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遅咲きの冒険者


「でよぉ、俺は待て、つったのにトンズラこきやがったんだよ! あの野郎!」


「そりゃあ、そうだろ! 待てと言われて待つバカがいるかよ!」


「はっはっはっ!」


荒々しい語気を飛ばす男達が机を囲んで酒を飲んでいた。


豪快な笑い声を飛ばす顔やビールジョッキを持つ腕、さらにフォークを持つ手には、過去に受けたと推測される傷があり、彼らが歴戦の冒険者である事を物語っていた。


ここは冒険者ギルド。


かつては数多くの若者が同じ志を持つ者達と共にここへ赴き、まだ見ぬ新天地への憧れを語り、酒を飲み、冒険へと出発した。


やがて彼らの活躍によって治安は回復し、流通網が活発になると人々の文化が急速な成長を迎えると、これまでなかった新しい職が生まれていった。


しかし、それが返って冒険者という職業自体の衰退の遠因となった。


それまでなかった新しい職業に興味を示す若者達にとって冒険者という職業は、“かつて存在した職業の1つ”という認識しかされなかった。


それでもなお強い憧れを抱き、その門を叩く者もいる。


「……冒険者志願のドーマルさんでお間違いありませんか?」


荒々しい男達の笑い声が響く酒場には似つかわしくない透き通った声の主は窓口の受付嬢だ。


ドーマルが提出した書類をまじまじと見つめる。時折、彼女の動きに合わせて揺れる髪飾りが光を反射し、それを目で追う事に若干のリズム性を感じた。


「はい」


彼は冒険者ギルドの窓口にいた。


「年齢は23歳ですか……この年から始める人もよくいますね」


「気休めとして受け取っておくよ」


「いえいえ! 本当にいますから!」  


「ありがとう」


彼女のハキハキとした受け答えがドーマルに軽口を叩かせた。



「……はい! 契約書にサインもしていただきましたので、ギルドカードをお渡ししますね!」


「これが……!」


受付嬢はその細い手でドーマルにギルドカードなるものを渡した。これを持つ者は冒険者としての立場を手に入れる。


(遂に、俺も冒険者か……!)


冒険者としての生き方を選んだ実感が今更になって湧いた。この手の平に収まるカード1枚が彼自身の生き方を決定づける事に物語性を感じたのだ。


「紛失の際は再発行手数料を頂きますので無くさない様、カードは厳重に管理をお願いします!」


「ありがとう……」


涼しい顔で窓口を後にしたドーマルは内心、溢れ出る嬉しさをかろうじて抑えるのに精一杯だった。


「あの〜……ドーマルさん?」


そんなドーマルの心情など知る由もなく


受付嬢が少し不安そうな顔でこちらに声をかけた。


「な、何でしょうか?」


我に帰るドーマル。


「言いにくいのですがドーマルさん、本来あなたと同じ年齢の冒険者が受注する依頼の難易度は、比較的高いものが多いのですが……」


「そうなんですね」


「はい、ですがドーマルさんは先ほど冒険者となったので、危険な依頼を受注する事は出来ません。今出来る依頼となると薬草の採取や害獣駆除などになります」


「いきなり高難易度は危険ですからね」


「はい! そうなんですよ。心苦しいかもしれませんがどうか無茶はなさらない様にしてください。少しずつ依頼を解消していけば大丈夫ですから!」


「構いません。わざわざ教えていただきありがとうございます」


「いえいえ! こちらこそ。また何か聞きたい事があったら是非ギルドまでいらして下さい」



(まさかこのカードを手に入れる日が来るとはな……)


ギルドカードを受け取ったドーマルは、しばし万感の思いに浸っていた。


(4年前の俺がこれを見たら驚くだろうな……!)


冒険者界隈の衰退により募集者へ求める条件が低く設定されたという現実が、ドーマルの様な者にもたらす恩恵もあった。


(バーコフの言う通り、登録に1週間もかからなかったな……)


カイラルの墓参りの際、旧友から聞かされた話の通りに事が進んだ事実を受け止めつつ彼の心に不安はなかった。


(どうせやるなら徹底的に極めてやる!)


今までの自堕落な生活で失った時間を取り戻さんと彼の心に燃え盛る炎が存在した。


その時である。


「よお、あんちゃん」


そんな彼を我に返したのは、聞き馴染みのない声だった。


振り返るとそこにいたのは先ほどギルドで酒を飲んでいた3人組みだった。


「俺に何か用でも?」


「さっきギルドで登録してただろ?」


「はは、色々こだわりがあってね」 


「今から行きつけの店で飲み直そうと思っててよ、良かったら一緒に行かねぇか」


「下戸ですがよろしいんですか?」


「俺の奢りだ。構うことねぇさ。新人の冒険者なら冒険者のルールなんかを知っておく機会にもなるだろうしな」


「ではお言葉に甘えて、ご同行させていただきます」


「おう! 任せな!」


ドーマルは3人の冒険者に連れられて広場にある飲み屋へと同行した。



「名乗るのが遅れたな。俺はポドフ」


「ラーバだ。こっちはダビス」


「仲良くいこうぜぇ」


「ドーマルです、よろしく」


それぞれが自己紹介を終え、4人は本題に移る。


「それでよぉドーマル。冒険者になるのが遅かったのはどうしてなんだ?」


「実は……」


______________


_________


_____


__


「そうか、先に冒険者になった奴がか……」


「……自分でも女々しいと恥じるばかりです」


「気にすんなよ。まだ20歳にもなってねぇ時にいきなりそれは辛れぇだろう。それにダチの墓参りには欠かさず行ってるんだろ?」


「ええそうです」


「普通ならそんな事する気力も起きん筈だ。大したもんだ」


ポドフ達は、過去を話したドーマルに労いの言葉をかけた。


「そう言っていただけると有り難いです」


「でもよぉどうして今になって冒険者になろうと思ったんだ?」


「理由なんていいじゃねーか、何歳から始めてもよ」


「……友人に言われたんです。“新しい時代に乗るべきだ”って……」


「“新しい時代”か。まさか同じ日にその言葉を2度も聞くとはな……」


「我らが隊長殿も同じ様な事を言っていたな……」


「隊長もドーマルも若いのに中々渋い事を言うぜぇ」


ドーマルが口にした言葉に皆口々に感想をこぼした。


「先見の明がある方なんですね隊長さんは。俺もいつかお会いしたいものです」


「それなら俺たちのパーティに来ないか? 再来月、隊長に会う予定があるんだ」


「いいんですか? 俺は初心者ですよ」


「初心者なら尚更、単独行動は控えるべきだ。安心して俺たちに付いてきな」


「ラーバの言う通りだぜぇ! 俺たちが冒険者の何たるかを教えてやるぜ!」


「皆さん……!」


ドーマルは3人の冒険者と同行する事になった。


(この感覚、久しく忘れていた……!)


かつて冒険者に憧れた青年は今、再びその情熱を持てる事に喜びを隠せなかった。


「よーしなら宣言の1つでもやるか!」


「そりゃあいい」


「いいねぇ!」


ポドフの提案に2人も賛成した。


「ここに新しい冒険者を1人入れ、我らの冒険を至高のものとせん!」


「異議なし」


「異議なし!」


ポドフの掛け声の後に続いて2人も感嘆の声を上げた。


「歓迎するぜ、ここで冒険者のイロハを学んでいくといい」


「へへ! よろしくなドーマル!」


「……! こちらこそよろしくお願いします!」


「早速だが明日の昼に、ルッケルの森へ向かうぞ!」


「わかりました!」


「場所はさっきのギルドだ。ギルドの営業時間前に集まってパーティ登録をするぞ!」


「俺たちのパーティは実戦あるのみだ。だが、しばらくは見学をして立ち回りを覚えるといい」


「よし、なら明日は早い、そろそろ解散するか!」


「へへ! 宴も酣ではございますがそろそろお開きの時間といたしますか」


「こいつ、お前1人で5、6杯飲んでただけだろ!」


「ははははは!」


解散は挨拶も済み、4人はそれぞれの帰路へ着いた。



(あんな雰囲気、久々だったな……)


帰宅後、就寝準備を済ませたドーマルはベッドの上で先程までのやり取りを思い出していた。


(明日は早い。もう寝るか……)


瞼を閉じると、ドーマルは意識をベッドに預けて眠った。



朝になった。


広場は開店準備をする人がまばらにいる程度で


その店々を横切る1人の靴音が小刻みに響いた。


「冒険者ギルド……昨日ぶりだな」


ドーマルは3人との待ち合わせ場所である冒険者ギルドへと赴いた。


「ドーマル。早いな」


「ポドフさん、それにラーバさんとダビスさんも。おはようございます」


「おはよう。よく眠れたかいドーマル」


「ようドーマル! 昨日ぶりだな」


「今日からは俺たちに付いてきてもらうぜ。ギルドへ入るぞ」


「はい! よろしくお願いします」


ラーバとダビスがドーマルに挨拶をし終えたタイミングでポドフが冒険者ギルドへと向かった。


____________


_________


________


______


「……以上で冒険者パーティの変更手続きを完了しました。これはその書類です」


「ありがとうミレーユ」


変更手続きを済ませたポドフが受付嬢のミレーユに感謝の意を伝えた。


ポドフ曰く、この冒険者ギルドで受付嬢をして2年になるという。


朝早くに来たにも関わらず、彼女は手続きに必要な書類の準備をしてくれた。


(俺より若い女性が朝から頑張ってるんだ。俺も負けてられないな)


ドーマルがミレーユの働きぶりに関心していると彼女がポドフ達に忠告する。


「皆さんいいですか、ドーマルさん初心者なんですから無茶な事はさせないで下さいね」


その小さな体で、ポドフに物怖じせず釘を刺すなど見た目によらず肝の据わった女性である。

傍から見れば、小鳥と牛が話をしている様だった。


「しばらくは見学中心さミレーユ」


「皆さん腕の立つ人だから大丈夫でしょうけど、もしものことがあったらを考えてのことです」


「そ、そうかい?」


「ポドフ、もう若くはないってことさ俺たち」


「元々老け顔だから目立たないがな、ポドフは」


「うるせぇ!」


「もー! 朝から窓口で喧嘩しない!」


(大丈夫かこの人達……)


「ドーマルさん、この人達引っ込みつかなくなるとすぐへそ曲げますからその時はガツンと言ってくださいね!」


「は、はい……」


冒険者は腕に自信のある者が多い。それ故にパーティのメンバーとこうした軽口が度々起こるのはよくある事だ。


そんな彼らと対等以上の口を聞ける彼女はかなり肝の据わった女性である。とドーマルは理解した。


「おいおいミレーユ、俺たちがいつへそを曲げたんだ?」


「もう! すぐそうやって!」


「このギルドの受付に来た時はとても可愛かったのに……」


「何か言いました?」


「っ、では皆の衆! ルッケルの森へ行くぞ!」 


(昨日、飲んでた人と同じ人だよな?)


かくしてドーマル一行はルッケルの森へと向かうのであった。

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