表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.2「ふたりぼっち+α」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/51

02-12:測定失敗、非全力マンパワー


───4時限目、体育。


 更衣室でパパっと体育着に着替えて、ロッカーに荷物をぶち込んで、本鈴が鳴るギリギリ前に体育館に到着した。体育着は中央をネットで隔たれており、普段ステージ側を女子が、入り口側を男子が使用することになっている。

 ……のだが。どうやら今日は違うらしい。男女問わず、全員がステージに集められている。

 疑問を片手に、日葵と共に体育着の群れに飛び込んだ。


「あっ、遅いよ二人共〜」

「褌ちゃんごめんね」

「私の発作でごめんね……褌ちゃん」

「おいこら殴るぞ???」


 いち早く気付いて話しかけて来たのは、岩蕗先生に褌を購入したことを曝露されていた少女、黒鷺紫伊(くろさぎしい)。ロックな髪飾りでデコったサイドテールをふらふら揺らして、金の鳥目が柔らかく細められた。

 こんな也でも世間に認められたロックンガール。

 大手芸能事務所にスカウトされて、新星として世界へと羽搏いたすごい子である。よく学業と両立できるよねぇ。芸能科がある学校に行きゃいいのに。

 ちなパット入りだ。うーん、これは将来性がない。


「まーよーちーん?」

「なんのことかな?」


 まだ口に出してねぇだろ。いきなり殺意ぶつけてくんのやめろください。

 つーかキミ自身もう期待してないだろうに。諦めよ。


「やーッ、それとこれは別なの! もうッ!」

「ふーん?」

「真宵ちゃん、人を傷つけることは考えちゃダメだよ」

「ひまちんの言葉で更に傷ついたよあたし。お詫びとして死に曲のネタになってね」

「えっ」


 ストレス発散の山彦についてまで大曝露された紫伊は、学院一の美少女とまで持て囃される日葵の純粋な気持ちに胸を刺され、耐えきれずに崩れ落ちた。

 南無南無。お経はロックバージョンでいいかな?

 なんでも自分の糧にしようとする当たり、生き汚いのか仕事人なのか。


「また業界に喧嘩売る歌作るの?」

「くひっ、そりゃー、あたしってギャンブラーだからサ! 喧嘩売ってなんぼなとこあるでしょ! マネージャさんから厳しい目で見られちゃってるけど!」

「自業自得じゃんね」

「あはは……ところで、今日って男女合同なの?」

「あー、うん。聞いてなかった感じ?」

「そだね」

「ボクも」

「痴話ってた? 痴話ってたでしょ……ホームルームぐらいちゃんと聴こうぜ?」


 変な動詞作んな。多分聞く限り朝のホームルームだかで言ってたんだろうけど。色々あったからね、仕方ないよ。まだボクが悪いとは決まってない。

 ……日葵はなんで聞いてないんですかねぇ?

 キミの仕事でしょ。魔王サポートして。案内役が情報を把握漏れしちゃダメでしょうに。キミってばさぁ、ボクの世話係だっていう自負がないわけ?


 腹パンされて項垂れる紫伊ちゃんの背中を撫でる日葵を視界の外に追いやって、ボクは視線を巡らせる。

 普通、体育は他の学級と合同で行う授業だ。

 ボクらA組は、B組とペアになって参加するんだけどさ。つまりこの体育館のどっかに、我らが雫ちゃんがいるはずなんだけど。


 雫ちゃんどころかBいねぇな? Aしかいないのなんで?


「今日は体力測定ですよ、洞月さん」

「ミコちゃん……えっ、また? またやんの?」

「再検査だそうで。A組だけやり直し、と」

「はぁー???」


 ギャル転向に失敗した学級副委員長の足高美鼓(あしだかみこ)ちゃんが言う曰く、体育委員を任されているバカ2人がやらかして屋内種目の記録がパーになったらしい。

 なゆでも記録用紙が強風に煽られて吹っ飛んで……

 校外にさよならバイバイしたんだとか。個人情報ぇ……なにやってんだ。


 ちゃんと拾って回収しろよ。ぇ、回収はやった? だけど焼却炉にインしただぁ???

 なんで?


「ぃ、いやー、あたし悪くないよ?」

「「悪いよ?」」

「……もう折檻は嫌だぁ」

「泣かない泣かない」

「うぇぇ」


 べそ泣きするのは陸上部所属を理由に体育委員に強制で抜擢された阿呆、駒木椰埜(こまぎやや)。時間が経つに連れてべそからギャン泣きに移行しそうだったから、仲のいい運動仲間を呼び出して相手させる。授業前に混沌とさせるな。

 つーか折檻って何? 注意とかじゃなくて? 怖。そんな陸上部って怖いの?


「おいこら藍杜ッ、ざけんなよてめぇ!」

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハ───!!! そうッ、俺は! 悪くッ! ないッ!!!」

「開き直んな悪役顔!」

「ハーレム気取り!」

「胸元開けっ放露出狂!」

「ふっ……負け惜しみかな? モブ顔共!!」

「ッ、キレそう」

「ッ…キレたわ」

「「「……死に晒せぇぇぇぇ!!!」」」

「ぐぺっ!?」


 ついでにいうと男子陣営も騒いでいる。ヘマやらかした体育委員を皆で寄って囲ってフルボッコだドンしている。

 いいなあれ。混ざりたい。

 素面を騙って内心を誤魔化していた藍杜灰来(あいもりかいき)はモテない男子たちによって無事討伐されたようだ。世界はまた一つ平和になった。


「うわぁ……元気だな、喧嘩が絶えねぇ」

「……きみも、いずれはあの輪の中に入る…と思う、よ? 諦め、よ?」

「ヤダ何それ怖い……」


 尚、一絆くんは寝住くんと遠巻きに乱闘を眺めている。


 ……そして。


バンッ!!!!


「おーっしおまえらァ! 授業だ! 並べ!!!」


 うるせぇ耳死んだ。王来山一声がでかいと有名な大男が体育教官室の扉を叩き開けて現れた。

 名門トレーナー筋肉教師、喜屋武武尊(きやぶたける)先生だ。

 2メートルにも及ぶ筋骨隆々な肉体を持ち、年の大半を白のタンクトップで過ごす狂人である。トレーニングだか基礎代謝だかで常に熱いんだ。

 そんな成の大男が、すごい足音を立てて体育館を横断、A組の前に立ちはだかる。


 補足だが、彼は男子担当の体育教師だ。


「以前実施した体力測定の記録が見事紛失したのでなッ! 保存する前のことだったから、コピーもない。故に今日はやり直しだァ! 普段女子を受け持つ西木戸(にしきど)先生は、B組とグラウンドでレク中だ! 悪いな、今日は俺の日だッ!」

「暑苦しい」

「我慢して」

「せんせー、全部やり直すんですか?」

「別紙に記録していたシャトルラン以外は全部だ!」

(((よかった……)))


 ホッとした。20mシャトルランは地獄も地獄。30回で手抜きするのが吉だ。だけど異能部を理由に持久力は大事なんだぞーだかなんとか言われて、追加で走らされるのも可能性としては考えられるから、手抜きできないってのが現状なんだけど。

 異能部にまで出張ってくんなよ。身体作りは大切っちゃ大切だけどさ。


 つーか他の種目も別紙記録しとけよ。こまめにやれ。


 嬉しいことに外でやる種目の記録は残っていたようだ。前々回にやったからね……屋内種目とは別の日に実施したお陰で紛失せずに済んだらしい。

 よかった、ボール投げとか立ち幅跳びとかまたやるのはイヤだったし。

 いや今日の授業内容全部がイヤだけどさ。内容軽いけどめんどいじゃん?


「文句は山ほど腐るほどあるだろうが……すまんッ、今は飲み込んでくれ! 測定の後なら幾らでも聞いてやるぞ! くれぐれも手を抜いて怪我などしないように! いいな!」

「「「はいっ!」」」

「よーし、それじゃあまずは準備体操だ! 体育委員!」

「「はい!」」


 言いたいことをパパっと言って体育委員に指示を出した喜屋武先生は、体力測定に使う握力計や長座体前屈に使うダンボールの押し込む箱などを準備する。それを横目に、ボクたちは準備体操に勤しむ。

 駒木ちゃんと藍杜くんの数える声を聴きながら、ボクは喜屋武先生の言葉を振り返る。


 手を抜いたら怪我をする、なんて当たり前だ。普遍的でよくある話。異能部で任務も、黒彼岸での任務でだって、気を抜けば死に繋がる盤面なんて幾らでもある。というかあった。雫ちゃんが液体流化が間に合わずに死にかける、姫叶が逃げ遅れて瓦礫に押し潰されかけるとかさ。

 個人的には死ぬのは万々歳だけど、上手くいかないのが悩みどころ。


 勿論手を抜かなくても怪我はするけどね。その度合いの振れ幅は正直わからないが、大して変わらないとは思う。変わらないのから、もう気楽にいって大丈夫だってボクは思ってる。

 特に、怪我なんてすぐに治る身としては、気を抜こうが抜くまいが関係ない。楽したって無問題。 

 人間楽したいのは万国共通。それは魔王も同じだ。


 本気は出したい時に出す。全力なんて基本尽くさない。言うほど怠けきった人生ではないけれど、軽く力を抜いて生きてきたのがボクの三度目、今の生き方だ。

 極稀にテコ入れすることはある……でも、世界の流れに身を任せて、世間を観察しながら生きている。

 色々と受け身になって、ボクは三度目を彷徨っている。


 面倒なジレンマを抱えて、あれこれどーたらこう考えて悩み続ける人生。

 忙しなく脳を酷使しているせいか、本当に疲れる。

 こうして身体を動かすのも億劫なくらいには。


 ……まぁグダグダと、なにが言いたいのかと言うと。


「だる……」


 先生の情熱に逆らって、サボるのは別に悪いことじゃあないってことだ。

 勝手な自己解釈による我儘とも云う。

 いやホントね、怠いんだよ。疲れるんだよ。こう見えて精神年齢1000歳を優に超えてるんだよ、ボク。

 気分がいいときはド派手に動けるよ?

 でもダメなときは本当にダメなんだ。そして今は本当にダメな気分のとき。


 モチベっていうか、色々湧かないんだよね、体育って。

 あと不運連発で大惨事になることが多いからやだ。この身体能力で滑るってなに。硬式ボール顔面直打とかなに。器物破損させるの、本当にやめた方がいいよボクの体質。

 そりゃ周りの人には迷惑だろうけどさ? ちょっと自己中精神で体育委させて……いや、休ませてもらうわ。さっき日葵を運ぶついでに、保健室に体調不良で駆け込めば……

 んまぁ、今日が体力測定でよかった。

 サッカーだったら不動の要塞と化してたところだった。今日の授業なら、全体的に気を抜いてボーっとしても平気そう。

 あーあ。


───ってなわけで、ボクは動きを止めた。


「ちょ、真宵ちゃん」

「あーあ。集中力切れたか」

「早いね?」


 これでやる気を失って弛緩して、ぬぼ〜っと棒立ちする元魔王の完成だ。前々世病弱だったこともあって、圧倒的インドア派のボク。それなのに昼夜空想の討伐鎮圧撃退、仕舞いには人間同士の殺し合いに参加する、運動量が多く闇の色も濃い生活を送っている。

 だからかな。もう日常生活で充分体育してるよねって、思っちゃうんだよね。

 っと、危ないな。あんま近付くなよ。不運来るかもよ。ドミノ倒しはイヤだろう?


「むぅ、洞月……西木戸先生が仰っていた通り、やる気がすぐになくなるな……」

「ソッスネー」

「無理なら休むか?」

「イインスカー?」

「補習になるが」

「クソが」


 現実を突きつけられた。なるほど、これが社会か。


 休んだら休んだで補習。まぁ体力測定だもんね。ただし筋肉達磨と一対一やんのは地獄以外の何者でもない話だ。全力で拒否する。女子担当の西木戸先生と日葵が一緒なら許せる範疇……まぁ及第点、かな。

 それでもイヤだけどさ。あーあ、イヤだイヤだ。


 ……なんでボク、学生なんてやってるんだろ。さっさと辞めちまうか。


 それなりに悠々自適だった魔王時代が懐かしい。

 戻りたくないけど戻りてぇ……


 取り敢えず、喜屋武先生に励まれたり応援されたりして準備体操は終わらせた。

 すっごい煩かった。授業放棄は勿論失敗した。






◆◆◆






「なにやってんだあいつ……」


 望橋一絆は困惑していた。危ない雰囲気を纏う黒い方の同居人の気怠げな奇行にびっくりしていた。

 なにせ、いきなり静止して虚空を眺め出したから。

 やる気を失ったのが理由らしいが、色々と見てて困る。40人が動く中、1人だけ静止してダルそうに溜息を吐く姿は異質すぎた。

 というかまだ準備体操の段階である。早すぎる。

 それ以外にも、唐突に天井から落ちてくる照明に驚く。真宵を含めクラスメイトの大半が、慣れた様子で避けたり片付けたりしているのは本当におかしい。

 運が悪いとは聞いていたが、ここまでとは。落ちたのは体育館の隅に纏められた。


「危なかったねー」

「神様に命狙われてるんじゃない?」

「……強ち間違ってないかも」

「マジでー?」


 あっ、日常の一部になっちゃってる? 怖っこのクラス。


 悪寒に腕をさすった一絆は、呼びかけてきた寝住(ねずみ)に一言告げて合流。元の世界でもやった体力測定と変わらない、本年度2回目の測定を開始するのだった。



───握力測定。



 ステージ側に用意されていた握力計は、数日前まで彼が通っていた学校の物とのほぼ同じ測定器であった。

 右手左手と順に力を加え、握力を測る。

 結果は平均値よりちょっと上……可もなく不可もなくといった数値である。


「……まぁ、そう簡単に増えねぇか」


 世界転移前に測った時より大して変わっていない様子。

 魔力に目覚め、異能を手にした今、多少なりとも変わる要素があると期待していたのだが。ちなみに先日契約した光の精霊は、定期的に一絆の前に現れてはお菓子を勝手に食べている。

 生活を共にして、魔力を練る練習も一緒にしている。

 今日は学院生活初日というのもあって、透明化のままでふらふら浮いているが。


「ふんっ」

「うわっ、やっぱり握力計壊れた」

「最後にして良かったね」

「琴晴! 怪我はしてないな!?」

「ダメみたいです」


 後ろで聴こえた破砕音は聞かなかったことにした。



───長座体前屈。



「痛い痛いたいたいたいたいたい!」

「だいじょーぶ。まだまだいけるよー」

「無理ぃぃぃ!!」


 筋繊維全て引き千切れる限界まで身体を伸ばされている真宵の絶叫をBGMに、測定は滞りなく進んでいく。

 一絆も寝住裕吉とペアを組み、長座体前屈に参加。

 筋肉のせいなのか固い身体はあまり前に伸びなかった。多分関係ない。それでも平均値を上回っていたのだから、なんの問題もないだろう。

 何故真宵が日葵に伸ばされているかは不明である。

 真宵の加圧に耐えきれず、分解爆散した握力計の破片が首根っこに突き刺さった怒りをぶつけてるとか、そんなのではない。


「ぅぐっ、ここが限界……」

「無理すんなって。身体痛めるだけだぜ」

「っ、ふぅ……ぅん、そうする」


 前屈みになったまま辛そうに声を荒らげる寝住をどけ、記録用紙にペンを走らせる。

 一絆が寝住と一緒に行動しているこは、たまたま座席が近かったたから。ボサっとした黒髪と黒縁メガネに隠れた表情は見ることができないが、一絆は気にしないタイプだあった。

 そもそも寝住が陰の者の割に行動的で、会話することに苦を感じないのが幸いしている。


「あっごめ」

「ちょ待って無理死ッ」

「まよちーん!?」


 相変わらず騒がしい女子からは目を逸らした。



───反復横跳び。



 盛大に骨がへし折れるような音が聞こえた気がしたが、気の所為だったかもしれない。

 一絆は新世界の人間の耐久力の高さを知った。

 否、回復力と言うべきか。なぜなら意気揚々と闘志に、殺意に燃える真宵がいたから。

 普通に元気そうで安心した。

 安心できない音が鳴っていたけれど、思っていたよりも大丈夫だったのかもしれない。


 ……勿論、殺意の矛先は無理強いをした隣人である。


「ボクが勝ったら奢れよ」

「私が勝ったら言うことなんでも聞いてね?」

「賭けになってないんだけど?」


 そして、目を離した隙にいつもの喧嘩が始まっていた。


 どうやら反復横跳びで勝負する様子。血で血を洗うのと比較すれば生易しく、随分と平和的なので、誰一人として止めやしない。

 勝負になった経緯は駒木の「どっちが強いのか」という何気のない発言のせいである。発端であるなにも考えずに火に油を注いだ駒木は、平和とはいえ争いを引き起こした元凶として女子総動員で吊し上げられている。

 どうやって天井に吊るしたのだろうか。


 尚、喜屋武は笑顔で「青春だ!」と呑気なことを大声で宣わっている。止めろよ。


 無論2人だけに構っているわけにもいかない為、測定は普通に始まった。しかし2人の気迫に巻き込まれないよう遠巻きにしているが。

 距離を取って測定するクラスメイトに真宵たちは意識を向けていない。

 そもそも気付いていない。お互いの世界に入っている。傍迷惑な。


 そして、ストップウォッチが押され───


「っし───」

「っと……」


 身近な人物の異常な身体能力の、その真髄を一絆たちは見せつけられた。


 どうにも2人だけ世界線が違ったらしい。

 異次元なスポーツ漫画顔負けの速度と熱気で高速移動し白線を越える人間たちがいた。音も風圧までも凄まじく、参加者の一部は後ろが気になって仕方がない様子。

 無心で取り組んだ一絆と寝住は、なんとか惑わされずにクリアできた。

 後ろを振り向けば失速間違いなしであった。

 尚、男子の一部は2人の揺れるナニカをガン見した罪で女子から制裁を受けた。

 どこかの誰かに影響されてか、このクラスの女子は全員殺意が高い。


「あっつい……!」

「二度とやらないもんね……」

「「で、どっち?」」

「えっとねぇ」

「……」

「……」

「桁減らしていい?」

「正直に書くよ」

「やっちゃったかも……ね、ヤヤちゃん、落ち着こ? ね、ちょっと減らそ?」

「や!」


 爆速で足を酷使した2人は、珍しくも無理が祟ったのか息も絶え絶えになっている。焚き付けた罰として記録係にされた駒木は、動体視力を強化する異能を持っていた為、しっかりと見逃さずに結果を書き込んだ。

 ……その内容が到底受け入れられない桁数だとしても。

 白熱しすぎた記録は、紙面に書き起こさずとも信憑性を多方面から疑われる代物になった。純粋にすごいすごいと褒めてそのまま書く駒木への説得は虚しく終わった。

 ハムスターには勝てなかった。


 喜屋武の鶴の一声でありのままに書いて提出しても良いことになった。先方には此方が説得しておくと包み隠さず実力を見せてくれた2人を擁護してくれた。

 その結果がどうなったかは……


 後日、やはり却下が出されてやり直す羽目になったのが答えである。


 ちなみに勝敗は同点であった為、賭けは無効になったとここに記しておく。



───上体起こし。



「川が見えた。危ない危ない」

「……」

「し、死んでる……」

「ひまちーん!?」


 屋内最後の測定として選ばれたのは、上体起こし。

 先程までの無駄に精度が高く激しい反復横跳びによって疲労困憊だった真宵と日葵は、追加された重運動に堪らず目眩がしたが、なんとか意識を保って頑張った。

 頑張った結果、色々あって日葵が死んだ。

 トドメは真宵である。一足先に終わらせ息を整えていた真宵が、嫌がらせで日葵の足裏をくすぐったからである。両足を綺麗に絡めて、身動きできなくした上での犯行……日葵も笑いながら足の拘束を解いたり、左足で真宵の首を蹴り穿つ反撃をしたが、結果はこのザマ。

 日葵は虚しくも撃沈した。

 笑い死にである。

 首に反撃された真宵も数秒ほど三途の川を渡りかけた。対岸には誰もいなかった。


「あれって日常だったりする?」

「去年からそうだぞ。俺らのクラスって1年の時とあんま変わってねぇーんだけど、それってあの2人の騒動に多少順応しちまったからだからな」

「なにそれ怖い」

「えっと……なんだっけ、慣れてる人が周りにいた方が、色々と対処が楽、だから……だっ、け?」

「ククッ、多少はオブラートに包んでいたがな」

「ほーん」


 一絆の困惑に、率先して彼と関わっている学級委員長の藤牧禅位(ふじまきぜんい)、真宵に抜擢された寝住裕吉、やらかした厨二病体育委員の藍杜灰来がそれぞれ答えていく。

 手慣れた面々の軽い一言から、相当の慣れを感じて少し怖くなった。


「それはそれとして、死人が出るだろ、アレ」

「なっ、なんで生きてるんだろうね……」

「……あいつらを俺らと同じ物差しで測っちゃダメだぞ。ついてけない」

「闇の鍛錬の成果か……」

「強ち間違ってなさそうなのがな」

「怖いね」

「怖いな」


 躊躇いなく殺意をぶつけ合う様は非常に目によくない。

 いつも2人の攻防を見ているクラスメイト達は常思う。授業とか関係なく、目の前で血染めのキャットファイトを繰り広げないでほしい───と。

 学院全体の総意でもある。

 大半がキャッキャウフフだが、それでもやはり殺意高の攻撃が飛び交うのは本当に宜しくない。


 養父や担任の注意が飛ぶが、改善された試しはない。


「ぜぇ……ぜぇ……ふぅ……体力測定って、こんな疲れるやつだっけ……?」

「自爆でしょ」

「みんな酷いや……」

「キャハ」

「チッ」


 くすぐりの余韻から復活した日葵は、足高たちの心無い本音の返答に嘆く。そして、隣で床とお友達になっていた真宵の両脇に腕を添え、そっと掴み上げ───ギュッ、と抱き締めた。

 立ち上がってすぐ抱擁したのだ。本当に何故か。

 床板の冷たい心地良さを堪能していた真宵は、不届きな邪魔者に殺意を送る。


「……なんのつもり?」

「えっ、仲直りのハグ」

「辱めの間違いでしょ」


 相手には伝わらない。衆人環視の前でも躊躇わず、こう突拍子のない奇行をしてくる。日葵の行動には慣れている真宵であっても、それらが当たり前の光景になりつつある他生徒たちも、なんとも言えない顔で日葵を見た。

 キョトンと何もわかっていない顔を返された。

 公衆の面前で過度なボディタッチはするのもされるのも恥ずかしいとされる代物なのだが……日葵にはそういった羞恥心が欠けているのかもしれない。

 ただの確信犯かもしれないが。


「おーいおまえたち! 記録用紙集めるぞー!!」

「はーい!」

「じゃ、行こっか」

「えっこのまま……?」

「うん!」


 微妙な空気を突き破ったのは、筋肉教師武尊の大咆哮。体育館に反響する大声に耳を貫かれながら、生徒は一斉にステージ側に移動する。

 真宵は日葵に抱えられ……というか、持ち運びされた。

 一絆は男子たちの輪に飛び込み、和気藹々と歩き出す。恥ずかしそうに記録用紙を握り締める寝住を揶揄う藍杜を藤牧が叩くのを眺めて、揺れ動く心に一つ呟く。


「……何気に、あっちにいた時より楽しい、のか?」


 どこか薄ら寒い、納得するには躊躇いがある感情に己を苛まれながら。


「せんせー! 天井から落ちてきた鉄柱が、まよっちたちを閉じ込める檻になっちゃった!」

「なんだと!?」

「たすけて」

「琴晴ちゃ、なんでお股抑えてんの!?」

「蹴られた……」

「ヌゥん、ここまで古かったか? まあいい、すぐ助けるぞ2人ともーッ!!」

「こないで」


 騒がしい体力測定は、賑やかなまま終わるのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ