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まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
楽園終日譚

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第9節:再演


「───くっ、くく……くふふ、ふはははははッ!!」


 死の淵から蘇り、神殺しを成し遂げた女勇者の宣告に、虚無に堕とされた黒い魔王の狂笑が木霊する。歓喜するはカーラの心。復活して首を獲りに帰ってきたリエラにも、その舞台を整えて犠牲になった願望器気取りの幼い神にも感謝する。

 完璧なお膳立てをしてくれた敵二人に、心からの感謝を狂笑と共に告げる。

 ついでとばかりに世界が吹き飛んだのは頂けないが……それも最早些事。この戦いを制すれば、長年の渇望が遂に果たされるというのならば、もうそれ以外に必要はない。

 5000年も昔から、この機会を待ち望んでいた。

 真の勇者に、明空の勇者に殺される“いつか”が、漸く今訪れる。


「あぁ、はぁ………改めて、ありがとう。蘇ってくれて」

「お礼は聖女神様に言って? あの人のお陰で、私はここに立ててるんだから」

「……あぁ、あいつか。ここまで来ると懐かしいな」

「……知り合いだったの?」

「昔な」


 神は嫌いだ。なによりも唾棄すべき嫌悪の対象である。感知範囲に近付かれた瞬間抹殺に動くぐらいには神のことを嫌っている。

 ……だが、まぁ。今回ばかりは感謝してやろう。

 神だからと毛嫌いしたい気持ちを押し殺して、リエラと再会する未来をくれた二柱に、もう二度と会うことはないだろうからと。


「その紋様が?」

「真の勇者の証、だってさ。貴女の呪いと連動してるとかなんとか」

「……知らんギミックだな……あれか、露見したら絶対に殺されるから、わかるまで伏せてるヤツか。まぁ、理には適っているのか……よく考えたモノだな」

「んー、まぁ、あってもなくても私はやるけどね」

「ハッ。その意気や良し。それでこそ勇者だ。くくっ……貴様の勇者らしいところは、久々に見るな」

「毎日勇者ですけど?」

「そうかぁ?」


 致死量の血反吐を垂れ流して、そんなことは我関せずの傲慢な態度でカーラは笑う。何処までも平静で、明るく、いつも通りで、あの日よりもだいぶやさしくなった人間の英雄を魔瞳に収める。

 5000年の別離は秘められた感情を否応にも爆破させ、もう手の施しようがないほどに歪んでしまったが……もう後悔することはない。

 リエラを信じているから。二度も誤る女ではないから。

 死ねる未来に安堵して、今度こそとリエラに無い心臓を差し上げる。


 ……そろそろやるかと咳込みで会話を中断する。

 時間が惜しい。不思議なことに、カーラが瀕死となってタイムリミットが近付いている。失血死はない筈だが……万が一というモノがある。


「ただ死には、性にあわんからなぁ……ならば、選択肢はそれしかないよなぁ……」


 覚悟を決める。役を羽織り、愛すべき光に向けて───魔王として、カーラは宣告する。


「やろうか。今宵が我が宿願の果てであるならば、終わる最期まで楽しまなければなぁ……覚悟は決めた。オマエの決意を受け入れよう。やり直すぞ、決戦をッ!

 来い、リエラッ! この私を───黒穹の魔王を、殺してみせろ!!」


 表情筋を大きく動かして、無表情を解いたカーラにもう迷いはない。


 宣戦布告は、5000と100年も前に告げている。

 だが、軍配の上げ先はまだ決まっていない───本当の勝者はどちらなのかは、ずっと不明なまま。勇者と魔王、雌雄を決するべきなのに未だ決まらず。

 最終兵器の魔法陣も、外なる神の介入すらも、旅の道中何度も戯れ程度の殺し合いをやったけれど。まだ双方共に生きている。片方は健在で、もう片方も蘇ってまで使命に殉じて来るのであれば。

 やるしかない。

 今、この瞬間! この波乱の中で! 勇者と魔王の運命を決そうじゃないか───!


「ふふっ、あはっ……カッコつけめ。でも、そうだよね、口上言わないと、始まんないもんね!! あははっ! そうこなくっちゃ!!」


 最終決戦の再演を申し込んだリエラは、受理してくれた魔王の決定に、かけられた言葉に感涙する。破った約束を守る為、叶える為に。あの日の決着をつける為に。

 少女らしからぬ獰猛な笑みを隠せない。

 殺意が、戦意が溢れて止まらない。死ぬまで魔王の首に食らいつく、全能感にも似た想いに脳が支配される。

 格上への挑戦だ。

 いつだってそうだった。自分よりも強い敵との勝負を、ずっと挑んで勝って生きてきた。


 これもその延長戦───懐かしきあの日のように、再び英雄は対峙する。


 誓いを胸に、長旅の末に結んだ“約束”を天に掲げて。


「もう横槍なんてないもんねぇ……なら、やるべきことはこの世にただ一つッ! あの日からの変わらない全てを! 私の想いを形にするこの力で、貴女を討つ!!

 行くよ、魔王カーラ! 私の、明空の名のもとに───今、約束を果たす!!」


 リエラもまた声高らかに宣言して、聖剣から眩しすぎる真白の極光を迸らせる。

 かつて叶わなかった約束を、時を超えて今果たす。

 聖女神の献身も、外なる神の邪心も、全てを引っ括めて背を後押しする力に変える。


 二人から放たれる指向性のない死と狂気と殺意の塊が、衝撃波となって世界を震撼させる。魔力で象られた強圧は眼下に広がる海を更に荒々しく変え、黒染めの空を割る。

 幾度目かの世界崩壊などには目もくれず、大天敵たちは笑みを深める。


 外野もなにも関係ない。見るべきは目の前の相手、ただそれだけ。


「勇者らしく!」

「魔王らしく!」

「「───楽しんで逝こう!!」」


 5100年ぶりの、楽園戦争最終決戦───…再幕。


「起きろ、<孤独の黒十字(ローデッド・クロス)>ッ───久しぶりの血だぞ。祝福された勇者の血だ。格別な味だろうなぁ。ぶっちゃけ知らんけど」

「その剣血吸いだったの……なら、私もなるね、吸血鬼」

「不遜」

「何故」


 カーラは黒い天蓋の闇から引き摺り下ろした剣を手に、急接近するリエラの首へと横薙に振るう。リエラは聖剣で斬撃を軽々と防ぎ、やり返すように似た斬撃を放つ。

 終生の幕を飾る死闘に興じる。

 カーラに至っては心はズタボロ、器もズタボロのハンデ過多なラストダンス。そんな絶不調な魔王だけれど、格別不利な状況の中でも満面の笑みを浮かべて光を斬り捌く。あらゆる想いを闇に込めて、黒く染め、隠すことなく最期を飾る舞台で踊る。

 飛来する致命の一撃も、さっさと受け入れれば呆気なく終われるのに、正真正銘これが最期だからと、理由や難癖もっと他のも来いと言って迎え撃つ。


 段々と言葉が漏れる。きり結べば切り結ぶ程、隠匿した本音が零れ出る。


「あの日から寂しかったッ! 悲しかったッ! 何度だって死にたくなった! オマエがいたからだ! あんなふざけた微温湯のような旅で、私は変わった! 変えられたッ!」

「ッ、ごめんね! 本当に! 来世はなんでもするよ!」

「言ったな!?」


 5000年の悲鳴を、諦観を、死への渇望の全てを言霊に正面からリエラにぶつける。約束なんて結ばなければ……転生なんてのに期待しなければ。約束に縛られた愚か者に堕ちてしまった、己を恥じたあの瞬間を吐露する。

 目眩がした。吐気がした。苦痛に喘いで、暗い絶望から逃げ出そうとして、必死になった。

 泣き喚くのも我慢して、只管歩き続けた旅路を、孤独の千年旅を語る。


「もうこれ以上は無理だと悟った。だから引き返して……その隙を突かれた。ミスでしかない。私に落ち度しかないクソみたいな失敗だったのに……オマエはまた、私の元に現れてくれた。来てくれた。本当に……嬉しいかった」

「そっか。諦めちゃったんだ……それなら、今度こそは。貴女の全部を受け止めて───諦めるなんて言葉は、もう二度と言わせないから!」


───<アーディオの死光>ッ!

───<(シーア)>ッ、<スターライト・ブレイカー>ッ!!


 万象一切の悉くを消し飛ばす、魔王の反転した極光と、恒星を撃ち落とす勇者の聖撃がぶつかり、一歩も引かない拮抗を見せて……とてつもない爆風と衝撃を放って、空に霧散する。

 余波で遠方の山が削られたり、人が吹き飛んだり、海が割れたりしたが……それら全ては些事。

 地球への悪影響など、二人の思考にはもうない。


「改めて言うね───好きだよ、カーラちゃん!!」


 重ねて即死技を繰り出すリエラも、不純なカーラの戦闘思想を汲み取って、すぐに決着がつくような戦い方はせず相手取る。放つ技全てが手加減なし手抜きなしの一級品。そこに迷いや揺らぎはありやしない。

 蘇って補填された、命の全てを出し尽くす全力の剣閃。

 遍く全てを滅ぼす極光。

 勇者らしからぬ覇気で突き進む戦法は、徐々にカーラを追い込んでいく。躊躇わない連撃は、受け止めてくれるおカーラを信じているから。簡単に迎撃して、真摯に応えてくれるとわかっているから。

 あらゆる想いを上乗せして、リエラは荒天を舞い踊る。


「愛を囁くな阿呆。無論、私からはノーコメントだ───それと、此方も出し惜しみするつもりはない」


 顔に手を添え、権能───【無情闇無ヒューマノイズ・ベイル】、起動。


「ッ」

「やるならば全力で───さぁ、最後まで踊ろうか。私についてこれるな?」

「勿論!」


 空間が悲鳴をあげる程の圧力が、無表情になったカーラから溢れ出す。肉体全ての異常を拒み、正常を押し付ける強力な身体強化は、あらゆるステータスを向上させる。

 傷ついた内側、吐血が止まらぬ臓器のない身体を、一切異常のない本来の器へと元通りに作り替える。

 減った分の魔力が戻る。折られた手足も元通り。

 全盛期過不足ない魔王に戻ったカーラが、更なる猛攻をリエラにぶつける。


───<夜爵(やしゃく)(うつろ)喰い>

───<闇纏・シャルディーニの牙>

───<禍吊星(まがつぼし)


 大きな顎を持った異形の黒塊、神をも喰穿つ闇の魔槍、万物破壊の概念球体。これまた殺意の高い、否、殺意しか感じられない闇の応酬がリエラに迫る。

 情け容赦のない三連撃。同時に迫るそれらを斬る。

 本来ならば斬れやしない禍吊星を両断したのは見事、と言っていいものか。


 無論のこと無傷とはいかず、身体の表面に張った障壁を魔槍に削られ、リエラは腹に大穴を空けられてしまった。

 肩も異形に啄まれ、球体の破片に足を丸く削られる。

 深手を魔法で治癒し、再生させながらリエラは懲りずに再び吶喊する。


「ッ、でも、我慢我慢ッ……<(アムス)>、<ユニゾンナイト>───<想極一閃>ッ!」


 想いを込めた縦の斬撃が、カーラの防御を破って胴体の正中線に切れ目を入れる。吹き荒ぶ血潮には慣れないが、表情を固定したカーラの心情をリエラが汲み取れるわけもない。

 表情の機敏、目の動き、唇の震え。

 そういった生理現象を無にすることで心を読み取られる心配がなくなるのも権能の強みだ。


「今、なんで赤いんだろって思ってるでしょ」


 前言撤回、リエラには権能が通じないらしい。何故だ。


「……不気味だな」

「ふふん。好きな人の考えることは、わかるもんなんだ。そう、カーラちゃんのことは特に、ねっ!」

「キモ」

「……毎回思うんだけど酷くない? 素直に甘えよって話はどこいったの???」

「それとこれとは別の話」

「そんなぁ」


 流石のカーラも奥底から湧き上がる優越感と、同居する嫌悪に逆らうことはできない。

 無表情の下で、感情の波を捌きながら攻撃を再開。

 対人に向ける威力ではない魔法を両者連発して、互いに命を獲り合う。


 リエラの勝利条件はカーラの神呪を貫いて、闇底にある形なき核を破壊すること。

 カーラの勝利条件はリエラの心臓を貫き破壊すること。


 自力で大偉業を成し遂げてこそ───勇者と魔王の本懐である。


「ごふっ、かはっ……チッ……もう、誤魔化しも効かなくなってきたか……」

「おぇっ……ッ、あははっ、表情筋戻ってんの!」

「オマエがおかしいんだよ。なんで権能を貫通するんだ。ありえないんだけど?」

「ありえないをありえさせる───それが私だよ?」

「……それもそうか。気に食わないな」

「お相子だよ」

「ふんっ」


 身体強化が解けた緩みを狙われて、重い一撃を食らう。血反吐を吐きながら吹っ飛んで、山を幾つか貫通してから立ち上がる。

 何処までも予想外の奇跡を成し遂げるリエラに、若干の苛立ちを覚えて、カーラも想定外を起こしたいと考える。そして……リエラの聖剣を破壊して、びっくりさせようと迷案を閃いた。

 不壊と謳われる聖剣を破壊する。自画自賛した壊れない黒穹を壊した女が相手だ。これぐらいはしないと対等ではない。


 切っ先で闇と相殺させたり、高速回転させた刃を刀身にぶつけて削り壊そうとしたり……物理的干渉をもって聖剣をただの鉄クズに変えんとする。

 権能を使えば一瞬だが、それではツマラナイ。

 リエラとの死闘は、永遠に長引かせてでも楽しみたい。そう思わせるだけの価値があるとカーラは思っている。

 そして、この想いがリエラもまた同じであることを信じている。


───ガキンッ!!


「アイリスッ!」

「折れたなぁ───さぁ、どうする? オマエを人類最強に導いた力の一つが欠けたが」


 有言実行、カーラは聖剣アイリス・エーテライトを刀身半ばで叩き折った。聖女神の神力と、リエラの魔力で幾ら頑強であろうと、武器は武器だ。いつかは壊れる。

 それを身をもって教えてあげたカーラだったが……その余裕はすぐに崩れる。


「はい修復再構築───おかえりアイリス」


 破損部から光が溢れて、刀身を象り……剣は再生した。


「……クソかよ」

「あれ、てっきり調べてるものだと……私の聖剣ってね、魔力さえあれば何度でも復活できるんだよ?」


 明空の聖剣の特性は主に五つ。

 周囲一帯の魔力を吸収して内部機構に蓄えてから、更に増幅させる<聖戦転炉(せいせんてんろ)>、どんな無茶でも暴発せずに形を保ち耐え抜く<青き空の専心>、魔力一つで傷を巻き戻し再生する<回帰>、臨界点の限界ギリギリまで高まらせた高濃度の魔力を放出する<剣仰(けんごう)>、持続ダメージを与えて癒えない傷を標的に強いる<聖痕>……魔法の武器だからこそできる多彩な機能の担い手は、それらをフルに使ってカーラを仕留めにかかる。

 聖戦転炉で魔力を集積増幅、青き空の専心で暴発せず、傷つけば回帰させ、剣仰をもって放つ。傷をつけたら最後聖痕が刻まれ蝕み続ける。

 継戦能力と瞬間火力にここまで優れた神器はない。


「ちょこまかと……やってくれる。ならば……もっとだ。もっともっと、聖剣では手が回らぬよう、に、ぐふっ……ごほっ……はぁ……全部ぶち壊してやる……そう、これが特大出血大サービスだッ!」

「ッ、空が」

「リエラ、貴様のそのウザったい想いを並べるのなら……私の想いも受けとるがいいッ!!」

「えっ、大好きってこと!?」

「おぇっ、ごはっ……げほっ……もう最期だから言うぞ。実はそんなに」

「おい!」


 親の顔より見た黒い天蓋、青い空を覆い隠す闇が大きく脈動して、空の一点を中心に渦を巻く。雲よりも分厚く、怨霊よりも恐ろしい怪奇は、世界全土を魔王に有利すぎるフィールドに変えるモノ。どこにいようが、掌握した空を思うがままに操って、武器にも転用できるのがこの漆黒の大天蓋───<黒穹>の強み。

 手を前へと差し出せば、空が渦を巻き、ナニカを象って降りてくる。


「ッ───」

「忘れたわけじゃないだろう。この空の下は、私の庭だ。黒穹の支配下にあれモノは、世界全土が私の射程圏内……あらゆる“黒”を支配下に置く、私だからできる神の芸当。そして、こうして権能を重ね合わせてやれば───私は、生命の理にすら無理を通せる」

「そう、物量で来るってわけね! 骨が折れるなぁ!」

「もっと折ってやるさ───喰らえ、<龍生群(りゅうせいぐん)>ッ!!」

『『『aaaa……────GRAAAAAAAAAAAAAAA!!!』』』


 黒空から魔造された闇色の龍が生まれて、群れを成して地上へ襲来する。いつの日かカーラの晩御飯になった龍の遺伝子情報を解析して、カーラの闇と遺骸を元に構築した魔造の生命体たち。

 【死生魂録(ソウルメモリー)】に保存されていた記録から生み出された、蛇の如き龍を象る天災の具現。

 その数、232体。その全てが勇者に襲雨する。


 闇の濁流となって、うねりくねる魔龍の群れがリエラを喰らわんと落ちてくる。


「きっついなぁ、それ……でもやるっきゃないよねぇ……やってみせなきゃ、私じゃない!!」


───<聖剣解放(オープンブレイブ)>ッ、<明空を照らす私の光ブルースカイ・セイヴァー>ッ!!


 その身に宿る聖なるエネルギーを束ねて、不足した分は空気中から掻き集めて増幅させる。エーテルから流れ込む魔力を力に変えたリエラは、暴発寸前までに膨れ上がった極光で龍を迎え撃つ。

 発射された最高火力、力押しの高エネルギー攻撃は見事黒龍の滝の九割を死滅させる。


 そして、その勢いのまま……空を覆う天蓋をも切り裂き太陽の光を海上に差す。


「ちぃ───! 一度ならず二度までもッ!!」


 光の斬撃の直線上にいたカーラは闇を球状に纏うことで完全防御、無傷で回避。そのまま殻を蹴破って闇の弾丸を地上へ連射する。リエラもまた、失った分の魔力を即座に回収して迎撃を開始。斬撃と弾丸の雨嵐が二人を襲う。

 被弾、回避、斬撃、爆発、迎撃。

 余波で地球が削れるなどお構い無しに、重傷以上の傷をお互いに与え合うが……その程度の傷では、決して二人は止まらない。


「こ、のっ! 領空侵犯だぞ! 私の制空権を返せ……あぁクソっ、完全に空が剥がされたか……蘇って、元の威力も底上げされたのか? 貴様」

「あはは、ぼっち旅で感覚鈍っちゃったの?」

「……言っていいことと悪いこともわからないのか流石にブチ切れるぞ死ね殺す」

「言い過ぎました」


 渦巻いた雲間から薄らと差し込む日光を忌々しげに睨むカーラは、絶え間なく飛来するリエラの斬撃から辛うじて逃れながら怒りをぶつける。

 百歩譲っても一番悪いのはカーラだが、リエラは責めずごめんと一言謝って斬り掛かる。時間経過で聖剣の威力が上がり続けているのはきっと気の所為だ。

 理不尽な怒りに怒りをぶつけるのは悪くない。


「ぐっ、ぅぅぅ……月の呪い、ってヤツ…? やっばぁ……これきっつ……」

「耐えれてる時点で別格だよ、オマエは」

「……カーラちゃんって、ただの敵相手でもちょいちょい褒めてくれるよね」

「正当な評価はすべきだろ」

「やさしーなぁ」


 月の毒【狂華祟月ムーンホール・キャンサー】で左足を腐らされても、リエラの戦意は途切れず。やられた分だけやり返すの精神で、より敵を追い込む猛攻にカーラもまた喀血する。

 リエラはリエラの全力以上をもって、カーラは持ち前の権能全てを使って死を彩る。


「がっ、ア……ってぇ……くくっ、やりよるなぁ、流石は私の勇者」

「脚一本、聖痕で再生阻がッ……ぃぎっ、あぐっ!」

「いい悲鳴じゃないか! やっぱりボクが最強なんだよッ、がはっ!?」


 極光と剣閃で手足は吹き飛んで、影の槍に腹は貫かれ、黒い拳が美顔を殴り、鋭い蹴りが胴体の骨を折る。

 スキルや魔法だけでなく、術を伴う単純な肉弾戦。

 鮮血が吹き荒ぶ。罵倒と鬱憤も混ぜに混ぜた覇者たちの怒鳴り合いに、終わりは見えない。


「カーラちゃん!!」

「リエラァ!!」


 地位を捨てて、名誉を捨てて、お互いを殺す意志のみで戦場で乳繰り合う……否、命を取り合う二人の姿。

 絶対的死を齎す為、あの手この手で研ぎ澄ませた殺意を相手に刺す。己の最期を彩る血色の舞台。大渦描く闇が、切り裂く光が、戦場となった青い星の空を焼き尽くす。

 死力を尽くして、何度も限界を超え、出し切った全力を更に注いで。


「まだっ! まだまだ───私はやれるッ! 貴女を殺す、その時まで……止まらない!」

「ククッ、それでこそ。だが、そろそろ仕舞いといこう。お互い限界も尽き果てて死ねませんでした。では、お話にならないからな」

「……そうだね。そんじゃ〜、そろそろ死のっか!」

「あぁ」


 額をぶつけ合って、火花を散らす二人は終わりを選ぶ。


 魔力も体力も底を尽きかけている。身体はとっくの昔にガタがきて……思うような動きも、できなくなってきた。長時間絶え間なく攻撃を浴びせ合っていた二人は、ここで終わりと最期を悟って覚悟を決める。

 ここで決める。

 ここで、全てを終わらせる───魔王と勇者の戦いに、終止符を打つ時が来た。


 主戦場に設定された地球は、極地的な天災以上の災禍を長時間浴びに浴びてより寿命を縮めていく。

 いくら魔女の献身的なサポートが、保護があろうとも。

 この後修復されるからと、カーラたちは遠慮せずに世界崩壊秒読みの戦闘を繰り広げ───舞台は、いつの間にか南極大陸の縦穴上空、狭間と繋がってしまった、因縁深きスタート地点に戻っていた。

 運命の悪戯か、導かれるように大穴の上を舞台にして、苛烈な戦いに身を投じる。

 この地を決着の場と無言で定め───一向に終わらない戦闘の、不平等な天秤を、無理矢理にでも傾かせた。


「「───!!! おおおおおおおおおおお!!!」」


 引き絞られた極光と、暗黒の奔流の、最後の激突───物事の終わりと幕引きが告げられるのは、いつだって一瞬なのだと二人は知っている。

 だから、これもそんなもの。

 その程度と言えど、二人にとっては大切以上な終わり。すべての幕引きには充分な最期であったと……心の底から笑えるような。


 そんな結末を、望んだが故の───最高の決着を。 


「光よッ───!!」

「───あぁ、仕舞いか。よかろう。来い、我が運命よ! この魔王を、終わらせてみろッ!!」


───<神明(かみあけ)斬り>ッ!!

───<根源断ち>ッ!!


 最後の一手に己の全てを込めて、最高の一撃と成す。


 やさしさの欠片などない、手抜きなんてもってのほか。絶対に相手を殺すという意志の元、二人の大きすぎる殺意が炸裂する。

 仇たる宿敵。

 無二の盟友。

 愛しき恋人。

 “明空の勇者”と“黒穹の魔王”。有り得ざる感情の色に、かつての原型をなくしてしまった歪な関係に、二人の為の終止符が打たれんと。


 光り煌めく聖剣と、闇纏う魔剣が交叉して───








 彼女は支配者だった。

 いつの日からか死を願って、世界が滅びるぐらいならば自分の手で壊してやりたいと思って、それを実行する力と手段がその手にあった、魔界の女主人。

 やがて、孤独と絶望、終わりのない旅路に苦しんで……奈落に堕ちる運命にあるとは知らずに、全てを無に帰した最強の魔王。


 彼女は救世主だった。

 物心ついたときから生きたいと悩み、困っている誰かに手を差し伸べて、助けてみせると意気込んだ、世界全土に希望の夜明けを齎す、聖剣の担い手。

 恋も何も知らないまま、戦いの中で命を散らすものだと思っていた……ちっぽけな勇気から始まった、伝説を刻む最強の勇者。


 死にたがりの魔王。

 生きたがりの勇者。


 どちらも目的の為ならば、自分よりも相手を、世界を、お互いを選ぶ人間性の持ち主たち。そこには善性や悪性の区別など必要なく、誰かの願いを背負って、自分を信じる全員の為に頑張っていたおいうことに二人の差は無い。

 どちらも一歩も引かずに運命に抗って、常に勝ち抜き、歩き続けた。

 違いがあるとすれば───想いの力だろうか。

 人々の希望や夢、想いを結晶にしてきた勇者と、それら全てを砕いて平らげる魔王。


 両者背反する性質と想い。決して交わることのなかったそれらは、いつの間にか交わり……繋がっていた。


───こいつとなら、生きてもいいな。


───この人となら、死んでもいいな。


 惹かれ合って、禁じられた恋をして、触れ合って───遂には、自分の想いも使命も形を変えて。

 一緒に生きていたい。でも、死ぬ時は一緒がいい。

 そんなふうに思い合うになってしまった。傍から見ればありえないと一蹴する関係を築いて、周囲のやっかみなど踏み越えて並び立つぐらいには、魔王と勇者の関係は歪に変わっていった。


 そう、この世は変化する。


 日が沈めば闇に月が浮かぶように。


 夜が明けて朝がやってくるように。


 生々流転、諸行無常、有為転変───敵対する関係性もまた移り変わる。


───だーれだ!

───バカが。選択肢一つでよくやろうと思ったな?

───そこはほら、気を利かせてさ。

───……あ、わかった。婚期逃しちゃった女さん48歳。当たりでしょ。

───ぶっ殺すッッッ

───笑


 恥ずかしくなったり、偶に一歩踏み込んだり、ゆらゆら揺れる想いの中、二人はあの日旅をした。

 旅の果てに、二人が得たものは違うけれど。

 最終的に得たモノは、嘘偽りもなく美しく、色彩豊かな二人だけの真実で。


 二人は、初めて味わう█に溺れて、沈んでいく。


───その結末が、互いに殺す為、殺される為に戦うので終わるというのが……なんだか悲劇的で嫌になるが。

 それで幸せになれるのならば。

 それが救いになれるのならば。

 それで全てが終わるのならば。

 二人は、喜んでその命を捧げる───捧げられるようになってしまった。


 聖女神のお陰で得た命を、邪神によって齎された生を、ここで使い尽くさんと。命の灯火も、奇跡も、運命も……もういらない。

 この選択がどうなるかは、当事者もわからない。

 外から見ているだけの観戦者たちにも何もわからない。故にこの終わりがどうなるのかは……まだ、誰も知らない未来のお話だ。

 もし知ることができていれば……二人は、また別の形の結末を探していたかもしれないが。


 この数秒、この一瞬。二人は確かに、幸せだった。








 皮一枚奥、肉の裏側にある胸の空洞に、蘇った心臓に、二つの刺突が吸い込まれるように消えていく。

 神呪を貫き闇の核を貫く聖剣の一撃が。

 魂を破壊して絶命させる魔剣の一撃が。

 リエラとカーラ、二人の熱い想いが、願いが通じて……同時にその命を喰らい合う。


「「────────……!!!」」


 不死は散り、概念を飛び越えて───終わらせる。


 声にならない慟哭が、悲鳴が、歓声が。空に溶けゆき、血飛沫を上げて消えていく。

 互いの胸から生えた二本の刃が、何を物語るのか。


───最早、語るまでもないだろう。


 世界の壁を越えた先で、わかり合う筈のなかった最強の戦いに、幕が降りる。

 空は明け、闇は沈み、二つの亡骸は落ちていく。


 孤独の果てに壊れた闇は、愛する勇者に救われた。


 女神に導かれ蘇った光は、愛する魔王に微笑んだ。


 光と闇の最終決戦は、これにて閉幕。メリーでバッドなハッピーエンドを迎えて、世界は救われた。

 神が起こした天災は、終幕と共に静かに収まり。

 滅ぼされたエーテル世界は、友の最期を見届けた魔女と賢者の手で、被害にあった地球と共に修復されてゆき……形あるものに直される。神の災禍に見舞わられた地球は、新たな力を人類史に迎え入れて、未来の為に、生きる為に奮闘を始め───世界は変わってゆく。

 そんな未来の顛末などは知ることはなく、それどころか考えもしなかったリエラとカーラは、星の穴底へその身を投じながら笑い合う。

 私たち、暴れるだけ暴れてスッキリしたので。

 これにて退場。ここでお別れ。やらかしの後始末は……名も顔も知らぬアナタに、請け負ってくれた友を信頼して任せます。

 私たちは寝る。永遠の眠りに。もう目覚めることのない眠りにつく。来世に期待するのはもうやめた。何故なら、望むまでもなく彼女は救けに来てくれたのだから。

 満足。破滅を受け入れ、微睡みに身を浸す。

 やりたい放題で自分勝手。

 ……そんな傍迷惑な結末を迎えた、勇者と魔王が最期に思ったのは、こんなこと。


 初めてのキスの味。それは甘くて蕩けるような、どこか不思議な熱があった……

 あったよね?

 あったけどっ、……なんて、言うわけないだろばーか。絆されねぇぞ。

 最後くらい素直になってよ。

 るっさい。



───でも、まぁ……嫌いじゃなかったよ。



 それを最期に、二人の意識は微睡みに落ち───二度と浮上することはなかった。





 





















































































◆◆◆












 二世界の衝突───“魔法震災”と呼ばれるようになった勇者と魔王の死闘から、307年目の春。

 新日本の“魔都アルカナ”にある、孤児院の片隅で。


「───あっ」

「───えっ」


 屋根裏の暗がりで奉仕活動をサボっていた黒い少女と、この日孤児院に収容されたばかりなのに、早速大人の目を盗んで探索していた茶髪の少女が巡り会う。

 蜘蛛を魔獣に改造して遊んでいた少女は、その見知った魂の色に驚いて。

 慣れない異世界を送っていた少女は、直感で気付いた。


「───はじめまして! わたしね、ひまりってゆーの! またあえたねっ! カーラちゃん!!」

「マジかよ───ぁ、ごめん人違いですボクは真宵ッ!」

「んぇ」

「ちょ」


 再会できた喜びに震えた幼女の泣き声と悲鳴が、魔都の裏側で小さく響いた。




───異なる世界に異なる身体。新たな想いを胸に秘め、かつての敵と同じ目線で共に歩む。

 愛し愛され憎み憎まれ。運命絡まる世界の創世記。

 未来、317年目のその日、新しい運命にお互い揉まれる羽目になるとは露知らず。


 洞月真宵となった魔王と、琴晴日葵となった勇者は生を謳歌する。


「どこいくのー?」

「仕事だよ仕事……ちょ、ついてくんな! 危ないから……聴いてる!?」

「むー」


 肉体年齢に引っ張られつつある幼い勇者に連れられて、いやいやと文句を言いながらも、三度目を迎えてしまった人生を真宵も楽しんでいく。

 そう、これは。

 生まれ変わった英雄の二人と、彼女たちの周りで頑張る少年少女の物語。

 楽園から追放され、奇跡を乗り換えて、無限の可能性をその身に秘めた英傑たちの───…


「ねーねー、けっこんしよ?」

「7歳だぞ、アホなの? てかするわけないだろ」

「むー!! なんでだよー!!」


───世界を繋げる物語。その始まりなのである。


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