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まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
楽園終日譚
14/51

第3節:星食みの厄災


 人間と魔人、そして神。恐怖と不理解、異なるすべては交わることなどなく、相反する属性は常に反発し続ける。それでも、あらゆる苦渋と感情を、その全てを飲み込んだ二つの巨星は、手を取り合って神殺しに挑んだ。

 勇者と魔王、外なる神。

 最後の生存戦争……その決着は、ありえない形をもって終結した。


「……はぁ。やはり不確定要素なんて取り入れるべきではなかったか……貴様といいあの神といい、不愉快だな……死ねるならさっさと死んでくれ」

「同感だね……私も魔王と二人旅とか、虫唾が走るよ……あと死なないよ。めちゃくちゃ生きるよ」

「殺すか」

「殺すよ」


       「「───あ゛???」」


 たった今、二人は辺り一面が真っ白な異次元の空間に、通称『狭間』に閉じ込められていた。


 何故そうなったのか。時を少しばかり遡る───…






◆◆◆





 1000年もの間エーテルに巣食った邪神、“外なる神”。世界崩壊に十分な魔力暴走によって砕けた次元の外殻を、世界の壁を突き破って、起床と共に捕食と蹂躙を開始した遍く全ての元凶たる諸悪の根源。

 願いを歪ませて叶えるという、タチの悪すぎる願望器が魔王と勇者の前に立ちはだかった。


───自らの手で世界を滅ぼす為。

───終わりの運命を覆して世界を救う為。

───過去の契約者の歪められた願いを叶え、この世界に終焉を齎す為。


 相反する野望と使命、己の在り方が魔王城で激突する。


「寝覚めの一発だ。清々苦しめ、寄生虫───使えもせぬ願望器など、最初から壊してくれる」

「先手必勝ッ、星を蝕む神に───極光の裁きを!」


 怨嗟滲む闇を一纏めにした魔槍が、輝きを一切失わない救済者の極光が、外なる神の心臓と言える神核を貫かんと放たれる。カーラが核だと見破った単眼の神瞳を目掛けて投擲された二種の攻撃は、見事狙いを外さず突き刺さる。

 特濃の闇と清純な光を異形の肉塊は只管に浴びる。


【■■■───■─■■───…】


 だが。悶絶以上のダメージを受けたのにも関わらず……神は依然と宙に浮いたまま。神話生物程度なら容易く塵に帰すことができる威力であるのに、神にはいまひとつしかダメージを与えることができていなかった。

 極光に目が眩んだのか少し瞳を細めているのも、決して痛みから来るものではないのは確かだ。白煙を吹き出して削れた肉体を再生する神は、仕返しとばかりに白い触手を振るい、反撃に出た。


「ふむ」

「えぇ……っ、うわっ! すばしっこ! それなりに身軽で良かった!」

「言ってる場合か貴様」

「現実逃避だよっ」


 死角から飛んできた薙ぎ払いを二人は跳んで回避する。捕まれば生命力を奪う触手だからか、二人はかなり必死に避けていた。逃げる最中も息切れせずに会話ができている辺り、カーラとリエラのすさまじい胆力が垣間見える。

 突然攻撃されたのに神は激昂したのか、瞼がない神瞳を大きく見開いて二人を襲う。


【■■■───!!】


 その時神瞳が青く輝き、虹彩から蒼い熱線が放たれた。


「目からビーム!? ロマンあんね!」

「単調だな」


 直線上にある全ての物体を蒸発消滅させた神の威光は、無惨な残骸となりつつある魔王城に大きな空洞をまた一つ開け放った。

 それどころか直線上にある霊峰やあの黒い空にも大穴をこじ開けている。


「なっ……私の天蓋をッ」

「うわぁ」


 100年の間空を塞いだ黒をリエラの次に破壊したのが、まさかの外なる神。驚愕と苛立ちと不快感で無表情が剥げ思いっきり顔を歪めるカーラに、リエラは困った顔で少し距離を取った。

 怖くはない。ダダ漏れの殺意にドン引いただけだ。

 そんな珍しく表情筋が解けてしまったカーラだったが、即座に権能を使い直し身体能力強化を維持する。無表情の鉄仮面に戻ったカーラは、心の内でグツグツと鳴る感情を煮え滾らせながら、改めて神殺しを決意する。

 ニンゲンはともかく、神に破壊されるのはかなりの屈辱だったようだ。


 それでもカーラは冷静に、リエラと共に神へ攻撃する。


「<(カノン)>───<ホーリー・ジャッジメント>!!」

「略式詠唱───<死熾畄(ししる)の柩“開”>」

【■■──…─■ッ!!】


 汚染度関係なく全てを浄化する極光が白肉を削り、蓋を開封された闇色の立方体が周囲一帯に存在する、あらゆる全てを虚無へと消し去って。

 全身を僅かに壊された外なる神もまた熱線を放つ。

 詠唱破棄でも異常な出力を誇るそれは、箱の中で渦巻く小さなブラックホール。肉体の強度も存在の格も、腐った不死性も関係なく破壊する虚空の洞穴だ。

 だがしかし、術者以外の全てを無に葬り去る魔王の技をもってしても外なる神は未だ健在。


 勇者の極光に等しい光量で放たれた神の威光は、未だに二人を捉えていないが、それも時間の問題。

 何故なら、外なる神の動きが徐々に改善され、いつしか単調な動きは俊敏に、より効率的に餌を捕らえんと素早く変化、進化しているのだから。

 元より戦いの経験などなかったにも関わらず、その成長速度には目を見張るモノがある。


 本体は『狭間』に身を置き、触手だけをこちらの世界に伸ばしているのだが、持ち前の強靭さと柔らかさ、そして再生能力でなんの問題もない。触手のスピードもあって、外敵を寄せ付けるさせることはない。

 自分のフィールドに座したまま、獲物を狩るだけ。

 まるでステージギミックも加味したボス戦だな、などとカーラは内心懐かしんだ。

 病室でコントローラーを握っていた、力なき幼子の姿が脳裏を過ぎった。


「……気付いたか、勇者」

「うん」


 それは兎も角、この時点でカーラとリエラは外なる神にある明確な弱点を炙り出していた。


「私の傷痕だけ、治りが遅い」

「そうだ。そして、私のだと深くまで行くが回復するのがかなり速い……仮に深手を負わせたところで、私ではすぐ回復されるのがオチだ」

「相性ってヤツ?」

「恐らくな」


 外なる神への攻撃が最も通じているのはリエラの極光。聖剣から放たれた極光は、神の白肉の再生を阻害する程に聖なる力を有しているのか、確かに勇者の光を纏う斬撃は有効打になり得ていた。

 対してカーラの攻撃は全ていまひとつ。

 闇で串刺しにしたり斬り裂いたりと、多彩な攻撃で神の肉体を傷つけたのだが……効果はあまりにも薄く、傷痕もすぐに修復されてしまい、痛くも痒くもない程度の損傷で終わってしまう。


 これにはカーラも再び大激怒。無表情の内で一段と暴走する憤怒の感情をなんとか押し止めて、頑張って冷静さを維持していたが。

 このまま蓄積すれば確実に暴発する。

 とにかく神という存在そのものが嫌いなカーラにとって今回の戦闘は平時よりも気性が荒くなるらしい。


「<黒荊棘(くろおどろ)>───チッ、煩わしい」

「落ち着いてってば……でも、やっぱり推測通りかもね。ぜーんぜん再生速度が違う。見た目白いのに……ちゃんと闇属性なのかな?」

「……さぁな」


 影の串刺しで貫通した穴までもが即座に修復される様を忌々しげに睨んだカーラだったが、導き出したその憶測は偽りなくリエラへと共有する。

 これはこれ、それはそれ。公私の切り替えは完璧な魔王なのである。


「聖剣と勇者の相乗効果、か───確定で浄化の力だな。やはり邪神の系譜、光に弱いものなのか……短絡的思考で結論を述べていいなら、貴様が鍵になるな」

「そうなるね。うん、攻略法は私次第って感じだ」

「その認識で相違ない」


 そう確認を取り合いながら光の奔流で急接近する触手を全て薙ぎ払い、焼却で黒焦げにしながらバラバラにする。触手の断面は光熱に焼かれた影響と浄化、聖剣の他にない特性が働いて再生が阻害されたのか、肉の隆起は活発ではなくなっていた。

 モコモコと増殖再生する白肉の対抗策は、リエラの力。聖なる魔力を纏った力のみ。


「……だが、あの極光でこれか。より大きく刻むには……なりふり構わってはいられないか」

「ひたすら斬りつける?」

「それでは体力が持たん。そもさっきのでただでさえ……貴様は魔法陣破壊に力を使ったんだ。これはもう、仕方があるまい」

「あんなんで疲れないけど」

「そうか、脳筋な貴様には不要な配慮だったか」

「うるさいなぁ」


 事実リエラは疲弊している。対エーテル終末機構に息も絶え絶えになっていたのもカーラは知っている。宿敵たる魔王を相手に弱味を見せないよう余裕そうな顔を作って、幾ら強がろうともゴリ押し以外の戦法で神殺しを選択したカーラには通用しない。

 故に取るべきは短期決戦。

 最短最速で、リエラの一撃を外なる神にぶつけるべきであり、自分はそのサポート、最悪の場合囮になって勝利を掴むしかない。


「癪に障るな───飛び入り参加の分際で。流れ弾に気をつけることだ」

「休戦協定!!」


 突然共闘関係に綻びが入ったが、些細なことである。


【■■■───!!】

「はぁっ!!」

「ふん」


 白聖の極光が紺碧の極光に相殺される。

 闇の濁流は白肉の触手を侵蝕して破壊するが、眼球には届かずに掻き消されてしまう。

 一進一退、双方一歩も引かない戦いは、外なる神に少し有利に続いていた。


「合わせろ」

「任せて───え、なに撃てばいい?」

「折角の共闘なんだ。有意義にやろう。私が合わせるから好きなように撃て」

「了解!」


 即席の連携では足を引っ張り合うこと間違いなし。故に二人は各々好きなように動いて、お互いの邪魔にならないよう意識を配り続ける必要があった。

 それをカーラがリエラの攻撃に沿った技を使うことで、不発や暴発、巻き込み事故を未然に防ぐ。

 連携がすぐに形になっている当たり、二人の鍛えられた熟練度が垣間見える。


「不味い」

【■■■■■■────!!】

「ッ゛、嫌な音ッ!!」

「……脳みそを…ぐちゃぐちゃにする……音波、か。平衡感覚も阻害するか……私が防がねば死んでいたぞ貴様」

「どうもありがとう! 平気!?」

「再生した」

「速すぎっ」


 神瞳が震え出して強力な怪音波がリエラに放たれたが、カーラの闇で咄嗟に覆われて事なきを得る。そこ代わりに大ダメージを受けたカーラだったが、肉体異常を拒む権能によって即座に回復。

 続け様に発声される怪音波をカーラの吸音する闇の膜で耐え凌ぎながら、二人は逆に接近する。

 音の発生源に近付くことで、命の安全度外視で確実性を手にする為に。


「目玉を狙え」

「おっけー!」


 迫る触手を足蹴にして、二人は眼球目掛けて同時に技を解き放つ。


「足元注意だ───<暴妖捕牢(ぼうようほろう)>」

「《奏者の恩光》───光魔法<ブリリアント・ホワイトジャッジ>ッ!!」


 神が潜む狭間。その周辺にあった影が一斉に躍動して、床を離れて、宙に浮いて蠢いて……実体を与えられた影が白肉と触手に絡み付く。

 厳重に拘束された神はあらぬる動きを制限、阻害され。更には内包する力の源たる“神力”が、本人の意思関係なく外界へと放出されてしまう。

 生命活動以外の全機能を緩やかに停止させる、カーラの影網の監獄に神は囚われる。


【■■■──!?】


 そして───発動者の前向きな想いを力に変える強力な光魔法の一撃が、聖なる極光を纏ったことで輝きを増し、聖槍となって神瞳へと放たれる。

 闇に囚われ見開かれた神瞳に、聖槍は寸分違わず衝突、回転しながら突き刺さり───…


ガキィィィィィィィィィィィンンッ!!!


 神瞳の虹彩、その直前で不可視の壁に───神の最後の生命線である防御壁に食い止められてしまった。

 あらゆる障害を跳ね除ける神の結界。白透の神秘。

 勇者リエラの決死の一撃を、外なる神は自動で発動する結界でギリギリで防御した。


 だが、そこで終わるほどリエラの魔法は甘くなく。


 一瞬だけ拮抗し───聖槍は神の結界に深々と刺さり、勢いを止めぬまま直進する。

 結界に亀裂が入り、神速回転の聖槍は止められない。


「まだまだあああ───!!」


 そこですかさず、リエラは可視化ができる程まで濃縮、暴走させた魔力の塊をその手に宿して、聖槍への後押しに魔力を投げつけてブーストをかける。

 その甲斐もあって、聖槍は推進力を得て更に加速。

 身動きの取れない外なる神は、闇の拘束によって結界を維持する神力を回すこともできず、眼前に迫る死を避けることも敵わない。


 故に。


【■■■■■■■■■■■■■■──…─ッ!!?】


 ガラス細工のように壊された結界。甲高い悲鳴のような破壊音が魔王城を震撼させ、青い虹彩に聖槍を突き刺され貫かれた神の慟哭が世界を劈く。

 のたうち回る触手。影の拘束が剥がれる勢いで、全身で苦痛をアピールする神はただただ悲鳴をあげる。

 触手は激しく空間を叩き、その亀裂を広げていく。


 亀裂のスピードは凄まじく、カーラとリエラの足元まで広がっていき。


「ッ、まだ動けて……あっ!?」

「足場が……ッ、なんだ───くそっ、落とされる」

【■■■───!!!】


 魔王城の床が抜けるように、世界の壁が破壊され二人は亀裂の向こう側───世界と世界の間、次元を隔てている『狭間』へと落下してしまう。

 そこは、辺り一面真っ白な異次元。

 リエラが飛翔で脱出しようにも、不可思議な重力により引きずり込まれ、カーラは影を建物に命綱のように結んで回避しようとしたが、どういうわけか魔王城と繋げることができずに堕ちてしまう。

 スキルの不作動か、誰かの意志による妨害か。

 オマエはそこに入れと言わんばかりの不作動の連続で、二人は抵抗虚しく『狭間』の中へ落とされる。自分たちと神以外、本当になにもいない空間に足を下ろす。


「なに、ここ……何処に立ってんの私。すっごい違和感で気が狂いそう……」

「チッ、この程度の苦痛で泣き喚くなよ軟弱者が……」


 想定外の事態にカーラは僅かに顔を歪ませて、境界線がない空間より、未だ空で悶絶する外なる神を睨みつける。厳密には空、というよりも……亀裂の空いた天井といったところか。亀裂の先には、崩壊しつつある魔王城の景色が僅かに見える。

───下から見上げた触手の塊は、白い肉の塊から無数の触手を生やしている奇怪な異形であった。それが白き神、外なる神の全貌。

 赤子のように泣き叫ぶ神は、これ以上光に焼かれぬよう触手を使って眼球から聖槍を引き抜き、己を死に追い込む光から身を守る。

 

 そして身体を半回転かせ……外なる神は、眼下に墜ちた不遜な生き物たちを貫かれた神瞳で睨みつける。そのまま己こそ住まう次元に降り立って、戦いによって内に生じた不可解な感情に、外なる神は身を任せる。

 生まれて初めての激痛。

 生まれて初めての恐怖。

 生まれて初めての───憎悪。


「ッ、なに?」


 それは、つくられた神には不要な感情の発露。

 それがなにか理解することもなく、熱動する憎悪と憤怒───神の裁きを衝動的に振るう。影の拘束を打ち破り、自由になった神は獲物を睨む。

 願われたから世界を蝕み、歪めた願いを成就させる為に世界からその生命力を吸ってきた神は、生まれて初めての殺意をその身に宿す。


 次第に光へ霧散して消えていく聖槍には意識を割かず、外なる神はその色を、機械仕掛けの願望器が持つべきではない感情を、己に仇なす敵へとぶつける。

 その矛先は、最高の一撃をぶつけて疲弊した───勇者リエラ。


【■■■───ッ!】

「ッ!?」


 今までより桁違いのパワーとスピードで放たれたのは、先端が鋭利な棘となった一本の触手。極光と暗黒、二人のあらゆる障害を正面突破して、リエラ目掛けて一直線。

 リエラの回避速度を上回った触手は、勢いを一切止めることなく、その心臓を穿たんと迫り───…


「───チッ、世話の焼けるニンゲンだ」


 リエラの前に躍り出たカーラが、勇者を庇うよう身体で触手を受け止めた。手を広げて庇うような姿勢ではない、自然体の出で立ちで。

 無防備な胴に棘は突き刺さり───魔鎧に守られていたカーラの胸部は、白い肉に貫かれた。

 勇者を庇ったことで、魔王は見てわかる致命を肉体へと刻まれる。


【!】

「魔王ッ!?」

「ごふっ……気にするな、勇者。ただの致命傷だ」

「いやいやいや!!」


 なんでもないように振る舞うカーラの胸から神の触手が引き抜かれる。その先端には絶えず脈動する、歪な黒色の心臓が貫かれていた。

 カーラの心臓。邪神の手に渡った心臓は、傷ついたまま修復されず、バツ印を刻まれた眼球の下に開いた口の中へ心臓は放り込まれる。

 大きく平らな臼歯でカーラの心臓は咀嚼され、神の体に取り込まれてしまった。


 魔王カーラが有する、高純度の魔力が秘められた心臓は御馳走だ。

 己の攻撃が一切効かない相手。触手で生命力を吸えず、命を奪えないカーラの急所を獲れたことは敵対者にとって僥倖すぎるモノ。

 悦に浸って瞳を笑みの形に歪めるも無理はない話。

 魔王の生命力を象った闇の核を、外なる神はなによりの御馳走だと堪能する。


 だが───一歩二歩、カーラの方が上手であることを、今このとき知ることとなる。


「ぐっ、ぅ……」

「ぁ、ししっ、心臓! 魔王の心臓、食べら、食べられ……食べられちゃってるよ!?」

「見れば、わかる───ククッ、なんの問題もない」

「ぇ」


 心臓を引き抜かれた反動でたたらを踏んでいたカーラであったが、駆け寄って身体を支えたリエラに目もくれず、愉悦に歪んだ笑みを浮かべる。

 無表情を解き───表情を無に固定することで得られる身体強化を意図的に半減させて、魔王はその異貌を狂笑に歪める。

 心臓部に穴を開けたまま、魔王は声高らかに宣告する。

 魔王にとっての常識を。知らないではいられない致命的情報を。


「───魔王の生命活動に、心臓など不要」


 カーラの肉体は特別製。外見は人間と遜色ないが、その中身はまったくもっての別物だ。そもそも、胃腸や肝臓、骨に至るあらゆる内臓をカーラはその身に有していない。

 器の中身は血肉ではなく流動する不定形の闇そのもの。二足歩行である人間に似せたガワを被せているだけで内部構造は人外そのものである存在、それがカーラだ。

 故に心臓を抜かれた程度では死なない。そも心臓なんていらない。あるのは唯一の弱点であると誤認させる為で、あってもなくても困らない。攻撃されても意味はない。

 お飾りの心臓など、使い潰したとて構わない───…


「さて、勇者」

「な、なに……っていうか、動いていいの?」

「何度も言わせるな……ここからが勝負だ。動転するな」

「ぅー、うん。わかった」


 再生力を下げながら笑う魔王は、胸の貫かれた穴を鎧に守られた人差し指でなぞり、血の代わりとばかりに垂れる液状の闇を掬う。

 ねとっとした純黒の闇を指で広げ弄び、カーラは滔々と語る。


「ヤツの失態はただ一つ───心臓が、闇を吐く侵蝕源であることを考慮せずに取り込んでしまったこと」

「!? ……黒く、染まって……」

【──────!?】


 カーラがそう発言すれば、示し合わせたかのように神の白い血肉が黒く染まっていく。神瞳を中心に、身体全体が黒ずんで、白と黒が斑に入り交じる混沌とした色合いへと変色していく。

 侵蝕で激痛が走るのか、外なる神は悲鳴をあげる。

 取り込んだ異物を吐くという機能がないのか、神はただ悶絶することしかできない。


「なにも疑わず口に含むなど、どうぞ毒殺してくださいと言っているようなモノだ……捕食により再生速度を上げる腹積もりだったんだろうが、そう上手くはいくまい」


 勢いよく神体を蝕まれ、なにもできず黒く染められる。


【───■■■■ッ!?】

「……元から私の極光に弱いのに、そこに聖剣が弱点だと勝手に定義されてる魔王の心臓を取り込んだ……うーん、完全な自爆だね」

「弱点が薄ければ二重に重ねて強めればいいだけだ」

「……それで自分の臓器を捧げるなんて……私にはまだ、無理かも」

「ふん」

「ごめんね……でも、このチャンスは逃がさないよ。私の名にかけてね」

「……随分と素直な女だ」


 三者の相関図。カーラと外なる神、外なる神とカーラ。魔王の黒い闇は外なる神には効きずらく、逆に外なる神の即死攻撃はガーラに通じない。お互い有効打を持たないがそのどちらにも勇者リエラの極光は通じる。

 リエラの場合はその逆もまた然り。

 魔王の攻撃も外なる神の攻撃もすへ通じてしまうが……その代償としてか強力な有効打を有している。


 ならばとカーラは決断したのだ。確実に技が通るよう、絶対に致命打をぶち込めるように……相反する二つの力を重ねに重ね合わせればいい。

 それが、短時間で編み出した外なる神への必勝法。

 三つ巴の相関関係を利用して、どちらにも有効打を持つリエラの力を、聖剣を頼りにした戦法。弱点付与の為には心臓を捨てる必要ができたが、コラテラルダメージにしかならない。

 神と魔王を同一視させるという、強引極まりない裏技で聖剣の特攻を上乗せする。


 その策はまんまと嵌り、外なる神を死の奈落に落とす。


「勇者。最後まで貴様頼りになって悪いが……次の一手で全ての仕舞いだ。精々気張れ」

「ふぅ……うん、今度こそ。だから休んでていいよ」

「戦闘中に休む魔王がいるか」

「それじゃあ、私の技に上乗せしてよ。きっと、いい手になると思うんだ」

「……成程な」


 再び無表情を装ったカーラは、リエラの目的を把握して承諾する。

 カーラは知っている。己の闇が如何に危険なのか。

 耐性がなければ自分すらも飲み込む、世界をも蝕む闇。それは、自分すらも喰らい尽くす災厄そのもの。胎動する凝縮された世界の瑕疵そのもの。


 今使っているカーラ自慢の人形(ひとがた)には、己の闇への耐性が存在する。二足歩行の人間に擬態する為にと拵えた肉体が自壊しないよう、カーラは調整に調整を重ねて血肉の(がわ)を得た。

 そして、なんの対策もせず、考慮もせずに闇の供給源を取り込んで、その神体を内から蹂躙されている外なる神に更なる闇を浴びせれば───…


「いい案だ───乗った」

「ありがと。……ねぇ、終わったら一杯飲まない? 意外と連戦キツいんだよね」

「甘えるな」

「ちぇっ」


 軽口を叩き合いながら、二人は狂ったように暴れる神へ近付いていく。まるで散歩するかのような気軽さで、瞳を大きく見開いて苦しむ外なる神と接敵。

 至近距離に突っ立って、瞳に手を伸ばせば届く距離まで近付いて。


【■■ッ、■─■■───…■!!】


 奇声をあげ、喉を掻き毟るように暴れ、触手を振るって衝動的に白い空間を叩く外なる神。そんな暴れようでは、痛みなど和らぐ筈もない。暴れれば暴れるほど、闇からの侵蝕は加速していく。

 魔王の心臓という栄養源に見せかけた罠を取り込んで、図らずとも弱点を増やしてしまった願望器に、一歩、また一歩と終わりの足音が迫る。

 眼前の死に、神は震えるばかりでなにもできない。

 遂に侵蝕されきった触手は持ち上げることすら適わず、距離をとって逃げることすらできやしない。


 外なる神は恐怖する。生まれて初めて、神である自分を害せる存在を前にして怯えてしまう。

 恐怖、恐慌。神罰すら落とせない軟弱な神へと陥った。


 そのさまを嫌悪と侮蔑の目で眺めいたカーラに、なにか名案を思いついたのか、いきなり声を上げたリエラの方に目を向ける。

 あとはトドメを刺すだけだが……確実性を持たせる策をリエラは自信満々な笑みで呟く。


「最後にね、試してみたいことがあるんだ」

「なんだ」

「私は、10年以上アイリスと……この聖剣と一緒に育ってきたの。だからなのかな。聖剣を媒介にすれば、私の手に聖剣と同じ力を込められるの」

「ほう?」


 聖剣を利き手の反対側に持ち、宣言通りに空いた右手へエネルギーを流動させる。聖剣を起点として、聖なる力はリエラの右手に集まり……目映い極光をその手に纏う。

 カーラは戦闘中、一度リエラのボディブローが決まって苦痛に喘ぐことになった理由がよくわかった。

 すべて身体が聖剣に順応した結果。

 聖なる力を、全身全霊をもって打ち込める“神秘の器”。聖剣を振るわずして、持っているだけで不浄に沈む万物を完全に浄化することができる。

 リエラにある強みの一つ。聖剣と共に育ち、聖剣の力をその身に浴び続けた……勇者の真価。


 聖剣アイリス・エーテライトと同じ力を手にした拳を、リエラは神に突き出す。


「……魔王と勇者」

「む?」

「そんな隔たりがもしなかったら、私たち、意外と楽しくやれてたんじゃない?」

「……さぁな。少なくとも、その世迷いを実現させるにはこの世界は厳しすぎたな。諦めることだ」

「むぅ」


 神に二人は手を伸ばす。神瞳の表面に触れるギリギリ、互いの手のひらまでもが触れる寸前まで近付ける。共通の敵を前にすれば、どんな敵でも味方にならざるを得ない。魔王であろうとも共に生きれたかもしれない未来に想いを馳せる。幻想に過ぎないモノだとしても……期待せずにはいられないから。軽く一蹴する現実主義と異なり、理想を実現させんと立ち向かうリエラの言葉に、多少は考えたがやはり無理だとカーラは唱える。

 少なくともとも人類と魔族が共存できる未来は……今はありえないのだから。

 そこで考えを打ち切り、二人は各々魔力を練り上げる。


 極光と暗闇、交わることのない力を二つに重ね、束ね、神殺しの一撃と成す。


「ふふ、まさか魔王と共同作業するなんてなぁ……勇者になったときは思ってもなかったよ」

「ただの利害の一致に過ぎん……が、気持ちはわかる」


 言葉を重ねて、諸悪の根源へ最高の一撃を叩き込む。


「行くよ! <(アムス)>、<ユニゾンナイト>───<聖撃、手の(エーテライト・)ひらを太陽に(ブレイブスマッシュ)>!!」

「これで仕舞いだ───<闇纏・シャルディーニの牙>」


 仲間との、共闘する者との心を繋げ、力を合わせる技。紆余曲折を得て隣に並び立つことになったカーラとの心を繋げて、威力を底上げさせた神殺しの技を放つ。

 リエラは希望を乗せ、極光を纏った勇者の拳を。

 カーラは絶望を宿し、血の代わりの黒で形作った魔槍を左腕と同化させて。


───始まりは、魔王の魔の手から世界を救う為に。

───始まりは、異邦の神の手から世界を奪う為に。

───ありあらゆる障害を跳ね除け続け、真実を手にして決意を新たにした。

───勇者はどこまでも守るべき世界の為に。

───魔王はどこまでも壊すべき世界の為に。

───己が定める正しき形で終わりを求めて、正しき形で始まりを齎す。


───リエラとカーラの異なる想いが、属性が、殺意が、大きな一つに束ねられる。


───すべては、自分たちが想う未来の為に!!


 相反する二つの力が合わさって、寄り添い、反発せずに混ざりあって。


「終わりだあああ───!!」

「消えろッ!」


 感情を込めた一撃が、神瞳を再び貫き、白い肉塊の奥に秘められた心臓部……瞳と直結していた神核に、辛うじて生き残っていた結界をも砕きながら辿り着き……

 裂帛の気合いと共に放たれた光と闇の双撃が、虚な神の神核を破壊する。


【────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!?】


 注がれた魔力の暴走、暴れ狂う二色の攻撃に耐えきれず神体が膨張して……風船のように破裂する。白い異次元に散らばる白黒の神の肉片。頭足類のようにしぶとい触手は吹き飛び引き裂かれ、本体は閃光を放って爆散する。

 呆気なく崩れゆく神体。裂かれてゆくできたての意識。朧気に消えゆく神格が、塵となって虚無に帰す。

 誰にも理解されることなく、共感されることなく。

 慟哭を上げ、苦痛を、絶望を、破滅を奏でて。

 外なる神が、1000年もの間世界を苦しめた異邦の神が永遠の眠りにつく。


 勇者と魔王の、最初で最後の共同戦線。

 外なる神の神格消滅をもって、万事終了と看做し───これにて、閉幕。


「勝った……やったね」

「ふん」


 滅びゆく世界の運命は、また一つ先送りにされた。
























































































































 ……だがしかし。話はそこで綺麗に終わらない。


「───こ、こんな頑張ったのに閉じ込められるって……普通ありえる? ないよね?」

「現実は非情なり、だな……どうしようもない」

「ウソだー!!」


 白一面のなにもない異次元。世界と世界を仕切で隔てる次元の狭間に、仕方なく手を組んで世界を救うに至った、神殺しの英雄たちが閉じ込められてしまった。

 外なる神の死と同時に始まった、世界を蝕む空の亀裂の驚異的なスピード修復。まるで時間が早まったような速度で世界の壁は直っていき、亀裂は消えていく。

 あまりの急展開に、割とガチ目の自然法則だと、世界のシステムだと即刻見抜いたカーラでさえ固まっていた。


 ハッ、と意識を現実に戻したときには時既に遅く……


 リエラとカーラは、脱出手段を持たない『狭間』の中に取り残されてしまうのだった。


「亀裂どこ! 見つかんな、い───魔王ッ! 寝てないで手伝ってよッ!!」

「いくら実力行使に出ようが無駄だ。そして疲れた」

「私だって疲れてる! あーもうッ! 閉じ込められるってなんなのどーゆーことなの!? 魔王と異次元に一緒、永久封印とかヤなんだけど!? ゆ、勇者の使命に逆らってまで共闘して頑張ったのに……結果がこれ!?」

「以下同文」


 ボロボロで疲弊したままならない身体……それでも空間破壊は可能と踏んでの攻撃は失敗に終わる。結局のところ二人は無力で、空間を揺らすことも、異次元に新しくヒビを入れることもできずに終わってしまう。

 外なる神を討伐した安堵感は一瞬で消え去り……最後に残ったのは、肉体と精神を蝕むとんでもない徒労感。


「「はぁ……」」


 連戦と緊張感が解けた影響で二人はすっかりナイーブになってしまった。


 地面、というには境界線がない空間に寝転んで、二人は警戒心も敵愾心も焼き尽くされたようになにもせず、ただボーッと天井の白を眺めて黄昏れることしかできない。

 独りポツポツと、考察や事実を述べ、如何に自分たちが危機的状況にいるのかを改めて整理する。


「……死んでも尚、私の邪魔をするかと思いたい気持ちでいっぱいだが……あの肉塊がいたから、あの時まで狭間が修復されていなかった疑惑ができたな……」

「……いなくなったから、修正力? が働いた?」

「かもな……何千年と異物が中にいたせいで、狭間自体が正常に機能していなったのが、今こうして機能を取り戻し砕かれた世界の壁を修復した……といったところか」

「あの神様の嫌がらせ、とかではなく?」

「や、本格的に私が原因な可能性が熱を帯びてきたな……おいやめろ聖剣を突き立てるな」

「やっぱりお前が諸悪の根源じゃんか!」

「落とされたとき転移ができてれば問題なかった。相手のフィールドに乗り込んだようなもんだったから、そこまで頭が働かなかったが」

「それな!!」


 考察を垂れ流して現実逃避。外なる神にのみ注意して、それ以外の問題を考慮していなかった不注意、ツケが二人に迫っていた。

 

「うっわ……私たち、本格的に世界から追放されたようなもんじゃん。見方を変えれば魔王を永久封印、できたおも思え、る……思いたいし……でも私まで……う、うぅ……誰かが助けに来てくれたり……」

「無理だろう。期待しても……此方に干渉する術はない」

「期待させてよぉ」

「希望を摘むのが魔王なので」

「本業発揮しないで」

「ふんっ」


 寝転びながらバチバチと睨み合う二人だが、これ以上はもう我慢できないと立ち上がる。

 湧き上がる感情はあまりに原始的でお粗末なモノ。

 衝動的なそれは、目の前にいる敵に八つ当たりで晴らすべきだ。無理なら無理と一旦諦め、今はただ、特に考えることもなく行き場のない怒りに身を任せる。

 戦闘を現実逃避に選ぶのは、強者間ではよくある話だ。


「休憩おーわり。ね、もっかい戦お。やっぱり勇者として魔王は滅するべきだと思うんだよね。今すごい気分最悪でコンディションダメダメだけど……こういう時こそ、私は雌雄を決するべきだと思うんだ。もう邪魔もいないしね」

「本当に威勢がいいな。いいだろう、殺してやる」

「やることもないし」

「……暇を理由に、この選択はどうかとも思うが。今回は付き合ってやる」


 気分転換も兼ねて、異次元に取り残されたリエラは再びカーラに再戦を挑む。それは感情の発散で、不毛な結末になるとわかっての愚行。この窮地でやるべき行動ではないことぐらい、ちゃんとわかってはいるのだが……

 魔王の真の計画、外なる神、なにもない異次元。

 立て続けに起こった想定外を前にして、リエラは思考をリフレッシュする為にその行動を選択した。

 あと、まだ依然滾っている使命を再点火して、宿敵たる魔王を殺せたらいいなと思って。


 共闘関係は終わった後、勝った者同士で戦うだけだ。


 それに付き合うと従ったカーラもカーラで苛立ちに脳を支配されており、勇者がいなければ最終兵器の魔法陣こと対エーテル終末機構で空間諸共外なる神に特大ダメージを与える計算であったのにも関わらず、リエラに妨害されて失敗したことに一瞬腹を立てた数分前を思い出していた。

 不確定要素。

 リエラがいなければ外なる神を消せずなあなあになって終わっていたかもしれないが……その変数を入れたお陰で今、カーラは虚無に落とされた。

 堪忍袋の緒は切ないが、無作法にもまた戦を申し込んだ愚かなニンゲンにお灸を据えてやるかと、カーラも戦意を滾らせて武器をとる。


 他にも天蓋斬られたり予想外されたりと、色々やられた腹いせをしたいなと思いながら。


 先程までの多少緩い空気は一緒にして瓦解して、剣呑で痛く苦しい空気に切り替わる。

 勇者と魔王、二つの頂が揃えば起こり得ることは一つ。


 決闘やら八つ当たりやらと形容できそうな勇者と魔王の殺し合いが、取り敢えずどちらかが死ぬか、負けを認めるかまで続けんと始まった。

 狭間に閉じ込められた現実逃避も兼ねた、勇者と魔王の第3ラウンド……

 その結果は。


「………………………………………………………………………………………ねぇ、魔王」

「………なんだ。なにが言いたい」

「私たち、あんなに動いたのに……空間に亀裂どころか、なんにも起きてないんだけど……狭間の外から行けたから内からでも行けると思ったのに……」

「………そうだな」

「戦闘のどさくさに紛れて脱出しようと思ったけど、これ無理な感じ?」

「知るか」


───72時間以上ぶっ続けの死闘。時間の流れがあるかもわからない不可思議な異次元の戦いは、どにらにも軍杯が上がることなく、疲労と苦痛と悲嘆で二人はお互いを殺すその手を、やっと止めた。

 ちなみに当人たちは時間を気にせず戦っていたからか、戦闘時間の長さに気付いていないし認識していない。

 戦闘中性懲りも無く虚空目掛けて空間破壊を放ったり、こっそり相手ごと巻き込んだ次元断裂を目論んで、裂けた壁を乗り越えようとしたりしたのだが、どさくさに紛れた攻撃は一向に成果は出ず、無意味に終わってしまった。

 先刻のと似たような条件下でありながら決着もつかず、ただ無為な時間を費やしただけ。

 装備はボロボロ、魔力も枯渇済み。二人の根は折れた。


「はぁ……」


 格上の実力者たる魔王に、持ち前の精神力と継戦能力で食らいついた勇者もこれは流石に堪えたよう。

 生存本能と緊急回避でほとんどを避け、仮に斬られても魔力で回復。ポーションといった道具類も武器も全て使い果たしたというのに、宿敵との戦闘は終わることなく……ただ埒が明かないなという結果に終わった。

 これにはお互い不満で、恐らくまた再戦するだろうなと確信があった。


「……やめる?」

「……はぁ」


 三日以上の時間をかけた現実逃避は再び失敗に終わり、改めて現実を直視した二人は、無心で演じた死闘をやっと終わりに……いや、一旦取り止めた。

 これ以上は肉体も精神も限界だ。休憩が必要だ。考える時間だって必要だった。


 そもそも、連戦に次ぐ連戦で五体満足のままなのも大分おかしいが。


 脳筋手段による脱出は不可能であると、狭間は何百回と二人に理解させ、確信させた。それでもまだ諦めきれずに抗って、叶いもしない使命に傾倒して、遂には相手を殺すことだけを考えた。

 このままでは時間の無駄なのだと、この異次元に永久に捕らわれて長居するだけだと悟って……

 二人は漸く、本音を交えた話し合いを再開する。


「……どうするの?」

「……どこかに綻びがあることを期待して、そこを叩いて脱出するしかない。神の手で破壊する方法はあったんだ。まだ希望を捨てるわけにはいかない」

「……立ち止まってる暇はない、かぁ……ねぇ、約束ね。抜け駆けはなしだよ」

「こちらの台詞だ」


 目指すは出口───その為に広大な異次元を探索して、壁の脆い箇所を探すように、地道に見て回り常に欠かさず確認をしなければならない。

 どちらか片方の攻撃では壊れないほど強固ならば、また手を合わせるしかない。だが、それが確実な手だとは今は絶対に言えない。


 そして、片方だけが脱出して得する未来は防がなければならない。


 故に仕方なく、二揃って確実に元の世界へ帰る為に……最果てが見えない『狭間』を、白一面の異次元を共に行く決意をする。


 それはそれとして、二人になかよしこよしするつもりはないので。


「情報共有は必要最低限、だ。無駄話に洒落込むつもりは欠片もない。会話など不要……不愉快極まりないからな。精々私の役に立て」

「当たり前だよ。お互いに不干渉なのが一番良いもん」

「ハッ」

「ケッ」


       「「───やんのか?」」



───こうして、光の勇者と闇の魔王の、永きに渡る旅は始まったのである。


 何処までも、終わりがない『狭間』を……歩いていく。


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― 新着の感想 ―
こんなに仲いい感じの二人がこんなに仲悪かったんだぁ… 前も言ってたあの何年かが原因?とか言ってたのはこの期間で起こるのかな?
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