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第10話「予感」

6月5日投稿分の,2話目です。

魔獣に関する設定の開示と,一大事件が発生する様子が描かれます。

「……本当に,実行なさるおつもりですか」


 伏見弥彦達が在原魔獣研究所の見学実習に訪れる前。


 まだ誰も知らない,仄暗い場所で話す,二人の人物がいた。


 片方は漆黒の,ローブのような衣装を纏った男。


 紫の怪しい紋様が素肌のいたるところに浮かび上がっているその男は魔力で構成された獣の耳と8本の尻尾を有しており,邪悪な笑みを浮かべている。


 そしてその男の目の前にひざまずいている女が1人。


 真っ白の長髪を垂らしたその女性は……在原魔獣研究所の研究員が纏う白衣を身に付けていた。


「ああ。


 確かに研究所を建てられたことは誤算であった。 恐らくあの男も,あの場所にわざわざ研究所を建てたということは,何らかの予兆を感じ取ったのだろう。


 だが計画の進行に支障はない……そのために,お前をあの男のもとに遣わせたのだからな」


「はい。 勤務中は常に挙動を観察しておりますが,我々の計画に感づいている様子はございません」


 従者の女性の発言に,男はくっくっと不敵な笑みを浮かべる。


「まぁ,それも当然だろうなぁ。


 これだけの期間を開けているのだ,我々のかつて開いてきた次元の裂け目も,そもそも関連性を見出すことすら難しいだろう」


「確かに……前回の開放はいつだったでしょうか」


「15年前だ。 っふふふ……思えば100年前にこの計画を始めてから,随分と長い時間が経ったものだな……」


「そうですね……ついに,この時が」


「ああ……いよいよ,俺の……いや,“俺達の”悲願が達成されるときがくる……」


 ざわざわと8本の尻尾をざわめかせ,男は不敵な笑みを満面に浮かべる。


「場所は,在原魔獣研究所……そこに次元の裂け目を開き,魔獣族を大量発生させるのだ。


 全ては,俺達の悲願……皇獣族への,覚醒のために……っくく,っふふふふふふふ……ふはははははははははははは……!!」


 暗闇が覆い隠す空間に,男の高らかな笑い声がいつまでも響いていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


「さて……準備はいいかしら,実習生の皆さん。


 私はダチュラ・モーヴェル……在原魔獣研究所,飼育施設部門の統括研究員です。


 この研究所にはもう10年近くお世話になっていますから,施設のことでわからないことが在ったら何でも聞いてくださいね」


 昼食を終えた俺達は,飼育エリアの入り口で整列する。


 自己紹介をしてくれたダチュラさんは,真っ白で綺麗な長髪が映える,細身の女性。


 髪の隙間から見える耳は鋭くとがっている……これは特に妖精族の中でも“エルフ”と呼ばれる,長い寿命と美しい容姿が特徴の種族に見られる特徴だ。


 そんな彼女に早速魅了されてしまったのか,磯樫が耳打ちで話しかけてくる。


「綺麗な人っすねぇ……やっぱり在原理事長みたいなはっちゃけまくった人より,あーいう綺麗なおねーさんに案内される方がいいっすよね」


「いや,知らねぇよ……それに綺麗なおねーさんっつったって,相手は長命種のエルフだぜ? あの見た目で200歳とか越えてるかも知んねぇぞ」


「いーや,絶対そんなことないっすよ! 先輩,彼女いない歴年齢だからって狙っちゃダメっすからね?」


「はい,そこ! 無駄話しないの」


「っげ! ばれた……す,すいません……」


 呆れ顔で返答をしていると,案の定ダチュラさんからの叱責が飛ぶ……が,彼女の表情に怒気はなく,反対に悪戯っ子のような笑みを浮かべて人差し指を自身の頬に当ててきた。


「それと……アタックするのは構わないけれど,私は聡明で高貴な人が好みだから。


 ただの学生さんには,私の攻略は難しいと思うわよ?」


「は,はひぃ……話の内容まで聞こえてたんっすねぇ……」


「初対面の女性に鼻の下なんか伸ばしてるからこうなるのよ」


 矢芽さんの突っ込みに他の研究員さんも含めて笑いが起きる。


 場が和んだところで,ダチュラさんがぱんっと手を叩いた。


「さて,それじゃあそろそろ行きましょうか!


 みんな,準備はいい?」


「うっす,いけます!」


 真っ先に返事した磯樫に続き,みんな頷いて準備が出来ていることを示す。


「みんな返事ありがとう,それじゃあついてきて」


 颯爽と振り返って歩みを進めるダチュラさんについていくと,研究所から屋外に出る。


 すると,目の前に広がっていたのは……!!


「ゴグォォォオオオオオアアアアアアア!!」


「きゃあああああああああああああああ!!??」


 突然目の前から大気を震わせる大咆哮が耳をつんざく。


「こ,こいつは……ガガランドス!?」


 絶叫する矢芽さんの前に立って声の主に目を向けると,そこにいたのは体高3メートルを優に超える巨体を持った魔獣族,ガガランドス……獅子の頭,人の腕と胴に犬の脚,それに加えて蝙蝠の翼と蛇の尻尾を持つ魔獣族だ。


 まず一番に目につくのは,その腕部。


 大木の如き太さの両腕には魔力で生成した岩石を纏っており,圧倒的な質量を持ったアレに殴られてしまえば生身の人間ではひとたまりもないだろう。


 そこに繋がる上半身も,逆三角形のシルエットはそれだけで人間ひとりがすっぽり収まるレベルの巨大さだ。


 腕に意識が集中しがちだが,獅子の頭部についたたてがみの一部が土属性の魔力によって角のように硬質化しており,貫かれればひとたまりもないであろうことが容易にわかるほど鋭利に尖っている。


 その反面……犬の下半身は非常に貧弱な作りになっておりその体重を支え切ることなど物理的に不可能と思えるほどの貧弱さだ。


 俺達がその圧倒的な威圧感にたじろいでいると,ダチュラさんが余裕の表情で説明を始める。


「その通り,良く知っていますね……と言いたいところですが。 その呼称は,現在では少々俗説的,ありていに言えば,古い呼称になります」


「古い,呼称?」


「そう……ガガランドスのほかに,フリーヴァス,そしてイヴリスクという名前は聞いたことがあるかしら……同じ飼育結界内にいる,あの子たちのことよ」


 ダチュラさんの言葉に従って結界内をよく見てみると,確かにガガランドスのほかにも2種類の魔獣族が複数匹ずつ存在しているのがわかる。


 1種目は,フリーヴァス。


 イヌの頭部に鉤爪のついた3本の細い指,鷲の胴体と翼,蛇の尾を持つ魔獣族であり,風属性の魔力を全身に纏って飛行している。 その体長は大きい個体でも1メートルにも満たない小型の魔獣族で,結界内では十数匹の群れをなしている。


 そしてもう一種は,イヴリスク。


 ヒトと同じくらいの体長に,豹の胴体,鳥の翼,蛇の尻尾を持っている大型の魔獣だ。雷と同化し,雷撃を操る能力を持ち,いくつかの個体は自身を雷に変容させて目にもとまらぬ速さで移動している。


「この3種の魔獣達に,何か関係性が……?


 見た感じ,特に関連性は見られないんですけど……」

 

 磯樫の疑問に当然でしょうという様子で頷くと,ダチュラさんは説明を始める。



「ええ……つい5~6年前までは,どの研究者も同じように考えていたわ。


 だけど,私達在原魔獣研究所が主導する研究によって,これら3種の魔獣族は同一種族の成長段階であるということが明らかになったのよ」


「えぇええ!?


 こ,こんなに姿の違う……それどころか属性や固有能力まで変化しているような奴らが,同一種!?」


「その通り。


 この魔獣は幼体期,成熟期,老齢期のそれぞれで特殊な身体変化をし,容姿も能力も全く異なる形態へ変化することが判明した最初の魔獣族……その名も,“変幻獣”エヴィルアーク。


 勿論一般的にはまだまだ旧名称で呼ばれることが多いけれど,研究者の間では既にかなり浸透しているわ。


 こんな感じで,同じ種族の中でも成長段階による変化を深く研究することが出来るのも,魔獣族を飼育するといううちの研究所ならではの成果ね」


 確かに,魔獣族を討伐してその素材を活用するといった研究は魔導工学の間で盛んにおこなわれてきたものの,とっ捕まえて飼ってやろうなどという発想が,例えばデスワームだのガガランドスだのを目の前にして出来るかと言われれば否である。


 そういう意味でも,あの在原虚也という男はとんでもない人物なのではないか……?


 そんなことを思っていると,ダチュラさんはまたぱんぱんと手を叩いて俺達の注目を集める。


「さ,実習生のみんな。 いつまでもエヴィルアーク結界にいるわけにもいかないわ。 次の結界は……水棲魔獣達が飼育されているエリアよ」


 彼女の案内に従い進んでいくと,今度は頑丈な人口崖で仕切られた広大な結界の前に来る。


 目の前に広がる広大な水の塊には大小さまざまな影が浮かんでおり,そのいずれもが明らかに地上界で見かけるような魚類とは異なったシルエットをしている。


「ここは水棲の魔獣が飼育されているエリア。


 水面からは少し見えづらいと思うけど……って,おお? ……あれは……」


 ダチュラさんが説明をしていると,突然ぼごぼごと水面の一部が泡立つ。


 しばらくすると,ざばぁあんという轟音と共に俺達の身長の3倍はあろうかという水柱が立ち上った。


「うぉぉおおおおおお!?」


「グシャアアアアアアアアアアアア!!」


 水柱の中からまず最初に現れたのは,ばさっと横に広がる蝙蝠にも似た翼。


 青色の鱗に包まれた細長い胴体の先には獅子のような鬣が広がり,その先には人の腕ほどの太さと長さを持つ巨大な角。


 頭部は鰐のように先端が細くとがってはいるものの,その骨格は鰐のそれより圧倒的に太く強靭なものになっている。


「あ,アレは……(ナーグッド)!!?」


「それも,海に棲息している海竜族じゃないか!! こんなものまで飼育しているのか……!?」


 ナーグッド……それは,超越魔導生命たる天龍族を根源にもち,その血統から誕生したとされている魔獣族の一分類。


 その実力は神より寵愛を授かった英霊族に勝るとも劣らないとされ,魔法師で構成された軍の1部隊を全滅に追いやることも可能なほどとされている。


 その登場は施設の職員にとっても意外なことだったのか,ダチュラさんも驚いた表情をしている。


「へぇ……珍しいわね,常に結界の海の最下層にいるような子が,なんでまた水面なんかに……って,あら……?」


 途中まで笑顔を浮かべていたダチュラさんの表情が停止し,怪訝そうな顔をして虚空のある一点を見つめている。


「……ダチュラさん?何か,ありました……?」


 俺が問いかけてみるも,彼女が答える様子はない。


 何かと思い,彼女が見つめる先に目線を移すと,そこにあったものは……


「……次元の,裂け目……?」


次の話は同日22時に投稿される予定です。

今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。

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