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神父と寝食を共にするようになって数か月はたっただろうか。


男の体にはもう慣れた。

最初はトイレも大変だったが、慣れると非常に楽である。

そして、鏡はないが、水に映る自分の姿を確認することもできた。

目が琥珀色なのは初日に出会った親子から聞いてわかっていたが、意外とイケメンだった。

短めに切りそろえられた黒い髪に角度によって金色に見える目とキリっとした眉。鼻筋は通っていていかにも欧米美男子。これは嬉しい。


そして村での生活も慣れた。ジャンと呼ばれるようになった。

神父がつけてくれた名前だ。

拾われた身としては奴隷になるのだろうかと心配したが、そんなことはなく、独りの働き手として歓迎されている様だった。しかもイケメンだから女の子からおば様まで寄ってくる。


しかし、最近気付いた事がある。

全裸の時に人が来る。

例えば、お風呂がないので代わりに家の裏で体を洗っていると、必ずと言っていいほど来客があり、見られる。

暑くて堪らずに川に飛び込むと人と出会う。

お陰であだ名が全裸のジャンになってしまった。

いやもうコレは呪いレベルだ。

全裸の呪いか? 何だそれ。

まあだが、幸いトイレや着替えは気を付けていれば大丈夫。

この全裸法則に気が付かず、着替えるのに全裸になっていた頃は100発100中見られていた。

しかしトイレの時は見られた事がなかったので、ある日試しに先にシャツを着替えてパンツを脱いでみた。

するとどうしたことだろう。

人が来ないではないか。


···まあだが、実のところ人間とは便利なものでそれに気づいた時には既に見られることに耐性が出来るというか、まぁ男の体だしマッチョは脱ぎたがるというアレもあり、

「アレ?」

みたいな感覚に陥り少し落ち込んだ。

まぁ面倒くさいし、ラッキースケベは小出し方がいい。

すると今度は村の女性達に(特にマダム達に)

「最近はジャンの裸が見れてない。」

と不満を漏らされる始末。

知らんがな。と思いつつも、アイドルのうちわを振る彼女たちを想像してしまい、なんだか分からないが申し訳ない気持ちになったりするのだった。


そんな娯楽の少ない村の人たちは奴隷というわけではなく、ただ、貧しいだけだった。

領主という権力に搾取されてはいるが、毎日をルーティーンの様に過ごし、子を育て、老いて死んでゆく。

ただ、それだけだが、貧しくとも笑って食事をする時間があるだけ、現世よりも幸福かもしれない。


現世。

その言葉でよぎるのは母の横顔だ。

あの人は、そんな時間も持てなかったのだろうか。疲れ果て、帰り、ただ眠るだけ。

貧しくともできたであろう事を何故出来なかったのか。

私にはわからないし、もう、分かりたくもない。


今、神父と共に過ごす時間が、生きてきた中で一番幸せだと思った。

むろん今が天候がよく、作物の取れ高がよい理由かもしれない。不作になればそれはそれで苦しいだろう。

でも、それでも楽しそうに笑う子どもたちや、笑顔で懸命に働き、祈りをささげる大人たちを見ていると、これが生きているという事なのではないかと、ずっとこの時間が続いていくもの良いのではないかと、思う。


思うのだが、聞いたあの日からずっと、頭から離れないと言葉がある。

騎士だ。

別に戦いたいというわけではないのだが、一度なれるだろうかと思ってしまった事がずっと引っかかっている。

本が好きで、ファンタジーを読んでは現実から逃げていた私は冒険や旅という物に憧れがあったからだろうか。



神父は食事を終えた後のんびりとエールを飲んでいた。

このエールは隣のおばさんにもらったもので、村では一番うまいらしい。ここでは飲める水がなく発酵させた大麦を飲料水として大人も子供も飲んでいる。お酒だろうと思ったけれど、アルコール度数は低く、ましてこの体には平気らしい。


「神父様。以前誰でも騎士になれると、おっしゃっていましたが・・・それは私でも騎士になれるという事でしょうか。」


食器を洗い片付けた後、自分のエールをテーブルに置きながら、神父の向かいに座り、聞いてみる。


「君がかね? まぁ、腕っぷしもよさそうだし、剣を持ってもいい仕事が出来そうだが、・・・そうだな、ジャン、君はまず、リュートを覚えるといい。」

「リュート?」


聞いたことのない単語だった。


「ああ。トルパドールが奏でる楽器でね。演奏と共にうたも歌うんだよ。実は私は以前はトルパドールとして、騎士に追従していてね。君の様に貧しい出の者にもトルパドールなら開かれた道かもしれない。」

「やはり、私の様に出所のわからない者には普通に騎士になることは難しいですか?」

「うむ。そうだな。まず、騎士とは何かわかるかね?」


何か、と問われると、急に言葉が出ない。

騎士道という言葉は聞いたことがある。

確かレディーファーストや、紳士的な印象を持つ男性が騎士道という言葉を使いそうなイメージ。

そのくらいし分からない。


「わかりません。」


素直にそう言うと神父はにこりと笑い、エールを飲み干し、ゆっくりとテーブルから離れ、エールの代わりにワインを持ってくる。


「騎士とは神の為に戦いの旅に出る者の事だ。エルサレムに赴き、聖地を奪還することを神に誓う。まあ。私は聖職者だが、臆さず言うならば、それは建前。罪を犯した者が許しを請うためであり、現状に苦しむ者の救いであり、騎士という荒くれ者への抑制であり、異教徒の地での侵略、略奪目的でもある。」


エルサレム。ここに来て始めて聞いたことのある土地名を聞いた。


確か、キリスト教とイスラム教とユダヤ教の聖地。

その地を奪還するための闘い?

え?

そんな時代に来てるの?

ん? 

騎士が荒くれ者? 紳士じゃないの?


っていうか、ここ異世界じゃないのか。

魔法使いとか、エルフとか、いない世界線ってこと?


頭が追い付かないまま、神父が話を進めているので、慌てて聞き直す。神父は少し笑うと大きな手を伸ばし、私の頭を撫でる。


「神聖への戦いが目的である以上、剣や鎧、旅に出るための資金も必要だ。だが君はその剣すらも持たない。そして何よりあの血の気の多い騎士たちと旅に出る以上、死は隣りあわせだ。ジャン。君にその覚悟はあるのか?」


頭に置かれた手はそのままに、神父の優しい声が下りてくる。


始めて神父に頭を撫でられた時、殴られるのかと思ってひどく驚いて身構えた。一瞬驚いて止まった神父の手はゆっくりと頭に置かれ、優しく撫でてくれた。

それからは、頻繁に撫でてくれるようになり、私はこの時間が恥ずかしく、嬉しかった。

まるで、大丈夫だ、と、言ってくれているようで。自分を肯定してもらえているようで。

混乱した頭が落ち着いてくる。

そして、神父の暖かさが伝わってきていつものように泣きそうになる。


「君がどこから来たのかはわからないが、私は君が好きだ。賢く、心優しい君が騎士として旅立ち、傷つきまたは命を落とすことが心苦しい。この村で、私と共に神に仕える事も、悪くはないと思わないかね?」


気が付くと涙が出ていた。


必要とされたことなどなかった。

共に食事をしてくれる人などいなかった。

頭を撫でてくれる人も、好きだと言ってくれる人も。

ここに来て、楽しいと思った。笑う事が心の底から楽しかった。

だから。

ちゃんと伝えたい。


神父のあたたかさを頭に感じながらうつむくとパタパタと涙が膝を濡らす。それを見ながらゆっくりと思いを言葉にしてみる。


「今まで、毎日生きているのか死んでいるのか、自分が存在しているのか、消えているのか、分からない日を送ってきました。自分なんかと、逃げてばかりでした。」


集団の中にいても心通わすこともなく、家に帰っても独りで、誰とも話すこともなく過ごす日も少なくなかった。することがなくて見る教科書も、結果の出るテストも、誰も反応してくれない。


「だけど、この村に来て、神父様や村の人達に出会って、自分が生きていることを初めて感じたのです。」


顔を合わせれば明るく挨拶してくれる村人。遊べと絡んでくる子どもたち。いつの間にか笑っていた。力仕事なら任せろと、大きな声をかけれるようになっていた。

褒めてもらえた。触れてもらえた。


「そうしたら、欲が出てきて。なれるだろうかと、思ったことに、少しでも望みがあるなら、挑戦してみたくなったのです。今なら、出来そうな気がするんです。たとえそれが命がけでも。」


いつの間にか頭から抱きしめられていた。

細く頼りなげな神父の胸だ。

畑仕事には向いていない。ましてや旅に出ていたなどとは信じがたいほどの体力のなさ。

自分が居なくなれば、本当に大変だろう。いや、自分が来る以前の様に村の人たちが助けてくれるだろうが、神父の元で役に立ちたい気持ちもある。


「そうか。わかった。やってみなさい。だからもう、泣くな。」


神父の言葉を聞くと、さらにせき止めていたものが一気に放たれたように涙は止まらず、幼い子どものように泣き、そのうち泣き疲れ寝てしまったのか、気が付けば神父のベットの上で目が覚めた。


日の高さから考えるともう、ミサは始まっている時間だ。

急いで顔を洗うと着替え、朝日に眩しく照らされる教会へと急ぐ。



そう。私は目標を手に入れた。










何だか変な呪い[本人談]が発覚しました。


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