反故の縁(えにし)1/2
朝。
日差しが差し込んだアール街の広場は活気に満ち溢れていた。
冒険者ギルドにも多くの人が集まり朝から賑わっていた。
ギルドには冒険者達が依頼の確認や受注をしたり仲間と情報交換する為に集う以外に別の目的がある。
それはギルド内に食堂や図書館が併設されている事が理由にあたる。
図書館には、モンスターや歴史に関する資料が数多く保有されている。
そのため冒険者を志す者はここで本を借りて試験勉強に臨む者も多い。
ドーマルの自室にあったモンスター図鑑はこの図書館で借りていたものだ。
図書館から正反対に位置する場所には食堂がある。
食堂の営業時間は早朝からというのもあり窓口で承諾手続きをした後、ここで腹ごしらえをして依頼をこなすという者が多い。
ギルドに早朝から人が多くいる理由はここにあった。
そんな中、端にある窓口の前で4人組の男達がまるで嵐が過ぎ去るのを耐え忍ぶように佇んでいた。
異様な光景を見て彼らの側に近寄ろうとする者はいなかった。
「……それでドーマルさんのスライムがギラホーンを押さえつけて事なきを得た……と?」
「そうだ! い、いや〜まさにテイマーとして底知れない卓越した技術だった……ぞ!」
「ミレーユにも見せたかったぜぇ〜……」
「やはり学びというのは、け、経験の中で熟していくという事だな!」
「ラーバの言う通り! いや、殊勝な心がけだぜぇ!」
その場で取り繕える言葉選びが出来ることもまた、長年冒険者をしてきた中で彼らが培ったスキルであった。
「……えぇ見たかったですよ」
その連携は職人技といえよう。
……人によってスキルが通じない事を除けばの話だが。
「……あなた達の蛮勇さをこの目でねぇ〜!!」
グシャァッ!!
握りつぶす勢いでゲルトン街から送られてきた請求書を持つミレーユ。
彼女の雷が真正面にいるポドフ達に落ちた。
((((ひっ))))
その場にいる男達は無意識の内に内股になっていた。
「あ・れ・ほ・ど!! 危険な状況になったら即撤退と言ったでしょうが!」
彼女の台詞には少女にはおおよそ不釣り合いの怒気が込められていた。
「い、いや! 俺たちはそのつもりだったんだがな!?」
「だったらなんですかぁ!! この請求書は!?」
弁解の余地を許さない彼女の追求がポドフを牽制する。
「そ、その……”試したい事がある”って言って聞かないやつがいてよぉ」
「へぇ〜!? 試したいと!? 誰が!?」
間髪入れずに窓口から次なる怒号が飛ぶ。
「お、お隣の彼がでしてよぉ」
ダビスがミレーユの勢いに気圧され思わず横のドーマルに指を差した。
「……はっ」
ドーマルが3人の浴びていた怒号の矛先が自身に向いた事を即座に理解したのは、彼が特別な冒険者だからというわけでは無い。
「え、えっと……!」
今回の騒動の原因である事をどう取り繕っても弁解できない立ち位置であると理解したのは、彼が冒険者として生きていく上での立ち回りを考えていく際に重要な気づきであったのは確かだ。
(こういうのは最初に怒られといた方が後々、有利だぜ兄弟)
(怒りのコントロールが上手いやつ相手にはな)
(後はお前に譲るぜぇ兄弟)
「えーとですね……」
「……ド〜マルさぁ〜ん?」
よそ行きの口角を維持したまま発端の原因であるドーマルに狙いを定める。
(……ミレーユの彼氏ってこういう時どう接してるんだ?)
(このプレッシャー! まるで……いや、よそう)
(こういう時のミレーユは占い師みたいにこっちの考えてる事当てるから沈黙が正解だぜぇ……!)
彼女の顔の動きに合わせて揺れる髪飾りが、彼には刃の様な突きつけられた様に思えた。
「ご、ごめん! ポドフ達を扇動したのは俺だ。言い訳はしないよ」
「こんなとこで素直さを発揮するんだったら、森でさっさと発揮してください!!」
「ごめん!」
「まったく!! あなたをポドフさん達に任せた私がバカでした!!」
「ごめん、もうしないよ」
「あなた達がした事、本来ならギルドから相応の処罰が下されてもおかしく無いんですよ!!」
「えっ!?」
「なんだ兄弟、知らなかったのか?」
「冒険者は、命の危険を感じたらその場から直ちに離脱してギルドへの情報共有を迅速に行う……これは冒険者がギルドから貰った冒険者カードにも記載されてる基本的事項だ」
「……二次的被害を起こさない様に冒険者協会で規定された冒険者の心得です。もしそれを破ったなら、規則違反したとみなされ冒険者として行動に大きな制限がつくんです!」
「な、なんだって」
ドーマルは冒険者カードを貰った際、冒険者になれた喜びのあまりカードの内容を隅々まで読んでいなかった。
「ところで、なんでここにその処罰に関する報告が来ないんだ?」
「それはゲルトン街から規則違反に関して不問にする旨の手紙が届いたからです!」
「え? ゲルトン街から?」
手紙の発送元にドーマルは驚きを隠せなかった。
「……あの街の収益は観光業が大半なんです。もしギラホーンがあの森で暴れてたなんて事が知られたら客足が遠のいて街全体が立ち行かなくなります」
(確かにゲルトン街に来た時はかなりの客でどこもかしこも賑わっていたな……)
ドーマルはふと自分が初めて来た時のゲルトン街の光景を思い出した。
「その収益から森の維持費が充てられるからな。もしギラホーンの騒ぎが大きくなると、街にくる観光客が減って維持費の回収も難航してしまうってわけだ」
「観光業で人が来なくなるのは確かに死活問題だな……」
「あちらさんからしたらぐうぜん居合わせた冒険者達がこの騒動を収めてくれた形になるな。モンスター撃退となると、依頼料も高くつく」
「懐事情にも貢献したってとこか。それもあって今回の違反の件は多少、融通を利かせてくれたんだろう」
「つまり今回の件に関して感謝するし違反にも目を瞑るが、その時に生じた被害はきっちり払ってもらうってことか……」
ポドフ達の説明でようやく手紙の内容を理解したドーマル。
「ふっ、向こうも抜け目がないってことだな」
「さっすが、商人の街だぜぇ」
一本取られたと言わんばかりに悪童の様な笑みを浮かべるラーバとダビス。
「他人事だと思ってあんたらはぁ〜……!!」
ミシィッ……
((((ひっ))))
「だぁれがこの請求書の対応すると思ってるんですかぁ〜!!」
このやりとりを遠巻きに見ている連中にも彼女の怒気が凄まじいものである事は伝わっていた。
(やべぇな今日のミレーユ……)
ドーマル達同様恐れ慄く者。
(そんな……いつも可憐なミレーユさんがあんな……)
普段とのギャップに面食らう者。
(今の彼女に絡むは猛獣のいる檻に手を入れるが如く所業! ここはほとぼり冷めるのを待つべし!)
様子見に回る者。
彼らの反応は様々だった。
だが猛獣を手懐ける者もいる。
「おはよミレーユ、どしたの?」
殺伐とした雰囲気の中、1人そこへ切り込む者がいた。
「あ、あれって確か……」
「ス、スザクじゃないか……!」
スザクの登場でドーマル達を遠巻きに見ていた冒険者達にどよめきが起こった。
かつての彼女を知る者にとって彼女がこの場にいるという事実は、そういった反応をするのに充分であった。
「やっほ、ミレーユ。また厄介ごと?」
「ス、スザクゥ……」
(またってどういうことなんだ)
◇
「ふーん、要はこいつらの後始末を?」
ミレーユから事情を聞いたスザクは開口一番にそう呟いた。
「そうなんです! 全く! 朝から大仕事確定なんて勘弁してほしいです!」
「そっか。ミレーユはいつも頑張ってるもんね」
「ポドフさん達はいっつもこうなんです!」
「無理しないでね私がついてるから」
「スザクゥ……!」
スザクの励ましの言葉にミレーユは嬉しさが込み上げた。先程までの怒りはすでに無くなっていた。
(さっきの怒気はどこに……?)
(こういうもんだと思っとくといいぞ兄弟……)
感嘆の声をあげるミレーユ。
先ほどの剣幕とは打って変わった様子を見て呆気に取られるドーマル達を他所にスザクが話を進める。
「とりあえずはさ、こいつらの依頼報酬から天引きしたら?」
「「「「ゑ!?」」」」
スザクの提案に、青ざめる4人。
「……確かに! 幾分かはマシになるかも!」
横目で算盤勘定をするレミーユの瞳に輝きが増した。
「うん、そうしよ。あんた達それでいいよね?」
「お、おいスザク」
「ん?」
「て、天引きはよ……ちとあれじゃないか? 俺ちゃゲルトン街から感謝されてるしよ」
「めでたしめでたし、でいいんじゃねぇか?」
「……ほぉ。感謝された以上、格好がつかないと?」
「そ、そうなんだよ」
「……分かった」
そういうとスザクは彼らに背を向けた。
(ほっ……)
(見逃してくれたか……)
ポドフ達は安堵した。
天引きの話はこれで取り下げに……と思いきや彼女は突如、身を翻した。
「……ありがとぉ〜♡ 冒険者さんっ♡」
予想だにしていない愛想の振る舞いに皆一同がその場で固まった。
先ほどとはあまりにも乖離したその態度に吹き出した者もいた。
「……あなた達は天引きされます、でも感謝されました。」
そんな彼らを他所にスザクは話を戻す。
「!?」
「これなら格好がつくでしょ?」
「それは」
グシャァァッ!!
ポドフが口を挟むより先に、スザクが請求書を握りつぶした。
「めでたしめでたし、でしょ?」
「……」
ポドフが口を閉ざすのを見て3人もそれに従うほかなかった。
◇
スザクの介入もあり、窓口から解放された4人は広場へ場所を変えた。
「はぁ〜生きた心地がしなかったぜぇ、スザクのやつ。助け舟かと思いきや奈落に突き落としやがった」
「しかもミレーユにはしばらくは4人で行動しないよう釘を刺されたとなるとな」
「まだ隊長どのに会う日程まで余裕はある。兄弟はこれからどうする?」
「しばらくは単独で依頼をこなそうと思う」
「単独か……となると兄弟が受けられる依頼は今のランクだとかなり制限されるな」
「この前みたいに遠出するやつなんかはまずダメだな。俺のランクではまずミレーユが許可しないだろう」
「いや、他に方法はある」
「本当かラーバ!」
「天引きされるほどの依頼料は期待できないがそれでもいいか?」
「構わない」
「よし」
ドーマルの即答にラーバは笑みを浮かべた。
「下位ランクの冒険者でも受けられる依頼をとりあえず手当たり次第に受けてみるんだ」
「それでいいのか?」
「あぁ。駆け出しの冒険者達でも1人で受けられる依頼は命の危険を伴うようなものはギルド側で弾かれるから安心するといい」
「それに上位ランクよりも依頼の数は多いから掛け持ちして稼げるんだ。俺たちが駆け出しの頃はそうしていたぜぇ」
「なるほど、そうなるとしばらくは別行動だな。まぁ、その隊長がいるギルド本部に向かう日まではそれでやるか」
「それがいい。それに隊長どのにも話す土産話が増えるってもんだ」
「あらためて1人での依頼かぁ」
「なーに、あのサバイバルを乗り越えたんだ。兄弟ならそこらの依頼なんて生ぬるく感じまうかもな」
「よし! 早速、依頼を取りに行ってくる。ギルド本部に向かう日程が分かったら教えてくれ!」
「お、おい兄弟! 何も今からじゃなくても」
ポドフが言い終わらないうちにドーマルはギルドの方向へ走っていった。
「……いくら何でもさっきの今だぜ?」
「今朝のミレーユを見てもう一回話しかけに戻るなんて俺には出来ないぜぇ……ドーマル! 生きて帰ってこいよー!」
ポドフ達はドーマルの行動力の速さに呆気に取られた。
◇
「勢いで戻ったものの……」
ギルドに着いたドーマルは、扉の前で早々に尻込みした。
「あの怒り様じゃ話しかけるまで相当時間がかかるぞ……」
彼は今更ながら扉の前でやきもきし始めた。
無理もない。
あれだけミレーユの雷を受ければ誰だって萎縮してしまう。
ドーマルとて例外ではなかった。
(ええい! 受付嬢が怖くて冒険者が務まるか!)
意を決して扉を開けた。
ギィィ……
扉の開く音が鳴るとギルド内は活気あふれる声で賑わい、あっという間にドーマルを包み込んだ。
(やっぱりこの雰囲気はいいな……おっといけない。窓口に行かないとな)
一瞬、雰囲気に魅入られたものの我に返った彼は窓口へと向かった。
◇
「こちらは下位ランク受付窓口です。要件はなんでしょうか?」
「募集人数1人の依頼を受けたいのですが何かありますか?」
「1人……ですか?」
「えぇ、今ちょっと懐事情がでしてね」
「了解しました。こちらで見つけ次第、お呼びいたしますのであちらの長椅子にお座りになってお待ち下さい。冒険者カードをご提示していただけますか?」
「分かりました。どうぞ」
「ありがとうございます。……ドーマルさんですね。ではしばらくお待ちください」
受付嬢に促され、ドーマルは長椅子に座って待つことにした。
◇
(ふー……)
長椅子に座り一息ついた。
彼のいる受付窓口は下位ランクの依頼が主であり、依頼を取りに来る者の多くは冒険者になって日の浅い若者が大半を占めている。
辺りを見渡すと仲間達と和気藹々とする若者達で溢れかえっていた。
「今回の依頼、楽勝だったな! やっぱ俺たちにかかればモンスターの群れなんて敵じゃねぇ!」
「てか、ウチらのチームめっちゃ雰囲気良くない? まじめっちゃ好きなんだが?」
「わかるー! 次はさ、もっと高みいきたいっていうのあるー!」
どんな依頼を受けるのか相談する者、助っ人を探す者、依頼報酬の使い道を仲間と語り合う者など将来の目標に向かって生き生きとしている姿がそこにあった。
(……)
思い思いに若さを享受する光景を見てただドーマルは心の内に湧き上がるものがあった。
(俺にも……)
友人の死をきっかけに4年間塞ぎ込んでいた間にも世間は止まることなく動いていた。
彼らもまたその流れの中にいた者たちであり、
ドーマルの様に世間とのズレを持った人間にはとても眩しかった。
(……あんな風に誰かと会話をしてる未来があったのかもな)
本来なら4年前にドーマルも彼らと同じ醍醐味を味わってたはずであったと、自らの行いに後悔する気持ちが生まれたのを彼は甘んじて受け取れた。
(彼らが俺と同じ歳になる頃には、今がきっと良い思い出として残るんだろうな……)
外との関わりを断ち自らの殻に閉じこもっていたドーマルにとってその現実は、容易に理解される辛さではなかった。
(バーコフもきっと彼らの様な時間を過ごしたんだろう)
片や冒険者協会本部勤め、片や駆け出しの冒険者。4年の月日は決して覆ることの無い事実を彼に容赦無く突きつけた。
(格好がつかない、か……)
カイラルの死を自身を鼓舞する為の糧としたバーコフと自分の夢を諦める為の理由に使ったドーマル。
両者の選択にどれほど大きな影響を与えたものだったのかをドーマルは今更ながら痛感した。
(全く情けねぇな俺は……)
若者達の希望に満ちた空間でただじっと、
自嘲しながら受付嬢の呼びかけを待つしかなかった。
「……隣いい?」
突如、声を掛けられドーマルは声の主がいる方へ顔を向けた。
そこには1人の女が立っていた。
「え? あぁ、どうぞ」
「ありがと」
そう言うとドサリと椅子に身を預けた。
女の華奢な体躯がみるみる内に椅子の背もたれに沈んだ。
「あんたも何か依頼を?」
リラックスした状態でドーマルに顔だけを向けてそう聞いた。
「そんな感じだ」
「へぇそうなの、あ。あたしキュアール」
「……俺はドーマルだ」
「そ、よろしく〜」
キュアールのあっけらかんとした物言いにドーマルは無意識に肩の力が降りた。
「キュアールはどうしてここの窓口に?」
「あんたと同じ〜」
「キュアールも金に困ってるのか?」
「話すと長くなるから今はそうしとく〜」
「じゃ、そうしとくか」
「ドーマルさんお待たせいたしました!」
「はい! じゃあまた」
「はいよ」
受付嬢に名前を呼ばれたドーマルはキュアールと軽い別れの挨拶をし、席を立った。
◇
「申し訳ございません。今ですと受注条件2名での依頼しかありませんでした……」
「分かりました、ありがとうございます」
「ドーマルさんの他にもう1人いればこれらの依頼は参加出来ますのでどうぞご理解ください」
「ありがとうございます」
ドーマルは礼を言うと、窓口を後にした。
(要はもう1人いれば良いんだ、とりあえず声をかけてみるか)
ドーマルは辺りを見回す。
4、5年も歳の離れた若者達が既にグループを作って依頼の話をしたり、情報を交換していた。
(あの仲へ入りこむほどの胆力)
彼らは既に関係を構築しているのがほとんどであった。そこに彼の入り込む余地は何処にも残っていない。
(俺にはあるっ!!)
だがドーマルには、いやサバイバル経験者にとってその様な事実はさしたる障壁にならなかった。
温かい感想、応援を送っていただきありがとうございます。
励みになります。
寒さが一段と厳しくなるので皆さんも風邪をひかないようにお過ごしください。




