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まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.2「ふたりぼっち+α」

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22/51

02-01:親方、空から男の子が!


───そいつは、ボクたちの前に唐突に現れた。


 この日一日の感想を一言で表すのなら“急展開”。ボクら全員の心情は、これでいっぱいいっぱいだったと思う。

 何があったのかは……まぁ、順を追って話そう。


「ねーねー。なんか最近、ボクら働きすぎじゃない?」


 とある日、ふとした拍子にそう思った。そう、確か……我が旧友への定期的な昼食供給をして、あのクソ幼女から変なお告げを貰ってから、4日経った朝の出来事だ。

 異能部の仕事は放課後だけではない。朝にだってある。


 土日は普通に過ごせたんだ。

 表も裏も突然の呼び出しはなく、掃除屋の仕事なんかはボク以外でも回せるヤツだったから、辻斬り趣味の斬音とお目付け役の蓮儀に全部押し付けて任せてきた。お陰様で休日まで幻覚に悩む必要はなく、無事に日葵や先輩たちと遊んで退屈を凌げた。

 これが休日だよ。完全週休二日制が一番。変則的なのは対応不足が出てくるからヤダ。


 ……んまぁ、ボクが預かり知らぬ所で廃墟に隠れていた空想騒ぎがあったらしいけど、玲華先輩や弥勒先輩たちが運動と称して全部やってくれたお陰で、わざわざボクまで駆り出されずに済んだ。

 ありがとうと伝えたい。

 そんでもって今、人様を抱き締めたがる変態に捕まった状態で呟いたのがこれだ。


「あーねっ、最近はちょっと頻度高いね」

「最近の空想共って、揃いも揃って殺意割増だからすごい疲れる。あと、事故って迷い込んだ無害のケース、敵意が皆無なのが減少傾向にもある、ってのも不思議だよね」

「確かに、皆凶暴になってるね……なんかした?」

「いい加減ボクのせいにするのやめろ」


 誰が諸悪の根源だ。

 部室のソファ……最早、定位置となっているそこに座りながら、酷い事を言う日葵の唇を引っ張る。

 ハハッ、アヒルみたい。写真撮っていい? 加工したい。


「そこ、所構わずイチャつかないで」

「してませんけど???」

「そんな頑なに否定しないで?」


 ミニトマトなんかの単価計算に集中していた雫ちゃんが謎に文句を言ってきたが、とても心外である。

 これは、にっくき勇者への戯れかつ攻撃である。

 決してイチャついていたわけではない。

 勘違いすんな。そこのメスも笑ってんじゃねぇ。脳漿を炸裂させるぞ。


「んーまぁ、洞月さんと僕達の見解の相違は置いといて」

「置くな。持ってこい」

「よーしよしよし。真宵ちゃんかわいいねー」

「………」

「照れてるじゃない」

「これは言い逃れできないね」

「うるさい…」


 頭撫でるのは反則だろうが。ボクで遊ぶな。怒るぞ。


 ……朝から集まっていたのは、廻先輩が異能でナニカを検知したから。何があっても対応できるように、こうして部室に二年生全員が集まっている。

 特に緊張感のない、いつものバカ騒ぎ。

 なんだかアホらしくて、何故こうも楽しいと感じるのか疑問に思っんでいた矢先に。


 廻先輩が異能で───【星盤図(アストロラーベ)】で未来を視た。


「ッ……またかッ! お前たち、任務の時間だ!」


 星見廻の異能【星盤図(アストロラーベ)】は、あらゆる未来を観測でき、予知することができる。

 制御が難しいのと負担が凄まじいの二重苦で使い勝手の悪い異能なのだが、廻先輩は異能の出力と精度を絞って、《洞哭門(アビスゲート)》の発生と“異能部メンバーの命の危機”が迫った時に優先的に発動するように調整している、らしい。

 これにより空想の出現が事前にわかる……のだが。

 何度も文句を言ってる通り、偶にこうやって緊急出動が入る。

 平時なら「この日のこの時間に界放する」っていうのがわかるんだけど……ホント、《門》の開閉基準が判明していない今、彼の存在は引っ張りだこだ。

 未然に被害を防げるかもしれないのだ。期待されるのは仕方がない。


「ほいほーい。やー、良かったよ。深夜とかじゃなくて」

「明後日20時って予報じゃなかった?」

「うっわぁ……お金貰えるから別にいいけどさぁ。少しは労って欲しいよね」

「小鳥遊くんはそればっかね」

「「「キミ/雫ちゃん/君がそれ言う???」」」

「……行くわよ」


 何事もなかったかのように先導する雫ちゃんを追って、ボクたちは現場に向かう。

 玲華先輩や弥勒先輩、もう一人の先輩はいない。

 あの3人は既に別地点で出待ちを行っていて、分担して討伐任務に励んでいる。んで、ボクたちは待機組。イヤな予感がすると廻先輩が部室に留まらせたのだ。

 こんな朝早くから大変だよねぇ、ボクもキミたちも。

 魔都を守るのも面倒だ。

 しかし、こういうのはよくあることだ。つべこべ言わずやるしかない。


「時間は今から1時間後の0824ッ、10区のコンクリート工場跡地だ! 座標は後から端末に送る!」

「わかったわ」

「真宵ちゃん聞いてた?」

「バカにしてんの?」

「え、じゃあ先導できるの? 僕ついてくけど」

「任せたよ雫ちゃん」

「……えぇ。任されたわ」

「あはは」


 バカがよぉ。こんな集団率いて迷子になったらシャレにならんでしょーが。流石に困る。責任追及されて生き残る自信がない。

 定石でバス移動だが、近付けるのはその付近まで。あの地域は幾ら高性能であろうの悪路すぎて無理。だから誰か一人が案内役を買って出て、廻先輩が出力した地図を見て現地を目指す……ボクにできるわけないだう?

 影伝いの移動は異能部には秘匿してるから使えないし、ここは無難に代役を頼むべし。

 ……技を隠すのは、足替わりに使われるのもイヤだって理由もある。


「あれ雫ちゃん端末は?」

「それならここに……、………ないわね」

「ユーターンしよう!!」

「ボクのあるよ。はい」

「「「迷子になりそうだからイヤだ/よ」」」

「なんだこの信用のなさ」


 なに、地図機能すらボクを裏切った話でもするかい?






◆◆◆






 で、目的地のコンクリ工場跡地までバスを使い、近場で降ろされてからは歩いて向かって……時間が余った状態で何事もなく到着。

 早すぎて暇になったボクは、作戦会議をする同級生らを尻目に───


「ぷはぁ……うん、美味い」


 クローズin月羽を吸っていた。うまい。学院じゃ流石に吸えないから自重してるけど、外なんだから別にいいよねいいって言え。

 異能部や特務局とか以外の外部の目が無ければ尚良し。

 んまぁ、こんな寂れた場所に近付くのは社不の喫煙者と相場が決まってるから、見られたとしても問題ない。

 そう、つまり。暇を持て余した真宵ちゃんの喫煙タイムなのである。


 強いて文句を言うのであれば……


「未成年喫煙はダメっていつも言ってるじゃん。はい没収捨てて今すぐに」

「ぁー、ごめん。耳が遠くて何も……」

「都合の良い耳してるね。引っこ抜こうか?」

「……この二人、いつもバイオレンスだね」

「今更よ」

「確かに」


 天井で交差するパイプに座るボクを指さして怒ってくる日葵は、光剣を投げそうな勢いで喫煙を邪魔してくる……正論すぎて困るけど、物騒なのやめてほしいよね。

 あとそこの2人は呆れるのやめてくれない?

 仕方ないだろ。すぐ喧嘩に発展するのがボクたちの流儀なんだから。それに、もうボクは煙草無しではいられない身体になっちゃったしね。

 これもそれも悪いのは方舟であって、ボクは悪くない。


 ……あ、そうだ。解消したい疑問があるんだった。


「あのさ、雫ちゃんの異能って煙草の煙も溶け込むの?」

「……わからないわ。やろうと思ったことがないもの……でも、試してみる価値はありそうね」

「じゃあやってみよっか」

「えぇ」

「「いや受動喫煙」」


 日葵と姫叶の常識的ツッコミを無視して、近付いてきた雫ちゃんに紫煙を向ける。

 瞬間、彼女の右腕が水色の粘液となって溶ける。

 とろりと零れ落ちた液体がアスファルトの上に幾つかの水溜まりを作るが、雫ちゃんはそれに構うことなく紫煙を掴むように、溶けた右腕を突っ込んだ。


 それから数秒後……煙を食んだ雫ちゃんの顔が歪んだ。


「……不味いわ」

「味わかるんだ……うん、嫌ならペッてしていいよ」

「良い経験には……なった…かしら?」

「まぁまぁまぁ。実験の御協力ありがとうございまーす。お礼にナニカいる?」

「お金ください」

「ブレないねぇ」


 腕を振るえばペッと吐き出されるように紫煙が混ざった液体が捨てられる。そのまま地面に溶け込むように消滅、濡れた跡を残して消えてしまった。

 環境にやさしいスライムだなぁ……うん、無害とはいえガスを溶け込ませることもできる、と。

 意外と応用性あるもんだね。雫ちゃんの【液状変性(ジェリーボディ)】。


 身体をスライムに変える異能【液状変性(ジェリーボディ)】は、変身前の本体質量を大きく超えた液量であらゆることを可能とする異能だ。拘束も鎮圧も、変幻自在の身体でだいたいできるスーパースライムガールになれる。

 今みたいに身体の一部である液体が肉体とお別れしてもなんの問題もなかったり、質量保存の法則は何処にと首を頻繁に傾げざるを得ない異能だったりする。

 変身中、内臓とか血液がどうなってるのかも不思議だ。

 類似というか似て非なるモノというか、実質上位互換を知っている身からすれば大して興味湧かないんだけど……何故か悦がめちゃくちゃ解剖したがるんだよねぇ。

 魔王の魔女に狙われるとか、可哀想にも程があるよね。


「洞月さん、そーゆーのやめてくんない?」

「……わかったよ。だからそう睨まないでくれ」

「……あー、なるほどね?」

「? 何が成程なのかしら……」

「気にしなくてもいいと思うよ!」

「そうなの?」


 鬼気迫る顔で睨む姫叶に引きながら謝罪する。そういや思い出すまでもなく雫ちゃんのこと好きなんだったねこの性別詐欺。

 失敬失敬。好きな子に煙草を吸わせるのは、異能実験と誤魔化されても嫌だよね。これは反省。ガチでごめん。

 配慮が足りませんでした……と表面上猛省しながら火を消した煙草を灰皿に捨てて影に落とす。とぷんと影に沈む灰皿には見向きもせず、いつの間にか隣に並び立っていた日葵と顔を合わせる。

 そして、疑問を姫叶にいい感じに言いくるめられている雫ちゃんを見て、頷きあう。


───さっさとくっつけちゃう?

───面白そう。やるか。


 今ここに、恋路の拙いお節介をする為と、勇者と魔王が手を組んだのだった。

 まずは姫叶の周遊ルートに雫ちゃんを連れ込むか。

 まだ片想いの段階だから、ちゃんと見極めねば……でも雫ちゃんの反応を見る限りそこまで切迫する必要は無いと思うんだよねぇ……


『んんっ───お前たち、無駄話はそこまでにしろ』


 守銭奴令嬢に恋する偽メスの初々しい恋模様をツマミに壁に徹していたボクたちの耳に、廻先輩の通信が届く。

 上を仰げばいつものドローンがブンブン飛んでいた。

 示し合わせたように全員が口を閉ざし、静まった廃屋でいつ《門》が開いても対応できるように神経を研ぎ澄ませ待ち構える。


 こういうので一番厄介なのは、《門》から出てきて開幕即攻撃を仕掛けてくる質の悪い空想である。

 昔、界放と同時に攻撃されて死んだ部員がいたらしい。

 玲華先輩よりも数代前の人らしいが……実例があったのだから、こうやって注意するに越したことはない。流石にこいつらに死なれるのも……目覚めが悪いし。


『───来た。開くぞ!』


 廻先輩の通告通り、廃工場内の空間が歪む。

 トタンの壁がぐにゃりと捻れて、白い空間の亀裂───厄災の出入り口こと、《洞哭門(アビスゲート)》が開いた。


 現れたのは───むむっ。またかぁ。


「ゴブリンとオークの混成! 全員敵意あり!」

『確認した! 無事に戻れよッ!』

「「「了解!」」」


 日葵の報告と廻先輩の合図と共に、戦闘が始まる。

 相手は有名空想の代表格。ゴブリンと双璧を成す豚頭の大柄な魔物───オークが群れを生してこちら側の世界へ侵入してきた。

 ざっと数えて35。もう一回数えると37。あれ?

 オークが14、それ以外がゴブリンって感じの編成だな。同盟関係でも結んでるのかな?


 そんな豚鬼と小鬼の混成部隊は、敵意をもってこちらに駆け込んできた。


 ありゃ、というか……続々と増援増えてない? 《門》が閉じる気配がないんですが……ぇ、なに。今日って実は敵増量キャンペーンでもやってんの?

 つーか複数界放かよ。《門》一個だけじゃないんかい。

 複数箇所で閉じては開いてを繰り返して……ぁ、やっと終わった。


 多いなぁ……これを相手しなきゃなわけ? 数の暴力とか恥ずかしくないのかよ。


「仕方ないな、よし───行けっ、日葵!!」

「君に任せた!」

「サポートは私たちに任せなさい!」

「いや揃いも揃って人任せすぎない!? 真宵ちゃん……はともかく、二人は!?」

「はよ行けや」

「扱いが酷い!」


 喚きながらも唄を歌って光剣を生成していた日葵の臀を蹴り上げて前線に突き飛ばす。

 そのままバッサバッサ斬り始めたから問題ない。

 まぁ、サボるわけには行かないからね。お給料の為にもボクらも加勢しなきゃいけないんだけど……行かなくても問題なさげじゃない?


「……ねぇ姫叶くん。大っぴらには言いづらいんだけど、耳寄りなお小遣いがあるんだよね」

「なに$」

「実はね、悦ちゃんが空想の睾丸でナニカ作りたいらしくてね……」

「えぇ……用途は?」

「知らん存ぜぬわかりませぬ」

「……お給金は」

「おいくら万円」

「乗った」


 丁度近寄ってくる人型がいっぱいいるから、お金稼ぎに励んでいる姫叶を唆してけしかけた。嘘は言ってないよ。本当に何故か睾丸収集してるんだよあいつ。

 精力剤なのか、魔法薬なのか……多分後者だけど。

 研究費に注ぐ以外にも“払う用”のお金があるのはボクも知ってるから、そこを利用してアルバイトしてもらおう。彼が率先して金玉狩りしてくれるからボクは楽できるって算段だ。


 ……姫叶の戦闘力には期待してないから、守銭奴仲間の雫ちゃんも使うけど。


「ズルいわよ姫叶くん!」


 はい、睾丸云々は避けてバイトを伝えればご覧の通り。チョッッッロ。これだから金の亡者は困るんだよ。

 お金の為に命張るな。

 ……うわぁ、競い合ってる。怖い。お金ってのは本当に人を変えるんだね……


『洞月……』

「やる気あるヤツが頑張った方がよくないですか?」

『いやまぁ……うん、そうなんだがな?』


 なんとも言えないモノを見る視線から目を逸らしながらボクは戦闘を眺める。日葵はいつも通りの天使無双してるから別に見なくてもいいや。順当に切り裂いてってるし。

 だから見るべきは……非転生者の二人でいいだろ。


「呑まれなさい」


 第二陣としてゴブリンに特攻を仕掛けたのは雫ちゃん。身体を液状に変えて素早く動き、鞭というか触手のように変形させた腕で薙ぎ払う。

 青粘液は空想たちに付着すると同時に絡め取り、二度と身動きを取らせない。

 そして……空中には粘液の球体プールが浮かんでいて、雫ちゃんはその中にゴブリンたちをどんどん投入して……

 集めたのを、そのまま───圧縮。


 血みどろぐっちゃあ……真っ赤な球体になって、小鬼の一個師団が壊滅した。


「グロくね?」

「慈悲はないわ……あっ、お金………」

「ワロタ」


 依頼物ごと潰したんでありませんね。バカなのかな?


 しょぼんと悲しそうな顔をした雫ちゃんは、依頼失敬を隠蔽せんと血肉で赤黒く染まった粘液球体を転がっていたドラム缶に放り込んで視界から消した。ナイナイするな。

 そんでもって、今度こそ金目になる素材を獲ってやると躍起になった……その時。


 彼女の背後に、木の棍棒を振り下ろすオークが一頭。


「あっ───」

「ブゴォォォ!! ───ぶごっ?」


 背後からの奇襲に為す術もなく、勉学と金と姉以外にはリソースを割かない雫ちゃんの優秀な頭は、そんな一撃で叩き潰されてしまった。

 頭は凹み、身体はぐらりと崩れ───脳漿の代わりに、青い液体となって流動する。

 水音を立てながらぐちゃりと溶けた雫ちゃんは、新しく身体を再構成しながらどろりと移動し……オークから少し距離をとってから、再び人型となって再生する。

 元の五体満足の雫ちゃんは、怒り心頭で復活した。


「ふぅ……はぁ……やってくれたわねッ!」


 でもやっぱり、物理斬撃無効は強いね。流石だよキミ。


 これが雫ちゃんの液体化最大の強みと言っても過言じゃないだろう。肉体全てか消し飛ばない限り、少量の液体が残っていれば何度でも再生できる。

 弱点は再生する度に体力を消耗するって所かな。

 ほんと、スライムって強いな。


「死になさい───<滴雨(アクアショット)>!」

「ぶごっ!?」


 指から打ち出された水滴の弾丸が、オークの脳天を貫き絶命させる。超高濃度に圧縮された雫ちゃんの粘液を直に浴びて死ねるとか、ファンクラブの奴らが知ったら嘆いて発狂しそうだな。

 いや死にたくはないだろうけど。でもファンって推しに殺されたがるヤツ多くない? 偏見? 多分そう。


 ……さて、そのファンクラブ筆頭の姫叶はどうしてんのかな?


「数の多さなら、僕も負けてないよ! ほらっ!」


 パンパンパパパン。

 自分よりも遥か巨漢なオークたちに向けて、小さな手を数度叩く姫叶。それはただの挑発ではなく、異能を振るう合図であり、動作でもある。

 叩いた音が工場内に響くと同時に、姫叶の周りの空中にポンっと小さく煙が吹き出る。

 大小合わせて八つの煙。

 それは、姫叶の行動に疑問符を浮かべるオークの集団と一致する。


「幸せなら手を叩こっ、てね!」


 煙が晴れて、現れたのはちょっと古めのバレーボール。体育館にある練習用なのか、かなり使われた形跡が色濃い二色の球だ。

 せいぜい叩いてぶつける程度にしか転用できなさそうな武器未満のボールを宙に浮かべ、従えながら姫叶は呑気に一つ一つ触れていく。


 案の定、緩慢な動きで球と戯れる姫叶に痺れを切らしたオークが一体、足を一歩踏み出して。


「───<巨大化(ビッグサイズ)>! おらっ、くらえッ!!」

「ぷごっ……?!」


 瞬間、浮かせていたボールが全てオークの巨躯を上回る大きさに巨大化。自分よりも遥かにデカイ球体を従えて、姫叶は不敵に笑う。

 追加召喚した鉄バッドを横に振るい、巨大化した排球を敵に向かって打ち出した。

 打たれた球は器用にも、襲いかかる豚頭に全的中。

 自分よりも遥かに大きな球に頭を殴られ、オークたちは吹き飛ばされて壁と衝突した。大半のは気絶で済んだが、中には潰れて死んだ者もいるようだ。


「腰布取れよ空想共! ほらっ、金の成る木! ゴブリンも来ていいんだよ!!」

「「「ごぶ?」」」

「あっ……いやそんな大群で来られても、その……助けて強いひと!!」


 これが小鳥遊姫叶の異能【玉手菓子(ビスケット)】。手で触れた物を異空間に収納でき、手を叩けば異空間から取り出せる……加えて異能部の活動で鍛えられた結果、所有物のサイズを自由自在に変えることも可能になった。

 あと浮かせられる様にもなった。何故か。

 入部当初は物を出し入れするだけの弱異能だったのに、訓練や戦闘で変貌したのだ。

 ほんと、異能の成長の振れ幅はのよくわからない。

 バレーボール如きで攻撃するのもよくわからない。

 もっと殺傷能力ある武器使いなよ。楽だぞ。ヘタレには無理か。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……あ、あっぶなかったぁ……」


 でも、逃げ回りながらボールでゴブリンを殴り倒すのはどうかと思うな。うん。勝てばよかろうなのだけど。

 危うく青年誌いきだったぜ。


 ……そういやそのボール、無断で持ち出したのじゃないよね?


「姫叶、そっちに行ったわ!」

「おっけー! あ、こっちよろしく!」

「えぇ!」


 とはいえ姫叶は殺傷能力が低い。牽制とか搦手ばっかでいっぱいいっぱいだから、討ち漏らしを雫ちゃんが冷徹に仕留めていく。あの子は躊躇わない性格だからな。

 うん、まぁ二人ともちゃんと戦えてるね。

 エーテル基準だと中の下位の戦闘力しかないけど。


 この世界、地球の並行世界の癖に鍛えれば強くなるのが異常に早いんだ。しかもアルカナは世界有数の空想出現率を誇るから余計に強くなれる。

 空気中の魔素が悪さしてるのもあるが……これのお陰で日本の練度は他国のよりも強い。

 ……実質徴兵だよね。倫理どこいった。これでちゃんと国力上昇してるのが尚のことやべーよ。


「真宵ちゃーん、今暇?」

「観察日記で忙しい」

「二人は朝顔じゃありません。ほら、手伝って!」

「……仕方ないなぁ」


 言い訳代わりの戦闘レポートを書いていた手を止めて、いやいや日葵の元に近付く。途中途中で邪魔してくるのがそれなりにいたが、勿論全員滅多刺しにした。その時点で姫叶より多く狩ってるのすごくない?

 こっちこっちと手を振りながら、オークを鯰切りにする日葵は正直言って怖いと思う。

 どっかの斬音と会わせてやりたい。


「狩った数が一番少ないヤツ、今度奢りとかどう?」

「私は問題ないね、うん」

「それ僕がだいぶ不利だよね!?」

「……がんばりなさい」


 この後、姫叶の奢りが確定した。

 遅れて参戦したボクに負けるとか……本当に、討伐には不向きな異能だよね。

 拘束とか足止めとか後方支援に集中して、正面に出ない戦術で我慢するべきだと思う。


 戦闘描写? さっくり終わったからないよ。強スギィ。


「真宵ちゃん、死体の山を作らないの」

「でも景色最高だよこれ」

「サイコパスめ」

「……これ、売ったらお金になるかしら」

「闇市行く?」

「えぇ。頼むわ」

「『堂々と取引するな!』」

「二人ともさぁ……」


 死体を工場の外に集めて、必要な部位だけを影で奪って密納していれば、風評被害なことを言われた。悲しい……そして公には言ってないけど、皆ボクが闇市とか裏社会に精通したニンゲンだと理解っているらしい。何故か。

 何処でバレたんだ……表には出回らない禁製品を隠さず持ち歩いてるからか?




───なんて、楽しく皆で談笑していた、その時。事件は起きる。




 工場跡地一帯が、荒れ狂う空想の力に押し潰された。


「ッ!?」

「なに……建物から離れて!!」

「わわわ!」

「やば」


 身体に伸し掛る重圧に怯みそうな雫ちゃんを引っ張って廃工場から距離をとる。寸でのところで圧壊する廃工場に巻き込まれずに済んだ……危ないなぁ。

 いきなり何。

 多分、また《洞哭門(アビスゲート)》が開いたんだろうけど……何処で界放したんだ?


 廃工場だけ瓦礫になったのは……真下にあるからか!


「───上!」


 同じ結論に至ったのだろう。潰された瓦礫の上を睨んだ日葵の声に、全員の視線が上を向く。


「でかい……!」


 工場跡地が丸ごと収まるぐらいには大きい、巨大な穴。重圧を放つ巨大な《洞哭門(アビスゲート)》が、金切り声のような不快な音色を奏でて出現する。

 界放だけでこの威圧感……それに、過去最大級の大穴。何が来るんだ、ろ……


 待て。これは……この覚えのある圧は………まさか。


「……演出家め」


───やってくれたな、あの邪神。


 先日のお告げを思い出して塞ぎ込みたくなるのを必死に我慢して、世界に空いた裂け目を睨みつける。類を見ない規模のせいか、空間の周りに紫電が飛び散っている。

 重低音もするぜ。

 粋な計らい、過剰演出。あの邪神、なにを寄越すつもりなんだ?


「いやいやいや、何出てくんの!? 怖い!!」

「廻、お姉様は!?」

『今通…をつ…ジジッ……いると…ろだ!』

「っ、聞こえないわよ! 役立たず! もっと離れるわよ、なにが落ちてくるかわかったもんじゃない!!」

「そうだね」


 電波障害? 《門》がデカすぎてヤバめな感じか。

 皆で慌ててどんな空想が来てもいいように待ち構える。こんなデカイのが開いたんだ。それ相応の化け物が来ると思うのが普通だ。

 ボクはネタバレ食らってたから平常心……いや、ここは合わせるべきか。なんで知ってるか聴かれてボロ出すのはまずい。


「ねぇ、真宵ちゃん」

「なに」

「一波乱って……これのこと?」

「……さぁね」


 流石に勘づくか……まぁ、なんだ。キミもボクの為に、存分に巻き込まれてくれたまえ。


 そして、脱却しよう───神様の手のひらの上から。


「来る」


 高濃度の魔力を垂れ流す裂け目が、ぐわんぐわんと歪み世界を震撼させる。不規則な動きに目が痛いが……もう、それも終わる。

 予感は確信に変わり、悲鳴を上げる世界を余所にボクは笑う。


「──────わあああああああああああああ!?」


 そうして現れたのは、化け物ではなく……ニンゲンの、青年一人。

 情けなく悲鳴を上げて、真っ逆さまに落ちてくる。

 ……そりゃ重力には負けるよな。見た感じ、今の身体と同年代かなぁ……


 取り敢えず……ようこそ、生贄くん。新たな犠牲者よ。


「「「は???」」」


 学生服を着た青年が現れたことに驚愕する皆には悪いが気持ちはわかる。理解できるわけないよね。ボクでもまだ現実感湧かないもん。

 でも、取り敢えず今は……落ちてるの助けてあげた方がいーんじゃないの?


「人!? な、なんで……てか助けないと! クッションでなんとかなるかな!?」

「え、えぇ……ッ、私のスライムでなら……!」

「うーん、危ないから私が飛んで迎えに行くよ。受け止め作戦はやめとこ?」

「行ってら」

「報告よろ」


 努力義務だから却下。

 急降下する青年は天使の羽を展開した日葵に捕まって、落下死する前に助けられた。良かったね。落下死と風圧と重力で酷い見た目にならずに済んで。

 それから数十秒後、青空で一言二言会話しながら青年と日葵は降りてきた。

 ……逆お姫様抱っこだ。今は混乱してるからいいけど、我に返った時に恥ずかしくなるヤツだ……ご愁傷様、後で赤面するといいよ。


「宗教画みたい」

「言うなよ……そうとしか見えないじゃないか。腕の中の消してやろうぜ」

「裏山行」

「惨めね」

「草」


 現れたのが人畜無害そうな青年ってのもあって、二人の警戒心が大分薄れている。ファーストコンタクトは成功に終わりそうかな?

 ……なんか、学校で二番目のイケメン、フツメン? って印象の顔立ちだな。髪型は寝癖じゃない跳ね方してて……なんか総合値で普通にモテてそうだなこいつ。

 さては人生充実してる勝ち組か? その場合、神の悪戯で真っ逆さまのお先真っ暗になったの本当にご愁傷様としか言えないんだけど。


 ……日葵に抱き着いてるのに遠慮がないあたり、こいつプレイボーイか?

 殺さないと。


「殺意漏れてるよ」

「……日葵が盗られる心配なんていらないわよ。あいつ、ゾッコンですもの」

「何の話?」


 っとと、魅入ってる暇はないない。

 地上に降りてきた日葵は回収した青年も地面に降ろす。あの高高度から落下した割には顔はそんなに青ざめて……いや取り繕うのが上手いだけだ。ほんのり辛そう。一先ず観察は置いといて、着地した青年は日葵に礼を言ってからこちらに視線を向けてきた。


 惚けた目でボクたちを見る……そう、ドン引いた目で。


 何故。

 いや待てその視線の先、まさかボクだとは言うまいな。心外ですと思いながら、推定邪神の被害者とのファーストコンタクトを───


「えーっと、その、なんだ……天使に供物を捧げるサバトでもしてたのか?」

「「「違う」」」


 クソ度胸の塊かな?

 つーかなんだ、失礼だな。死体の山の上で足を組むのが悪いのか? 見た目悪の権化なエンカウントが悪いのか? 心当たりありまくりだなぁおい。

 ところで天使とは……日葵を見てそう判断したな貴様。そいつは天使じゃなくて悪魔だぞ。百歩譲っても堕天使だこんちくしょう。




───空想の穴は閉じ、残ったのは困惑する一人の青年。

 望橋一絆(もちばしかずき)と名乗った“並行世界の異邦人”は、認めがたい現実を直視して頬を引き攣らせながら、変わり果てた地球の並行世界に降り立つのであった。


「頑張ってねー、ニンゲンくん! ニンゲンちゃんと一緒にオモシロイ物語を紡いでね!

 ───何回でも、何度でも。死の先でもずーっとね!」


 惣闇拡がる空の淵、邪気なき幼心がそう笑ったことは、誰も知らない。


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