02-09:酒跳ね道楽危機一髪
一絆くんが頑張った、その日の夕方。
なんやかんやあって家に帰ってきたボクたちは、荒れた公園の修復を特務局の環境保全室に依頼して、一絆くんが異能に目覚めたことも報告して、やっと帰路に着いた。
病院に運べって真っ当な意見もあったけど、異能使って封殺した。
気絶した一絆くんは日葵に背負われて、今ソファに軽く放り投げられた。雑だな。もうちょいスマートにやれや。オマエ、他人の目がないと結構雑になるよな。
……普通、日葵が姫抱きされる側だと思うんだけど。
今後の一絆くんに期待ってとこか。いやなに運ばせるの前提に考えてんだ。やらせねぇよこんちくしょうが。
つーか一絆くん、今後益々命狙われるじゃない? 色々な意味で。
『望橋くんの体調はどうだ?』
「見てる分には安定してますねぇ……やっぱ異形相手じゃそこまでかな?」
『試すなよ?』
「やらんが?」
『お前ならやりかねん……わかるか、これは私たち全員の総評だぞ』
「酷い」
今回の事件、騒動は一先ず落ち着いた。《洞哭門》から現れたというわけでもなく、そもそも界放した形跡に予兆もないことなど、不明点が幾つか挙げられたが。
突然現れた異形の群れ、狙われた望橋一絆……そこから付随して考えられる、邪神の介入などの可能性。
異能特務局が中心になって捜査を開始したが……ボクがやったという証拠は出てこない。奮闘した異能部の全員に待機命令が出された上に、街全体への警戒レベルが大幅に跳ね上がったが。日中の警邏も部活内容に組み込まれた。最悪だ。
要らん仕事増やしたな。ごめん八割以上はボクのせい。
ま、まぁお給料増えるみたいだから。部費も上がるし。みんな泣いて喜ぶだろ? 特に姫叶と雫ちゃん。金好きには堪らない筈だ。
ボク? ボクは今辛くて泣いている。なんでこんなことになったんだ!
そして部長、後でお話があります。絶対トラウマ見せてやるからな。
「ででで? 釈明会見はいつ?」
「生まれてこの方、不祥事なんてないんだけどぉ? ボクは清廉潔白の黒なんだよ?」
「どっちかなそれ」
「純正たる黒だよ」
「これ、攻めたら色で判断するなって責められるヤツ?」
「…………取り敢えず、ボクの印象がどうなってるのか、小一時間ほど問い詰めよっか」
「時間足りる?」
「クソがよ」
説教延長する腹積もりかこいつ。悪いが全否定するぞ。前向きに考えるなら、小一時間程度じゃボクの魅力を語り切れないって言うなら悪くないけど……いや日葵にそれを語られるのはちょっとイヤだな。
なんか、イヤだ。そうゆう風に見られたくない。
「……んんっ……」
一絆くんが眠るソファの空いたスペース、頭側に座ると小さく反応を返された。どうやら寝付きがいいっぽいね。寝息も小さいから、いびきで寝てるか起きてるのかはよくわかんないかも。
……殺す前提で話すのやめよっか。
仰向けの寝顔を上から眺めれば、整った端正な顔立ちをまじまじと見ることができる。うーん、イケメンだ。多分あっちの世界でも密かにモテてたんじゃない?
つーか呻きながらお口もにゅもにゅさせるな。
一回り?年下に可愛いなんて感想抱きたくないよボク。
……身の回りのニンゲンが揃いも揃って年下だけども。おじさんにも同じこと思った記憶がないわけじゃない……あんな側頭部にしか髪がないデブに可愛いを感じるとか、美的センスどうなってんだ。
「そういやおじさん、今日も帰って来ない感じ?」
「うん、さっき電話で『望橋くんヨロシク』って一方的に切られちゃった」
「……いつか死ぬんじゃないの?」
「……うん、そうだね」
過重労働で今日も帰れない養父を偲ぶ。これぞ社畜……そこら辺の学院長とか校長とかはあんな仕事漬けとかじゃないとは思うけど。
過労死するよマジで。ボクより先に死ぬな。
だから時成、教師やめなよ。いや、本当。困る。過労でぶっ倒れた人のお世話とか、二度としたくないんだけど。
前科持ちの相手ほど疲れるのはないよ。
「ちょー熟睡」
「そらそうなるわな」
「突いていい? うわなにこのモチモチ肌。喧嘩売って……売ってるよねぇこれ」
「やめたげて」
いらん悪戯心働かせんな。男に嫉妬すんなバカ。喧嘩で解決できるようなもんじゃないだろ。気持ちはわかるが。なんでこんなにモチ肌なの? ケアするタイプじゃないだろてめぇ。
……こいつが今後ボクらの生活圏内に土足で踏み入ると考えてみれば、みすぼらしいよりはマシか。おじさんから生活許可を得たと言えども、女所帯に突っ込むとかさ……あの人もどうかしてるよ。
一絆くん自身、どんな気持ちで過ごすんだろうね。
だいぶ強制的な入居だったから、気持ちもなにも困惑が勝るかな?
……そういや、『百合の園』だかには死にたくないから近付きたくないって叫んでたな。何故かボクと日葵を目で往復しながら言ってたな?
遺憾である。積極的に挟んで虐めてやろう。
ぶっちゃけ、そこまで恐れるもんじゃないとボクたちは思うんだけどね。あっちの世界の報復模様を聴いた今だとその考えも若干訂正すべきかもだけど。人が嫌がることは積極的にやりたくなる性だから、徹底的に遊んでやるのに変わりはないけど。
界隈では厳しいんだっけ? わざと血涙させて悲鳴絶叫を奏でさせるのも面白そうだね。
「真宵ちゃーん、私たちも寝る?」
「寝ない」
「意固地だなぁ」
その思考回路に行き着くキミは、本当に気味が悪いな。なんでそんなんになったの。掛布団もって誘惑すんな……そもそも大きい方のソファは一絆くんに占領されてるから使えないんだぞ。小さい方だと抱き着かれる形になるからイヤだよ。
以下同文、床も却下だ。布団もダメ。よってキミと共に寝ることは無い。理解できた?
「できなーい♪」
「……はぁ」
本当に聞き分けがない。他人の話に耳を傾けたがらないボクが言うのもなんだけど……わかってるならやめろとか言わないでよ? アイデンティティってヤツさ。
日葵の我の強さというか、押しの強さというか。そんな面倒なところは勇者時代から変わりはなく、今もこうしてボクを振り回している。
後先なんて考えない、それが最善だと直感で確信して、文字通り希望を掴み取る女。
……あぁ、ほんとイヤになる。勝てないヤツを相手する以上に疲れることはない。
呆れて溜息しか出ないボクに、それを諦めの受け入れと見当違いの解釈をした日葵が抱き着いてくる。いや全く、勘違いも甚だしい。そのまま押し出すんじゃない。やめろぶん殴るぞ。殴った。効果はない!
……そんなふうに寝ている人の真隣で騒いでしまえば、眠りを妨げてしまうのは当然のこと。
だと言うのに、ボクらはそれも忘れて乳繰り合っていたから……
「んんっ……………………………おやすみなさい」
「おはよう一絆くん! 助けて!」
「おはよ〜、助けは無いよー♪ キャッキャッ」
「あー!!!」
パチクリと瞬いた目は一瞬で伏せられ、寝惚けながらも状況を把握した一絆くんは再び夢の世界に旅立った。
そうは問屋が卸さない。ダメです起きなさい。
もういっぱい寝たでしょ。
起きてボクに伸し掛るこいつをどけてくれ。頼むから。さっき禍虚獣ぶつけたの謝るから。
ちょっ、こら触るなッ!!! 色々とやだぁ!!! ッ、そこはダメだろ常識的にッ!!!
「……やっぱり百合じゃねぇか」
「違う!」
「違くないでーす」
「んやー!!」
「もー、素直じゃないなぁ」
「うぜぇぇぇ」
「眼pいやなんでもないです。はい。あと離れていいか? 是非とも巻き込まないでくれると嬉しい」
「ヤ」
「は」
あらぬ誤解には拳を振り上げて処す。百合って言うのはお互いに恋愛感情を抱いてるから成立するのであってね、ボクたちにはそーゆーのはないんだよ?
ないったらない。
恋や愛なんてモノ、ボクたちの仲には不相応だ。
日葵が……リエラが内心どう思っているのかだなんて、正直知りたくもない。そんなもの無いんだ。誤った2人の関係などではない。これはただのじゃれ合いっていうか、そういうものなんだ。
……ほんとにボクのこと、どう思ってるんだろうね。
「? どったの?」
「いや別に」
「ふーん? ……隠し事してるおっぱいはここか!」
「やっ、おいこら! バカ!」
「あはー↑」
ナーバスな気分は一瞬で払拭された代わりに、遠慮0のボディタッチがボクを襲う。ちょ、一絆くん見てるって! よくないってば!
気不味そうにそっぽ向かれちゃったじゃん!
あはっ、時たまチラ見してくんの、煩悩見え隠れしててオモロいな。こっち見んな。そんで異性の前でも構わずに攻撃してくる日葵にはそろそろお灸を据えるべかな。
据えてるんだけどな。効いてないんだよね。謎すぎる。
……そんなボクと日葵の攻防を覗き見してた一絆くんが突然頭を抑えて唸り始めた。
「えっ、一絆くん大丈夫?」
「……あー、いや。頭痛とかじゃねぇーよ? ただ、幸先が不安になっただけで」
「「なんで?」」
「なんでだろーなー不思議だなー……思春期男子をここに置くんじゃねぇ」
青いなぁ。
独特の危機感で怯える一絆くんには悪いけど、この家に住むと決まった時点で遅かれ早かれ嫉妬の嵐が起こるのは自明の理だ。わからないわけがない。ボクと日葵、学院でそれなりにある種の知名度があるのは事実なんだし。
……自画自賛すると、ファンクラブぐらいボクにだってある。存在は知ってるけど触れたことはない。怖いじゃん深淵には触れたくない。
とにかく、もう諦めよう? 受け入れなよ。その方が心の安寧は保たれると思うよ。
「……今更だけど、おはようございます」
「おはよー」
「おは。とりま綺麗にするよ来い」
「あ、はい」
気を取り直して。素早く立ち上がった彼を引っ掴んで、日葵は邪魔すぎるからキッチンに叩き込んで、一絆くんを洗面所まで案内する。
手洗いうがい、そんで風呂場に放り込むんだ。
それなりには綺麗にしたけど、まだ汚れはあるからね。時刻は17時過ぎ。夕飯にするには早すぎるけど……軽めのヤツで充分かな?
任せた日葵。
「ちょっ押すなって!?」
「ある程度は拭いてあげたけど、ちゃーんと自分で土汚れ洗い流しといてね」
「あ、そうか……すまん、助かる」
「どいたまして」
脱衣される前に必要なブツを手渡す。ボクが持ってる、変装用のメンズ服だ。身長かさ増しで買ったから、ちょい小さめぐらいで済む範疇だろう。あとは浴室に置いてあるボトルの内容を教えてやる。
……いや、蓮儀の部屋から盗んだ着替え一式がいいか? なんで盗んだかは、酒飲んだ時のボクに聞いてもろて……もう渡しちゃったからいっか。
この作業も全部日葵にやらせるつもりだったんだけど、偶には自分で動くのも悪くない。
で、やることやって満足したボクは、頷きながら颯爽とリビングに帰途した。
いやぁ仕事した仕事した。それも珍しく善行だ。
極稀にこーゆーことするのも悪くないね。と、心の中でボクは胸を張っていたから……
「……ん? …………拭かれ、た……?」
呆然とこっちを見る一絆くんの呟きに、反応することができなかった。
◆◆◆
「なぁ、ちょっといいか」
「? いいよ」
「なになにー?」
午後18時。風呂から上がって黒のポロシャツに着替えた新しい同居人に呼びかけられ、ボクは振り向く。全身から湯気を立ち昇らせた一絆くんは、どうにも聞きづらそうな顔をしてボクを見ていた。
ちなみに軽食会は始まっている。日葵が夕食前の軽食に用意した焼きおにぎりを彼にも待たせる。一先ず食べて。話はそれからだ。無言の咀嚼タイムの数分後……言いたいことを頭の中で整理し終えた一絆くんが、口を開く。
ちなみに食べ終わってないボクは、醤油がこびりついた指を咥え舐めながら、日葵は手についた米粒を啄みながら話を聞く体勢に入った。
うん、聞く体勢じゃないね?
「仕草がいちいちエrごほっごほっ、んんっ……ごほんっ。いやあのさ、言いたいのはそれじゃなくて。さっき疑問に思ったんだけどよ……俺の身体を拭いたって言ってたの、あれマジ?」
「拭いたね?」
「拭いたよ?」
「……えっ、待ってまさか、2人で……?」
「「うん」」
「……」
そりゃね。土とか血で汚れたままソファに寝転がすの、普通にイヤだったもん。捨ててもいい新品タオルで適当に拭いたよ。主に顔とか手足とか。胴体もやったけど。
勝手にやったのは謝るよ。
……そうだよね、女子が男子にやられるのがイヤなら、その逆も然り、だよね。なんも考えてなかった。こっちに非がある。
躊躇いもなく服脱がして身体拭いてたの、考えなくともダメだってわかる筈だよね。
「あっ、あー、い、いかがわしい事はしてないよ! そこは安心してほしいな!?」
「おう、されてたら困るわ」
「本音は?」
「うまうま」
「磔刑」
「恩赦を」
「皿洗い」
「是」
正直な一絆くんを皿洗いの刑に処しながら、頬を赤らめ照れる日葵を否定する。うん、日葵もやってないよなんて否定してるけど、キミが嬉々として一絆くんの身体タオルゴシゴシしてたのボク知ってるよ?
なに仕方がなかったんだ感出してんの?
躊躇いなく服脱がしてたましたよ? ふっつーにアレよ? 「懐かしいなぁ」とか「おぉ〜」とか感嘆とした声あげて拭いてましたよね? 勇者時代に経験ありますよね、異性と密ですしたことあるよね絶対。
やっぱり日葵は純情なんかじゃなかったんや……
ついでにボクも正直に言うよ。
「腹筋、もうちょい鍛えた方が良いと思う」
「おめーはなんで堂々としてんだよ」
「見慣れてるから……」
「見慣れてるから???」
あるっちゃあるけど、そんなもんって感じ。
異能部にいたらすぐ見慣れるよ? 今んとこ筋肉見えるの極一部だけど。みんな隠れ筋肉だから、見た目はかわいい女の子ばかりなんだけど。ボクと日葵はそっちだ。だって見栄え的に割れてない方が可愛くない? 個人的な意見ね。
副部長? 姫叶? よわよわ男子に見せ筋があるとでも?
玲華部長の腹筋凄いよ。めちゃ硬なんだもん。叩いたらコンコン言うんよ。意味わからん。
……いや、宇宙背負ってもらっても困る。キミも筋繊維鍛えるんだよ? 諦めて、強くならなきゃ生きてけないよ? 怪我なんて日常茶飯事なんだからさ。
……これから頑張るんだ。美少女2人に拭かれるのは、いい事前報酬になったんじゃない? 役得だったでしょ? ねぇ?
「腹筋かぁ〜、私はいーと思ったけど……一絆くんって、鍛えてたりしてたの?」
「筋肉はモテるだろ? って捲んなッ、おい! やめろ!」
「ぶー。もう見ちゃってるもんねー! もっかい見せてよ」
「俺が不憫なだけだろこれ! 不公平だぞ!?」
「……なるほど?」
「……いや冗談だ俺が悪かっただからやめろやめろ捲るな脱ぐなやめろ俺が死ぬぅ!!!」
今は干してある学生服をペラっと捲ったときのお腹は、可もなく不可もなくって割れ方をしていた。彼の言う通り日頃大した理由もなく筋トレに励んでたんだろうな、って思想が見え見えの腹筋だった。
つまり普通の。
これといって特質することもない筋肉。日葵風に言えば鍛えがいのある筋肉、ってとこかな。
下地はあるから、育てること自体は簡単そう……かな? やるのは日葵だけど。
「みーせーて!」
「だからまだ見せ筋には届いてねーんだよ! もうちょっと整えてからでいいか!?」
「ダメ!」
「ぎゃー!!」
ステータス全開で見たいとせっつく日葵の恐ろしさよ。
なにをとち狂ったのか自分もお腹を晒そうとするのは、本当にどうかしてると思う……一絆くんを困らせるんじゃないよ。
でもこの奇行のお陰で、一絆くんの日葵=天使っていう洗脳は解ける筈だ。背中の羽だけで決め込むの、本ッ当によくないよ。日葵をあんなのと同列視しないでほしい。
変態で脳筋でバーサーカーで猪突猛進で恥知らずという日葵の真実を正しい目で見るがいい。
「………」
そんなふうに傍から見たら痴話喧嘩……いや違う違う、あれはただの言い争い……とにかく、2人の騒ぎをボクは無視して、こっそりと冷蔵庫の上段を漁る。具体的には、缶タイプの飲み物コーナー。
日葵の意識が一絆くんに向いている内に、ね。
最近色々あって、飲むタイミング失ってたんだよね〜。賞味期限切れるなんて悲劇早々ないだろうけど、万が一を考えて呑まねばなるまい。
それに、これ以上冷蔵庫の肥やしにするわけにもねぇ。
ボクの体内でアルコールが永久循環するのは許すけど、それ以外は許してはならない。
故にこれは私欲ではない。エコっぽい活動なのだ。折角買ったんだから、消費しなきゃね?
ってなわけでお酒お酒、っと……あれぇ、ぉ、あった!
「ん? ……まーよいちゃーん? 禁酒の約束はー?」
ちっ、勘づかれたか。早いな。
音を立ててたのが悪かったのか、それとも日葵の嗅覚が異常なのか。憶測立てるのも億劫だけど……取り敢えず、こいつがボクの健康を豊かにする国事行為を邪魔しようと手を伸ばしているのは確かである。
魔王の行動を咎めるとか、頭勇者か? 未成年飲酒なんて誤差よ誤差。
「はい没収」
「あ゛ああぁぁ〜〜〜!!!」
「おいおい……」
二日ぶりのビールは無情にも仇の手に渡り、ボクの手は虚空を掴む。なんてヤツだ。しかもボクから奪っておいて笑顔だと……盗人猛々しい狂人め……
オマエの“ボク吸い()”を渋々許可してやってんだから、等価で呑ませるべきだろ。
非難の目で日葵を見れば、一絆くんまでもがボクだけを責めてるように見てくる。
孤立無援か? 味方いたことねーなボク。
「そっ……そんなに睨まなくても……いいじゃん」
「可愛こぶったってダメだぞ」
「もう一絆くんが真宵ちゃんの扱いに慣れてる……やっぱ相性いいんだねぇ」
「「そうかぁ?」」
ちょっと目をうるうるさせたのにこれだよ。
心がないのかこいつら。冷たい一言を吐きながらボクを冷蔵庫から遠ざけるんじゃないよ。両手で腕掴むな。軽く連行すんな。ソファに座らすな。
一絆くんも言葉ハモらせるのやめて? 余計日葵の誤解を招くじゃないか。
「はーなーせっ!」
「そのまま捕まえといてー」
「おーう」
「おまっ、遠慮ってのを知らないのかな!? まだ出会って初日なんだよ!?」
「知らねぇな」
「断言しやがったこいつぅぅぅ! 腹搔っ捌くぞおいッ!! 挟むぞ!!」
「こぇー脅迫すんな! でもな、琴晴さんの信頼を得るのが優先なんだわ!!」
「はぁん!?」
媚び売り野郎がよぉ……そのまま一絆の横に座らされ、強制的に両腕を封じられて身動きが取れなくなってしまう可哀想なボク。足をじたばたさせるしかできない。あっ、お酒持ってかれた……
困った。しかも正面向くように座らせるんじゃなくて、横を向くように拘束されてるから、一絆くんのフツメンな横顔と身体しか見えない……
……そのアホ毛、引き抜いたろかな。毛根絶殺死滅薬、どこしまったっけかな。
「うおっ、なんな寒気が……」
「かーずきくーん。ボクは大丈夫だから呑ませて〜、酒は百薬の長なんだよー? 肉体の不具合が起きないように多少必要なんだよー? 足りなかったら誤作動起こして、異能部鏖殺しちゃうかもだよー? それでもダメなのかなー?」
「ダメだろ。俺にも良識ってのはあるぞ」
「あったのか……」
「逆になんで無いと思った?」
「ぐすん」
うーん、しかし困った。本当に困った。
ボクの娯楽以上に価値がある飲酒活動にケチつけるのがまた一人増えやがった。悦ぐらいだよ? 笑顔で呑め呑めができるのは。
日葵も雫ちゃんも姫叶も部長も副部長もライライ先生も鳥姉も、当たり前だけどおじさんも止めてくる。弥勒先輩多世先輩はなにも言ってこない。方や無関心すぎてちょい不安になるし、もう片方は挙動不審でわけわかめだけど、多少は見習ってほしい。
ヒトの享楽を邪魔するのはよくないと思うんだよね……酒なんかでボクのパフォーマンスが落ちるわけでもないんだからさ。
これに一絆くんまで加わったとなると……非常に困る。
いいのか、暴れるぞ。黒彼岸動員して学院壊滅させんぞ有言実行すんぞこらぁ!!
キミたちだって、そうなったらなったで困るだろう?
なんて脅迫しても、正義面してるヤツらに通じるわけもない。
「なぁ、琴晴さん」
「んー?」
「この世界でも二十歳未満は酒ダメ、だよな?」
「ダメだねー」
「ダメじゃねぇか」
「ぴえん」
日本の通例だろそれは。ボクには意味をなさない法だ。
冷蔵庫をガチャガチャしてる音が聴こえたからなんとか振り向こうとするけど、一絆くんに身体を掴まれてる上に胸板に顔を叩きつけられたせいで見れやしない。
というか男の胸。おい。咄嗟だとしてもおかしいだろ。
……意外と胸筋ある? いやちゃうな。女の子の胸の方がやっぱいいよ。
「おい」
「あ? ……あっ」
軽く小突いてやれば、やっと今の状態に気付いた阿呆がゆるゆるとボクの拘束を解いて、スっとソファから降り、床に着地して正座。そのまま流れるように土下座した。
なんで?
すごい綺麗な正座だねぇ。咄嗟にできる土下座講座でも視聴したの?
「……すまん」
「咄嗟の行動って怖いよね」
「今それを思い知った」
まぁ許してやろう。大して損害は無い。キミだったから赦すけども。
……うちで使ってる洗剤の香りではなかったね。わりと嫌いではない匂いだった。顔がいいヤツは体臭も悪く……うーん、これ体臭なのかな? 風呂上がりの匂い?
ボクが知ってる男の匂いじゃない。なんだこのジャリ。
この世の理不尽を感じる。
おじさんはそれなりに臭うのに。ちゃんとおっさん臭が誤魔化せないぐらいあるのに……んまぁ、日頃から体臭? なにそれ興味ねぇ、そんなの関係ねぇって感じでボクらが抱き着くから、あの人も消臭剤で気にしてるみたい。
戦争暮らしの日葵と、魔界育ちのボクからすれば大した臭いじゃないしねぇ。
エーテルには汚臭を纏ったまま料理する邪精霊なんかもいるんだぞ? 流石にブチ切れて風呂に叩き込んで、冷水に頭から漬けたけど。いや氷水か。“凍魔”に生きたまま冷凍保存させて清潔の大事さを説いてやった記憶がある。
洗い方がわからないとか真顔でほざかれた時は無表情が怒りに変わったけど。
……懐かしいな。今何やってんだろあいつら。
この世のあらゆる負の要素を詰め込まれた〜みたいな、性質だけはボクと同類の陰鬱な男だったけど……
……心中殉死してそうなんだよなぁ。忠誠心は人一倍、かなりあったもんなぁ。
「ん? あっすまん。やっぱ気に障ったよな……」
「いや別に」
「えぇ???」
感傷に浸ってただけだよ。安心して。キミは無実だよ。
そんな異性に厳しいニンゲンじゃないからさ。身体とかただの消耗品なんだし……うん、どうせ捨てる予定だから構いやしないさ。
……ただ、今度かつての配下共の道末を探ってみようか考えただけさ。
「うんっ、これで易々と取れない……筈!」
「ふん。ボクは負けない」
「張り合うな張り合うな。ほらマシュマロ」
「んむっ……うまー。ブルベジャム好きー。というかそれどっから出した?」
「俺の鞄」
「……それって並行世界の、ってこと!?」
「マジぃ?」
それは大事に取っといた方がいーんじゃって思うけど。構わないって言われると、ねぇ……3人で一つずつ食べて残りは取っとく。
ブルーベリーは果実単体だとそこまで好みじゃない。
お酒に関しては癪に障るが、また隙を見て強奪するさ。影にあるの取り出してもいいけど、なんだか負けた気分になるからやんない。
絶対に日葵から取り返してみせる。覚悟表明は完了だ。
「ボクは、負けない!!!」
「そのセリフ、違うとこで聞きたかったな」
「わかるよ」
「わかるな」
ボクの扱いに意気投合してんじゃねぇよ。殴っぞ。
◆◆◆
それから二時間後。
「うまー」
「琴晴さーーーん!! 洞月のヤツ堂々と酒呑んでまーす!油断も隙もねェ!!」
「ふぁ!?」
勝った。
日葵がお風呂に入ってて、一絆くんがテレビに集中してこの世界を勉強している間に起きた犯行。
見事、ボクは成し遂げたのである。
勝利の美酒は美味である。フルーツの方が好きだけど、たまには麦だよね。
「うまー」
「……酔ってね?」
「酔ってるね」
「ひてー」
「はいそれ使わないの」
微睡む心地のよい思考の中、うるさい変なのに向かって右手を横にスライドさせようとするが……気付いた日葵に間一髪、発動前に阻止された。
危うく人が一人消えそうになった? 知らんこっちゃ。
そんなことよりお酒おいしい。
三本目の一気飲みを終えた今、何故か呂律は回らない。今日は記念すべき厄日だ。この家に新しい家族が、邪神の新しい被害者がやってきたのだ。
祝わずしてどうするというのか……ねぇ、キミらだってそう思うでしょ?
「ごめんね一絆くん、まだお部屋用意できてないからさ、今日はここで寝て? 布団は敷いとくから」
「あ、助かる。ありがとう」
「うん。ちょーっと私たちは二階に行くから」
「ぇあ?」
「ねんねの時間だよ」
「ぇ〜ゃだ〜。ボクまだ……ねむくない、よ?」
「お風呂も歯磨きも後でしよーねー」
「ぃあ〜」
「介護……」
さてここで問題。
寝起きに気になってる子の寝顔がドアップにあった時の感想を述べよ。
答え。きゅうりを見た猫みたいに跳ねる。
跳ねた。




