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収穫も終え、冬を迎える用意も整いつつあったある日のことだった。


「リュートとうたは私が教えよう。」


そう言ってリュートという楽器を神父が持ってきた。

リュートは弦楽器で少し日本の琵琶に似ていた。

うたは基本的には恋愛の歌詞が多いらしい。宮中での演奏を想定すると女性が喜ぶ内容であることが基本らしい。

でも、一般人が王族みたいな偉い人の前に出て楽曲を披露する状況ってどんな感じなのだろう。

そう思い神父に聞いてみると、


「身分の違いの恋をしている詩が人気があるんだよ。騎士が王妃に恋をしているような物語で、敵わない恋を切なく謳いあげると喜ばれるんだ。王妃が美しく、もてはやされるぶんには王も喜ぶが、絶対叶ったり、王から奪う内容はだめだぞ。」


・・・まぁ。気持ちは分かるけど。開けっ広げすぎでしょ。神父様。

季節や情景でもいいと励まされたが、むしろ現世で女であった事を考えると恋愛の歌詞のほうが向いてるかな。


そんなことを考えながら、神父が教えてくれる詩を演奏することに専念した。

テレビもラジオもない世界だ。楽器を奏でると自然と人が集まってくる。

苦しい日々の労働の合間だが、つたない私の演奏でも村人たちは喜んでくれるので、練習に励む糧になった。


騎士といえば、剣だが、これは農作業の前と後にイザックの父親ペトロスに教えてもらう。

ペドロスは神父と一緒に旅をしていたらしく、剣の腕も強かった。

元の世界にいた時は武道などはしたことがなかったのだが、どうやらこの体には合っているらしく、感覚的に剣の扱い方に困らず、むしろ楽しく感じるほどだった。

知っている剣技と言えば刀で、時代劇で見るような切りつけるというイメージだったが、こちらの剣は突く、殴るというのが本髄なのだろうか。

ここで意外と役に立ったのが、学校で習ったのこぎりの使い方だった。

引き切りが日本の基本だが、西洋では押し切りだと、先生が言っていたのを思い出す。

ペトロス先生はと言えば、実践経験もあるらしく、話が生々しい。


「サラセン人たちの装備は暑い砂漠での動き重視で、我々の様な鉄は身に着けていないぶん、剣先で肉をひっかける様にして・・・」


と、教えてくれるのだが、命を奪う事や奪われる事が普通のこの世界で、はたして自分に剣を使えるだろうかと不安になる。しかし思いとは裏腹に、どちらかというと剣のほうが上達が早く、リュートのほうがなかなか前に進まなかった。


そうして毎日を忙しく過ごし、いつの間にか冬が終わり、慌ただしく夏が来て、そしてまたたく間に収穫の時期を終えた。









ぼんやりとした目の前には、ほのかに照らされた高い天井が見えた。


光の方に目をやると、何本も立てられたろうそくの光の中、痩せた男が本が山積みになった机に座り、何やらペンを走らせている。


初めてここに来た時と同じだ。

ふっとと思い出す。

たった1年前だがあの日の事が何年も前の様に思えて、不思議な感覚になる。

だが、ここは神父のベットのはず。

どうしてここに寝ているのだろう。

ああ。そうだ。村を出る事が決まり、村人たちが激励会を催してくれたのだ。そこでしこたまワインを飲まされて、酔いつぶれてしまったのだ。

私のベットは梯子を上った2階なので、担いで登るには不便だったののだろう。神父のベットに転がされたのだ。

自分の寝床が奪われてしまうのに、お人好しのこの人はニコニコとされるがままにしていたのだろう。


その姿を見つめていると次第に目の前がぼやけてくる。

目じりを涙が伝い、ベットに落ちる。


泣くのは嫌だ。


そう思い、慌てて目をゴシゴシと擦る。


神父と一緒に居たい。

だって、この村で神父とずっと過ごす事に幸福を感じているから。

だけど、自分を肯定してくれる人に、もっと自分の成長していく姿を見せたいと思った。

今まで考えた事のない事だった。見てほしいと思った事などなかった。

だから、ちゃんと笑って旅立ちたい。


視線を天井に戻す。

そして深く深呼吸をすると、ゆっくりと体を起こす。

ごつごつと筋肉質な体はこの1年間で鍛え上げられている。ペトロスの特訓の成果だ。


「おお。ジャン目が覚めたか。随分飲まされたな。気分はどうだ? あいつらは羽目を外すと手が付けられないから困った所だ。」


神父が笑いながら近づいてきて頭に手を置く。


いつもの暖かい手だ。


また目じりが熱くなるがぐっとこらえ、神父に頭を下げる。


「1年という短い間でしたが、ありがとうございました。」

「1年か。そんなに短かったかな。もうずっと一緒に居るような気持ちだよ。さあ、目が覚めてさっそくだが、始めるとしよう。まずは身を清め、着替えたら、教会へ来なさい。」


そうして白い衣服を手渡された。

言われるがまま身を清めているとペトロスが来る。


「ちゃんと裏側も洗えよ。」


と神聖な雰囲気をぶち壊す発言をしてどこかに行く。


この時期の水は冷たいのに。


と、縮み上がりながら身を清める。

白い膝下まである衣に身を包み細いベルトを締め、隣にある教会に行くと、ペトロスが入口で待っていた。


「ちゃんと洗ったか?」

イタズラっぽく笑いながら息子にでも言うような彼の言葉に笑いつつも不覚にも涙が出そうになった。

思えば息子のように可愛がってくれていたのだろう。熱心に剣の指導も農作業の指導もしてもらった。

今回の激励会も彼が皆に声を掛けてくれたと聞いた。

じんわりと胸が熱くなった。


彼に促され祭壇の前に行く。

祭壇はいつもは開かれてあるカーテンが閉められていて、その白い麻で出来た2重のカーテン中に入ると、中には神父と神父の友人であるトマが待機していた。

小さな祭壇は数本の蠟燭の明かりを麻のカーテンが反射し、幻想的な雰囲気を漂わせている。


言われるがままに儀式が始まる。

神父の前に跪き両手を差し出す。

そうして神父の息子となる誓いを立てる。


これには心が踊った。これから父と呼んでいいのだろうか。と気持ちを昂らせていた。

すると神父が、私の手を包んだかと思うと、顔がそのまま近づき、そうして接吻。


あー。

そうだろうな。挨拶でほっぺにしてたもんな。

それもなんとか回避していたんだけどな。

···キスされちゃったよ。

イヤ。全然。気にしないけどね。

ファーストキスとか。

この際。

ええ。儀式ですものネ···。


そんなことを考えていると祭壇に飾ってあった刀を掲げられる。


「お前の父であるピエールが、ジャンを騎士に叙任する」


その言葉の後に神父の拳が、突然胸を打つ。


神聖な儀式の中で打たれると思っていなかったので、驚いて神父を見ると、打った反動でよろめいて転びそうになったところをペトロスに支えられている。

神父は少し照れ笑いしたあと、真顔に戻ると言葉を続ける。


「この痛みが今日という日を記憶させる。さあ、お前はもう立派な騎士となった。」


そう言うと神父は今度はしっかりした足取りで近づいてくると、私を立たせると、先ほど掲げた剣を渡してくる。


「それは、トマの使っていた剣だ。そして、この鎖帷子も。」


後ろに控えていたトマがパーカーのような鎖でできた鎧を渡してくれた。

その下には白地の布に赤い十字のマークの入ったポンチョのような服もあった。


「それから、これも。」


神父が革の袋に入ったリュートを渡してくれる。

この1年仕事と剣の稽古の合間に神父に教えてもらったリュートは自分ではかなり弾けるようになったと思うほどにはなったが、まだまだ神父の様には弾けない。


「剣も、鎧も、リュートまで。持って行ってよろしいのですか?」

「ああ。剣も鎧もトーナメントで戦うことになれば、勝者に取られてしまうからな。」


笑いながらペトロスが言う。


「トーナメント?」

「まぁ出ればわかるさ。お前さん、なかなかの腕だから、馬も狙えるかもしれないぞ。」

「無理をするなよ?トーナメントは、怪我だけならまだしも命を落とす者も少なくないのだからな。」


ペトロスの言葉に神父が補うように付け足すと、ポンと肩を叩かれた。


「リュートは、私はもういいのだよ。歌うこともないし。これがあるとお前を思い出してさみしくなるから、持って行ってくれ。さあ、儀式は終わりだ。明日に備えて眠るといい。私はサンと、ペトロスともう少し飲むことにするから先に帰っていなさい。」


神父にそんなことを言われると寂しさがこみ上げてくる。

トボトボと家に帰り、布団にもぐりこむ。


あんな神父の寂しそうな顔を見て、ましてや、あんな儀式を施してもらって、寝付けるわけないじゃないか。


っと思っていたが、目を覚ましてみれば、もう日も上り、ミサの時間になっていた。







接吻しましたね。

でもコレは誓いの証でラブのアレでは無いのでノーカン(主人公談)です。

 

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