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第1話「調査,そして出会い」

6月2日投稿分の,1話目です。

主人公の行動理由とお狐様との出会いのきっかけが描かれます。

「うーん……この反応も違うかぁ。本当にこんな探索,続ける意味あるのかな」


 さんさんと太陽の照り付ける昼下がり。俺――伏見(ふしみ) 弥彦(やひこ)――は大きなため息を吐き,手に持っていた鉱石を放る。草の上にころがったそれは,しばらくぴりぴりと電気をほとばしらせてからその動きを止めた。


 立ち上がって周囲を見渡す。まばらに樹木の生えた坂道には,様々な高さの草むらのほか,ところどころに水気を帯びていたり,熱を持っていたり,先ほど俺が手に持っていたものと同様電気を帯びていたりするような,石や岩が転がっている。 これらの石や岩は“魔法鉱石”と呼ばれ,周囲の大気の魔法的な性質を分析するのに使えるんだとか。


「あっつ……まだ春先とはいえ,こうも外に出ずっぱだとしんどいなぁ」


 紺色のジャケットを整え緑茶を飲む。白のインナーシャツには汗がにじみ,じっとりとした湿気がまとわりついて気持ち悪い。


 芦間倉山(あしまくらやま)……それが今,俺たちのいる場所の名前。標高1200mほどのなだらかな山であり,近くに大都市があるだとか,きれいな景色の見える観光名所があるだとか,そんなような場所ではない。そもそも俺達は,観光なんていう華やかで楽しいことが目的でこの地に来たわけではないのだ。


「先生~……綺羅先生~! こっちは多分ハズレです,何にもありませんでしたよ~!」


 巨大な倒木によって出来たギャップのほうに声をかける。木漏れ日が差し込む影響で周囲より一段を明るくなったその場所には,熱気を纏った赤黒い狼と,雑多に資料の並んだ簡易テーブルが置かれている。


「さっきからそればっかしじゃのう伏見。 もう少し根気強く探そうとか,そういうパフォーマンスくらいは見せたらどうじゃ?」


 そこにはミニチュアサイズの椅子が置かれており,手すりに肘をつきながらあきれ顔でこちらを睨む,身長10センチにも満たないサイズの小人が堂々と座っていた。


「勘弁してくださいよ綺羅先生。 次元の裂け目の痕跡なんて,そうそう簡単に見つかるようなものじゃないってこと,先生もご存じなんじゃあないですか?」


 彼女の名前は綺羅(きら) 小御丸(ちみまる)。 俺の所属する朧谷魔導大学(ろうこくまどうだいがく)で教鞭をとる准教授であり,若くして魔導生物学の権威と呼ばれるエリート研究者だ。


 俺達がこの芦間倉山に来た理由は,ずばり彼女の主導する研究調査のため。この付近にかつて発生したという,“次元の裂け目”の痕跡を探るのだ。


 この世界は大きく分けて,俺達の住む地上界,神や英霊達の住む天界,魔獣族や妖怪・悪魔とも呼ばれる妖魔族達の住む魔界,そして死者達のさまよう冥界の,4つの世界が1つになっている。 本来であれば基本的に,強力な結界によって互いの世界が交わることはないのだが,何らかのきっかけによってその結界にほころびが生じると,平和な地上界に魔界の獣や妖魔が襲撃してくることがあるのだ。


 そのような,地上界と魔界との間に生じた結界の綻びこそが「次元の裂け目」。 これを調査し,裂け目が出来るのを未然に防ぐことが,綺羅先生の現在の研究課題なのだという。


「そんなことは判っておる。 じゃが見つからんことには成果も報告のしようがないんじゃよ。 それにほら,調査に参加して痕跡を見つけ,その分析作業を体験できることは,お主ら院生の貴重な体験になるじゃろうて。 やりがいを感じるじゃろう? さあ,文句言うとらんで調査再開,行った行った」


「はぁい,わかりました。 行ってきま~す」


 自分のサイズに縮小したミニマムサイズの研究資料にすらすらと何か書き込む綺羅先生に唇を尖らせ,俺は調査を再開しようとする。


 するとちょうど目の前に転送魔法の魔法陣が現われた。


「おわっと!?」


「あら,こんにちは院生さん。 調査,順調ですか?」


「あ,あなたは……ええっと確か,橘楓(たちばなかえで)さん?」


 目の前に現れた彼女は,俺達が拠点にしている旅館の女将の娘さんだ。 饒舌なおかみさんが話していたところによると,歳は俺達の3つ下くらいなのだそう。 薄桃色を基調とした浴衣にエプロン姿は見ているだけで癒される,本調査の癒し的存在だ。


「はい! 調査で忙しい先生や院生さん達のためにって,おばあちゃんがお餅を作ってきたんですよ! よかったらおひとつどうぞ!」


「おぉ,本当ですか? ありがとうございます」


 楓さんは天真爛漫な笑みを浮かべる彼女は,人数分のお餅が乗ったお盆を差し出す。ひとつ手に取って食べてみると,一口目から濃厚なあんこの甘みが口いっぱいに広がり,疲れた身体に染みわたっていくのが感じられるくらいのおいしさだ。


「はい,先生もどうぞ!」


「おぉ~,すみませんなぁ橘さん,わざわざ人数分持ってきてくださって。 あとでじっくり食べますから,そこに置いといてくだされ」


「は~い,おひとりにつきおひとつですからね。 先生だからっていっぱい食べちゃダメですよ~?」


「はっはっは,このちんちくりんな身体には寧ろ多すぎるくらいじゃわい」


 くすくす笑いあう橘さんと綺羅先生とのやり取りに,少しばかり不機嫌になってしまう。 俺は一つ大きなため息をつくと,さっきまでとはまた違った場所を調べてみようと周囲を見渡してみた。


「んん……? こんな道,誰か行ったことあったかな」


 俺の視界に入ってきたのは,大きな山道から少し外れた獣道。見た感じ,山道との分岐点付近に魔法鉱石は見られず,しばらく人が通った後もない様子。 きっと同じ研究室の仲間も通ったことは無いだろう。


「行ってみるか……何か新しい発見があるかもしれない」


 興味を持ったのも何かの縁と,獣道へと歩を進める。 鬱蒼とした草むらをかき分けていくと,不意にこつんと大きめの物体に躓いた。


「おっと……!? なんだ? ……って,これって……」


 俺の視界に入ってきたのは,大きめの魔法鉱石……しかし,これまで見てきたようなものとは明らかに違う。


 さっきまで見てきた魔法鉱石は,どれも自然に出来上がるような属性を持っていた。 つまり,別に何もしなくてもできるようなものばかりだったのだ。 だが,これは――


「……魔界の,魔力を帯びている……」


 そう。


 地上界では絶対に自然発生することのない,魔界の大気と同質のエネルギーを帯びた魔法鉱石になっているのだ。 これこそが綺羅先生の探していたもの,魔界と地上界を隔てる結界を破った次元の裂け目の痕跡だ。


「もしかしたら……この道の先にもっと多くの痕跡があるのかも……!!」


 にわかにテンションの上がった俺は,そのまま獣道を突き進んでいく。 何の変哲もない魔法鉱石を拾っては捨て拾っては捨ての作業を繰り返すのは面倒極まりないとは思っていたが,こうして魔界に繋がる痕跡を見つけることが出来るとあらば話は別だ。


「さぁて,この先にはどんな興味深い魔法鉱石があるんだろうなぁ……って,おお?」


 がさがさがさと草むらの中を進んでいると,ばっと突然視界が開ける。


 目の前に広がっていたのは,俺達が拠点にしているギャップよりずっと大きな空間に佇む,ボロボロに寂れて崩落しかけた神社だった。


「これは……麓にあった神社の系列か?」


 境内の入り口には,2体の狐の像――狛犬狐――が立てられている。 ちょうど山の麓にも同様の狛犬狐が立った神社があり,登る前に研究室のみんなでお参りをしていたのを覚えている。 そこの神主曰く,稲荷神を祀る神社であるとのことだったので,恐らくこの神社も同様だと思うのだが,気になるのは……


「……随分と古いな。 いや,それだけじゃない……何年,いや下手をすると十年,百年単位で手入れされた痕跡がない。 もしや,忘れ去られた神社なのか?」


 木材は遠目から見るだけでも傷つき穴が開いており,ところどころ崩落している箇所さえある。 そして恐らく手水舎であろう崩落した建物の傍には,大きめの魔界の魔力を帯びた魔法鉱石が転がっている。


 俺は特別何かを信仰しているとか,いいことをしようと思って生きているとか,そんなようなことは全然ない。だから本来――というか,ここまで明らかなものでなければ――このような寂れた神社など,興味すら抱くことはないのだが。


「……なぁんか可哀想になってきたな。 外見くらいは整えてやるか」


 俺はひとつ溜息をつくと,何とか崩れずに原形を保っている本殿に歩み寄り,支柱に触れる。 そして……


 ぱきぱき,ぺき……ずず,ぐぐぐ……がこん,ごごこここ……


 目の前の社殿を構成する木材が,新品のものへ変質していく。


 これが俺の固有魔法……【構樹(オークッド)】の能力。 この能力によって何もないところから魔法で出来た樹木を生成することができるほか,古びた木材をそのまま新品の樹木に作り替えることが出来るのだ。


 ただ単純に樹木を作り出すことが出来るだけの能力のため,次元の裂け目から出てくるような魔獣族を相手にできるほど戦闘向きではないし,特に前者の無から作り出した樹木は呼吸も成長も出来ないパチモンだ。 そのため,草木を扱う魔法に見られるような,広義の生命を生み出す魔法のような素晴らしいものでもなんでもない。


 だが,そんな能力でも使い道はある。たとえば,目の前の完全木造なんて言う時代遅れの社を丸ごと修繕する,なんていうことに。


「……さて,こんなものかな。 どうですかねぇ神様,おうちは新品同様になりましたけど,散々っぱら放置されたお気持ちはこの程度じゃ治りませんか? ……いや,そもそももうこんな村棄てて出て行っちまったのかもしれないな」


 とはいえ,目の前の社殿は木材も新品同様になり,ぱっと見た限りでは結構いい感じになっている。 崩落した木材以外の設備には手を付けられないが,まぁそれは明日村の人に頼んでおこう。


「今はこのくらいで我慢してくださいね,神様。 探し物あるので,もうちょっとこの辺にいさせてください」


 簡単なお参りを済ませた後,俺は手水舎の傍の魔導鉱石に歩み寄る。


 ざあっと風が頬を撫で……その中に,人とも獣とも似た声が聞こえたような気がした。


次の話は同日12時に投稿される予定です。

今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。

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