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「坊。あんたにこれやるよ。」


スープとパンを食べていると、おかみさんが手を出せと合図してくるので、手を出すと、そっと乗せてくれたのは掌より少し小さい木でできた平べったい丸い入れ物だった。

開けてみると、中にはねっとりとしたものが入っている。


「軟膏。薬草が練り込んである。昨夜も無理したんじゃないのかい? あいつはバケモンみたいに元気だからね。」

「・・・おかみさん・・・」


恥ずかしいのだが、もうそんな事よりも自分の気持ちを分かってくれる人がいた事の方が嬉しくって思わず涙ぐんでしまった。


ここ1年のペトロスとの修行で体力も筋力も格段に上がったつもりでいたのだが、リシャールの化け物じみた体力には完敗だった。

・・・もう一昨日も昨夜の事もちょっと思い出したくない。

あれだけの筋力と体力があるのだから、きっと剣の技も槍も凄いのだろう。

いつか手合わせしてくれないかなぁ。

お礼を言うとおかみさんは豪快に笑いながら肩を叩き、リンゴも置いて行ってくれた。


サービスかな?

でもおかみさんはちゃっかりしてるから料金込みなんだろうな。

それでも気にかけて貰える事が心地良くむしろ裏もないので気持ちがいい。


こちらは便利さとは皆無の世界で、誰かの協力がなければ成り立たない。

その分繋がりも深くなるが、この国の気質なのか、個人を尊重してくれるところがあり関係性に湿っぽさがない。

肯定した上で、気にかけてくれるのが嬉しかった。

青い小ぶりのリンゴをかじりながら待っていると、リシャールとポールが2階から下りてきた。

2人はすでに旅支度を終え、私の荷物も一緒に持って降りてくれていた。


「ジャン。お前行く当てはないんだろ? ちょっとオレ、行かなきゃいけない用事が出来たんだよ。お前も一緒に来るだろ?」

「うん? まぁ行く当てはないから、一緒に行ってもいいけど・・・。もう此処の支払い終わって残りが少ないから、働き口探さなきゃお金がないんだよ。」

「ああ。そうか。よし。それなら決まりだな。」

「?」


そうして、リシャールは「じゃ、またっくるわ。」とだけおかみさんに挨拶をすると、私にはろくに別れを告げる間も与えず手で呼び寄せる様にすると、ドカリと肩に手を回し、彼の体を支える杖替わりされながら店を出る。

後ろからおかみさんの声が聞こえる。


「坊。また来ておくれよ。」


振り向く事もままならないので、手だけ挙げて別れる羽目になった。

聞きたいこととか沢山あったのに。


そんなことを思いながら少し不満げな顔をしていると、リシャールが顔を覗き込んでくる。


「お前。すぐ懐くんだなぁ。あんまり尻尾振り過ぎんなよ。飼い主は俺なんだからな。」

「えー。なにそれ。ペットになった覚えないんだけど。」

「あぁ? まぁ確かに、ペットじゃねぇな。じゃ、なんだ? 」

「知らないよ。」


この世界に来て、自分が変わった自覚があった。

村での1年の生活で、身に着けたのが、人懐っこく生きるというすべだ。

自分の生まれた環境や住んでる場所も関係なく、ただ独りの人間として見てもらえるというこの国の気質によるものもあるのだろうが、村には同じ年頃の男がおらず、いても女の子で、彼女たちは異性として見てくるため、誰かから牽制されたり、競争する必要もなかった。

それがよかったようで、人に甘える振りをする事が出来る様になった。

自分では犬の様なイメージで人と接しているところがある。

まぁ。ペットと言われても仕方がないかもしれない。


気が付くと以前トマと別れ、リシャールと出会った教会の近くまで来ていた。

目の前の2人分の剣とリュートの袋を抱えて歩いていたポールが振り返り話しかけてくる。

正面から刺す日の光を浴びて茶色い髪が赤く見えている中肉中背のこの男、どうやらせっかちな性格のようだ。

先ほどリシャールを起こしに来た時も、ノックと扉を開くのがほぼ同時。

そして今も、けが人など構わぬ様子で先を歩いていた。


「あんたの捕まってた教会に荷物はあるんですか?」


おや。

微妙な敬語だ。この2人、少し関係性がわからない。

仲良しだから一緒に居るっていう感じより、ポールがリシャールの雑用やを身の回りを見ている感じ? リシャールの子分? 側近? そんな気がする。


「おぅ。コートもあそこだ。お前、取ってきてくれるか? 俺、顔合わせづれぇから行かねぇ。お前がもっと早く迎えに来てくれりゃよかったのに。 」

「知りませんよ。あんたの都合なんて。まぁ、取ってくるけどね。じゃ、その辺で待っていてください。チョロチョロすんなよって言ってもまぁその体たらくじゃ、無理だろうけど。」


そう言うと くっくっく と笑いながら教会の見える街道沿いの店の椅子に荷物を置く。


「これは、お前のせいだろがよぉ。」

「あんたの寝起きが悪いせいでしょ? 時勢は動いてんだ。今って時はちゃんとしてくれよ。」

「・・・はぃ。・・・」


プッッ

素直な返事に思わず吹いてしまい、顔を隠して笑っているとポールも笑い声を立てている。

顔を上げると、近くに恨めしそうに睨めつけるリシャールの顔があり、急いで笑うのを辞めた。


ポールが顎でテーブルに座れと合図するので、リシャールを座らせていると、彼は店主に何やら話しかけて、店先のテーブルに戻ってくる。


「馬は今は無理だろうから、肋骨が治るまで徒歩だな。荷物取ってくるからそれ受け取ったらあんたは先に現地に向かっててください。オレはその他準備整えてから馬で追いかける。」

「ああ。万事任せた。」


そうして店先でエールを飲みながら待っているとポールが荷物を抱え帰ってきて、そしてすぐに出て行った。

荷物は少なく、コートと小さなカバンだけだった。

リシャールはその小さなカバンから財布を取り出すと、財布ごと投げ渡してきた。


「お前持ってろ。」

「え?」

「こっからそうだな、1週間は歩く。そっから払ってくれ。もちろん、お前に借りた金はまた帰ったら返すつもりだから、心配すんな。」

「いや、それはいいけど・・・これ、入りすぎじゃない? 」


そこには慌てるほどの金貨が入っていた。


「ああ。困らねぇ程度はあるな。」

「いや。多すぎでしょ。緊張しちゃうよ。こんなの。」

「大丈夫だろ。あと、お前、このコート着てろ。襲われるならお前が襲われっから。」

「はぁ? 冗談でしょ。ヤダよ。」


人の話は基本聞かない人間らしいリシャールはコートを頭の上にかぶせてきた。

それは、トマから貰ったコートよりしっかりした素材で出来ていて、赤い生地に大きな金色の獅子が3匹刺繡されたものだった。

何だか高そうだったので、なんとなくきれいに畳んで自分のカバンの中に入れる。

そういえばずっと聞きたかったけど聞けずにいた事を口にしてみる。


「リシャールは何者なの?」

「あっはっは。今更かよ。そうだなぁ。お前と同じ、騎士だ。そんでトルパドールだな。」

「え?リシャールはトルパドールなの?じゃ、私を弟子にしてほしいんだけど。」

「お前。弟子って・・・。まぁ。いいけど・・・。帰ってまだお前がその気だったら、してやるよ。」


リシャールが少し歯切れ悪い返事をしたので、嫌なのかなっと思い顔を伺うと、どちらかというと嬉しそうな顔をしていた。

あの優しい声をもう一度聞きたい。

そして、ダニエルの詩も少しでいいから教えてほしい。

神父の詩は愛の詩を作れと言う割には宗教色が強く、少し堅苦しい印象だった。

少しわくわくしながらこれからの事を聞く。


「帰ってって。今からどこに行くの?」

「ちょっと頼まれ事でな。今からダクスに視察に行く。」

「ダクス?」

「ああ。こっからだと歩いて5日ぐらいだな。」

「偉い人に頼まれて?」

「まぁ、そんなところだな。」

「へぇぇ。リシャールの事、実は泥棒とかならず者だと思ってたよ。ごめんね。」

「あっはっはっは。まぁ、違わねぇな。戦いに出りゃ、物も盗むし、乱暴もする。俺たちはならず者で間違いねぇかもな。」


そう言うとリシャールは手を伸ばし頭をガシガシと撫でてきた。







ワンコなジャン。黒い大型犬。ラブラドールですね。

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