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まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.2「ふたりぼっち+α」

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32/51

02-11:心を揺さぶる咎の歴史


「はい静粛に……今日からこのクラスで、お前たちと共に勉学に励む転入生を紹介する。では望橋くん、挨拶を」

「うす……望橋一絆です。どうぞよろしくお願いします」

「わー☆」

「イケメンじゃーん」

「よろしくー!」

「帰れー!」

「……おい黒いの」

「ごめんて」


 あの出会いから二日経って、今日。

 王来山学院2-A教室。担任教室ボートライ・レフライが転入生を紹介した。勿論その転入生は一絆くん。なんでか知らないけどクラスメイトになった。

 A組の生徒たちは拍手喝采、私語を慎まずに歓迎する。

 ボクはさり気なく悪態ついたけどすぐにバレた。まさかこんな早くボクへの対応がスピーディになるとはね。少し誇らしいよ。


 本当は異能部が複数人一つのクラスに集まるのはダメ、なんて暗黙の了解があったんだけど、今回は仕方ないって理由でこうなった。

 最初からボクと日葵はクラスメイト? 知らんがな。

 別に2人揃えてた方がどちらかを制御できる、だなんて言われたことはない。ないったらない。


 嫌だよねぇー。学院のボクらの見方がよくわかるよね。日葵と同クラスなのもそういう理由、かな。どっちがどう問題集されてんのか気になりますねぇ、はい。

 ちなみに王来山学院の学級は一学年に5つだ。

 A組にはボクと日葵、B組には雫ちゃん、E組は姫叶……なんて具合に編成されている。

 ご覧の通り均等な振り分けではない。

 三年生も性格面を加味して根暗と女傑が、眼鏡と大鎌がそれぞれクラス分けされている感じだ。ノットバラバラ、イエスセット、だね。


 あぁ、姫叶がうちのクラスに来るのはぼっちが寂しくて知り合いがいる教室に来てただけだ。雫ちゃんとの対面は羞恥で無理らしい。雑魚が。

 よくA組にいるから紛らわしい。

 寂しがり屋め……これからは一絆くんとお手手を繋いでつるむんだぞ。


 ……それにしてもね。まさかとは思ってたけど、本当にここまでボクら2人と彼を絡ませてきたか。そんな思惑、もうバレバレなんだよ。

 懐柔作戦でもする気か? 二つの意味で。

 ボクと一絆くんの総取り……とかね。疑いすぎだって? そうでもないよ。教師陣の中でおじさんだけはボクの裏を完全に把握してるんだし。凡そ考えていることはわかる。

 そう都合よく行かせるものか。

 ボクはボク。ボクの進路はボクが選ぶ。他者の手なんぞ取るわけがない。


 思案している間に一絆くんの自己紹介は滞りなく進む。並行世界の地球から来た云々、邪神がルーレットで決めた云々は省いて、『田舎から魔都に独り立ちしたら、空想にいきなり襲われました。でも奇跡的に異能を発現して撃退できました。そしたら異能部に勧誘されました〜』という嘘か真か八割嘘の経歴を流布する。

 うん、バックボーンは完璧だ。監修はボクだ。

 田舎がどこかって? “霊峰フジ”の麓だとか底だとか適当言っとけって伝えてある。

 ……修羅かな? 要らん勘違いされそうで草だ。

 ところでいつの間に異能部入りしたんです? 異能発現で決まったわけ?


 昨日? 昼過ぎまで寝てる間に決まった……日葵それマ?


「入部試験はやるらしいよ」

「決定事項なのに?」

「形式美、ってやつ」

「そこまで大事かー?」


 一絆くん初めての戦闘の映像記録はちゃんと提出して、こんだけ動けますよー、善性ありますよー、ってのはすぐ証明してあげたのに。

 あれかな、直で見たいとかそんな感じ?


「ハイハイ質問! 好きなタイプは!?」

「過去未来現在の全ての時間軸において彼女いますか!? いましたか!? イケメンですね! 付き合ってください! 私と付き合えッ!!」

「ちょっと待てなんだその質問」

「洞月派!? 琴晴派!?」

「なにその派閥」

「……私語を慎め貴様ら」

「「「はい」」」

「統率力高いなこのクラス」


 自己紹介は簡単に終わった。好奇心旺盛なガキ共による強制的な質問タイムに移行しそうだったが、ライライ先生怒りの一喝で軌道修正。静かになった教室で、困惑気味の一絆くんの声のみが響いた。

 それとそこの女共。貴様ナニを質問している。

 年齢=彼氏いない歴改善に励む性急バカと、ボクたちに眼福眼福って顔で頷く百合厨バカ……おいさては、貴様が虚伝流布者だな?

 いつかコロす。顔も名前も覚えたからな。噂の伝道師はオマエだ。


「席は……琴晴の後ろ、洞月の左隣の席だ」

「っす」


 殺意の波動に目覚め、どう部外者にバレないように女を粛清するか計画して……それを察知した日葵に撫でられて思考を止められている間に、ライライ先生は転入生の席を伝えていた。

 指さす先は後ろから二つ目の中央列、ボクの左隣。

 実は一絆くんの転入に先立ってクジ引きによる席替えが昨日あったんだけど、ボクは無事中央の六列右席、日葵は五列目の左席をゲットした。

 勿論操作した。影でこっそり視て目的のを手に入れた。

 一絆くんの位置については、ボクと日葵に挟まれた席。前と横だけど。席替えで最初から空席指定だった。最後尾だから、かなり融通が効くね。

 いやぁ、学院生活がより楽しくなりそうだね! セクハラ変態魔が隣列の前の座席に行ってくれたのも助かった。

 運命のダイスはボクに微笑んだようだなぁ!!!


 ……さて、ここで一つ。そんなどーでもいいことよりも大事な、先日からボクを悩ませる疑問を聴いてほしい。


「あー、よろしく。日葵、真宵」

「よろしくねー、かーくん」

「……うん、まぁ……よ、よろしく…………」


 ……なんでか知らないけど、知らない間に2人の距離が縮まっていた件。

 具体的に言うと下の名前で呼びあっている。

 なんならボクまでも。苗字の洞月呼びが、たった一日で真宵呼びになってた……なんで? 名前で呼んでいいかって聞かれたとき、なんも考えずに二つ返事で許可したボクも悪いけど。


 つか日葵さん? なんで“かーくん”呼び? あだ名? マ?


 深酒で寝た日の後、つまり一昨日の朝からこんな感じで仲良くなってるんだけど……


 寝ている間に風呂歯磨きその他諸々を日葵に世話された翌朝に「真宵って呼んでいいか」なんて聴かれて。何故か訳知り顔でうんうんあこべこしてる日葵と、やりきった感出してる一絆くんが対照的だったのは記憶に新しい。

 いきなりすぎて宇宙背負ったよ? 説明をください。

 うん、さっぱりわからん。


「……なにがあった?」


 そんな呟きに2人は苦笑して「なにも」と答えるだけ。今更追及しようにもライライ先生の目が合って無理と……なんだこれ。詰みか?

 ぜーんぜん説明してくれないんだけどこのあんぽんたんコンビ。


 ……マジでなにがあったの? かーくんisなに?






◆◆◆






 一絆くんが転入するまでの二日間、つまり並行世界生活二日目と三日目は、彼がこの世界で生きる為に必要となる手続きを終わらせる期間、そして勉強に費やされた。

 んまぁ空想と戦ったことで検査入院に担ぎ込まれたり、暫く一絆くんを警護したり、異能部全員に警戒するように指令が出されたりしたけど……うん、大変だったね。

 ボクが悪かったです。ごめんなさい。

 取り敢えず今日は四日目、ある程度こちらの知識を頭に詰め込んだ一絆くんは王来山学院の門扉をくぐり抜けた。

 勉強できるのは嘘じゃないみたいで、短期間で記憶する速度は凄まじく、定着度も非常に高かった。頭がいいって自称は間違いではなく、その頭脳は禍虚獣との遭遇戦でも見られていたことから言うまでもない。

 ……この間、方舟から並行世界人についての話題とかは上がってなかったから、多分そっちには情報漏れてないと思うんだけど。

 いつかバレそーだよねぇ。すごい素材あんじゃ〜なんて言い様で攫われそう。


 さて、そんなわけで授業の時間だ。なんとも面倒臭い。



───1時限目、現代文。



「肉体と精神の軛、これを正すことによって───はぁ、なんで哲学的になってるのかしら。現代文をさせなさいよ現代文を」

「せんせー、教科書を叩き捨てないでください」

「正しい使い方よ」


 現文の担当は雪街好栄(ゆきまちこのえ)先生。水色がかった銀髪、冷たく細められた冷徹な青い瞳といった、名前といい風貌といい全体的に“冬”を感じさせる御歳24歳。鳥姉の同期らしい。

 朗読していた内容が嫌いな哲学だからって、嫌気差して教科書床に叩きつけるのはどうかと思う。なにやってんだそれでも教師か?

 去年から見慣れた奇行だけど。

 学級委員長の指摘に渋々教科書を拾って、嫌そうな顔で好栄ちゃん先生は授業を再開する。


「初っ端から濃いな……」


 驚嘆する一絆くんには悪いが、うちの教師陣って総じて変なのばっかだから、驚きは積み重なってばかりだろう。でもすぐに慣れる筈だ。キミ、順応性高いから。

 それに教科書を叩き捨てるなんて序の口だ。

 真面目なヤツほど狂ってる、っていうのをここの教師は体現しているのだから。


 あ、そういえば一絆くん、既に学院教師陣と顔合わせを済ませているらしい。今日の早朝、おじさんに連れられて挨拶したんだとか。

 個性派でしょ、うちの学校。なんで教員免許持てんのか不思議だよね。


「皆、辞書を使いなさい、辞書を。分厚ければ分厚い程、辞書は便利なのよ───鈍器としてね」

「せんせー、ちゃんと辞書として使ってください」

「ブックカバーが鉄製なのおかしくない?」

「完全に殺る目してんね」

「いつかやると思ってました」

「事前録音…」


 その、両手で持ってやっと持ち上げられるサイズ感……あたおかカバーで余計重くなってるのを、なんで主要武器扱いしているのか。

 クールビューティなのは見かけのみ、中身は阿呆。

 外見詐欺である。うちの日葵と一緒だ。鳥姉の同級生は伊達じゃない。


───当学院の講義時間は50分。基本は六時間で、合間に15分の休み時間が挟まれる。校舎がでかいから移動教室が大変だ、って理由で普通の高校より5分多い。ラッキー。

 ちなみに好栄ちゃん先生の教本癇癪はチャイムが鳴ると也を潜めた。

 進んだページ数は4、黒板を書いて消した回数は7回……時間かけすぎじゃないかな?

 で、次の授業。



───2時限目、数学。



「ではこの問題を……寮の朝食に特大ステーキを出されて胃もたれした駒木、ギャルに変わろうとグレたがギャルの定義がわからなかった足高、ノリで買った褌に困っている大バカ、もとい黒鷺。順に書いていけ」

「指名曝露やめてくれます!?」

「ごふっ、げほっげほっ」

「なーんで知ってんのおまえ!?」

「おまえだと?」

「あ、さーせんした……」

「弱」


 プライバシーの権利が完全消失する数学の授業は、常に恐怖政治が強いられている。岩蕗龍吾(いわぶきりゅうご)先生は、学院有数の情報通である堅物眼鏡なのだ。

 ワックスで固めた灰色の髪を撫で下ろす男は、ボクらがライライ先生と並んで辛辣な物言いが多い教師でもある。

 女子生徒の秘密を暴くのはどうかと思う。最低かな。


 ちなみに軽く曝露されたのは陸上部エースの駒木椰埜(こまぎやや)、学級委員長に恋する副委員長の足高美鼓(あしだかみこ)、ロック音楽界のニュースター黒鷺紫伊(くろさぎしい)だ。

 情報源は不明。何故岩蕗先生の元に女子陣の個人情報が集まっているのかはわからない。

 ちなみにボクと日葵は表面上の情報しか盗られてない。

 うんうん、これでオマエは異世界人だッ! て言われたら発狂する自信がある。


 あっ、授業自体は普通の数学ね。これといって変なのはない普通のヤツだ。お手軽に教科書を投げることもない、ただ単純にしょうもない隠し事をバラされるだけ。

 うん、全然普通じゃない。何故バラす。

 お口チャックできないの? 性癖だったりする? いつか訴えられるよ?


「正解だ。だがこの点はなんだ、山彦黒鷺」

「それも知られてんの……? 最近流行りの学術用語です。特に意味はないです……悪いモノじゃないです……だから見逃してほしいなー、なんて」

「減点」

「嫌いだ!!」


 嫌いな教師ランキング堂々の一位、殿堂入り経験者には勝てないよ。授業始まってすぐなのに、もう4回も嫌いと叫ばれんのは、一種の才能だと思う。

 授業中なのにこれとか、躊躇いがないなうちのクラス。


「次の問題だ……よし、朝起きたら洞月に生態観察日記を書かれていた上に、理由もわからず死刑宣告された望橋、六行目の説明を読め」

「……えっ、あ、はい……マジか……」

「……おじさんの仕業か」

「そんなことしてたなんて私知らなかったなー。いやなにやってんの?」


 学院長、養子のじゃれ合いを軽々しく話しすぎじゃね? 世間話感覚やめてよね。

 その経緯は話すまでもない。一絆くん観察日記を作って書き始めただけだ。多分三日ももたない自信がある。すぐ飽きるだろうけど……やりたくなったのだ。仕方ないね。

 死刑宣告は形式美ね。寝惚けたアホに頭を撫でられたら言うに決まってんだろバカ。寝起き土下座されたから許したけど。

 ……どいつもこいつも、なんで撫でてくるのかね?


 ともかく、PTAはちゃんと動くべきだ。岩蕗のイケメンスマイルに負けてんじゃねぇ。



───3時限目、日本史。



「300年前の大厄災、“魔法震災”による崩壊はこの地球が生まれ変わる理由を作った。史上類を見ない被害を被った我らが祖先は、この日ノ本に新たな国を再建。

 それがアルカナ。皇国として再出発した群島国家だ」


 お決まりともいえる前演説で、今の皇国になる前の形の日本の歴史について語る老齢の教授。

 先週は江戸の話だったのに、一気に時代飛んだな。

 この老耄教授の名は荒久田院次(あらくだいんじ)。御歳78歳の大権威……学院最高齢のおじいちゃんだ。

 顰めっ面のお堅い表情がデフォルトで、常に鋭い眼光で生徒たちを睥睨する……ちなみに睨んではいない。生まれもった顔だから仕方ない。

 この先生は苦手な教師ランキング4位を拝命している。


 そして……


「……む? 仕事中は連絡するなどアレほど……」


 授業中であろうとも、どんな時であろうとも、奥さんのメールを最優先する愛妻家である。授業放棄はよくないと思うんだよね。文化祭で奥さん見たことあるけど、ただのボケ老人だった。めっちゃ聞き返してた。最初はフリかと疑ったけど正真正銘のご老人だった。

 多分、メールするなって言葉覚えてないよ、アレ。旦那恋しさに勝ててないよ。


 こんなんでもマシな部類の先生だ。ライライ先生を除くほとんどの教師が変人奇人の中、この老人とあの人は大分真面目な部類なのだ。荒久田先生奥さんに弱いけど。

 ボケられる前は尻に敷かれてたんだと思う。今もかな。


「寝るなよ、藍杜(あいもり)

「見間違いでは?」

「口答えとはいい度胸だな……俺のチョーク弾丸を脳天に食らいたいようだな」

「恩赦を……」


 厨二イキリが死んだ。この人でなし。

 この授業は下手に寝れない。厳しいから。下手に逆らうわけにもね。今までの現代文と数学は対して異様さがない普通の科目だったが、日本史は違う。科目名が日本なのは過去の名残り。

 現代の異能共生社会において、日本史は新世界になる前なった後の2つに分類される。濃密になるのは勿論旧世界である。つまり普通の日本史の内容だ。そこから300年は新世界についての歴史、浅い歴史を辿っていくのだ。

 薄っぺらい癖に、すごい内容濃いんだよねぇ、ここ。


 多彩な知識を学べるこの授業は、ボクらの情緒を頻繁に荒らしに来る。地球を壊させた、原因を止められなかった実質遠因その1その2なボクたちを。

 日葵もボクも知らない、死んだ後の物語。

 天災の後になにがあって、どう復興したのか。そして、どのような形で変革を迎えたのか。全ての後始末を誰かに放り投げたボクたちは、後から知ることしかできない。

 オマエらが壊した未来を知れと言わんばかりに。


 謝罪も後悔もすることができない、つまりは後の祭り。


 ……んまぁ、このボクには大したダメージ入ってないんですけどねぇ!

 どちらかと言うと日葵にクリティカル。

 毎時間この授業で鬱になっている。そりゃ、守るべきを守れなかったんだから。敵対者が言うもんじゃないけど、気を重くしすぎだと思うよ。

 ……いつもメンタルケアを任せられている身としては、早々になんとかしたいところ。


 ……いっそのこと、荒久田先生消すか?


「かくして始まりの異能者A───後世にも彼の者の名は残されておらんが、彼と賛同者たちの統率と奮闘により、この新世界は空想の危機から脱却。安寧へと進む第一歩を踏み出したのだ」

「───!」

「はぁ」


 その単語が聞こえた瞬間息を飲む日葵に、その対象への溜息をまた吐き零す。

 出たよA。日葵の悲痛の種、謎めいた最初の異能者。


 ……天災大連発の三年後、エーテル世界で暮らしていた魔物たちが界放した《洞哭門(アビスゲート)》を渡って地球へ侵略した。生まれ故郷の崩壊などによる興奮状態で制御不能に陥った魔物たちの暴動。それを食い止めたのが“A”という男。

 初見のときはへーすごいなーとしか思えなかったけど、日葵はなんでか塞ぎ込んで、空を仰いでいた。

 懺悔か後悔か、よくない感情を抱いていた……なにか、既視感があったのかもしれない。

 それがなんなのかは、ボクはまだ詳しく知らないけど。


「………」


 現に、今日の日葵も上の空。


「……なんか日葵の奴、元気なくね?」

「この話聞くといつもあーなる。理由は知らない」

「そうなのか」


 頑なに教えてくれないんだよねぇ。なんとなくだけど、その反応でなにがなんなのかは……ほんの少しだけ、想像できるんだけど。

 薄情者のボクにはわからない。

 あの悦も苦虫を噛み潰したようた顔をしていたけど……うん、悲しいね。


「ひまちゃ、終わったよ」


 終礼のチャイムが鳴り、次の授業に向けて一斉に動く。誠に残念ながら、次は体育だ。更衣室を目指し、体操袋を手に取って、更に硬直した日葵と腕を組んで移動する。

 クラスメイトについていけば迷う心配はない。

 ……あぁ、そうだ。学院生活一日目の一絆くんの為に、案内人を用意してあげなきゃ。ぉ、ちょうど仲良くなった男の子がいるみたいだね。


寝住(ねずみ)くん、一絆くんのことよろしく」

「ぅぇ、ぉ、ぼ……僕!? んー、わかった、よ? 任せて。それぐらないなら……望橋、くん。こっち来て……色々、説明ぐらいはできる、から」

「あー、助かる。よろしくな」

「ぅん!」


 行動力がある陰キャくん、寝住裕吉(ねずみゆうきち)くんに彼を任せる。成績はそんなんだけど、理解力が高い子だ。目隠れ黒髪の典型的な子だけど、性格は悪くない。

 あれだ、男の子版多世先輩……いやあの人より拗らせてないか。


 さて、遅刻する前になんとかしなきゃね……


「まよっちー、ひまっちー! 早く行くよー!」

「んー。すぐ行くー」

「……うん」


 黒鷺紫伊の促す声に軽く答えて、ぐだぐだしているまま項垂れている日葵を連れていく。遅い。いつもお世話する立場なのはオマエだろうに。

 うわ、だいぶ皆と離れたな……呼んだくせに置いてくなバカ共が。


 ……ふたりっきりになった方が、口が軽くなる、か。


「……恨んでるよね、きっと」


 ほらね。喧騒に阻まれてボク以外には聴こえない弱音を受け止めてやる。

 ……そう悲観するな、なんて言葉は紡がない。

 いつもヘラヘラ笑っている日葵の、珍しく弱った姿。

 唆るモノがあるが……ずっと見ていたいわけじゃない。見られたいモノでもない。光学迷彩の要領で日葵の様子を周りに誤認させたから、一絆くん以外は気付けてないし。うんうん、持つべきは権能だね。


「大丈夫だよ」


 やっぱり、キミにはアホみたいな笑顔が一番なんだよ。みんなそう思ってる。曇り顔なんて、かつての仲間たちも望まない筈だ。

 見ずともわかるよ。多少なりとも、気持ちはわかる。

 だから、ただボクは───昔の日葵も今の日葵も、その全てを肯定してやれば良い。


「リエラは悪くないよ。ボクが保証する」

「でも……」

「あの時。キミが役目を捨ててまで、このボクを……私を助けてくれなければ。今ここに、ボクはいない。それに、二つの世界だって、もっと滅茶苦茶になってたよ。キミは間違ってなんてない。使命から逃げてなんてないんだよ」

「……そう?」

「うん。ボクが証明するよ」

「……うん」


 勇者の使命は世界を救うこと。救えなかった罪は重い。救える力を持ちながら、成し遂げられなかったのは、最早言い逃れできない罪となる。

 でも、心にくる重さは……勇者として戦った時のよりも僅かに軽いと思う。

 己の手で救った村を、街を、国を滅ぼされた。

 手の届かないところで、仲の良い誰かを殺された。

 自分の力が及ばず、あらゆるモノを破壊された。

 ただ、それよりも……仲間の死の方が辛いのだと思う。人間味がある悲しさだ。大きな滅びよりも、身近にあったモノへの方が感情が出るモノ。ああは言ったが、リエラの使命は果たされなかった。それよりも、彼女の心は使命と異なる別のモノに意識を割いてしまっている。

 日葵は幾度も現実を直視する。もう会えない友たちを、自分が死んだ後の戦友がどうなったのかを、文字を通して知らされる。


 うん……あんなにキミを苦しめたボクが、こんなことを言うのも、考えるのも、区別するのもおかしいけれど。

 命の重さに優劣つけるなんて、キミに失礼だろうけど。


 ただ一言、言わせてほしい。


「キミは世界を救ってみせた。そこに嘘なんてないよ」


───キミの仲間が、大切な友人を恨むだなんて。確実にありえないさ。


 胸を張っていいんだ。受け入れるのが辛くとも、ね。


「五英雄。キミに集った彼らは、勇者の肩書きを持つからキミについて行ったわけじゃあない。キミという、優しいニンゲンに惹かれたんだ。そんな彼らが、キミを恨む?

 バカバカしい。

 ……それに、キミが彼らを信じなくてどうする。キミはリーダーなんだろう。キミ自身が仲間たちを信じなくて、どうするんだい?」


 ……ま、ボクが言えたことじゃないけどさ。


「……いつか、会えるかな」

「会えるよ、きっと」

「謝れるかな」

「キミ次第だよ。だから、しゃんとしよう?」

「……うん」


 今、エーテルからの転生者はそれなりにいるからね。


 ……あの日、散々キミは世界ではなくボクを選んだとか生意気なことを言ってたけれど。

 ボクを優先してくれた喜びとか、あるにはあったけど。

 その判断は、結果的に世界を二つも救ったんだ。そこに嘘も偽りもない。

 キミの想いを、キミの仲間が否定するわけがない。


 だから……そう気を病むことはないんだよ。安心して。エーテル世界が滅んだのも、この地球が滅びかけたのも、その全ての責任はボクにあるんだよ?

 まんまと邪神に取り込まれて、操られて、利用されて。

 その咎を尻拭いしたのは、その滅びを食い止めたのは、紛れもなくキミだ。

 キミなんだ。


 それでもまだ……苦しいのなら。


「泣くんなら、さ……後で、全部がわかった時に泣こ?」


 生まれ変わっても尚、その辛さは色濃く残るのだろう。でも、その一瞬までは……忘れても、忘れなくても、別にいいんじゃないかな。

 受け入れるのも受け止めるのも、飲み込むのも、全部。

 キミの自由だ。リエラ・スカイハートに罪はない。そう証明してあげよう。


「……アクくんはね、男尊女卑を拗らせててね……自分に都合が悪くなったらね、女は戦場に出るな〜って、絶対に言ってくるの」

「うん」

「でもね、それは優しさの裏返しでね……」

「うん」

「不器用だったんだぁ、彼……」

「うんうん」


 生憎、ボクはその賢者に会ったことはない。聞く限りはお堅い思考の持ち主で、男尊女卑を掲げて、その代わりに前線に立って───そういう人物であるとしか知らない。

 魔法の師匠であったドミィと、リエラの思い出話でしか知らない。

 でも、きっといい子だったんだと思う。


 なにせ、彼のことを話す日葵の表情は……


 敢えて言うなれば、恋する乙女の顔ではなかったとだけ言っておこう。脈ナシだねぇ。やったね……なにが??? あんまり意識したくない内容だね。

 やーめよ。次々。異能者Aなんざいなかったんや。


「……さて、そろそろ急ごっか」

「えぇ〜まだまだ話せるよ?」

「お家に帰ったらね。幾らでも聞いてあげるよ」

「でも今日仕事でしょ? 裏の」

「なーんで把握してるのかな??? どっから情報漏れた? 意味わからんのだけど?」


 センチメンタルに微睡みながら、未だ心に悲哀を背負う日葵を歩かせて更衣室に。女子更衣室はここからそんなに遠くないとはいえ、このままズルズル参ってたら遅刻だ。

 ……さっきよりはマシな顔になったから、いっか。

 ふざけたことも言えるようになったし……偶には慈愛を持ってあげるべきだよね。

 ほら、早く進むよ。


 あと、こっからはキミが先導して。迷子になるよ。


「人の流れに乗ればよくなぁい?」

「その発言何回目?」

「数えてないなぁ。この迷子ちゃんめ───さぁ、問題。次のルートはどーっちだ?」

「るっさい」


───いつの日か、“五英雄”と“七勇者”が揃ったその時。キミたちがどんな会話をするのか、少し楽しみだ。


 ボクは全力で逃げるけどね。


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