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宴の後、一週間ほどが経った11月も下旬。
王妃に気に入ってもらえたおれたちは、王妃の要望でなかなか城から出る事が出来なかった。
「あの子には少し罰が必要だわ。すぐに調子に乗ってしまうでしょう? それで結果こんな事になるんだから、本当に反省すべきなのですよ。教会に閉じ込めておくのより、ジャンに逃げられる方がよほど心に響くでしょう。どうせこの城で待っていればリシャールが来るのだから、それまで過ごせばいいじゃない? 」
と言う王妃をなだめ、少女の様な雰囲気を醸し出しながら、残念そうな顔をする王妃にサヨナラのキスをして別れ、やっとの旅路である。
少しの期間だったが、彼女との話は楽しく、気持ちが晴れやかになる不思議な人だった。
ベルナルドや他のトルバドールが彼女に夢中になるのも分かる気がする。
そして、その雰囲気を受け継いでいるリシャールの周りにも沢山の人間が集まる。
老若男女誰構わず、あんなに怖い顔をしているのに一度笑っただけで、皆彼の虜になってしまう。
そう思うと、彼の側を離れた自分に後悔した。
王妃は、リシャールにとって、おれはかけがえのない存在だと思っているといわれたけれど、リシャールに聞いてみないと分からないではないか。
おれの知らない所で、また誰かと出会って、そういう関係になってしまうことだってあり得るのだ。
おれのことなんて、忘れてしまうかもしれない。
けれど。
ここに来ることで、トルバドールとして成長出来たという自負もある。
あの赤ん坊の事も納得出来る考えがまとまった。
おれは自信を持って、リシャールの側で、彼の為にトルバドールとして、王妃の元で詩を披露するベルナルトの様に詩う事も出来るし、代筆だって出来る。
胸を張って、彼に好きだと、告白する事が出来る。
速くリシャールにこの思いを伝えたくて、会いたくて仕方がなくなる。
自分の恋愛感情に気がついてしまうと、こうも歯止めが効かないなんて。
ウィンザーを出て数日間かけて、行きで船を降りたサウザンプトンの港に再び着くと、今度はぐるりと指針を変え、短い航路を経て対岸のノルマンディーの港へと降り立ち、ピュルテジュネ王の居城のあるルーアンに向かった。
そこからはルーと別れて、ランスを目指して一人旅の予定だ。
ボルドーを出る前に把握していた日程では、リシャールはルーアンで父親のクリスマス宮廷に参加する予定だが、その前にランスでのカペー家の戴冠式に参加する予定になっていたのだ。
時期的にはすでに戴冠式は終わって、おそらく、ランスでしばらく滞在した後、変更が無ければそこからそのままルーアンに移動しているはずだ。
ルーの話ではだいたい2から3日程の道のりらしい。
もしかしたら行き違いになるかもしれない。
確実に会う為には、ウィンザーにいるエレノア王妃の元に居れば良い、ということは分かっているのだが、待てなかった。
急く気持ちを抑えていたつもりだったが、ルーに何度か笑われた。
そんなルーとも、ここルーアンでしばしの別れだ。
ルーアンの街は驚くほど発展していた。
王都ととなれば当然なのだが、今まで見たどの都市より格段に賑わっていた。
街も活気づき、行き交う人間も多い。
そして何より衛兵たちの教育も行き届いており、犯罪も少ないらしい。
以前なにげに聞いたポールの話によると、王の取り決めにより力の弱い領地には自治権を与えるが、王による裁判権を強め、海を経たブルトンまでも広範囲に渡る領地には摂政または副王を置き、統治は強固なものとなっているらしい。
「父親が偉大すぎると反抗したくなるのかな。」
別れの食事会として宿屋の1階に併設されている食堂でルーと酒を酌み交わしながら聞いてみた。
「オレに聞くなよ。オレの親父は騎士も名ばかりで、軍役免除金を払って漁師をしてた変人だ。」
「え。なんで? 騎士嫌になっちゃったの? お父さん。」
「おふくろが従軍しないでくれって泣いてすがったらしい。おふくろにぞっこんだった親父は金を払うために剣術指導や漁師をしてた。」
「ひょっとして、ルーが美形なのはお母さん譲り? 」
「・・・お前らだけだからな。美形って言うの許すの。ちやほやされるの好きじゃねぇ。」
そう言いながら、長い脚を組みため息を付きながらノルマンディー名産のりんご酒、シードルを飲むルーの姿は人目を引く。
いつもルーと食事をする時は街道沿いの席に座らされる。
ルーに引き寄せられるように客が増えるからではないかと、おれは予想しているが、やはりそれは間違いではないらしい。
人の少なかった店がいつの間にか女性を中心に客が増えて満席になっている。
まぁ、こんなだったらちやほやされるの好きじゃないっていう気持ちも分かるな。
そんなことを考えながら道行く人達を眺めていると、ふっと見知った顔が見えた。
その人物はルーとおれの顔を見ると嬉しそうに顔をクシャックシャにして大きく手を振って近づいてくる。
「やっぱり! ルー! ジャン! 」
「ペラン! 」
旅疲れた様子のペランはドカリと椅子に座ると「良かったー! 」と脱力している。
「すごいね。こんな大きな街でよく会えたよね! 」
「あー。お前ら、目立つからな。探すのは心配してなかったけど、流石に見つけられると安心するぜ。」
「ルーが一緒だといつもこんな感じで店先で客寄せさせられるんだよ。でも、今回は逆にそれで会えたからよかったね! 」
「いや、ルーだけのせいじゃねぇと思うけどな。まぁ、それは良いとして。オレにも一杯くれよ。」
ペランが店員に話かけてエールを頼む。
「ペラン、シードルうまいよ。呑んだ? 」
「シードルは子どもの飲みもんだからな。ジャンにはお似合いだ。」
「ルーだって呑んでるじゃん! 」
そう言うと黙って食事を口に入れていたルーがちらりとこちらを見て答える。
「オレは故郷の味だからコレを飲まないとなんか落ち着かねぇんだよ。あと、お前に合わせてんだ。」
「なんだよ! 二人しておれを子ども扱いしやがって! 」
「あっはっは。良かったジャン。元気そうだな。一時はどうなるかと思ったけど、この様子なら大丈夫だな。」
そう言われてはっとする。
「・・・ごめん。黙って出ていって。怒ってる? ・・・リシャールも・・・。」
「オレは怒ってねぇよ。リシャールは、うーん。怒ってるっていうか・・・まぁ、自業自得だからな。オレとしては速くジャンを見つけられて良かったよ。あいつ荒れてるとめんどくせぇから。」
「荒れてる?」
「ああ。そりゃもう、今までに無いくらい荒れてるぜ。そんで、今すぐ動きたいのに予定に縛られて動けないと来て、イライラがもう面倒くさいのなんのって、早くジャンを見つけ出そうって、オレが単身で捜査してたって訳だ。大変だったんだぜ。」
そう言いながらペランはエールを受け取るついでに幾つか食べ物を注文する。
「おごりだろ? ジャン。」
「そう言われると断れないじゃん。」
「まぁまぁ。話も聞きたいだろ? リシャールがどんな様子だったか、気になってるんだろ? 」
「・・・まぁ。それは・・・、そうだけど・・・。どんな様子だったの? 」
そうこなくっちゃと言わんばかりの顔で笑顔を作るとペランは机の上に乗ったおれたちの食事に手を伸ばしながら話始めた。
シードルはワインと同じ位昔から作られている飲み物で、フランスではシードル、イギリスではサイダー、スペインではシードラ、サガルドと、各地方に寄って呼び名が違うようです。
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