衰退、繁栄の果てに
「またあの夢か……」
こう言って目覚めるのはもう何度目だろう。
俺の名はドーマル。23歳。
4年ほど前は、2人の友人と共に冒険者を志していたが、
ある理由で今現在は無職だ。
「まだ6時にはなってないな……」
時間を確認しベッドから降りると身支度を済ませる。
◇
「集合時間までまだ十分余裕はあるが早いとこ行くか……」
今日は墓参りの日だ。同伴する友人も遠方から来る。俺が早く行ってある程度の掃除を済ませておいた方が負担も少なくて済む。
「よし、準備は整った。行くか」
玄関のドアに立って再度、忘れ物が無いかの確認をした。
「外に出るのも久しぶりだな…」
ドアを開けて外の空気を吸い込む。
直接我が身に降り注がれる朝の日差しは、カーテンの隙間から漏れ出るそれとは比べ物にならない程のパワーを感じた。
「眩しいな……」
思わずそう呟いた。
なにせ冒険者になる夢を諦めて以来、外への興味をすっかり失ってしまったからだ。
この街は交通量が比較的多い都市で朝早くから人々が店の開店準備をしている。
俺の様な人間がそこらを彷徨いていても、それをとやかくいう暇すら彼らは惜しむだろう。
何の気なしに広場を見渡した。
ここは店が多い。その種類は問わず、広場を中心に飲み屋、雑貨、質屋、本屋、そして……地方支部の冒険者ギルドなど多種多様な店が並んでいる。まだ開店準備の段階ではあるが、思わず店の装いに立ち止まってしまった。
「家にこもっている間にすっかりこの街も賑やかになったな……。おっと、早く時計台に行かないと」
立ち止まっていた歩を進める。
俺が冒険者を志していた頃はこの街は今の様な賑やかな装いはなく、人口もそれほど多くなかった。
むしろ薄暗く寂れており、街というよりも村と言った方が差し支えない程だった。
それもそのはず、昔は街へ向かう道中には、山賊やモンスターが跋扈していた。
今では考えられないが、街の外を出る際は必ず用心棒として冒険者を雇うのが鉄則だったからだ。
「……当然だが、まだ来てないな」
集合場所である時計台に着いた。
広場の中心に建設されたこの大きな時計台は、冒険者によってこの街の繁栄を願って建てられたものだ。
”冒険者”。彼らは力のあり方を俺達に教えてくれた。
『人は力である。人を守り、育め。
さすれば未来は確固たるものにならん。
正しい事にこそ力を使うべき』
時計台に記された言葉だ。
田畑を荒らしたり、人々の財産や食べ物を奪う様な略奪しか能のない、
モンスターや山賊なんかとは違う。
他人よりも強い力を持ちながらそれを未来を構築する為に使う事を目的とした団体が冒険者ギルドだ。
人々の安全と文化の結びつきを守る事で将来の繁栄に繋がる、そんな彼らは俺たちの世代にとって正に憧れの対象だった。
そんな彼らの様になりたいと冒険者を目指す志願者の数が年々増加し、それを知った国が発足した冒険者を主とする団体の治安維持活動によってこの辺りの山々から凶悪なモンスターや山賊が一掃されていき、今日のような活気づいた街へと変貌を遂げたのだ。
なのに……そんな生まれ変わった街に生きる俺はあの頃のまま、変わらずにいる。
このまま昔の風景から遠ざかって行く街を見るのが、過ごすのが、正直言って……俺は……怖い……。
自分でも情けない話だ……。
そんな風に物思いにふけこんでいると、後ろから俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
「待たせたなドーマル」
振り向くとそこにはきりりとした眉に逆立つ髪、顔の半分を覆う顎髭の男がいた。
かつて冒険者を共に志した仲間、バーコフだ。
「バーコフか? もう来てたのか」
「お前も随分早いな……」
バーコフは現在、冒険者として最前線で活躍し異例の出世を成し遂げ今やこの国の冒険者ギルドの幹部としての地位にある男だ。
彼はこの街が発展する前からよく知っている俺にとって数少ない身内の1人だ。
「団員には昼までに帰ると話はつけている」
「なら早いとこ行くか」
「あぁ」
軽い挨拶を済ませ、広場から離れにある森へ向かった。
◇
今日は俺たちと一緒に冒険者を志したカイラルという男の命日だ。
彼もバーコフと同じく俺より先に冒険者になった。
先を越された事は悔しかったが、それと同時に2人が俺と同じ様に冒険者へ憧れている事が分かって嬉しかった。
よく酒場で2人から冒険者の話を聞く度に、絶対に冒険者になると躍起になったものだ。
だが、その決心は脆くも崩れ去った。
バーコフが血相を変えて俺の家に上がり込んで、俺に放った言葉だ。
『カイラルが死んだ……』
冒険者は常に死と隣り合わせだという事は重々承知だった。
だがそれは、俺達には遠いものであると心の何処かで思っていた。
カイラルの死はそんな考えを一瞬で突き崩すのに十分すぎるものだった。
モンスター討伐の依頼を請け負った彼は、モンスターとの戦闘の末に討ち死にしたという。
冒険者ギルドからはカイラルの亡骸を回収出来なかったと告げられた。
常に状況が変化する戦場の中、仲間の遺体を回収し撤退するというのは例え、腕の立つ冒険者であっても至難の業だ。
それはカイラルのパーティも例外ではない。
人はいつか死ぬ。それは避けられない事だ。その覚悟が無ければ冒険者という職は務まらない。
だが俺にはカイラルの様に冒険者として必要であるその覚悟が、無かった。
それが客観視できた時、俺の中で冒険者への憧れや羨望は消え去った。
いつしか俺は外への興味を無くしていった。
バーコフとは今も付き合いのある親友だが、冒険者である彼にそういった心情を話したくなかった。
それを察しているバーコフが俺に何も言ってこないのは、彼が冒険者としての功績を築き、尚且つ今日まで生き残ってこれた才能の1つだと俺は思う。
そんな事を考えているうちに俺たちは森の中へと歩みを進めていた。
早朝だからか、まだ日差しの温もりが十分に行き渡っておらず街の中に比べ気温が低く、口から吐く息が白かった。そんな中、バーコフが口を開く。
「ドーマルは今どうしてるんだ?」
「相変わらず部屋にこもってるよ」
「その割にはあまり疲れが見えないな。ここまで結構歩く距離だが」
「こもるのにも一定以上の体力は必要でな」
「なるほど」
「まぁバーコフ達の現場に比べれば大したことないがな」
「それがな、そうでもないんだよ」
「?」
「長くなるから後で話す。おぉ、ついたぞ」
バーコフが会話を切り上げると目的地に着いていた。目の前には大人の背丈ほどの墓があった。
カイラルの墓だ。
見知らぬ地で人知れず命を落とした親友がせめて安らかに眠れる様、バーコフと協力して作った墓だ。
ここ数年は篭りがちだったが墓参りには必ず赴く。
掃除は普段、俺1人でやる。バーコフの都合が良い時は2人で掃除しに来る。広場に来たのも奴と待ち合わせをしていたからだ。
「掃除道具はある」
「はじめるか」
「バーコフが周りを掃いてくれ。その間に俺は水を汲んでくる」
「わかった。それじゃ頼む」
「あぁ」
役割分担を決めて、俺はバケツに水を汲むために近くの湖へと向かった。ここも昔はモンスターがうようよしていたが今は、1人で水を汲みに行けるほど、静まり返っていた。無論、先人達のおかげだ。
「あったあった」
パシャリと空のバケツを湖に叩きつける。
ゆっくりと容器内に冷水が注ぎ込まれていく。
人が殆ど立ち入る事のない静かな森の中、こうして水を汲むという動作1つとってもまるで日常から切り離された様な気分になる。
「……もう満杯か」
先程きた道を引き返す。
バケツから水がこぼれない様に平らな所を歩く。
もう何度も訪れていることもあって、この辺の道なら広場にいる連中より詳しいと自負している。
「水、汲んできたぞ」
バーコフがいる場所まで着いた。
「こっちも済んだ」
「助かる。あとは拭くだけだな」
バーコフと手分けしてカイラルの墓を布巾で拭いた。
表面に付いた苔や泥などの汚れを落とすと『カイラル』と刻まれた文字が現れ、見違えるほど綺麗になった。
その頃には森にも日差しが差し込み足元が心なしか暖かく感じられた。
墓を拭き終わる頃には体も温まり、白い息は出てこなかった。
「……」
「もう4年か……この街もすっかり賑やかになったな」
「街もお前もどんどん俺から遠ざかっていく気がするよ」
「その内、昔が良かったなんて言い出すんじゃないか?」
「俺は今こんなだが、確実に今の方がいいね」
「そう言えるならまだ食らいつけるガッツはある。お互いめざとく生きようや」
「そうだな、ありがとう」
バーコフが励ましてくれたお陰で俺は少し心が救われた気がした。
「広場に戻るか。カイラル、またな」
「また来るぜ、カイラル」
◇
俺達は再び街へと踵を返した。時計台へ戻ると、先程に比べ人の出入りが増えていた。
「さっきの話だけどな……」
「? あぁ長くなるって言ってたやつか」
「それだ。今俺がいる冒険者ギルドなんだがな」
「うん」
「冒険者を目指す志願者の数が年々減ってきているんだ」
「なんだって……?」
俺は耳を疑った。そもそも冒険者という職種はこの世界の発展には欠かす事のできない存在だと自負している。言うなれば非力な人類がモンスターに対抗する為の後ろ盾の様なものだ。
冒険者の担う役割として主に僧侶、商人の用心棒が中心だ。その他にも獰猛なモンスターから農作物や生態系の保護、遺跡の調査など手広くやっている。
だが、それ故に冒険者になるまでの審査が厳しく、求められる条件が他の職種に比べとても多い。
だからこそ、その試練をくぐり抜けてきた冒険者達が目標に向かって一丸となり突き進む姿勢が人間という生き物の真価を発揮する。
何より冒険者が未知の領域を開拓する事は次世代の為の資源確保に繋がり、それが文明の発展、ひいては人口の発展を促進するのだ。
それがどんなパレードや有名な作家が彫った彫刻品よりも魅力を覚えるのだ。
破壊でも略奪でもない、希望や未来を後世に託す、そんな魅力を持つ冒険者という職種がたった今、衰退の一歩を辿っていることを他でもないバーコフの口から出たのだ。
「そ、そんな……信じられんな……」
「冒険者が中心となっている治安部隊の活動が遠因だな」
「! だが、それで今まで死活問題だった山賊どもやモンスターもいなくなっただろ?」
「大きい声では言えないが、そういう輩が居なくなったことで新たな職種が増えたんだ」
バーコフが言う“新たな職種”というのは、冒険者以外の職種の事だ。
そのどれもが最近になって生まれた職業である。いわゆる多様性の発展と呼ばれるものだ。
「具体的に言うとどんなものがあるんだ?」
「……これは決して特定の職種を目の敵にしているわけではないという事を念頭においてくれるか?」
俺は首を縦に振った。
「例えば……旅ガイド、剣闘士、狩人とかだな。だが今1番多いのは、冒険者の手を借りない別々の職種4人が組んだパーティだな。」
「冒険者のいないパーティだと……?」
「彼らだけで地下洞窟や遺跡に行って見つけた鉱物資源を回収したりモンスターの素材なんかを取りに行く事はもう一般的になりつつある」
「そうか、彼らの手に負えない輩は冒険者が既に倒している……」
「そもそも危険だと分かる場所へ行く選択肢は彼らにはないな。彼らからすればメリットがない」
「冒険者ではない者が深追いする方がかえって危険だしな」
「村周辺にいた山賊やモンスター達が討伐されて治安は回復。それに伴って流入する人口が増加して経済的成長が起こる」
「しかし彼らの職種が勢いを増す理由は何だ?」
「今まで発展の妨げになっていた奴らが居なくなった事で食糧問題は解決したな」
「そうなると余裕が生まれるな。すると次に求めるのは……」
「娯楽だな」
「そうか……! それで」
「しかし冒険者ギルドも無策な訳ではない」
「そうなるな」
「上の奴らは冒険者を目指す人口増加のために、求められる基準を俺達の頃よりも大幅に緩和した」
「か、緩和だって!?」
俺は耳を疑った。これで2度目である。
冒険者とは常に危険と隣り合わせな職種ゆえに、より深い知識量と底知れぬ体力が要求される。
これを満たしたのはバーコフやカイラルの様な人物だ。
しかし、それでもカイラルの様に命を落としてしまう者だっているのがザラだ。
それほどまでに過酷な職種であるにも関わらず採用条件を緩和してしまう事がどういう意味を持つのか。
そんなこと冒険者じゃ無い俺にだって分かる。
「難易度の高い依頼で死ぬ人間が今以上に増える……」
「確実にな。俺はそれを危惧して上に取り合ったんだが聞き入れてもらえなかった……!」
バーコフは項垂れた表情で空を見上げる。言葉の節々に悔しさがにじみ出ていた。
「確か、依頼者から受け取った金額は、半分が団体、もう半分は依頼を受けた冒険者に。という規定だったよな」
「ああ。その上で仮に冒険者が依頼の最中に落命した際、その金は団体へ行き、その金から4割を代理の冒険者に払って依頼を遂行させる。冒険者の生き死にに関わらず団体は必ず儲かる様になっている」
そう語るバーコフの表情には怒りが篭っていた。俺はただ呆気に取られているしかなかった。
「……」
「今から冒険者になろうと思えば恐らく1週間もかからないだろう」
「おいおいバーコフ。それ以前に団体が所有する山で3か月の合宿が必要だろ。これでも元冒険者志願だ。流石に引っかからないぞ?」
「ああ、あれか。そんなのもあったな」
合宿は年に1回行われる。
合宿への応募者は冒険者団体から渡された支給品のみで、指定された山に篭り3か月生き残るというものだ。
食べ物は全て現地調達が基本とされ、サバイバル期間中に怪我や病気などの理由で辞退の申し出をすれば待機していた冒険者によって救助される。
しかし3回以上繰り返した場合、冒険者になる為の受験資格を剥奪される。
この試験をやり遂げる忍耐力が無い者が冒険者としてこの先、1人で過酷な環境に耐えられる訳がないからだ。
この篩い分けによって忍耐力のある志願者を団体側は得られ、辞退者は結果的に命の危険に晒されない。お互いにとって利益となる試験でもあるのだ。
「その山は俺が駆け出しの頃に、既に娯楽施設の建設が始まっていた。」
「は……?」
「今は賭博施設だ。店の関係者と話す機会があったんだが、ウチの若い奴らが得意先としてきてくれるんでありがたいと言っていたよ」
「……」
奴の言葉に俺は面食らった。自分の知る情報と反した事実が矢継ぎ早に飛んでくればこうもなる。
「これが俺たちの憧れの冒険者の今だ」
「……」
「もう時代の最先端は冒険者ではないって事だ」
「そう……か……」
バーコフのその言葉に俺は俯くしか出来なかった。冒険者という存在に未来を信じていた俺にとって今の冒険者という職が、“過去の栄光に縋る何か”にしか見えなかった。
“昔は良かった”という言葉にまさかこんな形で共感する日が来ようとは思いもしなかった。
幼少の頃から憧れてきた職種は、新たな世代、価値観の誕生によって憧れの対象から前時代の遺物となりつつあった……。