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※少々グロテスク表現アリ。
ダクスでの初陣を終えたおれは、そのまま連戦に入りバイヨンヌ、サンジャン、シヴレイと経て、昨日、ポワチエへ一旦帰還した。
ポアチエはリシャールの母親の居城だが今は留守にしていて管理をリシャールに任せられているらしく、ボルドーと同じく自分の家の様に寛いでいる。
追われる様に時間が過ぎ、ようやく一息つける。
領主としての仕事もこなさなければならないリシャールはここに来ても忙しそうだが、おれを含めその他のものは連戦と長旅の疲れを癒やす事が出来ている。
せっかちなポールはリシャールの補佐としてもちろん忙しそうにしているが、あれが性分なのでいいのだろう。
おれはのんびり出来るほうが嬉しい。
ボルドーよりも少し気温が低いが、概ね気候がよく、今日も晴れて暖かい日差しが指している。
庭に出ると、草花が美しく植えられ、寒い季節だが、花も少し咲いていた。
ひだまりの中、小さなテーブルと椅子を見つけ、そこで一息つくことにした。
大きく深呼吸しながら、深く椅子に腰掛けると、空を見上げた。
トーナメントを終えた数日後、アンリとウィリアムが旅立つと早々に出陣した。
今冷静になって考えると、ダクスでの初陣は散々たる物だった。
分かっていたはずだが、いざ自分がその場に立つと、そう安安とやってのけられることなど出来るはずもなく、致命傷に至らない傷を与えるのが精一杯。
命を取らずとも、士気が下がればいいのではないだろうかなどと言うことが、甘い事を考えである事を様々と見せつけられるのだった。
そうこうしているうちに追い込まれ、あわやという場面でペランや、ルー、そしてリシャールにまで迷惑をかけてしまう。
特にリシャールとルーに助けてもらおうものなら、相手の損傷は激しく、いや、むしろあの様な残忍な姿の二人を見るだけで敵方の士気はダダ下がりだった。
敗走する敵にも容赦なく斬りかかる二人の姿はまるで地獄絵図。
咆哮と共に彼らの後には死屍累々と量産され、ただただ、命が消費されていく。
彼らの主張する所の戦いの正義等ということは全く理解出来ないが、これが彼の、リシャールの隣にいる術ならばやるしかないのだ。
神の為でも誰のためでもない。
彼の側に居たい。
ただ、それだけだ。
恐怖で錯乱し、狂ったように襲いくる敵の姿は明日の自分だ。
そう言い聞かせ、無心で剣で付く。
次第に恐怖は薄くなり、鈍る道徳とは裏腹に冴えてゆく感覚と体感に身を任せていった。
考えることは返り血を極力避けつつ如何に苦しませずに絶命させるかだ。
気がつけば戦場の中、ぼうっと立ち尽くしていた。
周りでは味方の兵士達が屍から防具、装飾品、果ては靴までも剥ぎ取っては懐に入れている。
ポチは?
いつの間に馬から降りた?
突如乗馬していたはずだという事を思い出し、焦燥感に駆られ駆け出す。
駆け出した途端に死体に足を取られ、ズブリとぬかるみに手を付く。
目の前ではカラスが身ぐるみ剥がされた屍の腸を引っ張り出している所だった。
「カァーッ」
カラスが驚いて叫びながら飛び立つ。
その歳、ビシャリと口に加えた腸を波打たせながら顔に打ち付けて行った。
それをきっかけに口から胃袋の中の物が滝のように出た。
涙と鼻水と時々吐瀉物を出しながら、さまよい歩く事数分。
「ブルルルッ」
と背後から聞き覚えのある馬の嘶きが聞こえた。
振り向くと、黒い馬に乗ったルーがポチの手綱を持ってゆっくりと歩いてきていた。
「!!ぼ、ぼぢぃぃぃ!」
抱きついたポチはおれの色々な汁だらけの顔を丁寧に舐めてくれる。
「ポチィィィ。よがったァァァ。お、おれ、ひっく。もぅ、お前がいなくなったラ、って、ひっく。」
「いいから早くそれに乗れ。ここに置いていかれたいのか?」
「い、いぃぃいやぁだぁっぁぁぁ」
泣きながらポチに乗ると、リボンの様な可愛らしい布をルーが寄越してきた。
「え? 何? リボン? 」
「やるからそれで顔を拭け。またコリンヌ殿に怒られたくないからな。」
「・・・ルー、すっごく似合わない物、持ってるね・・・。」
「・・・。どっかの女が戦の祈願だとか言って、勝手にオレの槍にくくりつけやがったんだよ。いらねぇからお前にやる。」
「・・・どっかの女・・・。ルー、モテそうだもんね・・・。あ、涙止まった。」
モテ男かよ。
別に羨ましくはない。
いや。男としては悔しがる所だ。
よし。悔しがろう。
鼻かんでやれ。
「ぶびぃぃぃ。・・・はい。返す。」
「・・・お前、鼻かんでんじゃねぇか。返すな。いらねぇって言ったろ。」
「あっそ。」
ぽいっと布を捨てるおれを見て、ルーが吹き出した。
「ぶっくく。」
「あ。めずらしい! ルーが笑った!」
「笑ってねぇ。」
「いや。今、吹いたじゃん。笑った笑った!」
「・・・うるせぇ。」
「あはは! 照れてる。これはレアだな。」
「っち。ほら。帰るぞ。リシャールが待ってる。」
「・・・うん。」
沈む太陽を背に、騎士の1団が見えた。
大きな馬にまたがったひときわ大きな影。
あれはリシャールの影だ。
馬を走らせ、彼の横に急ぐ。
ポールもペランも、その他の仲間たちも無事な様だ。
近づくにつれ、リシャールの表情も見えてくる。
安心したような、怒っている様な、あまり見ない顔をしていた。
疑問に思いながら近づくと、ふと、槍に目が行った。
リボンの様な布。
「・・・リシャール・・・」
「おう。無事で良かった。」
「・・・ちょっと、それ見せて。」
リシャールの槍をよこせと促すと、おもむろについている布を解く。
「あ。ああ、これは、妹のショーンがずっと前につけたやつで・・・」
弁解しているリシャールの言葉など耳を貸さずに、解いた布をおれはマジマジと見つめると、とっさに口に入れた。
「・・・ぅおい! おい! おい! 誰か! ジャンを止めろ! 」
リシャールが慌てて大声を出している。
が、おれは気にせず咀嚼に勤しむ。
もぐもぐ。
食えねぇな。
リシャールがおれの口から咀嚼しようとしているものを取り出そうとする。
「やめろ。おれはこれを食うんだ!」
と、主張しているのだが、口一杯に布が入っているのでフガフガ言っているだけだ。
「こいつ完全にハイになってやがるな! このままだと喉につまらせるぞ!」
ポールの声がいつになく真剣だ。
こういうときは一番にふざけるくせに。
そんな事を考えながら、口に入ってくる指を何回か噛んでやった。
ポチから引きずり降ろされると数人に取り押さえられ、食いしばる歯を顎を掴まれ開かされ、口から布をズルリと引き出された。
それと同時に何やら気力まで吸われた気分で全身の力が抜けていってその場にへたり込んだ。
「はぁ。お前・・・。馬鹿野郎。こんな初陣の奴、初めてだわ・・・。なぁ。ルー。」
リシャールがやれやれといった調子で振り向くと、後ろでルーの肩が小刻みに動いていた。
「あ。ルーが笑ってるぞ。」
リシャールの指摘にも我慢が限界らしいルーは思わず声を漏らす。
「くっくっくっ」
それを見ていたポールが嬉しそうに笑い始めると他のものにもそれが伝わり、笑いが起き始める。
「あっはっは!」
「ははは!ホントだ。珍しいな。」
「いや。ルーも珍しいけど、ジャンのあれ、何だよ。ぶはははっ」
「何食ってんだよ!あははははっ」
おれを除くすべての人間が大笑いを始めているが、おれはちっとも可笑しくない。
おれの唾液でベシャベシャになった布が地面に落ちているのを見つけると、ペイペイっと土をかけて存在を消してやった。
「埋めてるぞ、ジャンの奴。ぷくくく」
誰かが気がついたが知るか。
ダンダンっと埋めた場所の土を踏みしめると忌々しげに笑い転げる奴等を睨みつけるながらポチに再び乗る。
するとすでに馬に乗っていたリシャールが大声で笑いながら歩み始める。
「さあ、野郎ども。明日は城攻めだ。明日に備えて一杯やるぞ。」
明日に備えて休息ではないのが彼等らしい。
ポチにどっしりと体を預けながら、ぼんやりと眺めたリシャールは生き生きとしていた。
戦わねばならぬ理由とは。
正義の定義とは。
それが生活だったからなのだろうか。
などと、考えたりしました。




