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22 ※おまけ.NO.2.付

初陣後はそのまま連戦でずっと鼻に残っていた戦いの匂いがここに来てやっと薄れていく。

打ち壊される城壁の粉塵と焼き払われる家々の煙とそれらに混じる血の匂い。

それらが、ポアチエの微かな花の芳香により鼻腔が洗い流されていくかのように。

慣れないと思っていた戦いは繰り返す事で順応していくらしい。

貫く刃が臓器をえぐったか、そんなものも判るようになっていく。

ため息を飲み込む空は虚しくなる程遠く明るい。


「ジャン。」


ゴツゴツとした手が突然頭をがしりと掴んだかと思うと、リシャールの顔が目の前に飛び出してきた。


「・・・リシャール。」

「どうした? 大丈夫か? 」

「うん。ここ、気持ちいいよ。ゆっくり出来てる。リシャールは忙しそうだな。」

「ああ。この城には昔なじみが多いから気が置けない分、皆俺をこき使うんだ。だから、逃げてきた。」


リシャールにぐしゃぐしゃと頭をかき乱されながら、数日ぶりに見るその笑顔に少し心が踊った。


「ははは。そうか。逃げてきたんだ。そういえば、前も同じようなことがあったよね。」

「ああ。お前と初めてあった日だな。」


リシャールは隣に座ると、いつものように自分がかき乱したおれの髪を今度は丁寧に撫でて直し始める。


「絶対泥棒だと思ったよ。まさか偉い人だとは思わないでしょ。あの出会いは。」

「あっはっは。お前、すげぇびっくりした顔してたもんな。こんな顔だったぜ。」


そう言うとリシャールは目を大きく見開いて、口をすぼめて突き出した変な顔をする。


「ぶはっ!! そんな顔してねぇよ! リシャールだって、こんな酷い奴みたいな怖い顔してたじゃん。」


リシャールの変顔に笑いながらも、負けじと変顔で応酬すると、今度はまた違う変顔をされるので、また変顔をやり返すというサイクルを数回。

どちらが勝ち、ということもなく二人で笑い、ふっとリシャールが笑い終わりにため息を付いた。


「リシャール大丈夫? 疲れてる?」

「ああ。悪いな。大丈夫だ。ちょっと、母上の事を思い出しちまって。」

「お母さん?」

「ああ。お前は知ってるか知らないかわかんねぇけど、アンリと俺とで親父と戦になっちまってな。俺達が負けて、母上はその責を負って今親父の所で幽閉されてるんだよ。もう2年になるかな。まぁ。母上の事だから、苦しい生活はしてないだろうけど。そこそこ不自由はしてるだろうなぁ。」

「・・・お母さんかぁ・・・。どんな人なのか、聞いていい?」

「あぁ。すっげぇ人だな。あの人は。こうしてポアチエに来るとまたよく判る。全然敵わねぇんだよなぁ。王になるべくして生まれた人間。そんな感じだな。女だけどなぁ。」


父親と喧嘩しているという話はアンリをクリスマスの主賓として招く経緯でポールから簡単には聞いていたが、戦にまで発展していたのは知らなかった。

よくある親子喧嘩くらいだろうと思っていたのだが、たしかに母親の領地であるここ、ポアチエでのリシャールの忙しそうにしている姿を見ていると、領主一人を幽閉してしまうというよりもきっと一大事だ。

そのせいで内乱が起きているのかもしれないし、まだ19歳の年若い代理領主のリシャールを甘く見て反旗を翻す者がいても可笑しくはない。

ボルドーのように、自分の領地ではない以上、ある程度の力を見せておかねば、乗っ取られるということもありうるのかもしれない。

自分の理解を超える世界で生きているのだな。

そう思うと、少し寂しくなり、話題を変えてみる事にする。


「そういえば、ボルドーで教会から脱走してたのって、何やらかしたの? 結局聞いてなかったんだよね。」

「あー。あれか。・・・あれはだなぁ・・・。」


リシャールがそう言いかけた時、垣根から人影が姿を表した。

白いシャツにうす茶色いズボンを履いたルーだ。


「あー。悪い。邪魔したな。」


ルーはそう言うと、手に持った籠をテーブルの上に置いて、またどこかに行こうとする。

そこには干した果実がいくつか入っている。


「待て待て待て。ルー。一緒に食おうぜ。それにしてもお前、黒くない服着てるの珍しいな。どうした。」


リシャールが笑いながらルーを引き止め、籠の中の干し果実を渡す。


「ここに来る前にコリンヌ殿に見つかって、身ぐるみ剥がれた。これはリシャール、お前のシャツとズボンだそうだ。借りた。で、ついでにこの籠を持たされた。」

「はっはっは。コリンヌは小うるさいからな。構わんよ。お前の服は黒いから汚れが見えないが実は汚れているとか言われたんだろう。想像つくな。でも、よくここが分かったな。」

「ジャンを見かけたから。たまたまだ。」

「それなら、ジャンに用事があったんじゃないのか?俺のことは気にするな。手合わせか?」

「いや。オレは教えるのは向いてねぇから。お前に教わる方がいいだろ。」


干し果実を食べながら、そういえばルーと手合わせしてコッテンパンにヤラれたなっと思い出した。

実践的ではあったが、確かに教えるのはリシャールのほうが上手かもしれない。

その話をリシャールにした覚えがないがルーから聞いたのだろうか。


「実践的といえば、ルーとウィリアム殿の一騎打ちすごかったよねぇ。」

「お前、今、オレの教え方は実践的だとか、思ったんだろ。」


ルーが複雑そうな顔をしておれの方を見ていた。


「いえ。思ってません。」

「くっくっく。確かに。暴漢にあった時もしばらく見てたって言うし、厳しい師匠になりそうだよな。」


リシャールにそう言われ、少し苦笑をしながらルーがボソボソと文句を言う。


「なんだよ。リシャールまでコリンヌ殿みたいに怒らないでくれよ。あの日は散々言われたんだぜ。勘弁してくれよ。しかもウィリアム殿には負けるし。」

「あー。お前あの日、ちょっと集中力かけてただろ。いつもの実力が出てれば、ぜってぇ負けてねぇ。」


リシャールはまっすぐにルーの顔を見て断言する。

そんなふうに言ってもらえるのルーが少し羨ましい。

羨望の眼差しで見たルーの表情は、以外にも少し困惑していた。


「・・・そう、見えたか?」

「ああ。らしくなかったな。」


別にリシャールも怒って言っているのではないのだろうが、なんだか微妙な空気が流れ始める。


「えー。何だよ、それー。おれのせい?」


あっはっはーと、少し不穏な空気を払拭するつもりで言ったセリフだったのだが、二人に恐ろしい顔で睨み・・・いや、多分びっくりしているだけの表情を返される。


「えっと、え? やっぱり、おれのせいなの? おれが試合前にルーに殺生事おこさせちゃったから・・・。なんか、コンディション的に上手くいかなかった的な? ウィリアム殿殺しちゃったらイケナイだろ的な作用が働いて集中できなかったとか?」


現世でみた寺院の前の仁王像の阿形と吽形みたいな二人の顔を見比べながら、ビクビクと聞いてみる。

すると、リシャールは深いため息をつき、ルーはソッポを向いて短く息を吐いた。


「とにかく、ルーは本気だったら絶対負けなかったよな!」

「いたい、いたい。リシャール! 頭グリグリやめろって! そうだよ! おれ達のエースはウィリアム殿には負けてねぇ! 」


おれの首根っこを掴みながら頭に拳をグリグリと押し付けるリシャールを殴りながら見たルーは、安心したような顔で少し笑っていた。


「分かった。絶対負けねぇ。本気で行く。」

「おぅ! さすがうちのエース! その意気だ! 受けて立つ! 」

「ちょ、リシャール! マジで離して! ギブギブ! 」


締める力が強くなるリシャールからようやく開放され見上げる二人の顔は、なんだか先程とは変わってスッキリしている。


「リシャールが受けて立ってどうするんだよ。そのセリフ言うのはウィリアム殿だろ。」


何故か疎外感を感じて口を尖らせながらリシャールに指摘をすると、今は頻繁に見るようになった笑顔でルーが笑う。


「くくく。リシャールのセリフは、好きにしろ! だな。」

「ん? んー。まぁ、ちょっと違う気もするけど、それっぽいな。うん。」


おれは首をかしげながら、まぁ、いいかと同意する。


「はっはっは。バーカ。好きにしろよ! 」


リシャールが大きな口を開けて笑いながら暴言を吐く。


「ああ、これこれ。リシャールはこうだよね。なんかわかんないけど、打倒ウィリアーム! 」


張り切って宣言すると、リシャールとルーが突如真顔になって手のひらを返す。


「え。なにそれ。」

「ジャンには無理だろ。」

「いやいやいやいや。今そう云う流れだったじゃん? どうした二人共? 」


何か噛み合わない会話をしつつ、なんだか楽しくて、だっはっはと大声で笑う。


「リシャール! 見つけたぞ! この野郎、オレに全部押し付けて逃げやがって! 」


遠くでポールが書類を抱えて叫んでいる。

リシャールはガックリと肩を落とし、落胆したようにつぶやく。


「あぁぁ。ポール。見つかっちまった。」

「リシャール、いってらっしゃーい。」


しおしおと後ろ髪引かれるようにしながら歩くリシャールに手を振り見送ると、振り返る顔が犬コロの様で可笑しく、愛おしいと思った。





※※※※※※※※※※おまけ.No2.※※※※※※※※※※


ルー 「ジャン。オレと手合わせするか? 」


ジャン 「え? いいの? あ、実践的じゃないやつ? 」


リシャール 「おい。待て。おい、待て。おいまて。ルー。お前教えるのは無理って言ってたじゃねぇか。」


ルー 「向いてないと言ったが、教えるのは無理とは言っていないが? 」


リシャール 「えぇぇぇ。」


ポール 「おいゴラァ! リシャールゥゥ! 何楽しそうに喋ってんだテメェ。」


リシャール 「うっせえよ。てめえゴラ、ポールこの野郎。やんのかぁ? あぁぁ? ルゥー。オメェもプラプラしてねぇで手伝やゴラァ」


ルー 「っち。」


リシャール ポール「あぁぁ?」


ルー 「おい。リシャール。受けて立つんじゃねぇのかよ。」


リシャール 「ぐぬぬ。・・・おおおぉうよ。受けて立ってやらぁ。クソがぁ。好きにしろやァァァ」


ルー 「リシャールが好きにしろと言っている。行こうぜジャン。」


ジャン 「そっか。じゃ、おれ、ルーと手合わせ行ってくるー。ポールもリシャール疲れてるみたいだから程々にしてやってねー。」


ポール 「えぇ? あ、うん。判った。ジャン。ガンバれよー。」


ジャン 「うん! いってきまーす! 」


リシャール、ポール「・・・」


ポール 「ライバル、現る・・・か。」


リシャール 「アイツの間の良さが俺は憎い。」


ポール 「あー。判る。ルーって旨いもの食ってる時とか必ず現れるな。そういうヤツだな。確かに。」


リシャール 「俺は先手取られっぱなしだ。クソ。・・・仕事まだ一杯あんの? 」


ポール 「・・・頑張ろうぜ。程々にしてやるよ。」


リシャール 「ポール。好き。」


ポール 「ああ。オレもだぜ。」


ポール、リシャール 「・・・はぁぁ。」








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