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まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.2「ふたりぼっち+α」

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02-07:前進せよ、その運命を掴め


「───禍虚獣(かきょじゅう)。物量戦において、数ってのは最大にして絶対的な暴力になる。量産型の複合異体たるアイツらは、その証明。産めや増やせやお盛んなニンゲン共とは違って無性生殖で繁殖、自己増殖するから、種としてはある意味ニンゲンよりも優れてるしねぇ……数という圧倒的暴力で勝負できるのが利点だ。ある程度力の上下を調整できる、つまり非力な一般人を相手にするにも有用な、対初心者用生物兵器にもなり得るスグレモノ。取り敢えずで設定した人類鏖殺プロトコルさえ一旦削除してしまえば、ここまで使い勝手がよくなる魔造生命体はいないよ? わかる?」

「あの変なのにそんな使命あったの、知らなかったなぁ」

「言ってないからね」

「ビジュアル毒すぎない? 初めてがあんなのとか酷いよ」

「“角砥巍(つのとぎ)”や“石棺宝蟹(せっかんほうかい)”、“赫狼(かくろう)”でも良かったんだけど、初心者相手にはアレが一番最適なの」


 公園近くの屋根の上で、異邦人の全力疾走を眺めている2人の影。被害を広げまいと健気に頑張るその姿を、遥か遠方から応援するその様は、此度の首謀者としての自覚があるようには見えない。

 胡座をかいてのっぺらぼうの黒い怪物を紹介するのは、意図せず邪神に濡れ衣を着せた洞月真宵。共犯者にされた琴晴日葵はその隣で立ったまま、本当に危なくなった時にいつでも駆けつけられるよう臨戦態勢を維持している。

 自分で作った獣───魔造生命体に攫われた演技の後、特に示し合わせることなく2人は屋根上を占領。放流した最初の1体はすぐに死んだが、気に止めることはない。

 今も尚増え続ける悪意には気付かない程、日葵は一絆を心配そうに見つめている。


 のっぺらぼうの異形───正式名称を、“禍虚獣”という魔造生命体は、かつてカーラが量産できる生物兵器として運用していた魔王軍の兵力の一つである。

 戦争で死んだ人間を素体として、魔物の因子と強制的に適合させた結果生まれた、生まれてしまった人工の災厄。魔力さえあれば無限増殖する怪異を解き放った元凶女は、退屈そうにその奮闘を観察する。

 ……決して、こりゃ調整ミスったな一絆では倒せないのではなどとは一欠片も思ってはいない。


 【黒哭蝕絵(ドールアート)】の秘儀、<魔造眷獣ビースト・オブ・ジ・アビス>によるあまりに冒涜的な生命の創造。既存の生物データを基に、影の中で粘土を捏ねるように作り出す。星の記憶のどこにもない、新たな生命体を闇から創造する力だ。

 異常発達したナニカの角から二足歩行の獣魔を。

 ダンジョンの奥底で眠っていた宝箱に意思を、大いなる闇の力を与えた怪物を。

 仔犬の腐肉から爆発四散と再生を繰り返す魔狼を。

 神秘を多分に含んだ竜骨や血肉から、あらゆる生命体の頂点に立つ君臨者を。


 生命倫理に背く、生物創造という神の御業の再現。


 自分からは体力も気力も魔力も消費しない、低コストで増産できる怪物たちの一種を、真宵は300年振りに造り、世に解き放ったのだ。


「わっ、危ないッ……やるんならあの腕削いどいてよね。砦粉砕できるんだから」

「ビジュアルが悪くなるだろーが」

「今更じゃん? っとと、音やば……結界で囲ってるけど、大丈夫、なんだよね? 外部に音漏れも振動も届かないって謳い文句だったけど」

「安心しなよ。問題ない。いつだって───世界はボクの手のひらの上だ」


 それは、公園一帯を囲うようにある不可視の断絶結界。住宅街内部にある為、騒音被害とは切っても切せない縁があるが……真宵が展開した結界が作用して、公園の悲鳴や怒号が外に漏れることはない。侵入することも、出ることもできない結界。否、出るという思考をズラしてその場に留まらせる認識干渉すら可能とする、全てを妨げる結界。

 物理的に助けが来ない盤面を真宵は整えたのだ。

 外部からも内部からも結界を認識することはできない、かの高名な魔女のみが例外となるカーラの結界。真宵自身結界術に精通しているわけではないのだが、そこはチート地味た基礎能力でゴリ押した。

 ……日葵ならば、聖剣が無くともゴリ押しで結界侵入が可能かもしれないが。


 術者であるからこそ結界内部を延々透視できる真宵と、視界共有で同じ景色を見れる日葵のみが、中がどうなっているのかを確認することができる。

 持ち前の視力と視野で、真宵は逃げ惑う一絆の後ろ姿を捉えて離さない。


「ん〜、こんな方法取らなくても一絆くんを見極めれて、瞬間強化できる手段はあると思うんだけどなぁ。すっごい可哀想だよ?」

「いーや、これが最善だね」

「どーだか」


 真宵はこれを試練と定義する。

 望橋一絆の異能をこの場で発現させ、どのようなモノか見定める。それが己の不利益になるのか否か、どう自分にメリットがある運用ができるのか、早めに見極める為に。

 悠長に待ってやるほど、真宵は優しくない。

 早急に成果を求めるタイプの真宵は、面倒事を後回しにするのを嫌う。


 いち早く望橋一絆の異能を、在り方を、根源を知る。


 方法はともあれ邪神に選ばれたニンゲンを、洞月真宵は様々な角度から観察する。

 それが如何に間違いだとしても、止まることはない。


「……ねぇ、今のアラートなに?」

「空想侵入警報」

「もしかしてだけど、何体も放ってる?」

「うん」

「なにしてくれてんの???」

「いたいたいたい」


 混乱させる為に街へ放った禍虚獣たちは、異能部たちの奮闘で瞬く間に討伐されたのは語るまでもない。






◆◆◆






「グググッ!」

「ッ、あぶっ……はぁ、はぁ……クソッ!」


 平和生まれ平和育ち、生まれてこの方16年、戦いなんて喧嘩や稽古でしか経験のない俺が、いきなりの実戦、命の危機があるそれに対応できるわけもなく。

 そう言い訳しながらも、諦めずにまだ駆ける。

 化け物は俺で遊んでいるのか、攻撃はどれも軽いジャブばかり。一思いにやってくれという思いと、舐めやがってふざけるなという相反する感情が湧いてくる。攻撃なんか全部避けられるわけじゃない。さっきからあの大きな腕に吹き飛ばされ、叩かれ、転がされ……満身創痍になっても死ぬことはなく、俺は生かされている。

 額が切れたのか、流血で目が痛い。

 学生服は千切れて見る影もない。轢かれたかってぐらいボロボロだ。


 さっきまでは黒い体に触れたらヤバいと思ってたのに、今じゃなんとも思えなくなった。とうとう麻痺したのか、慣れたのか、気の所為だったのか、それとも。

 【異能】に一縷の望みを賭けて、必死に駆け回る。

 後先なんて、もう考えていられない。身体を動かして、思考を回し続けて、何度も何度も挑戦して。それでも何も起こってくれなくて。

 惨めに、無様に、屈辱を味わうのみ。


 焦燥も不安も際限なく積もっていく。


 あの2人は、琴晴さんと洞月は大丈夫なのか? 俺よりも酷い目にあってるんじゃないのか? すぐに戻って来れないなんてありえるのか? まだ戦ってる最中なのか?

 自分の身が何よりも大事だが、あの2人が無事か否かに思考が逸れる。


 断続的に聞こえた不穏な警報音も、不安を煽る一因に。反射で身体がビクッと震えるぐらいは怖かった。なんなら目の前にいるのっぺらぼうより。というか、こいつも一種肩震わせてたし。

 公園から市街地に移動しようとは、何故だか思えない。

 本能的にそれはヤバいって予感があって、脳が不自然な警鐘を鳴らすから、公園から出るのはやめた。その判断が正しいのか否かなんて、その時が来るまでわからなかったけど。


 今、俺は正しく、そして間違っていたのだと理解する。


「ひっぐ……ひっぐ……」

「! 泣き声……まっ、まさか…こどもっ!?」

「グ?」


 幼い子供の、啜り泣く声。音の発生源は、滑り台の下。思わず反応してしまう。遊具の影で小さな女の子が蹲って泣いているのを見つけてしまう。

 いつからそこに居たのか、なんで気付けなかったのか、言いたいこと、考えたいことは無数に、それこそたくさんあったが。

 一つ、確信が持てた。

 もしこのまま公園を出ていたら、俺の代わりにこの子が酷い目に遭ってたかもしれないって。逆に、俺がこの場に居続けたせいで被害を与えてしまった未来も大きいけど、それは考えても仕方がない。

 今は俺よりもこの子を優先しなければ。

 こんな小さい子を犠牲にしてまで生きるなんて、夢でも嫌だぞ、俺は。


 ……自己犠牲なんて、らしくねーけど。


 生きたいって信念を捻じ曲げてでも助けに行かねーと。寝覚めが悪いとか、見捨てたら気持ち悪いとか、そういう下心は、今ばかりはなかった。

 あるのは、ただ、目の前の脅威から守るべき者を守る、助ける、そして、勝つ。


 それだけだ。


「グヒッ、グググッ!」


 汚い音を鳴らして新しい獲物を嗤う怪物。丸まった口を大きく歪めて、のっそのっそと大きな四肢を前進させる。あまりに醜悪な異形の接近に、女の子は益々顔を苦しげに歪めてしまう。

 そんなの敵の思う壷だ。

 ただただ、捕食者の嗜虐心が満たされるだけ。そして、嗤いながら手をかけようとするのを、黙って見ていられるわけもなく。


 やばい、ヤバいッ、間に合えッ!!


「逃げろッ!」


 砂場に置かれたままだった、忘れ物の小さなスコップを怪物に投げる。頭部へ命中したそれは、刺さりはしないが普通なら悶絶モノ、なのに。

 のっぺらぼうは気にすることもなく、彼女が隠れていた滑り台へ拳を叩き込んだ。


 咄嗟に手を伸ばすが、届かない。


「ッぁ」


 破壊された滑り台。己の無力に絶望で目が暗む、が……土煙が晴れた先で、女の子が蹲ったまま、固まっているのを見つける。聴こえてくる悲鳴が、嗚咽が、まだ女の子が生きている証明となる。

 ギリギリ隙間にいたのか、奇跡的に助かったのか。

 よかった、そう安堵する暇もない。瓦礫となった遊具の傍、それものっぺらぼうの眼下にいることに変わりないのだから。


 顔を喜悦に歪ませた化け物が、捕食者の本懐を求めて。


「ッ、二度目は、ねェよ!!」


 今度こそ、化け物の前に躍り出る。痛みに喘ぐ女の子を庇うよう、その前に。


「ふぇ…」

「グギュ、ルル……グルル……」

「獲物を放置たぁ、いい度胸だな……余所見なんざ、俺は許さねェーぞ」


 虚勢を張って立ち塞がる。もう身体はボロボロすぎて、動くのも大変だ。手加減されてたんだろうが、身体も服も傷だらけ。かすり傷とか打撲ばかりで、骨が折れたような痛みはないのは幸いか。

 後でめいっぱい治癒してもらおう。

 ここ、異能ってファンタジーあるんだし。傷の治癒とかできそーな人、いそうじゃん。


 ……ふぅ。やるか。俺、ここを生き残ったら超絶美人のナースさんに癒してもらうんだ。

 その為にも、ここを切り抜けなくてはならない。


 痛みと苦しみで、胸がいっぱいになる。

───それでも、やんないと。なけなしの人情を、ここで欠かすわけにはいかねぇ。


 だから俺は、覚悟を決めた。


 弱音を飲み込む。思考に喝を入れる。無理矢理気合いで奮い立たせて、四つん這いのゴミを睨みつける。相手は、俺なんかには取るに足らないヤツだと誤認させる。

 自己認識。歪めて、正当化して、誤魔化して、勝ち星を狙う。


 俺の方が強い、俺なら勝てる───そうでもしないと、また逃げ回りそうになるから。


「かかってこい……もう、逃げねェ。俺は、勝つッ!」


 威勢を込めて言い放つ。雑魚の遠吠え? 力の彼我の差もわからないバカ? なんだって言えよ。好き勝手に。でも、ここで意地張んなきゃ、男が廃るってもんだろ。

 拳を握って、構えを取って、前に突き出す。

 殴る準備はできた。絶対無理だとわかっていても、俺はやると決めた。


────カチリ…


「あ?」


 なにか聴こえた。まるで、足りなかったモノが揃った、そう言わんばかりに、なにかが嵌ったような不思議な音が身体に響く。

 そう、体内から。

 意識が冴える。視界が広がる。身体の痛みが薄れゆく。なんだろう、これ。


───♪


 声が聴こえる。


───!


 声が届く。


───?


 声が交わる。


───!!


 俺の胸に、光が灯る。ぼうっと、焚き火が燃えるような不思議な感覚が身体に広がる。胸の奥があったかくなる、自分の身に起きる不可思議な事象は、不思議と払うような嫌悪感が湧かなくて。

 あるべきモノがそこに嵌った、やっと揃った力の種。

 ナニカが突き出した右手に触れているのを、朧気ながら知覚する。俺の手に優しく添うように、支えるように……払い除けるような気持ち悪さは欠片もない、あたたかさ。


 ……なんだ、これ。なにが、起きて。いや、今はッ!


「ギギュ、グリュルッ……グルルオオオオオッ!!」


 謎を謎にしたまま、のうのうと前に立ち塞がる俺に敵は嫌気が差したのか、突然怒りを剥き出しにしてその口腔に光を溜める。

 至近距離に感じる光量と熱量に一瞬怯んだが、いきなり空から落ちる体験に比べれば、どうってことない。

 ったく、お前光線とか放てるわけ? ファンタジーかよ。ファンタジーだったわ。


 ズラリと並ぶ犬歯と見慣れぬ怪現象に一瞬だけ怯むが、根性で耐える。化け物の口内で煌めく、禍々しい光に嫌な予感を抱きながらも、俺はその場を動かず、静かに右手を敵に向けた。

 なんとなく……そうした方が良いと思ったから。

 不思議と、もう恐怖はなかった。さっきまでのビビりは何処に行ったのか。ただ守りたいと、助けたいっていう、聖人めいた意志だけが、今の俺を突き動かしている。

 血迷ったと自分でも思えるが……漠然と、そう感じた。

 これが正しいと。その想いに従った。


「……お、おにぃちゃん……?」

「安心しな、俺が……俺が守ってやるから」


 空いた左手で女の子に逃げるよう促して、構える。

 ヤッさんの意識は、もう俺に釘付けだ。少しでも時間を稼いでやる。そんな俺の気持ちが届いたのか、躓きながらも女の子は離れてくれた。良かった、ありがとう。

 もう、今からやっぱなしでの逃走は間に合わない。でもあの子が逃げられる時間は稼げたんだ。それだけで偉い人から及第点以上貰えるんじゃないか?

 ……いやなに悲観的になってんだ俺。死ぬ気なんて全然ないぞ。しっかりしろ。


 さぁて、そんじゃあこっからどうすっかな……

 手段も選択肢も逃げ道もないないない、なーんもないの三拍子が揃ったわけだが。なんとかしねぇと生還できねぇ状態にある。

 ここで「助けに来たよ!」は多分ない。希望的観測だが当たる気しかない。


 ……ぶっちゃけます。なんか、今更になって足が震えて動けなくなってきた。

 そうだよ、目の前に光線あったらビビるだろ?

 恐怖がぶり返したんですよね。ちょっと、あの……誰か助けて。


───!


「ぇ?」


 その時、俺の右手が明るい光を放った。内側から灯る、暖かい色の光。突然発光した己の手に疑問符を飛ばすしかできなかった俺は、その怪現象に固まって。

 化け物がエネルギーを溜め終わったことに気付くのが、一歩遅れた。


「━━━━グァ!!」

「ぁ」


 禍々しい赤光が、轟音を伴って、俺の眼前で炸裂する。


「っ、はっ……?」

「グゥ?」


 視界が赤く染まって思わず目を閉じた俺は、未だ感覚のある右手の存在に目を見開く。自分が生きていることも、破壊光線らしきモノを浴びて五体満足でいることも。

 生き、てる……俺、生きてる。

 ナニカ握っている感触には未だ気付かず、土煙が晴れた先で見えた惨状に、いや、奇跡に愕然とする。


「なっ、な……」

「グ、グッ……!?」


 身体に新しい傷は、ない。感覚で言うが、内傷もない。強いて言えば伸ばした腕が痺れる程度。地面は俺を避けるように抉れているが……ただ、それだけ。

 俺の周りにあった遊具の破片は消し飛んでいて、俺から後ろのみ大地が残っている状態。

 生きている状況を喜ぶべきか、なんで生きているのかを疑問に持つべきなのか。さっき手が光ったのと関係する、というかそれ以外に因果関係が思い当たらなくて……そうなにもかもわからないまま困惑する俺は、そこ視線をより前方に……これまた別の、凄まじい違和感に目を向ける。

 さっき光って、俺の注目を奪った右手を。


 ……なんか、俺。今、右手を握ってる……、というか、なんか持ってる。


 なにこれ。


「……杖?」


 ナニカにせっつかれるまま、自己主張が激しめの声なき呼び掛けに促されるまま、その手に握ったブツを視認……それは、優しい光を灯す透明な水晶が頂点についた、謎の白い長杖だった。

 なんだろ、これ。なんか魔法使えそう。

 白い枝を柄にしたようなうねり方をしていて、翠と黄の布が巻かれている……本当に曖昧な表現になるが、どこか神聖そうな、清らかな気配さえ感じる杖。

 ……は?


「……なんだこれ」


 にぎにぎ。理解の及ばぬままその杖を何度も握る。俺と同様に口を開いたまま固まる化け物の前で。うん、ちょい離れよ。なに呑気にやってんだ俺。

 そろそろ〜と距離を取って、改めて杖を観察する。

 ……握り心地ヨシ、素材は高級品だな。触ったことないニワカ検分だけど。

 しかし、なんなんだこの杖は。手が光った理由なんかもまだわかってねぇ、の、に……ッ、がっ!?


「ッ、つぅ……! な、んだこれ……、ぐっ」


 突然、頭痛に苛まれる。頭が外側から締め付けられる、そうとしか形容できない痛み。ただ、物理的とはまた違う未知の痛みに俺は悶え苦しむことしかできない。

 杖の存在を再確認するかのように何気なく強く握れば、俺の頭の中に知らない情報が勢いよく、気持ち悪いぐらい一気に流れ込んでくる。


 がっ、ッ、ぁ……ぐっ、ぅ…痛い。痛いッ! ぐるぐる、脳みそが、ヤバいッ……!


「あ゛ッ!!」

「グギュッ!?」


 杖を握る手が力んだその時、水晶から光の粒子が迸って化け物を吹き飛ばしたが、そんなことに意識を割く余裕は持ち合わせておらず。

 わけもわからぬまま痛みに翻弄される。


 あまりの痛みに気絶しそうになるのを、持ち前の気合と根性でなんとか耐える。流れ込んでくる情報が、俺の意思に関係なく整理されていく不可解さに苦しみながら、俺は力の発現(・・)を受け入れる。

 その流入源、原因である右手の杖を睨みつける。

 ……今、脳に流れ込んできたモノのせいで、この杖が、俺の異能がなんなのかが……わかった。


 光りを灯した白杖は、邪神から与えられた俺のチート。


「これが、俺の異能───【架け橋の杖(アルクロッド)】、か」


 随分と厨二臭い、俺の名前と似通ったイメージのある、異能の杖。この明るい雰囲気の杖の名前。異能、そう……異能である。念願の。誰だって一度は願う、なんかすごい不思議パワー。

 ……あれ、俺、異能発現してね?

 ……これ俺の異能か!!!


 いきなりの覚醒でびっくりした。

 窮地に発現するとか、どんな確率? 発光した右手と杖の出来レース感に邪悪な影を見出しながらも、俺は興奮から期待せざるを得ない。

 火吹きとかサイコキネシスとか透視とか瞬間移動とか、そういうありふれた、言っちゃあ悪いが定番の超能力ではなかった。

 脳内に流れ込んだ情報から、この力がどんなものなのかわかりはした。ただ、実物を見たわけではないから、生憎よくわからない。


 ……で、肝心要さんがいらっしゃらないようですけど。一体どこに……ん?


『───♪』

「ぁ、ぇ……ど、どうも?」

『!』


 俺が握る杖の先端の水晶に、手のひらサイズの女の子が腰掛けていた。明るい色彩を持つ金髪の、羽根を生やした小さな女の子が。何時からいた? 気付かなかった。

 ……若干発光してるし。透明な羽根もあるし……多分、そういうこと、だよな?


『〜♪』

「おー、きれいだな」


 知覚されたことに気付いた瞬間、満面の笑みを浮かべて飛び跳ねる金色のちみっこ。若干浮いているからなのか、不思議と重さは感じない。

 キラキラと舞う光の粒子、いや、鱗粉? の綺麗さに目を奪われる。風に乗って鼻腔を擽るが、こそばゆくはない。そこにあるって見てわかるのに、触れてもわからない……視覚にのみ作用する、そんな魔法由来の不思議現象。

 それらを現実に見て、俺は正しく全てを理解する。


 故に問う。俺の最初の相棒を。


「……あー、精霊、で合ってるよな?」

『!!』


 こくこくと頷いて、その小人……否、精霊は俺の肩へと移動する。至近距離に座った彼女は、嬉しそうに微笑んで俺に寄り添う。

 異能が発現したことで見えるようになった空想の住人。

 本来ならば見ることのできないこの子と、意思疎通等ができるようになる……それが、この杖の、俺の異能の力、らしい。


 この杖、【架け橋の杖(アルクロッド)】は、この子の力を、精霊の力を借りる異能なのだとか。いきなり脳に流し込まれた出処が不明の情報をどこまで信じるべきかはわからない、が……まぁなんとかなるだろ。

 さっきの破壊光線を防げたのも、この子のお陰だ。

 ありがとう。助かったよ。


 ……誰かの力を借りて戦う異能、か。人の力に頼るのは俺の専売特許だな。

 あの邪神、人様の性質に合わせてきやがる……

 ムカつくな。精霊パワーでなんか届いたりしない? 俺の怒り。


『〜♪』

「……俺と戦ってくれるか?」

『! ───♪』


 元気に承諾してくれた精霊ちゃんを見て、不思議とまだ頑張れそうな気持ちになった。

 どうやら、俺と戦ってくれる仲間ができたらしい。


 満面の笑みで俺の頬をぺたぺたと触って、実体であると証明するのは本日出会う四体目の空想生物。内二つは死体で山積みになってたから、ノーカンかもしれないが。

 異世界生活初日に挟まるイベントの多さに吐きながら、俺は警戒レベルを上げて此方を観察する化け物をもう一度睨みつける。

 立ち上がったそれは、俺の意識が向いたのに気付いて、口角を上げて唸りを上げる。

 ……はぁ、タイミング悪。精霊パワーで不意打ちしよう思ってたのに。


 さて、こっからどうすっかな。んま、決まってるけど。


「負ける気しねーな。な?」

『♪』


 ひとりじゃないからな。気合い入れて、勝ちに行こう。


「グッ、グギュ、グググッ……グギュオオオオオオ!!」

「っしゃあ、いくぞ! ドン勝すんぞ!」

『? ……! 〜〜〜!!』


 俺、この戦いが終わったら美少女2人に頑張ったねって褒めてもらうんだ。


 のっぺらぼう───禍虚獣との第2ラウンド、再幕。


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