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第12話「覚醒,狐魔姫と弥彦」

6月5日投稿分の,1話目です。

逆転劇と共闘が描かれます。

 痛い。


 全身に走る激痛は,最早どこから主張しているのかもわからない。


 何か聞こえる……この声は,矢芽さんだろうか?


 身体が何度も揺すられる感覚がする。


 恐らく,彼女が必死に俺のことを起こそうとしているのだろう……


 でも,駄目だ……


 だんだんと記憶がよみがえってくる。


 ギガントフェアリーを吹き飛ばし,研究観察スペースの壁を突き破ってきた歪なヒト型魔獣……そいつから矢芽さんを守り,俺は身体のどこかを抉られ吹き飛ばされたのだ。


 しかし矢芽さんはまだ,シェルターに避難できていない。


 彼女だけじゃない……小坂に磯樫,久楼も……みんな,いつ魔獣に襲われてもおかしくない状態にある。

 

 護らなければならないのだ,俺が。


「……ぅ……ぅあ……」


「先輩!! 先輩,しっかりしてください!!」


 手を伸ばそうとすると,それだけで全身に激痛が走る。


 アニメや漫画でよく見る表現で肋骨を数本やっているだとか,腕の骨がどうだとかいったものがあるが,今の俺の状態がそれらに該当するのだろう。


 しかし……それでも俺は,何とかしなければならないのだ。


 耳に入ってくる音の中には,聞き覚えのある磯樫や久楼が使う魔法の音も含まれている。


 つまり,あいつらも戦っているのだ。


 俺も……俺も一緒に,戦わなければならないのに……みんなを守らないといけないのに……!!


 絶望感,無力感……それらに打ちひしがれ,歯を食いしばっていると,突如俺の頭の中に,幼い少年の声が響いてくる。


『この魔具は,あなたと狐魔姫とを繋げる魔具』


 視界に俺の人差し指が入ってくる。


 そこには,ちょうど昨日,頼霊から貰ったリングがきらりと輝いている。


 お狐様……


 言葉を出すことは出来ない。


 でも……彼女に対する想いは,今も誰より強く燃え上がっている。


『あなたの想いの強さによって狐魔姫を呼び出すことが可能である』


 そうだ……想いを込めろ。


 お狐様への……狐魔姫への,想いを込めろ。


 ぼうっと透き通った青い光がリングから放たれる。


 狐魔姫……俺の想いに,答えてくれ。


 狐魔姫……狐魔姫……!!


「来てくれ!! 狐魔姫!!」


 刹那,鮮やかな蒼い焔が迸る。


 それは瞬く間に目の前のヒト型魔獣を焼き滅ぼし,爆炎の余波によって周囲に飛び交う小型の飛翔魔獣達をも墜としていく。


 その炎は俺達をも巻き込んで広がっていくが……何故かゼミ生や研究員の人たちは特に苦しむ様子もなく,寧ろ不思議な力に包まれたかのような,困惑にも近い表情を浮かべている。


 そしてその表情の要因は,すぐさま俺自身も体感することになる。


 ぼぅっという音と共に俺の横腹に点いた火炎は,魔獣によってつけられた傷を焼却していく。


 痛みはない……それどころか,細胞を修復しながら不思議な安心感を与えてくれる,あたたかな治癒の炎だった。


「先輩,傷が……大丈夫ですか!?」


「ああ,大丈夫……この炎は,俺達を治癒してくれる炎みたいだ……ごめん,心配させちゃったね」


 矢芽さんの声がはっきり聞こえるようになり,心配する彼女を安心させるように微笑みかける。


 炎のお陰で回復し,自由に動けるようになった俺はふっと顔を上げ,明瞭になった視界で……ずっと想い続けてきた女性の姿を目に焼き付ける。


「お狐様……いや……


 ……狐魔姫」


 彼女自身の胴体ほどもあるおおきな尻尾をふわりと揺らし,彼女は振り向き微笑みかける。


「はい,狐魔姫です。


 ……あなたにいただいた余りある御恩に,報いるためにはせ参じました」


 美しい声だ。


 鈴を鳴らしたような声……その形容が,地上界・天界・魔界・冥界すべてをひっくるめて,恐らく最も似合う女性だろう。


 その衣装は初めて逢った時と何ら変わらない,純白の着物に深紅の袴型ロングスカート。 薄い布で出来た天女を思わせる羽衣も,世界で一番よく似合っている。


「……本当に,来てくれるなんて……」


「当然です。 あなたの願いこそ,私の願い。


 あなたのパートナーとして,一生涯あなたにご奉仕いたします」


「本当にありがとう……それじゃあ早速なんだけど……手伝ってくれるか?


 まだまだ魔獣は大量にいる。 あいつらを他の研究員と一緒に倒して,俺達でこの事態を収束しよう」


「畏まりました……お任せください」


 穏やかな表情で一礼する狐魔姫。


 その時,不気味な咆哮が轟き,大きな黒い影が俺達の背後を覆う。


「ギュエエエエエエエエエエエエエエ!!」


「あれは……!!」


 鎧冠鳥・バンバリオール。


 先ほど俺達を襲撃した魔獣族だ……恐らくあの大火球をまたぶつけるつもりだろう。


「きゅぐるるるぅう!!」


 威嚇しながらエンポディオが飛び込んでくる。


 先ほどのヒト型魔獣から俺を守れなかったことを悔やんでくれているのだろうか,絶対に守り抜くという強い意志を見せるかのようにバンバリオールを威嚇している。


 すると,狐魔姫が優しくその身体を手で包んで退けさせた。


「狐魔姫……?」


「きゅるる……?」


 不安の目を向ける俺達にふっと微笑むと,ぽぅっと指に蒼い焔を纏わせる。


「侮らないでくださいませ。


 この程度の魔獣如き……取るに足りませんよ」


 そう言うと,狐魔姫はひゅっと炎と飛ばす。


 それがバンバリオールの身体に着弾した瞬間……小さな火は一瞬にしてその身体を覆いつくす爆炎となり,悲鳴を上げる暇すらなく焼却された。


「これが,狐魔姫の……英霊族の,本来の力……!」


「さあ,いきますよ……!!」


 たんっと狐魔姫は跳躍すると,鮮やかな蒼い焔を身体の周囲に纏わせる。


 彼女の膨大な魔力に反応したのか,周囲の魔獣達が咆哮を上げて襲い掛かる。


「狐魔姫!」


 しかし,それらは英霊族である狐魔姫の相手になるような相手ではなかった。


 ぼぅと風を切る音と共に,蒼い爆炎が迸る。


 魔獣たちは狐魔姫に触れることすら出来ず,次々と焼き滅ぼされていった。


「んな……!!」


 その炎は敵と味方を明確に区別することが出来る……いや,与える効果を変えることができるのだろうか,綺羅先生の召喚したもの以外の魔獣族たちを焼き払っていきながら,傷ついた研究所の職員や先生の使役魔獣達はその炎で逆に傷を癒していく。


「すっげぇ……あの女のヒト,一体誰なんですか? 先輩の傍に出現しましたよね」


 周囲の魔獣が焼き尽くされたため,余裕の出来た磯樫達が駆け寄ってくる。


 しかし彼の質問に先に回答を出したのは,俺の傍から聞こえてきた声だった。

 

「……なるほどのぅ。 あれが,お主が社殿を直してやったという英霊族か」


「綺羅先生!! いつの間に!?」


 声のする方に目を向けると,ちょうど俺の手の甲の辺りに綺羅先生が座っているのが確認できた。 どうやら先生もしっかり無事だったようだ。


「ギガントフェアリーに乗っておったら歪人族に吹き飛ばされてのぅ,気付いてみたらお主の方が重症で驚いたわい。


 それで? あ奴は確か……お狐様,じゃったかのぅ?」


「はい,ちょうど昨日,お狐様の後任という人物に会いまして。


 彼女を呼び出すことの出来る魔具をもらったんです」


「ふむ……やはり流石は稲荷神の系列,狐火の扱いも見事じゃな」


「そうですね……でも……」


「……なんじゃ?」


 確かに,狐魔姫は強い。


 今見ているだけでも,研究所のどの魔法師よりも魔獣を殲滅している。


 でも……本当に彼女に任せっきりでいいのだろうか?


 俺も一緒に戦いたい。


 狐魔姫だけに任せて,俺ばかりがのんびりしているなんて……そんなの頑張ってくれる彼女に失礼だ。


 それに……


「……先生。


 俺も……俺も行きます。


 彼女と一緒に,俺も戦ってきます!!」


「んな……何を言うておる!?


 お主,先ほど魔獣一匹に手も足も出なかったではないか!」


「あるんですよ……ある筈なんです。


 任せてください,先生」


「お,おい伏見!!」


 先生の制止を振り切り,俺は駆け出す。


 俺の頭の中に浮かんでいたのは,頼霊が言っていた技法……霊依憑。


 実はあの後,宿泊施設に戻ってからそれについて調べてみたのだ。


「狐魔姫!!」


 彼女に呼びかけ,人差し指のリングを掲げる。


「弥彦様……!!」


 それに気付いた彼女は,満面の笑みを浮かべて早速俺の元にふわりと降り立った。


「俺も一緒に戦う。


 頼霊から話は聞いているんだ……今は時間のかかる正式な儀式は無理でも,一時的な憑依は出来るんだろう?」


「はい,勿論です……!」


「それじゃあ,いくよ……」


 親指と人差し指でそっとリングを握り,目を瞑る。


 狐魔姫が後ろに回り,その暖かな温もりを感じる。


 深く呼吸をし,体内の魔力へ意識を集中させると,狐魔姫の魔力が……いや,狐魔姫の身体そのものが,俺の肉体と同化していくのを感じた。


 ただならぬ魔力の高まりを感じたのか,周囲の魔獣達が咆哮をあげて襲い掛かってくる。


 だが……もう遅い。


「「憑依……覚醒」」


 俺と狐魔姫の声が合わさり,青色の爆炎が飼育スペース全体を包み込む。


ドゴォォォォオオオオオオオオオオオオオオンンンン!!!


 轟音が大地を揺るがし,天を震わせる。


 衝撃波は研究所の敷地を超過して広がり,俺達が宿泊していたホテルのある都市のあらゆる大気を揺さぶり,窓ガラスをがたがたと振動させるほどだった。


「ぐぉぁぁああああ……!!」


「こ,これは……!」


 このような規模の爆発,英霊1人で出せるようなものでは……!!」

 

 綺羅先生や磯樫達は,あまりの衝撃に圧倒されながら,飼育スペースの上空を見上げる。


「あれは……!!」


 そこには,黄金と赤い筋に彩られた,狐の耳と尻尾を生やした……俺,伏見弥彦の姿だった。


「……伏見,先輩……なんですか?」


「霊依憑……


 英霊族を,自身の身体に憑依させ……自身の力と英霊の力を掛け合わせた,一段階上の準神格へと昇華させる秘術じゃ!!」


 そうだ。


 これこそが,頼霊の示唆していた力。


 英霊族が,自身の持つ能力を他者に流し込み「憑依」という形で同化させることで,能力も,身体機能も,扱うことの出来る魔力やその規模・威力でさえも,文字通り倍加させることが出来るのだ。


「「さあ……終わらせるよ」」


 ぽぅっと指先に点火した蒼い焔を,次元の裂け目に向けて飛ばす。


 巨大な爆炎は裂け目を維持する邪悪な魔力を焼き尽くし,同時に裂け目に浸食された大気を癒す。


 そうして,突如出現した次元の裂け目は……跡形もなく消え去った。


次の話は同日12時半に投稿される予定です。

今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。

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