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第19話「修行」

6月7日投稿分の,2話目です。

2人が修業の地へ赴く様子が描かれます。

「な,なんだかすごいところに来ちゃったな……」


「本当です……生えている植物も見たことないものばかり。


 こころなしか,魔力を帯びているものが多いような……?」


 ひゅぅぅぅうう……という風の音が特に目立って聞こえるほどの静寂が,俺達の周りを支配している。


 周囲を見渡せば,眼下に広がるのは広大な雲海……普段上に見上げている雲たちを見下ろす感覚は,思っていた以上に混乱してしまう。


 今俺達がいるのは“空地(くうち)”と呼ばれる,雲を超えた標高3,000メートルの上空に浮かぶ大地のうちのひとつ。


 その名も天菩空地……朧谷魔導大学の敷地がまるまる2つは収まるくらいの広大な土地に樹木と呼べるようなものは一切なく,強力な生命力を持った魔法の草木や苔類くらいしか生き残ることの出来ない不毛な大地だ。


「っふふ,地上とはまたずいぶんと雰囲気が違うでしょう?


 この景色を楽しんでいられるのも今のうちよ……しっかり目に焼き付けておきなさい」


 周りの光景に圧倒される俺達に声をかけたのは,金色の長髪をポニーテールに纏めた,すらりとした長身の女性。


 その衣装は裾を絞った袴に長い足袋を履き,着物のような真っ白な衣装に身を包んでいる。


 彼女の名は,炊屋翠娘かしきや すいこ


 岩の上に片脚を乗せた凛とした佇まいは今まで俺が見てきたどの女性よりも力強く,同時にこの上ない美しさと気品を放っていた。


 しかしその佇まいにも,周囲の絶景にも見惚れている間はなく,後ろから聞き慣れた声が飛んでくる。


「何を言うておる,今ですら景色に見とれている暇はないぞい。


 事は一刻を争うんじゃ,はよぅ歩け」


 赤と黒の毛並みをなびかせる黒狼に乗った綺羅先生は,自分で歩くこともないどころか狼に付けた鞍に堂々と座って俺達に声を飛ばしている。


 こっちが苦労しているときにああいう態度を取るような人を見ているときが,正直一番腹が立つと思う。


「綺羅先生……先生もちょっとは歩いてくださいよ」


「お主等の修行の地へ向かうだけなのに,なぜ儂が歩かねばならんのじゃ?


 周囲の人間に情緒が流されるようなヤワな精神力では,到底真賀邦道満を相手にすることなどできんじゃろう,つべこべ言わずに歩け」


「ぐんぬぬぬぬぅ……」


「うふふ,とはいえ修行の地まではもうすぐよ,じきに建物も見えてくるでしょう,ラストスパートよ」


「は,はいぃ……」


 炊屋さんの言葉になんとか棒のようになった脚を奮い立たせて歩みを進める。


 すると,程なくして赤色の瓦屋根が見えてきた。


「あ……炊屋さん,あれですか?」


「そうよ。


 あれが真賀邦道満に対抗する力をあなた達が身につけるための修行の地……獣御門神社(ししみかどじんじゃ)よ」


「あれが……」


 真賀邦道満と戦った翌日,やつを倒すことを誓った俺達。


 だが当然今の実力のままでは,その野望を止める以前に手も足も出ないことは明らかだ。


 そこで綺羅先生が俺達に提案したのが,この獣御門神社での修行だった。


『真賀邦道満に対抗するために確実に身に着けねばならない要素は,大きく分けて2つじゃろう。


 まず1つは,筋力や知識・経験など奴らに対抗できるだけの基礎戦闘能力。


 そしてもう1つは,魔力の扱い方や固有技術など霊依憑特有の戦闘技能じゃ。


 実は儂のつてに,霊依憑を基本戦術とする修験者がおる……儂が後で連絡を付けておくから,其奴の住まう修行所で修練を積んでくるが良い』


 そのような経緯で俺達は大学院を休学し,大学院からはるか遠くの天菩空地にまでやってきたのだった。


 そんなことを回想しながら,俺達は巨大な鳥居をくぐり,砂利道へ入る。


 正面にそびえ立っているのは,俺達が来るときにも見えた社殿。


 巨大な灰色の山を背景に,赤い柱と純白の壁のコントラストが映えるその建物は,狐魔姫のいたあの神社の実に倍近くの大きさを持ち,周囲には高層マンションを思わせるような巨大な塔が合計,4つ。


 境内は大学の農学部が所有する農場すべてを合わせたほどに広大で,魔法を使った戦闘を思いっきりしたとしても恐らく平気だろうと思えるほど。


 そして建物内外には何十人という修験者がせわしなく動いており,修行に明け暮れているのが確認できた。


「さあ,着いたわ……ようこそ私達の庭,獣神門神社へ。


 伏見弥彦,そして狐魔姫……これから始まる修行の日々は,決してなだらかなものではないわ。


 けど……ここには他にもたくさんの修行者仲間がいるし,私達道しるべとなる存在がいる。


 ここでの修行を耐えきることで……必ずや,真賀邦道満と戦うことができるようになるわ」


「はい……よろしくお願いします,炊屋さん!!」


 気合の入った俺の返事にうんと頷くと,では……と炊屋さんは続ける。


「早速これから修行に入るわけだけど……その前に,私と一緒にあなた達に稽古をつける,私の生涯のパートナーをしておくわ」


 そこまで言うと,炊屋さんはピィイイっと指笛を鳴らす。


 すると,しばしの静寂を挟んだ後,巨大な鳥類の鳴き声が呼応するように響き渡った。


「キュァァアアアアアアアア!!」


「うわぁ!!? な,なんだ……!?」


「あそこよ,見てみなさい」


 炊屋さんが示した先は,本殿の裏側に聳え立つ大きな山。


 その山の方から,何やら黄金色の巨大なものが飛来してくるのが見えた。


「あ,あれは……鳥!?」


 まばゆい光に包まれたその身体は,雉にも似た長い首と丸い頭,胴体と同じくらいの長さの長大な尾羽根。


 そしてそれらをおいても真っ先に目に入ってくるのは,身体全体を包みこんでもあまりあるほどの巨大な翼だった。


「ほ,鳳凰……!?


 いえ,しかし鳳凰の持つ属性はすべからく火属性……光属性で,鳥類の英霊なんて,聞いたことがありません……!」


 俺達の元に飛来したその巨大な翼を持った光の鳥は,羽ばたくだけで身体が吹き飛ばされてしまいそうなほど強烈な暴風を巻き起こし,直視できないほどの輝きを常に放っている。


 暫くの間羽ばたき続けた後,英霊は翼を折りたたんで光の玉へと変化し,その直径を小さくしながらゆっくりと地面に降り立った。


 光が収束していく中,まずあらわになったのはその衣装。


 鳥の羽根のような装飾がふんだんに施された,踊り子のような際どい衣装。


 身長は恐らく俺と同程度か,それより少し大きいくらい……同じ英霊の狐魔姫とは,頭ひとつ半くらい高いだろうか。


 炊屋さんと同じ金の髪は,彼女と違ってストレートに垂らしており,一切の穢れを感じさせない美しさと気品を感じ取ることが出来た。


「この子はさっき狐魔姫の言った通り,光属性を持った鳥の英霊族よ。


 名前は金欒(きんらん)……仲良くしてやって頂戴」


「金欒,と申します……よろしく」


 優雅に一礼する金欒の姿に,思わず俺は見とれてしまう。


 直後,俺の横腹に強い痛みが走った。


「いって!?


 ……って,こ,狐魔姫……?」


 俺が振り向くと,そこにはぶすっと頬をふくらませる狐魔姫の姿があった。


 痛みの原因は,狐魔姫が俺の横腹をつねったことだったのだ。


「……なに,鼻の下を伸ばしていらっしゃるんですか」


「はえ!!? な,何言って……」


「恋人の前で他の女に見惚れてなんかおるからそうなるんじゃ,馬に蹴られてしまえばよいぞい」


「綺羅先生まで!?」


「ふっはははは,いい度胸じゃあないか……ただまぁ,私の金欒がこのうえなく美しいことに変わりはないからな,思わず見惚れてしまうことも致し方がないことだわ」


 まずい,否定してくれる人が誰もいない八方塞がりだ。


「ご,ごめんって狐魔姫……俺にとっては狐魔姫が一番ってことは変わらないから,機嫌直してくれよ……な?」


「むぅ……今回だけですからね?」


 文句をいいつつ,なんとか機嫌を直してくれた様子の狐魔姫。


 その様子を見た炊屋さんは,改めて修行の説明に入る。


「改めまして,今回あなた達に霊依憑に関する修行を付けさせていただきます,炊屋翠娘と,その相棒の金欒よ。


 今回の修行を通して,あなた達には基礎戦闘力の向上と,霊依憑特有の戦闘技能を身に着けてもらうわけだけれど……その中でも特に,真っ先にあなた達に身に着けてもらう戦闘技能,“調律式緩衝法(ちょうりつしきかんしょうほう)”について,説明させてもらうわ」


「調律式……緩衝,法……?」


 彼女は頷くと,金欒がすっと目を閉じ,霊依憑による融合を開始する。


 金欒と同化した炊屋さんの腕には鳥の翼が,頭には扇状に広がる鶏冠が,腰には美麗な飾り羽が,黄金色の魔力の塊として具現化した。


 彼女が綺羅先生に合図を出すと,先生の乗った黒狼が紅蓮の炎を纏い始める。


「いい? ふたりとも。


 霊依憑において,あらゆる能力の根幹は“同調”にある。


 2人の呼吸,魔力,精神……それらのすべてを完璧に合わせることで……その存在は,無限の力と可能性を得られるの」


 狼が咆哮を上げる。


 ごうごうと燃え盛る紅蓮の炎はその口元に収束する。


「その最も根幹にあるものこそが,この同調式緩衝法。


 “緩衝”の名の通り,この技法は物理的,魔法的問わず,自身に与えられるあらゆるダメージを軽減し,打ち消す事ができる技法。


 自身にダメージが加わるちょうどその瞬間に,2人の魔力を合わせた魔法障壁を展開するの」


 黒狼が砂利を力強く踏みしめ,その魔力を解き放つ。


 あらゆる障害物を焼き尽くさんばかりの炎熱球は,一直線に炊屋さん目掛けて放たれた。


「炊屋さん!!」


 ドガァアアアアアン!!


 社殿の頂点にまで達するほどの火柱があがり,爆発の衝撃波が瓦屋根を吹き飛ばす。


 十分に距離を取って塀の側にいた俺達ですら,その衝撃の中で踏ん張っているのが精一杯なほどだった。


 爆炎は程なくして収束するも,濛々と巻き起こる砂埃と土煙に視界が遮られ,まるで状況の把握が出来なかった。


「か,炊屋さん……」


 俺が名前を呼んだ直後,ごうっという音とともに烈風が巻き起こる。


 煙が一気にはらされた,そこには……


 真っ黒に焼け焦げた大地に悠然と立つ,全く無傷の炊屋さんだった。


「んなっ……!!?」


「完璧に2人の息が合った時……その防御性能は,基礎的な身体機能や基礎魔法による防御力の底上げを度外視した上で,実に80%以上のダメージ軽減率を誇るとされている。


 この同調式緩衝法こそが,あなた達が真賀邦道満に勝てなかった理由であり,身につけることで彼と戦えるようになる理由よ」


次の話は同日18時に投稿される予定です。

今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。

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