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第16話「束の間すぎた休息」

6月6日投稿分の,2話目です。

英霊族の設定がメインに描かれます。

「んんぅ……」


 眠い目を擦る。


 もう朝か。 


 今日は確か……あぁ,見学実習が中止になって,ホテルの宿泊日を消化して帰った次の日だ。


 携帯端末の予定表を見る。


 “TA,魔法生物学基礎”……あぁ,綺羅先生の講義にアシスタントとして参加する曜日だ。


 学部生の講義に指導教員のサポートそして参加する,面倒な仕事……10時半からだから,移動も含めてあまり時間的な余裕はない。


 早く着替えて,朝食を作って……あぁそうだ,見学実習に持っていった服を洗濯しないと。 そういえば最近掃除もサボっていたから,それもいといけないな……そんなことを考えながら体を起こす。


 すると,俺の鼻を刺激したのは,香ばしいベーコンの焼ける匂いと,キッチンから聞こえてくる調理の音。


「あ,お目覚めになられましたか? 弥彦様」


 そこにいたのは,神々しい巫女服の上から俺が買ったっきり使っていなかったエプロンを着た,素敵な狐の英霊族だった。


「狐魔姫!!」


「おはようございます。


 どうしても手持ち無沙汰でございましたので……ご失礼ながら確認も取らず,厨房を使わせていただいております」


「それは,全然いいんだけど……狐魔姫,料理できたんだね」


「はい,あくまでレシピ本の記載通りにしかできませんが。


 もうできていますから,どうぞお召し上がりください」


「あ,あぁ……わかった。 本当,ありがとね」


 俺は狐魔姫に礼をいうと,早速彼女の作ってくれた料理を食べ始める。


 少し塩味が強いように感じるものの非常に完成度が高く,まるでホテルや旅館で出ているような朝食を味わっているようだった。


「ごちそうさま。


 すごく美味しかったよ,ありがとう狐魔姫」


「いいえ,こちらこそ。 とても美味しそうに食べていただいて,私も幸せでした。


 それで,本日のご予定は?」


「あぁ,今日は……」


 TAのことを彼女に話すと,早速狐魔姫は興味を示す。


 ぜひ私も参加してみたいということで,早速は講義の準備を整えて彼女といっしょに大学へ向かった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……そう,すなわち霊獣族とは,“地上界の動物が魔法を扱えるようになった存在”。


 儂ら魔法師も魔法生物学上の分類でいえば,人間という地上界の動物が魔力を持った,ヒトの霊獣族,ともいえるというわけじゃ。


 さ,次は普通魔法生命と超越魔法生命との関係。 ここは……ちょうど今日飛び入り参加してもらったTAのお陰で,少々教科書にない話ができるかもしれんのぅ」


 ときは少々進み,魔法生物学の講義中。


 くるんくるんと極小型ポインターを回す綺羅先生は,学生に指示を出して次のページに移らせる。


 その内容は,神,天龍族,皇獣族の3つからなる超越魔法生物と,普通魔法生物との関連について。


 普通魔法生物のうち,霊獣族,英霊族,魔獣族の3種族はその性質が超越魔法生物と近いため,超越魔法生命に進化する可能性を秘めている。


 しかしその中でも,種族によってどれに進化しやすいかの違いがあるのだとか。


 英霊族と霊獣族,この“霊”とつく2種類の種族は,その精神的性質が神に準じていることから,神へと進化する可能性を秘めている。


 そして,霊獣族,魔獣族の“獣”がつく2種類の種族は,その肉体的性質が皇獣族に準じていることから,皇獣族へと昇華する可能性を秘めている。


「つまり,この2つの条件に当てはまる……そう,霊獣族。


 我々も含むこの生物群は,天界にて秩序を守護する神と,魔界にて魔の者たちを統べる皇獣族,そのどちらにもなりうる才覚を秘めているということなのじゃ」


 つらつらと慣れた口調で説明をする綺羅先生。


 この説明は俺が学部生だった頃から話していた内容であり,今ではすっかり定説となった理論だ。


 学生たちも特に引っかかっている様子はない……と思っていたところ,一人だけ難しい顔をしながら立っている女性がいた。


「……狐魔姫?」


 眉をひそめる彼女の顔は,何処か今聞いた説明に納得がいっていないような雰囲気を帯びている。


 俺の声に気付いた彼女は,ハッとした様子で俺の方に歩み寄ってきた。


「どうした?


 なにか,不満そうな顔をしていたけれど……」


「あぁ,いえ……少々分かりづらいというか,私の持っている知識と違うところが……」


「あぁ,そういうことなら何でも言って? 狐魔姫は授業を受けてない上英霊だから,地上界で言われてる生物の分類なんてわからないだろうし」


「いえ,まぁ……メティス様の知識もなんとなくはございますから,魔法生物の区分は概ね把握しているのですが……」


「それじゃあ,何が気になるんだい?」


「ええ,実は……」


「くぉれ,そこぉ!


 学部生ならまだしも院生のTAともあろうものが,何をコソコソ話しておる。


 質問があるのなら大きな声で! 何でも回答はするんじゃから言うてみい!」


 びゅんっと綺羅先生の投げたレーザーポインターが俺の額にこつんと当たる。 


 なくしたら探すのがすんごい大変なんだから軽率に投げるのは勘弁してほしい。


「あぁ,はい……実は,狐魔姫が分かりづらいというか,持ってる知識と違うところがあるみたいで……」


「……持っている知識と,違う……じゃと?」


 聞き返す綺羅先生の表情は,やけに驚愕の色が強いように感じる。


 そんな綺羅先生に向けて,狐魔姫は口を開いた。


「はい……英霊族は,確かに神へと進化する可能性を秘めてはいるものの,それは霊獣族のパターンより圧倒的に少ないですし……


 英霊族の中でも,神ではなく皇獣族へ進化しようとする者や,魔獣族が元となっている神すらも存在しますから,その理論では説明ができないな,と」


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「いやぁ,大変だったね狐魔姫」


 今の時刻は,太陽も傾き始めた夕暮れ時。


 講義自体はなんとか終了したものの,生徒たちの前で理論を否定された綺羅先生は狐魔姫(とその主人である俺)を呼び出しどういうことかと激詰め。


 しかも先生は名誉を傷つけられたとケチをつけようとしたのではなく,狐魔姫の持つ知識を既存の研究でどう説明すべきか知見を得ようとしていたため,ひたすらに彼女の挙げた例外に対して状況,時代,きっかけ,手法,結果などなどを質問攻めにしていった。


 冥望異変よりも昔で狐魔姫がほぼうろ覚えだったものですらしょうがないと許してもらえず思い出すまで聞き続け,日もくれかける今になってようやく開放してもらえたという経緯だった。


「はい……あんな昔のことなんて,鮮明に覚えているわけ無いですよぅ……」


「だよねぇ……新しい知見のためとはいえ,先生ももうちょっと手心ってものを知るべきだと思うよ」


 そんな話をしながら俺達は帰り道を歩いていく。


 すると,近所の公園に着いたあたりで狐魔姫がぴんっと耳を欹てた。


「……狐魔姫?」


「……魔獣の気配がします……しかも,つい最近出現したばかりの」


「……なんだって!?」


 脱兎の如く駆け出す狐魔姫。


 公園を突切り,その奥の茂みの中へ入っていく。


 魔獣族……こんなところに,ありえない。 いや……ありえていいはずがないのだ。


 先日起きた次元の裂け目の事件でも,彼女は魔獣族の気配を察知し,実際に戦闘に入った。


 だがそれは,あくまで郊外の,ほとんど人が住んでいない工場や港,倉庫街だったから問題にならなかったのだ。


 だが今回は違う……今も公園では子どもたちが無邪気に遊んでいるし,周りを見渡せば集合住宅,マンション,アパートに住宅街と,人が密集している。


 こんな場所で魔獣が一匹でも暴れ出したりしたら,被害は先日の比ではない……!


「狐魔姫!」


 茂みに入り,なんとか狐魔姫の姿を捉える。


 そこには,巨大な魔獣族の足跡があった。


 明らかに異形のものとわかる,三日月型にえぐれた足跡は,そのまま公園の茂みに隣接する裏山の方まで続いている。 おそらく騒ぎにならなかったのは,人目につく前に裏山へ移動したから……これがさっきの公園に進んでいたりでもしたら,今頃大変な事になっていただろう。


「どうする……とりあえず,聖騎士の事務所に報告を……」


「いえ,弥彦様。


 ……この足跡は,私達だけで追いかけませんか」


「えっ? ど,どうしてそんな……」


 狐魔姫の方を見る。


 裏山の方を見つめる彼女の目は,ぎんと何かを睨みつけるように尖っており,明らかに憎悪の混じった敵意を向けている。


 そして,彼女がその顔を向けるような相手に一人……最近,心当たりができた。


「……真賀邦,道満……か?」


 こくんと頷く狐魔姫。


「あの方の気配を強く感じます……もしかしたら,本人が……」


「……俺達がやるしかない,か」


 覚悟を決める。


 戦闘経験など無いに等しいが,やるしかない。


 狐魔姫との因縁の相手……100年前,彼女の護る社殿と,大切な集落を破壊し尽くした元凶。


 せめて,敵うことはできずとも……その顔を一発ぶん殴ってやるくらいはしないと,俺としても気がすまない。


「……わかった。


 行こう,狐魔姫」


 そうして俺達は,魔獣の足跡を追い,裏山に走り出した。


「……足跡が途切れた。


 魔獣め,どこに行った……?」


 しばらく追いかけていると,次第に岩場や足跡の残らない草むらが増えてきて,とうとう見失ってしまう。


 だいぶ日もくれてきているため,これ以上探すのは得策ではないのかもしれない。


「気配を探る範囲を広げてみます。


 その分近場は疎かになるので,弥彦様……少し警戒をお願いできますか?」


「うん,わかったよ狐魔姫……お願いね」


 こくんと頷くと,狐魔姫は目を瞑って両手を広げる。


 ぶわっと生暖かな熱気が起こり,周りが少しだけ青い明かりに照らされる。


 狐火を使って気配の探知をしているのだ。


 しばらくそれを行っていると,不意に彼女の耳がぴくぴくっと動く。


「なにか見つけたのか?」


「はい,ここから山頂の方に進んで,北東の方向……大きな生き物が歩いている気配があります。


 そっちに行って……って,危ない!!」


「!?」


 狐魔姫の声に反応し,反射的にばっとその場から飛び退く。


 刹那,巨大な紫色の炎が俺のいた場所に激突し,大爆発して俺達を吹き飛ばした。


次の話は同日21時に投稿される予定です。

今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。

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