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第14話「デートと予兆」

6月5日投稿分の,3話目です。

2人っきりのデートが描かれます。

「凄いですね……これほどの痕跡を遺した次元の裂け目の騒動を,あなたがただけで収束させたと仰るのですか?」


時刻は,俺達が魔獣を殲滅し,次元の裂け目を塞いだすぐ後のこと。


ほどなくして到着した月魄騎士団と研究所の職員が総動員で施設の復旧に当たったことで,破壊された研究観察スペースの一部は無事復旧し,破壊されなかった結界の中で俺と狐魔姫の爆炎から逃れた魔獣達の鎮静化には成功した。


落下した次元の裂け目の痕跡を見て驚いた表情をしているのは,月魄騎士団団長・剣聖の月魄嫦娥。


国内最強の剣士とも呼ばれ,その実力はたった一人で数百人,下手をすると数千人規模の軍隊に相当するとも言われている。


彼女の纏う軍服のような衣装はその称号や名声に見合った気品の高さを十二分に醸し出しており,最初に見た時は何者をも寄せ付けないかのような孤高を感じたものだ。


しかしその反面,彼女の見た目はせいぜい矢芽さんと同じくらいの身長に加え,俺達の年代とそう変わらない,それどころか少し年下なのではないかとさえ思わせるような童顔をしている。


制服の各所にも鮮やかな緑色を基調とした桜柄の意匠が施されており,全体の凛とした雰囲気や品格とはまた違った魅力を引き出しているように感じさせた。


「ええ,まぁ……といっても,この狐魔姫がいてくれたおかげですけど」


「先輩,嘘はよくないっすよ~?


9割がた狐魔姫様のお陰じゃないですか」


後ろでくっくっと笑う磯樫をきっと睨みつけると,月魄さんはふふふっと口元に手を当てて上品に笑う。


「お二人ともこうおっしゃっていますけど……どうですか? 英霊,狐魔姫さん」


問いかけられた狐魔姫もまた,高貴なる英霊族らしく優雅に微笑んだ。


「弥彦様はご謙遜なされているだけです。


私がこの力を発揮できたものも弥彦様のお陰なのですから,私のお陰だなんて言えませんわ」


「ぐぬぬ,伏見先輩のくせに……」


「おい,何だよその言い方!」


「そうですよ磯樫君! やっとの思いで先輩が圧倒的分不相応な女の子と一緒に慣れたんだからチャチャ入れないの!」


「だーれが分不相応だ! お狐様だって俺を選んでくれたんだぞ!!」


「何かの間違いじゃないんすか? ほら,本当は別のイケメンがお社を直してて,とか」


「んなわけあるかーー!!」


相変らず磯樫も矢芽さんも,先輩に対する礼儀っていうものがなんにもなってない。


呆れてため息をついていると,今度は遠くの方から男性の声が飛んできた


「だんちょー! 在原所長がお呼びです!!」


「はーい,今行きます~!」


明るい声で月魄さんは返事をすると,声のした方に駆けていく。


その先には在原所長や綺羅先生もいらっしゃるようで,どうやら何かしらの手続きがあるようだ。


そんな周囲の喧騒を見て,ふふっと狐魔姫が笑みを浮かべた。


「……賑やかですね」


「え? あぁまぁ,賑やかと言えば賑やかですね。


……とはいえ,こんなのが毎日続いても,ただ騒がしいだけですよ」


「そうかもしれません。


でも……誰かと一緒にいられるというのは,それだけでとても幸せなことですよ」


「狐魔姫……」


彼女の言葉にはっとなる。


そうだ。


目の前の少女は次元の裂け目から出現した魔獣達に大切な家を蹂躙された後,直してくれる人もいないまま独りで100年間を生き続けてきたのだ。


そんな彼女にとってみれば……こんな何でもない日常こそが,真に護るべき世界なのかもしれない。


そのことに気付いた俺は,少しだけ彼女への返答を考えた後,彼女と同じような笑みを浮かべて口を開いた。


「確かに,そうかもしれないですね。


本当に大切なのは,こういう何でもない日常なのかもしれません」


言葉を聞いた狐魔姫は満足そうに一度だけ頷く。


その反応に安心と同時に心を温めていると,思い出したかのように狐魔姫が口を開いた。


「それで,弥彦様?


ひとつ,重要なお話があるのですが……よろしいでしょうか?」


「はい,なんでしょう?」


「ええ,その……正式な,霊依憑の契約について」


「あぁ,その話ですか!


丁度どんなことするのかわからなくって,聞こうと思っていたところなんですよ」


「他の英霊たちと関係を結んだ経験もなければ当然のことですよ。


でも安心して……契約の儀式なんて,簡単なものなら一瞬で済みます」


「えっ……そ,そうなんですか?」


はい,というと,狐魔姫はすっと俺の手を取り,人差し指に付けている指輪を撫でる。


「これを,左手の薬指に付けなおして……私と誓いの口付けを行うのです♪」


――――――――――――――――――――――――――――


「で,す,か,ら!!


初めての再会でキスは早計過ぎだと申し上げているのです!!」


疲弊しきった頼霊の叫びが境内に響く。


時は少し遡り,伏見弥彦達が在原魔獣研究所へ訪れる1週間ほど前。


硬い絆で結ばれた,共に戦うパートナーみたいな関係ご所望の狐魔姫のために頼霊が提案したアイデアというのが,霊依憑だった。


この概念は,「魔法依憑」という,1体の魔法生命がもう1体の魔法生命の依り代として融合・一体化することで,2者の能力や身体機能などのあらゆる要素を掛け合わせ,強大な能力を発揮するという基礎的な魔法技能を基盤としている。 依り代には主に地上界に住まう人間がなり,そこに霊獣族が融合すれば獣依憑,英霊族であれば霊依憑だ。


つまり,伏見弥彦を依り代とし,狐魔姫が彼に憑依し一体化することで,文字通り“共に戦うパートナー”とやらになれるであろうという計画だった。


そそて霊依憑を行うためには,依り代となる人物と憑依する魔法生命がお互いの了承の元契約関係を締結する必要がある


そのため,どのようにして契約の儀式を執り行うかという問題に入ったのだが……


「いいじゃないの頼霊~! それが一番“契約”らしいでしょ?」


「段階が早すぎると言っているのです!


狐魔姫と伏見弥彦はまだ顔を合わせて1日も一緒にいたことがないんですよ?


そんな中で婚約指輪を渡すことだって,そう思われない可能性があるからと妥協の妥協のそのまた妥協で許可したというのに,誓いのキスなどという直接的な契約儀式などごまかせるはずがないでしょう!?」


そう。狐魔姫は霊依憑の契約を結ぶ儀式と同時に,婚約すら終わらせてしまおうとしていたのだ。


最初に狐魔姫が主張したのは,契約の際に社殿を意識した仮想空間を形成し,集落のみんな(当然イメージ)に讃えられながら霊依憑の契約と同時に結婚の儀式も行ってしまいたいというものだった。


しかしながら当然そんな状況に弥彦が対応できるはずもなく,周囲の人々も困惑するに決まっていると頼霊側が断固反対,すったもんだの押し問答の末,“見ようによっては婚約指輪に見えなくもない指輪を嵌めさせ,狐魔姫の存在を弥彦が願うことによって狐魔姫が召喚され,同時に契約の儀式が完了する”というものだった。


「じゃあどうすればいいというの!? 契約の儀式は必要でしょう!?」


「そもそもこの婚約指輪の魔具に契約用の魔方陣をあなた自身が刻んだでしょう!?


必要ないんですよ最初から!」


「そんなの味気ないわ!


何かこう,パートナーになったんだっていう感覚を味わいたいのよ!」


そう。


狐魔姫の召喚と同時に契約が完了するということは,弥彦が魔獣から矢芽を護るために狐魔姫を召喚したあの時点で,既に契約は完了していたことになる。


今2人が議論しているのは,契約の儀式と銘打ってはいるものの,その実全く関係ない雰囲気づくりのことなのだ。


そのような雰囲気づくりを頑として譲らない狐魔姫の態度に,だんだんと頼霊も疑問を抱くようになってくる。


「……だいたい,どうしてそんなに逸るのですか。


800年も生きておられるお狐様なら,5年10年くらい微差でしょうに……」


口をついてでた頼霊の言葉に,狐魔姫はぴぃんと耳を立てた。


「5年? 10年? そんな悠長なこと,言っていられませんよ!」


「どうして?」


「大切な人間とは,少しでも長く一緒にいなければならないんです。


寿命の無い英霊や数百年を生きる妖魔どもと違って,人間たちは長くても80年そこらしか生きられない……そんな中の5年や10年なんて,それこそ一分一秒,この瞬間にも味わっておらねば,あっという間に過ぎてしまうのですよ?」


「狐魔姫……」


確かに一理ある,と思ってしまう。


人間にとっては長い長い道のりでも,神にとっては欠伸を終えるまでの時間に等しいことも珍しくない。


神の基準でゆったりしているうちに彼の寿命が尽きてしまうと思うならば,一刻も早く深い関係になりたいと願う気持ちにも理解できるのだ。


頼霊はため息をつくと,なんとか疲労で限界の頭を回転させる。


「はぁ……わかりましたわかりました。


パートナーになった感覚を味わいたいんですね? そしたらこうしましょう……」


―――――――――――――――――――――――――――――――――


「い,いや!! いやいやいやいやいや!!?


ちょっとちょっと待ってくださいお狐様!!


ち,誓いの口付け!? そ,それって……


い,いくらお狐様のお願いだろうと,流石にほぼ初対面でキスまでは……!?」


時は戻り,次元の裂け目解決後の在原魔獣研究所飼育スペース。


狐魔姫は早速頼霊の言葉をすべて無視し,誓いの口付けプランを迫っていた。


頼霊の指示を忘れてしまったというわけではない。


彼女としては,当然お互いの気持ちが通じ合っていると思っていたため,これで成功するなら成功するでそのままゴールイン,上手くいかなかったら上手くいかなかったで頼霊の指示に従おう……初めからそんな風に思っていたのだ。


当然と言えば当然だが,こんな公衆の面前で誓いのキスに応じられるような弥彦ではない。


失敗か,と判断した狐魔姫は,そのまま頼霊に教えてもらったことを思い出しながら提案する。


「むぅ,畏まりました。


一番簡単な儀式はこれだったのですが……仕方ありませんね。


少し長い時間がかかるのですが,別の方法で……一日かけて一緒に時間を過ごし,二人の間の魔法的な相性をすり合わせる,というやり方。


すなわち,明日二人でデートするというやり方で,契約の儀式を行いましょう♪」


次のお話は明日の12時半に投稿される予定です。

☆1からでも構いませんので,評価・コメント,よろしくお願いします。

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