第18話「力を渇望せし男」
6月7日投稿分の,1話目です。
強大な敵の正体と弥彦の決意が描かれます。
「……ふぅむ,なるほどのぅ。
昨晩,裏山の方で騒動があったとは聞いておったが,まさかその当事者がお主等だったとは」
一晩があけ,場所は魔法生物学研究室。
机のうえの小さな椅子に腰掛ける綺羅先生は,くるんくるんと杖を回しながら難しそうな声を出す。
「そして……真賀邦道満。
100年前……そして,5日前の次元の裂け目発生事件の主犯格にして……皇獣族・禍津九尾之天狐への進化を目論む男……か」
ぱしっと綺羅先生は杖を止めると,かつかつと先端で地面をたたきながら考察する。
「魔獣の蹂躙が作る魔法陣……魂を喰らい尽くす儀式……そして,英霊の皇獣化。
どれをとっても聞いたことのない手順ばかりじゃ……儂も魔法生物学の博士を取ってから長いわけではないが,ここまで未知の領域があるなど聞いとらんぞ……」
「……やっぱり,綺羅先生でも全くわからないことなんですね……」
頭を指で押さえて唸る綺羅先生に,薄々わかってはいたことだがつい溜息が出てしまう。
少しでも何か対抗策が……道満の野望を阻止する手がかりを得られたらと思っていたが……どれほど優秀な研究者でも,無理なことはあるのだろう。
そう思って時間を取ってくれたことのお礼を言おうと思ったところ,綺羅先生が声を上げる。
「まぁ待て伏見,早まるでない。
未知の領域……とは言うたものの,全く持って仮説を出せないというわけではないわい」
「えっ……ほ,本当ですか!?」
「うんむ……これでも博士は取っとるんじゃ,舐めるでない。
ま,その提唱のためには,もう少し狐魔姫から聞いておかねばならんこともあるがのぅ」
「私から,聞いておきたいこと……ですか?」
うんむ,と綺羅先生は頷くと,改めて狐魔姫の方に身体を向ける。
「狐魔姫……お主と真賀邦道満は,どうも既知の仲と見える。
出会った経緯や……道満とお主が決別したきっかけ,今あやつが契約している英霊についても,知っていることがあれば教えてほしい」
綺羅先生の視線の先,狐魔姫は目を伏せ暗い顔をしている。
おそらく,彼女の一番のトラウマに関わる記憶を想起することに,恐怖と抵抗感を感じているのだろう。
それを感じ取った俺は,そっと彼女の肩に手を置いた。
ふっと顔を上げ,こちらに潤んだ瞳を向ける彼女に向かって,俺は大丈夫と頷く。
それに安心したのか,狐魔姫は俺に寄り添いながら,その重い口を開いた。
「はい,わかりました。
彼は……真賀邦道満は,“神になれなかった男”。
一度神へ進化することを試み……そしてそれを,天界の神々によって退けられた男です」
「……神に,なれなかった……じゃと?」
「ええ……私と道満が初めて出会ったのは,150年前。
その時は,彼もまだ人間の魔法師で……初めて私の社殿に彼が訪れた際も,何の変哲もない,祭りの参加者であろうと思っていたのです」
狐魔姫曰く,普段の彼女は他者に見えない状態で過ごしているが,収穫祭のときだけは特別たのしいうえにそうすることでより力を高める事ができるため,狐の特徴を隠しながら実体化して祭りに参加していたのだという。
それでもまずほとんどの魔法師にはわからないはずなのだが,道満はそんな狐魔姫に人が少なくなった段階で話しかけてきたのだという。
「『こんな田舎の集落など捨てて,俺と一緒に神へと進化をしよう』。
この言葉を発する彼の目はなにかに狂っていたようで,まるで……世界中のあらゆる英霊も人間も,神へ進化しようとするのが自然であるかのような口ぶりだったのを,今でも覚えています」
「ふんむ……向上心自体は,認めるに値するがのぅ……」
「でも,どうして狐魔姫に話を……?」
「ええ……恐らく彼自身も,神への進化に使えるくらい強力な力を持った英霊であれば,誰であろうと構わなかったのだと思います。
基本的に,魔法師が神に進化することは,神本人の寵愛を受けるか,彼らの生命の一部を宿した英霊族との協力によってなされます……それを曲解した彼は,とにかく強い英霊に協力して貰えば神になれると思っていたのでしょう」
「強い英霊であれば,誰でも良かった……?
自分の目的さえ達成できればあとはどうでもいいなんて,どれだけ自己中心的なんだ……」
「それで,結局……白羽の矢があたったのが,現在あやつが契約している元英霊か」
「ええ……彼女の元の名は,凛世姫。
与謝撫村とは山一つこえた向こうの集落で信仰されていた英霊だったので,彼女とも既知の仲でした。
彼女ももともとはとても住民思いの素敵な英霊でした……でも」
そこまで言うと,彼女はぎゅっと口を引き結び,わなわなと肩を震わせる。
「狐魔姫……無理しなくていいんだぞ」
心配して声を掛ける。
だが彼女は固く意思を持ち,きゅっと俺の手を握って顔を上げる。
「でも……彼と契約してから,彼女の収めていた集落はほどなくして廃村になったんです」
「んな……!!?」
「真賀邦道満は,凛世妃に接近すると,彼女とともに住民の信仰心を爆発させ,集約させることにしました……狂信,という形によって」
「狂信,じゃと……?」
「はい。
真賀邦道満は自身を,凛世妃という神からの寵愛を受けた預言者であると騙りました。
豊作,不作を凛世妃の神力で操作することで信じ込ませ,反感を抱くものを神の裁きという名目で凛世妃に殺させ,自身でも処刑し……集落全体を,平和な農村から血の匂い漂う狂信者の集落へと変えたのです」
「そんな……ど,どうして凛世妃は,そんな話に乗って……」
「彼女自身の欲望を何らかの形で刺激されたのかもしれません……実際,狂信化が進むほどに凛世妃の持つ神の力は強まっていったのは,私も山越しに感じておりました。
そしてその力が最大まで高まったとき……道満は,集落の狂信者たちの命を喰らう魔法陣を使い,神へ進化しながら天界へ向かおうとしたんだそうです」
だそうです,ということは……恐らくこの命を食らう魔法を使った場面を彼女は直接見ておらず,誰かからの伝聞なのだろう。
とはいえ,もし仮にその現場を目撃していたりしたら……恐らく彼女の精神も正常ではいられなかったであろうことを考えると,それで良かったのかもしれない。
「……その結果,天界に向かった道満は……神に敗北して,地上界に堕とされた,っていうことなんだね」
「……なるほどのぅ。
やはり,そういうことなんじゃろうな……」
綺羅先生は難しい顔をしながらも,納得したように頷く。
その口ぶりから,概ねこの結末は予測で来ていたのだろう。
先生はぴょんっと椅子から飛び降りると,杖をくるくる回しながら自身の意見を述べ始める。
「経緯はだいたい理解できた……恐らく儂の仮説通りじゃ。
奴ら,神へと進化する権利を永久に剥奪された結果……それと同等の力を持つ超越魔法生物・皇獣族へ無理やり進化しようとしておるな」
「む,無理やり進化……? どういうことなんですか,先生?」
「恐らく神になろうと願った時も,それが叶わなかった現在も,道満が求めているものは力じゃ。
より強い力,自分が手にできる最も強い力を欲した結果,辿り着いたのが神だった……だからこそ奴は,神に地上界へはじき返され,神へなれないと悟った時に切り替えた。
今の自分でもなることの出来る,最も強い力である皇獣族になるために,奴は再び計画を練り始めたんじゃろう」
「そして……その計画が,いま進めている次元の裂け目事件……」
「そうじゃ。
奴は他者の魂を喰らう魔法陣を使うことで,邪魔されなければ超越魔法生物になれるということを学習した。
それと同様に,信仰心等の地盤が固まっていない中で超越魔法生物になるためには,集落ひとつの魂を喰らい尽くすだけでは不十分であることを推察した。
そこで道満は,与謝撫村や在原魔獣研究所のある尼堺市,その内側を含む地域一帯を丸ごと含めた広大な地域をつかって魔方陣を展開しようとしたのじゃろう」
「……しかし綺羅先生。
それだけの広大な大地を単に移動して魔方陣を刻むだけでは,どれだけ急いでも陣を描き切る前に大地の魔力が霧散してしまいますよね。
それにそんな計画,もし聖騎士に見つかってしまえばあっという間に阻止されてしまううでしょうし……」
俺の疑問にそう焦るなと言うと,綺羅先生は再び椅子に座って杖を机に突き立てる。
「……そこで出てくるのが次元の裂け目じゃ。
次元の裂け目を開いた土地には,狐魔姫の集落や魔獣研究所がそうであったように痕跡が残るし,中長期的な悲劇の記憶や怨嗟が残る。
そのような悲劇の痕跡を,聖騎士や政府にばれないほどの長期間を使って少しずつ残していくことで,その地点を頂点とした魔方陣を一気に形成することが出来るようになる……ということじゃな」
「な,なるほど……」
「勿論それには,魔獣達の支配者とも言われる皇獣族へ進化するには魔獣族を使って魔界の魔力を地上界に流すとか,そういった目的も考えられるかもしれんが……恐らく今言った理由が一番じゃろう。
そしてそれは……今判明している2件以外にも,奴らの作った,あるいはこれから作るであろう次元の裂け目があるということ。
それら特別な点の全てに次元の裂け目が開いた時……その点の中心で奴は魔法陣を展開させ,範囲内の全ての人々の命を喰らって皇獣族への進化を試みるじゃろう」
綺羅先生が口を紡ぐと,重い沈黙がのしかかる。
昨日体感した実力差もあって,自分たちだけではどう頑張っても手に負えないような感覚がしてしまう。
それに,道満の計画の規模を考えれば,明らかに聖騎士の扱うような案件だ。
冷静に考えれば考えるほど,俺達はこの件からは手を引くべきだろう。
だが……
「……それでも,か? 伏見」
「……はい,先生。
俺……どうしても,あいつを許すことが出来ません。
絶対に,俺の……いや,俺達の手で,あいつを倒したいんです……!!」
それでも,いや,だからこそ尚更,引きたくなかった。
その想いは,俺の手を握る狐魔姫の眼からも伝わってくる。
俺は綺羅先生を真っすぐ見据え,頭を下げた。
「お願いします,綺羅先生……
俺達に,真賀邦道満を倒させてください!!」
次の話は同日12時半に投稿される予定です。
今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。