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第7話「在原魔獣研究所」

6月3日投稿分の,2話目です。

狐魔姫の居場所を奪った魔獣襲撃事件の犯人に関する可能性が考察されます。

「魔獣調査研究所の,見学実習!?」


 しとしとと雨の降りしきる昼下がり。


 研究室に召集された俺達に綺羅先生が告げたのは,新たなる屋外ゼミ実習の依頼だった。


「うむ……実は儂の知り合いに,魔獣を捕獲・飼育し調査研究を行ういかれた施設を経営する男がおっての。


 儂とも長い付き合いで,魔導生物学を専攻するゼミ生のお主らにはぜひとも奴の施設を内部まで体験してもらおうと思っておったのじゃ」


 愛用の錫杖をくるくる回しながら説明する綺羅先生。


 彼女の言葉に真っ先に興味を示したのは,燃え上がるような深紅の短髪に琥珀色の瞳をした快活な男子学生だ。


「すごいっすね! あの魔獣族を飼育だなんて。


 それって,所謂妖精庭(フェアリーパーク)や霊獣園みたいなものなんですか?」


 彼の名前は磯樫火郎(いそがしかろう)


 深紅の短髪に琥珀色の瞳をした快活な男で,俺の1学年下の後輩だ。


 彼の言っていた例はどちらも魔導生物である妖精族や霊獣族を飼育・研究し,一般にも公開している動植物園のような施設。


 妖精庭(フェアリーパーク)の方はどちらかと言えば自然保護区に近い場合が多く,自由気ままな暮らしを信条とする妖精たちの姿を保護観察しながら一般の人とも触れ合えるようにしている施設というイメージがある。


「んまぁ,最終的にはそうしようと計画しておるようじゃが……現在は,一般公開はしておらんな。


 安全性の認可が中々下りないと嘆いておったわ……当然じゃろうがと返したがな」


「で,ですよねぇ……」


 魔導生物の中でも,妖精族と霊獣族の2種族は,魔獣族や妖魔族,英霊族ら他の魔導生物と明らかに違う点がある。


 それは,出身となる世界の違いと,凶暴性。


 妖精族は,地上界に棲む花や草木,天気や昼夜などの人間から見た自然の神秘が具現化した存在。


 彼らは地上界で自由気ままに,楽しく平和に生活することを何よりの喜びとしており,自由を侵害されない限りはイタズラ好き以外の加害性は持たないことが多い。


 そして霊獣族は,地上界に暮らす動植物たちが大気中の魔力を取り込んで魔法を扱うことが出来るようになった存在。


 犬や猫などの動物や植物が魔力を持ったものというだけであり,その扱いやすさも魔力を持たない動物と大差ない。 それどころか意思の疎通ができる分魔力を持たない動物よりも接しやすいという話さえ出てくるほどだ。


 だがそれ以外の,魔獣や妖魔,英霊となると話が違う。


 英霊族は天界を,魔獣と妖魔は魔界を根源にもち,地上界に暮らす人間とは住む世界が圧倒的に異なるのだ。 特に魔界は地上界以上に弱肉強食,目の前の相手を殺さなければこちらが殺されるような世界で生きている者達だ。


 そんな奴らを飼育し一般公開しようだなんて,まず常人の考えるようなことではない。 先ほど綺羅先生が“いかれた施設を経営する男”と評していたのも,まぁ当然といえば当然レベルのことなのだ。

 

 しかしながらそうなると,疑問となってくるのは安全性。 手を上げたのは矢芽さんだった。


「先生,質問です。


 一般公開されてないってことは……やっぱり相応の危険性があるってことなのではないでしょうか。 貴重な体験をさせていただけるのはとても嬉しいですが,危険が伴うとなれば少し抵抗が……」


「その疑問は出てくると思うておった。 じゃが,その点は心配せんでも良いぞい」


「それはまた,どうしてですか?」


「この施設は結界術に関する魔法設備を徹底的に取り入れておるんじゃ。


 飼育スペースには強固な上に性質の異なる2重の結界が張られており,必ずその結界越しに観察するようになっておる。 そうすることで,仮に1重目の結界が破られ暴走した場合でも,2重目の結界によって観察者に危害が及ぶ前に対処できるようになっておるというわけじゃな。


 儂も何度か行ったことがあるのじゃが,一度も怪我させられたことはないぞい」


「そうなんですね……それなら安心できそうです」


「先生の場合,怪我したらそのまま致命傷になりそうですもんね」


「何か言うたか?」


「い,いえ!? 何も!?」


 先生にガチトーンで睨まれぴしっと姿勢を正す磯樫。 喧嘩は売るくせに反撃されたら平身低頭になる辺り,本気で下に見ているわけではないんだよな……


「まぁよいわ。 施設の概要は,今から送信する資料にある通りじゃから,各自で確認せい。


 日程としては,来月にある4連休を利用して,長期遠征という名目で行う。 宿泊施設も取る上,交通費以外は経費で落とせる予定じゃから,資金面では特に圧迫することはないじゃろう。 出来れば参加したほうがよいじゃろうと思うておるが,強制ではない。 今週末までに参加の可否を儂に連絡するように……ここまでの説明で何か質問は?」


「問題ありません,先生」


「うむ……それじゃあ,連絡事項は以上じゃ。 解散」


 全体を見回して追加の質疑がないことを確認すると,先生はぱんっと手を叩いて解散の合図を出した。


「……在原魔獣研究所……ねぇ」


 それから少し時間が経ち,同日昼過ぎ,場所は学生研究室――院生なら基本誰でも入ることの出来る,広めの集会所のような研究室のこと――。


 昼食を終えた俺は講義に使う資料作成を再開する前に一旦目を通しておこうと思い,先生に送ってもらったネットワークページを空中ディスプレイに投影していた。


「お,伏見……それ何?」


 声をかけられて振り向くと,そこにいたのは俺と同学年の男子学生,須極勇峨(すごく ゆうが)


 最近は実習で忙しいらしく,めったに研究室に来ない奴だ。 今もスーツ姿で分厚いファイルを脇に抱えており,恐らく実習帰りだろう。


「ん,あぁこれ? 来月ゼミで行く見学実習先の資料だよ。


 魔獣の生態研究をしているんだと」


「へぇ,あの魔獣を……それって,前に言ってた田舎の集落繋がりだったりするのか?」


「田舎の集落……与謝撫村のこと?」


「そうそう,アレも魔獣の出現に関する内容……次元の裂け目の調査だっけ。


 見学先にいる魔獣が,その時に捕まえた個体でした,とかあるかもよ」


「そんな都合いいことあるかよ,裂け目が出現したのは100年前だぞ?」


「いや知らないけど……まぁそんな前の騒動なら関連性はないか?


 まぁいいや,こっちも実習先のレポート纏めないといけないからな,そいじゃ」


「おう,ガンバ~」


 隣のテーブルに座ってレポート作成を始める勇峨を見ながら,俺はいましがたの会話を改めて考えてみる。


 先ほどはあー言ったものの,前回の調査と今回の実習に関連性が無いかと言われたら,確かに否定はしきれないように思う。


 100年前の次元の裂け目事件で出現した個体が研究されている……なんてことは流石に無いだろうが,次元の裂け目から出現した魔獣を中心に調査研究を行っているというのはあり得る話だろう。


 基本的に地上界と魔界は超魔法的な結界で隔絶されているため,魔界に棲息している魔獣族を地上界に連れてくるためには天界との交信が必須となる。


 境界を管理する大英霊オネイロスに嘆願し,地上界と魔界を繋げる許可を頂くことで,魔界への一時的な移動が可能となり,その境界を通じて魔獣を連れてくる必要があるのだ。


 当然嘆願が受諾されるためにはただ調査がしたい,魔界に興味があるだけでは不十分だし,受諾されたとしても凶暴な魔獣を生きたまま連れてくるには相当の捕獲技能と戦闘能力が必要になってくる。


 反面,次元の裂け目というのは発生こそ極稀とはいえ,オネイロスへの嘆願も必要なく魔獣が直接地上界へ侵攻してくる現象だ。


 危険こそ伴うものの,その鎮圧・捕獲は裂け目の発生場所に暮らす人々にとっても非常にありがたいこと……条例によって鎮圧に協力した団体に謝礼金を払う自治体も少なくないほどである。


 その資金を研究費・施設運営費の足しにできれば,そうした事業の継続も可能かもしれないとは思うのだ。


「……でも,それって……」


 英霊オネイロスに嘆願するという正規の手法に対して,次元の裂け目の出現で効率よく魔獣のサンプル回収が出来る……と,いうことは。


 即ち,人工的に次元の裂け目を開くことで,研究が加速する……ということも発想として浮かぶのではないか?


『誰かが自身の能力を使って次元の裂け目を開いたんだとしたら,この数値にも納得がいく,ってことになりませんか?』


 食堂で話した矢芽さんの言葉がフラッシュバックする。


 綺羅先生だって言っていた。


 100年前の次元の裂け目は……誰かが意図的に開いた可能性も捨てきれないということを。


 まさか,そういうことなのか?

 

 次元の裂け目を意図的に開くことの出来る人物が,研究所に在籍している?


 その存在は,妖魔族や英霊族などの長命種で……研究所内にいる魔獣は,そいつが開いた裂け目から呼び出されたもの?


 そして……研究調査に利用するために,与謝撫村をはじめとした集落の近辺で,次元の裂け目を開いて事件を起こしていた?


 そんなはずは……と思いながら,みるみるうちに動悸が早まる。


 繋がってしまう。


 説明が出来てしまう。


「……お狐,様……」


 彼女の姿を想像する。


 あのお狐様が,果たしてそのようなことを許容するだろうか?


 次元の裂け目が開いた推定地は,綺羅先生曰く神社の周辺。


 そのような場所で不穏な動きをする集団がいたら,お狐様が黙ってはいないはずだ。


 人工的に形成された可能性がある……というのは綺羅先生も認めるところではあるものの,そのような組織だった計画というわけではないだろう。


 お狐様の優しい笑みを思い浮かべることで,なんとか最悪な思考の連鎖を断ち切る。


 そうだ……研究所の詳細がどうであれ,綺羅先生がその施設の管理者を信頼しているのは確かだ。


 そのような外道な手法で研究資料を調達するような場所なら,そもそも存在が世間から許されることだってないだろうに。


「……なんにせよ,行ってみるしかないな」


 資料を閉じ,綺羅先生に参加を希望する旨の連絡をする。


 お狐様のおかげで気持ちの切り替えも出来た俺は,講義に使う資料の作成に取り掛かるのであった。




次の話は同日18時に投稿される予定です。

今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。

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