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まおー様、逝っきまーす!  作者: 民折功利
CHAPTER.1「死にたがりの悪役人生」

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11/51

01-10:休日の一幕


───真宵と日葵を養子として迎え入れた教育者たる家主は、彼女たちが通う学院上層部の人間なのもありかなり多忙な生活を送っている。

 休日であっても仕事や私用で留守になるのが大半。

 養女二人との交流は年々少なくなり、最近は滅多に帰って来れない。本当に忙しくて帰宅が困難になった立派な社畜マンなのである。深夜に帰宅するばかりで家で過ごす時間は本当に少ない。

 教頭先生が張り倒して自宅送還する時以外はろくに休まない。


 故にこの休日も家では娘二人だけが過ごしている。


「すぅ……すぅ……んんぅ……」


 二階にある一室。突き当たりにある壁一面も天井もオールブラックにコーディネートされた部屋の主は、静かに寝息を立てながら眠っていた。

 滅多にない完全な休みを謳歌しているのは真宵。

 異能部と黒彼岸の仕事が双方休みであり、連絡一つ繋がらないよう強めに設定して完全な自由を手にした彼女は、これ幸いにと疲労が溜まった身体を癒す為にかれこれ16時間は布団に篭っていた。

 うち睡眠時間は15時間。寝るまでと二度寝のロスを多分に含んでの長期睡眠───超爆睡中である。

 そして現在時刻は昼直前の11時半。起きろ真宵。


 黒色の重たいカーテンに日光が遮られた部屋の中、真宵の寝息と壁時計の音のみが静かに鳴っている……そんな静寂を破らんと、部屋の外から近付く気配。

 暗闇に差す一筋の光は廊下から入ってきたもの。

 逆光に照らされたその人は、ゆっくり真宵が夢見るベッドへと近寄っていく。


「おはよーございまーす」


 日葵だ。


 家事掃除洗濯の全般を取り仕切る日葵は、これ以上真宵を眠らせるのは身体に悪いと判断を下し、早速とばかりに起こしに来たのだ。

 小声で囁きながら、身体を揺すって起床を促す。


「ぅぅ…ゃだ……」

「むぅ」


 だが真宵は目覚めない。ほんの一瞬起床しかけたがすぐに眠ってしまった。それはもうイヤそうな表情で身動ぎして寝返りを打ちそっぽを向いてしまった。

 余程休日の全てを睡眠に費やしたいらしい。

 本人曰く一週間分の睡眠時間を寝溜め……もしくは取り返すのだとか。それにどれだけ意味がないのかは本人が一番よくわかっている。気持ちの問題だ。

 そんな夢の世界にしがみつく真宵の寝顔を鑑賞する日葵は、やれやれと首を振る。


「……仕方ないなぁ」


 ここは素直に寝かせてあげるべきかもしれない。

 思わず深い溜息を吐いた日葵は、真宵を起こすのをすぐに諦める───


「でもダメだよ」


 わけもなく。布団に手を突っ込んでその中を───真宵の身体、胴体や首、脇に足やらを容赦なく勝手にくすぐっていく。

 容赦のないこちょこちょ地獄の開幕である。


「んっ……ぅ、んひゅ!? ぃ、くふっ、ふひゃ!? あっ、ぉ、あひっ!?」

「んふ、おはよー真宵ちゃん! 朝だよ!」

「ぉ、おあよっ……っ……はぁ……はぁ…くひゅっ、っぁ……」


 荒い吐息を吐いて真宵は目覚める。焦点のあわない双眸は暫く虚空を眺め、数瞬して下手人を見つけたら納得すると共に端正な顔を歪めた。

 満面の笑みで顔を覗き込む日葵に嫌悪を滲ませて、真宵はその腹に蹴りを一発突き放す。

 アイドルグッズが置かれた棚が一つ崩れたが、また直せばいいと心を宥めて溜息をまた零す。

 朝からイヤなもんみた。真宵の率直な感想である。


「すぅ、はぁ………ふぅ……んんっ、んんんっ!」


 荒れた呼吸を正して、寝起きで上手く働かない脳を無理矢理起動。いつものように頭を酷使して下手人に殺意混じりの睨みを利かせる。

 ただそれが通用するとは限らないのが悲しい現実。

 真宵の弱点を知り尽くした女は、軽い空気で笑って許しを乞う。


「かわいっくてつい……ゆるして?」

「口の中に濃厚凝縮デスソースver.3を流し込んでやる覚悟しろ」

「なにそれ怖い! 死んじゃうやつじゃん!?」

「大丈夫。ボクは死ななかった───二度とあんなの飲むもんか」

「体験済み!?」

「自殺の道は千里から。挑戦しないのは正しくない。当たり前だろう?」

「ツッコミどこ多いな」

「黙れ畜生」


 実際に影の中から地獄のように真っ赤な液体が踊る薬品用ガラス瓶を取り出してみせる真宵───新しいイヤがらせの方法を思いついたかのようなその顔は、すぐに歪むことになる。

 何故ならこのデスソース、完全密封されている上に魔法でコーティングされている筈なのに、その封印を突き破る強烈な匂いが、脅威の辛味が漂ったのだ。

 常軌を逸した死の液体。

 それを間近に浴びた二人は顔を顰める。顰める所か生理的な涙が浮かび上がる始末。数年前に作ってから日の目を見なかった劇薬だが、何故だかその時よりも辛そうに見える。まさか熟成でもされたのだろうか。

 やらかしたことを察した真宵はより涙目だ。

 もう痛い。とても痛い。目が痛い。ガラス瓶を暫く影に吊るしたまま硬直してしまうぐらいには。

 ハッと意識を取り戻した真宵は、私室が赤黒い死の刺激臭で満たされて立ち入り禁止にされる前に影へと再びガラス瓶を落として封印。より厳重に、万が一がないよう雁字搦めに闇で縛って浮上できなくした。

 更に遅れて日葵は風よりも早く動いて窓を全開にし空気を入れ替えた。


 この間2.4秒───部屋に匂いがつく未来は駆け足で消え去った。


「すーはー」

「すーはー」


 空気が美味しい。とっても美味しい。二人は初めて新鮮な空気に有難みを感じた。

 あの瓶は必ず処分しよう───犯罪者の口とかに。

 そう非情な決断を下して、眠気が一気に吹き飛んだ真宵はベッドから下りる。勿論日葵が支えようと手を差し出して、真宵も遠慮なくその手をとる。

 瞬間、身体に腕を回され日葵に抱き締められた。

 計画的犯行。なに一つ懲りていない。とっくの昔に諦めの境地に居座る真宵はもう抵抗もしない。すればするほど相手の思うつぼだとわかっているから。

 身動ぎすれば接地面積が増えると喜ぶのが日葵だ。これには恐怖しか湧かない。


「お昼ご飯なにがいーい?」

「……オムライス」

「りょーかい。じゃ、早く下りてきてね───着替え手伝おっか?」

「いらない」


 善意の申し出を断れば日葵は勢いよく部屋を出て、すさまじい音を立てながら階段を駆け下りていくのが真宵の部屋からでも聴こえる。

 そこまで急ぐ必要はあるのか否か。

 真宵は役に立たない思考をすぐに止め、気分転換に窓枠の外へ目線を送る。


 閑静な住宅街。高台にあるからか魔都を一望できる良物件に真宵は住んでいる。休日なのに学院方面から賑やかな気配を察知した真宵は、いつも元気だなぁと年寄りじみた思考でシャットアウトした。

 休日になってまで学校を見たくない。

 そんな思いで空を見上げた真宵の目に映ったのは、細長い雲が渦巻いて空を揺蕩っている光景。螺旋する銀河のような雲は、アルカナの中心地であるタワーを軸にするかのように回っているのが見て取れる。

 風が渦巻いていなければ見れない不可思議な光景。

 見慣れたその現象は、世界空想化(エーテルアウト)と度々提唱される地球とエーテル世界の同化現象。300年前の震災以降世界各地でみられるようになった異常な景色。

 特に害はない渦の空模様を冷めた目で眺めながら、現象の原因とも言える立ち位置の真宵は、幾度目かの欠伸を噛み殺した。

 そして、開け放った窓を閉めて踵を返す。


「───まだ、願いは終わっていない……か」


 ふと呟いた言葉は、誰にも聴かれることなく虚空に霧散していった。






       ━…━…━━…━…━






 それから数分後、一階。

 キッチンから聞こえる小気味よい音と、楽しそうな鼻歌がリビングで寛いでいる自堕落な真宵の耳にまで届く。先日発令された家事します宣言はいつの間にか撤回されたようだ。ソファの上で体育座りする真宵は家庭の全てを今日も日葵に一任して、特になにかするわけでもなくボーッとしている。

 働かないときは徹底的に働かないスタイル。

 いつものおしゃべりも今日は也を潜め、小一時間は無言を貫いていた。


 相手してくれる人がいないから静かにしているとも言える。


「ふんふふ〜ん♪ よーっし、真宵ちゃーん!」

「……ん?」

「お茶とか運んどいて〜」

「ん」


 気分良さげに料理する日葵は、強炭酸を混ぜて半熟トロトロになった卵黄の布団を米の上に被せる作業に集中しながら、必要最低限の返事しかできなくなった真宵に動くよう要請する。

 八十谷弥勒化した真宵は無言で頷いて行動を開始。

 スプーンやコップを棚から取り出して、濡らされたタオルで拭いた机の上に全てスタンバイする。


 そのまま椅子に座って、スプーン片手に飯を待つ。


「はい、できたよー」

「〜〜♪」


 手作りケチャップで描かれた異様に綺麗なハートが目立つオムライス。丸い皿にギリギリ収まるサイズの黄色い料理を目にして真宵の目は輝いた。

 真ん中のハート型からは目を逸らしている。

 ここで余談だが、真宵の好きな料理はオムライスやハンバーグといった子供っぽいモノが多い。故にその喜びようはご覧の通り。

 普段の不機嫌そうな顔色とは大違い。

 いつも以上に機嫌が良さそうである。心做しか目に光が点っている。


「いただきまーす」

「……いただきます」


 エーテル世界では「いただきます」といった挨拶を毎食言う習慣は無かったが、二人は今世の故郷である日本の流儀に沿って今は言っている。

 郷に入っては郷に従えの精神だ。

 真宵はともかく、日葵は日本の文化をいい文化だと心の底から思っている。

 テーブルマナーは悪いがカチャカチャと音を立てて皿から掬い上げたオムライスを二人は口に運ぶ。炭酸仕込みでよりふわふわになったオムライスがスプーンから滑り落ちる前に咀嚼すれば、西洋混じりの美味が口の中に広がった。


 思わず破顔。顔に出るほど美味しかったようだ。


「おいしい」

「それはよかった」

「……むぅ」


 美味なのは確か。日葵の調理技術が以前と比べても日に日に成長していることは事実だと認めるとして、自分たちの料理スキルの差を知ら示された気分になり真宵はなんとも言えない気分になる。

 良く言えば羨望、悪く言えば嫉妬───そういった感情を隠さずに顔を僅かに歪める。

 大変かわいらしい理由に日葵は笑顔になった。

 普段表情を装っている嘘つき娘が自分の前では例え無意識でもちゃんと素を曝け出してくれていることに喜びを感じていた。

 食事に夢中なのか真宵はその反応に気付かない。

 当初は不満気な顔でぶすっとしていたが、一口の度口角が上がっているので問題はないのだろう。非常な満足気に咀嚼している。


「ちょろいなぁ……」

「ん? なにが?」

「なんでも。真宵ちゃんかわゆって話」

「ふーん?」


 簡単に丸め込まれた真宵は、納得言ってなさそうに首を傾げるが日葵はそれ以上の追求を許さない。

 スプーンで掬ったオムライスを食べさせる。

 寸でのところで「あーん」に耐えたが結局食欲には勝てず仕舞い。


 端的に言って真宵はちょろい。すっごいちょろい。それはもう本当に……かつて魔王だったのかを誰もが本気で疑うレベルでちょろい。

 疑ったり警戒したり騙してる割にすぐに近付かれて最終的には絆される。相性問題はあるが、気が合えばすぐに絆レベルが上がって友人までは到達できる。

 一定ラインで差し止めになるが。

 そもそもの本質からして孤独が嫌いなのだ。大抵は誰かと一緒ないたがる。男女問わず素を見せた相手にぬくもりを求めて無意識に近寄ったり、無意識に服を掴んで逃がさないようにしたりと危なっかしい。

 それが真宵の弱さ。


 その反転とでも言うべきか、興味無い相手や会話の価値を見い出せない相手にはかなり淡白な、それこそ冷たさしかない反応しか示さない。

 毒舌や辛辣な物言いは好意の反転。

 異能部や黒彼岸の面々はそう考えると談笑と喧嘩ができる程度には仲良くなれていると言えるだろう。

 真宵本人は頑なに認めないだろうが。

 ……日葵もまた友好度上昇率が高い傾向にあるのは言うまでもない。似た者同士だ。


「そういえば真宵ちゃん。最近の任務どう? 平気? 両立できそ?」

「ん……まぁ平気ちゃあ平気。面倒なのが多いだけ」

「ほんとかにゃー」

「かわいこぶるな……わかったよ。万が一はないけどなにか問題があれば言うさ」

「言わないやつじゃん」

「言う言う。絶対言う。真宵嘘つかない」

「えー?」


 同衾してまでぬくもり求めくるのに? うっそだぁ。

 という本音は口からまろびでる寸前に喉元を抑えて食い止めた。言ったら最後記憶が消えるまで脳みそを刺激されるのは言うまでもないからだ。

 日葵はあたたかい目で真宵を見つめることにした。

 強情な元宿敵現最愛が、いつか一つだけでも弱音を吐いてくれるのを期待して今だけは待つことにする。言わなさそうだったら無理に吐かすまで。

 グレーラインはなんのその。勇者はなんでもなる。

 勇気ある者なので。


「……あぁ、でもアレだね」


 そう改めて定義付けをしていると、真宵がなにやら思案気に呟いた。虚空を眺めながらオムライスを口に運ぶ真宵は、疑問符を浮かべる日葵に言葉を投げる。

 日葵は口元に付着した色つき米粒を見逃さない。


「ぼちぼち動き出さなきゃだなぁ」

「……方舟の話?」

「そ。まぁどうするかは何一つ決めてないし、考えてすらいないけどねぇ……」

「ふーん……犠牲者はできるだけ少なくしてね?」

「留保しとくよ」


 異能結社“メーヴィスの方舟”。裏社会で名を馳せる新世界最古にして最大の犯罪シンジゲート。表社会に与える影響もバカにならず、知らない存在は赤子以外いないとさえ言う。

 三つの位階が支柱となる組織は二人の悩みの種。

 用途不明の実験や計画に支障が出る要人や技術者、警官などの始末、優秀な異能者を勧誘して迎え入れるなど多岐にわたる活動を300年続けている組織。 

 そして、今も尚組織と計画の全貌が見えていない。

 第三団(グレイル・オーダー)───第三団《月の杯》の総員や定義すら把握できていない正義機関が大半だ。総帥に至っては影も形もなく、歴史の表舞台に現れたことは一度たりともない。


 真宵が知る“あの子”らしくない徹底的な情報秘匿。どこか違和感を感じてしまうぐらいにはメーヴィスは秘密主義の塊であった。


 そしてこの組織、真宵と日葵の二人を引き合わせた運命の方舟でもある。

 この点だけは日葵も評価している。

 可能性としては有り得たのだ。まず出会うことない未来が。


 ありがとうメーヴィス。サンキューメッヴィス。


 ……さて、方舟にこっそり潜んでいる本物の魔王はなにやら大きな企みがあるらしい。

 きっとそれは、誰にとってもどでかい山場になる。

 そうは言っても予定は未定。現状なにも決まってはいないようだが。


「……最悪は想定してしかるべきか」


 真宵は己の異能───権能に絶対的な自信がある。


 万物を黒く染める神魔の深淵。

 あらゆる事象を己の色に塗り替え否定する改変術。

 肉体の異常を拒む不壊不滅の身体強化。

 悪性物質そのもである月の呪い。

 記憶を魂に刻むと同時に、記録した情報を現実界に顕現させる叡智。


 それら五つの全てを総括した闇の権能。

 全てを虚しく平等に平らげる闇は、あらゆる全てを侵蝕する。


 転生特典と真宵が称するそれらは、生半可で凡庸な異能如きなどでは基本太刀打ちできない。

 仮にできても不可能を可能にするには限度がある。

 つまり。洞月真宵というベールに隠された正体も、前々世という眉唾な真実も暴かれることはない。


 だがしかし。唯一真宵が権能で隠蔽工作していない真実が一つだけある。

 それが“黒彼岸”───掃除屋としての側面だ。

 本人がバレても構わない、バレたところで本格的な支障はないと判断を下したからこその油断。もし仮にそこを突かれれば異能部の面々は真宵の側面の一つを知ることになるだろう。


 だが、真宵にとって黒彼岸はそこまで隠したいモノではない。言ってしまえば隠れ蓑でしかない。最後に魔王であることがバレなければそれでいい考えだ。

 掃除屋だと暴かれて待っているのは戦闘だろう。

 そして、元来戦闘狂の質がある真宵にとって戦闘はメリットしかない。人間の一生の倍を戦が頻繁にある異世界で生きたのだ。戦闘そのものに生の実感を抱くようになるのも無理はない。

 それに加え、戦いの末に死ねるかも…という真宵の本懐を遂げる展開もありえるのだ。

 デメリットを挙げるなら今までのような生活がまず困難になる程度。それも最後に死ねてしまえばなんの問題もなくなる不要な心配でしかない。

 つまりどんとこいの精神だ。傍迷惑この上ない。


 そも魔王が掃除屋になっているなど誰も思わない。


 ……表向きの正体が暴かれたところで真宵になんのダメージもない。魔王になった時点でイメージダウンなど今更だ。 


「どっちも隠せば良いのに」

「んー、それじゃあツマンナイし……快不快がボクの行動指針だよ? それに……現実の書き換えで騙すのは結構疲れるんだ。なるべくやりたくない……魔王のでだいぶリソース割いてるんだ。これ以上はめんどう」

「なるほど?」

「わかってないだろ」

「うん」


───いつかきっと、必ず異能部や異能特務局により丹精込めて造った偽装は暴かれてしまうだろう。例えそれがもう一つの真実を隠すモノであれ。

 真宵は異能部の面々をかなり評価している。

 普段からぞんざいな扱いで貶してはいるが、彼らの優秀さを真宵は知っている。ここ一年の時点で幾つか疑問を持たせているのだ。バレるのも時間の問題。

 いや、彼らが真実に辿り着くのもすぐなのだろう。


 だから真宵はそれまでの安寧を、束の間という名の平穏を楽しむのだ。


「んむっ……あ、バレた時は庇わんでいーよ。掃除屋やってるの知ってた報告は別にいいけど。うん、特に言うことないや」

「……そっか。うん、わかった」


 本当はわかってなんかいないが。加担しているわけではないが、下手に勘繰られるよりはマシだと真宵が考えていることはわかる為、日葵も無理に言えない。

 それはそれとして自分の好きなようにやるが。

 真宵が大きく曖昧な目標を立てているように日葵も目標を掲げている。

 大っぴらには言わないものの、いずれ真宵の為にもなる目標を。


 無論そこに私利私欲が無いかと詰められればなにも言えないだろうが。


「んっ……食べた食べた」

「美味しかった」

「ふふっ、ありがと」


 談笑しているうちに円皿は空になり、ケチャップの跡だけを残して二人はオムライスを完食する。そして最初は満足気な真宵だったが、気に食わないことでもあったのか顰めっ面で日葵を睨み始めた。

 ……どうやら会話の内容が面白みがなく陰鬱すぎてお気に召さなかったらしい。


「……なんか湿っぽくなったな。キミのせいだぞ」

「あはは、ごめんて。はいお詫び」

「──────にによんの季節パフェ!!」


 お詫びと称して冷蔵庫から取り出されたのは洋製の紙の箱に入った赤色のパフェ。桜の花弁が添えられた季節感あるパフェだが、そのメインは大きないちご。

 いちごと桜のコラボレーションという限定品。

 少食でお腹いっぱいな真宵が目を輝かせ、スイーツ別腹理論で食いつく程には大好物な洋菓子店のパフェである。


「買おうと思ってたんだよねー」


 真宵が絶賛して依怙贔屓する洋菓子店“にによん”。

 季節毎に変わる限定パフェシリーズは店一番の人気商品であり、真宵も月に最低4回、週に1回のペースで買いに通っているぐらいには愛好している。勿論の話他のスイーツも爆買いしている、大変金払いのいい客なのである。ちなみに株主でもある。匿名希望の癖に最大額の出費者である謎の富豪とは真宵のことだ。

 真宵が割く金の使い道の一つ。あとは骨董品漁りと前世から推しのアイドルを追っかける時ぐらいにしか使わない。


 献上された瞬間真宵は迷うことなく愛用のパフェ用スプーンを棚から影を伸ばして取り出す。

 そして、美味しいがいっぱいの所を狙って一掬い。


「んん〜♪ すきっ。ハズレは無い」


 一口目で破顔。機嫌は一瞬で治った。オムライスを食べていたとき以上の満面の笑みで真宵はにによんのパフェを堪能する。日葵はその笑みを見る為にこれを買ったと言っても過言ではない。

 内心ジェラってるが。次は私が勝つ。

 午前中は日葵自身暇だったらしく、気分転換込みで買いに行ったようだ。全ては真宵の為に。


 この魔王、完全に甘やかされている。


「ありがと」

「うん、どーいたしまして♪」

「……あーん」

「! んふっ、あーん」


 あまりにも綺麗な笑顔を見て、真宵は少し逡巡して桜味のアイスと生クリーム、いちごの果実を一纏めに掬い上げて日葵の口へと運んだ。

 幸せのお裾分け、もしくは日頃の世話の感謝。


 パフェ一つで食卓の笑顔は帰ってきた。おいしいは偉大である。


「「ごちそーさまでした」」


 手を合わせて食事終了。デザート付きのお昼ご飯は満足度の高いものとなった。

 日葵は真宵が幸せな姿を見てれば満足らしい。

 勇者は他人の幸せを優先しなければ生きていけない宿命でも持っているのだろうか。


 食器を水に浸けて、二人仲良くソファに並ぶ。

 寝転んだ真宵がつけたテレビからは丁度CMが流れ、気になって番組表を見ればこの時間帯は散歩で話題のバラエティらしい。

 チャンネルはそのままに、画面を眺めながら話す。


「今日は古都巡りだって」

「京都側? 大阪側?」

「うーんと、位置的にピンが下の方指してるから……オーサカかな?」

「なゆほど」


 異世界衝突によって変わり果てた日本国は、今も尚アルカナ皇国と名を変えて存続している。

 画面に映るのは新日本を構成する三大都市の一つ。

 崩落を免れた───正確には地盤隆起で生き残った京都と大阪を合併することで生まれ変わった、三日月地形の上にある地、“古都ミカヅキ”。

 裏部隊での任務で行った回数の方が多い和様都市に思いを馳せて、真宵はテレビを眺める。


「フーリューって奴だね。また行きたいなぁ」

「……ボクはそんなだけど。あそこの異能部にあんまいい思い出ないし」

「犯罪者やってる方が悪いよ」

「論破すんな」

「事実だもん」


 震災以降も現存する歴史的建造物や、沈んだ街から引き上げられた旧文明の遺物に、伝統料理や工芸品、古都ならではの和菓子、舞妓たちのおもてなし……

 風情など理解しない真宵でもそれなりに興味が湧く内容が流されている。


「……ちょっと」

「えへへ」


 ボーッと画面を眺めていた真宵の隙を見て、日葵はすかさず抱き着く。寝ている体勢だからか共に寝転びくっつく日葵。嫌そうな顔で抱き着かれる真宵の顔を見ても気にせずに日葵はより接触面積を増やす。

 ギュッギュッと抱き着いて真宵の身体を堪能する。

 抵抗虚しくされるがまま。真宵は動けなくなった。正しくは心の底から疲れたように溜息を吐き、全てを諦めた虚無顔で求愛行動を受け入れていたのだが。

 毎日懲りずに抵抗する真宵も、今日は抗う気力すら起きない様子。


 暴れることすら億劫になり無抵抗になった真宵に、なにを勘違いしたのか日葵はその反応に許しが得たと判断して全身をより強く抱き締め始める。

 互いの体温を感じられる最低距離。

 それを維持しながら、優しさという名のぬくもりに二人は沈んでいく。


 日葵は真宵をぬくもりに閉じ込め、耳元で囁く。


「あったかいね」

「……そう、だね」

「……素直になって良いんだよ。今は私たち二人しかいないんだから」

「…………ん」


 日葵のその一言で、真宵の纏う雰囲気が変わった。


 不運にも大好きになった……なってしまった日葵の体温に包まれ、優しく頭を撫でられた真宵は、やっと身体の力を抜く。

 そして自ら身体を寄せて、日葵の肩に顔を埋める。

 抱き締め返してグリグリと顔を押さえつける。普段ボヤく姿はそこにはなく、文字通り素直に感情表現をする真宵の姿があった。


───ストレス過多。溜め込んでいたのか、そのまま延々と身を任せる。


 第三者がいる前では、滅多に見せない甘える姿を。


「ひまちゃ…」

「だいじょーぶ。私はここにいるよ」

「んっ……」


 魔王カーラには空白の期間が存在する───それは5000年にも及ぶ孤独であり、未だ真宵の脆い心を蝕む瑕疵となって引きずられているトラウマの根幹。

 紆余曲折を経て始まった孤独の旅程に、魔王として培った尊厳などは打ち砕かれた。

 今や残るのは過去の宿敵に撓垂れ掛かる骸の廃人。

 蕩けた瞳を向けて、更に頬を擦り付ける。精一杯の愛情表現は、孤独を癒す───依存した果ての行為はかつての仲間にも、同士にも、配下にも見せたことがない弱った姿。それを一心に受ける日葵は愛しい者を見る目で真宵を見つめている。


 羞恥心を盾に凌ぐのは受け入れれば最後、身も心も壊れてしまうと察しているから。拗れに拗れて素直にならない現実。

 今も尚一度心を壊された孤独に囚われている真宵は魔王らしくもなく怯えている。


 だから普段は否定する。

 愛情、友愛、親愛。その全てを真宵は拒み、自分が理解できる形に自己解釈して誤魔化す。見えない形で想いが蓄積していることに気付きながらも。

 それ故に反動が大きく、真宵は壊れる。

 溜めに溜めた想いの塊を、いつだって日葵が一気に吐き出してやる。


 周りに邪魔する者などいない、二人だけの空間。


───真宵が時間限定の甘えモードを解除するまで、都祁原(つげわら)邸は静寂に包まれるのであった。


次章に入る前に過去編×9と繋ぎの一話を挟みます。

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