02-08:ほんのちょっとの優しさを
「あぁ…成程、それが……キミの異能なんだね」
───威勢よく叫んで、元気よく転がって、ボクの魔造を相手する一絆くん。逃げ回るだけだったとはいえ、打算と自己中ありきとはいえ、他者を守る為、勇気を振り絞ったその行動は認められるモノだ。
事実、終始彼を観察していた“光の精霊”を味方につけ、あの“明空の勇者”にその意思を肯定された。
異能の杖を手にして、覚醒した彼は、善なるモノたちの興味関心を惹きながら前進する。
「精霊使いかぁ。悦ちゃんが笑ってた理由がわかったね。確かに珍しいかも……」
「そうだね、最悪だ。ボクとの相性が悪すぎる」
「えっ、そうなの?」
「……聞かなかったことにして。忘れて」
「……いつか話してね」
「検討しておくよ」
精霊と交信し、精霊を味方につけ、精霊の力を借りる。なんともまぁ、光陣営にありそうな異能か。精霊を隷属し使役する異能でもなく、交流すること前提の異能。
魔法とはまた違う、杖を媒介とする……契約さえすればなんでもできる神の贈答。
これまたデタラメな異能が現れたもんだ。邪神の介入で生まれた異能、と言ったところか。
変わらず屋根の屋上で観戦するボクは、公園に設置した色つきの影を回収しながら考察する。
……あっ、解き放った禍虚獣、また討たれた。早いな。
「結局何体放ったの?」
「あそこにいるのも含めて13体。うち7匹は駆除済み……おっ、また1匹減った」
「雷光一閃、流石だね」
街に放った禍虚獣は、異能部の奮闘によって徐々にその数を減らしている。所詮は量産型の複合異体。神室玲華と八十谷弥勒の2人には敵わない、か。
劣化版を野放しにしたとはいえ、容易く勝ってくれねば困るモノ。
勝って当然。ここで苦戦してたら滅ぼしてた。見込不足期待外れとレッテルを貼って。
「あの2人、私たちの時代にいてくれてたらなぁ……絶対扱き使ってたのに」
「2人増えたところで変わらんよ」
「わっからないよ〜?」
「死徒を相手取れる程度の実利じゃないか。それも相性で渡り合えるぐらいの」
「十分だよ!」
エーテル世界の終末期、100を超える英雄共が現れては死んでゆく戦争を? あの2人がいるだけで変わるとでも? ナメとんのか? アホなこと言うな。
そんな簡単に変容したら、百年戦争になってねーわ。
「あっ、はーい。大丈夫でーす。こっちでも潰しました。でも一絆くんが襲われちゃって……なんか覚醒したみたいなんで、ちょっと観察しまーす」
「馬鹿正直に言うなよ」
「ヤ。……ぇ、えー。あ、ごめんなさい電波が悪く……、せんぱーい? あーあー、聞こえなーい……ヨシ」
「どしたん」
「見てるな助けろだって」
「草」
通信機にかかってきた副部長の安否確認と要請に日葵が適当に答えて、どんどん減っていく禍虚獣の死体を影へと溶かしながらもボクは観察を止めない。
うんうん、今振り返ってみても、彼は不思議なニンゲンだね。
最初はたた逃げ回ってたのに、途中から異能に活路を、危機回避を見出してなんとかしようとしてた彼は、徐々に体力と気力を消耗しながらも禍虚獣に奮闘。
本当は触れたら=その部位が壊死なんだけど……今日はサービスだから。
どちらにせよ痛いだろうね。軽傷で済んでる、けど……彼、意外と頑丈だな? 平和育ちなのに、なんであんな目に遭っててすくっと立ち上がれるの? 泣き言も言わないし。あれかな、外面は全力で保つタイプなのかな。
どうやら彼はボクが思っていた以上にすごいニンゲンであったようだ。
結界のせいで助けなんて来ないのに、そこだけに希望を持つのではなく、自分でもなんとかしようと挑戦できる。成程、嫌いではない。
諦めも時には肝心だけど、まだ抗える段階で抗えるのは最高にイイと思う。
……色つきの影、ニンゲンの女の子を模した偽物を態と用意したのは、彼がどう動くのか見る為だ。
その善性は語るまでもないが……結果も悪くない。
わざわざ多彩色にして人に近付け、存在感も薄くして、発声機能も備わせた影。それに対する一絆くんの対応は、個人的には100点満点だったと思う。
子供を泣かせないように動くのはいいことだ。自己犠牲風味は嫌いだけど。
……でも、あの状況じゃあれが最善手になる。なんにも間違っちゃいない。
「趣味悪いなぁ」
「なにがさ。人質作戦するよりマシだろ」
「悪のベクトルが違うよ」
……あの少女は、かつて『方舟』にいた実験体を模した色つきの影。正式名称は<影法師>という人形だ。
泣き虫だったのは今でも覚えている。その最期も。
いつだって陰で泣いてて、来る筈もない助けを求めて、最期は中毒死した同室の実験体。もしかしたら、こういう救いがあったのかもしれない。そんな可能性を想像させる顛末だった。
……やっと成仏したか。人様の影に住み着くなよガキ。黄泉にいるママの腹に帰ってろ。
……
……
……
「うるさ。オマエらもミミに便乗して消えろ。重いんだよいい加減成仏しやがれ」
「さっきからブツブツどうしたの?」
「独り言」
「ふーん」
影底にある魂の安置所から上がる抗議の声を黙らせて、自ら子供の盾になった一絆くんの観察を再開する。初動は遅れたとはいえ、そうそうできることじゃない。
利己的ではあるけど、やる時はやれる男、なんだね。
ほんと、選ばれるべくして選ばれたって感じだねぇ……やっぱあの邪神、性格悪いな。
「……」
そんで、あの後精霊が出てきたときはド肝を抜いたよ。
破壊光線自体実は見掛け倒しで、大した威力のない代物だったんだけど。それでも地面は抉れるし、ニンゲンだけ傷つけない代物だとしても、彼の覚醒に一役買ったよう。
調整ってムズいんよ。瞬間火力が大軍を吹き飛ばすヤツだから、下方修正するのが大変で……
いやほんとに、この短時間によく頑張ったボク。
危うく一絆くんごと消し飛ばすところだったぜ……ギリセーフってとこか。
本当は発射寸前に日葵を派遣するかー恩売っとくかー、なんて考えもあったんだけど、あまりにも彼が妙な反応をするもんだから、様子見したんだよねぇ。
その結果がこれだよ。まさかの精霊。異能発現はオメ。
毛先が薄ら透けた黄金色に輝く長髪とか、赤と青の虹彩グラデーションとか、蝶のような白色の羽根とか、なんで貫頭衣着てるのーとか、言いたいことはいっぱいあったんだけど。
……精霊ってね、基本全裸なの。こう、光の集合体って見た目で。淡く発光してる、人の形をした光みたいなのが精霊の本来の姿なんだよ。
何故か衣服着用済みだけど。限りなく人に近いけれど。
不思議だなぁ、おかしいなぁ。なにがどうなってやがる説明しろ。
「………………………まぁ、いっか」
気にするだけ無駄だ。調べてもわからないだろうし……取り敢えず、一絆くんの味方になるというのなら、下手に警戒する必要もない。
そもそも精霊に邪念はない。悪意も、敵意もない。
純粋なのだ。決して悪に傾くことがない、善なる純粋。それが精霊。
……エフィが全滅させたって聴いてたけど、生き残りがいたのか。いや、精霊だもんな。星の意思の具現なんだ、リポップぐらいするか。
復活なのか新生なのかはわからんけど……服着てるのは新世代だからかな?
「すごいね、一絆くん」
「……最初から素質持ちだったのかな。例のアレがこんな善性の塊みたいな異能を与えるとは思えない。うん、多分そういうことだな」
「信頼、だね」
「だいぶ違う」
……望橋一絆は覚醒した。精霊と交流することで精霊の力を借りる異能を発現、持ち前の身体能力と、ボロボロの身体に喝を入れて、異能の杖を振るって反撃に出た。
肩には“簡易契約”で力を貸し与えてくれる仲間となった光の精霊を乗せて、彼は戦う。
傷つきながらの逃避は、一歩前進した。
彼こそが、この現代に蘇った精霊術師───望橋一絆。うん、かっこいい肩書きじゃないか。
「んー、と、なると……あのウンディーネ様の動きって、そういうこと、なのかな?」
「片鱗はあったわけだ。あーあ、ヤダヤダ」
「殺すつもりだったでしょ」
「衰弱死と言え。人聞きの悪い」
「どっちもアウトだよ」
一絆くんが禍虚獣の破壊光線を防げたのは、光の精霊が魔法を使って補助したからだ。恐らく初歩中の初歩である<光の盾>を張って防御したのだろう。極光の中は流石に見えんかった。
咄嗟に張って暫定契約者を守ったり、杖に干渉して敵をぶっ飛ばしたり、精霊ちゃんも献身的だねぇ。
共に戦うと誓い合う様は、まるで映画のワンシーン。
異邦人と精霊のバディ物かぁ。音声会話が一方的だから売れないかも。
───ぇ、待って? 盾しか張れないってマ?
───泣
───あっ、いや、ごめん……泣かせたいわけじゃ……、ッ、レベル制!? そら無理だわな!
───〜〜〜!
自信満々で挑んだ牙城は呆気なく崩れた。ウケる。
でも、人間と精霊が一緒になってテンパる姿は見ていて面白いものがある。
「そう上手くは行かないかぁ」
「しゃあなしだよ」
「……」
どうやらレベルが足りないらしい。そんな制約というかゲームせいあんの? いや技量不足って意味か。
こくこく必死に頷く精霊を肩に、杖を右手に一絆くんは全力疾走。コケにされて怒り狂ったまま追走してくる獣の猛攻から再び逃げ始めた。
一応光の盾の生成は自由自在らしくて、杖の水晶部分を光らせては禍虚獣の進行方向に盾を落としたり、突進やら噛みつきやらに挟んで妨害している。やるじゃん。かなり柔軟に考えてる。練習もなしによくできるな。すごいよ。
……うん、自称天才ってのも嘘ではないようだね。
彼の魔力量的に盾の連続生成は大して苦じゃない。まだ底が見えないぐらいには彼の魔力は豊潤だ。多分、ここで魔力切れを起こすことはない。
……光の盾生成だけで勝てるほど、ボクの禍虚獣は甘くないけど。
「盾殴打ぐらいは挑戦してもらって」
「いや、進行方向予測して設置できてる時点ですごいよ? 褒める以外ないよあれ。才能だ。うん、送られるべくして送られたんじゃないかな、彼」
「難儀だねぇ。仕方ない、善戦ぐらいはさせてあげるか」
「やさしー」
……なんて言ってたら実行しおったんだけど。ちゃんと命中させてやがる。タイミング良すぎてちょっと意味不。なんなのあいつ。
空気読みとかうまそー。こっちの世界にもほぼ同じのがあるからやらせてみよっかな。
っと、ちょっと時間かかりすぎだね。逃げるのに時間を割きすぎだよ。あと残ってる禍虚獣そいつたけたぞ。つか精霊ちゃん……一絆くんと一緒に焦ってるけど、属性的に物理攻撃効かないでしょ。
寄生主、って言い方は酷いけどさぁ。一絆くん死んだら自分も困るから焦ってるのかな?
わかんない。でも楽しそうだな。あの精霊。スリリング好きなんだろうな。
一絆くん? 涙目で全力疾走してる。イケメンがぐちゃ顔見せてんのウケる。
それにしても……
「ぐだぐだ」
「ぶふ、あはっ、あははっ! なにあれ! ちょー面白い! なんであんなギャグみたいなポーズで避けれるの!? もう最高だよ一絆くん!!」
「めっちゃ笑うじゃん……で、どうする?」
「はぁ、ふぅ……うん、そろそろ行こっか」
「了解。こっからキミに従うよ。もう好き勝手やったし、情報も取れたしね」
「いる? それ……ま、いっか」
イナバウアーやグリコポーズで連続回避に成功するのに大爆笑した日葵は、うつ伏せの匍匐前進ポーズで潜むのを止めて立ち上がった。眼下の公園を見て不敵に笑う様は、どう見ても秩序側の面とは思えない。
なんだろ、力ある変態程厄介なモノはいないってわかる顔だ。
人生初の空想戦は佳境も佳境。一絆くんの今出せる力も一通り見れた。記録も映像媒体として保存済み、ここからボクらも映るけど、情報操作と収集の為には諦める。
さっきから異能部と特務局からの連絡もウザイし、すぐ終わらせよう。ったく、信じろっての。一絆くんなら少し離れた距離から見守ってるから。
それに、ほら。見込みある子は千尋の谷に突き落として成長を促すって言うでしょ?
……恨まれたら、日葵のせいにしとこう。もしくは今世まだ顔も見たことない部下たちに押し付けて、我我関せず関係ないですよアピールしとこ。
魔王の代わりになれるんだ。きっとアイツらも泣き叫び破顔と共に喜ぶだろう。
さて、そんなわけで。首謀者が被害者に手を差し伸べに行くぞ(←正気か?)!!!
「これぞマッチポンプ、ってね」
「共犯かぁ、もっと別の場所で発揮したかったな……ねぇ全力で辞退していい?」
「ダメでーす」
「ダメかぁ」
そう、マッチポンプのお時間です。
始まりから終わりまで、魔王が仕組み、お膳立てして、勇者が幕を斬る。無邪気な神の余興で並行世界に、勇者と魔王のお膝元に送り込まれた渡り人は、光と闇の相反する絶対者に弄ばれる。
それは世界の為。平和の為。退屈を凌ぐ為。
止められた激動の針を、ゆっくりゆっくりと動かして、揺れ動く世界を回していく。
いつの日か、使えもしない引き金を引く為に───…
「……バキューン、なんてね」
悪をもって理想を成す、大逆を肯定してしまうボクが、何故こうも彼を気にするのかは───決して、邪神などが関わっているからではない。
そう、純粋に、単純に。彼を見極め、使えるのか否かを見定めているだけなのだから。
跳躍と共に結界をぶち破ってダイナミックエントリー。ごめんね、うるさくして。あーほら、ここからはボクたち最強2人のマッチポンプ劇をお見せしてあげるよ。
でも警戒心は持とう。特に精霊。我星の怨敵ぞ???
「助けに来たよ───」
「このボクがね!」
「遅せぇ!!」
あと、まぁ。今はまだ、キミたちの味方でいてやるよ。
◆◆◆
「だぁー!!」
「グリュルロロロロロ!!!」
「キメェ!」
『ーー!!』
黒い唾を吐き散らしながら突進してくる化け物を避け、肌を粟立たせる嫌悪感を拭えぬまま足を動かす。先程まで威勢よく突っ込んだが、漲る決意はもう萎んでしまった。
異能【架け橋の杖】───精霊の力を借りる杖の力で、より苛烈に暴れるのっぺらぼうを倒そう、なんて威勢よく意気込んでいた過去の俺。
そうことは上手く進まず、俺は防戦一方、逃げることに重点を置いた戦法しか取れない状況にあった。
まだまだ未熟、レベル概念があるのなら0よりの1。
<光の盾>を生成して身を守ること、妨害することしかできない歯痒さは、結構辛い。
で、でもまあ、盾で攻撃はできてるし? 脳震盪しろって願いながら盾ぶつけて応戦してますし? なにもしないよりマシな行動出してますし?
……効いてないけど。嫌になるぐらい頑丈だな、全く。
軽く言ってるけど、実際は死にそうなぐらい敵強いし、ヤバい状況にある。
のっぺらぼうの殴打を三枚の盾で防ぎながら、叫ぶ。
「うおおおおおおおおおおおお!! 盾盾盾! あっダメだ間に合わねぇ逃げろッ!!」
『ーー!?』
「グゥォルルロォォォ───!!」
吠える怪物、逃げる俺、肩の上で応援する精霊。
恐怖とほんわかと疲労が三方向同時に襲撃してくるが、俺はめげずに立ち向かう。
あ、またビーム撃つ気かてめぇ、させねぇぞ!?
さっきできたんだ、できるだろ。光の盾で防、あん!? 威力つッッッよ!! 押し返されるんですけど!? さっき撃ったのは小手調べだったわけか!? ッ、ヤバ……あっ、精霊ちゃん魔力サンキュ! この暖かいのは魔力ってことでいいんだよな!?
身体に流れ込んできた精霊の魔力でブーストをかけて、破壊光線をギリギリ防ぐ。はぁ、はぁ……かれこれずっと足動かしてっから、疲労でパンパンだ。
マズイな、本当にマズイ。こっからどうしよう。
「回復技とかないかな!? 疲労回復とか!」
『〜〜……』
「あ、まだなのね。そりゃ都合良すぎたか。うん、じゃあ頑張んないとなぁ……」
しょぼん……と項垂れる精霊の仕草にちょびっと温かい気持ちになったが、今そんな余裕はない。いやでもほんと顔の造形がいいな……なんだこの“美”……等身大にしたら化けるぞ。
でも可憐とか可愛さとかが勝りそうな美だな。うん。
……なに呑気に惚けてんだ。そんな余裕ないっつーの。マジでどうしよう。
「経験値玉とか落ちてねーかな!? ねェか!」
この世界、ゲーム感覚で色々転がってる類いの世界じゃないっぽいしな。望み薄、ありえないだろう。でもレベル足りない案件は非常に困る。
攻撃技と回復技の前に防御技を覚えんの、割と欠陥だと思うんだが。命が優先ってか? ってことは次に覚えるのは回復技ってか……攻撃は杖で物理、とか言わないよな?
今んとこ完全に後方支援。それはそれとしてやりがいがありそうだが。
……これがゲームで指示するだけのプレイヤーの気持ちなのか?
閑話休題。現実逃避しすぎた。いやだって、なぁ?
「───キミさぁ、余計なこと考える暇あるとか……実は余裕だったりする?」
「───はいはい、意地悪言わないの」
その時、頭上から二つの声が飛んでくる。攻撃してきたのっぺらぼうの拳を蹴りで弾き、俺を抱えて距離を取る。あっさり抱えられて言葉も出ないうちに、辛辣な物言いの発言者は俺を嘲笑う。
そして、空に響く───清らかな天使の歌声が、公園を支配する。
「《───♪》──…<天凱・裁きの光剣>」
「<暗寧の一刺し>」
「グリュ、ガッ、アアアアアアア???」
痛みに鈍い化け物が、上下方向、天と地から挟まれる。奏でられた歌が幾本もの発光する眩い剣を形作り、光剣が空から地へと降り注ぎ、化け物の手足と尾を縫い付ける。更に化け物の足元の影が揺らめいて、そこから伸びた黒い棘が空に向かって脇腹に刺さって、貫通。
天と地の同時攻撃で、化け物は貫通拘束された。
あっという間に、元気に暴れていた怪物を封じ込めた、その2人。
琴晴日葵と洞月真宵が公園という戦場に降り立った。
「すっげぇ……」
感嘆とした声が漏れる。普通ならばありえない、まさに魔法チックな光景に目を奪われた。
俺の杖も、精霊ちゃん自身も確かに不思議だ。
けれど、今見たこれらはベクトルが違う。そう感じた。歌で光剣を作る異能と、影から棘を出す異能。絶対これが全てではないだろうが、どちらにせよ普通に生きていれば見られない。
どう見ても、俺の異能よりも遥か高次元にありそう……なんて感想を抱いたのは、間違いではないだろう。
「はい邪魔」
「酷くね?」
『ー!!』
俺を姫抱きしていた洞月に投げ落とされた。クソ痛い。尻もちつかせんなもっと丁重に扱え……そう文句を言えど聞き届けてくれるわけもなく。
軽く鼻で笑われた。
ムカつく。なんだこのアマ。いつか痛い目見せてやる。本当にいつか。
「ごめんね、遅れちゃって……大丈夫? 生きてる?」
「おう……」
俺を心配してくれるのはお前だけだよ……咽び泣きたい気持ちを押し殺して、平常心を装って受け答えする。
やっぱこの人天使だわ。そいつは悪魔。
……、ふぅ、ようやっと救援が来てくれたお陰か、少し緊張が解けた気がする。精霊ちゃんも心做しか嬉しそう。そうだな、初戦にしてはだいぶキツイ……勝算皆無の試合だったもんな。
疲れた。
「あー、だいぶお疲れだね。うん、ちょっとこっち来て? そうそう……《───♪》」
「ッ、うわ美声……ぇ」
もう大丈夫だと安堵していると、琴晴さんに手招きされ目の前で歌を披露された。なんだなんだと思っていたら、痛みで鈍っていた身体に変化が起こる。
淡い色合いの青い光に包まれて、スっ……と痛みとかが引いていく。
「なっ、傷が……!」
化け物につけられた傷が綺麗に塞がる。大きな裂傷も、打ち身とか青あざとかも、全て。何もなかったかのように綺麗な肌色に戻った。
流血や泥はそのままだけど、見てくれは清潔になった。
すげぇ、これも異能……多彩だな、ほんと。剣どころか回復までできんのか。
「はい。これである程度は治療完了、かな」
「……ありがとう」
「遅れた責任は私たちにあるからねぇ。というか全面的に悪いのはこっちだから……うん、ほんとにごめんね。後でお詫びするから……」
心の底から申し訳なさそうにする琴晴さんに、なんだか言いようのない不満……助けてくれた事実を無碍にする、そんな不義を嫌う俺の気持ちを再びぶつける。
忘れないように、言葉にして感謝を告げよう。
琴晴さんの、あと洞月の都合はよくわからない、が……追及しても多分無駄だ。
俺は守られてる立場だと自覚して、そして、助けられた感謝を胸に刻む。
「いや、それでも……助かったわ、ありがとう」
それはそれとして遅いとか色々文句を言いたいのだが、俺は大人なので黙っておく。
……いややっぱ気になる。なんで気まずそうなんだ?
特に琴晴さん。罪悪感がすごそうな顔を……いやなに? 走り回ってる間に何があったんだ?
「くふふ、や、悪かったね一絆くん。色々あったんだ」
「具体的には?」
「魔都中にこいつの同種がい〜っぱい出没したり、あん時攫われたまま遠くに運ばれたり……ここ数分なんか異能が覚醒しそうだったかを観戦してただけだよ」
「あぁ、成程。大変だな、そりゃ……ところでツッコミが必要な話題が出たな?」
うん、三つ目の理由が酷いんだが。見てたんかお前ら。
「よくよく考えてみれば、隠す必要ないかな〜、って」
「死にそうになったらすぐ助けられるように待ってたし。そこは安心して? 見殺しとかには絶対しないから。絶対に約束するよ」
あぁ、はい……俺もそこは疑わねぇよ。琴晴さんなら。心外ですって顔してる洞月? お前に信用する要素、今まであったか?
その手に持ってるビデオカメラ置いてから言えよ。絶対撮ってたな?
こいつ性格悪すぎだろ。悪魔どころか魔王じゃねーか。
「……あっ、そうだ! 女の子! 女の子見なかったか!? ちゃんと避難できてるか!?」
そうだ、あの子は無事に逃げれたのだろうか。見てたと言ってたんだ、知ってるとは思うが……そんな自分よりも他者を優先した俺の叫びに、2人は顔を合わせて……謎に苦笑い。
洞月は呆れたと言わんばかりに首を振って、琴晴さんは精霊ちゃんの小さな頭を人差し指で撫でつつ「安心して、ちゃんとお家に帰したよ」と教えてくれた。
ほんの少し肩の荷がおりた気がする。
安心したよ、全く。真宵のその微妙な顔はなんなんだ。見てて反応が困る。
……まぁ、無事ならよかった。今度会えたら、どれだけ俺が頑張ってたか武勇伝を語る手伝いをして欲しいな。
「……なぁ、俺に隠してることあるか?」
「……別にないけど」
「あはは、ごめんね? 色々と」
「おい」
「……まぁいいよ。それで俺が死ぬとか、苦しむとかじゃないんだろ?」
「うん!」
「許した」
「チョロ」
「ハッ」
これから世話になる身なんだ。思わないとこがないわけではないが、わざわざキレる話でもない。
俺は寛大なんだ。鼻で笑う洞月に軽薄で返してやる。
無事なら無事でヨシ、問題ないなら問題ナシ。
みんなこうして合流できた。俺も生還できた。動かない化け物退治はまだ終わってないが……強者2人が揃って、なにかが起こるとは思えない。
それに……
「……お前も、ありがとな」
『♪』
鈴の音のような音色で応える精霊の頭を撫でてやれば、嬉しそうに微笑んでくれる。洞月曰く、この子は光の精霊なんだとか。成程、確かに光だ。
そう納得していると、精霊の姿が薄くなり始めた。
……えっ、なんで? 前振りもなく消え……手を振る!? お別れってことなのか!? え!?
ちょっと待ってくださる!?
「ちょいちょいちょーい! 説明! どうなってんだおい! お別れには早くないッスかね!!?」
「帰るんじゃない? また喚べば来てくれるよ」
「……そっか、そう、なんだな?」
『♪』
「……そんじゃ、改めてありがとな。助かったよ。また、よろしくな?」
『〜♪』
その顔に暗い影はなく、そういうモノかと俺も納得し、元気に手を振って存在感を消していく精霊ちゃんに別れを告げる。帰る場所が何処なのかは知らないが……また今度会えることを祈ろう。
……本当に、彼女のお陰で助かった。
見ず知らずの赤の他人、初対面の人間に、異なる世界の出身である俺に力を貸してくれた。心から感謝しかない。今日一日、世話になった人が多すぎる。
今度会えたら、お菓子とか果物とかをあげるか。精霊が食べるのかわからんけど。
「ふふっ、いい子だね……それじゃあ、一絆くん。なにか私たちに聞きたいことは、ある?」
「あー……そうだな。あっ、こいつどうすんだ?」
「そうだね、どうしよっか」
「殺す以外にない、よな?」
「殺処分〜」
琴晴さんに影と光剣で拘束されたままの化け物の処遇をどうするのか聞けば、代わりに洞月が明言した。あまりに物騒な言い回しではあるが……まぁ、そうなるわな。
動物愛護団体も、こんな異形を擁護することはない筈。
あったらもう怖いよ、逆に。見境なしに守るやん。いや生きてる生き物全部守るの精神なのか? だったら見直す。別に怖がる必要もないわな。
……元の世界の団体、過激派だったなぁ。動物を虐める奴らに命は必要ないってカメラの前で堂々言うの、すごいヤバいよな。
こっちの世界はもっとやばそーだなとか思っていたら、洞月が俺に向けて衝撃的なことを命じてきた。
「良い機会だ。キミの手で殺してごらん」
「……は?」
一瞬、何を言われたのか、何を言っているのか、俺にはわからなかった。それだけ衝撃的で、物騒で、心が竦む、足が引いてしまう命令。
乗り気じゃない俺に首を傾げる洞月は、数秒考えた後にハッと閃いた顔で手をポンと叩いた。
「まさか。一絆くんって虫すら殺せないタイプの軟弱精神日本男児?」
「偏見が酷い。地獄行きは確定だぜ」
「そう? なら……ってわけにも行かないか。ひま、ごめん説明パス」
「えぇ……まぁいいけど」
「あざ」
面倒になった洞月からバトンを手渡された琴晴さんが、ここで化け物を殺す意味を、その理由を教えてくれた。
曰く、この世界に慣れる為。
曰く、この空想には懐柔の手段が無い為。
曰く───俺が、望橋一絆がこの並行世界を生きる為の必要な糧に、初めの第一歩にする為に。
洞月論的には、三つ目に全てが収束する、らしい。
「……逆に、トドメを刺さないでいる方が、酷いって時もあるっちゃある」
そう言って手渡されたのは、琴晴さんの異能で造られた西洋剣。不思議な光で構成されているのに、何故か触れる不可解さ。なにも考えず手に取って、持てること、そしてその軽さに驚く。
初めて剣なんて待ったが、これじゃ参考にならないな。多分実物もっと重いし……いやでも、これを大量生産して雨みたいに降らせんの、意味わかんない技術だな?
……狩人みたいだな。獣を狩って己を生かす、とか。
心の中で、身体を渦巻く不安、焦燥、恐怖。色々なのがごちゃ混ぜになった心の中で、冷静さを装って思考する。異形の化け物とはいえ、生き物を殺すことを回避する為に考える?
否。内に渦巻く想いを捨てるのでも、抑えつけるのでもなく……その想いを受け入れる為に。
2人の言葉をそのまま受け止めるのではなく、自分でも考えて、意志を固めて、指標を立てて。
必要な儀式を済ませる為に、深呼吸を繰り返す。
「殺しって、さ。みんな……異能部の全員が、やってる、経験あること、でいいか」
「勿論。無理にとは言わないけど」
「殺伐としてっからねぇ。一絆くんも異能部に関わる以上今のうちに少しは慣れておいた方がいいよ。こっちに来て初日にやらせることじゃないのは、確かだけど」
「……そうか」
主導権をこちらに握らせる。それを聞いて、俺は───
「……こっちに来てすぐで、全部を理解できたわけでも、納得できたわけでもない」
柄に当たる部分を握り締めて、串刺拘束から逃れようと必死にもがく化け物の前に、洞月曰く“禍虚獣”なるモノの眼前に立つ。
噛み付こうと迫るそいつを無視して、言葉を紡ぐ。
「痛感したよ。こっちの世界はあっちと違う。異能なんてなかったし、こんな聴くから危なそうな部活も、戦闘も、影も形もなかった。あっても創作の中だけだ」
「ナチュラルに異能部侮辱するじゃん」
「真宵ちゃんシッ」
異形相手とはいえ、命を奪うことは……軽々しくできることじゃない。やっていいことでもない。人道に反する、なんて善性を振り翳すよりも、それを実行する己があまり想像できない。
蚊をプチッと殺せる男が何言ってんだって話だが。
こんなデカイ化け物を殺せと言われて、俺は何事もなくできるのか。
……どちらにせよ、やるしかないのだろう。
邪神の穴は俺という存在を異世界に飛ばして、使命だけ与えて閉じてしまった。行き帰りなど当然無理で、俺には選択肢なんて無くて。
仕舞いには、あっちの地球に望橋一絆はもういない。
今、ここにいる。不明瞭な理由で、よくわからぬ使命を胸に抱いて立っている。
万が一戻れたとしても、そこが本当に俺の生まれ故郷の世界なのかわからない。安易に安直に考えて、実はそこは違う世界でした、なんてこともありえる。あの邪神の性格から、己の旅路が何事もなく終わることも、無事に帰れる保証があるわけないことも、ちゃんと気付けている。
だから俺は、縋り付くと決めた。無様にも、無謀にも。
情けなくても、生きる為に。戦う為に。
───腹をくくろう。何度でも、何度でも。
禍虚獣の首元に、光の剣を突き立てる。ゆっくりと……首筋に添わせるように。
「決めたよ、俺は。っても、もうそれ以外にねェだろ?」
虚空を見上げて天を睨み、悪態をついて宣言する。
「俺は俺の為に、戦っていくよ───外道になってでも、明日を手に掴むさ」
「ギュルル…ラァァァ───!!」
ここで生きて、ここで死ぬ。
その覚悟をもって、俺は剣を振り上げ……禍虚獣の頭に叩き込むッ!!
「グギッ、ギュ……ギュァァァ……」
悲鳴を上げ、沈黙するのっぺらぼうの黒い化け物。頭に突き刺さった光剣と、脇腹を射貫く影の棘、四肢と尾をも封殺され、全身滅多刺しのまま、あんなにも恐ろしかった空想は息絶えた。
この、俺の手で。
散々な目に遭わせてくれた化け物は、脱力すると同時に粒子となって消滅する。
どこか神秘的な光景を視界に収め、生々しい感触を然と受け止めて───…
俺の身体も、倒れていく。
「っ……」
「一絆くん!」
「あーあ」
限界が来たんだ。多分、いつもと違う身体の動かし方をしたから。死にかけたから。霞んでいく視界に、駆け寄る2人の足音を耳に、その姿を朧気ながら捉えた俺は、怒涛すぎた一日で疲れてしまった。
ふらついて倒れた身体を、咄嗟に飛びついた琴晴さんに支えられる。洞月には頭を撫でられ……ん? な、なんで? いやまぁ、美少女2人に囲まれるのは役得だな、うん。
なんて、現実味のない自体に強気の姿勢を見せながら、気力で口を動かす。
「ッはぁ、はは……どうよ、やればできんだぜ、俺……」
精神的に来るものを心の内に抑え込んで、意地を張って2人を仰ぎ見る。空元気にも威勢を張って、認めてくれと言外に叫ぶ俺を前に、2人は───…
「ごーかく満点。ようこそ、新世界へ」
「うんっ、最高だよ一絆くん! よくやったね! これからよろしくね!」
肩を叩いて激励される。それに満足感を覚えながらも、
気力が解けた俺は意識を手放していく。全身がぬるま湯に浸かっているような気持ち悪さの倦怠感に呻いて、欠片も耐え切れずに微睡みの底へと落ちていく。
流石に疲れた。
こんなとこで寝るのは悪いけど、ほんの少しだけ今日は休ませてほしい。
肉体的にも、精神的にも……結構酷だな、ここ。まぁ、なんとかして慣れていくしかないか……
今日は、色々と…ありすぎ、た……明日の俺、後は……任せる……
「ふふっ、お疲れ様」
「がんばろーね、これからさ」
「……んっ…」
最後聞こえた励ましに、ほんの少し頬を染めたのは……勿論内緒である。




