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まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.2「ふたりぼっち+α」

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02-20:ある家族の形


「ねーぇ、おじさん。最近全然帰って来ないけどさぁ……ボクたちのこと、蔑ろにしてない?」

「そうだそうだー。私のご飯食べてよ」

「いやー、あはは」


───時は少し経ち、昼休みの王来山学院。

 重厚な作りの学院最深部、悪人が襲撃しても滅多なことでは陥落しないそこに、真宵と日葵はまたもやアポ無しで突撃した。

 保護者である都祁原時成に会いに来たのだ。

 鴉娘のこーねを塔に送り届けた後、ふと父との家族愛を思い浮かべた真宵は、そのまま衝動で学院長室に直行し、日葵もなんとな〜くでついて行った。

 途中で道を逸れそうになったが、2人は無事到着。

 ノックも返答も聞かずに、学院で一番偉くて一番忙しい父親の元に呑気な顔で訪れた。

 一絆は購買のパンを賭けて藍杜たちと乱闘中である。


 ちなみに、ここに辿り着くまでに電灯4つ、床タイルを幾つか割って来ている。

 修理費用は時成持ちであることは、公然の秘密である。


「こっち見よーね」

「ぐふぅ」


 冷や汗をかいて目を逸らす時成を、真宵が頬に手を添え強引にグイッと正面に向かせた。


「いてて……まっ、待ってくれ真宵。鳴っちゃいけない音鳴ってるからッ、ゴキュッて言った! 言ったよ!? 日葵助けてッ!!」

「難聴だよ。うんうん……はっ! おとーさん遂に……?」

「やめんか私はまだ若い! ピチピチの五十代だ!」

「それは若いって言わないと思うな、私」

「う、うちの子たちが酷い……」


 御歳56歳、悲痛に嘆く保護者に向けて、言葉と心の刃を容赦なく突き刺す2人。擬音で言えばグサグサザクザク。

 割と本気で帰りを切望している娘らを、時成はなんとか頭を撫でることで落ち着かせる。確かにちょっと、最近は家に帰れてないな〜とか、新しい息子に父親らしいこと、保護者っぽいことできてないな〜とか思ったりするが。

 うん、ちょっと休もう。本当にちょっとだけ。

 時成は反省した。決して、情け容赦のない娘たちからの攻撃が怖いわけではない。


「ちょっとで足りるわけないよ?」


 ほら。日葵は容易く心を読まないでほしい。大変怖い。


「そもそもなにやってんの最近」

「正直に話せば聖剣ブッパはやめてあげるよ。最高火力は神を殺せます」

「持ってないじゃん今」

「見つけたら即よ即。すぐおとーさんとこ行くから」

「斬新な死刑宣告だなぁ……」


───2人の保護者である時成は、養女たちの真の正体を知っている。過去の所業も、輝かしい栄光も、また仄暗い思い出までも。全部全部、話された分だけ知っている。

 故に、真宵と日葵は気安く前世を話題に出している。


 ……この3人が、そしてもう1人の養女である燕祇飛鳥が親子関係を築くまでの経緯は、またいつか語るとして。

 時成を両脇に挟んで、2人は再び父を脅し始めた。


「いやぁね、君たち3人のことを思ってだね……」


 詰め寄る娘たちを前に、言い淀んでいた時成は観念してポツポツと事情を説明する。


「まず望橋くん。今は彼の正体は隠さないと……危うい」


 未だ対面回数は少ないものの、息子として迎えた一絆は存在そのものが並行世界というありえた可能性を肯定する材料となり、下手すれば何処かの研究所に連れて行かれる未来もありえる。というより、魔都に巣食う犯罪組織からその可能性はあってもおかしくない。

 誰かが守らねばいけない。それも力を持つ大人が。

 これに関して時成は適任だった。アルカナ皇国において最大規模を誇る学院のトップであり、政治的権威も彼にはある。加えて娘が元勇者という破格の戦力付き。ついでに元魔王。最強の布陣である。

 突破して来たらもう拍手しか送れないレベルだ。

 ……強いて可能性を挙げるとするなら、身内の裏切りで陥落することだが。


「……並行世界の証明、ねぇ……禁忌の魔法だね、それ。攫われる前にドミィに実験させて、あることないこと証明させればいんじゃね? あいつ、多分もう履修済みだもん」

「本末転倒じゃん。ダメに決まってるでしょ」

「ダメかぁ〜」

「……禁忌習得者が身近にいるの、よくよく考えなくても怖いねぇ。授業免除にしてでも隔離しといてよかった」

「教育者の発言? それ」

「義務教育制度を盾に居座るからねぇ、あの子」

「目に見えて思い浮かぶ」

「特務局にもあるじゃん」

「それな」


 共通の知人を肴に物騒な談笑する娘たちを前に、時成は幾度目かの溜息を一つ。


「日葵に関しては、特に気にしてないんだけどねぇ」


 勇者の転生体。ネームバリューは勇者の中で最も高く、現状エーテル世界の歴史においてもトップ層、メジャーもメジャーな勇者様。それが日葵だ。

 故に、仮に正体バレしてもそこまで心配はない。

 過激な持ち上げにはあうかもしれないが……日葵曰く、英雄視には慣れてるとのこと。面倒なことに変わりないがもう一人と比べればまだマシな方である。


 時成が片付けなければいけない案件は幾つかある。

 学院内部を限定しても、時間や人員を大きく動員すべき問題がそこら辺に転がっている。

 例えば、異能部の新入部員候補生たち4人。

 国の安全を守る為の組織だ。彼ら彼女らの素性は、異能特務局が主導してしっかり調査済みだ。しかし、だからといって補導歴があれば入部を拒む、なんてことはしない。異能部は心を広くもって、犯罪者であろうとも歓迎する。異能持ちが秩序側にいるだけで万歳三唱なのだ。なにせ、昨今の異能者は裏社会で自由に猛威を振るう野蛮人の方が圧倒的に多いのだから。

 そう、裏社会で自由に。例えば……真宵のように。


「言っては悪いけど……一番の問題は真宵、君だ」

「ふぁ?」

「成程納得」


 洞月真宵───裏社会に君臨する異能結社の下部組織、裏部隊“黒彼岸”の隊長。

 バリバリ働いて、アルカナの治安を悪化させる悪党。

 彼女の養父である時成は、真宵が“メーヴィスの方舟”に所属していたことを知っている。そう、過去だけ。養女にする前日に、諸事情で方舟から脱走して逃亡したことを、時成は知っている。

 無論、今も尚裏社会と方舟と関わっているだろうことはわかっているが……地位や立場を含め、様々な真相は嘘に塗り隠されて知り得ない。

 できるのは推測のみ。真宵が黒彼岸その人であることは知らずとも、なにかしら上位のポストにいることは確実に推察、否、確信できる。

 元とはいえ、魔王なのだ。組織上層部にいてもおかしくない。


 ……事実、真宵が謎に包まれた方舟の第二団(アダプト・オーダー)の幹部、黒彼岸であることは日葵だけが知っている。


 そして、今も裏社会と関わりのある、という疑惑のみを把握しているのが異能部と特務局だ。素性調査で養子入り以前の経歴も不明だし、時成も口止めの契約で方舟生まれ方舟育ちである過去を口外できないせいで、異能特務局は真宵を完全に把握しきれていない。

 更には勇者と魔王が史上最悪のタッグを組んで、楽しく偽装工作に励んだのもある。頑張った結果なんだか都合のいい具合に話が進んだのもいけなかった。

 日葵もまた、方舟生まれだという事実を隠蔽できた。

 2人が再会した“地下孤児院”が、謎の出火で存在すらも隠されたことも。


 最終的に、日葵が「戦わないで身体を鈍らせない為」と軽率に異能部に入部申請して、それに真宵も巻き込んだ。スリーアウトどころの話ではない。

 入部後真宵の言動が適当になってボロが出て、ようやく大人や先輩たちが「あれこいつ裏社会出身なのでは?」と遅れて気付いたのがせめてもの救いか。

 といっても、今はまだ要注意人物程度の認識だが……


「ねぇ、真宵。正直に言ってごらん……お前、今どこで、なにをしてるんだい?」


 時成の懸念は、真宵の方舟内通が疑惑から確信になる、なんてことではない。仮に正体が暴かれても、父親として為になることをすると決めている。

 娘を守る為、その所業がなんであろうと手を伸ばす。

 2人がささやかな日常を送れるように、その為に活かす予防策を張りたがる。

 ……だが。


「異能部だよ───くふっ、そう急かすな。都祁原時成。私は私の道を逝く。オマエはオマエを守ることだけを……そうだ、あの日交わした【契約】のことだけを、胸の内で考えていればいいんだ」

「……酷いねぇ」

「……ボクたちが何者か知った上で育てると決めたのは、アナタだろう?」


 紫瞳に浮かんだ斜め十字が、爛々と輝いて想いを拒む。魔王としての本性、己の一面を衒らかしてまで脅しに出る真宵は、例え相手が養父であろうと躊躇いはしない。

 【契約】を盾に、それ以上の干渉を拒む。


「……ごめんね、お父さん」


 これに関しては日葵も口を噤むのみ。日葵は勇者だが、魔王の勇者でもある。真宵がそれを望むなら、ある程度はそちらを優先する。優先順位は真宵の想いの方が上だ。

 勇者ならば時成側につくべきだが……時成も娘の想いをわかっているからこそ、それ以上は何も言わない。

 娘たち也の不干渉、父の守り方をわかっているから。


「くふっ、でも、堕ちる時はとことん底まで堕ちるよ……勿論、おじさんも一緒だから。ひとりぼっちには、ボクがさせないからね」

「やさしいって言えばいいのかな、これは」

「うーん……私が言うのもなんだけど、真宵ちゃんも大概重いよね」

「は?」


 無自覚の“重”を放つ真宵に気圧されながら、取り敢えず肯定した時成は悪くない。魔王モードに入っている真宵の機嫌を損なうのは、経験上不味いことはわかっている。

 三食禁止の絶食を一週間近く強いられた記憶は新しい。


「……まぁ、一番ヤバイのは、ボクが魔王だって世間様に広まることだけどね」

「わぁー、どうなるんだろうね、世界」

「魔王討伐派と恭順派、色々入り交じって混沌として……あはっ、きっと楽しいんだろうね!」

「本音は?」

「立場変わってくれん?」

「「無理」」

「酷」


 この場の全員が最も恐れるのは、洞月真宵の前世バレ。なんやかんやあったと微妙に誤魔化しを供述しているが、真宵が世界を滅ぼした巨悪なのには変わりなく。

 その力は今でも健在、いつでもカオス。

 上記の暴動だけで終わらず、再び魔法震災規模の戦いが起きてもおかしくない。


 まぁ、仮に正体が明らかになっても……真宵が健在ならなんとかなるのだが。


「あー……これでも弱体化はしてるんだよ?」


 そんな補足は今いらない。真宵以外は心底そう思った。


「まっ、たく……まぁ、今はそれでいいよ。それよりも、深夜に外出しているのは流石に擁護できないよ。あとお酒煙草、無免許運転。教育者の私が庇える範囲じゃない」

「ぐふっ」

「魔王云々裏社会云々の前に、その非行は改めないとね」

「がはっ……」


 ド正論三連付ッ! 真宵の急所に当たった! 死んだ!


「……」

「……かーくんが来る前だけど、夜の高速道路をバイクで駆け抜けた時、特務局の情報調査室と交通管制室の二つにそれっぽい後ろ姿見られちゃってるの、知らないでしょ」

「知りませんでした」


 そう、実はこの女、八気筒バイクで無免許運転しているやらかしまであるのだ。魔王として威張っているのは最早幻想としか思えないやらかしである。

 改造愛車たる黒馬“R-Arc006”で、風を感じてみたいと思ったのが運の尽きであった。

 ……尚、明確にお前だとお咎めされていないのは、偏に周りの人物の妨害や隠蔽が働いたからである。真宵は前世から世話になっている親友に心からのお礼を言うべきだ。

 そして、それを呆れ顔で教えられた日葵にも。


「……ごめんなさい」


 あーだこーだ言う真宵だが、別に養父に心配かけるのは本意ではない。ではどうすればと言っても、どうしようもないのだが。本人からすれば、生まれも育ちも最初っから詰んでたいたせいで、八方塞がりな今。

 ある程度自由なうちに、バレない程度に遊ぼう、なんて魂胆だったのだが。

 詰めが甘い女である。最終的には【否定虚法(ネガ・オーダー)】の権能でなかったことにするつもり満々であるが。

 ……それだと学習しないから、後々ドミナに権能封印が施されるのだ。


 そんなどうようもない娘だからこそ、時成は心の底から心配するのだ。前世を隠すことには上手くいっているのに異能部と兼ねている掃除屋はあまりにも雑。

 覆面すらしていない、髪色と瞳色を変えて鋼鉄マスクと軍帽で容貌を隠しているだけ。

 ……まぁ、真宵自身、バレること前提で動いている為、黒彼岸曝露は重要視していないからなのだが。魔王よりも優先度は下がる。


 そもそも、真宵の本懐は己の死。それを念頭に置かねば真相には辿り着けない。

 黒彼岸が暴かれた時が、真宵の計画の始動なのだから。


「まぁ、拾ったぶん面倒はしっかり見るさ」

「まるで犬猫みたいな……」

「ごめん、最初は実際そうだったよ。というか今も」

「……確かに日葵は犬だね」

「うそぉ!?」


 明るい話題で場を和ませながら、時成は父として2人の未来を憂う。

 どうにか娘たちには前世関係なく幸せに生きて欲しい。

 なんだったら異能部もやめて、世のしがらみから離れて自由に生きたっていいと時成は思っている。使命なんかも好きなだけ放り捨てていいのだと。その全てが許されると信じている。

 逃げるのであれば保護者として最大限以上のフォローをするのに。

 だというのに、この2人は今の生活を受け入れている。

 いつ崩壊してもおかしくない、束の間の幸福を享受している。


 ならばそれを守りたい───なんて思う、そんな親心を時成は抱えている。


 故に男は、性懲りも無く娘を引き止める一手を打つ。


「……ところでなんだけど、真宵。この書類にサインしてくれるかな?」

「なに……諦めが悪いなぁ。その手には乗らないよ?」

「わぁ、大胆に出たねおとーさん」

「読まないでよ」

「読むわ。このタイミングでクッソ怪しい紙だよ、これは読まない方がおかしいだろーが」

「……むぅ」


 父として、学院長として、自分ができることを考えて。

 考えた末に、彼が手渡したのは一枚の紙切れ。

 書類の正体を看破した真宵は、ありえない、無理無理といやいや首を振って拒絶する。


「辻褄が合わないよ───潜入任務とか、アホ?」


 洞月真宵は都祁原時成の命令で異能結社に潜り込んだ、二重スパイである。要約すればそんなとんちんかんな話が書かれている、まるっきり嘘しか無い文字の羅列だ。

 拳の中で偽装証拠を握り締め、黒い炎で燃やし尽くす。

 父親の切羽詰まったような、なにがなんでも異能部側のニンゲンにしたがる雰囲気を感じ取って、暫く真宵は頭を唸らせた。


 そこまでして引き止めたいか。諦めの悪い男だ。


「心配してくれてありがとう。でも、いつも言ってるけど大丈夫だから……おじさんの立場が悪くならないような、こっちにだって考えがあるんだ」

「……それこそ大丈夫さ。気にする必要はない」

「甘いんだよ。ボクは末端だけど、影響力はデカいんだ。知らずとも、それはわかるだろう?」

「まぁねぇ……」


 その手段が、痛みを伴うモノであったとしても。


「それでもだ」

「……」

「私がしたいのは、そんな話じゃないんだよ、真宵」

「……でも」

「私の立場なんてどうだっていいんだ。お前が心配すべきなのは、自分自身のことだ」

「……ボク自身?」


 やさしく告げられた父親の言葉に、真宵は理解ができず首を傾げるのみ。


「自己保身なら負ける気ないけど」

「そういうんじゃないんだよね……まぁいいや。これ以上多くは語らないよ。真宵の方が年の功はあるだろうし……これは私からの宿題ってことで」

「いらない……あと失礼。こういう時だけ年下ズラ禁止」

「ははは」


 あとは自分で考えろと、定期的に思考を放棄する真宵を思って時成は笑う。不器用に父親を頑張る時成に、日葵は心からの感謝を抱く。こんなにも自分たちを想ってくれる人がいる。

 その喜びを、感謝の念を忘れないうちに、日葵は真宵の手を握る。


「やっぱり、私たちの父親はおとーさんだけだね」

「ふふっ、うれしいことを言ってくれるじゃないか」

「体のいい生贄だろ」

「本当に酷いね?」

「うーん、あはは……まぁ、私たちの前世問題に否応にも巻き込まれる、って意味じゃ、そう言えなくもないけど。だっ、大丈夫! 万が一は私が守るから!」

「不安だなぁ……」

「護身魔導具ちゃんと持ってる? 無いと本当に死んじゃうからね?」

「あー、これだったかい?」

「それは魔力貯蓄」

「こっちかい?」

「違うね、おとーさん」

「老耄めッ」

「酷いッ!」


 場の空気を和ませようと試みたが、時成の装備のせいで上手くいかなかった。スーツのポケットやネクタイピン、老眼鏡等についた隠れアイテムは数が膨大すぎて、流石に記憶しきれなかったらしい。

 全て養父の安全を考えてドミナに作らせたのに。

 これには真宵もにっこり。あんなに説明したのに八割方忘れていることにキレた。

 日葵も便乗した。


「ところで話戻すけど、いつ帰って来るの?」

「……今日、帰るよ。約束する」

「よーし、指切り拳億針億本の〜ます、と」

「待って死ぬッ! それは死ぬッ! 万と千でも死ねるのに両方億じゃ私死んじゃうよ!!」

「「がんば」」

「ちょっとぉ!!?」


 最後まで騒がしい、おかしな家族のお昼休み。






◆◆◆






「……やっぱり、流石は現役だよねぇ。証拠不十分だから教えれないし、あれだけど。特徴もそっくりだし……絶対清掃活動やってるよねぇ……ほんと手強いなぁ、真宵は」


 椅子の背もたれに全体重を乗せ、窓の外を一人眺める。淹れ直したコーヒーを啜り、学院長室から……自分の仕事部屋からの景色を楽しむ。

 学院の主、都祁原時成は娘たちのことを想い続ける。

 新たに加わった息子もそうだ。見知らぬ途中に来て今、心寂しいだろうに……暫く放置してしまった。養女たちに任せて、蔑ろにしてしまっている。

 忙しさを理由に。これは怠慢である。

 時成は本気で落ち込んだ。父親として、教師としても、これはアウトである。


「勧誘は無理そう、かぁ……真宵め、裏がバレたらなにをするつもりなんだか。おじさん五体満足で生きれるかな、絶対やらかすよ、あの子」

「……」

「……まぁ、そのときはそのときか。私も私で、なんとかやっておこう」


 日葵からこっそり齎された、真宵の裏でやってること。具体的な名称などは教えてもらえなかったが……それでも多少の推測はできる。

 真宵は掃除屋、夜な夜な人を殺めて、未だ闇の中に。

 捜査協力者として手を組んでいる歳下の友人曰く、最近花の名を冠する組織を注視しているのだとか。

 ……やってそう。コードネームもなんかそれっぽいし。


「それにしても……大きくなったねぇ」


 懐中時計を取り出して、時計盤ではなく裏蓋を開ける。そこに貼られているのは幼い頃の娘たちの写真。

 笑顔でピースする日葵と、ムスッとした真宵。

 出会って数週間の、見るだけで懐かしくなるあの日々。今でも鮮明に思い返せる、思い出の一枚。


───あの日の雨空が、大きな雨音が脳裏を掠める。


『ぶたさん?』

『こひゅ……ばか? ばかなの?』

『ぅ?』


 当時、まだ一介の教師に過ぎなかった時成は、重苦しい雨雲に覆われていた春の街を歩いていた。

 本当に何の目的もなく……雨空の下を、ただ一人。

 そんなときに出会ったのが、後々に養子として引き取る2人……煤だらけでボロボロの幼女たちであった。

 あまりにも荒れたその姿を見て、時成は息を飲み……


───ぷるぷるぷる…


 着信音が鳴り響き、時成の意識は過去から現実に戻る。我に返った時成は懐中時計を懐にしまって、椅子の向きを正しながら端末を起動。

 そのまま電話の相手を確認し……苦笑いを浮かべてから通話ボタンを押した。


 あまりにもタイミングが良いと思いながら。


「やぁ、突然何の用だい、浮舟くん」

『───いやぁ〜、お忙しいところすいません。ちーっと急用がありまして……今、お時間空いてますかね?』

「丁度いいタイミングだったよ。図ったかい?」

『そんな能力ないですよ……あったらもっと円滑に捜査を進めれてますよ、俺』

「確かに」

『ド直球』


 電話の相手は───異能特務局局長兼中央統括室室長、浮舟柊真(うきふねとうま)


『すっごいたわいも無い話なんですけどね』


 独り立ちした三人目の養女、燕祇飛鳥の直属の上司で、新日本アルカナ皇国の治安や正義を一手に担う、対異能戦最強兵器。なんて呼ばれ方をしているが、異能が強力な分他が目劣りしていた、努力で勝ち取った男。

 局長となった時成の元教え子は、今や仕事辛いねで共に酒盛りするぐらいには良好な関係が続いている。

 そして……


『ちゃんと休んでます?』

「君もかい」

『飛鳥がうるさくて……まさかそっちも?』

「こっちもだよ」

『ですよね〜』


 時成が捜査協力者として手を結ぶ、歳下の友でもある。


『ホントに何者なんです、あなたの娘さん方。飛鳥なんかもうエースですよ。室長任せてもいいの太鼓判。年齢以外文句なしって老害共が言うレベルです』

「それはすごい。ま、飛鳥が強くなったのは私のお陰じゃないから、なんとも言えないんだけどね」

『あー、そういやそうか……いやわかんねー。学生時代の異能出力跳ね上がりすぎでしょ。絶対どっちかが悪さしてますって』

「ははは」

『笑いごとじゃないんだよなぁ……』

「でも、飛鳥はいい子だろう?」

『そりゃもう。お宅の疑惑ちゃんを矯正するんだーって、なにも知らないのに張り切ってますよ。あれ、わんちゃん伝えたら大喧嘩始まるんじゃないです?』

「アルカナが更地になるねぇ」

『……マジで言ってます?』

「防災しなきゃね」

『ウソだろ……』


 真宵vs飛鳥vs日葵の三つ巴大戦、このあとすぐ(嘘)。


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