表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.2「ふたりぼっち+α」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/51

02-05:家族ごっこ


───王来山学院。二度も遷都しているアルカナの歴史、創設の時から一度も移設することなくこの地にあり続ける世界で初めて空想についての専攻科を開いた学び舎。

 その学院長は、かれこれ9年もの間学院を取り仕切り、生徒第一に物事を決める人格者であり、政界上層部に否を叩きつけることができるアルカナの傑物の一人。

 そんな男が、ボクと日葵、そして飛鳥の養父である。

 認めるのは癪だが……鳥姉と一緒で優秀ではあるんだ。文句を叩きつけたくなるってだけで。

 ……さて、そんなわけで。呼び出されて渋々学院長室にやってきたのだが。


「ここだよ」

「なんか……普通だな」

「成金趣味なんて、この学院じゃ淘汰されるだけだよ?」

「怖ぇよ」


 ここですかさず真宵キック!


「てめーなに考えてんだハゲデブごらぁ!! カチコミじゃボケェ!!」

「ちょ、真宵ちゃ」

「ごほっ! ごほっごほっ……ま、真宵!?」


 品行とか礼儀とかの一切を無視して、怒りを足に灯して学院長室に繋がる扉を蹴り破る。

 どうせ能力で直すのだ。幾ら壊しても無問題。

 日葵に制止される前に飛び込んだボクは、呑気に紅茶を吹いた肥満体型に特攻する。驀進するボクを見て吹くな。汚らしい。

 あーあ、絨毯が濡れちゃったじゃんか。あれに乗るのは金輪際やめよう。


「おいガチかよ、有言実行しやがった!!」

「……薄々こうなるとは思っていた。頑張れ学院長」

「や、部長も止めよーぜ!?」

「いやー、親子喧嘩に口を挟むのはなぁ……」

「……えっ、親子?」


 後ろで喚く異邦人と部長の声は無視。さぁいくぞ!


「ねぇ。ボクと日葵の間に、特大の厄ネタ挟もうとするのやめてくれない? なに考えてんの? 死ぬ? 死ぬ?」

「やや、いや待って! そう、話せばわかる!」

「ワカラナイ」

「おおお落ち着くんだ真宵! 頼むッ、ぱぱぱ、パパの話を聞いてくれ!?」

「うるさいうるさいうるさーい!」

「あ、これ止まらないやつ……辞世の句読も……」


 命の危機を察して天を仰ぐおじさん。仮にも娘の癇癪の種を見抜けられぬとは、養父失格。そこら辺を考えられる頭があれば、後60年は生きれたかもしれないのに。

 いや、そしたら余裕で100超えちゃうわ。ご長寿番付にダイナミックエントリーしちゃう。

 ……それでもボクより年下な辺り、ムカつくよね。何故あんなに生きてしまったのか。


 この苛立ち、やはりぶつけるに限る。


「おい豚ァ」

「富んだ身体と言ってくれ! 若しくはヤケ食いの末路と! 語弊があるよ語弊が!」

「口答えする余裕はある、と」

「あっ」


 青ざめた顔の、だるんだるんな頬を引っ張ってやれば、面白いぐらいに伸びる伸びる。あはっ、痩せろよ。流石に病気になるぞこれ。

 まぁいい。

 勇者と魔王という、本来相容れないヤツらが仲良く生を謳歌できる絶対領域に、この奇跡に等しいバランスでギリ成り立っているこの空間に……剰え異物を入れるだと?

 断じて許せない。

 ……顔も性格も知らぬガキを招き入れようなんて魂胆、マージでありえないからな? 転生した魔王と勇者匿ってる時点でなにも言えないんだけど。

 取り敢えずあんたの罪は重いぞ。地獄行きだ! おめーの罪は何色だ、都祁原ァァァ!!!


 ボクのプライバシーを奪うなー! オマケで日葵のも!


「真宵ちゃん……///」

「ちょ、日葵! 惚れてないで助けて! ひまりー!」

「はぁ……養父だからって、気安くひまちゃんって呼ぶのやめていただけます?」

「真宵ちゃん///」


 何故か頬に手を添え照れている変態からは目を背ける。確かにそう切り取られてもおかしくない言い方、を……? いや待てボク口に出してないぞ? 無言タコ殴りの準備して腕ぐるぐる回してるだけなんだけど?

 えぇ、怖……部長と一絆くんに至っては、突然くねくね始めたからドン引いてるじゃん。


 ……やっぱり解散すべきなのでは?


「……まぁ、いいや」


 日葵について考えるのはやめよう。

 兎に角だ。このままいけばボクが安心して寝れる環境が壊されてしまう。それだけは絶対に阻止せねばならない。気楽に自殺できる場所が無くなるのは辛い。最近は家だと日葵がいいタイミングで邪魔してくるから外でやってるんだけど。

 取り敢えず、絶対に望橋一絆の入居は止めなければ。

 守れるニンゲンが二人もいるからってな、そうは問屋が許さないんだよ。


 己の秘密を知る者(鳥姉を除く)のみで構成された家に、邪神と密通した部外者を入れたくないんだよ。

 物理で止めるのだ。

 無理だとしても、怒ってますよアピールが大事なのだ。わかってないおじさんには死んでもらう。


「いやぁ、流石に勘づくよねぇ……でも、そう簡単に私は負けないよぉ!!」

「あっ、ステーキ700g」

「どこぉ!?」


 勿論嘘だ。あるわけない。でも、食に貪欲なおじさんは引っかかる……というか、この人はボクと日葵に甘いからほぼ確実に引っかかる……“フリ”をしてくれるから、それを利用する。

 優しさに漬け込むようで悪いが、反射でそうしてしまうおじさんの方が悪いよね?


 慌てて振り向いたおじさんの視線は、力強く握った拳に集中している。

 実戦慣れしていないおじさんにこういうのは酷だけど。


「ぶごぉ!?」


 フェイクだよ───おじさんの腹に足蹴りを叩き込む。まるーく太ったお腹は凹んで、反発吸収をすることもなくおじさんは鞠みたいに跳ねて吹っ飛んだ。

 やっぱりお腹は柔らかかった。ねぇ時成、痩せなよ。


 コロコロと部屋の中を転がって、無駄に高そうでなんか偉そうな学院長の机に頭をぶつけて、大豚は昏倒した。

 最初から足蹴りを叩き込むつもりだったんだ。

 人間は、わかりやすく右拳を振り上げていればそっちが武器だと誤認する。フェイント、って言うべきなのかな? 武道詳しくないからわからんけど……取り敢えず、無様に引っかかってくれたってわけ。


 ふふん。悪は討たれ、正義は成された。ボクの圧勝だ。


 気分は上々、なんとなく完勝コロンビアをしたくなって静かになった観客たちの方を振り向けば───…


「!?」


 鋭角に、ボクの首元目掛けて殺意が篭った手刀が当たる寸前だった。


「えっ」

「シィッ───…」

「やば」


 下手人は日葵だった。

 ボクを沈黙させんと不意打ちを仕掛けてきた、ってか。事後にやるなよ。殺ってから止めに来んな。つーかなに? ガチで殺す目してんじゃん。

 こんなの戯れの範疇なのに……これぐらいは許してよ。気に食わなかったらやってもいいよって許可出したのも、そこでチーンしてるおじさんなんだし。

 怒られる筋合いなくない?

 あー、ダメだ。問答無用で狙ってきてやがる。避けても避けても手刀刺しに来るんだけど。部屋を壊さないように動き回るの、結構大変。

 ……そんなに日葵の中では大事なわけ? 戯れだとしても保護者が軽んじられるのは許せませんってか? それとも、このデブがボクの想いよりも大切だってか?

 それはそれ、これはこれってやつ? ムカつくなぁ。


「取り敢えず寝てて」

「やだね!」


 ヤムチャしやがって状態のおじさんの腹を踏み越えて、攻撃を止めない日葵から逃げる。おっ、ちょうど真ん前に話題の異邦人が。壁にしよう。

 あっ、避けられた……ん? お? 捕まえられた。


 ボクの腕をがっしり掴む一絆くんは、菩薩の如き笑みで見つめ返してくる。

 なにを……ん? 待て、その構えは。オマエ、まさか。


「ジャーマンスープレックス!!!」

「んぎゃ!!?」


 名前だけは有名で実物はあんまり見ない技が決まって、羽交い締めにされたボクは頭を強打。フローリングと垂直に突き刺さって、肺の中の空気が一気に押し出される。

 それだけじゃない。

 頭蓋が軋むヤな感覚に苛まれ、久方ぶりの純粋な激痛と眩暈に意識が落ちてゆく。


「きゅぅ……」


 まさか、なんの力も持たないのにやられる、なんて……あはっ、あはは。プライドが傷ついた、というよりかは、想定外を上回られた驚きと、高揚感で邪念が湧かない。

 やるじゃん。

 一絆くん、キミってば、素質、あるよ……色々、と……あ、無理。意識保てな───…






◆◆◆







「かふっ」

「おー!」

「……悪は去った。俺の勝ち。なんで負けたか考えとけ」

「大惨事、だな」

「やるじゃん。んと、おとーさん、起きてー」

「ぐ、ぐふ……」


 床に倒れる屍が二つ。黒髪に白いメッシュが目立つ女は望橋一絆がソファに放り投げ、禿頭で肥満体験の男は琴晴日葵が起き上がらせて蘇生した。

 存在がタブーの方の愛娘から一撃を食らった学院長は、呻き声を上げて、日葵を支えになんとか立ち上がる。

 神室玲華は紅茶の汚れを綺麗に拭き始めて、物的証拠を隠蔽する。


「体術の心得が?」

「中坊時代の杵柄ですけど」

「成程な」


 見事真宵を沈黙してみせた一絆に、玲華は心から賞賛と喝采を送る。そうそうできることではないと、異能がない弱者だと舐めた方が悪いと内心褒め讃える。

 お遊びとは言え、呆気なくやられた真宵には無理にでも体術練習に出てもらうことが玲華の中で決定した。

 そして。


「おとーさん大丈夫?」

「あ、あぁ。大丈夫だとも。真宵の突飛な暴力には、もう慣れっこだからねぇ……」

「痣になってるね」

「請求しよっかな」


 躊躇いなく服を捲って腹を見る日葵を見て、二人にある信頼を一絆は感じ取る。玲華の呟きや真宵の罵声から多少わかってはいたが……成程養父、似てないわけだ。

 そもそも真宵と日葵に姉妹感がないのも、信ぴょう性に拍車をかける。


「……こいつ、容赦ねぇな」


 だとするならば、この安らかな気絶顔を晒す、なんなら寝息まで立てている真宵は躊躇いが無さすぎではないか。暴力こそが正義とは、あまりにも物騒で。

 一体どんな環境で過ごせばそんな思考を得られるのか、聴きたくなる気持ちを押し殺す。


「つーか、この人が学院長……」


 いそいそと黒革の椅子に座った、肥満の王道を行く男を改めて注視する。パツンパツンに膨れた茶色のスーツが、どれだけ彼が食べ盛りで運動不足なのかを証明し。身長が高いせいで妙な威圧感まである……顔の愛嬌だけで、ギリなんとかやっていけそうな学び舎の権威。

 額を流れる脂汗やら、僅かにある側頭部の脂ぎった髪で不快感が程々にあるが……人当たりの良さそうな微笑みと誠実な対応で受け入れられている、そう直感で理解する。

 どう見ても種○けおじさんの亜種にしか見えないが。

 肥満で禿頭、養女を二人囲っている学院の長……一目で性格が優しい人だと見抜けなければ、裏でよからぬことを行っているのではと疑ってしまいそうになる。

 先入観をゴミ箱に捨てて、一絆は学院長に向き直る。


「こんにちは、学院長先生」

「んんん……あぁ、見苦しい姿を見せたね。申し訳ない。君が、望橋一絆くんだね?」

「はい」


 脂汗を拭く、学院の最高位に長年居座る男に挨拶する。日葵と真宵の“おじさん”は、新たに学院に迎え入れた……そして、己にとって4人目となる“養子候補”に、柔らかな笑みを向けた。


「自己紹介からしようか。私は都祁原時成(つげわらときなり)と言ってね……こう見えて、この王来山学院の学院長を勤めているんだ。それと、今そこで伸びている暴力娘と、この子限定で皮の清楚が外れる変態の父親をやっているよ」

「今なんで私まで侮辱したの???」

「待って待って死ぬ死ぬ死ぬ。事実じゃないか! 真宵から相談される身にもなってくれ!」

「ぐぬぬ」


 正直は美徳というが、今回に限っては日葵をキレさせる原因になってしまったようだ。肉で見えない首を綺麗に、そして正確に絞める日葵はその道のプロなのだろうか。

 あまりにも苦しそうなので、仕方なく一絆は日葵の手を抑えて止めた。

 話が一向に進まないから、という理由で止めたわけではない。


「ごほっごほっ……やー、あはは。真宵なら、私の思惑にすぐ気付くだろうなぁとは思っていたけど……実力行使が思ったより早かったねぇ」

「想定が甘いよ」

「そうだったみたいだねぇ。やれやれ……」


 玲華と一絆を真宵が寝ていない方の空いているソファに座るように促して、時成は話を切り出す。

 ちなみに日葵はいつの間にか真宵を膝枕している。


「まずは玲華さん。先程、報告書は見させてもらったよ。君が立てた予測通り、此方でも色々と動きが見えた」

「! ……では、手筈通りに?」

「あぁ。ま、その話は後でしようか。火急でもないし……うちの子たちに任せれば、ほぼ解決だし」

「わかりました」


 会話の内容は聞けても、一絆には概要までわからない。

 気にはなったが、まぁ野暮だろうなと口を噤む。一絆が応接室で書類作成をしていた時、実は玲華たちは異邦人の襲来を機に世界情勢や裏社会に影響が出たのか、主立ったところの動向を調べていた。

 結果は灰色。

 望橋一絆の出現に円卓会が騒いで、それに機敏な反応を示した組織が複数あったが……今のところ、学院周辺には不穏な動きは見られない。

 ……本来ならば、この時点で円卓会より“捕らえろ”等の指令が出そうなものだが、その予兆もまだ見られない。


 不気味な静けさに頭を悩ませながら、取り敢えず時成は円卓会って使えないなと蔑んだ。


「ふぅ……さて、一絆くん」

「っ、はい」

「これから君は、我が学院に通ってもらうわけだけど……今の所、住む場所が決まっていないようだね?」

「はい。このままだとホームレスですね」

「ズパッと言うねぇ」


 軽口を叩きながら、それでいて不安さは隠せずに一絆は後頭部を掻く。このまま家なき子になるのか、いや流石にそれは無いだろうとは……淡すぎる希望的観測を、僅かに持っているのだが。

 不安は不安なので、一絆は学院長の言葉に耳を傾ける。


「うちの学生寮は現在満員。教員寮も宛にできないし……校舎とか部室棟に住まわせるのは防犯上、警備上オススメできないし……困ったもんだよねぇ」

「じゃあ……?」

「ってなわけで、悪いけど私の家に住んでもらうよ」

「……正気か? んんっ、正直ですか? それで洞月の奴が暴走してたと思うんすけど」

「ハハハ」


 爆弾発言。先程までの真宵の拒絶反応とブチ切れ度合を想起して、なんとなーく漠然と思い浮かんでいた可能性が現実になったことに、一絆の目は死んだ。

 平然と「それが最善」と言える学院長の精神も怖いが、それ以前に出会ったばかりの、そういう関係にありそうな少女二人と同居しろ、というのは心臓に悪い。

 ……ワンチャン養父と養女で別宅住まいである可能性に賭けたが、素っ気なく違うと返さえて消沈する。

 やばいことになったと、一絆は頭を抱えるしかない。


 ……美少女二人と生活できて、並行世界でも権威のある男の庇護下にいれるという意味では、文句のつけどころがないのだが。


「まぁまぁ、二の足を踏む理由はわかるんだけどねぇ……こればっかりはね」


 一絆だけでなく、愛娘二人にも酷なことを言った自覚がある時成だが、呑気な顔で淹れ直した紅茶を啜っている。最善ばかりを選んだわけではないが……これが必要であることだと確信している為、手の付けようがない。

 ……同居生活を強いられる娘の一人が、それに賛成とも否定とも言っていないことを除けば。


「ねぇ、おとーさん。私たちの家に望橋くんを住まわせるメリットってなに?」

「日葵……」

「私としては、可もなく不可もなく。どちらでも構わないスタンスなんだけど……」


 真宵の嫌がりようを見て敢えて口には出さなかったが、日葵は別に、望橋一絆という“男性”の入居を認めていないわけではない。なんなら歓迎までしている。

 何故なら全ては真宵の為。

 底無しの闇に居座り続ける真宵を縛る、“情”という名の鎖を増やす為ならば、日葵は躊躇うことなく異性との同居を受け入れる。そもそも、そこら辺の性別の差異に日葵は無頓着だ。勇者時代に男たちと雑魚寝したのが悪い。

 ……それでも声を上げるのは、偏に確認の為でもある。真宵の拒絶を無視して、それでも強打する、自分の決定を曲げない訳を。


 抱き締めた友のぬくもりに温まりながら、救世の勇者は男に問う。


「あぁ、勿論あるとも」

「一つは私の家に住まわせることで、彼を外部の横取りや政治的利用、木っ端の裏社会から遠ざけることができる。これは言うまでもないことだ。それに、日葵と真宵ならば彼一人を守ることなど容易い……そうだろう?」

「……うん、否定はしないよ」

「二つ目は……というよりかは、比率的にはこっちの方が大きいんだけど」

「?」

「これはね、日葵と真宵、二人の為でもあるんだ」

「え?」


 そう訴えかける時成の目は、曇り一つなく澄んでいる。自信満々に、 それが正道なのだと。この場にいる全員の為なのだと日葵を説得する。

 ……最後の呟きについては、日葵はもっと追及しようと言葉を投げるが、時成はそれ以上応える気はないようで、全力で首を振るって疑問を突っ撥ねる。

 まるで、答えは自分で見つけなさいとでも言うように。


 ……結局根負けした日葵は、不貞腐れながら真宵の頭を撫でる愛撫に戻った。


「仕方ないなぁ。よろしくね、望橋くん」

「ぉ、おう」

「……勝手に話進めてる身で悪いけどさ、望橋くん的には大丈夫なの? 私たちと暮らすの」

「いや、まぁ……懸念点は多いけど、そこまで安心安全と言われたら、背に腹はかえられねぇーだろ。ぶっちゃけ、後ろから刺されないか気が気じゃねぇーけど」

「その時は守るよ」


 父の期待を胸に抱いて。不安要素はどちらにもあるが、もうこれ以上、日葵が口を挟むことはない。望橋一絆との同居を認め、共に歩むことを肯定する。

 ……一絆が語る懸念点が、どんなものか把握した上で、頑張ってとエールを送る。


「選択肢も、無いようなもんだしな……それに、あれだ。長いものに巻かれろって言うしな」


 一絆は渋々受け入れ、傍から見れば百合の園たるそこに足を踏み入れる覚悟を決める。異性への耐性は人並み以上あるものの、同性恋愛に発展していそうな女子たちと同じ屋根の下で暮らすのは不安しかない。

 思春期真っ只中にはレベルが高すぎるとも言う。

 百合の間に挟まる男扱いで処刑されてもおかしくない。そのレベルの重罪なのではと、一絆の脳内は悲観的思考でいっぱいだ。


 賛同したら攻撃してくる同居人予定が気絶している間に決めたいという心積りもある。

 今なら言える。よろしくお願いします、と。


 だが。


「さて。……真宵、起きているだろう? そろそろ不貞寝はやめようね」

「えっ」

「……ふんっ」


 この騒動の元凶である時成が、気絶していた真宵が実は起きていたことを暴いた。 恐る恐る斜め前を見れば、日葵に膝枕されながら、感情の灯らない虚無の紫瞳がまっすぐ一絆の首を見つめていた。

 殺す気である。目が合った瞬間に逸らされたが。養父の指摘がなければ攻撃するつもり満々であった。

 お礼と挨拶を言いそびれた一絆を置いて、真宵は心から不満気そうにボヤく。


「……ボクは納得してないから」

「ぁー、なんだ。いや、まずどっから聞いてた?」

「悪は去った、から」

「気絶してねぇーじゃねぇか」

「ん、一瞬だけしたよ? すぐ起きただけで。たった一瞬が命取りとはいえ、よくやったもんだよ」


 真宵が気絶したのはたった数秒。すぐに意識を覚醒させ暴行再開をしようとしたが、それを察知した日葵に密かに拘束され、頭を撫でられ落ち着かされていた。

 甘んじて安らぎを受け入れた真宵は、敢えて動かずに、ジト目で養父と異邦人の会話、日葵の聞きたいことを全て聞いていたのだ。

 お陰で利点諸々は理解できたが、納得できてはいない。

 静観を貫いたものの、依然殺意は胸に燻ったまま。もう隠すこともない。


 だが、真宵はそれを押し殺して……養父の考えをもっと読み取ろうと詰問する。


「おじさんがさっき言ってたのは、公的な意味合いの方が比率的には大きいじゃん」

「うん、そうだねぇ?」

「……じゃあ私的理由は? おじさんは、なんで一絆くんを家族に迎え入れようなんて考えてるの?」


 真宵より一足早く一絆を家に迎え入れる心構えができた日葵を余所に、これ以上言っても結末は変わらないだろとわかっていながらも、真宵は父に問う。

 しっかりと、娘が納得できる答えが欲しいから。


 その質問に、時成は何故か恥ずかしそうに頬を掻いて、ボソッと小さく呟いた。


「……息子が欲しくなったんだよねぇ」


 かひゅっと誰かが息を飲む。思わず一絆が周りを見れば顔を青ざめた日葵と真宵、お家事情に我関せずで仏頂面を装っていた玲華さえ、冷や汗をかいている。

 三人の反応に疑問を持ち、首を傾げた。その瞬間。


「仲良くしようね、望橋く……ううんっ、一絆くん!」

「ようこそ一絆くん。歓迎するよ!」

「えっ……えっ?」


 物凄い手の平返しを見た。

 一絆が目を離した隙に、日葵と真宵が両隣に座って彼の肩を掴み、満面の笑みで歓迎する。先程までの妥協します認めてないけどね、と言った雰囲気はいつの間にか消え、どこか必死な様相の二人がそこにいた。

 その変わり身の速さには玲華も脱帽した。すごいものを見てしまった目をしている。一方一絆は頭の上に100個か1000個ぐらいクエスチョンマークを浮かべて、何故なのわからないと首を傾げてしまう。

 なにせ先程まで邪険にされていたのだ。特に真宵から。それなのにいきなり肩を組まれれば、誰だってそうなる。不信感というよりは、恐怖とでも言うべき不理解の感情が湧いてくるに決まっている。


「言っておくけど……おじさんの為だから、ね?」

「あっ、はい」


 真宵と日葵はいきなり息子が欲しかったと告げられて、一絆は遠回しに息子になれと言われて、双方時成にだいぶ振り回されながらも、一絆の入居先が決定した。

 ……都祁原時成は、家に娘が二人いることを理由に妻を娶ろうとはしなかった。容姿も理由になり得る話だが……それらを度外視して、歪な生まれの子供たちをなによりも優先して、ここ10年を生きてきた。二児の父として、仮に真っ当に生きる道を教えられなくとも。

 それを知っているからこそ、真宵と日葵は戸惑う。

 精神は成熟しまくった老人とは言え、自分たちのせいで時成の人生の幅を大きく狭めてしまった自覚はしっかりと胸に刻んでいる。

 だからこそ、二人は拒めない。

 いつも他者優先で行動する父親のささやかなお願いを、自分たちのくだらない想いで無碍にはできない。したくはないと思っているから。


「……いいよ。受け入れてあげる。守ればいーんでしょ。守れば」

「か弱くてすんません。これからよろしくお願いします」

「あはは、いーよいーよ。ちゃんと強くするから。目標は真宵ちゃん打倒ね。目指せ討伐!」

「何故ゆえ……」

「やんのか?」

「やんない!」

「やらないと生きてけないよ? 腹括って? これから同居するお陰で、時間はいっぱいあるんだからさ」

「ぉ、お手柔らかに……」

「「厳しくいくよ?」」

「ワー、ヨロシクオネガイシマース」


 元勇者と元魔王の庇護下にいる。その領域は世界で最も安全であり、それでいて危険でもある。どこをどう考えてみても、安心できるとは程遠い場所に放り込む。

 以前までは浮遊と加速を操る異能者もいた止まり木に、時間停止能力者までいる異能の魔窟。

 養父は滅多に帰ってこないとはいえ、娘たちは定期的に闇堕ちするとはいえ……その一家に過剰戦力が揃っている事実は変わらない。

 そして今、ここに並行世界からの異邦人が追加される。


 なんと不可思議な家系だろうか。魔王や勇者などという実情を知らない玲華でさえ、相手したくないと断言できる集団と化している。

 ……なにかあれば私がフォローしよう。そう決心して、玲華は一絆の安寧を祈った。


「それじゃあ、みんな仲良く……これからもよろしくね」


 新たに長男を迎え入れた大家長、時成の言葉を締めに、望橋一絆の家なし問題は無事終息する。

 「おめでとう」と言って拍手する玲華と、苦虫を100匹噛み潰したような、それでいて諦めた表情で一絆を眺める真宵、まぁこれでいっかとこれからの生活に思いを馳せる日葵たちを見て───


 空笑いを上げた望橋一絆は、心の中でこう呟いた。


(……百合を眺める壁に徹してれば、地獄に堕ちることはないかなぁ……ないと良いなぁ……)


 あまりにも同性愛、百合過激派に怯えていた。

 現在、その疑惑ある二人に物理的に挟まれて座っていることを忘れてはならない。

 ……そも。付き合ってもいない女子と同棲できる時点で一絆は狩られる側の裏切り者であり、嫉妬等に狂わされた現地民にとって排斥対象になりかねない事実を、混乱から立ち直れていない一絆は忘れていた。

 俗に言う、地獄行き不可避と言うヤツである。

 日葵たちの言う通り、一絆は自衛を覚えないと、本当に命が危ないかもしれない。


 異邦人、望橋一絆の受難は始まったばかりである。


リメイク前との相違点⑨

・異能特務局の部署

───“特務捜査室”や“環境保全室”など、合計十の部署に組み分けされるシステムに変更。燕祇飛鳥は特務捜査室を指揮する室長。若いながら、他の捜査官よりも多くの異能犯罪を相手取って、多くの功績を積み上げた結果。

 年齢などは関係ない、強ければその地位を与えられる。

 死亡率が高く、人員の回転率が早いという身も蓋もない理由も大きいけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ