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まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.2「ふたりぼっち+α」

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02-19:子鴉の泊まり木


「くぅ、くぅ……くぅ……」


 裏部隊の切り込み隊員、黒伏斬音が帰りに拾ってきた、鳥脚と鴉の黒い羽を備えた女の子。黒い髪の毛は不清潔でボサボサで、纏う衣服は全体的に汚れが酷い。

 それに相手は十に満たない幼女……完全に事案である。

 誘拐事件になんないよね、これ。不安になってきたよ。蓮儀と一緒に頭を抱えるしかない。


「オマエ、子供の気を引くアイテムでも持ち歩いてる?」

「ないよー♡ あるわけないじゃん? 子どもなんて、まず斬り甲斐がないもん♡♡♡」

「理由が残虐だな。精神科に送ろう」

「匙投げるよ多分」

「ひどくなぁい♡?」


 刀をチラつかせるな。オマエの異能が乗った斬撃って、意外と痛いんだよ。ボクだから死なないけど、死を与える魔眼の力は伊達じゃない。

 普通にエーテル世界でも通用するダメージだった。

 ……斬音も魔王軍にいたら、即戦力間違いなしだろう。

 死徒十架兵───魔王と四天王が連名で選出する、僅か10人の精鋭に名を連ねられる能力は持ってるんだよねぇ。実力は兎も角、だけど。


 ところで……この子どうしよっか。まだ寝てるよ。


「起こす?」

「えぇ〜……まだ寝んねしたばっかだよぉ?」

「取り敢えず揺するか……リーダー」

「ボクなの?」


 いや発案者は蓮儀、キミだろ。なんでボクなんだよ。


「はぁ〜……まぁいいか」


 部下のやりたくないことを代わりにやってあげるのも、勤めってヤツだ。これでも部隊長だからね……蓮儀だから許容してるだけだけど、偶にはいいでしょう。

 斬音の腕の中でいびきをかく幼女の肩を優しく揺する。


 おっ、目ぇ開けた。意外と寝起きは良さそうだね。


「んゅ? う〜……ぅ? きー…きりねー?」

「ここにいるよぉ♡」

「んぎゅ……おあよ……、きりねぇおあよ!」

「おはよぉ♡♡♡ 朝だよぉ、こーねちゃん♡♡♡」

「あさ!」


 覚醒と同時に眠気が吹き飛んだのか、舌っ足らずの口を幼女は動かす。その瞳は海のように青く、まん丸お目目をこれでもかとかっぴらいて笑う。

 腕の代わりにある両翼をバサバサと上下させ、揺らし、斬音と楽しそうに笑いあっている。

 うーん……思ってた以上に……懐かれてんね、オマエ。


「幼女……」

「幼女だな……」

「でしょ?」


 膝の上で小さく跳ねる鴉幼女。起きてすぐなのにこんな激しい動き……ボクには無理だな。

 ……これが若さ?

 んでもって、二人は何が嬉しいのかギューッと抱き着きあっている。あの斬音も満更ではなさそうで、楽しそうに抱き返している。あの斬音が……

 本当に予想外だ。


「……んゅ? だーれ?」


 おっと、気付かれた。そりゃ真後ろに居れば気付くか。


「はじめまして。ボクは真宵だよ」

「蓮儀だ」

「まよい…れんぎ……んっ! こーねおぼえた!」

「こーねちゃん? で合ってる?」

「うん!」

「そっかぁ」

「あぃ!」


 自己紹介。思ったより善性が強くて、歳相応の純情さに目が焼けそうだ。天真爛漫、純粋無垢……個人的にあんまお近付きにはなりたくないタイプだ。

 どうしよ、対処の仕方わかんない……

 お願い、助けてひまえもん……勇者エピで子供の扱いが上手かったでしょ……子供の扱い方全然わかんない……


 ……取り敢えず聴くか。じゃないと何も進まない。


「何個か質問……お話聞いても良い?」

「? いいよー? よ?」

「ありがと〜。じゃ蓮儀くんパス」

「……わかった」


 オマエじゃないんかい、ってジト目で見ないでほしい。蓮儀は呆れた様子で頷きながら、こーねちゃん?とやらの前に立って視線を合わせ、対話を始めた。

 いやさ、別にひよったわけじゃないんだよ?

 幼稚園児との喋り方がわかんないとかじゃないよ?

 本当にひよったわけじゃないよ? ボクは、ほら。魔王は萎縮されてなんぼだからさ?


「家はどこにあるんだ?」

「いえ?」

「……お家だ。お家」

「ぉ! んとねー、ぼーぼー? した!」

「ぼーぼー? ……あっ」


 それ燃えてね? 焼けてね? 火事の擬音じゃね?


 ボクと同じ真実に辿り着いたのか、蓮儀と目が合った。気持ちはわかるけど早く進めて。聞けば聞くほどダメージ増えると思うけど。このパターンボク知ってる。

 斬音なんかも衝撃で固まっちゃった。まぁ懐かれた子に家無し発言されたらそうなるわな。

 察したわ。斬音と遭遇する経緯とか色々。


 ……ここまで斬音の人間性を引き出してるのすごいな。こいつ、こんな顔できたんだ。


「そ、そうか……じゃあ今まで何してたんだ?」

「ぅ〜……わかんない! おとーしゃのね、においをねー、くんくん、ってかいでね、い〜っぱいあるいてた!」

「成程、彷徨ってたのか」

「頑張ったねぇ♡♡♡ 偉いねぇ♡♡♡」

「えへへ〜」


 父親の匂い……ねぇ。キミは犬かな? 動物系の異能って普通の人間より五感が強化されるみたいだから、あながち間違ってはいない、のか?

 この子は鳥か……実は異能者じゃなかったりする?

 ワンチャン改造人間だったりしない? 両手足をカラスに変えられちゃったぞ〜的な。


 ……面倒だから聞かんとこ。怖気付いたわ。


「じゃあ……こいつに抱き着いた理由はなんだ?」

「こいつ呼ばわり酷〜い♡♡♡ 斬るよ?」

「急に素に戻んな」

「……もうえちえち口調やめたら?」

「や〜だ♡♡♡」

「「めんどくせぇ……」」


 ニコニコ笑顔から一転、殺意の無表情で刀の鯉口を切る斬音。物騒すぎるので頬をむにむにして、強制的に笑顔に戻してやった。

 思ったよりもちもちしてた。なんかムカつく。

 ヤク中の癖に……


「んで……こーねちゃんは、どうして斬音おねーちゃんに抱き着いたんだい?」


 閑話休題、疑問はさっさと消費しておくに限る。


「んー、んぅ〜、あのねあのね? きりねぇみっけ! したときにね」

「落ち着け落ち着け。羽やめろ」

「なんかねなんかね、おんなじにおいしたの!」

「「「……同じ???」」」


 興奮で鴉羽をバサバサさせながら軽く告げられた事実を飲み込むのに、もって3秒。

 3人揃って停止した。そして再起動。


「匂い……臭い?」

「斬音のにおい……くさい? え? え? きりねくさい?」

「落ち着け。まずは事実確認だ」


 首を傾げるこーねちゃんを囲んで、やいのやいの。


「取り敢えず……心境をどうぞ」

「なんかショックぅ……」

「いや待て。まだ加齢臭とは決まってない」

「ねぇッ! まるで斬音から加齢臭するみたいなこと言うのやめてくんない!!?」

「ワロタ」

「りぃ〜だ〜???」

「ごめんごめん」


 加齢臭がする未成年女子とか生きるの辛すぎじゃんね。てか、オマエは死臭だろ。すごいぞ。風呂入ってんのかを疑うレベルで香るぞ。染み付きすぎなんだよ。

 うん、でも死臭とはまた違う匂いっぽいな?


 律儀に言いすぎたと頭を下げ、それはそれとして死臭はするぞと指摘する狙撃手と、死臭はアクセサリーなのだのアホな言い分を披露する辻斬りは横に置いといて、ボクはこーねちゃんを抱き上げる。

 悪いな、この子はいただくぞ。取り返そうとすんな。


「ぅ? まよねぇ?」

「その言い方だとマヨネーズみたいな……んんっ」


 キラキラお目目やめてほしい。ボクの調子が狂う。


「……まま?」


 違う。キミを孕んだ覚えも産んだ覚えもない。そんなにジッと見るんじゃない。


「それは絶対違う」

「まま……」

「……まよねぇって呼んで?」

「あい」


 素直でよろしい。なんでボクを母親と認識したのかは、まったくもってわからないけど、見逃してやろう。

 日葵に聞かれてたら大変なことになってた。

 蓮儀と斬音も目をかっぴらいて、真偽を確かめ……おい聞けよ。頷くな。裏社会あるあるじゃねぇよ! 燦々と輝く純潔の証を見せてやろうか!?


 変な期待をする2人をしばき、渦中のこーねちゃんへの質問を再開する。

 もう二度とボクをママって呼ぶんじゃないぞ。


 取り敢えず今はママじゃなくてキミのパパの話だ。


「お父さんの匂いって、どんな匂いかわかる?」


 ボクの質問に真っ先に反応を示したのは、あることない加齢臭疑惑を持ちかけられた斬音。

 まだどんな匂いかは聞いてないからね。

 だから決めつけはよくないよ。


「ん〜っとねぇ……おくすり? おくすりのにおい!」

「……白い粉?」

「あまくてねぇおいしいの!」

「ふーん」


 確かに斬音はヤク中だ。やべー薬の匂いがするのは……まぁわからなくもない。生き物を斬りたいっていう特有の殺人衝動を抑える魔剤から始まり、日常生活を犯すレベルで斬音は薬を飲んでいる。いや飲まされている。

 その中の一つに、甘い薬物があった筈だ。

 危険性はそこまでない、確か異能の暴走を抑制する……うん? んんん……

 となると、だ。

 斬音が甘いのを理由に愛飲している非合法のクソ薬と、こーねちゃんが飲んだこと、嗅いだことがある薬と匂いが本当に一緒なら……

 そして、魔薬の出処がアレ経由なら……うん、仮説自体ありえなくもない。


「ちょっとごめんよ」

「ぅ?」


 試しにこーねちゃんの黒髪を持ち上げ、首を確認。

 うん、数字あったわ。機体番号っていうか……なんだ、生体番号、モルモットの番号っていうか。

 あ、こら。

 もっと触って〜じゃないよ。首グリグリ擦り付けんな。話を聞きなさい。


「薬ぃ……んー、TPレミコン? ってことはぁ……」


 どうやら斬音も同じ結論に思い至ったらしい。


「……ねぇねぇこーねちゃん♡♡♡」

「なーに?」

「おとーさんの名前ってぇ、ほおずきやひと……だったりするぅ?」

「うん! おとーしゃのなまえ!」

「はい確定」

「……こっち側だったか」

「そっかぁ♡」


 ほおずきやひと───鬼灯八碑人。


 異能結社メーヴィスの方舟、最上位位階たる第三団(グレイル・オーダー)の魔法研究者。

 先日の研究所襲撃で色々あった“魔術師”さんのことだ。

 そういやあんときのお礼のクッキー、もらってないや。丁度良いし貰いに行こ。


「先生の実っ……娘か」

「今言ってたら刺し殺す所だったよ」

「危なかったねぇ♡♡♡」

「俺も反省してる」


 この鴉娘の父親、ってことだろう。確実に血縁関係ではないだろうけど。

 こーねちゃんと関係があるとする根拠は三つ。

 一つ、研究所に入り浸る斬音と、父親の匂いを同じだと断定していること。

 二つ、よく見たら服が入院服とかそんなんなこと。

 三つ、首元にある番号。被検体とかに使うヤツ。すごい文字列の配置に見覚えがある。


 スリーアウトです。どう考えてもあいつのモルモット。


 それにしてはだいぶ扱いがよさそうだけど……なにせ、実験者と被検体の関係性は、だいたい拗れて悪いのが定番だからね。殺意とか怒りとか憎悪とか、反発心なんてのを内に抱いてるのがほとんどだ。

 だが、どういうわけかこの子は彼を慕っている。

 ……まさか、あいつ父親ムーブしてるわけ? 怖いが? 真偽は兎も角、直接会って確かめてみるか。

 どちらにせよ、この子を家元に返さなきゃだしね。


「こーねちゃん、これからパパに合わせてあげるけど……ボクたちと一緒に来るよね?」

「! いく! こーねもいくーっ!!」

「おっと。はいはい、わかったわかった」

「カチコミだぁ〜♡♡♡」

「やめろおまえ」


 さて、会いに行こうか。ボクのかつての部下に。






◆◆◆






 影に4人分の身体を沈めて、日が当たらぬ底なしの闇を揺られて進む。道中は無言ではなく、何故か頬を赤らめてキャッキャッと喜ぶこーねちゃんに癒された。

 なんだろ、自分の異能でこうも喜ばれると……なんだか嬉しくなるよね。どいつもこいつも、影を見て不気味だの薄気味悪いだの言ってくるから……ちょっと、照れる。

 そのまま純情ないい子でいてくれ。日葵みたいには絶対なるなよ。


「ここぉー? なんかデカくなぁい??」

「あぁ……キミたちは来るの初めてか。前潰されたとこは研究所の一施設にすぎないよ。ここがあいつの本拠地……メインラボ、とでも言おうか」

「へぇ〜♡♡♡」

「成る程な」


 辿り着いた先は、かつて秋葉原と呼ばれていた都市区。地殻変動と界放によって現れた空想の暴動により、地下に埋もれた二次元の楽園。

 されど時が止まったかのように健在の雑居ビルの群れ。

 地下に残留する魔素に当てられた結果、海上に立ち並ぶ廃ビルよりもエーテル世界の魔力の侵蝕を受けて、強固な石牢と化してしまっている。

 マジで異常だな魔力って。魔力研究部門の精が出るよ。

 300年前の建物が風化せずに残ってるの、物理にでかい喧嘩売ってるよね。


 さて、そんな旧秋葉原にあるのが、この研究所。


「ここが“魔蠍宮(まかつきゅう)”───研究セクションの代表が築いた、方舟最大たる叡智の塔さ」

「ほへー」


 大筒のような建造物が無数に連なる、紫色の巨大な塔。不気味な様相で近付きたいとは思わないし、建築基準法に違反しまくってるであろう形状のそれが、今回の目的地。

 毒々しい色に呆気に取られている後列を他所に、ボクは中央に聳え立つ巨塔を目指す。

 此方に視線を寄越す監視カメラ、チラチラと姿を見せる機関銃・魔導杖の軍勢、防衛魔法陣など全て無視。

 入館証でもあるIDカードを手に、迷いなく。


「ちょちょちょっと〜、なんかものものしくなぁい?」

「そういうモンだよ」

「軍隊制圧用の兵器がチラホラと……すげぇな」

「おそらなーい……」

「地下だからねぇ」


 まず空の有無を確認する当たり、本当鳥っぽいねキミ。


「ここだよ。開けるね」


 足を止めた眼前に広がるのは、壁。無数のラインが縦に切り込まれているだけで入り口は見当たらない。

 ただの壁を前にする皆の疑問を余所に……

 その縦線の一つにカードを無造作に差込み、下に向けてスライドさせた。


 軽快な機械音が鳴り響き、カードに刻まれた個人情報が素早く読み込まれていく。

 本人確認中だ。勿論、これだけでは終わらない。

 次に必要なのは生体情報。読み込んだ機械が虹彩認証のカメラを起動して、ボクの紫眼に光を当てる。

 ……数秒待った後、また別の軽快な音が鳴った。


 それは、厳重な解錠作業が終わった合図。


「ご開帳〜」

「眩しっ♡♡♡」

「ぉ〜」

「へぇ……」


 ボクらの前で、ゆっくりと機械の扉が開かれ……


「───やぁ、狭間の仔ら。(やつがれ)の城に、何の用だい?」


 壁扉の向こう側で待ち構えていた男の声が、ボクたちを出迎えた。

 逆光で見えづらいが、ボクは彼を知っている。

 目はやがて光に慣れて、特徴的な一人称を持つ彼の姿をボクらに見せた。


 顕微鏡のような黒い片眼鏡を嵌め、頭には黄土色の変なターバンを軽く巻いた細身の男。布の隙間から覗く黒髪は乱雑に飛び出いて、それでいて清潔さを感じる姿。

 三白眼の赤い瞳を右目に輝かせる、白衣の大幹部。

 名を、鬼灯八碑人。“魔術師”のコードネームを冠する、方舟の研究部門トップにして、この魔蠍宮の主だ。

 ちなみに、ボクの直属の上司?枠でもある。


 ……斬音と蓮儀、ちょっと萎縮してる? んまぁ、あんま表に出てこない第三団がいりゃ、そういう反応もするか。本来お目にかかれない大幹部様だもんな。

 そんでもっかいちなみに。こいつ、元魔王軍幹部ね。


「端的に言うと……お届け物」

「ほぅ? 気になるねぇ、見せてくれるかい?」

「はい」

「おとーしゃ!」

「……んん?」


 デフォルトでにちゃ〜としている顔が、件のお届け物を見せた瞬間、驚きで固まった。

 具体的に言うと、死人を見たかなような顔で。


「……562番、かい?」

「うゅ〜♪」

「番号呼びとかさいてー」

「噛み付くな阿呆」


 そして番号呼び。これには斬音も殺意がにっこり。


「ただまー!」

「おかえり……てっきり死んだのか、逃げ出したものかと思ってたんだけどね……ちゃんと帰ってくるとは」

「ぅん!」

「まぁ……元気で何よりだよ」


 嬉々として抱き着くこーねちゃん受け止め、渋々胸まで持ち上げた八碑人は、そのまま空いた右の手で無手入れのボサボサにはねた髪の毛を弄び……左目の機械で被検体の怪我の有無を確認し始めた。

 ふむ。思ったより関係性は良好のようだ。

 あの蠍が実験対象を可愛がるとは……思い返せばそれは普段からか。ぞんざいに扱ってるのは親友の方だった。


「感謝するよ君たち。この子は特別製故、失うには痛手が大きかったんだ。いやぁ、無事帰ってきてくれて、本当によかったよ……」

「謝礼上乗せでね」

「勿論だとも。……そういえば、前回の後始末のお礼も、まだしてなかったね。入りたまえ、茶でも出そう」

「わーい♡」

「……どうも」

「きゃー♪」


 以前、彼管轄の研究所の一つが襲撃されたのを、覚えているだろうか。その時の報酬は、まだ貰っていなかった。報酬金ならもう出たんだけど。それはそれとしてて、ね?

 残業気分で挑んだんだ。しっかり寄越してほしい。

 紫の外観とは異なる白い廊下を、稼働する機械の騒音や魔力が巡る異音に耳を傾けながら歩いていると、八碑人が会話を再開した。


「この子は件の研究所にいてねぇ……ちょっとした実験でそこに置いていたんだけど」

「……そんで襲撃されたってことか」

「そ。良い感じに燃えたからねぇ。証拠諸共火の海だし。望み薄、だったんだけども」

「斬音に感謝してねぇ♡♡♡? ねぇ〜♪」

「ねー!」

「ははっ、ありがとう」


 施設丸ごと燃える火災だったもんねぇ〜。ニュースにはあんまり出てこなかったけど。円卓会の重鎮が死んだってニュースの方がデカかったのもある。

 で、そん時にこーねちゃんは……


「なんかね、なんかね、おきたらぼーぼーしてた!」

「なんで生きてんのキミ」


 燃える施設からパパどこ〜して、炎の中を飛んで脱出、それから暫くそこら辺をフラフラしてたらしい。

 何日経ったよ。よく攫われなかったな……他の鴉たちに世話されてた? すごいね? ちなみにこの子、かすり傷はあるけど、火傷はない。やっぱりおかしい。

 これも研究の成果ですか?


「いや、耐火は無いはず……いやしかし……うーん?」


 研究していた本人もわかってないらしい。うそだろ。


 そうしている内に休憩スペースに案内される。

 室内はTheラボって感じで、特質はあんまない。

 いや、特質だらけか。無駄に凝った造形の部品ばっかで目が痛くなる。何の用途なんだアレ。


「そこに腰掛けていてくれ。今から飲み物を用意するよ。あー、ココアとコーヒー、どっちがいいかな?」

「ボク甘いほう」

「コーヒー飲めませ〜ん♡♡♡」

「苦い方で」

「ぅ?」

「素直にこれ飲みたいって言いなよ君たち」


 魔導製ポットでお湯を沸かす八碑人を横目に、ボクたち裏部隊はソファに並んで座る。

 こーねちゃんは斬音の膝の上だ。

 ボクと斬音に羽を撫でられるこーねちゃんは、満更でもなさそうな顔でされるがまま。見た目通り触り心地最高。野生の鴉だとここまで良くないだろう。髪の手入れは何故適当なんだろうか。毛ずくろいちゃんとしろ?

 無言で此方を眺める男性陣を無視して、こーねちゃんをもみくちゃに撫で回して遊んでいれば、3人分の飲み物が手渡される。

 ボクと斬音は躊躇いなく口をつけ、蓮儀くんは……ぉ、ちゃんと毒警戒してる。


「あっても無味無臭だから気付かないと思うよ」

「余計飲みづらくなったが」

「安心したまえ。(やつがれ)は客人に魔炎竜のスープを毒味せずに手渡すバカでもなければ、料理に魂を混ぜた報復で残機を二万減らされる阿呆でもないからね」

「なんだその例え」


 四天王の話ですね。ボクが出払ってる時に古龍を砕いたスープ(普通食べたら死ぬ)を自分は飲めるから大丈夫だと善意で用意するドラゴン女とか、踊り食いし終わった魂が染み込んだ体液を手料理に混ぜた上、照れながら口に運ぶあたおかスライム女とかの話ですねぇ。

 他のもやらかし酷かったな。あ゛ぁ〜っとヤバい怒りが再発してきた。あのメス共め……

 ……でもまぁ、会いたくなっちゃったな。

 

「ね、ね! こーねのは?」

「君はこっち。 好きだろう? オレンジジュース」

「!! すき!!!」


 警戒をしながら渋々コーヒーを口に含む蓮儀を他所に、オレンジジュースを手渡されたこーねちゃんが喜色満面の笑みを浮かべて器用にコップを持って飲み始める。

 というか……がぶ飲み。わぁ、めっちゃ零れてる……

 それを見た八碑人は、仏の笑みを浮かべて用意していた上質なタオルで口元を拭いてやった。ついでに膝とか服の濡れた箇所も拭ってやった。

 手慣れてやがる。


「うみゃ〜♪」

「次は零さない努力をしようか、君」

「……ぅ?」


 言われてもなんのことか理解出できてない……して?


 幼女の可愛さにヤられて甘やかす以外の選択肢を捨てた斬音はもうダメだ。八碑人もなんかダメそう。

 蓮儀は……守るべきモノを見る目をしておる……

 ダメだ、犯罪者共が揃いも揃って甘えん坊鴉にやられてやがる。


「お茶請けで悪いけど……前回と今回のお礼はこれで失礼させてもらうよ」

「お菓子で満足すると思うなよ」


 確かに報酬はヤク入りクッキーって言ったけどさ。でも上乗せがチョコってどういうことだよ。

 つーか普通の菓子じゃんかこれ。違法もなにもない。

 いつもの毒マシ☆シリーズはどうしたの。何食わぬ顔で贈ってたじゃないか。


「健康診断最低値だよ。ナニとは言わないけど」

「皆食べよーぜー!」

「リーダーおまえ……」

「どっか悪いのぉ♡♡♡?」

「びょーき? まよねぇ、どっかいたいたい?」

「………いや、大丈夫……だよ?」


 意外だと思うが、犯罪大好き異能結社なのに健康診断を受けられる。ちゃんと受けるのは極小数だけど。だいたいみんな無視してるけど。

 年に数回、定期的にある健康診断を受けた、前回。

 何故かある精神の項目が、ね……はい。幻覚症状です。こいつにはバレてますはい。

 ボーッとして正直に答えすぎた……


「ま、暫くは大人しくしてるんだね」

「無理では?」

「……頑張りたまえ」


 キミたち含め、政界の協力者たちが仕事を増やしてるんですよ? 心配するなら配慮して?

 言っても無駄なんだろうけど。

 ……黒彼岸ちゃんが魔王でしたーってバレたら、こいつどんな反応するんだろ。切腹斬首? いやしないか……多分唖然としてから笑うタイプだ。


「帰る時は言ってくれたまえ。転移装置まで案内するよ」

「ハイテクだな……そんなのがあるのか」

(やつがれ)の技術さ。“うち”の施設間のみって制限はあるけど。君たち個人のセーブハウスには直接転移はできないから、 安心したまえ」

「……そうか」


 そうなん?


「んっ……じゃ、ボクはもう行くよ」


 迷子のお届けは終わったことだし、学院もあるからね。早速だけど、帰らせてもらうとしよう。


「そうか。では来たまえ」

「ぅ? ま…まよねぇ……ばいばい?」

「………」


 ソファから立ち上がって、八碑人に転移装置の部屋まで案内させようした……その時。

 後方から寂しそうな幼女の、こーねちゃんの声が!

 ……これ、振り返らなかったら、鬼畜扱いされかねないかなぁ。

 ……まったく、これだから子供ってのは。


「またね、こーねちゃん」

「! うん! またね!」


 気が向いたら会ってあげよう。寂しくならないように。寂しさから来る辛さを、よくわかっているから。

 うん、モフりにいくよ。気に入ったから。


 こーねちゃんにやさしく微笑んでから、ボクは八碑人の背を追いかけた。



































「…………まま、ばいばい」






































「リーダー戻ってこい! 話がある!!」

「……??? ん? ん? やっ、やっぱりリーダー、か……こーねちゃん、の……ママ? ママなの?」

「ぅ? きりねぇ? れんにぃ? どったの?」

「「ちょっと話そうか」」

「……んゅ?」






◆◆◆






「助かったよ。あの子を連れてきてくれて」


 足音と機械音のみが不気味に響く魔蠍宮。その中通路を静かに歩く、黒彼岸と魔術師の2人。

 かつて主従だった関係性は、今や逆転。

 恐れ多くも(・・・・・)上司となったその男は、大きな秘密を浸隠す彼女に感謝の言葉を手向ける。


「どういたしまして。何度も言うけど、見つけたのはあの斬音だよ」

「ふふ……だとしても、だよ」

「?」


 怪訝な表情で頭を傾ける“黒”を見て、眉を八の字にして静かに微笑む。

 何処か遠くの世界を、記憶を想起しながら。


「……あの子に母親認定されなかったかい?」

「……まぁ、1回だけ」

「そうか……そうか……なら、良いか」

「なにが???」

「なーに、こっちの話だ。貴女(・・)は気にせずともいい」


 含みを持たせた笑みで、八碑人は真宵を連れ歩く。


「……あの子を貴女こ庇護下においてほしい」

「……はぁ? ボク部下。掃除屋。あーゆーOK?」

「わかってるとも」

「…………好きにすればぁ? どうなっても知らないよ」

「ふふ、問題ないとも。かれこれ10年の付き合いなんだ。任せられるか否かは見極められる」

「そう」


 彼女は気付かない。彼の言動と対応が、普段よりも些か恭しくなっている事に。

 ほんの小さな違和感に、彼女は気付けない。

 気付くことなく、扉の奥に置かれたポットのような形の転移装置を、興味深げに見ている。

 そして、真宵は躊躇いなく装置の中に入った。


「今後とも、よろしくしてくれれば……ね」

「……よくわかんない。もうちょい会話しようとしてくれないかな?」

「善処しよう」

「ケッ」


 開門。座標を王来山学院近郊に扉を指定した八碑人は、恭しく頭を下げて……装置を起動。

 電が迸る不快な音と、空間が歪む音。

 閃光を撒き散らして起動した機械は、目を瞑った真宵を一瞬にして遠くに飛ばす。


 密かに同行させた虫型ドローンで転移の成功を確認した八碑人は、堪らず安堵の息を吐く。


 ……そして、あの英雄の転生体と思われる少女と戯れる元王を観察して、今度は困ったように微笑んだ。


「……………まったく、貴女という方は………」


───“疫蠍(やっかつ)”のオルゲン。かつてそう呼ばれていた蠍は、今日もまた見て見ぬフリを、知らないフリをし続ける。


 それが“主”の……望みが故に。


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