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そう言うとリシャールは手を伸ばし頭をガシガシと撫でてきた。


「お前、戦いの経験は?」

「・・・ない。」

「トーナメントは?」

「トーナメントってどんな?」

「模擬戦だな。馬は?」

「・・・ない・・・です。」


何も知らないのだ。

そう思うと恥ずかしくなるとともに急速に不安になってくる。

剣の稽古はした。

神父にリュートもならった。

リュートを持って詩を歌うだけなら、吟遊詩人だ。

騎士ではない。

騎士であり詩を歌う、トルパドールになりたいと宣言して旅に出たのだ。

だが、騎士とはリシャールに自分が言った「ならず者」という言葉の様に、本当に戦場で戦い、命を奪い、略奪し、乱暴もする。

敵にしたら「ならず者」なのだ。

今朝目のあたりにしたような乱暴な殴り合いの現場が、日常の。

肋骨が折れるような暴力に満ちた世界なのだ。


「ジャン?」


頭にのせられた手が優しく乱れた髪を直してくれている。


「今から行くのは視察だ。戦ではない。誰でも初めては在るものだ。俺も初陣はビビった。」

「リシャールも?」

「当たり前だ。トーナメントには出た事はあったけど、やっぱり戦ってのは全然ちげーな。」

「何歳の時だったの?」

「そうだなぁ、アレ幾つだったけな。3年前だから、16の時だな。兄貴が一緒じゃなかったら、ちびってたかもなぁ。」


リシャールは変わらず髪をいじりながら、懐かしそうに笑っている。

暴力に満ちた世界を生きる彼の笑顔が儚く消えてしまいそうで、胸がざわついた。


「お前幾つなんだ?」

「多分、18歳。」

「はっは。じゃ、俺の初陣より遅えな。どうする? 行くの、辞めるか?」


そういうリシャールの顔は、午前中の秋晴れの空に眩しく照らされ、目が離せなかった。

肌寒い風だが、あたたかな日差しが石畳と体を温めてくれるように、リシャールの傍はあたたかい。

恐怖より、この人の傍に居たいと思う気持ちの方が強かった。

杖替わりでもいい。離れたくない。そう思った。

神父と離れたくないと思ったあの時とは、なんだか違う。

離れたら、もうこの人と会えない、そんな確信からなのか。

自然と言葉が出ていた。


「行きます。」

「そうか。よし。じゃ、いっちょ行っとくか。」


そう言うと再び髪をぐちゃぐちゃとかき乱し、買い物にでも行くかのようなノリで、リシャールが立ち上がる。

が、すぐに顔を歪める。


「いててて。おい。早く支えてくれよ。ジャン。いてーじゃねぇかよ。コラ。こんなだけど今日出発しねぇと間に合わねぇ。徒歩だとおせぇからな。」

「私が行かないって言ったらどうするつもりだったんだよ。」


クスクスと笑いながら、リシャールの脇に肩を入れ支える。


「あ、お前、そういう事言うの? だって、お前。もう俺じゃねぇとイケねんじゃね?」


そう言うとニヤニヤと笑いながらリシャールは、コートと鎖帷子の脇の隙間から手がスルリと入ってシャツの上からそっと鍛えられた筋肉に手を這わせると、その上にある突起を摘まんでくる。


「ちょ、ちょっと、辞めてよ!」

「またまたぁ。こっちも好きなくせにぃ。」


耳元で甘く低い声が響く。


「ち、違う!! お、おれは男だ!! ちょ、あっ。も、もぉ、ほんと、やぁ 」

「やべ、ムラムラしてきた。何その、声。骨折れてっけど出来るかな!! もっかい宿帰るか?」

「バ、バカじゃないの!!」


甘い声を出したことを指摘され、赤面しながらリシャールの顔をどかそうと試みるが手ががっしりと体を捉えて離さない。

スンスンと耳と首の間を匂いながらペロリとリシャールの舌が舐め上げた。

途端に腰から背中にかけてゾクゾクと電気が走る様に震える。

堪らず膝を曲げるとリシャールの体から逃れる事ができた。

覆いかぶさるようにしていたリシャールは支えを失い、よろめきながらテーブルの上にバンっと強く手を付く形になり、とたん苦悶の表情へと変わる。


「元気すぎるだろ!! もう!! 一人で歩けるんでしょ!! 分かってんだからね!!」

「ジャ、ジャン君・・・い、今ので、また・・・。」

「はいはい。そうですか!! じゃ、歩けるまで見ててあげるよ!! 大体足は元気じゃないか。騙されないんだからね!!」







元気なリシャールは荷物は持てないが、歩く事には支障はないようで、二人はサクサクと旅の工程を進めていった。

ポールから聞いた話では、リシャールは疲労が溜まると眠りが深くなり、中々目が覚めなくなるらしいので、視察中は怪我の事もあるのでセックスは禁止と言われていた。

が。

「そんな約束してない。俺は。アイツが1人で言ってるだけだ。ってか、アイツ居ねぇんだからいいじゃねぇか。」

「いや。リシャール骨折れてんじゃん。」

「お前が上で動いてくれりゃ出来んだろがよ。」

「っな!や、やだよ!・・・それにおれ、外でヤルの何かやだ。」

「バカだなお前。声出し放題だそ。」

「・・・バカはお前だ・・・」

「お。ちょっとは考えたろ。ジャン。お前。え?? どうなんだ?? 」


野営中の会話である。

ダクスへの道には村は少なく、荒野が続いていた。

湿気が多く、火を焚いてもすぐに消える。

下弦の月明かりの中、炎の恩恵を得られず木の幹に二人で身を寄せるようにしてもたれているのだが、リシャールは相変わらず元気だ。


「なんでそんなに溜まってんの? 思春期かよ。思春期のおれに言われるのってよっぽどだぞ。」

「違うって。お前、俺が今までどこで禁欲の生活を強いられていたと思うよ?」

「教会でしょ? そういえば、なんで教会にいたの? 騎士の仕事?」

「あぁ。それはなぁ。俺の妹、ショーンって言うんだけど、シチリアに嫁に行くことになったんだよ。」

「教会関係ないじゃん。」

「バカ。こっから始まんだよ。」

「フゥン。妹って幾つなの?」

「7つ下だから12歳だな。」

「え?」

「ん?」

「ふ、普通なの? それ。その年で結婚するの?」

「あぁ、みんなそんなだろ? まぁ、そんでシチリアまで送ってきたわけよ。」


シチリアまでは航路だったらしく、何回か船に乗ったことはあるが、シチリアの海はそれは綺麗だったそうで、その時作った歌だと、リシャールが軽く口ずさみ始めた。

紫紺の荒野に響く詩は不思議と、シチリアの蒼穹の元、輝く海原を走る航を想像させた。

優しいメロディーに触発され、手元に手繰り寄せたリュートを急いではじく。

顔はうっすら確認できる程度だが、小さなしぐさの合図をもとに二人で奏でる音楽はまるで肌を合わせる時の様に気持ちがいい。


「あそこはいい。お前にも見せてぇなぁ。」

「おれ、そういえば海見た事ないかも。」

「海はいいぞ。そんで、船もいい。俺は船が好きだ。」


教会から逃げてきた話のはずだったのだが、その後も船旅の話が面白過ぎて話が盛り上がり、結局聞かずじまいになってしまった。


「・・・なぁ。ほんとにやんねぇの?」

「・・・やんないよ。しつこいな。早く寝ろって。」



次の日も同じ様に歩き一夜を明かしたあくる日の午後、あたたかな日差しの中背後から走り来る馬の姿が見えた。

ポールだ。

その後ろには数人の姿が見える。

皆それぞれ武装しており、一見物々しい。

蹄の音と共に明瞭なポールの言葉が馬上から降りてくる。


「何だ。思いのほか順調に進んでるな。」

「おう。誰かさんが言いつけ守るからビンビンに元気だぜ。」

「ジャン。でかした。こいつの動物並みの性欲を止めるとは。お前良い随従になりそうだな。」

「それだけで?」


ポールのほめ言葉に思わずあきれてしまう。

だが、待てよ?

随従という事は、リシャール=騎士。

騎士の随従になれるという事ではないか?





リシャールはやっぱりネコ科のライオンかな。

表現1部変更(2023.10.23.)

誤字修正(2024.03.08.)

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