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第6話「それぞれの想い」

6月3日投稿分の,1話目です。

お狐様の恋心と,彼女が主人公に惚れ込んだ理由が描かれます。

「ふぅ……」


 夜になり,部屋に戻った俺はいつものように夕飯の準備を始める。


 冷蔵庫の中に残っているものは……豚肉の賞味期限がそろそろのようだ。 今日は生姜焼きにしよう。

 

「それにしても……まさか綺羅先生の口から,はっきり言われるとは思わなかったな……」


 100年前の次元の裂け目発生事件……お狐様の集落を蹂躙したあの事件に,黒幕が存在するかもしれないという可能性。


 仮に人間だった場合既にそいつは亡くなっているだろうが,妖魔族や英霊族などの長命種だった場合,まだ十分に生き残っている可能性はある。


 もし今後も次元の裂け目の調査を続けるのだとしたら,そいつと戦うことになる可能性だってあるのかもしれない。


 そうなった時……俺達はそいつに対抗できるだろうか。


「……お狐様……」


 目の前の豚の生姜焼きを黙々と食べながら俺は考える。


 英霊族……聞くところによると,その力の根源は人々から得られる信仰心だという。


 神に準ずる種族として一定の強さは持ち合わせているという話は聞いたことがあるが,資料によっては落ちぶれた英霊は魔法を使えないただの動物にすら劣ることもあるのだとか。


 もし俺があの時お社を修繕しなかったら?


 もし100年の間に神主の家系が途絶えたり,長老などのお狐様を待つ老人たちがいなくなったりしていたら?


 お狐様は,あの時俺を襲ってきたデスワームにも敗れてしまっていたのだろうか。


『また,いつか……御礼に参ります故』


 お狐様の言葉……思い起こすのはもう何度目だろうか。


 あの時は,ただ能力でお社を直しただけなのに凶悪な魔獣から守ってくれた上御礼までしてくれるなんてと思っていたけれど,信仰の根幹となると同時に住処でもあるお社を丸ごと修繕したというのは,彼女にとって相当特別なことだったのかもしれないなと思う。


「ご馳走様」


 しかし……結局のところ,あの集落の信仰はどうなったのだろうか。


 あの集落にはお狐様の社とは別に,麓に新しく建てられた社殿があったはず。


 集落の子供たちはあのお社こそ地元の信仰の根幹だと思っている節があったし,お狐様とはまた別の信仰が生まれていてもおかしくないよな……とは思う。


 そうなった場合,その信仰の対象となるのも英霊族……つまり,そいつに任せてお狐様は自由に動く,なんてことも出来るのだろうか。


「……もしかしたら,本当に……俺のところに来てくれたり,なんてな……」


 ふふっと笑みを浮かべる。


 確かにちょっとだけ……気持ち悪い考えはしているのかもしれないな。


……………………………………


 伏見弥彦がそのような物思いに耽っている頃。


 綺羅研究室が調査を行っていた集落――与謝撫村(よしゃなでむら)――の山腹にある稲荷神社では,2体の英霊族が小さな宴を行っていた。


「はぁ……本当に,どうすればいいのかしら……」


 一体は,ふさふさの耳をぴこぴこと揺らし,机に突っ伏す少女の姿をした英霊。


 その腰には金色の毛並みに覆われた豊かな尻尾が生えており,彼女の感情を表すようにゆらゆらと揺れ動いている。


 彼女の正式な名は,狐魔姫(こまき)


 100年前,次元の裂け目が開いた時に守り神として戦った存在だ。


 そしてその傍にいるのは,もう一体……齢7~8歳程度の少年の姿をした英霊,頼霊(よりたま)だ。


「……もうその言葉,何回目ですか狐魔姫様」


 久しぶりに山のように供えられた油揚げとお神酒を貪る狐魔姫を見てため息をつく頼霊。


 その様子は,さながら酔っ払いのお世話をする居酒屋の店員だ。


「だってぇ……私,こんな感情になったことなんて一度もないもの……」


「全く,これが600年間を生きた歴史のある存在の姿ですか,みっともない」


「ふんだ,ふんだ,まだ誕生して50年の頼霊にはわからないわよ。


 どれだけの年数生きたところで,ただ田舎の集落で信仰されるだけの英霊には縁談なんて来ないものなのよ」


「誇らしげに胸を張っているところ申し訳ないですけど,相当恥ずかしいこと言っている自覚はございますか?」


 要するに狐魔姫の抱える悩みというのは,600年間拗らせ続けてようやくできた初恋相手の伏見弥彦に対して,どのようにアプローチをしてよいのかわからない……ということだ。


「だいたい,どうしてそんなにもあの男に肩入れなさっているのですか?


 ただ単に社殿を直してくれたというだけでは,説明がつかないと感じているのですが」


「……そうかもしれないわね」


 身体を起こした狐魔姫の眼はとろんと蕩け,酒に酔っているだけでは説明がつかないほど赤らんでいるようにも見える。


「……彼がしてくれたことはね。


 ただ破壊された社殿を直してくれた……それだけじゃないのよ」


 むくっと立ち上がって部屋の隅に歩いていく狐魔姫。


 そこには新品同様のつややかな輝きを放つ,狐魔姫の胴体と同じくらいの太さの柱が立っている。


「わかるかしら……この支柱と,あなたの建ててもらった分社にある支柱との違い」


「……違い,ですか?」


 頼霊が支柱の傍によってみると,それは仄かに天界のエネルギーを放っている。


 それだけではない。


 この支柱は,頼霊が普段使っている分社のどこにも使われていない木材で出来ているのだ。

 

「これ……まさか,ヒノキの木……!?」


 ヒノキ。


 それは,現在は絶滅した種類の樹木であり,緻密な木目と思わず息をのんでしまうほど美しい白の光沢を最大の特徴としている。


「そうよ,しかも国内産の。


 この社殿はね……あの冥望異変よりも前に作られたものなの」


 冥望異変。

 

 それはおよそ480年前に発生したとされる大異変。


 それまで魔子がほとんど存在しなかった地上界に「冥府の扉」と呼ばれる巨大な境界が開き,冥界・地上界・魔界・天界の全てが渾沌に包まれ崩壊したという。


 その渾沌の影響で英霊たちを祀る寺社仏閣の社殿に使われる木材もほとんどが失われたとされており,50年前に頼霊が作ってもらった社殿には冥望異変後に新しく品種改良された御霊杉(みたますぎ)が使われている。


「600年前……地上界で起きた仏の排斥運動の中でこの社殿を作ってもらってから,ずーっと私はここに住んできたの。 この木材の香り,真っ白の表面……すごく素敵で,お気に入りだった。


 冥望異変でヒノキが滅ぼされて,もう社殿をおんなじ素材で造りなおすことが出来ないってわかった時は……この社殿が朽ちると同時に私も一緒に死ぬんだって思ったわ。


 300年位前には,大規模な改修工事を当時の神主主体で進めてくれたこともあったの。


 けど,私はこの木が好きだったから,ヒノキを使わなくちゃイヤって我儘言って,改修は縁側や一部の床板,手水舎みたいな表面だけに留まった。


 半分くらい,諦めていたのよ……次元の裂け目から出てきた魔獣に蹂躙される社殿を見て,私の信仰,存在も……ここまでかなって」


「……それを,600年前当時と同じ素材,美しさで……完璧に修繕したのが,あの伏見弥彦であった,と」


 こくんと頷く狐魔姫。


 確かに,そういった理由ならば彼が特別な存在になるのもうなずける。


 建材の修繕を行うことの出来る魔法師,というだけなら数多いるだろうが,その中でも当時の素材を保持したまま,既に絶滅した種類の木材を使って……そんな芸当が出来るのは,恐らく彼の持つ何らかの固有能力にしかできないことだろう。


「それを聞いてしまっては仕方ありません。


 私もれっきとした狐魔姫様の従属官……あなたの恋路を,出来る限りサポート致しましょう」


「っふふふ……お願いするわ。 頼りにしてるわよ,頼霊」


 ぽんぽんと狐魔姫は優しく頭を撫でてくれる。


 その包容力は英霊として生まれたばかりの頼霊には出せない,女神のような安心感を与えてくれるものだった。


「とはいえ……さて,どのように伏見弥彦との関係を構築いたしましょうか」


「ぁぅ……そ,そこなのよねぇ」


 狐魔姫がやろうとしていることは,まるで児童向けのお伽噺に見られるような,高位英霊族と何の変哲もない地上界の人間が交わる異種婚姻譚そのものだ。


 とはいえ,その恋を成就させること自体は,そこまで難しいことでもない。


 当然といえば当然の話だが,100年前の,狐魔姫が1人で神社をやりくりしていた時代であれば,まず不可能なことだったろう。


 彼女は神社に祀られる御神体そのものでもあるため,仮にこの村から離れてしまえばその加護は村から消え果て,豊穣の恵みも与えられなくなってしまう。


 ご神体が英霊族1体しかいない場合,その存在と婚姻関係を結べるのはその集落に骨をうずめる覚悟を決め,集落の信仰と最も密接な関係を築くことを誓った存在のみ。


 つまり伏見弥彦が養子となって,神主の家系を継ぐこと以外に選択肢はなかっただろう。


 しかし今では頼霊がいる。


 彼は50年前,狐魔姫の住まう社殿の代わりとして山の麓に建造された,新たな社殿で生まれた英霊……つまり,新しい本尊としての素質があるのだ。


 勿論狐魔姫が何十年と集落を離れることはあまり推奨されることではないが,彼に本尊の役割を譲渡することで狐魔姫はある程度自由に動くことが出来,与謝撫村と何の関係もない伏見弥彦と婚姻関係を結ぶことだってできるのだ。


 結ばれることの障壁がない今問題なのは,どのようにしてきっかけを作るか……そして,狐魔姫が目指す関係性を,果たして構築することが出来るのか,だ。


「単に婚姻関係を築くだけでは味気ないわ。


 何かもっとこう……硬い絆で結ばれた,共に戦うパートナーみたいな! そんな関係がいいのよ」


「共に戦う,パートナー……ねぇ」


 眼をキラキラさせながら語る狐魔姫に,頼霊は呆れたように溜息を吐く。


 そう,単純に要求値が高いのだ。


 600年間拗らせた英霊は,ただ一般人と結ばれて,好きなところで平和に暮らすだけでは物足りないらしい。


 もっと劇的な,二人にしか築けない関係というものをご所望のようだ。


 めんどうくさ……と思いつつ何の気なしに考えていると,ふっと頼霊の頭にあるアイデアが思い浮かぶ。


「狐魔姫様……こんなのはどうでしょうか?」


次の話は同日12時30分に投稿される予定です。

今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。

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