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まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.2「ふたりぼっち+α」

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02-06:だいたい全部──のせい


「マジで同居なんだwがんばw」

「骨は拾ってあげるわ」

「ん。私も住む」

「馬鹿なことを言うな。お前はあっちだ。シッシッ」

「ゎ、わァ……が、頑張ってくださぃ」


 結局、望橋一絆の居候を止めることはできなかった。

 流石に無理を押し通すのはやめた。ボクのせいで危うい立ち位置になるであろう大人に、ボクのエゴで必要以上に文句を言うのは好ましくないと思ったから。常日頃お世話になってるんだ。なんかご大層な夢もあったみたいだし、ここはおじさんを尊重した。

 ……同居決定の場にいなかった面々の、好き勝手に宣う見送りの言葉を背に浴びた一絆くんは、何故か悲しそうに項垂れていたのが記憶に新しい。

 そんなにイヤか? その反応はボクも悲しくなるよ?

 今は王来山学院からの帰り道、授業が免除になったのを利用して、我が家に一絆くんを案内している。道中ここで生活する上で知っておくといいこと、例えば交番とか緊急避難場所とかをざっくらばんに教えたり、コンビニとかの場所も教えたりと、生活には欠かせない話をしながらね。

 勿論日葵がだが。


 ……もう、一絆くんを否定するつもりはない。疲れた。これから彼には憎しみをもって接していこうと思う。もう腹は括った。

 実際、学院長の庇護下にいるって体裁は大事だしね。

 守ってやるよ。あのクソ幼女サマのお言葉もあるんだ。無碍にすれば反動が来る。


 ……でも、彼をどう運用するかはボクの自由だよね?


「おらー、きびきび歩け! もしくはおぶれ」

「いやだが? 洞月おめー、俺のこと都合のいい手足として使うつもりだろ」

「荷物持ちよろしくねー」

「……琴晴さんもかぁ」

「味方0」

「泣」


 3人で横並びになって下校する。並び順は外壁に沿って一絆くん、ボク、日葵の順だ。道路と反対側に守る対象を置いておけばなんの問題もないだろう。

 ……最初は興味本位で間に挟もうかと思ったんだけど、あまりにも必死に食い止められるのでやめてあげた。すわ泣き落としかってくらい必死だった。

 別に怯える必要ないのにねぇ。怖がりなんだから。文句言うヤツなんて、気付けばいなくなるんだから。


「そんなに怖い?」

「……俺の親友の知り合いの兄が百合の間に挟まった結果リンチされたことがあってな」

「関係性遠いな?」

「あ、リンチしたのはギャル集団だ。一昔前のガングロが大群で押し寄せたらしい」

「なんて?」


 男同士の醜い性癖争いじゃないのか。女による女の為の苛烈な報復なのか。つーか、どっから湧いてきたんだよ。挟まった片割れが黒ギャルだったわけ?

 怖いな。身近にいないから余計に。戸締りしとこ。

 ……いや襲われるのは一絆くんか。開けとこ。


「頼む、閉めといてくれ」

「やーだ♪」

「後生だから……え、そんなに消えて欲しい?」

「いや別にそんなことは」

「真宵ちゃんは意地悪だから。同居するんだから、すぐに慣れなきゃダメだよ」

「優しくしてください……」

「検討しなくはない。善処しよう」

「それされないやつ〜」


 出会って数時間の相手でも、すぐ順応して駄弁ることができるのは、こいつの一種の才能なのかもね。

 いや、初対面相手でも割とズバズバ容赦ないけど。

 躊躇いがないよね。ストッパーがないとも言える。まぁ悪くはない。

 ボクは例え嫌われても“修正”できるから問題ないけど、彼の場合そんな都合のいい力などない。これから発現する可能性も無くはないけど……現状、なんの物怖じもせずに他者と堂々触れ合えるのは、偏に才能だと思う。

 コミュ力とも言える。陽キャだねぇ。ちょい性格の悪い陽キャって感じ。

 話を聞くにかなりの頑張り屋さんでもあるし、これならこの世界にもすぐ慣れちゃうんだろうね。

 順応が早そう。


 ……あぁ、そうか。慣らしちゃうか。


 天才的な閃きに脳を活性化させたボクは、この穏やかな時間に水を差すことを決意する。

 一絆くんには悪いが、頑張って経験してほしい。

 どうせあの邪神も見てるんだ。此方からテコ入れすれば満足するじゃろ。


 んで、それを実行する為にも日葵を引き剥がさねばな。


「ひまちゃー」

「なに、最近すごい甘えてくるじゃん」

「名前から“り”を抜いて呼んだだけで甘えてくる判定とかおかしいだろ」

「この罵倒が効く……万病に効くんだ……もってして?」

「や」

「……やっぱ琴晴さんもやべーやつだったか」

「今更ぁ?」

「酷い……」


 話が二重三重にも脱線したが、なんとか会話の主導権を握って主題を進める。日葵からもう違和感に気付き始めているだろうけど、多分好奇心と、自衛の為にって判断してボクに便乗すると思われるから問題ない。

 逆に一絆くんは付き合いが浅いから、ボクが企んでいることすらわからないだろう。

 ……いや訝しんでんな? こいつ探偵の末裔か何かか?


 勘は鋭い一絆くんを頭の中で褒め称え、抱きついてくる日葵を軽く足らい続ける。日葵、キミってさ、取り敢えず困ったらボクに抱きつけば良いと思ってるよね、バカか? つーかボクのこと好きすぎか?

 嫌いって欲しいのになぁ……もう。仕方ないから今日は寝かしつけてあげる。呪いの歌で。


「私たちの家は、学院までほぼ直進だから覚えやすいよ。行き帰りも楽で便利なんだ。魔都って入り組んでるところ多いけど、うちの周辺で迷うことはほぼないと思うよ……真宵ちゃん以外は」

「……家の近さは、父親が学院長だから、とかか?」

「そうだね。車でも徒歩でも近い方が良いんだって。まぁ忙しくて滅多に帰ってこないんだけど」

「ねぇ、待って。今さりげなくボクのこと侮辱した?」

「気の所為だよー♪」


 ワイワイと騒ぎながら、昼下がりの住宅街を通り抜け、時間的に人の少ない公園を視界に入れる。

 前々世の子供の為と宣うあれこれで、昔ながらの危ない遊具は閉鎖・撤去される……という時代の変遷は、此方の世界ではまだ見られていない。グルグル回って遊ぶ球体の骨組み、動物を模した揺れる乗り物、錆び欠けブランコ、手足で登って競う登り棒、所々色が剥げた立体交差の……そう、あれだ。ジャングルジム、あと滑り台付きの建物、砂山が残された灰色の砂場etc。住宅地の一角を占領する公園にしては遊具が多い。いや多すぎる。なんだよこれ。前から思ってたけど規模感おかしくない?

 そんな見てるだけで懐かしい、ノスタルジックに浸れる公園を通り過ぎる辺りで……


 ボクは、スキルを───異能を密かに起動する。


「ねぇねぇ、一絆くんの世界ってどんな感じ?」

「ん〜、異能とか魔物とか……や、空想ってのもいない、わりと平和な国だったな。俺の知らないところで犯罪とか戦争とかはあったみたいだけど」

「魔法震災が起きる前の世界と同じ、ってとこかな」

「なんだそれ」

「地球がファンタジーに染まった原因。若しくは、此方が並行世界になった要因。300年前に起きた悲劇だよ」

「あとで教えてあげるね。こっちの世界のこと、少しでも知っておいて損はないしさ」

「助かる。ありがとう」


 急造でちょっと歪だけど、ここから少し遠目のところに設置……からのボクたちがいる公園まで急行させる。道中邪魔になるような民間人はいないことは既に確認済みだ。こんな風情ある公園を戦場にするのは気が引けるけど……仕方ないね。コラテラルダメージってヤツだ。

 早くこーい。そこに生まれさせたのボクだけど。

 時間稼ぎも疲れるだよー。直前から徐々に歩幅を狭めて歩いてたから、そこまで辛くはないんだけど。隣の二人が空気を読んで合わせてくれるし。

 ……初対面なのに文句も言わずに合わせてくれるとか、こいつ聖人か?


「……ん?」


 その時、日葵の【危機感知(ビビット)】に何かビビッときた模様。この距離でも気付くとは、流石。

 二キロは離れてるのに……

 いや、気付かない方がおかしいのか。気付かなかったら幻滅してたぜ。


「ん? 琴晴さん、なに睨んでんだ?」

「……ひまちゃ? そっちにボクはいないぜ?」

「んんっ、そんなんじゃないから───ッ、真宵ちゃん、避けてッ!!」

「は? なにを───…」


 焦った演技をして呼びかける日葵の真横で、ボクも態と無知を装って知らないフリをする。いや、避けてもなにもキミたちに両脇固められてるから無理よ?

 んまぁ、隙間を縫って攫わせるからいいんだけど。

 ほら、もうすぐだ。視線を横に向け、死角から驀進する黒い影に今更気付いた顔をして。


 ガシッと腕を掴まれ、呆然とする二人を置いて後ろへと引っ張られ、ボクはそのまま遠くに運ばれてゆく。


「あああああ───!!! ひまちゃー!!!」

「ちょ、ちょまッ、思ったより速い! 今助けに行くから! ごめんね一絆くん! そこの公園で待っててッ! あの魔物すぐに潰してくるから!」

「え、えええええ……い、行ってらっしゃい……大人しく待ってるわ……」


 ちょ、ちょっ速い! そ、想定よりも速いんだけど!? 設計ミスですかねボクぅぅぅ!!


 黒いナニカ───量産型の複合異体(キメラ)、戦闘初心者向けに急造したダウングレード版に咥えられながら、日葵のガチ焦り顔を眺める。

 もう一体の異形の接近に気付けない一絆くんの困り顔も鑑賞しながら。


 ま、まあ……取り敢えず。一絆くん、【異能】の開花、頑張ってね。






◆◆◆





 通って来た帰り道を逆走して、学院方面へと駆けて行く琴晴さんと、なんか気持ちの悪いのっぺりとした(・・・・・・・)黒いのに攫われていった洞月に置いてかれた俺は、数秒硬直した。

 ……うん、なんだったんだ今の。

 通報すべきか? いやスマホ通じねぇから無理だな。もうあっちの地球のスマホは使えねーし。どうする? まだ通信機器貰ってねぇーから助けも呼べねーし。

 待ってろって言っても……まぁそれ以外にしようがないから仕方ない、か。


 ………いや、今のなんだ。なんだったんだ。


 あの不気味なのも空想なのか? どーにもゴブリンとかと違うようにしか見えなかったんだが。いや一瞬だったからそこまで豪語できねぇけど。

 取り敢えず、今ヤバい状況になったのは俺でもわかる。

 こんな街中に出てくるもんなのか。怖いな。ここって。あの邪神め、今すぐに世界線をチェンジして欲しいぐらい憂鬱になってきたんだが?


 こんがらがった頭の中で、そう思考をフル回転させて、頭を抱えて……


 遅れてやってくる───恐怖。

 

「っとぉ……すぅー……冷静になれ、俺」


 身体が竦んだが、根性で震えを止める。

 わけもわからぬ中、なにが起こったのか把握できたのはヨシとする。流石は俺だ。自画自賛しないと失神しそう。人生で一度もしたことないけど。

 ……怖い。未知の恐怖とでも言えばいいのか。それでも湧かない現実感の薄さには辟易とする。

 叫んでいるわりには悲壮感がなかった洞月の呆気なさを見たからか、超特急で救援に行く琴晴さんを見たからか、それとも……俺の危機意識が足りないからか。恐らく全部の要因が重なって、危機感が薄くなってるんだと思う。

 だんだん冷静になってきた俺は、その場から動けずに、2人が去った方向を眺め続ける。


「……洞月のやつ、大丈夫なのか?」


 フッと湧いて出た感情は、他者への心配。こっちに来てはや数時間、色々罵詈雑言や暴力を気兼ねなく向けてきた相手だが、それに助けられたのも事実。変に気負うこともないまま息できたのは、あいつらの遠慮のなさのお陰だ。

 口が裂けても言わないが。

 ……あのプロレス、意外と楽しかったな。

 そういや、学院長の部屋で絞めたのまだ謝ってねぇや。戻ってきたら謝って……うん、謝ろう。痛み分けのお相子ってことで。


 だから、どうか、無事に戻ってきてほしい。あんなのと戦ってるのが異能部だって言うし、きっと勝って、2人で笑いながら戻ってくる筈。

 初対面で死体の山を築いてたぐらいだ。肩にぶっ殺した化け物を背負ってる洞月を幻視した。

 ……今更だけどファーストインパクト、ヤバかったな。あん時は混乱してて平気だったけど……思い出し吐きして倒れそう。


 うん、俺は何も見てなかった。抹消抹消ブリーチング!


「取り敢えず、待つか……うん、ごちゃごちゃしてんな。都会の公園ってこんなんだったか?」


 人っ子一人いないのが不気味に感じてしまう。こんなに寂れた公園でひとりぼっちとか、陰キャでも中々やらんぞどうかしてる。寂しい依然の問題なんだけど。

 早く帰って来てくんないかな……

 琴晴さんのあのスピードなら、シュパッと洞月助けて、シュパッと倒すぐらいは簡単そうに見えるし。会った時に羽生やして空も飛んでたから、高速戦闘ぐらいなら難なくできそう。


 ……そういや、誰がどんな異能を持っているのか、全然知らねぇや。



グギュ、ギュルル……



 そういえば腹が減った。昼は何も食べないで琴晴さんについて行ったからなぁ……

 学院出る前に学食か何か恵んでもらば良かった。

 いや、俺が腹減ってないって固辞したんだけども。

 まだ食う気じゃなかったってのもあるけど……食べれば良かった。お茶のペットボトルは姫叶がくれたから、今はそれで飢えを凌いでみるか……


───なんか、背中が温かいのは気の所為だろう。


ググ、グググ……


 …………。やっぱこれ、俺の腹の音じゃねぇな。うん。


 嫌な予感に顔を顰める。恐る恐る下を見れば、俺の影は変な形に歪んでいた。いや、膨らんでるって言うべきか。なんか、異様に丸っこいなぁ……

 悪寒がすげぇ。ははは。現実逃避って許されるかな。

 ……後ろにいるよね、なにか。後頭部に、ぬめりとした気色悪い鼻息が、ずっと当たってるんだけど。……なんだぬめりって。そうとしか形容できない、不気味すぎる。

 獣臭くはない。親の実家で嗅いだシベリアンハスキーや甥っ子のハムスターとも違う、や、違う。臭いがしない。驚く程無臭なんだ、これは。

 いやそんなことより。臭い分析は横に置いといて。


 ……ふ、振り向きたくねぇ〜!!! ぜってぇーよからぬ存在がいるだろ俺の背後に!!!


「ふぅ〜……男、一絆。覚悟を決めろ、ヨシッ」


 ナニがいるのかは、さっき見た光景からちょっとばかり推察できるんだが……信じたくはない。だが、確認以外の術は用意されていない。

 ッ、あークソッ、男は度胸ッ、根性で生きる生命体ッ! 行くぞッ!!


 息を吸って、吐いて───意を決して背後を見るッ!


「グギャァ……ギュルル!」

「oh……」


 振り向いた先、至近距離にあったのは、のっぺりとした顔という顔のない黒い生き物。流線型で丸い頭部の顔には丸くぽっかりと空いた穴があり、円形に並ぶ上下の牙からそれが口だと判別できる。

 四足歩行なのに何処か人っぽい……四つん這いになった人間にしか見えないナニカ。両手足は頭と胴の丸っこさと違い、ゴツゴツとしていて岩山のよう。

 背中からは剣山のような突起が無数に生え、黒い針山を形成している。

 ぶよぶよとした黒い皮膚に覆われた、深海とか秘境とかやべーところにいそうな化け物が、俺という獲物を見て、見て? 涎を垂らしていた。


「なっ、なん……」


 俺より二倍は大きい、四足歩行の怪物。

 トカゲの尻尾みてーな尾を生やした人間のような異形が四つん這いになってるようにしか見えない、が……絶対に適う相手ではないことぐらい、見てわかる。

 俺に見られていることがわかっているのかいないのか、一向に動く気配なく。


 だが、こちらから一歩でも動いてしまえば襲われる……そう漠然とした確信だけが胸に巣食う。


「ギュララ……」

「っ、ッ……二体目、とか……勘弁してくれよ」


 あの強気な洞月が抵抗もできずに攫われる形になった、琴晴さんが追いかけていった空想と同じ形の、化け物。

 足が恐怖で震える。

 どう見ても世界観が違う化け物を前に、俺の足は子鹿のよう。


 これが、非捕食者……被食者の気持ち……か。


 馬鹿野郎、こちとら平和育ちの、戦のいの字も知らない未成年なんだぞ。情けなくて何が悪い。涙を堪えてるだけマシだろ。

 あぁクソ、これが試練ってヤツなのか?

 あの邪神だ。絶ッ対にあいつの仕業だ。テコ入れだとか考えてそうで気持ちが悪い。そう憤っても、震える手足に力は入らない。気合いで立ってるが、一瞬でも気を抜けば身体が崩れる自信がある。

 周りに助けはいない。このままだと、死ぬ───…


 ふと脳裏に過ぎるのは、俺が死ぬ瞬間。 惨めに無様に、なにもできずに死ぬ未来予想図。あの岩山のような巨腕に叩き潰されるのか、頭を食い潰されて終わりなのか。

 考えるだけでも恐ろしい、明確な死が間近に迫る感覚。


 恐怖に竦んだ俺は、そのまま頭を食われる───なんて未来に唾を吐く。


「ヤに決まってんだろ。俺は生きる。まだ死にたくない。死ぬ気なんて欠片もねぇーんだわ」

「グギュ?」

「首傾けんな」


 これからなんだ。俺の人生は。邪神とかいうのに今まで積み重ねてきた軌跡を滅茶苦茶にされたけど、それでも、まだまだ始まったばかりなんだ!

 こんなとこで死んだら、それはもう、俺じゃない!


 後退する心に喝を入れ、意志を固め、俺は化け物の顔を力強く睨みつける。全然まだ怖いけど、それが命を諦める理由にはならないよなぁ。

 ただでは負けんと意地はある。

 逃げて生き延びる自信がある。

 舐めんな。見ての通り運動には自信があるんだぞ、俺。その道で頑張ってるエース達には一歩劣るが、そう易々と負けを譲ったこともない。


 今に見てろよクソ邪神───そんで来いよ、化け物が。その殺意ダダ漏れの牙も拳も、全部避けきって……完全で瀟洒な逃走劇を見せてやる。


 ……強がってなんかないぞ。心の中でどう思うかは俺の自由だ。


「グググ……グォ、ギュルラァ!!」

「ッ」


 そんな俺の戦意に釣られたのか、化け物は大きく震えて咆哮してきた。ちょ、距離近い。全然唾飛んでくる距離。うわっ汚ぇッ……生臭ッ、くはない。これまた無臭。

 見た目との差異に気持ち悪さを感じる、暇もない。

 ゲッ、こいつ早速腕振りかぶって───ハンマーじゃん死ぬッ!!


「あばよッ!!」


 クマに背を向けるなとかよく聞くが、これはもう仕方がないと許してほしい。地面に叩きつけられた巨腕を咄嗟に転がって避けて、すぐに立ち上がって全力逃走。

 衝撃の揺れとか、陥没した殴打跡には気付かぬふり。

 先に戦意見せたのは俺だけど。攻撃してきたのはそっちだから。正当防衛も警察比例も適応される! まぁ、反撃の手段なんてないんですけど!


 躓く足を止めずに、のっぺらぼうから死ぬ気で逃げる。

 ここが人気のない公園で助かった。化け物が住宅地へと興味を持たないよう、わざと大声で叫んでおびき寄せる。

 正直不安しかないが、四の五の言ってられる余裕なんてない。


 ……よく動けるな、俺。転移初日に人死を出して外野に野次飛ばされるのが嫌だから、打算込みで無手無力なのに逃げ回ってるんだけど。

 それしかできないってだけなんだけど。

 失敗からの排斥ってのは怖いからな。歴史がその証拠。証明してるだろ?


「はぁ、はぁ……チッ!」


 走って化け物を突き放す。

 あぁ、クソ。自力の差が出てくる。必死な俺と違って、化け物は随分と楽しそうに丸い口を歪めている。衝動的に振るわれる拳を紙一重で避けて、中々離れぬ敵との距離に舌打ちを一つ。


「ォ、オォォ───ゲヒッ、グギュギュ」


 遊ばれてる。ムカついちまうが、それだけだ。

 武器になる物はないか。公園にそんな危険物置かれてるわけがない。あの2人は、何処まで行ってしまったのか。まさか苦戦しているのか、それとも。

 わけもわからぬまま、それでも生きる為に活路を探す。


「どうする、どうするッ……なにか、手は……ッ!!」


───異能、使えるんじゃないかな! 多分!


 そうだ。異能。異能だ。俺にもあるかもしれないって、仇白は言っていた……もし、それが本当なら。期待してもいいんじゃないのか。

 漫画とかでよくある話だ。窮地に陥った時、覚醒する。今がまさにその時なのではないか。

 やれる。今ここで異能が使えるようになれば……!


 希望が見えた。


「一か八か……!」


 どうにか異能を発現できないものか。

 ズラリと丸く並んだ牙が俺の頭を噛み砕こうとするのを咄嗟に避けて、身体を捻ってまた逃げる。なんだか身体に触れるのはいけない気がして、その嫌な予感に従って極力触れないように避ける。

 こういう直感は7割強で当たるから、俺は逆らわない。


 だが、そう上手くはいかないもので。


 叩き落とされた巨腕を避けきれずに、左腕が掠めて……激痛と、浮遊感。


「がっ、アァッ!!」


 宙を舞って地面に叩きつけられる。直撃は免れたもののダメージは凄まじく、ちょっと掠めただけでこの有り様。制服の腕の部分が剥げ、血が滲む。

 ……いってぇ。骨が逝ってないだけマシか。多分。

 こっちが痛みで半べそかいてんのに、化け物は容赦なく追撃を仕掛けて来やがる。


「はぁッ、はぁッ……異能、異能ッ! なんか、出ろッ!」


 フラフラよろめきながら、腕を伸ばして念じてみる。


 土壇場でなんとかならないものか。奇跡は起きないか。力を込めて、意志を込めて、どうにかなれーッ! と期待を注いで。

 ……それでも、何も起きない。

 ただ、空腹の捕食者に腕という餌を差し出しただけで。閉じていく顎からまた逃げる。


「ガブッ!!」

「ッ、あっぶねぇッ! 無理かッ、無理なのかちくしょう! 誰か助けて!!!」


 なんかこう、波動みたいなエネルギー砲とかが右手から射出されないか期待したが、そんなことなかった。危うく持ってかれるとこだった。

 それでも諦めきれるわけなく。

 全身を砂と泥で汚しながら、無様に転がって逃げながら打開策を紐解く。


 洞月は言ってた。異能はイマジネーション。想像すれば想像したぶんだけ力は拡張するし、それに合わせて身体を鍛えれば、妄想を現実のモノへと行使することができる。

 俺に足りないのは、多分、異能へのイメージ。

 ……そもそも、俺がこの目で見たのは、天使になるのと魔法の空間を作るのの、二つだけ。これだけでイメージを固めろとか、描いてみろって言うのは、大分無理がある。

 あまりにも理解不能。まさに非科学的。


 死から逃げ惑いながら、それでも諦めずに挑戦する。


「やってやらあああああああああ!!!」


───望橋一絆、後に勇者と魔王の寵愛(理不尽)を授かる青年の、人生最初の苦難は始まったばかりである。


 魔王カーラのスパルタ試練は、まだまだ終わらない。


??「免罪だよ!?」

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