20 ※おまけ付
ポールの言いつけで城に帰ると、使用人たちが大騒ぎでおれの体をふき、風呂に入れさせた。
風呂から出て、連れられた食堂ではなぜか付き添いをしてくれていたルーが使用人に怒られていた。
「だからって、ジャン様を汚さないでくださいまし! あの様に返り血を浴びせられて、お可哀想に。ああ。ジャン様、大丈夫ですか? 温かい飲み物いかがですか?」
彼女はおれとリシャールの寝所に詰めてくれている中年の使用人で、コリンヌという。
身の回りのお世話も彼女のお世話になることも多く、すっかり馴染んでいる。
「コリンヌ。ルー殿をいじめないで。」
そう言うとコリンヌは自分の顔を両手で抑えながら盛大な悲鳴を上げる。
「まぁ、なんてことでしょう! 顔が見る見る腫れておいでではないですか! すぐに冷やさないと! 」
コリンヌはキビキビと他の使用人たちに指示を与えつつ、温かい飲み物も用意してくれる。
「ジャン様もジャン様でございます。丸腰で城下には行ってはならぬとあれほど申し上げましたでしょうに。かような傷をつけられて。リシャール様になんと申し開きいたしましょう。」
「コリンヌが謝る必要ないでしょ。おれが悪いんだから。」
「ジャン様。いいこと? 貴方様が身勝手な事をなさると、かように私の様な下々までも罰を受ける事も有るのです。これはリシャール様にもぜひとも知っていただきたい所。」
「ジャンを傷つけた奴らはオレが皆、殺したではないか。それでは駄目なのか?」
ついでにもらった温かいお茶を飲みながらルーがのんきな声で物騒なセリフを言っている。
「ルー殿は口を挟まないでくださいまし! そもそもあなたも聞けば随分前から見ていたと言うではありませんか。何故この様に怪我をする前に手をくださなかったのですか! 」
ものすごい剣幕でコリンヌに吠えられ、ルーはお茶のカップを抱えながら大きな体を少し小さくする。
「いや。だって、ジャンだって騎士だろ。簡単にやられやしねぇし。場数は必要だろ。」
「あたくしは騎士じゃありませんからね。そんな道理は知りません! 」
ピシャリと言われてモゴモゴと言いよどむルーを見ていると、一匹狼だ、と言われている癖にコリンヌに叱られている姿はまるで犬のようだ。
それを笑っていると裂けた唇が痛くて、つい声が漏れてしまった。
「いてて。」
「まぁ! ジャン様! 大丈夫ですか?」
「うん。コリンヌ。勘弁してあげてよ。ルー殿が助けてくれなかったら、ホントに、どうなってたかわかんないんだから。」
「わかりました。わかりました。とりあえず、腫れた場所を冷やしましょうね。」
そう言うと冷たい水の入った皮の袋を頬にあてがわせる。
鏡がないからわからないけど、随分腫れているのだろう。
熱を持った部分に冷たい袋が心地よい。
コリンヌに冷やして貰いながらお茶をすすっていると、すごい勢いで扉が開き、リシャールが飛び込んできた。
「ジャン! 大丈夫か!」
半ば室内を走るようにしながら近づいてくると、顔を覗き込み、頬に手が触れる。
腫れた場所が痛くて少し顔を歪ませると、リシャールのほうが痛そうな顔を浮かべて、「すまない」っと呟いた。
そして大きな手が恐る恐る頭に載せられる。
「痛むか?」
心底心配そうな顔って、こういう顔なんだろうなぁと、のんきに考えながら、心配させないように、明るく答える。
「少し痛むけど。大丈夫だよ。ルー殿が助けてくれたから。」
「ルーでいいよ。」
少し離れた場所に座っていたルーが口を挟んだ。
「ルー。ありがとう。トーナメントに来ていたんだな。どういう状況だったか、教えてくれるか?」
リシャールが厳しい顔をしてルーに問う。
なんだか、リシャール怒ってるのかな?
空気が少し張り詰めて感じる。
ルーはどうやら男たちに絡まれたあたりから見ていたらしく、オレがカウンターを決めた所や、ちゃんと反撃していた所も話してくれた。
まぁ、そこまで見ていたなら、止めろと言うコリンヌの気持ちもわからないでもない。
しかし、武器屋で手合わせをお願いしている経緯など、誰も知らないので、しょうがない。
リシャールも、何故早く止めなかったんだって、言うだろうか。
そう思っていると
「そうか。助かった。お前がいてよかったよ。何かお礼をしなければな。」
「いらないよそんなの。」
「しかし・・・。」
「オレ、今日個人戦エントリーしたんだ。ウィリアム殿とヤッてみたい。いいだろ?」
「ああ。それは全く構わない。アンリは個人戦は出場しないし。オレもお前とウィリアム殿の一騎打ちは見てみたい。」
「じゃ、行ってくる。」
ルーはそう言うとさっさと部屋から出ていく。
リシャールのルーへの対応は思ったものと違っていて、少し違和感を感じた。
もっと親密なのだろうと思っていたけど、そうでもないのだろうか。
どちらかと言うとライバルみたいな感じなのだろうか。
ルーの出ていった扉をしばらく眺めながら考えていると視線を感じた。
リシャールが怖い顔でこちらを見ている。
怖い顔だが、この顔は誰かに怒っている訳ではないと、おれは知っている。
「リシャール? 」
隣に座っているリシャールの手を触ってみる。
「ジャン。すまないな。一人にすべきじゃなかった。」
「違うんだ。謝らないでよ。丸腰で勝手に抜け出しオレがすべての原因だし。」
自分の身勝手な行動により他の者までも罰を受ける事になる。
先程のコリンヌの言葉が胸にのしかかった。
怖い顔の向き先はおそらくリシャール自分自身なのだ。
おれの身勝手が、リシャールを傷つけてしまったのだ。
いつの間にか部屋には二人だけになっていた。
触ったリシャールの手が暖かい。
もしかしたら、あの時あのままひどいことをされていたら。
この暖かい手に触れることができただろうか。
あの、流れる血が、踏みつけた血溜まりが、自分の物だったら。
あるいは、リシャールの物だったら。
恐怖なのか、安堵なのか。
鼓動が早くなり、息が詰まるようになる。
その様子に気がついたのか、リシャールの腕が優しく肩を包んだ。
頭がそっと彼の胸につくと、トク トク と、静かに鼓動が聞こえた。
その音にリンクするように、自分の鼓動も少しずつ静かになってゆく。
怖かったし痛かった。
口はまだ血の味がするし、殴られた腹もズクズクと痛む。
けれど、そんなものも感じる事なくあっけなく消えていった彼らの命。
だけど。
目の前で消えていった鼓動は、本来ルーではなく、おれが、消さなければいけなかったのだ。
おれが、リシャールの、この暖かい胸の傍に居るために。
これが、リシャールと共に住む世界なのだ。
「リシャール」
「なんだ? 」
「もう、大丈夫だよ。」
「そうか?」
「うん。」
「・・・。」
リシャールも動く気配がないし、おれもずっとこのままでいたい気持ちがあった。
けれど。
「リシャール、そろそろ戻らなきゃやばいんじゃない?」
「お前もそう思う?俺もそうじゃねぇかなーって思ってた。」
「あはは。思ってるなら戻らなきゃ。あと、おれもルーとウィリアム殿の試合見たいな。どっちも最終戦まで残るだろうから。いいかな? 」
「当たり前だ。うちのエースだぞ。ルーは。あと、城から出るなら、ペランを呼んである。アイツと一緒に居てくれ。お前にもプライドは有るだろうが、もう少し実力がつくまでは、一人で行動は避けろ。いいか?」
そういいながら、リシャールはおれを抱きしめたまま離さない。
「うん。おれも今回よくわかったから。もっと実力つけて、リシャール横に立てるようになるよ。それまでは、皆に頼ろうと思う。一人じゃなんにも出来ないから。」
「バカ。俺だって一人じゃなんにもできねぇぞ。今回だって、俺はお前を守れなかった。」
リシャールの力がより強くおれの体を抱きしめた。
「そっか。リシャールも、一人じゃなんにも出来ないんだ。へへ。」
「そうだ。だから、俺達は皆で実力をつけてのし上がって行くんだよ。お前一人じゃねぇ。皆で、だ。」
「うん。」
その言葉は、心の奥に暖かくじんわりと広がって行く。
「なんか、離れがたいな。このままで会場行くか?」
「え? バカなの? おれ、歩けねぇじゃん。」
「このまま抱っこして行くか。」
「え? バカじゃ伝わらなかったのかな? 頭悪いの? 」
「・・・ジャン君、ひどいよ。俺、傷ついちゃう。」
ようやく緩んだ腕をやんわりほどきながら見上げると、いつもの笑顔が広がっている。
何やら胸の奥が締め付けられるような、ある衝動にかられたが、それをぐっと抑え込むと、おれも笑って見せる。
柔らかな唇が降って来て、優しくおでこに触れた。
※※※※※※※※※※おまけ※※※※※※※※※※
リシャール 「あーぁ。しょうがねぇな。行ってやるか。」
ジャン 「うん。行こう。で、ペラン、どこに居るの?」
リシャール 「ああ。隣の部屋かな。いや、玄関かな。あいつどこ居んだろ。」
ジャン 「ええ。探さないといけないのかよ。ぺらーーーーーーん!」
リシャール 「うるせぇな。耳元で大声だすんじゃねぇよ。」
ペラン 「はいはい。ペランですよ。お呼びですかーって。っちょっと! お前らまだイチャイチャタイムじゃねーかよ!」
リシャール 「ペラーン抱っこー。」
ジャン 「抱っこー。」
ペラン 「うわ! ジャンお前酷いな顔パンパンに腫れてるぞ。そいでリシャール怖っ! お前は甘えてくるな。顔が余計怖え! ほら! ジャン、お前は笑ってないでちゃんと冷やせよ。」
リシャール 「なんだよ。俺にもかまえよ。」
ペラン 「とにかくお前は早く会場に行け。ジャンはオレが介抱すっから。」
リシャール 「ヘイヘイわかったよ行きゃいいんだろ。」
ペラン 「お前! リシャール! 行く気無いだろ! ジャンを、離せ!」
リシャール 「ペラン。聞いて驚け。実はジャンと離れようと思うとだな、何か見えぬ力が働いて、この様に引っ付いてしまう・・・」
コリンヌ 「リィーシァャールゥさまぁぁ。」
リシャール 「ヤッベ。コリンヌだ。じゃ、ペラン、ジャンをよろしくな。」
今回はおまけ付き。
ペランはダクスに行ったときのお供の一人です。
人物増えてきたかなぁ。まとめなきゃかなぁ。
※読んでなくても内容的に全然大丈夫なR18閑話18.5があります。本編に影響の無い範囲です。興味ある方は活動報告を確認下さい。
※この時代ではお茶teaはありません。ここで書いたお茶とは、ジャンが現代変換しているモノで、ハーブティとかそのたぐいの飲み物でして、井戸水を薬草=ハーブで煎じたモノとかそんなたぐいの民間療法的なアレのイメージです。コリンヌは薬草の知識を持っています。ちなみに、いわゆるteaは17世紀に持ち込まれます。(2023.09.07.追記)




