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まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.2「ふたりぼっち+α」

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02-14:いのーぶ入部試験


 とある異能犯罪者のやらかしで早帰宅週間になっている王来山学院。その最中、知らずのうちにその他諸々の元凶を抱え込んでしまった異能部。

 子供の手で平和を守る為に作られた、異能戦闘部隊。

 周りに合わせることなく、生まれ故郷を守る為に今日も活動する。


 ……しかし、今日は空想が出現する予兆は確認されず、上から犯罪捜査の保持や異能犯罪者の捕縛依頼、侵入した空想の討伐及び捕獲の命令も出ていない。

 そんな中やることと言えば、魔都内の警邏や自己鍛錬。

 平時よりも穏やかなその日。新しく異能部に加わった、芽生えたての力を持つ青年を迎え入れる。

 部を率いる女傑は、声高らかに、その声明を発表する。


「これより、望橋一絆の入部試験を行う!」


 異能部部室棟。他の部活動と優劣ができる程差異のある学院施設。様々な施設が一つに併設された総合所であり、生まれもった異能を治安維持に注ぐ子供たちの前線基地。

 地上三階地下二階の、計五階建て巨大施設。

 基礎体力を鍛えるトレーニングルームや、畳が敷かれただだっ広い道場、肺活量を鍛える為にとある屋内プール、魔女謹製の試作回復装置が放置された医務室、客人を招く応接室、寝泊まりができる仮眠室、身体の汚れを落とせるシャワールーム、今までの活動記録が棚に並んだ資料室、元S級ハッカーが居座るひきこもり部屋、副部長が勝手に改組して生まれ変わった司令室、等々……

 部活動の枠組みを大きく超えた施設がてんこ盛り。

 これも全て、アルカナ皇国を守る主戦力であるからこそである。


 これだけの設備を与えられる程異能部には危険が多く、それだけ多くの人民から期待されている。


「事前に伝えた通りだが、もう一度私から教えておこう。私たち異能部は便宜上学内の部活動と同じ扱いだが、その実態は政府直轄の戦闘部隊だ。活動内容は目が回るぐらいあるが、その全てにどうしても戦いの要素が付き纏う……なにをやっても、我々の活動には命の危険が伴っている。ここまでは君も理解しているな?」

「はいっ、半分は覚えました……大変の一言じゃ表せない程度には理解できてます」

「そうか。まぁ気張らなくていい。それぐらいでいいさ」

「うすっ」


 地下二階訓練場。道場らしく畳が敷かれたその空間に、男女2人の人影が向かい合う。

 方や、竹刀を畳に突き、異能部の理念を語る大和撫子。

 方や、緊張した面様で女の説明を聞き、己のこれからに期待と不安を抱く異邦の青年。


 入部希望者・望橋一絆───先日の騒動で異能に目覚め異能部への入部資格を、そしてその身を守る為に入るようそれとなく促された、邪神の被害者。

 少々懐疑的で、入部に反対派が故にこの場を用意した、神室玲華が激突する。


 二層構造になっている訓練場の、二階観客席には多くの関係者が座っている。真宵たち異能部部員は勿論のこと、審査の為に寄越された燕祇飛鳥率いる特務捜査室の面々、学院に在籍する時間に余裕がある教職者など、20足らずの観客が階下の2人に意識を向けている。

 各々自由に席を取り───真宵と日葵と飛鳥の養子sに長期休暇を取るよう詰められている養父もいるが、それはさておき。


 多くの視線を受けながらも、一絆たちは物怖じせずに、入部試験前の対話を続ける。


「……私としては、君の参入は望ましい話ではないんだ。もとより前線に出てもらうつもりなど毛頭なかった。まず保護対象として、私たち異能部が守り抜く予定だった」

「それは……」


 玲華を含めた異能部総員───転生者2人を除く───彼らが心配する想いとは裏腹に、彼、望橋一絆を取り巻く事態は急転した。同行していた部員2人の不注意により、いきなり空想との戦闘に巻き込まれた。本来なら魔都内にいるわけもない謎の怪物に襲われ……何の因果か、一絆は未知の異能を発現してしまった。

 精霊と契約する、力を借りるという異能を。

 それ故に、望橋一絆をただの保護観察対象にすることができなくなった。


「アルカナ政府最高意思決定機関、“円卓会”……あそこは色々ときな臭くてな。無から出現した空想や、異邦人たる君の存在、そして異能発現を知った瞬間、掌を返すように異能部入りを命じて来た。揃いも揃って、こちらに有無を言わさぬ勢いでな。超権力使った横暴だったよ、あれは」

「……そう、だったんすか」

「あぁ。私としては受け入れ難い話。特務局の賛同者達と抗議したんだが……」


 そこで言葉を遮り、玲華は凪いだ瞳で一絆を見る。


 彼女の青い瞳。そこには、男の熱意に敬意を顕にした、戦士の炎が静かに揺らいでいた。


「君は、戦うことを選んだ。他ならぬ君が、君の意思で。不可解な存在の意向に従うでもなく、周りの身勝手すぎる意見を背負うわけでもなく。

 あの時の衝撃は今でも覚えているよ。だからこそ、私も意識を切り替えて、行動に移した。

 ───部外者である私が、これ以上文句を言うわけにもいかないからな」


 出会って数日の青年を守る為、大人の戦いをしていた。新日本の平和を背負う女傑は、たった一つの小さな熱意に当てられ、その灯火を迎え入れる覚悟を決めた。

 異能出力。その身に流れる魔力が、外界へ放出される。

 たったそれだけの動作で、玲華の雰囲気がガラリと一変する。


 天を駆け、地を征する。荒々しい英雄の力が目を焼く。


「まったく……人の可能性は無限大だね。胸が鳴るよ」


 歴戦の勇士の気迫が、静寂に空間を塗り替える。


「君を迎え入れるとは言ったが、そう容易く受け入れてはこちらにも問題がある。形式的なモノになるが……ここで入部試験をさせてもらうよ。いいかい?」

「望むところです」

「うん。説明するまでもなく理解してくれるだろうが……最後に警告しておく。これから私は君を試す。望橋くん。君は全身全霊をもって、私に、私たちに力を見せてくれ」

「うすっ!」


 竹刀を掴む玲華の両腕に力が巡り、紫電が迸る。


「それと……あまりに酷い出来であれば、私は国の方針に逆らってでも君を落とそう。無論、次の挑戦は何度だって受け入れるつもりではあるが……」

「大丈夫です。一発合格目指すんで」

「ハハッ、それは心強い」


 藍色の美しい色彩が、静電気に煽られ逆立ち立ち昇る。


 一連の流れは、神室玲華の異能を知らない新参者である彼に向けた、力の誇示。

 異能力が───【雷】であるという開示。


 手加減に手加減を重ねて、微弱な雷だけを使うからと、観客席にいる同胞たちに態度で示す。

 強力無比すぎる異能の一端を、彼に向けると。


 そして、問う。部長として、玲華は一絆に聞く。


「望橋一絆くん───異能部に入部する覚悟は、あるか」


 これより始まるは、二つ目の試練。

 18歳の若さでありながら人類最強の一人に数えられた、雷速の女傑が立ち塞がる。

 望橋一絆が背負わされた運命を阻み、そして導く戦い。

 異能に目覚めたばかりの青年は、変わらぬ熱意をもって最強に挑む。


 気高き女傑の気迫に負けぬよう、堂々と───吠える。


「勿論ありますし、なかったらここに立ってないですよ。なにせ、これは全部……俺の意思だ」

「そうか……そうだな、愚問だったな。では、望橋くん。全力を尽くしてくれ」

「……よろしくお願いしますッ!」


 誰かに敷かれたレールの上など、走りたくもない。


 異能【架け橋の杖(アルクロッド)】を右手に喚び、左手側に光の精霊を引き連れて、一絆は矛を構える。杖の先端の白い水晶を、淡く輝く意志の力を相手に向ける。

 今の自分ができる全身全霊を、全力をもって示す。


 歩みを止めることを許されない異邦人は、戦場へ駆ける強制力を、今再び受け入れた。


「制限時間は7分だ」

「はいっ───…行きます!」

「来い!」


 第二の試練───異能部入部試験が、始まった。






◆◆◆






「ぐっ、ッ……らぁ!」

「ふっ……隙が大きいぞ! はぁっ!!」

「っ、かはっ……まだ、まだァ!」


 その瞬間、竹刀と長杖がぶつかり合う。拮抗はたったの一瞬、力押しは玲華に分配が上がり、一絆は何度も弾かれ振り払われる。

 いくら吹き飛ばされようとも、一絆は負けじと抗う。

 威圧と能力開示目的で放たれた紫電は、二三度の衝突で消えた後、今は玲華の腕力を僅かに上昇させる強化機能となって彼女の力を一心に押し上げる。

 玲華の持ち前の膂力に立ち向かう一絆は、まず異能力を使わずに挑戦していた。 


「ふむ……悪くないな。棒術とは珍しい」


 だが、そこで一絆は戦術を変更。異能の杖による棒術、日葵の急拵えで身につけたそれを見せつける目的を終え、次手を打つ。

 杖に力を込め、契約した光の精霊と意思を合わせる。


「行くぞっ───<光の盾>! 二枚展開ッ!」

『ーーー!!』

「ほぅ。成程、それが精霊の……だが、甘いなッ!!」

「ちっ……なぁ、この盾どんだけ耐えられる!?」

『〜〜〜!!』

「あーやっぱそんな感じ? そうだよな、そりゃそうだよな成程了解ありがとな」

「なんだ、会話もできるのか」

「いえ、まったくわかりません」

『!?』

「!?」


 精霊の力と杖を使った棒術。無意識に精霊術師の基本を抑えてしまった一絆は、手持ちの戦術二つを使って玲華に挑む。


 光盾を二枚張り、空中で自由に動かしながら立ち回る。うち一枚は自分の防御用に、もう一枚は玲華の進行方向で邪魔をする壁として展開された。

 杖を振るい、盾を操り、脳をフル回転して戦う。

 自分自身で考えた正攻法を使い、一絆はギリギリ玲華の動きについて行く。


───これは余談だが。一絆と光の精霊は、同居人たちの預かり知らぬところで【本契約】を行っていた。

 無条件で己の味方になってくれる光の精霊は、定期的に同居人たちにも内緒で一絆の元へ現れる。勉強の邪魔も、運動の横槍も、全てを無自覚に、無邪気に行っていた。

 一絆も邪魔立てされるのを仕方ないで済まして、2人の交流は密かに行われた。

 その結果。

 2人は無意識に【本契約】を───心を通わせた状態で杖を触るという工程で成立してしまい、光の精霊は魔力をより杖に通しやすく、より強力な一撃を放てるように。

 後で知った日葵が諸々の危険性を説き、真宵は大爆笑でそのまま放置を選んだ行為。

 唯一の欠点は、現段階で使用できる技のレパートリーが少ないことだが……


 本人たちが今はこれでいいと言うのなら、問題はない。


 今まではただの【召喚】で、お気楽で無邪気だからこそ光の精霊は応えてくれていたが……現時点では、契約主が喚べば必ず現れてくれる、そんな【契約】が結ばれた。

 若干精霊術師側が有利なのは、精霊の気質からだ。

 現段階ではできることが少ないが、それは一絆が成長し強くなれば拡張される。なにもしなければなにもない……成長と挑戦が大前提の異能を、彼は与えられたのだ。


 生きる為に戦う選択をした一絆だが、まだまだ未熟。

 弱いなりに考えた結果、鍛えてきた身体能力を酷使する羽目になったが……それで得られる報酬には見合う痛みと彼は理解している。


「ハハッ、すごいぞ望橋くんッ!! まさかここまでとは。君は今、既に私の……私たちの予想を大きく超えている! これも琴晴くんの指導か、それとも君の素の実力なのか。是非とも私に、もっと君の力を見せてくれ!」

「褒め言葉うれしーッ、滾るぜ、マジで、なぁっ!!」

「うん、うんうん。いいセンスだ。荒削りだが、ここまで戦えるとは……あちらの地球世界には、未発達の才能でも埋まってるのか?」

「それは俺も……知らねぇ、な!」

「そうか!」


 純粋な気持ちで一絆の奮闘を褒め称える。己と比べれば遥かに届かない強さだが、普通を生きてきた一般人にして見ればあまりに惜しい実力。平時ならば大成することなく燻っていた一絆の一端を、玲華は見せつけられる。

 戦闘能力だけを見るならば、今の一絆でもまだ異能部についていける。特殊な移動方法の獲得の為に別の鍛え方がまだ必要だが、それを差し置いても充分と言える。純粋に非力の姫叶や裏方で情報工作する多世、司令塔と預言者を兼任す廻よりも上であることは明白。

 最低ラインを優に超えていることは、紛れもない事実。

 称賛する。玲華は心の底から、一絆を褒める。

 これならば異能部入りしても文句ないだろう。最低限は整っているのだ。この段階で降参する者も、なにもできず倒れる者だっているのだから。

 円卓会の方針に従って、このまま順当に迎え入れるのも間違いではないのだろう。

 一絆は確実に、今後もっと強くなれる。

 これから、もっともっと……成長する。


 だが、まだ……まだ、見せてもらわねばならない。


 制限時間はたったの7分。その僅かな時間で新入部員を見極めなければならない。全ての時間を有意義に使う為、2人は一心に切り結ぶ。

 押されているのは勿論一絆。

 光の盾で妨害を繰り返すが、その全てを竹刀一刀の元に切り払われる。

 盾が壊される度に魔力を消費して二枚張りを維持する。


「竹刀で壊れるかよ、普通……!」

「これが私の普通だよ」

「なッ、るほど! そりゃ納得だわっ!」


 徐々に一絆から抜ける空想の力。異能を使えば使うほど減っていくそれは、ゲームにあるMPの概念と同じモノ。異能にも限界値があり、使い過ぎれば減っていく。

 溜まるまで力の行使は不可能。

 異能は魔力と呼ばれる空想のエネルギーを媒介とする。体内深奥にある魔力器官から、少なくなりつつある魔力を捻り出す。鍛えることはできないそれを、上手く使うのが異能者に求められるベスト。

 如何に一絆の魔力総量が多かろうと、使い方が下手では無用の長物となる。


 自分を苛む修正可能な欠陥に勘づいた一絆は、それでも相手に認めさせたい一心で、全力を尽くして玲華に挑む。

 がむしゃらに、それでいて思考をよく回して。


 今の彼が一番やりたいこと───異能部の一員として、この空想に溢れた世界に介入する。邪神のお告げなど一旦度外視して、異物である自覚をもって覚悟を決めた。

 自分のやるべきことを果たす為に、一絆は前進する。


「いい気合だ───惚れ惚れするよ」


 隔絶された空間の中、2人の息の音と鍔迫り合いの音が鳴り響くのみの訓練場で、地獄耳でも聞き取れない声量で零される、玲華の称賛。

 たった一人で無貌の異形に挑んだ彼を正当に評価した。

 機転も利く。思考も回る。誰かを守ろうとする意思が、目標を貫き通さんとする力がある。確固たる自我を持って行動できる。誰かの為に、自分の為に強くなれる。

 やらねばならぬことを、やる覚悟がある。

 望橋一絆には、悲観に暮れようとも立ち直れる“強さ”がある。


 それら全てを伝聞と模擬戦で分析して、玲華は認めた。


「我々異能部は常に危険と隣り合わせ。空想たちの被害や異能犯罪者に怯える無垢な市民を守る為、私たちは常に、いつ何時でも命懸けだ! では望橋くん、ここで問題だ……生きる為、救う為、それらの為に必要なモノは……一体、なんだと思う!?」

「ッ、そりゃ……ッ!」


 異能を纏わぬただの竹刀で切り結ぶ。身体の内に走らす紫電で活性化させた筋肉は、身体能力もない一絆ではまず手を足も出なくなるほどの膂力を発揮する。

 だというのに、一絆は力を込めることで杖を勢いのまま竹刀に杖をぶつけて……精霊の魔力を借りることで、瞬間強化された玲華を、今までよりも大きく、後ろに打ち払うことに成功した。

 玲華と観客のド肝を抜かせて、真意を問う言葉にやっと返答する。


「俺が思うに───戦う力ッ、意志ッ! 諦めない心とか、そんなもんだろッ!!」

「……ふっ、正解だッ!」


 曖昧な答えにはなったものの、一絆は世の真理を叫ぶ。それを間近で聞かされた玲華の表情は、満足そうな笑みを浮かべて、称賛し……

 獣のような、獰猛な笑みを浮かべた。


「……残り一分か。丁度いいな……これからすることに、君が意識を保っていられたのならば」


 紫電が空を駆け迸る。ビリビリと、玲華の異能が空気を鳴らす。

 さっき以上に眩く光り、目を痛めつける【雷】。

 紫電は───否、雷光は腕を駆け下り、手を、指の先をなぞり、力強く握られた拳の中の竹刀に伝播する。

 戦意を滾らせ、腕試しの一撃の為に。


「───すぐに、君の入部を認めよう」


 異能を纏った竹刀を振るい、最後の一手を込める。


「ッ、ここが、正念場か……」


 緊張で喉を鳴らした一絆は、可視化できる雷光の踊りに目を奪われながらも、今まで以上に気合いを込め、雷光を腕に纏わせる英雄を睨みつける。

 そして、左肩に乗って力拳を握る光の精霊と目を合わせアイコンタクト。お互いに頷きあって、杖の先端に一枚の光の盾を形成する。

 大きく、大きく、今の己ができる最大の防御壁を。


 血が煮え滾るような熱さと、カチカチと荒ぶれる視界。限界ギリギリまで酷使された未発達の身体で、一絆は雷を迎え撃つ。


「私の異能は【双神葬雷(ケラウノス)】───仰々しい神器の名を冠す雷を操る異能だ」


 紫の雷光を纏う竹刀で、玲華は居合の構えをとる。


「我が神速、いや、雷速をもって……君を斬る」


 その異能は、神室玲華を“神速の英雄”と呼ばせる威力の強さを持つ、万物頂点の異能の一つ。エーテル世界全盛に生まれていれば、間違いなく勇者の一人に数えられていたであろう、なんて確信混じりの推測を可能とされた女傑。

 勇者にも魔王にも実力を認められた、純粋な人間の中で最も強いと豪語された部長が、征く。


 期待を込めた、たった一振りの一撃を。


「行くぞ───<雷閃>」


 瞬く間に、離れた距離はゼロに。たった一刀で光の盾は両断され、雷速の一撃が一絆のこめかみを穿つ。

 パンッと勢いのある音が遅れて通り、轟音が鳴る。

 瞬きする暇さえも与えない一閃は、一絆の意識を容易く刈り取っしまう。


 ……筈だった。


「ッ……意識がありゃ、いいん、だよ、なァ……ッ、!」


 飛びかけた意識をギリギリで保って、仰け反った一絆は大きく吼える。玲華が驚愕の目で一絆を見れば、その額にひび割れた小さな光の盾が浮かび上がっていた。

 大きな盾に意識を向けさせ、小さな盾で最小の防御を。

 どこに攻撃を当てられるのか、意識と聞いて頭部を守る賭けに出た一絆は、見事賭けに勝った。

 玲華の武術の腕の良さも勝つ要因となる。正中線を狙うまっすぐな一撃だったから、一絆は自分の額を守ることに専念できた。


 たった7分の攻防で、玲華はそれぐらいできるだろうと希望して。


 更に。


「ほう……!」

「……ッ」


 後ろに退けられた頭を前に、光を直視して嫌にチカチカ明滅する目を酷使して、手落としかけた異能の杖を握り。

 大きく大きく、揺らぎながら、玲華の横腹に振るう。

 彼我距離ゼロの、超至近距離の杖の一撃が……決まる。無防備な腹に、魔力もなにも篭っていない、ただの普通の一振りが。


「……くくっ、やるじゃないか。望橋くん」

「……クソっ」


 結果は、力不足により、ただ押し当てるだけとなった。


 疲労困憊した身体での全力は出せず、虚しく、まともにダメージを与えることも適わず。

 一絆は顔を上げて、格上の強者と目を合わせる。

 予想外の一手を見せてくれた後輩ににこやかに微笑み、玲華は一絆を称賛する。


 そして、試験終了のアラームが鳴り響く。


「さて、望橋一絆くん」

「……はい」


 構えを解いた玲華は、額を流れる汗を手布で拭いながら居住まいを正す。笑みから一転、試験官神室玲華としての厳しい顔つきになる。

 気絶したがる身体に無理を言って、一絆も気力を奮って直立して、審査の結果を聞く。

 果たして、その結果は。


「合格だ。君の入部を認めよう」


 異能部入部試験───合格。その発表が、訓練場にいる全ての人間の耳に届く。

 瞬間、湧き上がる歓声、一絆を褒め称える拍手の数々。

 明るい音に包まれながら、今ここで、正式に望橋一絆の入部が認められた。


 一絆の奮闘は、観客たちの目に色濃く、確かに写った。


「っ、しゃあ……ッ、とと」

「おっと……そうだね、お疲れ様。場所を移そうか」

「す、すいませ……うぉっ!?」


 勝利の雄叫びは小さく口から漏れ、緊張感で張り詰めた空気が割れ、同時に身体が安堵に支配される。そうして、疲れ果てた一絆の身体は崩れ倒れてしまう。

 青白く染まった顔から見るに、今すぐに意識を失ってもおかしくない状態だった。

 無理もない話だ。模擬とは言え、死力を尽くす戦い。

 最初の試練のように何度もダメージを負い、身体に次を覚えさせるわけでも、異能の覚醒でアドレナリンが脳からドバドバ出た時とも違うのだ。

 たった7分とはいえ、今まで以上に気を張った戦い。

 相手が相手、もし異能部を敵キャラにした格闘ゲームがあれば、ラスボスの立ち位置に君臨するのが神室玲華だ。既に隠しルートで出会える裏ボス2人とエンカウント……それどころか同居しているが。


 とにかく、鍛錬不足故の魔力消費量の多さや、異能力の使いすぎによる疲弊で倒れた一絆。ふらつく身体を玲華は片手で支え、痛まないように身体を抱き上げる。

 そして跳躍、二階の観客席にひとっ飛びして着地。

 すくざま【天使言語エンジェリック・オラクル】の回復能力を持つ日葵を尋ねて、一絆を託した。

 彼の隣で慌てふためく光の精霊は、今回ばかりはすぐに帰らず、心配そうな顔つきで覗き込んでいる。


「頼んだ」

「はーい。おめでとー、かーくん♪」

「おぅ……」

『〜……』

「ははっ、ありがとな」

『♪』


 指で頭を撫でられ、精霊は嬉しそうに微笑む。

 そんな一絆だったが、人類には理解できない天上の歌を耳にして、身体を癒される安堵感、安心で無意識に身体の力を抜いてしまい……その一瞬で再び身体が崩れる。

 同時に、意識もどんどん深く沈んでいく。

 たった7分頑張ったぶん、耐えたぶんの蓄積ダメージが跳ね返って襲いかかる。 


「……ぐ、やばい」

「無理なら寝ても構わないよ。後で話そっか」

「……いっすか」

「いいよ」

「あざ……………ぐぅ」

「待って今すごい首ガクンってなった」

『〜〜〜!?』

「おい誰か支えろ!」

「最後の最後でやりすぎたか……」

「ふぇ、と、トラウマががが」

「ご臨の終です」

「不謹慎!!」


 もう無理耐えられない。これは不味いと思った一絆は、気絶する前に玲華たちに一言許しを得て、承諾された瞬間意識を手放した。

 やいのやいのと騒ぐ同年代の声は、一絆の眠りを妨げることは終ぞ無かった。











───それで、件の空想は?

───なにも。あれから一切の音沙汰もない。侵入経路も依然不明だ。

───望橋くんが関与している可能性は。

───ほぼ0だろうな。今回の試合を通して見て、欠片もなかったその可能性は潰えたろう。俺とて端から疑ってはいなかったが……まぁないな。

───では。

───恐らく。どこからか情報が漏れた。何者かが空想を生み出したとしか思えん。

───やはり、異能か。

───生命創造の禁忌を破った異能の存在は、一昔も前に確認されている。前例があるならば、今回もそうだと仮定できる。

───ならば、やることは変わらずか。

───そうだな。今まで通り琴晴に彼を守らせる。どうせ洞月はサボるだろうしな。

───ははは。


───で、我々の中に裏切り者がいる可能性は?

───候補がいすぎて困る。

───そこまでかい??? え、いや、なんかこう、そこは私たちの中に裏切り者なんているわけがないって断言するとこじゃ……

───お花畑かお前。

───酷いな?





───……言われてるよ。

───誰のことやろなぁ。


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