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友を乗せた腐れ縁


ゴ〜ン……ゴ〜ン……ゴ〜ン……


広場にある時計台が時報を知らせた。


もうすぐ目的地に向かう為の馬車が来る。


ドーマル一行は迎えの馬車が来る事になっている時計台の近くで、これから始まる野営訓練の打ち合わせをしていた。


「俺たちが向かうルッケルの森はここアール街から100キロ先にある。ルッケルの森には露営地がある。そこを拠点として1ヶ月の野営訓練を行う。途中、中間地点にあるゲルトン街の宿屋で1泊するぞ」


「冒険者としての基本はまず体力作りにある。それを踏まえた上でサバイバル知識やモンスターに関する情報を吸収していけばいい」


「しばらくは娑婆の空気とおさらばだから、ここでたっぷり吸っていけよな!」


「わかりました!」


「よせやい、豚箱に行くんじゃあるまいし」


3人の説明を聞き、ドーマルはいよいよ今日から冒険者らしい1日が始まるのだと肌見に感じた。


「俺、馬車なんて初めて乗ります」


「ほぉ、なら運転手も見た事がないというわけだな」


「はい」


「ドーマル、お前馬車の運転手を見たらきっと驚くだろうぜぇ」


「それはどういう事です?」


「まぁ会ってからの話だ。お、噂をすれば」


「ポドフー!」


ポドフを呼ぶ女性の声が聞こえた。振り返ると声の主は馬車からだった。


(女の声……?)


「お、来たか。みんな行くぞ!」


ポドフが会話を切り上げ、馬車へと向かった。



「毎度ありがとね」


「こちらこそ世話になる。紹介しよう。こちらは最近、冒険者になったばかりのドーマルだ。こっちは俺たちが乗る馬車の運転手、スザクだ」


「初めましてスザクさん、ドーマルです。今日はよろしくお願いします」


「スザクです。ドーマルさん、こちらこそよろしくね。今日から野営訓練なんだってね。ポドフ達、頼りになるから安心してね」


スザクはニコリと笑って白い歯を見せた。快晴なのもあって日光に照らされた黒髪とのコントラストが彼に快活な印象を与えた。


(驚くだろうっていうのはこの事か……)


「彼女はこのハーシルっていうモンスターが馬車を引く運転手を仲間と一緒にしているが、過去に冒険者としても活躍していたんだ」


「ギェッ」


(こんな大きい鳥型モンスターを操れるのか……)


「おお、元気かハーシル。しばらくぶりだったな」


ラーバは荷馬車を引いているモンスターの頭を撫でた。


「ギェギェ」


「相変わらず大きいなお前は」


成人男性でも一際大きいラーバよりも、さらに大きい鳥型のモンスターで荷馬車から伸びたロープが首元の固定器具に結びついていた。


ラーバが撫でた大きな頭は、羽毛が生え、硬い皮膚に覆われており見ただけでその頑丈さが分かる。その頭を支える首には、何本もの血管が浮き出ているのが遠目からもわかった。


どっしりと構えた2本の足から生えた鋭い鉤爪が大地を食い込んでいた。


「スザクは俺達と同じギルドに所属しててな、こーんな綺麗な顔してっけどよ、俺達に負けねぇくらいガッツもパワーもある紅一点だったんだぜ? な!」


「褒めても乗車賃はまけないよ、ダビス」 


「わっはっはっはっ! こいつは手厳しいや!」


ポドフ達とは古い付き合いなのか、彼らとの軽快なやり取りを聞きながらドーマルはどこか羨ましさを覚えた。


「ドーマルくん、誰だって最初は不慣れなものさ。困った時はポドフ達に遠慮なく聞けばいい」


「それは俺の真似か? スザク」


「あら、如何なされましたお客様?」


「わっはっはっはっ!」


「ギェギェギェッ!」


「さぁ、挨拶はこのくらいにしてみんな乗った!乗った!」


ポドフがそう言ってドーマル達を荷台へと移動した。


彼らが乗る荷台には長椅子が設置され1度に10人が乗れる仕様になっている。さらに天井が付いており雨天時に、乗客が雨に晒されない作りになっていた。


「みんな乗った?」


「ああ、荷物も紐で固定した。大丈夫だ。」


「広いですね……」


「ああ、これなら荷物を置いても十分余裕があるな」


「この馬車は貸切にしたから乗客は俺たちだけだ」


「ふふ、遠慮なく寛いでくれていいよ」


「やっほー! それじゃ頼むぜスザク!」


「じゃ、行きますか、はっ!」


「ギェ!」


スザクがハーシルに鞭打つと荷馬車がゆっくり前進した。



ポドフ達を乗せた馬車はアール街を出発した。


これから1ヶ月間の野営訓練が始まる。


(おお……!)


ドーマルは生まれて初めて馬車から見る風景を目にした。過ぎ去って行く店や人々がいつもと違って小さく見えたのが非日常感を強めた。


(これは中々だな……!)


「へへ、ドーマル。お前もう街が恋しくなったんじゃないか?」


ドーマルが外の風景に関心を寄せてるのを見てダビスはそう言った。


「むしろありがたいまでありますよ。あの街に居続けていたから心が弱くなっていたんだと思います。それに、過去の事をいつまでも背負い込んでいたんじゃ今を生きてないもの同然ですから」


「ここ数日でかなり吹っ切れたみたいだな」


「全くだ。そのガッツがありゃ、きっと訓練も乗り越えられる」


「だが今はゆっくりしておけ。最初こそ話す元気もあるが山が近くなるにつれ道のりも険しくなっていくからな。なにしろ悪路が多い」


「それは前の話だね。今は舗装されてる道も多いから安心して」


「マジかよ、もうぬかるみにはまった車輪をみんなで押し出さなくていいってことか!」


「あったねぇ、そんなこと」


「ありゃ酷かった。なにしろ雨季と時期が重なったもんだから」


「あの時は荷台を泥だらけにしてくれてありがとね、御三方」


スザクが3人を牽制する。


「おいおい、ちゃんとみんなで掃除しただろう」


「泥を落とすのにあんたらが酒を使ったの忘れた? おかげで床と天井に匂いが染み付いて酷いなんてもんじゃなかったよ」


取り止めのない世間話から一転、彼女の口から恨み節が溢れ出した。


「へへぇ! でも泥を落とすのにそれしかなくてよぉ」


「おかげで荷台を作り替えたんだからねっ」


「どうりで見覚えのない天井だなと……」


「どれだけ費用がかかったと!」


「前の天井がどうか俺は知りませんけど、俺はこの天井の雰囲気好きですね」


「……わかる? あなた、いい冒険者になるよ」


スザクの態度が軟化した事を3人は見逃さなかった。


「いやぁ、その観察眼こそ本物の才能だよスザク!」


「世が世なら近代芸術の先駆者だったかも知れねぇなスザク!」


「全くだ! こんなに徹底して細部まで美を追求した運転手を俺たちは他に知らん」


「ふふ、相変わらずだね。あんたら」


(昔からこんな感じなのか、この人達……)


「新人さんに免じて今日はこの辺にしといてあげる。目的地はまだまだ先だから荷馬車で寝ときな」


「ど、どうも……」


(よくやったドーマル!)


(まったく、機転の効く冒険者だよお前は!)


ドーマルに目配せをするダビスとラーバ。


「そうするか。ゲルトン街が近くなったら教えてくれ」


「はいよ、おやすみ〜」


それまで騒がしかった荷台の上は、途端に静かになった。


ハーシルが引く馬車の車輪だけがゴトゴトと音を立てていた。



ポドフ達がスザクと出会ってから2、3時間経った。馬車は郊外にいた。


「んぐっ……」


ドーマルは起きていた。


未舗装の地形を進む馬車は進む度に車輪が上下し、その都度彼らは小刻みに揺れた。そんな道のり故にドーマルは、眠る事ができなかった。


(すげぇなポドフさん達は……)


慣れたもので3人は悪路に起きる気配もなく、熟睡していた。


「この辺はまだこういう道が多いからね」


「自室のベッドみたいにはいかないな」


「眠れないなら、話し相手になってくれる?」


「俺でよければ、そろそろ雲を見続けるのも飽きてきた頃だったんだ」


「あなたも?」


ドーマルはスザクの提案に応じた。



「ドーマルさんはどうして冒険者に?」


「ドーマルでいい。そうだな、今までずっと昔の事にこだわって中々踏ん切りがつかなくてな。それで今に至る」


「私もスザクでいいよ。そう、でも人には色々あるから別に気にすることじゃないよ」


「ポドフさん達も同じ事を言ってくれたよ。お陰で心が救われたよ、ありがとうスザク」


「私だってこの職を始めたのはつい最近だからさ」


「さっきラーバさんが話してたな」


「この仕事をする前もポドフ達と同じ依頼を一緒に受けてたこともあったんだ」


「今の仕事は友人の紹介で知ったのか?」


「元々両親がこの仕事をしてたからかな。まぁ友人から誘われたっていうのもあるけど」


「元々、冒険者を始める前から縁があったんだな」


「……私が冒険者を辞めた理由、聞かないの?」


「今まで俺は過去に拘りすぎた。しばらくはいい。もちろん他人のもな」


「そう……」


スザクは先ほどと比べてどこか落ち着いた様につぶやいた。


「あなた、いい冒険者になるよ……」


「……さっきの続きか?」


「内装を褒めたのはおべっかだったってわけ?」


「急にどうした」


「……やっぱさっきの訂正。連中が連れてきた男なだけあるわ」


「俺は思った事を話しただけだよ」


「どうだかね〜」


「さっきポドフさん達にな、運転手を見たらお前は絶対に驚くだろうなって言われたんだ」


「女だてらにやってのけてるを見て?」


「いや、そうじゃない」


ドーマルは否定する。


「冒険者を輸送するんだから荒々しい巨漢なんだろうなって会うまでは思ってた」


「……」


「驚いたよ。まさかこんな綺麗な人だったとは思わなくてな。ギルドの紅一点は伊達じゃなかったんだな」


「っ……」


スザクはドーマルの言葉に、肩を丸めた。 


「ブフッ……」


「ブッ……」


「ククッ」


「……そろそろ宿街だね。連中を起こしな」


「え?」


ドーマルが振り返る。


目を瞑っていた3人が、一瞬、眉を動かしたのが分かった。


「……ん? おお、もう着いたのか。早いな」


「いつもよりも早い到着だな……」


「よぉ〜し、荷物もそろそろ……」


一斉に彼らは起き、口々にした。


「嘘だよ、大根役者ども」


「……グゴォ〜」


「……ググー」


「ヌヌヌ〜」


一斉に彼らは眠りにつき、いびきをかいた。


「剣の腕はあっても芝居の腕はからっきしだよ、こいつらは」


(冒険者に必要なのかそれ)


宿泊先のゲルトン街はまだ先なのであった。



アール街から出発して4時間後、ドーマル達を乗せた馬車は遂に中間地点である宿街、ゲルトン街に到着した。


ラーバが荷台の荷物を下ろしてる間に、ダビスは宿泊先の宿へ向かい宿泊費の支払いを済ませに行った。


「荷物は全部下ろしたぞ、ポドフ!」


「ありがとうラーバ。おおダビス、宿の受付はどうだった?」


「受付には払っておいた。あとは荷物を持っていくだけだぜぇ」


「そうか、ありがとう」


「ギェギェギェー!」


「ハーシルもありがとうな!」


「じゃ、ここで私はお別れだな。精々そこの優男をビシバシ鍛えるんだな」


「助かったよスザク。また1ヶ月後、頼むぜ」


「あいよ」


「帰り道、気をつけてなスザク」


「……ふん」


(あれ……? 態度違くない?)


別れの挨拶が済むと、スザクは馬車を180度旋回させて再び、元来た道を走らせて行った。


乗客のいない荷台がガタガタと大きな音を立てながら遠ざかっていく。


車輪で舞った砂埃が風に運ばれて何処へと消えて行った。


「さ、宿に行くぞ」


「はい」


「と言ってもあと寝るだけだかな!」


「じゃ、行くか」



「宿泊費は先ほどダビス様からいただきました。4人部屋はあちらの階段を登った先にある2階の209になります。こちらが鍵となります。ごゆっくりどうぞ」


「ありがとう」


4人は受付に礼を言うと2階へと向かった。209と書かれた番号の札が貼ってあるドアの取手に手を回した。


ガチャリ


「おお……!」


部屋は成人男性4人が入ってもかなりの余裕があった。


ベッドは対角線上にそれぞれ4つ用意されており、ラーバが寝転んでも余裕がある大きさであった。


「驚いたな。新調したのか」


「これならぐっすり眠れるぜぇ」


「睡眠はどんな薬よりも勝るからな。多少値は張ったが明日から1ヶ月の野宿生活だ。最後の就寝が荷台の上じゃ格好がつかんだろ」


「だ、だから狸寝入りを……」


「? いや寝てたぞ」


「え?」


「舗装前はあんなもんじゃなかったからな」


「スザクの言っていた通り、かなりマシになってたな」


(あんな悪路で眠ってたのか……)


ドーマルはポドフ達がどれほど過酷な環境で冒険者としての生業をしていたのかを思い知らされた。


「しかし面白かったなぁ、スザクのやつ。お前に綺麗だって言われた時の背中見たか? あいつがあんなに小さく見えたのは初めてだよ」


「内装の話で雲行きが怪しくなって来たところを上手い具合に、機嫌を取り直してくれたのには感謝するぜ」


「奴さん怒ると長いからな。さて、各自明日に備えて風呂は済ませとけよ」


ポドフがそう言うとドーマル達は各々のリュックから荷物を取り出し就寝の準備を始めた。


(俺は変わるぞ……! 変わってみせる!)


ドーマルはじっと窓を見つめる。


日没し真っ暗になった外には


明日の野営訓練に過去の決別を誓う男の顔が映っていた。









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