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第4話「異常値」

6月2日投稿分の,4話目です。

ヒロインが1人登場します。

「うーん……むむむ……」


 調査を終え,朧谷魔導大学の研究室に戻った俺達は,早速採取した魔導鉱石の解析に入っていた。


 今回俺達が手に入れた次元の裂け目の痕跡は,大小合わせて十個程度。 その成分を解析することで,裂け目が発生した要因や規模,出現した魔獣の種類などが特定できる。


 筈なのだが……


「……なんだ,この反応……? 参考書にはφ値がこんな値になるなんて書いてないぞ……?」


 俺が頭を抱えているのは,手水舎の傍で見つけた痕跡。 綺羅先生によると,風化によって自然と消滅することの多い次元の裂け目の痕跡において,100年ほど前のもの且つここまでの大きさで残っているものはかなり珍しいそう。 裂け目の中核となった部位である可能性も高く,その情報量も桁違いなのだとか。


 発見したのが俺だということで,要するに一番大変で面倒な作業を押し付けられることになったわけなのだが……思っていたのと違う大変さに困惑と苛立ちが加速する。


「えぇっと……? φ値が表しているのは,生成吸収性……つまり,周囲からどのくらい魔子を吸収して形成されたか? 例題に載っている値は2,586に,大規模なもので3,465? 要するにそんくらいの値を出すってことだろ?」


 魔子というのは大気中に存在する素粒子であり,魔法の根幹となる存在。 体内に取り込むことで法子と呼ばれるエネルギー体に変化し,それを個々人の持つ魔法回路に流すことで俺達は魔法を扱っている。 


 次元の裂け目は,この魔子が地上界と魔界双方の大気中から取り込まれ,混ざり合うことで形成されるらしく,その吸収度合いを生成吸収性というようだ。 数値的には,概ね2,000~3,000程度の値を取ることが多いらしい。


 そうだというのに,分析のデータに移っているのは……162。 これは要するに,この次元の裂け目が発生するために周囲から吸収した値が圧倒的に少ないということ。 これが何を意味するか……仮説を立てるなら,俺が考える限り2パターンのみ。

 

 1つは,出現した次元の裂け目があまりにも小規模なもの……それこそ,人差し指の第一関節程度の大きさしかなかったという仮説。


 そしてもう一つは……周囲からエネルギーを取り込むことなく……急に。 突然。 何もないところから巨大な次元の裂け目が発生したという仮説。


「どういうことだ? そんなことが起こり得るのか? ミニマムサイズの裂け目から大量に魔獣が出てくるだとか,こんな大きな痕跡が出るなんてこともあり得ないだろうし……そしたら突然現れた方にするか? いやぁそんなこと……」


 どちらにせよ,少なくとも俺一人の判断ではどうしようもない気がする。 一度綺羅先生に聞いてみるか……?


 そんな風に思っていると,突然俺の頬に冷たい感触が触れる。


「うわぁ!?」


「せーんぱい♪ お疲れ様です,調子はどうですか?」


 驚いて振り向くと,そこに立っていたのは橙色のショートボブが良く似合う,天真爛漫な笑みを浮かべた女性。 手に持った缶コーヒーはまさしく俺が毎度買っているものだ。


 矢芽(やめ) 珠恵(たまえ),俺と同じ綺羅研究室の後輩だ。


「あぁ,矢芽さんか。 調子は……どうだろうねぇ,あんまりよくないかもしれない」


「はい,そう思います。 ずっとうんうん頭抱えて,参考書とにらめっこしてるんですもの」


 かんっとコーヒーを置きながらさらっと告げる矢芽さんに俺は頭を抱える。


「わかってるんなら聞かないでくれよ……そっちはどうなの? ゼミレポート,終わった?」


「はい,見つけた痕跡も手のひらサイズで情報量少なかったですし,結果ももうめっちゃテンプレート! って感じのが出てくれたんで,サックーンと終わっちゃいました」


「それはいいね。 こんだけ情報量多くても,矢芽さんのみたいにパッと見て本に載ってるような値がすんなり出てくれたら楽だったんだけど」


「異常値が出たんですか?」


「そう。 φ値があんまりにも低くてさ。 どう解釈すりゃいいのかなって」


「そうなんですね……綺羅先生はなんて?」


「ちょうどこれから聞くところ。 でも今日は講義と職員会議で夕方まで戻らないだろ? だからそれまで暇になるかなぁ」


「そうなんですね……だったらこれから学食に行きませんか? ちょうど今お昼過ぎですし,空いてると思いますよ」


「あぁ……確かにもうそんな時間か。 ありがとう,なら一緒にいこうか」


 この誘いは彼女なりの気づかいだろう。 食事をすることはついでで,堂々巡りになっている俺の様子を見かねて気分転換を提案してくれたのだ。 そういうことならば断わるわけにもいくまいと思い,俺は先生に面会依頼の連絡を入れてから連れ立って学食に向かうのだった。


「それで,先輩。 結局異常値って何だったんですか?」


 しばらく経って学食に着き,食べているうちに矢芽さんが疑問を投げかけてくる。


「あぁ,そうだなぁ……異常値っていうかエラー吐いたわけじゃないんだけど,参考書の内容とかけ離れた値がでたというか。 そんな低い値が出る? みたいな」


「低い……?  それってもしかして,φ値ですか?」


「あ,そうそう! あれがもう3桁とかになって,どういうことなんだ? ってずっと考えててさ。 もしかして,矢芽さんも?」


「そうそう,そうなんです! 私もすんごい低い値になって,どうしよっかなーって思っちゃって!」


「え!? で,結局どうしたの?」


「わかんなかったんで誤差として処理しました!」


 がっくりと肩を落とす。 確かに痕跡は小さければ小さいほど観測誤差が生まれやすいともされており,てのひらサイズだったという彼女の言葉を信じるなら,そういうふうにしてもいいかもしれない。


 俺の扱っている痕跡は大きさが違うため,そのような誤差が生まれることはまずないだろう。


「誤差って……そんな適当にやって出ちゃった外れ値を考えなくていい,みたいな免罪符じゃないだろ。 先生に怒られるぞ?」


「まぁ,その時はその時ですねぇ……それに,先輩と同じような値が出たんだったら仮説のところをパク……さ,参考に! すればいいわけですからね」


「おい,今だいぶ無責任な発言しかけたな……? 参考にするのはいいけど,使っていいのは一緒に仮説を考えてくれた場合だけだからね」


「わかってますよ。 今先輩が考えてるのはどんなのなんですか?」


「あぁ。 今のところは……」


 矢芽さんに先ほど考えていた2つの仮説について説明していると,彼女はふんふんと聞きながら深く考え込むようなしぐさを見せる。 一応真剣に考えてくれてはいるようだ。


「確かに,どちらも突拍子もないというか……そんなことある? みたいな仮説ですね」


「そうだろ? 流石に何の根拠もないし,そんな仮説で綺羅先生に相談は出来ないかなって」


「そうですね……極小サイズ説か,突発説か……或いは何か私達の知らない要因があるのか……って,んん?」


 考え込んでいた矢芽さんは,ふと何かに思い至ったように顔を上げる。 その表情はどこか引き攣っていて,何か恐ろしい結論にでも達したような様子だった。


「どうした?」


「先輩……確かφ値って,生成される際に周囲から吸収したエネルギー量……ですよね」


「ああ,参考書にはそう書いてあったね」


「その値が低いことって,周囲の大気からではない……別のところから供給されたエネルギーを使って,形成されたってことじゃないでしょうか」


「別のところ?」


「そうです。 例えば……いち個人,とか」


「……は?」


 どういうことだ。 個人から供給されたエネルギーを使って,形成された次元の裂け目? 確かにその考えが成り立つのであれば仮説も立証できるだろうが,仮にそうだとしたら……


「特定の人間からのエネルギー供給であれば,φ値に反映されない……つまり,誰かが自身の能力を使って次元の裂け目を開いたんだとしたら,この数値にも納得がいく,ってことになりませんか?」


「……意図的に引き起こされた事件だったって言いたいのか?」


「勿論手段や目的は判りません。 けど……何もないところから周囲の魔子を吸収することなく突然出現した,なんて非科学的仮説よりは,裂け目を作り出すことのできる何らかの能力を持った魔法師による事件とする方が,説得力ありませんか?」


「確かにそうかもしれないけど……」


 あまりに非倫理的だ。 仮に何らかの意図や目的があったとしても,それによって齎された結果は魔獣族による大量虐殺。 本当に黒幕がいるのだとしたら,到底許される行為ではない。


 お狐様を信じる集落の人たちを半数以下にまで減らして,お社まで破壊して。 


「……一体,なんの恨みがあってそこまで……」


「恨み,ですか?」


「そうだよ。 お狐様だって必死に集落の人々に豊穣の恵みをもたらしてきたんだ。


 あんなにも綺麗で優しくて,民衆想いのお狐様をそんな目に遭わせるなんて,まともな存在のすることじゃあないだろう」


「先輩……」


「だいたい,それで黒幕は何を得られるって言うんだ。 お狐様から信仰を奪うことか? それともお社を破壊すれば十分だったのか? 住民にまで手を出して,お狐様を悲しませて……一体,どうしてそんなひどいことが出来るんだよ……」


「……そんなにお狐様が大事ですか?」


「……は?」


 ふっと顔を上げると,矢芽さんは何やら険しい表情でこちらを見つめている。


 何か変なこと言ったかな……と思っていると,こちらを品定めするかのように,矢芽さんは視線を維持したまま頭を動かす。


「私はただ,この事件の裏には黒幕がいるかもしれない,としか言っていませんよ。


 別に,お狐様を狙ったかもしれないだとか,お狐様が大切にしていたお社を破壊したのもその黒幕かもしれないだとか,お狐様を信仰する住民がどうだとか……そんなこと,一言も言っていません」


「何が言いたいんだよ」


 煮え切らない態度についつい語気を強めてしまう。そんな俺の様子を不服そうに眺めながら,矢芽さんは続ける。


「私,英霊族にあったこともないですし,よくわかんないんですけど……一度会うだけでそこまでの印象に残るって,少し異様だと思うんですよね」


「異様……?」


 ええ,と軽く返事をすると,矢芽さんは少し押し黙った後……意を決したように問いかける。


「ねえ,先輩……お狐様って,どんな方だったんですか?」


次の話は同日21時に投稿される予定です。

今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。

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