行世界なのだと実感する。

 改めて、現実を突きつけられた気分である。


 そんな一絆の気の緩みに気付いた玲華は、仕方ないなと憂いを感じるも、ここは危険地帯。気を引き締めさせる為一絆に檄を飛ばす。


「望橋くん、気持ちはわかるが今は集中したまえ」

「あっ……すいません……つい」

「ん。わかる」

「こら……よし、では今度、魔都観光とでも洒落込もう。みんなでな。私たちが思うアルカナのイチオシを教える、というのはどうだ?」

「! おぉ〜……是非! すげぇ興味ありますそれ」

「ん。楽しみ」

「そうか。じゃあそれをする為にも、今はしっかりと気を引き締めるように」

「はい!」


 未だアルカナのことを、異世界と隣合う新世界のことを知らない一絆の前に、餌を吊るしてやる気を上げながら、玲華は苦笑を噛み殺して足を進める。

 弥勒も無表情ながらほくほくと嬉しそうな様子。

 別ルートで行動している裏口占拠チームも、一名を除き賛成している。出不精である多世に拒否権などない。強制参加である。


『勝手に決めないでくれ。予定を組むのが……まぁいい。そろそろ目標地点だ。見張りに注意しろよ』

「あぁ、了解した。望橋くん、足音に気をつけて」

「うす……」


 廻の指示でアジト付近で立ち止まり、人目に注意して、足音を立てずに接近する。

 ……やがて、それらしき建物を見つけた。

 玲華がまず物陰に隠れて遠目に観察。弥勒と一絆も縦に顔を覗かせ、敵アジトを視認した。


「……工場?」

「製鉄所だな。所有企業は空想災害で倒産したが、工場は取り残されたんだ」

「ん。不法投棄」

「言葉違うと思います」

「ん……」


 弥勒が呟いた通り、廃棄と同時に潰せば犯罪の寝床にはならなかっただろうが、そう上手く事が進まなかったのがここら一帯である。腐敗と怠慢、破壊による財政の傾き、頻繁に空想が現れて危険だからなど、様々な問題があってアルカナは今日も終わっている。

 一絆が思っている以上に魔都の闇は深いのである。


 そんな第2都市に残された廃工場からは物音一つせず、鴉の鳴き声のみがスラムに響いている。カラススレイヤー弥勒がウズウズしているが、玲華は片手で衝動を抑えて、突入の準備を整える。

 まず最初に、裏手に先回りした多世に、異能を使わせて敵アジト内部を探らせる。

 すると。


『えぇっ、えっ、えぇ……ううん、んん……あっ、その、えーっと……あの〜』

『なんだ枢屋。どうした』

「ん。何か問題?」

「多世、報告を」

『そ、その……さっ、3人しか、いないんですぅ……』

「何?」


 多世の報告を信じるのなら、屋内にいるのは3人のみ。ここで玲華と廻は相手が此方の存在に気付き、囮を置いて逃げたのか、罠を張っているかの二択を想定する。

 ……しかし。

 枢屋多世の異能【脳波干渉(サイバージャック)】───電子機器を媒体にし脳波と接続した機械を操ったり、相手の思考を操ったりと色々できる規模のおかしい異能により、何故か再現できたエコーロケーションの真似事で廃工場を再探知した結果、多世は更なる異変を発見した。

 戸惑う声を上げて、多世はありのまま情報を伝える。


『あと、それと……工場に、いる、人の精神状態、が……すっごく……悪いんです。こう、虚無というか……絶望、でしょうか……』

「……罠の有無は?」

『脳波を当てた感じ、そういう、のは……機械式の類も、ないみたい……?』

「……ふむ」


 報告の内容に、玲華は鋭い目つきで廃工場を睨みつけ、頭の中で情報を精査。部室で同じように頭脳労働していた廻と内々に議論を交わす。

 その最中、突入しようぜとソワソワする弥勒を宥めて、心配そうに伺う一絆に自信満々の笑みを返してやるなどの重労働を並行して。

 そして、廻と共に玲華は決定を下す。


「『───よし、突入』」

「ん。了解」

「りょ、了解!」


 取り敢えず正面突破して、内部を確認することにした。


 アジトの入り口は鉄製の扉が塞ぐだけで、ゴミを詰んだバリケードなどはない。完全に閉じられているが、大した偽装などはなく、潜んでいるにしては不用心だ。

 改めて罠の有無や監視カメラの存在を確認して、なにも置かれていないことに疑問符を浮かべながら、遂に3人は廃工場の扉を開け───…


「ん。お邪魔します」


 弥勒が蹴り破った。


「は?」

『はぁ……』

「……」


 あいつやりやがったと重苦しい沈黙がその場を流れた。


「平気……じゃないよなこれって」

「大問題だ。流石は弥勒、最悪を通り化して災厄だ」

『上手くないぞそれ』

「……酷くないか?」


 もう気付かれるのは仕方ないと、玲華たちは弥勒の背を追いかける。

 工場内は砂や機材が散乱しており、非常に汚い。

 一絆は思わず口元に袖を当て、鉄を叩く足音のみが響く通路を駆け回る。

 そして、製鉄に使われていた大型機が放置されたままのだだっ広い部屋に辿り着いた。


「ぐ、グリムリーパー……!? た、タスケテ……」


 そこには異能で大鎌を顕現させ、なんかもう振り下ろす気満々の弥勒と、腰を抜かして後退りする外国人がいた。

 拙い日本語で話す彼は、ビクビクと怯えた様子。

 恐慌状態の彼の後ろから、遅れて襲撃に気付いた外国人男性が2人、慌ててこちらに向かってきていた。


『下がってろオーケン!』

『ジョ、ジョムの兄貴……ひ、ひぃ……!』

『おいおい、場所バレたんかオレら!』

『クソがッ!』


 廃工場に潜んでいたのはジョムとオーケン、ユン3人。幹部のジョムは真っ先に現状を把握して異能発動の体勢に入り、ユンは困惑しながら目の前の少女を睨むつける。

 弥勒の大鎌は確かにオーケンがビビる代物だ。

 なにせ命を刈り取る死神の武器だ。先日襲ってきた女の刀同様、死を想起するのは無理もない。

 玲華の日本刀に、弥勒の死神の鎌。

 知らぬまに残党3人のトラウマを刺激しながら、玲華は告げる。


「異能部だ! お前たち3人を連続強盗事件の容疑者として逮捕する!」

「ん。殺す」

「違う違う違う違う」

「抵抗せず、大人しく手を挙げろ。無理ならば、多少痛い目を見てもらうぞ」

『チッ、クソが……!』

『?』

『日本語わからん』

「……通じてなくないかなアレ」

「……もう一度言うか」


 罪状を言い直して、玲華は国際指名手配犯3人を睨む。日本語に明るくないユンとオーケンも、宣告された内容に顔を顰めて悪態をつく。

 苛立ちと恐怖、焦燥が、短気なジョムたちを震わせる。


『ガキ使った軍隊じゃねェか。ふざけやがって』

『もうダメだ、おしまいだぁ……』

『イノーブってヤツらか! くっそ、ホントにオレらついてねェな!』


 どうやら異国でも、そして裏社会でも、異能部の勇名は轟いているようだ。


『ケッ、捕まるわけねェーだろうがッ!』

『あーあ、ヤル気になっちゃって……んまぁ、姉さんら、オレらんこと舐めんなヨー?』

『ぁゎゎ……』


 母国語でお互いを鼓舞し、叱責し合いながら、ジョムは工場内にわざと散乱させていた砂を操り、流砂を浮かせて攻撃態勢に。ユンは傷だらけでろくに治療もできていない両腕に風の魔力を込めて、真空の刃をその身に纏う。

 オーケンは空間からチャカを取り出し、弱々しく握る。

 強盗団の主戦力は、あくまでも抵抗を続ける。なにせ、こんなところで終われないから。

 生きて、復讐を。殺された仲間の分まで、生き延びろ。


「まぁ、そうなるか───総員、戦闘開始ッ!!」

「ん。了解」

「っ……よし、行くぞ、精霊たち!」

『〜!』

『〜♪』


 玲華は刀に雷を纏わせ、弥勒は死神の鎌を正面に構えて対峙する。一絆も【架け橋の杖(アルクロッド)】を顕現させ、光の精霊と水の精霊を召喚して戦いに出る。

 砂と雷、風と大鎌、光と水。色彩豊かな魔力が、異能がぶつかり合う。


───異能部と犯罪者、戦いの火蓋が今切り落とされた。






◆◆◆






「どっこかっなー♡こーこっかなぁ〜♡♡♡」


 月明かりが照らす暗い夜道を、一人の少女が練り歩く。小鳥が囀るような空気感で、己の欲求を満たす為に、一人楽しく廃都を彷徨う。

 ───血色に輝く紅い刀身の刀を引っ提げて。

 死に愛された殺人鬼。3日前に取り逃した、斬り甲斐のありそあな獲物を探し求めている。

 途中途中で浮浪者を斬り捨てながら、黒い少女は歩く。


「あ〜っとさ〜んにーん♡どこかなぁー♡?隠れちゃー、ダメだよー♡?」


 死体処理をしてくれる大好きなリーダーも、血で濡れた顔を渋々拭いたり、ご飯に連れて行ってくれる狙撃手も、今日ばかりは一緒にいない。

 いないのだから、好きにしたって良いのだろう。

 少女はそう結論づけて、夜の魔都に踊り出た。


 異能【死閃視(デッドライン)】───致命傷となる線を勝手に作って、切りつけた相手を強制的に絶命させる、死の力。

 死を付与する、死を刻む、死を届ける、最悪の異能。

 おぞましい死の力をもって、最悪を更新し続ける少女は笑う。


 笑って笑って笑って……今日も元気に生きている。


 方舟が作った死の怪物───“魔仰(まぎょう)死瞳(しどう)”黒伏斬音が、惨劇の夜を求めて……


「……ここかなぁ〜???」


 戦いの音と人の気配がする、廃工場を目に入れた。


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