第20話「進化の魔法陣」
6月7日投稿分の,3話目です。
最終決戦に向けた計画を立てる様子が描かれます。
群青と黄金の爆炎が入り交じる。
轟音が空地を揺さぶり,地形を破壊していく。
木々は焼き払われながら再生され,幹をつけた草木自身が炎をまとい始めるものまで出てくる。
修行を始めてから実に三ヶ月。
俺と炊屋先生との戦闘修行は獣神門神社の境内を飛び出し,天菩空地全域に広がっていた。
「「はぁぁぁぁああああああああああああ!!」」
完全に一致した2人の咆哮とともに,灼熱の蒼炎が一直線に空地を貫き,獣御門神社の裏山に激突して地形を変えるほどの爆発を引き起こす。
その爆心地には,ボロボロになった炊屋先生の姿があった。
「はぁ……はぁ……こりゃ,勝てないね」
先生がそう呟くのと,ぼぅっという音とともに炎となった俺が先生の元に転移したのはほぼ同時だった。
「流石だよ,伏見弥彦,そして狐魔姫。
最終試験……私に白旗を上げさせる課題は,見事クリアだよ」
先生はそう言うと,金欒との融合を解除する。
それを見て俺達も融合を解き,2人同時に着地した。
「いよし,やったな狐魔姫!!」
「はい,弥彦! やっと炊屋先生達に勝つことが出来ました!!」
手を叩いて喜び合う俺達を見て,炊屋先生は呆れと感心の混じったような溜息を吐く。
「喜び合う仕草まで全く一緒,流石だね……つい3ヶ月前までは,うちの金欒を見て痴話喧嘩が起きるほどだったってのに」
「ありがとうございます……でも,それは狐魔姫が俺を信じてくれているおかげですよ」
「いえいえ,弥彦が私を信じてくれているおかげです」
「何を言うんだ,君が合わせてくれているんだろう?」
「あなたが私に合わせて調節してくださっているからですよ」
俺達の責任の押し付け合い(?) がヒートアップし始めたちょうどそのタイミングで,炊屋先生がぱんぱんと手を鳴らす。
「はいはい,そこまでそこまで。
自身をズタボロにした奴ら同士の惚気話なんて聞きたかないよ,さっさと神社に帰りましょう」
「「はい,先生」」
俺達は全く同時に返事をすると,先生たちと一緒に神社の境内へ向かった。
「さて,それじゃあこれであんたたちとこの獣御門神社とはお別れだよ,思い残すことはないかい」
「ええ,最終試験の前にお世話になった人たちとの挨拶は済ませましたから。
狐魔姫も,心残りはないね」
「ええ,大丈夫です。
ただ,大学に帰るためにまたあの長い道のりを往くと思うと面倒ですね……」
「あぁ,確かに……」
境内に戻って話しながら廊下を歩いている中,狐魔姫の言葉に修行完遂の喜びが薄れる。
何を隠そうこの空地,朧谷魔導大学からは直線距離にして数百キロ離れた,ほとんど国の反対側に位置する場所の更に上空3,000メートル地点にあるのだ。
いくら修業によって基礎体力の大幅な向上がかなったとはいえ,魔法列車を乗り継ぎに乗り継いできた道のりが楽になるはずもない。
憂鬱気味になっていると,ふふっと炊屋先生は笑みを浮かべた。
「まあ確かに,あの距離を行き来するのは骨が折れるね。
だが心配いらないよ,ちゃんと用意してある……こっちに来な」
「え? あ,はい」
炊屋先生に連れられて奥のふすまの部屋に入る。
するとそこには……
「んむ? おお,ひさしぶりじゃのう伏見。
修行の方,そろそろ終えたところかのぅ?」
「綺羅先生!! ……と,これは恒常転送魔法!?」
そこには大量の資料を漁っている綺羅先生と,机の向こうにある大きな魔法陣。
転送魔法陣の中でも,特別な手続きをすることによって半永久的にある地点ともう一つの地点をつなぐことが出来る恒常型のものだ。
「うむ,どうにもこの神社の書庫に所蔵されている資料には,今回の事件の推理に使えるものや今後の研究に活かせそうなものなど,興味深い研究対象となるものが多いみたいでのぅ……この機会に繋がせてもらったぞい。
転送先は研究室になっておるから,好きに使うと良い」
ばらばらと資料のページをめくりながらこっちに見向きすらせずに言う綺羅先生。
何にせよ,憂鬱だった帰路がまるまるカットされたという事実は嬉しいことこの上ない。
「そうだったんですね……修行の方は,今さっき最終試験をクリアしたところです。
なので,これから大学に帰るところですね」
「おぉそうか,よいのぅよいのぅ。
これであの真賀邦道満にも対抗できるというわけじゃな」
「はい,そうですね……そういうことなので,僕たちは大学に戻ります。
綺羅先生はどうされますか?」
「いや,儂はまだ調べ物が残っておるから,しばらくはここにおるぞい。
それと伏見,帰るのであればひとつ,伝えておくことがある」
「はい,何でしょう」
ポータルに入りかけたところで呼び止められて振り向くと,綺羅先生もぱさっと資料を置いてこちらに身体を向ける。
「レポート課題じゃ。
この修行期間の成果をレポート用紙10枚以上で提出せい。
焦点に当てるのは狐魔姫の魔力出力の変化,その能力の仕組み,魔法回路の詳細……霊依憑によってその性質が変化した場合や同調によって体感した内容も踏まえて記載するんじゃ。
英霊族,及び霊依憑の能力機序に関する貴重なサンプルデータ,余す所なく研究成果として提出してもらうぞい」
「んんなぁああ!!? れ,レポート用紙,10枚ぃぃいいい!!?
勘弁してくださいよ綺羅先生―――――――――――ッ!!」
修行によって疲労困憊な筈の俺の絶叫は,そのあまりの絶望感によって増幅され,本殿中に響き渡った。
―――――――――――――――――――――――――――――
「……それにしても,話ってなんだろうね」
修行完遂から数日後。
俺と狐魔姫は,綺羅先生に呼ばれて研究室の前に来ていた。
「どうなんでしょう,レポートの進捗とかでしょうか」
「だとしたらやばいよ?
レポート10枚以上なんて,たった数日で終わらせられるわけ無いでしょ」
「そうですよね……けど,弥彦がものすごく頑張ってレポートを進めているのは知っていますから,絶対文句は言わせませんよ」
身体を寄り添わせながら尻尾を巻き付けてくる狐魔姫。
こんな行動も含めて,修行を終えて以降かなり2人の距離が近くなった気がする。
信頼の証と捉えると嬉しくはあるが,あまり人目もはばからずここまでのスキンシップをされると少々恥ずかしい気持ちもある。
「そうだね……とりあえず入ってから聞いてみようか。
綺羅先生,伏見です……失礼します」
部屋の扉をノックし,先生からの許可が聞こえたところで扉を開ける。
その場にいたのは綺羅先生に加え,炊屋先生と金欒。 そして……
「……あなたは……ぱ,聖騎士,月魄さん!!?」
緑を基調とした軍服風の正装に,腰に携えた4本の刀剣。
『剣聖』月魄嫦娥……在原魔獣研究所で起きた次元の裂け目事件の処理をしてくれた聖騎士にして,国内最強の剣士だ。
「どうして,聖騎士がここに……」
「これから説明する作戦に必要だからじゃ。
真賀邦道満,そして妲己……奴らの野望を止めるための作戦にのぅ」
「……!!」
真賀邦道満。
俺達が倒さなければならない,因縁の相手……全ての元凶。
おそらく100年前から続くやつの計画……それをこれから明かされる作戦によって,止めるのだ。
「……何なんですか,その作戦って……」
「うむ……これを見るんじゃ」
綺羅先生が表示するディスプレイには,俺達が今いる地域の地図が表示されている。
その端のほうにはチェクマークが6つ……そのうちの2つは,それぞれ狐魔姫の故郷・与謝撫村と,在原魔獣研究所に付けられていた。
「お主らが修行に明け暮れている間,儂は剣聖とともに,次元の裂け目の出現記録を事細かに調べ上げていたんじゃ。
この地域近辺で,ここ100年のうちに自然発生したとされる次元の裂け目は17……実に何の変哲もないデータじゃ,特別な視点を持たなければな」
「……真賀邦道満が,自然発生に見せかけて引き起こしたものが含まれている,という視点……ですか」
うんむと頷くと,先生はかつんと杖を突き立てる。
「相当巧妙にカモフラージュされていたために相当の時間がかかりはしたが……結果として導き出されたのが,この6点。
概ね10~20年周期で出現したこの次元の裂け目をつなげた時……浮かび上がってくるのが,この魔法陣じゃ」
綺羅先生が画像を切り替える。
そこに表示されていたのは,地域全体を覆い隠すほどの巨大な六芒星だ。
「……改めてみると,本当に巨大な魔法陣ですね。
この魔法陣の内側にいる人々全員の魂を喰らうなど,絶対に許される行為ではありません」
魔法陣を見て,月魄さんはぎりっと歯を食いしばり,怒りをあらわにする。
その様子を見ながら,綺羅先生は話を続けた。
「そして,その中心に位置する場所……その一点は,ある山の頂に位置しておったんじゃ。
その地点……比叡山の山頂こそが,真賀邦道満が皇獣族へ進化するために向かう場所じゃ」
「比叡山……そこに行けば,真賀邦道満と……」
「いいや,まだだよ。
今行ったところで,真賀邦道満はいない……まだ,その時期ではないからね」
「時期……?」
綺羅先生を見る。
彼女はディスプレイを操作し,画面を切り替える。
そこには,1ヶ月後に起こる天体ショーに関する内容が書かれていた。
「地上界の魔力の高揚は,天体の運行に影響される。
月の満ち欠け,流星群,超新星爆発……その中でも,1ヶ月後に起こる皆既日食は,数百年に一度の重大な出来事じゃ。
その時,巨大な魔力の高まりが地上界で引き起こされる。
真賀邦道満は,その時に皇獣族への進化を試みるはずじゃ」
「1ヶ月後……」
「はい……その間,月魄騎士団は真賀邦道満にさとられないよう,魔法陣内に住む人々を保護するための大規模魔法陣を構築していきます。
しかし,仮に魂の捕食が始まってしまえば,保護魔法陣でも長くは防ぎきれないでしょう……」
「……だからその間に,俺達で……真賀邦道満を倒す。 そうですよね,月魄さん」
「……いいんですね,任せても。
これだけの規模の計画を起こす悪党の征伐は,本来聖騎士の仕事です。
私が出すものと同等以上の成果を出さなければ,あなたはただのでしゃばりとなりますよ」
月魄さんの厳しい視線は,決して怒りや蔑みによるものではない。
もし俺が道満を倒せなければ,月魄さんは“無名の大学生如きに重要な任務を委託し,あまつさえ失敗した”という責務を負わされ,積み上げてきた名声すべてが地に落ちる。
そのリスクを冒して信じてもいいのか,見定めようとしているのだ。
だからこそ俺は,その期待に応えるため……迷いのない目で月魄さんと向き合った。
「はい,やれます……俺に,やらせてください!!」
次のお話は明日の10時に投稿される予定です。
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