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第11話「次元の裂け目」

6月4日投稿分の,3話目です。

壮絶な戦いと弥彦のピンチが描かれます。

 海竜の背後,額の後ろから見える位置……虚空に浮かぶ,漆黒の点。


 そこを中心に,まるでガラスに入るようなひびが,小さく広がっている。


 俺達がそれに気づいた時,ピシっとそのひびが拡大し……


 バシ,ビシビシ,バキン……!!


 巨大になったヒビの中,大気が破片となって欠けた。


「まずい!!」


 久楼がそう叫んだ直後,壮絶な破壊音と共に大気が砕け,漆黒の裂け目が出現する。


 発生時の衝撃は強烈な波動となって海竜を過ぎ,目を開けていられないほどの突風が俺達を襲う。

 

「っぐぁあ……!!」


 吹き飛ばされそうになるのを必死に堪えながら目を開けると,ばきばきと拡大する次元の裂け目は空を覆いつくさんばかりに拡大する。


 その向こうに広がっているのは漆黒と真紅に支配された地獄のような光景……恐らく,魔界のそれだ。


「学生は全員室内に入れ!! 職員の指示に従って避難するんじゃ!! 決して一人で動くでないぞ!!」


「事務室,応答して!! 緊急事態よ,非戦闘員を全員シェルターに!! 月魄(つきしろ)騎士団に救援要請!!」


 綺羅先生とダチュラさんから怒号が飛ぶ。


 直後,耳をつんざく大絶叫が俺達の鼓膜を貫いた。


「ギュエエエエエエエエエエエエエエ!!」


「な,何だ!?」


「上から聞こえたぞ……おい,あれ!!」


 磯樫が指をさした方に目を向けると,目の前にいたのは巨大な鳥類のような魔獣族。


 特徴的な,鎧のような赤と黄色の鶏冠を持ち,人の身体の2倍ほどの体躯を誇る魔獣……“鎧冠鳥(がいかんちょう)”バンバリオール。


 それは不快な叫び声をあげると,ばっさばっさと羽ばたきながら頭上に自身と同等サイズの爆炎の塊を形成する。


「ひぃ……!?」


「くっそ!!」


 恐怖と怯えで動けなくなっている矢芽さんの前に立つと同時に,鎧冠鳥が爆炎球を放り投げる。


 俺の能力で木材の盾を作り出すことも不可能ではないが,相手は爆炎,一瞬にして焼き尽くされて防御にもならないだろう……どの道,彼女以外の人間を護る力もない。


 バギィイイイン!!


 本気で死を覚悟をした直後,大きな衝撃音が響く……目を開けると,視界には炎が広がっているが,俺達には全くと言っていいほどその熱エネルギーは届かない。


 俺達を焼き滅ぼすはずの爆炎球が,不可視の防御結界に防がれたのだ。


「きゅるるるぅう!!」


 防御結界を展開したのは,小さな翼の生えた蛇のような,竜型の魔獣。


 エンポディオ……綺羅先生が使役する契約魔獣の一体であり,先生が学生を護るために契約したという防御魔法のスペシャリストだ。


「今のうちじゃ!! 全員室内に入り,固まって動け!!」


「は,はいぃ!!」


 真っ先に駆けだした矢芽さんを追い,俺達は研究観察スペースに入っていく。


 時を同じくして飼育スペース全域に響き渡る警報音が聞こえ始め,研究観察スペース地下のシェルターへ避難するよう指示する放送が流れてきた。


「先生,ダチュラさん!!」


 俺以外のゼミ生全員を屋内に入れると,先生たちも入れるために振り返る。


「んな……!!?」


 その視界に映った光景は……凄惨という以外に表現できないものだった。


 次元の裂け目から魔獣族が這い出てくる。


 バンバリオールだけじゃない。


 巨大な鰐のような口を持ったヒト型の魔獣,大小様々な獣の部位を無作為にくっつけ回ったかのような合成魔獣,最早地上界にいる動物の見た目では形容できないような異常な容姿をした魔獣……それらが次から次へと這い出してきて,飼育スペースの地面や結界の上に落下している。


「伏見!! 何をしておる,早く屋内に入れ!!」


「でも,先生!!」


「いいから早くするんじゃ!! 少しでも数を減らしてから儂も屋内に入る,それまでエンポディオの結界の中で大人しくしておれ!!」


 くるんくるんと杖を回し,魔法陣から自身の使役する魔獣を召喚する綺羅先生。


 先生の使役する魔獣は裂け目から出てくる魔獣と対峙し,爆炎(ばくえん)烈風(れっぷう)激流(げきりゅう)剛巌(ごうがん)の入り混じる大戦争状態へ突入する。


「きゅるる!」


 その光景に圧倒される俺の意識は,エンポディオの鳴き声に引き戻された。


「先生……すみません!!」


 この戦線に俺が混じったところで,先生の迷惑になるだけだ……そう判断した俺は,歯を食いしばりながら,小さな守護竜と共に研究観察スペースへ逃走した。


「伏見君!」


 研究観察スペースに入った俺に真っ先に駆け寄ってきたのは矢芽さんだった。


「俺は大丈夫……綺羅先生が残って魔獣達と戦ってくれているから,その間に逃げてこれたんだ」


「それって,先生はまだあの飼育スペースに残ってるってこと!? 大変,早く誰か助けに行かないと!」


「無理だよ,俺達じゃあ戦力にならない。


 ガガランドス規模の魔獣1匹程度なら俺と磯樫,久楼の全員でかかればなんとかなるかもしれないけど,それが大勢いるんだから絶対無理だ」


「そんな……ど,どうしよう!」


 心配そうにこちらを見つめる彼女になんとか安心させるような言葉を考えていると,どたばたと慌てた様子の職員さんが走ってくる。


「ゼミ生の皆さん,ご無事ですか!?」


「は,はい,学生はなんとか全員無事です……けど,うちの指導教員がまだ飼育スペースに残っているみたいで……」


 不安そうに問いかける小坂の話を聞き,職員さんは眼鏡を整え通信用の端末を起動する。


「わかりました……飼育スペースには現在,戦闘可能な護衛職員が複数展開して対応しております。


 指導教員は確か,召喚魔法を使われる小人の方ですよね,特徴を伝えておきますので出来るだけ早く前線から退いてもらうように掛け合わせます」


「ありがとうございます……」


「あ,あの……それで,一体何が起こったんですか……!?」


 今にも泣き出しそうな表情で職員さんに駆け寄る矢芽さん。


 小坂がなんとか宥めると,伝達を終えて顔を上げた職員さんがエリアマップを広げながら現状の説明をする。


「突発的な,次元の裂け目の発生です……場所は飼育スペースにある地属性魔獣飼育エリア上空,最大径10メートルを超える大型のものです。


 現在は戦闘可能な職員を飼育スペースに展開し魔獣の制圧に当たらせているほか,月魄騎士団に救援を要請している状況です」


 月魄騎士団……先ほどダチュラさんも言っていたそれは,今俺達のいる場所を含む周辺都市を管轄する,聖騎士(パラディン)・剣聖の月魄嫦娥(つきしろじょうが)を筆頭とする魔法師の集団。


 聖騎士とは,我が国が誇る最強の魔法師たちを指す敬称であり,管轄都市の治安維持に努め,国家の代表として国内外政府とのかかわりも深い外交官にして魔法警察だ。


「月魄騎士団が対応してくれるんなら安心……と思いたいけど,騎士団の到着までどのくらいかかるんですか?」


「ええ,研究所の所在的にしばらく……10分ほどはかかるでしょう。


 それまで非戦闘員である我々と学生の皆様には,地下の魔法シェルターに避難していただきます。 場所はここ,皆さんが通ってきた研究観察スペースの入り口付近から奥の方に抜けたところです」


 エリアマップを表示しながら説明する職員さん。


 地下シェルターの入り口は,俺達のいる飼育スペースの入り口から3部屋ほど戻った場所にあるようだ。


「それなら早く行きましょう! この建物も,いつまで無事でいられるか分かった者じゃないでしょうし!」


「ええ,そうですね。 こっちです,付いてきてください!」


 職員さんが手招きし,シェルターに向かって俺達は駆け出す。


 その間にも建物は戦闘の衝撃で激しく揺れ,ぱらぱらと建物の欠片が落ちてくる。


「すごい衝撃だ……振動が建物内まで伝わってくるなんて……」


「矢芽さん,バランス崩すなよ」


「う,うん……」


 男子陣で矢芽さんと小坂を囲いながら進んでいくと,しばらく走ったところで矢芽さんの息が切れてくる。


「はぁ,はぁ……も,もう無理,ちょっと,休憩……きゃあ!」


 矢芽さんの体力が限界に達したところでずずんと強い衝撃が入り,彼女のバランスが崩れてしまう。


「矢芽さん!」


 慌てて抱き支えると,ほとんど同時に職員さんの声が飛んでくる。


「学生の皆さん,大丈夫ですか!?


 こっちです,この廊下を曲がってすぐがシェルターの入り口です,走れますか!?」


「矢芽さん,あとすこしだよ! もう少しでシェルターだから,頑張って!」


 必死に声をかけるも,息切れしきった矢芽さんは呻くのみで動けそうにない。


「くっそ……仕方ない,お前ら,職員さんと一緒に先に行け!」


「けど先輩! 先輩だって戦えないでしょ!?」


「そうだけど,俺の能力は木材で壁を作れるから防御性能に高いんだ。


 それで矢芽さんの体力が戻るまで耐え忍ぶから,先に行ってろ!! いいから早く!」


 激しい言い合いに発展していると,突然俺達のいるすぐ横の壁が破壊される。


「先輩!!」


 反射的に木の壁で防御すると,壁自体は破壊されてしまったが衝撃そのものはいなすことが出来た。


「っぐ……!」


 今の破壊は,何かが吹き飛ばされて勢いよく壁にぶつかって起きたもの……ということは,その要因となった何かがいる。


 衝撃と反対側に目を向けると,観察用の結界に叩きつけられていたのは綺羅先生の使役する巨大な妖精,ギガントフェアリー……体高2メートルを超える巨大な妖精であり,腕力自慢の頼れるはずの存在だった。


「ずぐるるるるるるぅ……」


 破壊された壁から侵入してきたのは,丸々と太った胴体を引きずり短い脚で歩くヒトのような下半身を持った歪な魔獣。


 その腕は異様に細長くなっており,拳には風属性の魔力を纏っている。


「おいおい……やべえってこれ……!!」


「はぁ……はぁ……せ,せんぱい……!」


 矢芽さんの声が聞こえてくる。


 魔獣は既に俺達を補足し,腕を振り上げている。


 ここから動けば,矢芽さんに当たる。


 もう俺には,ただ木材の耐久力が持ってくれることを祈って,壁を展開するしかできることはなかった。


「くそがぁぁああああああああ!!」


 振りぬかれた魔獣の腕は風属性の魔力によって切れ味を速度を増し,木材を貫通して俺の脇腹を抉り抜いた。


「先輩―――――――――――――――――――!!!!!」


次のお話は明日の10時に投稿される予定です。

☆1からでも構いませんので,評価・コメント,よろしくお願いします。

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