第17話「八尾の妖狐,皇獣族へ近づくもの」
6月6日投稿分の,3話目です。
強大な敵との戦闘が描かれます。
「ぐがあっ……!!」
爆風によって吹き飛ばされ,そばの樹木に激突する。
肺から空気が無理やり押し出され,一瞬意識がとびかける。
「っぐ……ぁあ……!」
なんとか意識をつなぎとめると,息を整える前に狐魔姫の方に視線を移す。
「紫の,狐火……!!」
驚愕とともに,怒りと敵意を向ける狐魔姫。
その周囲には制御しきれないほどの狐火がめらめらと燃え上がっており,それはそのまま彼女の激情を表しているかのようだった。
そして狐魔姫の視線の先……虚空に浮かぶその姿は……
「……久しいな,狐魔姫。
つい120年前まで初心な田舎の守護神だったお前と,こんな場所で出会えるとは。
運命とはつくづく数奇なものだなぁ……」
暗闇に溶け込む漆黒の,全身を覆うローブのような衣装。
腕や頬には紫色の刻印が刻まれており,筋肉質な四肢と不気味な笑みを浮かび上がらせている。
そして,その頭部と背後には……鮮やかな紫色に輝く狐の耳と,8本の尻尾。
それはまさしく,俺が狐魔姫と霊依憑を行った際に生えてくるものと同じものだった。
「真賀邦……道満んんっ!!」
烈火の怒号とともに青色の爆炎を放つ狐魔姫。
正確に道満を捉えて叩き込まれる蒼炎は1発や2発では収まらず,怒涛の連続攻撃によってついには男の姿が全く見えなくなってしまう。
「すごい……これが,狐魔姫の全力……」
圧倒的な火力の前に,俺がただ立ち尽くしていると,狐魔姫はトドメとばかりに両手を前に向け,青い炎を収束させていく。
「烈火! 蒼天・轟陽炎!!」
解き放たれた炎は正確に道満の位置を捉え,まるで小さな青い太陽が出現したかのような大爆発を引き起こす。
「っぐぅぅぅううああ……!!」
爆風が木々をなぎ倒し,目を開けていられないほどの風圧に俺は足を踏ん張ることしかできない。
しかし,これだけの威力の火炎を叩き込めば,並の魔獣は愚か,魔獣の中でも特別強力とされる竜族だってひとたまりもないだろう。
「す,すごいよ狐魔姫。 これなら,あいつも……」
ようやく爆風と火炎が収まり,動けるようになったため,俺は狐魔姫に駆け寄る。
しかし,息を荒らげる彼女は未だに爆心地を見つめており,怒りと憎しみの表情を崩さない。
「狐魔姫……?」
その様子に疑問を覚えた刹那,もうもうと立ち上る煙の中から,ぽっと炎の灯る音がする。
「終わりか?」
直後,ものすごい速さで紫の炎が飛んでくる。
「弥彦様ぁ!!」
狐魔姫が俺の方に飛び込んできて,二人の位置がずれる。
ドガァアアアアアン!!
凄まじい轟音と衝撃が俺達を襲い,俺達は倒れた樹木に全身を強打する。
「んなっ……」
慌てて火炎の飛んできた方向を見ると,そこにはローブこそ焼け焦げているものの,身体的にはほぼ無傷の道満が浮かんでいた。
「そんな,馬鹿な……狐魔姫の炎を受けて,火傷一つ付いていないのか……!?」
「あぁ……あの狐火のことか? っくくく,なんだ……お前はもしや,先ほどのアレを攻撃だと思っていたのか?
そんなはずないだろう? なぁ……狐魔姫」
「……本当に,腹のたつお方……」
「狐魔姫……!」
彼女の様子を見るに,全力で倒しにかかったのは紛れもない事実だろう。
効いていないのだ……狐魔姫の炎が,全くと言っていいほど。
「なんで……あんなに大量の爆炎をぶつけたはずなのに!!」
「っくくく……爆炎?
さっきのというと……こんな感じのか?」
ぼっと手のひらに紫の炎を生み出すと,俺達に向かってひゅっと飛ばす。
「くそっ!」
二手に分かれて飛び退くと,直前まで二人のいた場所に手のひらサイズの炎が着弾する。
その爆発は同じサイズの狐魔姫の炎で起こせる爆発よりも圧倒的に強力で,俺達を吹き飛ばしながら周囲一帯を禿山へと変えた。
「ぐぁあああっ!!」
あまりの火力に,爆風が収まるまで立ち上がることすらできない。
「っふふふ……ほらほら,こんな程度の炎など,いくらでも作り出せるぞ?」
邪悪な笑みを浮かべる道満は,いとも簡単に先程のような炎を手のひらに出し,ひょいひょいとこちらに投げてくる。
「っぐぅぅううう!! ああああああっ!!」
爆炎が俺を吹き飛ばし,その都度なぎ倒された樹木に身体が叩きつけられる。
すでに俺の全身は悲鳴を上げ,動く度に骨が軋む音がする。
「くっそ……ぉぉおおおお!!」
今の俺の実力では,顔を一発ぶん殴るどころかあいつに触れることすらできない。
同時に狐魔姫一人だけでも……あいつの火力には太刀打ちできない。
だが……それはきっと俺達が,ひとりひとりで戦っているからだ。
二人の火力で……二人一緒に戦えば,対抗することだってできるはず!!
「狐魔姫―――――――――!!」
全力で叫び,薬指にはめたリングに魔力を込める。
そうすることで,狐魔姫の実体が炎とともに消失し,俺の体内に彼女の魔力が一気に流れ込んでくる。
鮮やかな青い炎が輝き,夜の闇が強烈な光に切り裂かれる。
「「いくぞ!! 真賀邦道満!!」」
解き放たれた爆炎が樹木を焼き,道満を狙って放たれる。
「っふん」
道満はそれに合わせて腕をふるい,爆炎をいともたやすく打ち消した。
「……!!」
だが,そんなものは想定済み。
俺達は爆炎を放つと同時に,その炎の真後ろで一緒に道満目掛けて肉薄していたのだ。
道満が爆炎を払い除けた時には既に,俺は青い炎を纏った拳を振り上げていた。
「「っらぁああああ!!!」」
れっぱくの気合とともに全力で拳を振り抜く。
普段の俺は特に鍛えているわけでも喧嘩に明け暮れているわけでもないが,戦闘経験のある狐魔姫の持っている力に狐火による推進力を掛け合わせることで,岩盤すらも砕き割る超火力を生み出すのだ。
その拳は正確に正確に道満の頬を捉え,衝撃音が山の大気を震わせる。
だが……
「……んなっ……!!」
手応え自体はあった。
だが,道満は……その場に浮かんだまま動くこともせず,頭を少し仰け反らせることしかしていなかった。
ぐぐぐぐぐ……っと,俺の拳が押し返される感触がする。
「弱いな……主人のお前も,従者の狐魔姫も,二人合わせてその程度か。
戦闘経験を積む,ということがどういうことか……今一度,教えてやらねばなるまいか!!」
ぐんっと頭だけで俺の全力パンチが押し返される。
「うわ……っげぶ!!?」
怯んだ俺の下っ腹に,道満は正確に拳を一発打ち込んだ。
一瞬意識が飛かける。
まるで何十キロもある大鎚を打ち込まれたかのような重い衝撃が俺を襲い,蹴り飛ばされた石ころのように吹き飛ばされる。
「がはっ……!! っぐぅう,ぁあ……!!」
「弥彦様……弥彦様!! ご無事ですか!?」
狐魔姫の声が頭に響く。
だが樹木に叩きつけられた俺はあまりの激痛に悶え,その声に答えることも立ち上がることも出来ないでいる。
その様子を見て,道満は邪悪な笑みを浮かべて嘲笑する。
「ほらほらどうした?
良かったのは威勢だけか。 ま,どうせ俺を振るような狐魔姫の選んだ男だ,たかが知れているだろう」
「「……なん,だと……」」
道満はふっと笑うと,斜め上からの俺達を見下すような位置に浮かんだまま移動しつつ,言葉を続ける。
「何を怒る事がある? 強いものを見抜けないような弱者は,同じような弱者とつるむのが定めなのだろうと言ったまでよ。
狐魔姫のような,無名の田舎で紛い物の神様気取りをしているだけで満足するような思考の女には,同じように自分の実力を過大評価して守れぬものを守ろうと粋がる思考の男が似合ものだ」
「「それ以上……口を開くなぁああっ!!」」
俺達は一緒に叫ぶと,爆炎を纏って全力で突撃する。
真賀邦道満……この男は,絶対に許してはいけない,許したくない。
なりふり構ってなんていられない。
たとえどうしようもない力の差が開いていたとしても,狐魔姫のことをあんなにバカにされて黙って引き下がるわけにはいかないのだ。
「ああああああああああああああああっ!!」
拳を振るい,蹴り上げ,炎を放ち,無我夢中に暴れまわる。
がむしゃらに攻撃を仕掛けていくが,それでも道満には通らない。
狐火を纏って威力を底上げした俺達の攻撃でも,道満は2本の腕だけで軽々と防ぎ,その表情には汗一つ見られない。
「くそ,くそ……畜生ぉお!!」
叫びながら俺は道満の胸ぐら目掛けて殴りかかる。
その拳は道満の片手によって受け止められ,腕を引くことさえできなくなってしまった。
「所詮はその低度……同じ能力を使おうとも,戦い方を知らねば宝の持ち腐れよ」
ぼぅっと紫の炎を拳に纏う道満。
振り下ろされたそれは,一寸の狂いもなく俺の胸ぐらに叩き込まれる。
吹き飛ばされた俺の身体は山肌を破壊しながら地面にめり込む。
その衝撃で霊依憑のつながりも途切れ,分離した俺と狐魔姫は二人まとめて破壊された山の斜面に突っ伏していた。
「っふん……」
気怠げに鼻を鳴らす道満。
その挙動一つ一つにすら憎悪を覚えるも,何も出来ない現実に打ちひしがれる。
このまま俺達は,こいつに始末されるのか……そう思っていると,不意に道満は誰かに声をかけられたかのような反応をし,目線を上げる。
「道満? いつまでそんな子達に構っているの?
今日は私との時間,作ってくれるって約束でしょう?」
聞こえてきたのは艶めかしいねっとりとした女性の声……しかし,周囲に道満以外の気配はない。
「まぁそう急くな妲己。
まだ夜は始まったばかりなのだからな」
聞こえてきた声に答えた道満は,再びこちらに目を向ける。
「命拾いしたな,お前たち。
まぁ,次にもし会うことがあれば,確実に息の根を止めてやる……ではな」
そう言い残すと,道満は魔具で転送魔法陣を開くとどこかへ消え去ってしまった。
「……狐魔姫……」
なんとか俺は身体を起こすと,狐魔姫の方に身体を寄せる。
倒れ伏したまま動かない狐魔姫を抱き上げると,口を開く彼女の声は震えていた。
「すみません……すみません,弥彦様……
何も……出来なかった……」
「……いいんだ。
君は……何も悪くないから」
ぼろぼろと俺の膝に涙を流す狐魔姫のことを……俺はただ,抱きしめることしか出来なかった。
次のお話は明日の10時に投稿される予定です。
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