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まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.2「ふたりぼっち+α」

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02-03:ドミナのパーフェクト検査教室


 地球の並行世界から送り込まれた異邦人、望橋一絆。

 彼の処遇をどうするかは難航しており決まっていない。あまりにも前代未聞。異世界エーテルからの来訪者ならば兎も角、転生者ならば兎も角、まさかの並行世界から来た謎の転移者……異能特務局のお偉いさんが、邪神の存在と異邦人空中降下の報告を聞かされて「まっさかー、そんな冗談でしょ? 冗談って言って?」と半ば懇願して疲弊したお言葉を漏らすのは無理もない。

 さっきも言ったけど、悪いことにはならないでしょ。

 あの人たちは円卓会の議員と違って“できた”人だから、なんとかなる筈だ。きっと大丈夫。


「望橋くん、これから君は私たち異能部に保護される形でこの王来山に通ってもらうことになった。内容を周知した上層部は君の出現にてんやわんやだが……

 まぁ、なんとかなる筈だ。気楽に過ごしてくれたまえ」

「うっす……いやホントすいません。助かります」

「謝る必要はないよ」


 王来山学院部室棟。部室と言うよりリビングと言うべき家具の配置が成されたその大部屋で、長机を挟んで二人は向かい合う。

 玲華部長が「万が一があれば私たちに任せろ」と力強く宣言すれば、一絆くんの緊張も多少は緩んだらしい。

 家も戸籍も何も無い───転移時に持っていた学生鞄や財布、世界を飛び超えた影響なのか初期化されてしまったスマホを除いた、つまり着の身着のままで並行世界に来た一絆くんのことをどのように扱えば良いのか、上の連中は和気藹々と議論しているようだ。

 不祥事やら色々でポストが空いた円卓会のたぬきたちも

望橋一絆という奇々怪々な議題で賑やかになってくれて、ボクは嬉しく思う。

 ま、政治家たちのあれこれはどうでもいいや。あんまり頼りにならないし。


 さて、んまぁこの段階でも色々決まってね。一絆くんは準備が整い次第、この学院に生徒として通ってもらうことになった。更には彼を監視対象として、異能部の保護下に置くことも決定した。

 取り敢えずそういうことになった。


 邪神という未知の存在がわざわざ送り込んできたのだ。なにかしらの力はあると踏んで、いずれ異能が開花すれば国の戦力として加算できる、だとか。

 危険だから、何があっても対処できるようにしろとか。

 最悪を想定して、無力な今の内に始末しろとか、絆して懐柔しろだとか好き勝手言われたけど、そんなの無視だ。部長が啖呵切ってガチャ切りしたのもあって、ボクたちは一絆くんを政府から守る防壁になった。

 ……平和と退屈しか知らない地球の一般男児に対して、爆弾に等しいナニカに対してよく強く出れるよね。戦いを強いらせる発言辺り、どいつもこいつもロクでもない。

 仕事を守らなきゃなのは面倒だが、仕方ない。あれにも大事にしてと命令されてしまったのだし。


 ……彼自身も己の立場をわかっているのだろう。神妙な面待ちで部長と応対している。飲み込みが早いというか、状況判断と意思決定に淀みがないな、彼。

 覚悟を決めた目をしておる。これは部長も気に入るな。

 思いっきりがよくて、決断が早いのは彼の美徳なのだと現時点でわかったのは僥倖か。


「……あっ、あっ、ぅ、あの……と、特務局が飛鳥さんを派遣してくると……あの、ぃ、言われましたぁ……」

「わかった。ありがとう多世」

「ふ、ふへへ……///」


 へぇ、特務局から人が派遣される、と。なんで?

 ……住民票やら戸籍やらの、これから魔都を生きる為に必要なお役所書類を渡しに来ると……成程。

 つーか鳥姉来んの? めっちゃ忙しそうだけど。あの人が世界規模の迷子を導ける大人だとは到底思えないんだが。営業と事務作業より戦闘が大好きな、若干バーサーカーが入ってる女だぞ?

 人選ミスな気がするが……今日は暇だったのかなとしか考えられない。


「あっそうだ。ありがとう一絆くん!」

「なにが???」

「君のお陰で授業が公欠になった」

「……マジで?」

「マジで!」


 うん。一絆くんのお陰でね。今日の異能部は公欠扱いで授業中止になったんだよね。補講もない。んまぁ、こんな状況で出血は流石に無理があるもんねぇ……

 姫叶が言う通り、感謝感謝なのだ。

 ボクもうんうんと頷いて同意していると、苦笑していた日葵がこっそりボクの耳元に口を添えて、聞かれないよう小声で話しかけてきた。

 くすぐったいんだけど。


「で、どう思うの真宵ちゃん」

「安心安定の邪神クオリティ、だと思う。彼は無害だよ。根はアレだけど」

「やっぱり?」


 言ってること適当だけど、彼に危険がないのは確かだ。

 日葵も勇者的直感で一絆くんが悪いヤツじゃないことは確信してたのだろう。

 変に怪しむだけ無駄だ。疲れるだけ。

 アレだ、性格残念な奴が残念な神に嵌められたってだけなのだろう。つまり悪いのはあの幼女だ。


 つーか、本当に面倒な事が立て続けに起こってる。もう死んで逃げていいかな。


「ていうかヤケに詳しいね?」

「……あった事があるんだよ。魔王になる前に」

「そうなの?」


 今更の話だが、日葵にはボクの人生が三度目であるのは言ってない。前々世の概要なんて知らなくても、ボクらの関係にはなんら問題は無いし。

 さて、そんなことより。

 一絆くんが異能部の元で保護観察されることが決まって困惑する諸先輩方の反応を見てみようか。

 性格が出てて面白いよ。ホント多様だなこいつら。


「ぐっ、ぐぬ……並行世界、だとッ……」

「ん。よろしく、一絆」

「はわわ……がが、顔面偏差値高いのが、またっ増えっ、増えた、増えたぁ……あっ、あのその……こっち見ないでくださいぃぃ」


 パラレルワールドの実在に頭を悩ませるが、空想という異世界を実証する存在を思い出して事実なのだと確信してより頭を悩ませる廻先輩。

 呑気に挨拶して一絆くんの手を縦に振る弥勒先輩。

 そして、人見知りとコミュ障を発症して柱の影に隠れ、更には涙目で縮こまる先輩……野暮ったい黒髪で目元すら隠す、最後の三年生。


 枢屋多世。手元にパソコンなどのインターネットに常時接続できる電子端末がないと発狂する究極のインドアで、重度のオタクである。

 この人も例に漏れずおっぱいが大きい。爆。

 三年みんな乳でかくね? おかしいよね本当。

 特務局からの通信を玲華部長に届けたこのキノコ頭は、異能部きってのコミュ障……故に、通話相手にさせるのは難易度の高い采配だと思う。

 苦手を押し付けるとか、鬼か? 内面的な瑕疵は頑張ればどうにかできると思っている部長が怖い。


「うっ、あぅ……かひゅ………きゅぅ……」

「おい枢屋、死ぬな。おい!」

「ひぐぅ……」


 緊張で死にそうな多世先輩だが、まぁいつも通りの様子なので大丈夫だろう。幽体離脱しかけてるけど、廻先輩がああやって止めているから大丈夫だ。多分。

 遊ぶと楽しいから良い玩具なんだよね、多世先輩。

 揶揄ったり虐めたりしたときの反応が良いんだ。これがいじめっ子の思考なのだろうか。

 共感しちゃう〜。


 ま、多世先輩の事は横に置いといて。今はどうでもいいからね。

 今は一絆くんだ。あー、同胞の匂いがする〜。

 いつか邪神被害者同盟結ぼうねぇ。強くなって高みから引き摺り下ろそうねぇ……


「なっ、もうこの時点で、好感度が……高い!?」


 なんか恐れ慄いた目でボクたちを交互に見る阿呆は……勿論気にしない方針で。

 つか好感度って何の話? おい目を逸らすな。おい。


「はぁ……」


 辛そうに溜息を吐き、参った様子で頭を搔く一絆くんを見てると、本当にあの邪神は良くない奴だ。

 ふむ……どうせ時間はあるんだ。試しにやるか。

 ボクが言わなくてもわかるだろうけど……邪神仕込みの転移者が、ただの青年として新世界に送り込まれる確率はゼロに等しい。

 恐らく、何かしら仕込まれている筈だ。

 それを確認しよう。魔力は感じるから、仕込みは確実にされている筈。それが魔法を使う為の土台としてなのか、異能を開花させる為の材料としてなのか。

 似て非なる二つの力に必要な魔力があるのは、それしか考えられない。


 一絆くんの為だ。やらないよりやった方がマシ。


「へいへーい」

「いってぇ!?」

「うわうるさ」


 ボクは一絆くんが座る椅子に背後から近付き、彼の肩を勢いよく叩く。

 ボキッて言ったか? まぁ気の所為だろう。

 軽くキレながら振り向いて来た異邦人に向けて、ボクは好奇心で場所を移そうと伝える。


「ま、ちょーっと気になることがあってさ。ボクと一緒に魔法研究部、行こっか」

「……な、なにすんだよ」

「キミの身体を調べる」

「えっ真宵ちゃん人体実験はちょっと……」

「流石に私も心配だぞ?」


 外野がうるさいな。部長と一緒になって抗議するな。


「……俺の身体、なんかやべーの?」

「邪神とかゆーのが、キミになにもせず送ると思う?」

「ゃ、あぁー……思わねぇな」

「だろう?」

「……成程、確かにな……」

「あー!」

「一理あるね」


 最悪を想定すれば考えられる悲劇だ。とはいえ、あまり納得していない様子。なに、そんなにボクの信用ないの? 善意しか無いんだけど?

 ボクと悦ちゃんは健全な転生者なのだ。人道を無視するなんてことはない。

 ……最悪、魔女のモルモットになっちゃうかもだけど。いや、でも……流石にそこまで、は……


「ありえるかも」

「やべぇ、一気に心配になってきた。助けてくれ。保険は適応されないのか?」

「ファイト!」

「武勇を祈る」

「がんばれー」

「まずは加入してからだね」

「無理じゃん笑」

「薄情な奴しかいねぇ!」

「ハハハ」


 いっ、一応守るから……初対面だからはほぼ確で理由になんないけど、ボクがなんとかするから。暴走しても絶対食い止めるからさ、安心して欲しい。たっ、多分……そうならないとは思うんだけどね。

 ……相手は魔王軍きっての、いやエーテル世界きっての最強の魔法使いだ。ぶっちゃけどう反応するのかはボクもわからない。

 でもなんとかするのが……ボクの責任なのだろう。

 求められてるかはわかんないけど。やんなきゃなのが、転生者の辛いところだ。


 ……隙をついて生きたまま解剖しそうだよなぁ、ヤツ。あの子の力なら、仮死状態を維持させるなんて不可能でもなんでもないし……

 気をつけよ。日葵にもカバーについてもらって、万全を期そう。


「じゃ、私が案内するね」

「え? 洞月がするんじゃないのか?」

「ボクがするんだよ? でしゃばんな?」

「すぐ迷子になるのに? 行き方ちゃんとわかるの? 絶対迷子にならないって誓える?」

「……さ、行こうか一絆くん!!!」

「迷子なのか、お前……」


 なっ、そ、そんな残念なモノを見る目で見るなぁ!!






◆◆◆






 はい、そんなわけで───場面変わって魔法研究部。


「ふーん。ほーん。へぇ!! 邪神! あの! 邪神ッ!!! いいねぇいいねぇ……調べさせて!!!」

「圧」

「怖」

「泣」


 ラボを根城にする白い探求者が、椅子に無許可拘束した被検tっごほん、一絆くんの周りをちょこちょこ歩き回って観察している。

 腕の肉を摘んだり、腹を啄いたり、興味深そうに身体を無遠慮に触診している。

 ……爛々と光る紅い知的好奇心に一絆くんは怯む。

 ごめんな一絆くん。助けるって言っといて……ボクじゃなにもできなかったよ……


「な、なぁ。別に拘束する必要は」

「ないよ? ただの形式美だよ。わからない?」

「……何言っても無駄な気がしてきた」

「懸命だね」

「ごめんね」

「助けて」


 考え的には、浪漫と同じなのかね。わかんないけど。


「うーん。今の段階じゃぁふつーだねぇ。もぉっと異形で化け物なのを期待してたんだけど……ざぁんねん。ねぇ、今からでも遅くないよ。多段変身しよ?」

「無理」

「やって! 義務でしょ!!」

「できてたまるか!!」


 …………。

 完全に玩具だね。幸先不安だ。なんで変身できる前提で会話してんだ……そういや、こいつはボク経由で多少だが邪神についての知識があったっけ。

 でも変身するなんて不確定情報は言ったことない。

 妄想か? なにができるのか考えてたら頭こんがらがったパターンか?


 わからん。ドミィのあたおかにはついていけない。


「悦ちゃん、そろそろ」

「はいほーい。んじゃ、これから……えっと、誰だっけ」

「望橋一絆です」

「モルモットくんの内部を、隅々まで調べちゃいます!! 全てをぼくに委ねろ! 死なない程度に暴き尽くして、君の神秘を解き明かしてあげるからサ!」

「わかっ……これ、本当に大丈夫なんだよな?」

「男だろ。シャキッと決めろや」

「頑張れ一絆くん!」

「んな無茶な…………はぁ……………………………よしっ。ドンと来いやぁ!!」

「えいっ」

「がはっ」


 名前聞いといて言わないとか酷くね? 普通に違反だろ。そんなんだから皆に避けられてぼっちになるんだぞ。別になにも感じてないんだろうけど。

 取り敢えず今言えるのは……がんばえ一絆くん!

 小声で怯える一絆くんに喝を入れれば、もう諦めたのか大人しく用意されていたベッドに寝る。拘束されたまま。器用だなおい。思いっきりも強い。身の安全の為に従属を選んだのも英断だったね。

 でも、少しは抵抗していいんだからね。いざとなったら日葵が助けてくれるんだから。


「悦ちゃんよろしくー」

「任せて闇ちゃん」

「真宵です」

「そういやそうだった」


 口軽すんぎ。前世の渾名やめろください。知ってる人は知ってるんだから、気付かれちゃうでしょうが。魔王軍がここにいたら終わりなんだが?

 ボクの安寧を邪魔する気か貴様は。いい加減シバくぞ。


「心の準備はできたかなー? 遺言書の用意できた? あ、同意書は勝手に書いとくからだいじょーぶ! 気にしないでいいかんね!」

「捏造はやめ、ぁ、怖っ!!!」

「キシシッ……そんじゃぁ、いくよぉ〜? 【魔法工房(アトリエ)】、フルオープン!」

「うおっ!?」


 魔女の詠唱と共に、理科室の様相だった研究室が歪み、黒い煉瓦に囲まれた空間へと塗り変わる。

 そこは、幾万通りもの魔法陣が明滅する異次元領域。

 色とりどりのフラスコや二世界の生き物の剥製や標本、希少素材から禁書まで、古今東西、ありあらゆるドミナの研究の証が宙に浮かんでいる。

 洋装には似つかわしくない用途不明の機械も置かれた、混沌とした魔女の工房。


 これが【魔法工房(アトリエ)】。我が親友が開発した魔法にして、彼女に学ぶ一門が使うスキルだ。


 ドミナが開発した、魔法・魔術界隈では最高位とされる空間創造能力。無論この形状に決まった形はなく、今日は屋内だから煉瓦造りの、あの馴染み深い部屋を顕現させたに過ぎない。

 生憎、使えるのはドミナとドミナに師事した者のみ。

 使えたら便利なんだろうけど……わざわざ教わるまでもなかったから、ボクは持っていない。


「改めましてぇ〜、ぼくは仇白悦。今日から君の主治医、ご主人様になる魔女だよ!」

「医者=主にはなんねーぞどうなってやがる」

「気にしないの! ……こほん。この空間では全てがぼくの思うがまま。こうやってモノも浮くし、動かせるんだぁ。それでね、ちょ〜っと痛むかもだけど……そこは頑張って我慢してね!!」

「ゃ、その……痛いのは勘弁してくれる、とっ!? こいつ話聞かねぇなおい!!」

「実験開始ぃ♪」


 冷や汗をかく一絆くんは逃げられない。宙に浮いていた検査器具が彼の元へ一斉に飛びかかる様は、どう好意的に物事を捉えても命の危機にしか見えない。

 無数の光が照射されて目がチカチカする。

 注射器で容赦なく血を抜くし、肉体にダメージはないが視覚的情報で死ぬメスの滅多刺し……その全工程を魔法で実行する悦は、魔眼で一絆を注視するだけ。

 【魔法工房(アトリエ)】は魔女の意思を汲み取って、勝手に動いて解析する。


「えーいっ!」

「あばばばばばば!?」


 魔法空間に響く一絆の大絶叫。世界の壁を越えた初日、休む暇もなく……何気ない間も気を張り続けていた彼は、悦の非道によって可哀想な目に遭っている……そんな姿にボクと日葵は同情の目線を向けると共に欠伸をした。

 何故って? それはそれとして退屈だから。

 こんな非人道的な行為も実験も、前世も今世も変わらず日常茶飯事だし。


「暇だね……」

「ん……ひまちゃん、指でつっつきあうゲームしよ」

「乳首あて?」

「違う。五指揃ったら下げるヤツ」

「あぁ……いいよ、やろっ」


 正式名称は知らないからわからない。

 互いに両手を前に出して、一本ずつ伸ばした指を順番に相手の指をぶつけ合う。

 二本、三本、一本、三本、四本、一本……

 無言で遊ぶ。本当なら全部悦に任せて、ボクたち二人は異空間の外で待機でも良かったんだけど……あんまりにも実験が止まらなくなったらストップをかけられるように、仕方なく空間構築に巻き込まれた。

 お陰様と言うか、一絆くんの悲鳴で耳が痛い。

 初被験者だからって張り切ってんなぁ……普段はあんな分解しようなんて……いやしてるか。

 モルモットになっても死にはしない。殺すのは素人だ。ドミナの場合、血液残量が1ミリになっても生かすからなやべーよあいつ。

 ……んまぁ、頑張れ一絆くん。ボクと日葵は指遊びして待ってるから。

 っておい、指を絡めるな。微笑むな咥えるな!! なんでいつもオマエは……!


 あっ、ちょ……んぅ……(拒めない困り顔)。


「恥ずかしい?」

「ころす……」

「声に覇気がないぞ〜♪」

「るっさい……」


 ほんとこの勇者きらい。縁切ろっかな……


 ……そんな風に日葵に一喜一憂している間に、あっちは色々と進んだようだ。

 最早、一絆くんの悲鳴は聞こえない。

 ……あれ。なんか、悟りを開いった様な凪いだ目をしておられるんだけど……

 目を逸らしている間に何があった??? おいこら勇者、オマエのせいで見れなかったじゃないか。最悪があったら止めるつもりだったのに。


「ふーん? なるほどなるほど? なんほどね?」


 喜悦に染まっている狂人は、傷つけた一絆くんの身体を再生治療しながら何かに納得している。

 アレは新しい玩具を見つけた顔だ。怖い。

 気色悪い笑みで器具を片付け始めたってことは、検査は終わったと解釈していいのかな?

 解体とかされなくて良かったねぇ……いや再生してる? それってつまり……やめよう。これ以上確証のないことを考えて確定させるのはあまりにも酷だ。

 見なかった振り見なかった振り。


「もーいーよ! 全部わかっちゃったからねぇ……ふふっ」

「不安しかねぇ」

「終わったね一絆くん。お疲れ様」

「それはどっちの意味だ!?」

「うふふ」


 そりゃ検査終了って意味だよ。


 解除された異能空間。

 消えていく魔法工房。

 その中心で、悦は一絆くんとボクと日葵の二人……あと実は気になってやって来ていた神室姉妹と姫叶の三人にも聞こえるように、説明を始める。

 うん、大所帯だね。広さが充分にあって良かった。てかいつの間に。


 濡れた、いや汚された指をハンカチで拭いながらボクも話を聞く体勢に入る……そこの変態は名残惜しそうな目をするな。

 起き上がった一絆くんはボクを哀れみの目で見てくる。やめろ。


「はぁ……で、どうだったの」

「まずはモルモットくんの身体だけど……不思議なことにこれといった異常は無かったよ。心身共に健康体。非常に残念だけど身体構造なんかも普通だった。空想が化けてる可能性なんかは限りなく0。つまり普通の人間でしたー、つまんないね。

 これといった細工も罠も呪いもない、本ッッ当にただの人間なわけ……つまらないね!!」

「こいつ二回も俺のことつまらないって言ったぞ!」

「事実じゃん」

「人の心とか無いのか?」

「うん!!!」

「断言しやがったぞこいつ!!」

「まぁまぁ」


 研究対象とか興味関心が湧いたのにはハイテンションで近付いてくるけど、それ以外のあれこれは適当に相手して話を逸らす、それが仇白悦だ。

 だから辛辣な言葉とは裏腹に、新しい玩具を見た幼児を思わせる、キラキラした目をしているということは……


 一絆くん、ドミナのモルモットに永久就職かな。これは無理です助けられない。


 ……というかまずはモルモット呼びを窘めなよ。キレるポイント他にもあったでしょうに。

 一絆くんも大概おかしいな? 呼び方から改めよ?


 もう諦めたボクは、微笑ましい思いで二人のやり取り、または一絆くんの怒鳴り声を眺める。日葵も一緒だ。大変凪いだ目をしていらっしゃる……

 と、そこに。玲華部長から爆弾が放り込まれた。

 バカという名の核爆弾を。


「……あぁ、そうか。空想の可能性もあったのか……」

「「部長?」」

「いやすまん」


 魔物もとい空想が人間に擬態している可能性を、欠片も考えていなかったのかこの人……

 ドッペルゲンガーっていう真似っ子を知らないのか?

 いやまさか……そんなまさか……もしかして、新世界にそういう系の魔物って来てないの? 絶滅してたりしてる? ボクが知らない間に?

 ……そういえば、確かに今世で会ってないな。

 いやでも可能性は考えようぜ? 部長でしょう? 他者を牽引する立場でしょあなた。


 ほら、雫ちゃんも憧れの情けなさを呆れた目で……


「???」


 あ、ダメだこっちもオーバーヒートしてるわ……

 困惑と動揺で溶けかかってる。おい液体になってるよ。つーかキミも想定してなかったんかい。姉妹揃ってアホの擬人化なの? 頭いいのにアホなの? いつもの学力高めの頭脳はどこにいったの?

 廻先輩がダメ姉妹って罵倒する理由がよくわかる。まぁ詐欺に引っかかる時点でアレか。


 ……おや? む、どうやらまだ悦ちゃんの説明は終わってなかったようだ。

 なになに? まーぜて。ボクにも聞かせて?


「あ、でも体内魔力量は規定値よりも高いね〜!」

「つまり?」

「異能、使えるんじゃないかな! 多分!」

「ふ、ふーん……そうか異能。異能か。成程成程。クク、とうとう俺にも時代が来たのか……待った甲斐があったぜありがとう世界」

「すっごい嬉しそう」

「いや、時代が俺に追いついたのか……」

「愉快な奴だな」

「俺はァ!透明人間に! なりたい、です!!! もしくは女子風呂を覗いても怒られなくなる異能」

「欲望にも忠実だぁ」

「その宣言いる?」

「今のうちに殺すか」

「そうしよう」


 魔力量が多い=異能者っていう訳じゃあないけど、その比率が高いのは本当だ。姫叶くんみたいに魔力量が少ない異能者もいるっちゃいるんだけど。

 ま、邪神仕込みなんだ。何も持たずに送り込まれるって可能性は最初からゼロだった。

 逆に異能を持ってなかったら怪しく思ってたよ。

 ボクでも特典5つプレゼントされてるんだぜ? 悪役にはつよつよパワーが必須だよねとかなんとか。


 もっと周りに馴染みやすい方が欲しかったんだけど。


 一絆くんは手をグーパーしたり肩を回したり、目に力を入れたりしてるけど……特に何も起きない。

 どんな手法で異能が発動するのかはその人次第だ。

 大抵の人は意思次第でどうにかなるけど、人によっては行動や動作で発動するタイプもある。例えば指を振るとか声を出すとか……異能ってのは本当に千差万別だ。

 ボクは全部意思で操作するタイプ。意外と楽だよ。


「なんも起きねー!!!」

「気長に待とうよ。そう発動しやしないさ」

「闇ちゃんのゆーとーり! まだ身体が慣れきってないのもあるけど、まだ意思力が足りないね!」

「意思?」

「異能を使う想いさ! 君の魂に根付いた異能の形は、この世界に来た時点で決まっているけど、それが目覚めるにはまだ足りない! まだまだまだ色んな覚悟が足りないの! 圧倒的意志力不足! 多分ね!!!」

「確証を持って言えッ!!!」

「痛いよ! 暴力反対!」

「解剖した奴が言うな!」


 悦ちゃんは一絆くんに頭を鷲掴みされ、あまりの痛さに本気の絶叫を上げている。

 男女平等なんだね一絆くんって。いつか怒られそう。


「興味あるね、一絆くんの異能」

「どーせ厄介なヤツでしょ。邪神のなんだし」

「イヤな信頼だね……」


 苦笑する日葵を横に、ボクも彼の力がどんなのになるか考えてみる。透明人間は多分ない。面白くないから。少し邪神の思考をトレースして、想像して見てみる。

 攻撃系、肉体系、補助系、生物系……

 もしくは斬音や蓮儀のような人殺しに特化した使えないタイプの異能か。

 もしくはもしくはもしくは───…


 何かな何かな〜と面白半分で異能案に没頭していると、同じく思いを馳せていた一絆くんが、ふと研究部の壁際に置かれたある物を視界に入れた。

 それに疑問を浮かべ、彼は興味半分で聞いてきた。

 悦ではなくボクに。何故こっちを見る。そんでもって、アレは……あぁ、いたなそんなの。


「……あのスライムなに?」

「魔物になっちゃったウンディーネ」

「…………はぁ?」


 それは、巨大な試験管のような水槽の中に浮かんでいるウンディーネの成れの果て。発見した時より衰弱しているみたいだが……かれこれ4日か。そろそろ限界かな。

 何も知らない一絆くんとは違い、神室姉妹や姫叶たちの辛そうな視線を向けられた水の精霊の成れの果ては、ただプカプカと浮いているだけ。


 ……だったのだが。おやー?


『────! !? !!!! ───!!!』


 一絆が目を向けた瞬間、何かに触発されたのかいきなりウンディーネが暴れだした。

 えぇ……なんでいきなり……なんで?

 これには一同首を傾げる。

 この4日間微動だにせず静かだった精霊がプールの中で大暴れ。謎だ。何故だ。悦自身もおかしいと思ったのか、首を肩下にまで下げている。ちょっと待ておかしいぞその角度。


 ウンディーネと一緒に興奮してるんじゃねぇよ。奇怪を楽しむな。


「……原因は……一絆、君、かな?」

「俺なの……? というかアレどういう状況なんだ?」

「呪いであーなった。先日捕獲した」

「保護って言って」

「はいはい」

「……そ、そうか……つーかさ、何かあの子……俺の方に突っ込んで来てね?」

「……ん?」


 本当に触りだけを一絆くんに教える。そもなぜ興奮状態なのかはボクたちにもわからない。

 最期の大暴れってヤツかな?

 不謹慎にもボクがそう判断していた時、何かに気付いた一絆くんが声を上げる。


 ……確かに。なんか意識の方向が一絆くんだ。


 何を思ったのか、一絆くんは試しに水槽の前に立って、左右に移動し始めた。


「……」

『! ! !』

「………」

『──! ──!────ッ!』

「めっちゃ俺の方に来るじゃん……えぇ……」

「………」

「………」

「……なんかした?」

「してるわけないだろ!?」

「ホント?」

「本当!」


 彼が右方向に行けば、ウンディーネも右の方に向かって驀進しようとして水槽と激突。

 左の方にズレれば、彼女も左に向かって猛進。

 近づいてみれば喜んで跳ね始める。

 離れたら悲しそうに萎む……いや絶対なんかしてるやろこの異邦人。なんなの???


「うーん……これは、もしかして……んふふ!!!」

「えっ怖っ」

「悦ちゃんはあーゆー子だよ」

「マジか」


 笑い袋が弾けるように悦が笑い出す。

 なんだったら床を転げ回って全身をフルに使って爆笑を表現している。見てると普通に怖い。友人にこんな恐怖を抱きたくはなかった。

 今更か。イヤでも汚いからやめろ? 絵面が酷い。見た目白い幼女が駄々こねみたいに転がるんじゃない。

 はいストップストーップ。止まりなさーい。いい加減に笑うのやめろ。


「ふっ、ふふふふふふ!!! 理解したよ」

「うわぁ急に冷静になるな」

「怖ぇ……怖ぇよ並行世界……」

「並行世界は理由にならないんじゃないかな……?」

「なるんだよ! なってんだろ今!?」

「逆ギレは酷くないか!?」


 まぁキレるだろうなぁ。濃厚すぎる半日を現在進行形で過ごす羽目になっている一絆くんは、とうとう怒りの矛先を姫叶に向ける。

 実力行使はせずに圧で姫叶を押している……イケメンがすごむと怯むよね。ニンゲンって変なの。

 自分の困惑と恐怖を熱弁する一絆くん……まあ確かに、ボクが彼と同じ立場になったらキレる自信がある。あぁも激しく語ることはないだろうけど。

 一絆くんは被害者なんだ、丁重に扱ってあげて欲しい。


「で、どうしたの悦ちゃん」

「ひみつ〜♪ 頑張って異能開花させてね〜♪」

「いつになく上機嫌だ……」

「わかったんなら教えろよ!! 教えてくれよー!!」

「やだ〜♪」


 何かを訴えるウンディーネを見て、それはもう愉快気にニコニコと笑いながら、その真実をひた隠した。

 最後まで黙秘を貫く姿勢に言いたいことはあるが……

 まぁいい。ボクに言わないってことは、ボクに不都合があるわけじゃないってことだ。

 ならいい。

 わざわざ教えられなくても、いずれはわかる話だ。もう気にする必要もない。


「僕の異能は物のサイズを変えられるんだよ。ほら」

「私は液状化よ」

「おー! ガチのマジじゃん! いいなー、俺にもあるならなにが手に入るんだろうな?」

「ネタ系だと面白いね」

「やめろフラグ立ては」

「フラグを立てる異能はあるわよ」

「あるの!?」


 いたなぁ、そんなの。お笑い芸人に転向するって与太は実現したのかしら。









































「あはっ、あはは。いいねいいねぇ、最ッ高……最高だよモルモットくん……」


 特務局が来たとの連絡が来て、走って部室に帰っていく異能部を見送りながら、小さな体躯の魔女は笑う。悠然と散歩気分で最後尾を歩く家族を視界に収めながら笑う。

 紅潮した頬は知的好奇心の高鳴りを物語り、これ以上にないほど高揚しているのが見てわかる。


 領域外の魔女───“狂儀”のドミナは嗤う。異能部を、異邦人を、魔王も勇者さえも。

 そして……また動かずに沈黙を選んだ水の精霊さえも。

 新しい研究対象が現れたことにも、彼らが齎すであろう混沌とした未来さえも、ドミナにとっては色褪せた人生に多少の変化を加えるスパイスでしかない。

 それでも楽しいことに変わりはない。

 第一に自分が楽しめれば、第二に仲間が楽しめれば……望橋一絆の進退には興味の欠片もない魔女は、くすくすと喉を弾ませ研究室の扉を閉める。


「いやぁ、手遅れにならないといーねぇ?」


 ケラケラと嗤って、未だ死ぬ運命にあるウンディーネを嘲笑った。


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