第8話「頼霊」
6月3日投稿分の,3話目です。
新しいステージに移行し,狐魔姫のお使いに重要なアイテムをもらいます。
「さ,着いたぞい。 ここが今回の実習で泊まることになるホテルじゃ」
「やっと着いたんですねぇ……脚もおしりも限界です……」
燦燦と太陽の照り付ける昼下がり。
俺達綺羅ゼミ一行は,物静かな雰囲気のあるホテルの前に並んでいた。
ここが研究所に最も近い宿泊施設という説明はされたものの……見渡してみても,広がっているのは商店街にオフィスビル。 研究所らしき影も形も見当たらない。
「それで,研究所っていうのはどの辺にあるんですか? あまりそれらしい建物というのも見えないですけれど」
「見えないなんて当然じゃろう,研究所はここから魔導四輪を使って30分じゃぞ」
「えぇええ!? こ,ここからまだ進むんですかぁ!?」
「当然じゃろう,こんなに交通の便が良くない場所でもなければわざわざ3泊4日の宿泊施設なんぞ取るわけなかろう」
「しょんなぁ……がっくし」
朧谷魔導大学からは,駅までの転送魔方陣に加えて魔法列車を複数回乗り継ぎ,終着駅から更に歩いて10分以上経過している。
魔獣の生態研究をしている以上僻地にあるのは仕方ないにしても,限度というものはあるだろう……特に先ほど綺羅先生の言葉に反応した矢芽さんなんかは疲れた様子を隠すこともなく,スーツケースに思いっきり体重を預けている。
反面綺羅先生は召喚した小鳥に鞍を背負わせ,その上に乗って移動している。 足で歩く俺達と違って息切れする様子もなく,余裕綽々な様子だ。
「まぁまぁ,ホテルで休めるだけいいって思おうよ矢芽さん。
それで綺羅先生,早速チェックインされるんですか?」
「うんむ,まずは着替えなどの荷物を部屋に預けて,初日は自由行動じゃ。
今のうちに必要な物や土産なんかを買っておくが良いぞ」
「マジですか!? 流石先生,太っ腹~!」
「本来は今日から施設の見学に入る予定だったんじゃがな。
施設側に急な調査予定が入ったらしく,施設見学は明日からになったんじゃ」
「へぇ……なんだか不穏ですね」
「ま,お陰で儂らも余裕ができたんじゃ,ありがたくゆっくりさせてもらおうぞい」
こっちじゃと言うと,綺羅先生は錫杖を振る。
ぱたぱたと翼をはためかせながら自動ドアに向かっていく小鳥を追って,俺達もロビーへ向かうのだった。
「いらっしゃいませ」
「予約しておった綺羅じゃ,朧谷魔導大学大学院魔導生物学研究室」
「確認いたします……15時チェックインの綺羅ゼミ様ですね,お待ちいたしておりました,少々お待ちください」
今回実習に訪れたメンバーは,男子学生が3名,女子学生が2名,そして綺羅先生。
そのため綺羅先生は1人部屋,男子学生には3~5名が一気に入れる大部屋が割り当てられ,女子学生には1部屋用意されている。
「は~あ,全く,折角のお泊り実習だってのに,お部屋が男女で分かれている上に無許可で入るのも禁止だなんて,厳しいっすよねぇ先生も」
女子たちと別れた後,ちゃらちゃらとルームキーを指で回しながら不平と垂れるのはいつもの通り磯樫火郎。 一体何の期待をしていたのやら。
「ばーか,男女混合にできるわけねぇだろ,冷静に考えてさ。 ほら,さっさと鍵開けろ」
「うーっす」
磯樫が鍵を開け,先輩である俺達から部屋に入ると,クローゼットの隣に洗面所に繋がる扉,その奥にはツインベッドに小さなデスクが並んだ至って普通のビジネスホテルだ。
「意外と部屋自体はいいところだな」
「そうだな……ネットも完備されていて,レポートや研究資料もある程度までは作成できるのもありがたいことだ」
磯樫以外のルームメイトは,俺と同学年の畑楽久楼。
口数少ない生真面目な男で,既に修士論文も終盤に差し掛かっているらしい,成績優秀ながり勉を擬人化したような男だ。
「久楼,お前はどうする? これから夜まで自由行動らしいけど」
「俺は実習の準備をする。
調べてみたところ,いくつか研究所の名前で学術誌に掲載されている論文が見つかってな……調査した魔獣の生態について詳しく記載されていたから,それを纏めているところなんだ」
「本当かよ,すげぇなお前……俺は商店街で学生研究室に置いておくお土産でも見に行くよ」
「わかった,教授にお会いすることがあったらそう伝えておこう」
「おう,内容纏め終わったら見してくれよ」
「気が向いたらな」
その後適当に部屋を探索した後,デスクで作業を進める久楼に挨拶をして俺は部屋を後にする。
「あ,先輩!」
「おや,伏見じゃ~ん」
ロビーに出ると,昇降機の傍にいた二人が声をかけてくる。
片方は矢芽さんで,もう片方は俺の同期の女子学生,小坂椎菜。
「小坂に,矢芽さん。 何してんの?」
「何って,売店にいるんだからお買い物に決まってるでしょ? ねー珠恵ちゃん」
「そうですよ~,かわいいお土産いっぱいあるんですよ! ほら,これとか」
矢芽さんが手に取ったのは,お祭りで使う法被のような服装をした人形……なのだが,真っ黒の頭巾をかぶったその顔には表情が全く描かれていない奇妙なものだ。
「そ,それ……かわいいの?」
「あーあ,これだから伏見は。 こういうのは変に穿った見方をするんじゃなくて,素直に共感しとけばいいのよ。 だから彼女いないのよ」
「うるっせ,別にいいだろうがよ」
「ところで,ロビーに来たのは先輩もお買い物目的ですか?」
「そうだけど,さっき来る時に見かけた駅の地下商店街の方に行こうと思って。 学生研究室に置いておくお土産をね」
「おぉ~いいですね,私もあそこに置いてあるのよく食べるんですよ~,ご馳走様です」
「ははは,ま,期待してなよ」
軽く手を振り,売店できゃっきゃと騒ぐ女子たちと別れて俺はホテルをいったん出る。
音楽を聴きながら駅に向かっていると,不意に声をかけられる。
「もし,あなた……伏見弥彦さん,という人物を探しているのですが」
「……え?」
振り向くと,そこにいたのは俺の身長の半分ほどしかない少年。
彼の声はとても透き通っていて,周囲の雑踏がふっと意識から離れていくのを感じる。
まるで,かつて出会ったお狐様のような……不思議な高貴さを纏った人物だ。
しかし,突然自分を探しているという人間に遭って,はいそれは私ですと言えるほど警戒心が薄いわけではない。
「……さあ,誰のことでしょう」
一旦とぼけてみると,ふっと少年が頭を上げる。
その瞳は吸い込まれそうなほど深い青色をしており,まるで今俺がついた嘘も,これからつくであろう嘘も,全て筒抜けになっていますよと言われているかのようだった。
「……本当に,何もご存じありませんか」
ひとつひとつのやり取りに異様な長さを感じる。
いや,実際にきっと,相当長い沈黙があるのかもしれない。
「……仮に知っていたとしたら,どうするつもりなんですか」
相手が受け取った言葉に対し,その裏に潜む心理を探る。
そして,探り当てた裏を引き出すために必要な言葉を考える。
その後,考えた末に見つけた言葉を発する中で,目の前の存在がどのような裏を受け取るのかを観察する。
そんなやり取りをひたすら繰り返しているような,発する言葉のいち音いち音に至るまで意味を持たせなければならないやり取りが,俺達二人の間で交わされているのだ。
「……ひとつ,お渡ししたいものがございまして」
「……渡したい,もの?」
少年が懐に手を入れる。
その一挙手一投足に至るまで,全てが視界に入ってくる。
俺の意識の全てが,目の前の少年に集まっていくのがわかった。
「……こちらを」
彼が取り出したのは,小さな指輪。
広く平坦なその面には,恐らく何かの詠唱であろう刻印が刻まれていた。
「……魔具,ですか」
「……ええ」
「……一体,何の目的で?」
じっと視線をこちらに向けてくる少年の眼を,俺は真っすぐ見つめ返す。
そちらが情報を出さなければ,こちらもお前を信用するつもりはないぞ……という意味を込めてみたのだが,どうやらそれは相手に伝わったようだ。
「……御礼に参りました,と言えば……伝わる筈だと言っておりました」
「御礼……って!?」
あの時の記憶がフラッシュバックする。
『また,いつか……御礼に参ります故』
未だ鮮明に耳に残るあの言葉だ。
「……お狐様……!?」
恐らく俺の反応で確信を得たのだろう,少年はふっと微笑み頷く。
「……今一度確認を致します。
伏見弥彦さん,で……お間違いないでしょうか」
今やその問いかけに虚偽を答える意味はないのだが……俄然気になるのは,目の前の少年の正体だった。
「ああ,確かに俺が伏見弥彦だが……あんたはなんだ? お狐様とはどういう関係だ?」
問い詰める俺に対し,少年は平静を崩さず口を開く。
「私は頼霊。 あなたがたがお狐様と呼ぶ英霊・狐魔姫の後任。
50年前,山の入り口に建てられた社殿にて誕生した,新しい信仰の英霊でございます」
「新しい……信仰……」
やはり推測通り,麓に新しく建てられた社殿でお狐様とはまた別の信仰が生まれていたのだ。
目の前の少年は,今はまだ動けないお狐様の代理として,こうしてお礼を届けに来てくれたのだろう。
「現在,与謝撫村では狐魔姫の住まう山中稲荷神社へ信仰が戻っております。 収穫祭や盆祭りも,そこで行われることが決定し,狐魔姫の英霊族としての種族能力は高まりつつあります。
そんな中で,狐魔姫はあなたへの御礼として,この魔具を生成致しました。
この魔具は,あなたと狐魔姫とを繋げる魔具……あなたの想いの強さによって狐魔姫を呼び出すことが可能であるほか……は英依憑の契約儀式を執り行うことが出来る魔具となっております」
「……英依憑……?」
始めて聞く言葉だ。
契約儀式と言っていたし,何かとても大切なことなのだろうか。
「ええ。 それでは,使命は果たしましたので……さようなら」
「あ,あぁ……」
一礼して立ち去る頼霊。 彼を呆然と見ている間に,突然周囲の喧騒が戻ってくる。
「って,ちょっと!? おい,あいつどこいった!?」
詳細を聞かねばと思った頃には,どこを探してもあの英霊は見当たらない。
一体なんだったんだ……と思いながら,俺は指輪をとりあえず人差し指に付け,駅前の商店街に向かうことにした。
次のお話は明日の12時30分に投稿される予定です。
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