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第3話「お狐様」

6月2日投稿分の,3話目です。

お狐様と村人たちとの関係と,彼女の種族的背景が描かれます。

「なんと……!! 院生さん,あんたお狐様に会ったのか!?」


「ええ,はい……山奥にあったお社を修繕した後,すぐに」


 日が暮れたことで調査を終えた俺達は,長老のおばあさんに山の中の神社と青い炎を操る女性について報告していた。 昼間に助けてもらった女性は,やはりこの集落で信仰されていた神様のようで,話を聞いた長老の婆さんは今にも倒れそうなくらいに目を見開いて驚愕している。 


「ぁあ,お狐様……今でもあの廃れてしまったお社にいらっしゃったとは……そのようなこともわからずに,我々はなんと無礼なことを……」


 頭を抱え,涙を流す長老。 それほどまでに信仰心が高いのは凄いことだと思うが,俺達にはその心情についていけない理由があった。


「無礼,とはいいますが……麓にも同様の神社がありますよね? 信仰しなくなったわけではない以上,そんな気持ちを抱く必要はないのでは……?」


 俺のその疑問に答えたのは,傍で聞いていた麓の神社の神主だ。


「ええ,確かに麓にもございます。しかしながら,我々は……神様の想いに応えることがどうしてもできなかった,煮え切らない過去があったのです」


「煮え切らない,過去……」


「はい。 世代である祖父からずっと,聞かされておりました」


 神主が話すところによると,こういうことらしい。


 かつてこの集落は,俺が修繕したあの神社を中心に信仰されていたらしい。 毎年のようにお祭りが行われ,それはもう賑わっていたようだ。


 それが崩されたのが,100年前の次元の裂け目発生事件。 集落の住民も必死に神社を守るために戦ったが,二晩にもおよぶ魔獣の進撃に耐えることが出来なかった。


 何とか本殿は原型を残したまま持ちこたえたが,それ以外の施設は破壊され,人口も半分以下に激減してしまったのだそうだ。


 そして事態の収束後に問題となったのが,神社の再建。 崩壊した当時の集落の力では,自分たちの家すら建て直す力がなかったほどであり,山の中にある神社の再建など夢のまた夢だったらしい。


 結果として,神社の建て直しは放棄され,毎年のお祭りが行われることも,山腹にお社が存在することすらも,知っている者は少なくなってしまったのだという。


「せめて……せめてお狐様への信仰だけは失くさないようにとそこの神主にお願いして,麓に分社を建ててもらったものの……やはり無理じゃった。 あの社殿で行われたような豊穣祭も出来ず,申し訳ない気持ちでいっぱいだったのじゃ……」


 おいおいと嘆く長老の背中をさすりながら,神主の青年も涙を流す。


「実は……父も私も,半ば諦めていたのです。 ご老人たちには申し訳ないですが,あの廃れた神社にお狐様など,もう残ってはいないのではと。 破壊されてから何十年もたっているのだから,とうの昔に天界に還ってしまわれただろうと思っておりました。 ……ずっと,お狐様は待っていらしたのですね」


 しんみりした空気になったなぁ……と気まずそうにしていると,突然長老の婆さんが飛び起きる。


「わぁ!? ちょ,長老さん!?」


「そうじゃ,こんなことをしておる場合ではないじゃろうて! もう本殿は再建しておるのじゃろう!? お狐様も元気な姿でおられるのじゃろう!? 早速まちのみんなでお参りに行かねば! 老人会に伝えねば! 何をしておる,お前も行くのじゃ!」


「ちょっと,おばあさん! そんなにはしゃいだら持病が悪化してしまいますよ!?


 ……ちょっと,私はおばあさんを追います。 兎に角,この度は神社の本殿を修繕していただいて,本当にありがとうございました。 失礼します」


 はしゃぎながら飛び出していった長老を追って,神主も部屋を後にする。 あれだけ急いでいてもお礼を欠かさない辺り,流石礼儀のしっかりしている人だ。


「……なんだか,最後は騒がしかったのう」


「そうですね。 でも,僕のしたことをきっかけに村に更なる活気が戻りそうでよかったです」


 あきれ顔の綺羅先生に笑みを返すと,どかっとミニマムサイズの椅子に座った先生はこちらをじっと睨みつける。


「……ところで,伏見?」


「はい,先生」


「この集落で信仰されている,お主が遇ったというお狐様……どんな存在じゃと思うておる?」


「え? ど,どんな存在って……神様,じゃないんですか?」


 きょとんとした俺の返答に,綺羅先生は心底失望した溜息を吐く。


「神……すなわち,超越魔導生命か?」


「いやまぁ,そこまでの力はないような感じもしますけど。 けど,集落の人たちもそう言っていますよね?」


「お主,さては儂の講義を受けておらんな? 『神仏の真実―魔導生物学の観点で見る神話・宗教と民俗学―』,ページは自分で探せぃ」


「ぅえ!? は,はい!」


「探しながらでも聞いておれ。 地方の神社や神殿で祀られている,“神”と呼ばれる存在に関する内容じゃ」


 俺は慌てて綺羅先生の講義で使っていた教科書を開く。 必死にページをめくっている間にも綺羅先生の説明が始まってしまう。


「魔導生物学に於いて,神とは超越魔導生命に分類されておる。 その力は天龍族,皇獣族に並び,普通魔導生命たる霊獣族,魔獣族とは文字通り次元の違う強大さを持っておるんじゃ。


 教科書に例示されておるのは天候かのう? グラシア大公国の主神ゼウス,マヤ共和国のケツァルコアトル,我が国における太陽神天照大御神のような存在であれば,民衆の祈りを聞いて天候を操ることなど本来造作もないことなのじゃ。


 しかし,現実はそうともいかない。神社に祭られている神様に祈っても,祠に集落総出で願いを捧げても,それで天候が都合よく変わるわけではない。 この要因は,何であると述べられておる?」


「えぇっと……それが,神の力を与えられた家臣である,英霊族であるため。 英霊族とは,神に力の一部を分け与えられた普通魔導生命の1族であり,信仰をエネルギーに変換する種族能力によって局所的に神と同様の力を行使することが出来る。 そのため住民からは本物の神とされることも多いが,そのほとんどが大きすぎる期待を持たされた,“神の使いに過ぎない者達”である」


「そういうことじゃ」


「つまり……俺が遇ったお狐様っていうのも……本物の神ではなくて,英霊族だったんですね」


「……期待外れじゃったか?」


「いえ,そんな……って,期待……?」


 先生の問かけに引っ掛かりを覚えた俺は,反射的に教科書から顔を上げる。


 目の前の,こちらを見つめる小さな目は,俺の心を見透かすような……どこか,俺のことを試すような色を帯びている。


 この質問に,俺は一体どのように返答すればいいのだろうか。


「毎年講義のレポート課題として出しておる問いのひとつじゃ。 このような,人と英霊……期待される偽りの神の話を聞いて,何を思う?」


「……期待される,偽りの神……」


 ここでいう“期待”というのは間違いなく,先ほど先生が俺に聞いた“期待外れ”に繋がってくるはずだ。 お狐様に対して思った――なんだ,本物の神ではなかったのか――という感情に。


 英霊族は,神の使い。


 教科書の内容に従えば,局所的には彼ら英霊も神と同等の力を扱える……すなわち,民の期待に応えることは出来るはずだ。 お狐様だって,この集落で長い間信仰されてきたということは,集落の人々がそうだと思い続けるほどには「神」であったということだ。


 しかしそれは,集落の人々が“お狐様は本物の神ではない”ということを知らないからなのだろうか? 集落の人々はこの事実を知った時,そうだったのか,期待外れだったと……もっと言えば,騙されたと思うのだろうか?


 しかし,もし仮にそうなった場合,彼女のこれまでしてきたことには,どのような価値があるのだろうか?


 直近で彼女の行った,魔獣から俺を助けるという行為は,彼女が神だったから価値が出たのか? 彼女がこれまで行ってきた豊穣の恵みは,彼女が神だったから価値が出たのか? 


 彼女が最初から英霊族と名乗って恵みを施していたら,住民からこれほどの信仰は得られたのだろうか? もしそうではないのだとしたら,それは本当の彼女を見ているといえるのだろうか?


「可哀想だと思うか? お狐様が」


 思慮を巡らせていると,綺羅先生の言葉が飛び込んでくる。


「それは……」


「学生たちはレポート課題の中でよぉく書いてくるんじゃよ。 大きな期待を寄せられて辛いだろうとか,実力以上の重い期待を寄せられる英霊族の者達が可哀想だとか……神という肩書があって初めてその働きに価値が出るとか,同じ働きをしているのに英霊族というだけでワンランク落ちるのは残酷だとか,書いてくる者も少なくない」


 確かに,教科書の内容だけ見ていればそのような価値観になるだろう。 実際俺も,そうした感情に至ることになったのだから。 だが,実際に目の前でお狐様と関わったからだろうか……俺の中には,少し違った考えが芽生えていた。


「……しかし,本当につらい想いをしていたり,残酷だと思っていたりするのなら……100年間もの間放置されたお狐様が,廃れたお社に残っているものでしょうか。 修繕をした僕にお礼を言いに来るほど,お社への愛着を持つものなのでしょうか」


 俺の返答に,綺羅先生はふっと笑みを返す。 まるで,次元の裂け目の発見につながる重要な手がかりを見つけたかのように。


「無論,祀られている個体ごとに意見というものは異なるじゃろう。 じゃが……なんだかんだ言うて,人間も,英霊も,普通の魔導生命じゃ。 その関係を,余所者の尺度で決めつけるのはどうなんじゃろうな」


 そう言うと綺羅先生は,狼を召喚してぴょんと飛び乗る。その姿は,毛皮に埋もれて見えなくなってしまった。


「儂が言えることはここまでじゃ。 あとは自分で考えながら……お狐様とやらのご機嫌を伺うことじゃな」


 とてとてと部屋を後にする尻尾を眺めながら,俺はその言葉を噛みしめる。


 お狐様のしてきたことの意味と,住人が寄せる想い。


 きっとそこには,種族の違いとか,損得とか,そういったものとはまた違った信頼があるのかもしれない。


次の話は同日18時に投稿される予定です。

今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。

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