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魔界邂逅史   作者: 温暖前線


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8/11

決起の試行

冒険者という憧れの職業への第一歩をようやく踏み出した男は、森で朝を迎えた。


「みなさん、おはようございます」


ドーマルは火の番をしていたポドフ達に挨拶した。


「おはようドーマル」


「おはようございますポドフさん」


「よく眠れたか?」


「はい、ラーバさん」


「昨日はありがとな! 集めてくれた木の実、美味かったぜぇ」


寝ずの番をしていたとは思えない程の快活さで挨拶を返すポドフ達。

冒険者として生きてきた彼らにとって森でのサバイバルは慣れたものであった。


「ダビスさんありがとうございます!こちらこそ安心して眠る事ができました」


「今日から最終日まで冒険者としての立ち回りの基本を行うぞ」


「わかりました!」


 ◇


 ルッケルの森には、先人達が使っていた露営地がある。その近くには広場が設置されている。


 朝食を済ませた彼らはそこへ向かった。


「スライムをここに呼んでくれ」


「わかりました」


ポドフの要請に従うとドーマルはすぐさま、後方の森へ掛け声と共に右手を挙げた。


「……来い!」


その声に呼応するように、森の中から音を立てながら何かが木の幹から降りてきたのが視認できた。


 それが昨日ドーマルが披露した召喚獣だと気づくのに時間は掛からなかった。


「……ありゃどう見てもリスだな」


「だな。これをスライムだなんて言ったら気が狂ったと思われちまう」


「俺は愛嬌があって好きだぜぇ! それに腹も満たしてくれる!」


 ドーマルの召喚獣は 3人の感想を聞いていたのか、誇らしげな顔で主人の指示を待っていた。


「呼びました。それからどうすれば?」


「これから1か月間のサバイバルはお前がそのリス……スライムを今よりもさらに扱えるための体力向上を目的とした訓練と考えていい」


「冒険者ってのは多職業をひっくるめての総称だが、結局は体力に帰結する」


「召喚獣の実力を発揮できないまま、主人が息切れしてたんじゃ宝の持ち腐れだからな」


「任せてください」


「その粋だ! このエリアは露営地までの道とは違って人の手が加えられている。だが、基本は現地調達なのに変わりはない」


「はい」


「如何に自分の知識だけでサバイバル終日まで生き残る事が出来るかが問われる最重要事項だ」


「……支給されるリュックに入った道具を使い、自然の中で起こりうる事象に対して、臨機応変に対処する。生命の危険を感じたらすぐさま救助信号を発令して監視員に助けを求める。なお、これを使用した者は次の年まで受験する事は出来ない」


「「「!」」」


 3人は表情をこわばらせた。


「……でしたよね?皆さん」


 ポドフが口を開く。


「……冒険者になって2週間も経ってないお前が何故、旧ギルド受験内容を?」


「これでも旧ギルド受験者でした……失格しましたけどね」


「……なるほど。ならこれ以上の説明は不要だ。お前は最終日まで己の力のみで生き残れ。俺達は別行動をとり、お前が不正行為をしていないかを監視する」


「わかりました」 


「では健闘を祈る。頑張れよドーマル」


「お前なら上手くやれる。危険と感じたらすぐに助けを呼ぶんだ」


「俺は出来ると信じてるぜぇドーマル!」


 そう言い残すとポドフ達は3人それぞれバラバラになって森へと消えた。


 広場は静まり返りその場にいたのはドーマルとスライムだけとなった。


 時折聞こえる葉擦れが孤独を際立たせた。


「俺は……! 俺は絶対に生き残る!」


 同時に彼にとってこの森で、1か月過ごすことはサバイバル知識を活用するのに絶好の機会であった。


 決意したドーマルをリスに扮したスライムが見つめている。


 その瞳に映る空は青く澄んでいた。


 ◇


 サバイバルを始めてはや3週間が経過した。

森を支配する静寂と冷気が、生き物の活動を無常に覆いつくしている事は、森に住むものにとって常であった。

そしてその1人であるドーマルにとっても例外ではなかった。


彼は自然の中で己という存在を懸けて、命の活動をしていた。


 ポドフ達と別れて1人、森の中で過ごす時間の流れというのは孤独を増長させるのに十分だった。


「もう3週間近く経っただろうか……」


 だがサバイバルをする中で彼も孤独に抗う術を身につけていた。


「俺はこの森での訓練を必ず合格する……!」


 独り言を呟く彼の姿を遠くから見張っている3人の気配は、ドーマルの意識の外にあった。


「どうだドーマルは? 相変わらずか?」


 普段の倍、主張を強めた無精髭から出るポドフの言葉は、すっかり痩せこけたラーバの耳に入る。


「ああ、だがここ数週間で分かった事がある」


「ほお、なんだそれは」


「どうやらドーマルのやつ、あのスライムの使用頻度を制限してるフシがあるな」


「あのスライムだ。てっきりあれに頼りっぱなしになるのかと思ってたんだがなぁ」


 サバイバルと監視を兼ねている彼らもまた、疲弊していた。


 自然での長期滞在がどんなものかを物語っていた。


「あのスライムを使えば木の実の10個や20個くらい朝飯前だろうによぉ」


すっかり丸みが取れすっきりとした見た目となったダビスが2人の会話に混ざる。


「だがもうじきサバイバルの終了間近だ。大した奴だ」


「正直、森に向かう途中でへばってしまったのを見たときはどうなるかと思ったが根性のあるやつだぜぇ」


「奴が4年も大人しくしてたなんて……」


 ……ズシンッ


 僅かに揺れを感じ取った彼らは冒険者の顔つきに変わった。


「…おい」


「あぁ」


「なんかくるぞ!」


 ズシンッ ズシンッ


 揺れは少しずつ確信に変わった。

彼らの感知できる範囲まで伝わっていた。


「ここいらで大型モンスターが出たという記録はない……!」


「じゃあこの揺れは!」


「お、おい、あれ!」


 ダビスが震源の原因に向けて指をさした。


「「!!」」


 彼の指した方向はドーマルのいる露営地だった。


 ◇


 ズシンッ ズシンッ ズシンッ


「!?」


 ドーマルは突然の揺れに驚きを隠せなかった。

 露営地に設営されたキャンプが振動によって倒れたのを見てすぐさま周囲を警戒した。


「ゆ、揺れ!? なんだ!?」


 揺れの大きさにドーマルは倒れ込み、立つ事が出来なかった。

 揺れはなおも続き、机の上にあった木の実やサバイバル道具が辺りに散らばる。


 揺れが弱まるとドーマルはその場に立ち、周囲の状況を把握する事に努めた。


「これも訓練の一環か……!?」


 そう呟くドーマル。


 しかし彼の周囲が突然暗くなる。


「暗くなった!? 今度はなん……!」


 空を見上げた時それが影だとドーマルは理解した。


 ◇


 揺れの正体はポドフ達も目視出来た。


 遠目からでもドーマルの前にいた“それ”は彼の背丈を優に超える巨体であった。


「あれは…!」


「ギラホーン!?」


 ギラホーン。

 硬い外皮に覆われた二足歩行のモンスター。

 名前を冠する頭部に生えた角を使い自分の縄張りに入り込む者を倒す。

 人の立ち入らないエリアに生息している為、こちらから踏み込まなければ決して危害を加えることはしない。


 多くの冒険者達から“長生きする者はギラホーンを知っている”とまで言わしめるモンスターである。


 冒険者を志したドーマルもこのモンスターに関する知識を待ち合わせていた。


 この状況下で頭をフル回転させて総動員した知識と照合した際、眼前のギラホーンとそれとを照らし合わせた際に不可解な点を見つけたのだ。


(ツノが未発達の個体? いや……!)


 それを見つけたのは彼だけではなかった。


 ◇


(あのギラホーン……ツノが無いのか!)


 ギラホーンの性別判定にはツノの長さが鍵となる。長ければオス、短ければメスといったように判別される。ドーマルが対峙したギラホーンはツノの判別上メスだが、体格はオスと推測される。


 ギラホーンの名を冠する“角”がこのモンスターの最大の特徴と言える。

 頭部に生えた角は縄張り争いやメスの奪い合いで使う事が多く岩石を貫く硬さを誇る。

 彼らの怒りを買った対象はタダではない済まない。


 そんなギラホーンの最大のアイデンティティと言える角だが本来、根本から先端まであるはずが途中で消失していた。


 斬られているツノの切断面がまるでヤスリにかけたように真っ平だった。


(有り得るのか……!?)


 そんな考えが頭に一瞬浮かんだが、すぐさま現状の把握に切り替えた。


 彼の目の前にいるのはギラホーンの体長はスザクの荷馬車を引くハーシルと同じかそれ以上である。


 その巨大から放たれる一撃がどんなものかを知らない程、ドーマルは浅学ではない。


「グオオオオ!」


「!」


 ドーマルは咄嗟に距離を取った。

 彼のこれまでの訓練によって身につけた動きがここで活きた。


 ゴワシャア!


 先ほどまでドーマルがいた地面に、大樹と見誤るほど太いギラホーンの腕がめりこんでいた。


 その周辺は、腕の突き刺さった部分を中心にひび割れていた。


「……か、交わした!」


「ドーマル! 大丈夫か!」


「ポドフさん!」


 ギラホーンの出現という不測の事態を受け、ポドフ達はドーマルの元へと駆け寄り安否を確認した。


「ドーマル、訓練は中止だ! 脱出するぞ!」


「!」


「俺とラーバが時間を稼ぐ! ダビスとこの森の出口に向かえ!」


「……試したい事があります!」


「何を言ってるんだこんな時に!」


「俺を信じて下さい!」


「ドーマル! 俺たちはオメェを死なせたくねぇ!」


「俺たちは冒険者だ! その稼業ゆえに墓の下に入れない事だってザラだ! だがドーマル、お前がそうなるには若すぎる!」


「ポドフさん、俺は変わったって言いましたよね?」


「!?」


「行け!」


 ガサガサッ!


「!」


 スライムはギラホーンの背後にある大樹からその姿を現した。


「あれはドーマルのスライム!」


「いつのまに!」


 ヒューンッ


 木から飛び出したスライムはギラホーンの頭上を孤を描くように向こうの木めがけて飛び跳ねた。


「グオオオ!」


 不意の出来事にギラホーンは動きが遅れた。スライムはそのまま進路先の木の中へと姿を消した。


「いいぞ! スライム!」


 ギラホーンの標的が彼らからスライムに移った。


「何をするつもりだ! ドーマル!」


「ポドフさん! 2人を早く安全なところへ!」


 驚くポドフ達を他所に、ドーマルは彼らに避難を催促するとスライムに次の指示を出した。


「そのままやつの頭上で飛び回れ!」


 ヒュン! ヒュンッ! ヒュン!


「グオオオオ」


 ドーマルの指示に従いスライムはギラホーンの背後から飛び出し頭上スレスレを跳躍した。

 硬い外皮も宙を舞う球体に意味を成さない。


 スライムはギラホーンの背後にある木から飛び出すとそのまま奴の頭上を飛び越え、再びギラホーンの前方にある木へと飛び移った。


 後方からその様子を見ていた3人はドーマルがギラホーンをスライムで翻弄していると理解した。


「ドーマルめ! わかったぞ!」


「そうか! 周りの木を利用して奴を撹乱させるつもりか!」


 ギラホーンは振り向きざまにスライムの存在を感知するものの全貌を掴めずにいた。


「グオオオオ!」


「あっ! なんだ!?」


 ギラホーンがスライムを探すのを止め、木々を破壊し始めた。


 スライムの出現場所を突き止めようと行動に移したことを意味する。


「あれじゃどのみちジリ貧だ! 奴が疲れる前に森を破壊し尽くすぞ!」


(……他に目的がある?)


 ドーマルの本当の狙いが他にある事をポドフは察知した。


「グオオオオオオッ!」


 バキバキィ!


 ギラホーンが木々を薙ぎ倒す。


 地表を破壊する程の腕力の前に対象の硬さなど取るに足らない。


 周囲にあった木はたちまちギラホーンの一撃によってへし折られていった。


「木が無くなるのも時間の問題だ!」


「ヤベェぜ!これじゃ木の次はスライムだ!」


「これでいいんです。スライム!」  


 ドーマルは空に向かって叫んだ。


 3人は彼が声を上げた先を見ると、空中で緑色の球体が自由落下しているのがかろうじて視認できた。


「あれはスライム! 空に飛び跳ねて逃げたのか!」


「そうか! ギラホーンが周りの木を倒してる間に上まで登って……!」


 スライムの落下先はギラホーンの真上だった。


 だが、飛び跳ねて脅威から逃れたものの一時凌ぎであることが明らかであった。


「上に飛びすぎだ!あれじゃ着地狩りに遭うのがオチだぜぇ!」


 落下まで十分な距離があり、既にギラホーンは


 落下する球体に対して右腕を構え、迎撃する準備を整えていた。


「逃げ切れない……あれじゃ一撃を喰らうだけだぞ!」


 彼らの不安をよそにスライムとギラホーンの距離は縮まっていく。


 ギラホーンとの接触は死を意味する。


「今だっスライム!」


 ブクブクブクブクッ!


「!」


 ドーマルの命令に反応しスライムが瞬時にその形状を変化させた。


「お、おい! スライムが!」


「スライムが、スライムが膨らんだぞ!!」


「そのまま押しつぶすつもりか!」


「奴の間合いだぜぇ!」


 わずかな時間で大きさが著しく変化したスライムはギラホーンのいる落下地点へと降下する。それでもギラホーンは迎撃の構えを崩さなかった。


「皆さん伏せて下さい!」


「「「!」」」


 ドーマルの呼びかけにポドフ達は咄嗟にその場に身を伏せた。


「グオオオオァァァァッ‼︎」


 ギラホーンの雄叫びを上げる。 


 咆哮と共に奴の突き上げた拳がスライムに突き刺さった。



 パ ァ ァ ン ッ ‼︎



「がっ……!」


「うっ!」


「ぐっ……!」


「うわああ!」


 鼓膜をつんざく破裂音が彼らを襲った。


 ギラホーンの一撃が落下する球体を捕らえた事を意味する。


 空気が張り裂ける様な音がドーマル達を無音へと誘うが、それも少しすると治った。


「……うっ」


「いったいこれは……」


 しばらくの静寂の後、地面に伏せて衝撃波を凌いだポドフ達が立ち上がった。


「ギラホーンは……どうなった?」


「そ、そうだ! ドーマル! それにスライムも!」


 ポドフの一言に、ラーバとダビスは状況を思い出し周囲を見渡す


「……」


「ギ、ギラホーン……!」


 そこには彼らを見下ろす巨体が立ち尽くしていた。


「そんな、スライムはやられたのか……」


 凄まじい攻撃をまともに受けたスライムの体はもはや原型を留めておらず、ギラホーンの突き上げた拳の先に落下してきた球体はいなかった。周りにはスライムの含有していたものと思われる木の葉が飛散していた。


「そ、そんな、まだ……!」


「くそ、いよいよ俺たちの番かよっ……」



 ズゥゥン……!



「「「!?」」」


 ギラホーンが倒れ込んだ。


 巨体に地面が打ち付けられた衝撃で、ポドフ達はぐらつき、薙ぎ倒された木々が一瞬地面から浮いた。


「ギラホーンが……」


「倒れた……」


「皆さん、無事ですか……?」


「ドーマル、スライムがやったのか?」


「ええ、どうやら上手くいったみたいですね……」


「ドーマル! オメェ大丈夫だったのか!」


「ダビスさんもご無事で!」


「やつはどうなったんだ……?」


「恐らく気絶したんだろう」


「ポドフ、わかるのか」


「あの破裂音をまともに聞いたんだ。そりゃぁひっくり返るだろうよ」


 ポドフの言う通りスライムの破裂音を至近距離で聞いたギラホーンは衝撃波をまともに受け、そのまま気絶した。


「しかし凄い衝撃だったな……」


 ラーバが辺りを見渡す。


 スライムの破裂によって溜め込んでいた木の葉が空中に飛散、一帯が緑に覆われていた。


「ん? これって……」


 彼はギラホーンの周りに散らばっている木の葉の1枚を拾い上げた。


「おいダビス、これグラーミスじゃないか?」


 グラーミス。通称、だらけ草。


 この植物に含まれる分泌物は、体内で分泌される闘争促進ホルモンがホルモン受容体と結合するのを妨げる効果を持っている。


 この葉の匂いを嗅いだ者は分泌物が体外に排出されるまでの間、活力が湧かずまるで怠けている様に見えることからそう呼ばれる様になった。


「どうやら全部そうみたいだぜぇ!」


 2人の会話からポドフはドーマルがスライムを使った目的を理解した。


(そうか! これがドーマルの狙いかっ……!)


 グラーミスは闘争心を抑える作用があるものの木の葉数枚程度でギラホーンの様な巨大モンスターに対して効果は期待できない。


 巨体なモンスターにも作用するだけの量を用意する事が求められる。


 ドーマルはスライムにただ闇雲にギラホーンの周囲を飛び跳ねさせていた訳ではなかった。


 ルッケルの森に自生しているグラーミスの葉をスライムを使って採取していた。


「なるほど、これをスライムに集めさせていたのか」


「いつぞやの木の実みてぇだったな!」


「ドーマル、お前は大したやつだよ」


「……すみませんでした」


 ドーマルは深々と頭を下げてポドフ達に謝罪した。


「?」


「どうしたんだよドーマル」


「……皆さんの警告を無視して勝手な行動を取ってしまいました。そのことへの罰は受けます」


 ドーマルの言葉に3人は顔を見合わせた。


「……どーする?」


「どうも何もよ。確かにこっちの指示を無視された事は事実だが、あれを見せられちゃこっちとしてはいう事ないぜぇ。なぁポドフ?」


「……確かに命令違反をした。だがそれが結果的にギラホーンを不必要に傷つけずに済んだ」


「……」


「何より、お前はこの個体に不審な点を見つけたからこういう行動を取ったんだろ?」


「……そうです」


(やはりか……!)


 ポドフは自身の推測が的中した事でドーマルの行動に冒険者としての素質が十分にあると判断した。


「お前もそう思っていたのか? ポドフ」


「あぁ」


「な、なんだよお前ら。もったいぶってねぇで教えてくれよ!」


「ドーマル、説明してやれ」


「わ、わかりました」


 ドーマルはポドフに促され、説明する事にした。


「2人ともこいつの角を見てください」


「角を?」


「……途中から無くなってるな」


「角の断面を見てください」


「……!」


「ど、どうしたんだラーバ」


 ラーバの顔つきが変わった事にダビスは困惑した。


「この断面は自然に出来たものじゃ無い……!」


「そうです」


「?」


「切口に粗がない……あまりにも不自然すぎる」


「なんだって!? 俺にも見せてくれ!」


 ラーバの側に駆け寄ったダビスも彼と同じような顔つきをした。


「ほ……ほんとだ! 断面に一切の凸凹が無ぇ……!」


「それに角以外に目立った外傷も見られない……なんてこった」


 2人もその違和感に事の深刻さを把握した。


「体格の大きさを見るに恐らく歴戦個体だ。並の冒険者ならまず死ぬだろう」


「このクラスを相手取って角だけ切り取るなんて芸当、かなりの手練れでなければ不可能だと思うんです」


「!!」


「じ、じゃあこいつの角を切った奴がいるってことかよ……!」


「……密猟か?」


 ダビスは顔をこわばらせた。


「この森は訓練を目的に開拓された場所です。密猟者が狙うようなモンスターはいないはずです」


「それに仮にここがギラホーンの住処なら密猟者はもっと弱い個体を狙うだろう。わざわざ歴戦個体を狙うのは払う犠牲が多すぎる」


 ポドフの意見にラーバが続く。


「たしかルッケルの森には街の森林保護団体が巡回しているルートがあったな」


「そうだ。巡回がより多くなる夜に、迂闊な行動は出来んだろうし、かといって団体が使っているルート以外でこの森に入ったらまず生きて帰ってはこれん」


「じ、じゃあこいつの角を斬ったのは……!」


「断定は出来ん。だが確実に言えるのは、相当な手練れということだけだ。だろ? ドーマル」


「そういうことになります」


「で、どうするんだ? こいつは」


「この個体、きっとその手練れから逃げてきたんだと思います。俺と鉢合わせした時もその恐怖でパニックになったんでしょう」


 ドーマルはギラホーンに視線を向けながらそう言う。


「指示を無視してまでしたかったのはこいつのためか?」


「俺は……自分の行いに後悔はありません」


ポドフは目を瞑ったまま彼の返事を聞いたまましばらく黙り込んでしまった。


「「……」」


その様子を2人が気まずそうに見つめる中、ポドフが口を開いた。


「……宿から薬と雨風を凌げるシーツを持ってこよう。勿論、俺たちも手伝う」


「……! はい!」


「ふっ、そうこなくっちゃな」


「俺たちのリーダーだぜぇ!」


「ありがとうございます! 皆さん!」


「ドーマル、お前が単なる冒険志願者ではないことがわかった。今からお前は俺たちと同じ冒険者だ」


「ポドフさん……!」


「ポドフでいい」


「右に同じだ」


「同じだぜぇ!」


「……! ありがとう! ポドフ! ラーバ! ダビス!」


「よろしく頼むぜ! 兄弟!」


「……こちらこそよろしく頼む!」


 ポドフはドーマルが正式な冒険者である事を認めた。ラーバ、ダビスもそれに賛成する形となった。


「よしラーバ! お前は今から宿に戻って薬とシーツを持ってきてくれ! ダビスとドーマルは俺と一緒にこいつを交代で看病する! その間に壊れたテントを直すぞ!」


「任せろ!」


「わかったぜぇ!」


「はい!」


 彼らは各自の役割を全うした。


 ◇


 それから1週間が過ぎた。


 ドーマル達は手分けをしてギラホーンの治療に専念し、ギラホーンの容態は好調した。


「グオオ」


「すっかり体調が良くなったな」


「痩せてたもんな〜こいつ」


 彼らのおかげでギラホーンは調子を取り戻し、温厚な性格へと戻った。


「もう大丈夫だぞ」


「グオオ〜」


 ドーマルの言葉に応えるようにギラホーンは鳴いた。


「すげぇ懐きっぷりだな! ほんとにあのギラホーンなのか?」


「あの時は恐怖に支配されていたんだろう。それでなりふり構わず仕掛けてきたんだな」


「こちらから危害を加えない限り仕掛けてくる事はない。それをこいつが証明している」


 彼らはギラホーンの変化に対し口々に感想を述べた。


 ◇


 程なくしてギラホーンが彼らの元を離れた。


 ズシンッ ズシンッ ズシンッ


「またな!」


「気をつけて帰るんだぞぉー!」


「グオオ!」


 ズシンッ ズシンッ ズシンッ……


 ギラホーンはドーマル達と別れ、元いた住処へと戻っていった。歩く度に揺れる地面が少しずつ静かになっていった。


「お前の機転であいつを不必要に傷付けずにすんだな。大したもんだぜドーマル!」


「ありがとうラーバ。ただもうあんな無茶はしないよ」


「頼むぜぇドーマル! あのときゃびっくりしたぜぇ」


「悪かったよダビス」


「よーし、迎えが来るまでにここを直しとくぞ!」


「え?」


 振り返ると先ほどまで立てていたテントが崩れていた。


「嵐が通り過ぎた後みたいになってる……」


「あの図体のでかさじゃな……」


 ドーマル達はスザクの馬車が来るまでにギラホーンが壊した露営地のキャンプ場を立て直すのだった。


 ◇


 程なくして迎えが来た。彼らが長いサバイバル生活を終えた事を意味した。


「お疲れさん! 冒険者さん達」


「おぉスザク。しばらくぶり」


「もぉ疲れちまったぜ。早く乗ろう」


「みんな荷物は持ったな!」


「ハーシル今回も頼むぜ」


「ギェギェギェ!」


「ははは! じゃ行くよ!」


「ギェ!」


 スザクに指示を出されたハーシルは、掛け声と共にガラガラと音を立てながら荷馬車を引いた。


「この荷馬車に揺られると終わったと実感できるな」


「アール街に帰ったら肉をたらふく喰らいつくすぜ〜!」


「その前にミレーユに帰還報告だな」


「そうだった……」


「それから借りてきた宿のシーツを返す手続きをしなきゃならん」


「確かになぁ」


「その後はサバイバル生活の話を私に話さなきゃだめ」


「最後のは私欲じゃねーか!」


「「「「はっはっはっはっはっ!」」」」


(さらば、ルッケルの森……)


 ルッケルの森が遠ざかっていく。


 ポドフ達とスザクの会話の中、少しずつドーマルの視界から小さくなっていった。


「お前らも中々のもんだろーが! なぁドーマル?」


「……」


「ドーマル?」


「寝ちまったようだ」


「行きは全く寝付けなかったのに、変わったなぁ」


「それは残念。話を聞きたかったのに」


「寝かせてやろう」


「そうだな」


「代わりにあんた達に聞けばいっか」


「寝させろぉ!」


 過酷なサバイバル生活を終えたドーマルにとって悪路をガタガタと揺れる荷馬車はゆりかごのように感じた。


 次に彼が目覚めたのはアール街に着いた時だった。



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