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港を出て陸路を商業団と共に数日ほどかけて歩き、ウィンザーに着いた。
護衛の仕事も終わりとなり、陽気な男たちと別れ謁見仲間の先生とそのままウィンザー城を目指す。
このウィンザー城には、リシャールの母親が軟禁されているというが、想像していたものとは違い、街は活気に満ちている。
ボルドーやポアチエと違い街というよりは村に近い、別邸に付随した小さな街という様子だ。
城壁に囲まれたその小さな街を抜けると少し離れた場所に中央の丘にある塔を中心にした、他の城と同じ作りの建物が見えてくる。
他の城と違うのは堅牢さと、その土地の広大さだ。
城というよりは要塞に近い体である中央の建物には堅牢な石造りの塀がめぐらされ、その塀から見渡せるように手入れの行き届いた平地がひろがり、背後はぐるりと囲むようにテムズ川が流れている。
もちろん外からも攻めにくいが、内からも逃げ出す事が出来ぬように作られている様だ。
城門で検問を受け、塀の中に入ると広い庭の中央に外から見えていた背の高い石造りの城があり、その横には真新しい横長の木造の建物が立っていた。
案内をしてくれている兵士の話によると、その真新しい建物は来訪者用の部屋と兵士の宿舎も兼ねているらしく、そこに連れて行かれる。
到着した時間がすでに午後だったこともあり、謁見の時間が決まるまで宿舎の食堂で少し早いが夕食を取れるようにしてくれたらしく、各自もらった個室に荷物を置いて先生とルーとおれとで食堂へと向かった。
食堂は広いホールに沢山の机がならべられ、多くの兵士がすでに食事を取っていた。
皆大きな声で楽しげに話しながら食事を取っている姿は、軟禁された王妃の警備という物々しさからは想像出来ないほど明るい。
むしろ、教会に宿泊させてもらっていた時の方ほうが沈鬱でじめじめした雰囲気だった。
スープとパンと肉を皿に載せエールを取ると、適当に席を選び座る。
なんとなく3人で黙って食べていると少し離れた席から王妃様という言葉がきこえた。
「王妃様の宴で聞いたベルナルド殿の物語に出てくるような兵士だったんだよ。」
「城門の警備で見かけた騎士がか?」
「ああ。黒い鎧に黒い外套に黒い膝当てに全身黒で、めちゃくちゃかっこいいんだよ。多分王妃様の謁見だろうよ。」
ルーの話しだ。
相変わらず長身の黒ずくめのこのイケメンは所構わずモテるらしい。
「ルーの話してるじゃん。」
「はっはっは。ルー殿は本当にどこにいても目を引く容姿をされているから、隠密行動などには向いてませんな。」
「先生。ルーは隠密より戦場でより輝くタイプだよ。先陣きってる時かっこいいんだよ。マジで。鬼だよ。」
「鬼って。それかっこいいのか?」
黙々と食事をしていたルーが少し笑いながらツッコミを入れる。
「味方にはかっこいいでしょうな。敵陣にはまさに地獄という訳ですな。」
「そうなんだよ。もうさ。リシャールとルーが並んで先陣切ってる所はホント、物語みたいだよ。」
「ジャン殿のお話を聞いていると、王妃様の御子息のリシャール殿にもいつかお会いしたい気持ちがどんどん強くなりますなぁ。」
「・・・おれ、そんなにリシャールの話、してた?」
「おや。お気づきにならなかったのですか? 二言目にはそのお名前を聞いておりますよ。良い主、良い家臣を持った者とは、幸せですな。」
人の良さそうな顔をほころばせながら笑う先生の顔を見て、少し胸が痛む。
「・・・良い主と、家臣。」
「リシャールは良い主とは言い難いがな。」
肉を頬張りながらルーが冷たく言い放つ。
「その距離感が良いのですよ。主と家臣とは一心同体。どんな時も心が通っている事が理想ではないですか。」
「そうかな。アイツは自分勝手でわがままだし、全く。手を焼く主だよ。」
「はっはっは。」
こんな話をしていると、無性にリシャールに会いたくなる。
今、彼はどうしているのだろうか。
ボルドーを出てから、1ヶ月近く経った。
おれがいなくなったことに気づいただろうか。
いつ、気づいただろうか。
探してくれているのかな。
荷物も何もかも置いてきたから、すぐ帰ってくるかなとか、思ったかな。
イライラして、ポールやペランに八つ当たりしてないかな。
それとも、もうおれの事なんて、忘れちゃったかな。
それで、赤ん坊の事可愛がったりしてるのかな。
・・・考えれば考えるほど落ち込んでくる。
「おい。ジャン。大丈夫か?」
「部屋で休みますか? 疲れが出たのですかねぇ。」
いつの間にか机に突っ伏していたらしく、心配したルーが肩を揺らす。
急いで顔をあげて大丈夫だと意思表示すると、そろそろ部屋に戻ろうかと、先生に促された。
部屋に戻ると、丁度謁見の時間が決まった事を知らせに来た兵士と出会った。
「謁見は明日の午後でございます。新しいシャツとズボン、それに、身を清める沐浴道具をお持ちいたしましたので、活用ください。鎧はよろしければ清めますがいかがいたしますか?」
そう言えば長旅で全身随分汚れてしまっている。
このままでは確かに王妃の前に行くことは出来ないだろう。
「オレは自分で防具は磨く。」
ルーが素早く断る。
こういう判断がかっこいいんだよね。
孤高の騎士っぽくてちょと憧れる。
「おれも自分でやりたい。ルー。後で手入れ教えてよ。」
各自部屋に戻ると、長旅ですっかり汚れた体の泥を落とす。
そして桶にお湯を張り全裸になってその中に入る。
本来そういった使い方はしないものなのだろうが、おれはどうにもこの習慣が抜けない。
お湯を多めに持ってきてもらったので、腰半分くらいは湯に浸かれる。
体育座りのようにしてしばし湯を楽しむ。
汚れと共にもやもやも消えてしまえば良いのに、気分はちっとも晴れなかった。
「ジャン。」
ノック音がしたと同時にルーが扉を開けて入ってきた。
ポールもルーも、ノックの意味を知っているのだろうか。
「あぁ。す、すまない。も、沐浴中だったか・・・。」
「気にしないで。慣れてるから。適当に座っててよ。もう終わるから。」
布で体を拭きながら衣服を着ているとなんだか視線を感じる。
見上げるとルーと視線があった。
「いや。待って、って言ったけど、じっと見ないでよ。流石におれも恥ずかしいよ。」
「・・・すまん・・・」
「あ。そうだ、見てよ。おれ、言われた通りに鍛錬したからほら、だいぶ筋肉ついたと思わない?」
そういうものの、ルーはベットに腰掛けて窓の方を見たままこちらを見ない。
「・・・見るなと言っただろ? 」
「・・・今は見てよ。」
そう言うと「は?」っという顔をしたルーが振り返り、思わず吹き出して笑ってしまう。
「あはは。何かおれ今のリシャールみたいだったね。一緒にいた時間長かったから、移っちゃったかな。」
リシャールという名前が出ると同時に涙がポロリと溢れた。
「ホント。おれ。リシャールの話ばっかりだ。」
ルーが中途半端に着たままだったシャツをきちんと着せてくれると、肩をポンと叩く。
「ほんとに、前より筋力ついたな。大したもんだよ。頑張ったんだな。・・・ほら。スボンは自分で履けよ。鎧の手入れするぞ。 」
「うん。・・・ありがとう。」
没頭できる作業があって良かった。
急いで涙を拭き、ズボンと靴を履くとルーの側に道具を持って座る。
ルーの鎧は黒い。
これは本来の鎧を作成する中での最終工程の、磨きをしないことによって保たれているらしい。
肘当てや膝当て、盾も同様の仕様だ。
これに新たに黒くなるように特殊な何かを練り込んでいる様で、ルーは防具の手入れをこまめにしている。
このおかげで、ルーの鎧は黒く光り、黒い髪に黒い衣装と相まって黒い狼という異名を持つようになったのだ。
対してリシャールの鎧はしっかりと磨かれ、つやつやとした光沢を放つ。
少し赤みのある金髪に銀色に光る鎧、赤と黄色のコートが獅子の様に彼を見せるのだ。
獅子と黒狼。
それが戦場では味方には畏敬を敵には恐怖を与えている。
どちらもかっこいいけれど、どちらにもなれないオレは、とりあえず、汚れを落とし磨く事に専念する。
黒剣とかもかっこいいななどと思ったりもするが、手入れを考えると、少し躊躇してしまう。
しばらく作業をしていたはずが、ここ数日の旅の疲れ出たのか、いつの間にか眠ってしまったようで、気がついた時には体には布団がかけられ、ルーの姿は見えなかった。
獅子はリオン。
黒い狼はルーノエル。
でもよかったかなぁ。