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寝坊して急いで教会に向かうと、もうすでに始まっていた。
今日のこのミサに出てから、出発の予定だったのに、最後くらいちゃんと神父の手伝いをしたかった。
寝坊した自分に落ち込みながら、こっそり端っこに座るが、イザック気が付き振り返り、ニカッっと笑ってた。
「さぁ。忘れ物はないか?」
ミサも終わり、教会の前には村人たちが集まっている。
自分を見送るためにこの場に残ってくれているのだ。
「はい。大丈夫です。何度も確認したので。」
昨日貰った鎖帷子の上に丈のの長い上着を着こみベルトで止め、ズボンの上には皮を延して作った長めのブーツの様な靴を履いている。そして、腰には騎士の象徴でもある剣を下げ、マントを羽織る。自分では見えないが、堂々たる騎士の旅のいでたちだ。
「そうか。では、トマ。頼んだよ。」
隣では、大きなあくびをしながら 分かっている、とでも言いたげに、トマが手を振っている。
改めて神父に挨拶をする。
「神父様。短い間でしたが、今までありがとうございました。必ず、この御恩を返しに来ます。」
「バカな事を言うんじゃない。ジャン。」
そう言うと神父は頭に手を乗せる。
改めて見ると、自分の背が伸びたせいだろう。前より神父が小さく見えた。
神父は頭をひと撫ですると次に肩をポンポンと叩く。
「お前の家はここだ。恩返しなど考えなくていい。いつでも帰ってこい。」
横からペトロスと息子のイザックが茶々を入れる。
「そうだぞ。旅に心折れて、逃げ帰ってきてもいいぞ。」
「そうだそ。行くの止めてオレと遊んでいてもいいんだぞ。」
そんなふうに茶化してくれるから、湿っぽくならなくてすむ。
だから、思い切り笑顔で大きな声を出そう。
「わかりました! 必ず帰ります! それでは、行ってきます!」
大きく手を振り、背中を向けて歩き出す。
背中に声がかかる。
「気をつけてな。」
「怪我するなよ。」
「お土産楽しみにしてるぞ。」
「全裸で風邪引くなよ。」
「しっかり頑張んなよ!」
聞こえてくる声は顔を見なくても誰の声かすぐにわかる。
そのくらいこの村の人達と心を通わせることが出来た自分に驚きつつ、送り出される高揚感に震える。
振り返らずに後ろに向けて大きく手を振る。
皆に踏み出す勇気を貰い、力強くココから始まり歩き出す。
村を出てから数時間経った。
事前に神父から聞いた話では、ボルドーまでは徒歩だとざっと3~4日くらいで着くそうだ。宿は教会でタダでお世話になれるらしい。
1日歩いて、辿り着いた村の教会でお世話になり、次の日丸1日奉仕して、次の日の朝出発するという日程だ。
歩く道は踏み慣らされているが細く、轍はない。
馬で移動する事が一番早い移動手段らしいが、馬を持っていない我々は歩くというわけだ。
平野の続いたかと思うと森に入る。しかし、どこかのどかな道だった。
神父の友人であるトマは、もしかしたら自分を案内するために神父が呼んでくれたのかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えながら意外と足の速いトマに置いて行かれない様に歩く。
彼はアキテーヌ地方のボルドーにある教会に在籍している身であると神父が言っていた。帰りがてらボルドーまで連れて行ってもらう算段になっているのだ。
トマは小柄だがしっかりした体をしている。
旅をしていた頃に何度も助けられたと、ペトロスから聞いたことがある。
貰った剣も大振りの剣で、トマには少し大きく見えるが、それを振りこなすだけの筋力がある証拠だ。
しかし、文句を言うわけではないが、トマから貰った服は丈が短い。この先どうするかは何も決まってはいないが、いつかは自分で服を買いたいと思うほどには小さかった。
そして、驚くほど無口だ。
祈りを口にするとき以外は必要以上の事は口にしない。
始めは気を使って話しかけていた。
「あ。鳥が飛んでいますよ。アレ、なんていう鳥なんですかね?」
と、聞いてみると、
「シジュウカラ。」
と返ってくる。
「うわ! びっくりした! ほら、あそこに動物いますね!」
「鹿。」
という具合で、話は続かない。まぁ、教えてくれるから勉強にはなるけど、この1年で村での生活で人としゃべる事の楽しさを知り、性格も明るくなったとは思うのだが、この人が相手だと発揮できない。だが、まぁ無理しなくていい分楽かもしれないと考えよう。
もくもくと歩いは次の教会についてお世話になりご奉仕して、また出発する。そうして1週間経ってやっと、城壁に囲まれたボルドーが見えてきた。
街道は旅人や商人の様な人たちが増え、近付くほどに道は補整された石畳になり大きくなった。そこを往く人の波に流れ城壁の中に入る。
ついたころには日も暮れかけていたが、街は驚くほど明るく大きかった。道沿いには店が立ち並び、多くの商品が店頭に並べてあるものや、食堂の様な様相の店ではテーブルが石畳の道にもせり出し、客が大きな声で飲みながら話している。
様々な店に気を取られながら先をゆっくトマに後れを取らぬよう歩いていると、トマが振り返る。
「あれがサン タンドレ教会だ。」
指さす先には立派な教会が立っていた。
近づけば飾り気のないシンプルな石作りだが、目を引くほど美しい。
惚けてみていると目の前のトマが立ち止まる。
「今夜の宿はここにするか?口を聞いてやってもいいが。」
教会に泊まると勉強にはなるのだが、流石にここでお世話になるのは気後れする。
そう言うとトマは
「そうか。では、また会える日もあるだろう。元気で。何か困れば来なさい。」
と言い残しさっさと門の中に入っていった。
別れの言葉は交わしたが、もう少しお礼とか言う隙を作ってくれてもいいのにと、苦笑いしながら美しい教会を眺めていた。
日の暮れた街の様々な店先の光にぼんやりと照らされた教会の窓の木戸は閉じられ、中からの光は見えないが聖堂はさぞ美しいのだろう。
どこかから見えないかな。
教会の塀の周りを少しうろうろしていると、目の前に塀の上からずっしりとした重量の物が落ちてきた。
近付いてみると、硬い鞘に入れられた中振りの剣だ。ひらってみるとトマから貰った自分の剣より幾分か重く、柄にはきれいな装飾がしてある。
一目でわかる。良いヤツだ。
「あっぶな。こんな鉄の塊が落ちてきて、ぶつかったらひとたまりもないじゃないか。ってか、なんで降ってきた?」
思わず声に出して呟いていると、上から声がする。
「すまぬ。人がいたか。怪我はないか?」
驚いていると、次いでフードを被った大男が塀の上から飛び降りてくる。
「えぇぇぇ?」
「急いでいる。悪いが、来い。」
舞い降りてきた大男に強く腕を掴まれ、引きずられるように街の喧騒の方へと連れていかれる。
先ほど落ちてきた剣はそのまま持ってきてしまっていたが、恐らく彼の物なのだろう。
もしかしたら盗みを疑われて警察にでも突き出されるのだろうか。
いや、でも怪我はないか?と言っていたし、前を急ぎ足で歩くこの男に怒っている雰囲気はない。
むしろ陽気?
口笛を吹いている様子からして、どちらかというと機嫌がよさそうだ。
そのまま男は腕をつかんだまま歩き続け、街の中心街から少し離れた小奇麗な2階建ての一軒の店に入った。
やっと物語が動きだします!




