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ボルドーを出てから幾つかの港を経由し、半月ほどかけてブリトン島のサウサンプトンの港についた。

船から降りたおれたちはそこから陸路でリシャールの母親の居城である、ウィンザーへと目指す。

ルーが船から降ろした荷物を運ぶ団体の護衛をする仕事をいつの間にか請け負っていたので、馬に荷物を載せ徒歩での移動となった。

こういう所がルーの抜け目のない所だなと思いながら黙々と歩く彼の背中を眺めた。

そうしているといつの間にか、船上で聞いたリシャールとマグリットとの話しを思い出していた。


「リシャールの部屋に入っていったマグリット様が小一時間程で部屋から出てきた所をウチの、ボルドーの使用人が見てしまったらしい。その者が内密にポールに報告に来たらしいがその件は箝口令かんこうれいを出したから、外には漏れていないはずだったんだが。本人が来て言ってしまったらもう、どうしようもないな。」

「アンリ殿とリシャールが喧嘩しちゃうのかな。」

「どうだろうな。実はそれを調べに行くのが今回のオレの任務だ。マグリット様の言の裏を取る。」

「え? どういう事? マグリット様が嘘をついてるって事? 」

「ああ。可能性がないとは言い切れまい。アンリ殿とリシャールとで王に反旗を翻したんだ。元凶だと思われている王妃を軟禁して管理下に置いているとはいえ、火種は消したほうが良い。アンリ殿とリシャールの間に亀裂が入れば御しやすいと考えても可笑しくはないだろう。」

「・・・王と王妃が喧嘩してて、王妃側にいる兄弟にヒビを入れる為に誰かが、マグリット様をけしかけたって事?」

「ああ。アンリ殿がマグリット様を避けていらしたのは身内なら周知の事だったからな。流石に手を出していない妻の腹が大きくなるのを見て何も言わない夫などいないだろう。」


なんだか、無性に腹が立って、それ以上はもう良いと話を切ってしまったので、この先どうなるのかは全くわからない。

だけど、一つだけ判る事がある。

マグリット様とおれは一緒だと言うことだ。

嘘などついていないはずだ。

リシャールを目の前にした時のあの表情は、リシャールに恋をしている表情だ。

そして、おれも。

おかみさんに言われた通りに、おれはリシャールに恋しているんだ。

体の関係が先に始まってしまったから、性欲なのか何なのかわからなかったけれど。

おれの中で、リシャールは何よりも特別で優先事項なのだ。

彼の為なら何だって出来る。

・・・ならば、リシャールがマグリット様と結婚すると言えばどうするのだろう。

それなら、身を引くのか?

どの道おれとリシャールは結婚出来ないし、カップルとしては成立出来ないはずだ。

誰も守っていないとは言え、宗教的に禁止されているから。

でも、そもそも結婚ってなんだ?

好きな相手と一緒にいるだけで良いんじゃないか?

子どもが生まれた時、説明が出来ないから?

泣いていたマグリット様は意に沿わない結婚したの?

本当はリシャールの事が好きなのに、アンリ殿と結婚して苦しんでる?


「あああああああっ」


わからなくなって頭を掻きむしりながら叫ぶと、近くを歩いていた船で仲良くなった男に笑われた。


「ジャン殿、随分荒れてるな。どうしたんだ?」

「結婚って何?」

「何だよ。唐突だな。好きな子でもいるのか?まだ若いんだからもっと色々吟味してからのほうがいいんじゃねぇか?」

「いや、そうじゃなくって、なんで結婚するの?おじさんは結婚してる?」

「あー。オレはしているけど。」

「オレもしたけど、特に誰にも誓わなくてもいいって聞いたからそのまま一緒に暮らして子どももいるぜ。」


近くを歩いてい他の者たちもいつの間にか会話に入ってきていた。


「別に教会に誓わずともいいのです。双方の合意があれば、教会ににも両親にも友にも誓わずとも、儀式も行わずとも良いとされています。巷では秘密結婚という言われ方もしているようですが。」※


一行の中には神父もいる。彼も王妃との謁見を控えていると言っていた。彼は博学な男で皆から先生と呼ばれている。


「先生によると双方の合意があればいいんだとよ。」

「私の言ではありません。高名なグラディアス様が仰っていらっしゃいます。合意した二人が交合する事で婚姻は完成するのです。肉体が結合するところには精神の結合があるのです。」

「それじゃぁ、アレか、オレが嫁以外とセックスしても、そいつと合意かつ愛しあってればいいっていうのか?」

「それは駄目です。愛人の数は一人でなければなりません。それならば、奥さんとは合法的に離縁した上でなければ。」

「あーん? 何だよ、けちくせぇな。」


男達が威勢よく文句を言いながら高らかに笑う。

おれはマグリット様の事を、思いながら聞いてみた。


「それじゃぁさ。合意したけど、セックスしない夫婦はどうなるの?その後、合意して愛し合った人が出来たら、その人と結婚したって事で良いってこと?」

「コレはグラディアス様の後にロンバルデュスという方の導き出された論ですが、二重結婚が成立するケースの場合の関係が曖昧になってしまうその境界を、未来系の誓いと現在形の誓いという線引をして明確にするという判断です。」

「ふぁ?」

「例えば、家の相続の問題で未成年で誓を建て、交合する前に死別したというパターンなどありますが、ジャン殿の言う結婚の合意したけれど交合しなかった場合ですね。それが未来系の誓いとなります。そしてまさに彼のように子もいて一緒に暮らしているという事実。それが現在形の誓いとなるのです。」

「現在形の誓い・・・」

「そう。必要なのは明確な宣言なのです。」

「・・・合意があって、セックスしたほうが優位って事か。」

「・・・論争と為れば、そうなりますかね。まぁ、諸々理由はございますので、一概には言えませんし、圧力によって多少は曲がったりするものでございますからねぇ。」


少し困った顔で先生は言葉を濁した。

そう言えば、夫婦喧嘩を国レベルでしている人たちに会いに行くのだ。そんな顔にもなるだろう。


「そうだよなぁ。権力者にかかればなんてことない話さ。結婚なんて道具に過ぎないからな。可哀想なもんだよ。まぁ、おれたちみたいに嫁さんの尻にしかれるのも可哀想だけどなぁ。」


がっはっはと笑いながら、嫁の悪口を言い始める男達だが、一様に嬉しそうに見える。

なんだかんだ言いながらも、家を恋しく思っているのだろう。

帰る家がある。

というのも結婚という事なのかな。


そう考えながら、いつもの様に指輪に触ろうとして、ないことに気がつく。

ダクスの露店で見つけた指輪をリシャールに選んでもらって、買ってもらった。

それをリシャールが指にはめてくれるのがなんだか結婚式の指輪交換みたいで、少し恥ずかしいと思ったあの日。

実際には、おれがつけてもらっただけだからただの独りよがりの一方通行の思いだったのに。

バカみたいで、恥ずかしくって。

そして、いくら考えても全然整理がつかない。

誰かと結婚してしまうリシャールを見ることが出来るだろうか。

おれの頭を優しく撫でながら見せるあの笑顔を、他の人にしているのに耐えれるだろうか。

おれの詩を聞きたいんだと言って強請ったり、苦手な仕事を懸命にしている横顔や、その合間に見せるいたずらっぽい顔を見せられても、触れることすら出来なくなるだ。

考えれば考えるほど、リシャールの顔が浮かんで、たまらなく泣きたくなる。


いつの間にか皆に追い抜かされ、1団の後ろをトボトボと歩いていた。

一人の男が後ろを振り向いておれに向かって大声を上げる。


「ジャン殿! 大丈夫か? 良かったら景気づけに一曲歌ってくれよ! オレ、ジャン殿の詩好きなんだよ。」


こんな気持で歌えるかよ。と思うが、落ち込み過ぎて、むしろ歌えそうな気もする。

こんな気持の時に、トルバドールの曲は、しっくりくる曲が多い。


「リュート持ってきたら歌ってやるよ。誰か持ってるのー?」


詩は力になるかもしれないな。

そんな事を思いながら少し顔をあげて道を歩いた。













リュートはボルドーに置いてきちゃいましたね。

でも、誰かしら持っているもんですから、大丈夫です。


・表現一部修正(2023.03.21.)

・港名変更(2023.04.27.)


※13世紀に秘密結婚をルール上不可能に、16世紀にカトリックが秘密結婚を認めない方針を表明する。【参考・ヨーロッパの結婚と家族】(2023.03.23.追記)



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